レイが自分の偽物を容赦なく叩き潰しているのを背景に、リンも二体を相手にして戦い続けていた。
二体のエヴァもどきはそれなりの連携を行って攻撃しているが……通用していない。

「多少はマシな形にはなっているけど……通じないね」

カウンターを狙う形でリンは攻撃を回避している。
左右から挟み込むように挟撃しているが完全に……見切っている。
手に装備している武器の長さを完全に理解して初号機に届かないし、時折光線砲を発射しているが読まれていた。

「まずは一機目!」

初号機もどきを蹴り飛ばして体勢を崩してから、弐号機もどきの攻撃に合わせて、交差法で胸部へと刃を突き刺す。
ビクンと身悶えさせた弐号機の身体から刃を引き抜いて、上段から唐竹割の要領で頭から股間までを一気に斬り、返す刀で胴体部を斬り飛ばした瞬間、弐号機が 予定通りと言わんばかりに……自爆した。



「自爆した?」

発令所では弐号機もどきの自爆で視界が完全に潰されて混乱していた。

「マヤ、予備のカメラを」
「は、はい。衛星回線で俯瞰図も出します」

兵装ビルに配置している予備カメラを慌てて展開させて状況を見定めようとすると再び震動が起こる。

「なに?」
「おそらくですが……別の使徒が自爆したんじゃないかと」

青葉シゲルが手元のモニターに浮かぶ震動計の表示を見ながら予想を告げる。

「零号機のすぐ側ですから、零もどきじゃないかと」
「視界確保しました!初号機、零号機健在です!」

爆炎と煙で完全に視界がクリアーになっていないが徐々に見えるようになってきた。

「都市部はほぼダメみたいね」
「そうですね」

二体の使徒の自爆によって水上都市部は壊滅的な打撃を受けていた。

「とりあえず放棄するしかないわね」
「……予算ないですから」

世知辛い話だとリツコとマヤの話を聞いていたスタッフは思う反面、無駄遣いは出来無いという事も理解しているので文句を言う気はなかった。

「えっと、二機とも特にダメージはありません」
「ATフィールドで機体そのものをコーティングしたのよ、日向君。
 で? 次の指示は出したの?」

爆炎に紛れて、初号機もどきと参号機もどきの姿が確認されていない。
レイもリンも油断せずに警戒しているが、作戦部のほうは指示を滞らせていた。

「戦闘続行? それとも一旦帰還させるの?
 あなたが現場指揮官の代理なんだから指示を出さないと。
 それとも私が越権行為で出しても良いの?」

さすがに指示の遅れを指摘してマコトに注意を促す。

「パターンはまだ残ってるか?」
「残ってる……二つとも殆んど同じ位置にいるぞ」

マコトの問いにシゲルがキーボードを操作してスクリーンに位置を示す。
識別信号を放つエヴァの二機から離れた場所に点滅する二つの光点が確かに存在している。

「ん? 変だな。重なってきてるぞ」
「なんだって?」
「いや、二つのパターンが同じ場所に重なるように居るんだ」

シゲルの説明と同時にスクリーンに光線による攻撃が初号機に向かう。
初号機が回避している中、煙が徐々に薄れて視界が晴れてくる。

「……合体したな」

シゲルの呟きの言う通り二体のエヴァもどきは合体する事で攻撃力を強化していた。
胴体部、両足部は一回り膨らみ、腕は四本に頭部は二つという異形の姿を見せている。
しかも腕は一対が荷粒子砲を発射する為だけの用途に変わり、残りの一対は刀と同化してカタールのような片手剣として存在していた。

「口からの荷粒子砲も合わせると四砲門みたいね」
「これってS2機関を二つ内蔵して、出力を向上させたんでしょうか?」
「おそらくね」

今までは連射してこなかった荷粒子砲を連射しながら初号機に突進して行く。
剣技など忘れたかのように強引に腕を振り回して切り裂こうとしている。
動きを止めた瞬間、残りの二本の腕を初号機にぶつけて、零距離射撃を敢行しようとしている。

「今のところ回避しているけど……危険ね」

常に正面から立ち向かわないように動き続ける初号機。
零号機も援護したいが、近接戦に入った為に迂闊に発砲出来ない。

『リン、離れて』
『レイ姉にタイミングは任せるから』
『了解』

レイの通信にリンが即座に返事を入れる。
零号機は少し距離を取って発射態勢に移行し、初号機が離れる瞬間を待っている。
初号機は相手が押し返す力を利用して一気に後方へと跳ばされた形になって離れた。
その瞬間を利用して、零号機がATフィールドでコーティングされた弾丸をフルオートで発砲した。
発射された弾丸は相手のATフィールドを突き破って、身体の所々に穴を穿ち、動きを止めさせる。
初号機はその隙を利用してスマッシュホークを投擲する。スマッシュホークは回転しながら胴体部に突き当たる。

「やったか!?」
「まだ反応が消えていないぞ」

筋肉が刺さった凶器を押し戻すような感じで、スマッシュホークが胸部から落ちていく。

「S2機関が二つ分あるから、再生力も向上してるのね」
「厄介ですね、先輩」

使徒は無限の再生力を見せるかのように傷口を一気に塞いで反撃してくる。

『流石に最終局面に出てきただけの事はあるわね』
『私が右から』
『じゃあ、私が左から仕掛けるよ』

挟撃という手段を選択し、二機のエヴァは左右から使徒に接近する。
零号機は両手にソードを装備し、ATフィールドを多重に展開して砲撃を逸らしながらゆっくりと近付き、初号機は左右にぶれるように動いて的を絞らせないよ うにしながら、一気に接近して行く。
緩急を付けた二機の動きに途惑った使徒はまず初号機に狙いを定めた。
だが、初号機のほうに注意を向けた瞬間、零号機がカウンターソードを足に向けて投擲した。
膝裏に突き刺さったソードによって、使徒は体勢を崩して倒れ掛かるのを必死で立て直す。

『遅いよ』

その瞬間を狙ったかのように初号機が使徒の懐に飛び込んで剣の乱舞を開始する。
まず上段から使徒の左側の二本の腕を斬り飛ばす。そして返す刀で右腕も空へと舞い上げている。
その斬撃を皮切りに、上下左右と連続で身体を切り刻む。

「剣の結界って事かしら?」

リツコの呟く通りに剣を振るう度に斬り跳ばされた使徒の身体の破片が周囲に飛び散っている。

「限りなく音速に近い速度で振り回していますよ」
「エヴァのダメージは?」
「S2機関のおかげなのか……壊れても即座に再生してます」

マヤが細かく初号機の状態を分析しながらリツコに報告している。

「生体組織は傷付く度に強靭に再生されてます」
「そう……電子部品のチェックを念入りにしておくべきね」
「そうですね。生体部品は再生されますが、電子部品は無理ですから」

勝利を確信した二人は初号機の状況をモニターしながら整備項目にチェックを入れている。
二人が整備項目のリストを簡単に作成した頃には使徒はただの肉片に変わり……完全に生命活動を終えていた。

「パターン青……消失」
「……作戦終了。二人とも帰還していいよ」

シゲルの報告を聞いて、初号機は斬撃を止めて待機状態に入っている。
使徒は太腿より下を残しているだけで……周囲に肉片となって散乱していた。

「うっ……ちょっとグロいですね」
「マヤも慣れてきたのかしら?」
「こうスプラッターな映像には慣れたくないですぅ」

リツコの問いに嫌そうな顔でマヤは返事をしている。
第三新東京市は使徒の血と肉片に汚された姿を露呈しながら二度目の番外使徒戦に勝利した。
裏の事情を知る者はネルフが汚れた存在を象徴していると感じながら……見つめていた。

「血だらけの街……ネルフそのものかな」
「人の生き血を啜って、今度は使徒の生き血ってやつだな」
「そうですね」
「で……それは?」

シンジの手の中で輝いている球体を三島は見つめている。
とても大切に扱うように両手で抱えているシンジ。
三島は何となく分かっているが、一応確認の為に聞いてみたのだ。

「マカティエル……新しい友人です」
「友人? 愛人の間違いじゃないのか?」
「やめてくださいよ。ただでさえエリィが神経尖らせているんですから」

嫌そうな顔でシンジは告げるが、三島は呆れた視線を向けている。

「そのうち刺されるんじゃないか?」
「そうなったら……サードインパクトかな?」
「冗談にしては笑えんぞ」
「ええ、冗談じゃないですから」

青い顔で話すシンジに釣られるように三島の表情も複雑怪奇な顔になっている。

「痴情のもつれでサードインパクトは勘弁して欲しいな」
「そう思うんだったら……彼女を刺激しないでくださいよ」
「……そうしよう」

真剣な顔付きで話すシンジを見て、三島は……、

(使徒であっても……カミさんには頭が上がらないんだな)

カカァ天下という言葉は種族を越えても存在するんだと痛感していた。

「ちなみに三島さんは奥さんに頭が上がるんですか?」
「……聞かないでくれ」

三島とシンジはそれだけで種族の壁を越えて分かり合っていた。


RETURN to ANGEL
EPISODE:35 ある男の退場劇
著 EFF



番外使徒マカティエルとの戦闘より……数日後。

「で? いい加減に機嫌を直したらどうだ?」
「……悔しいものは悔しいのよ」

葛城ミサトの部屋で加持はミサトの自棄酒に付き合っていた。
使徒との戦闘指揮も出来ずに結果だけを聞かされるのは未だに悔しい気分だった。
リンの話した内容が事実だと分かっていても作戦部長としての面子があるし、その面子に拘ってもいる。
だが、またもその面子に泥を塗られたのは我慢できないらしい。
モヤモヤとした感情を周囲に漏らして、周囲の空気を澱ませていたので、

「加持君、何とかしなさい」
「お、俺か!?」
「そうよ。ミサトの彼氏の貴方がしなくて誰がするの」
「そ、それは人身御供って奴じゃないか?」
「なんならハイになる薬を処方して「待て!」……何よ?」
「そういう危ない手段を選ばんでくれ!」
「チッ!」
「……舌打ちするなよ」
「いいから、腰を振っても良いし、舌先三寸で丸めても良いし……とにかく手段は任せるわ」
「腰って……リッちゃん、この頃ストレート過ぎないか?」
「は? なんで友人に遠慮しなきゃなんないのよ。学生時代からサカっていたじゃない」
「…………(ホント、容赦ないな)」
「仕事の効率落ちるのよ……本気で黙らせて良いわけ?」
「すまん……何とかするよ」

などとリツコとの会話の果てに加持が人身御供としてミサトの前に差し出されていたのだ。

「あのな葛城……機嫌が悪いのを周囲にバレないようにしろ。
 リッちゃん、怒っていたぞ」
「う……お、怒っていたの?」

加持の一言に反応して、ミサトは顔色を一気に蒼白に染めて聞いてきた。
リツコの所へお邪魔して、愚痴を零していたのでちょ〜と不味いかな〜と本人も思っていたみたいだ。

「バレバレだぞ。葛城が不機嫌な様子で周囲の雰囲気をぶち壊すもんだから作業効率落ちるんだってさ。
 お前さ、なんかあったらリッちゃんとこを避難場所にしてるだろ」
「だってさ〜リツコんとこが一番気楽なのよね」
「だからと言ってだな。仕事中のリッちゃんの邪魔をしてどうする。
 アスカのサルベージの邪魔をするのは不味いだろ」
「……ゴミン。その件があったわね」
「アスカのサルベージは絶対に失敗するなと上から厳命されてんだよ。
 今度失敗すると……リッちゃんだって立場が悪くなるんだぞ」

加持がミサトを諭すように話しかけている。
だが、実際にはリツコを外す事はないと思っている。
あのゲンドウが、腹心に近しいリツコを切るとはとても思わないし、老人達もリツコの報告を当てにしている点もある。
ゲンドウは自身の目的の為に、ゼーレは情報を引き出すために……リツコを切れないのだ。
しかし、加持が知る限りサルベージ作業は想定外の結果を何度も引き起こしているだけに今回もその可能性を否定出来ない。
ミサトには言ってないが、一度目は碇ユイをサルベージできずに……綾波レイを生み出した。
二度目にしても、碇シンジをサルベージするはずの予定が……サルベージを行う前に赤木リンを生み出し、その後のサルベージでも失敗している。

「三度目の正直ってやつだ。今回は本当に失敗する事は許されないんだよ」
「もしかして……私が足を引っ張っているの?」
「リッちゃんは人に責任を擦り付けたりしないけどな」

リツコはミサトに文句を言わないが、周囲のスタッフはそうは思わない事を加持は仄めかす。
居た堪れなくなったのか、ミサトは顔を俯かせて黙って加持の意見を聞いている。

「葛城が時間が空いた時に行くのは良いけど、リッちゃんの都合も考えてやれよ。
 リッちゃんは何だかんだ言って、仕方ないわねで構ってくれているけど……限度を越えると友達失くすぞ」

実際のところ、加持の見る限り、ミサトとリツコの関係はあまり良くないように見えた。
原因は紛れもなくミサトの方にあると加持は睨んでいる。

(こいつは気付いていないかもしれないけど……リンって子をリッちゃんが可愛がっているのが気に喰わないんだろうな。
 使徒かもしれないし、何よりも自分より仲良くしているのを見るのが嫌ってとこか)

使徒に対する拒否感は大分減っているが、リンとミサトの関係には変化はない。
その理由として、数少ない親友とも言えるポジションにいたリツコを取られたと思ってミサトが嫉妬していると考える。

(葛城って、フランクな割には後一歩踏み込ませないからな)

昔っからミサトは心のどこかに垣根を作って容易に踏み込ませないようにしていたのを加持は知っている。
そのくせ、寂しいがりやなので人恋しくなる時がある。浅い友達付き合いしかできないミサトにとって、リツコの存在は非常に貴重だと加持は考えていた。
どうしたものかと思っていた時に加持の携帯電話から着信音が鳴り出していた。

「加持だ…………なんだって?」
「ど、どうしたの?」

突然、立ち上がって大声を出した加持にミサトは慌てている。

「それで今どういう状況なんだ?…………俺か、葛城って作戦部長と酒飲んでるところだが……分かった一緒に本部行くよ」

二言三言応答してから加持は携帯の通話を切ってミサトに告げる。

「驚くなよ……副司令が誘拐された」
「なんですって!?」

二人とも一気に酔いが醒めて足早に本部へと向かった。
副司令冬月コウゾウ誘拐事件の始まりだった。



「それで状況は?」

ミサトは自身の執務室で保安部からの報告を聞いていた。

「約三時間前、上の再建計画の折衝に行かれて、その会議の終了後、こちらに戻られる際に……」
「……お膝元でやられたって事じゃない!」
「はい、保安部の数人が現在行方不明です。ただ一名は遺体で発見されましたが」

内部犯の可能性を指摘されて、ミサトは顔を顰めている。

(こちらのお膝元で手際良く拉致できる組織なんて……二つくらいか。戦自と……ゼーレよね)

ネルフの上位組織であるゼーレならば、ネルフ内に工作員を潜り込ませている可能性は十分にある。
戦自の場合は、もう少し不手際があるかもしれないとミサトは判断している。

「とりあえず探索を続けて、行方不明の人物が手引きした可能性も考慮してね」
「……承知しました」

納得出来ないという顔ではあったが、その可能性は十分に考えられるので不承不承と言った感じで部屋を出て行く。

「作戦部が介入するわけにもいかないし……加持に任せるしかないか」

保安部の仕事に横槍を入れても効率が落ちるだけだとミサトは思う。

「リツコに聞きに行って…………ダメね。この状況で行っても怒らせるだけだもんね」

リツコなら裏の事情も知っているかもしれない。
しかし、多忙なリツコに問い詰めようとしても周囲のスタッフが妨害するに決まっている。
凍結中とはいえ、弐号機の外装の修復、初号機の電装部品の再チェック、零号機の整備もある。
そしてアスカのサルベージ計画の準備もあるのに邪魔をしようものなら……本気でヤバイかもしれない。

「……自業自得ってやつか。ったく自分のバカさ加減に今頃気付くなんて……マヌケよね」

こういう時にこそ、きちんと情報を得られる体制を整えるべきなのに……怠ってしまった。
ミサトは今になって、体制作りの失策に気付かされていた。



技術部スタッフは冬月拉致事件の一報を聞いても動じなかった。
逆に、なんで慌てているんだと言わんばかりに不思議そうに他の部署のスタッフを見つめていた。
ネルフと他の組織との関係は既に破綻しているようなものだと知っているので、テロに対する危険性も考慮しているのだ。
むしろ保安部のテロ対策が不十分だと決め付けていた。

「しかし、副司令を誘拐するとはな」
「ああ、どうせなら司令を誘拐して欲しかったよ」
「そうだな。そうすれば、サルベージの準備を慎重に進められたから」

ため息混じりでスタッフはヒソヒソと周囲の他の部署のスタッフに聞かれないように話し合っている。
冬月ではなく、ゲンドウならサルベージも一時保留される可能性もある。その時間を利用して万全の状態で行いたいと考えていたのだ。

「部長と伊吹さんの負担ばかり増えるんだよな」
「午前様が殆んどだ。伊吹さん、仮眠室が自分の部屋になりかけているそうだ」
「ふ、不憫な」
「食事に関してはリンちゃんがフォローしてくれているけどな」
「いい子だよ。伊吹さん、泣きながら食べてたぞ」

ふか〜いため息を吐いてスタッフ一同、一番割りを食っているマヤに同情している。
リツコがアスカ用のサルベージプログラムを作成しているのでエヴァ三機のチェックはマヤが行わなければならなかった。
以前からリツコがいなくても大丈夫なように手配を進めていたので、マヤの負担は多少は軽減されているが……ホンの僅かくらいしか減ってはいない。

「……テンパっていたよな?」
「ああ、もう少ししたら、ハイになって突き抜けるわよって部長は言ってたけどな」
「突き抜けたら……やばいんじゃないか?」
「言うなよ……想像したくないから」

嫌な光景しか頭に浮かばないのだ。
リツコに続いてマヤもマッド化する可能性があるし、ブレーキ役が完全に居なくなる可能性が高くなるのだ。

「……リンちゃんのフォローに期待するしかないか?」
「ホント、いい子だよ」

悲喜交々と言った空気を醸し出しながら、スタッフ一同はリンの姿に後光の光りが見えると感じていた。



真っ暗な空間にポツンとパイプ椅子が一つ置かれていた。

「やれやれ、急な招待は遠慮したいものですな」
『非礼を詫びる気はない。むしろ冬月先生のほうが色々あると思うが?』
「議長自らですか……」

議長本人がこのような手段を取った以上、ゼーレが出てくると判断して冬月は内心では驚いている。

(また碇の不始末の尻拭いか。あいつは昔から私に全て押し付ける)
『緊急の議題ゆえに……やむなくの処置だ』
『ご理解を頂きますよ、冬月先生』
「……先生か」

先生という単語を聞いて冬月は過去に意識を向けていた。



1999年京都――冬月がまだ助教授で、日本には四季という風情ある季候が存在していた。

「やはり、こういう席は苦手だな」
「まあ、そういうな冬月君。人を毛嫌いするのは君の悪い部分だよ」
「はあ……恐れ入ります」

学生達に誘われた酒の席で冬月は教授から苦言を聞かされていた。
元々教授陣とそりが合わないのか、冬月は未だに助教授止まりだった。

「君は学生達に慕われているんだ。こちらにも合わせる事が出来れば……次のステップに進めるんだ」

アドバイスというか、冬月を評価しているのか、同席した教授は苦笑しながら話している。
ウマが合わないのに無理に合わすのもどうかと言いたい冬月だったが、

「そうですね」

無難に合わせる事で軋轢を減らす事にしたみたいだった。
雑事や面倒事はゴメンだと言わんばかりに。

「生物工学で面白いレポート書いてきた学生がいてね。碇ユイというんだが知っているかね?」
「いえ、初めて耳にしましたが」
「そうか。君の事を話したら、是非会いたいと言っていたから、そのうち会ってくれないか?」
「……分かりました、時間を空ける様にします」
「なかなか面白いレポートだったから興味が出ると思うよ」
「それは楽しみですね」

酒の席で話を合わせていただけだったが、実際にレポートを読んで冬月は碇ユイという学生の非凡さに興味を覚えていた。

「確かに刺激的なレポートだったよ」
「ありがとうございます」

好感の持てる笑顔で冬月と向かい合う女性――碇ユイ。
冬月は年甲斐もなく、胸が不自然な鼓動をするのを感じながら尋ねる。

「確か、碇……ユイ君だったね」
「はい」

持っていたレポートから本人の名前を確認しながら、この後の進路をどうするか聞いてみる。
着眼点も独創性も非凡なものがあり、碇ユイという人物がどんな結果を見せてくれるのかという好奇心があった。


「この先とうするつもりかね? 就職か? それともここの研究室に入るつもりかね?」
「まだそこまで考えていません。それに第3の選択もあるんじゃありません?」
「はて? 他の選択肢とは?」

冬月は怪訝に思い、問うてみる。
問われたユイは冬月にすれば、とても想像できない選択肢をごく自然に告げる。

「家庭に入ろうかとも思っているんです。いい人がいればですけど」
「そ、そうなのかね」

これ程の才能を持っていて、家庭に入ると言う考えが些か納得できない冬月だった。
これが冬月と碇ユイの出会いであり、一つの運命の分岐点となる事を二人はまだ知らなかった。



薄暗い部屋でモノリスの並んでいる。
冬月の回想はユイとの出会いに始まり、次の段階のゲンドウとの出会いに向かっていた。

『初号機のあの強さは尋常ではない』
『サードダッシュチルドレンの力か?』
『やはり、あれは使徒なのかね?』
(さて、どう答えるべきかな。真実を打ち明ければ……まあ、これで終わりになるが)

どこかゲンドウの破滅を望む自分がいる事に気付いて冬月は苦笑する。
長い付き合いだが、あの男との付き合いには正直疲れた感がある。
しかし、もう一度彼女に会ってみたいという感情もあるから……容易に袂を分かつ事も出来ない。

(もっとも、あいつは私の裏切りを許しはしないだろうがな)

あの男の汚い部分は何度も見てきたし、何度唾を吐きかけたくなったか分からない。
手段を選ばずに目的に向かって邁進する姿は凄いものだとは思ったものだ。

『何れにしても我々に具象化された神は不要なんだよ』
『神を作ってはいかん』
『ましてやあの男に神を手渡すわけにはいかんよ』
『碇ゲンドウ……信用にたる人物かな?』

(あの男が信用にたる人物? 冗談にしては笑えんな)

冬月はモノリスNo.1――キール・ローレンツの問いに吹き出しそうになるのを堪えながら、ゲンドウとの邂逅を思い出していた。



1999年京都――冬月の元に地元警察から電話が入った。

「六分儀ゲンドウ?聞いた事はあります。
 ええ、面識は有りませんが、色々と噂の絶えない男ですから。
 私を身元引き受け人に?……いえ、伺います。では何時伺えば宜しいでしょうか?」

警察からの電話と聞いて、何か事件かと思ってしまったが……喧嘩の末に留置場に放り込まれた男を引取りに来てくれとの事には少し拍子抜けだった。
そして、何故自分が身元引受人に指名されたのかは全く分からなかった。
六分儀ゲンドウ――どこか胡散臭い男との評判があり、一面識もなかったので不思議に思いながら。



昼過ぎ、警察署前で冬月は件の人物と顔を合わした。
噂通り、何処となく胡散臭い雰囲気だというのが第一印象だった。

「ある人物から貴方の噂を聞きましてね。一度お会いしたかったんですよ」
「酔って喧嘩とは意外に安っぽい男だな」

その程度の男だったのかと、冬月は六分儀を蔑んだ。

「話す暇も無く、一方的に絡まれましてね。
 人に好かれるのは苦手ですが、疎まれるのは慣れています」

六分儀は軽い笑いを浮かべた。
苦笑している様子だったが、その笑い方さえどこか反感を感じてしまう。

「まあ……私には関係の無い話だ」
「冬月先生、どうやらあなたは僕が期待した通りの人のようだ」
「そうかね」

(この時点では、私はこの男との付き合いはこれで終わりだと思っていたな)

正直なところ、冬月はこの男から危険な空気というべきものを感じて……付き合いたくないと考えていた。

(そうだ……彼の第一印象は嫌な男だった。まるで彼女とは対極に居たな。
 そしてあの頃はまだ季節、秋があった)



数日後、冬月はユイと共に山登りをしていた。

「本当かね?」
「はい、六分儀さんとお付合いさせて頂いています」

冬月は思わず自分の耳を疑ってしまった。
よりにもよってお嬢様然としたユイと、どこか危険なチンピラを彷彿させるゲンドウの組み合わせに内心では驚きを隠せなかった。

「君があの男と並んで歩くとは……想像出来ないな」
「あら冬月先生、あの人はとても可愛い人なんですよ。みんな知らないだけです」

どこか楽しげに話すユイに、冬月は些か呆れた声音で返している。

「……知らない方が幸せかもしれんな」
「あの人にご紹介したこと、ご迷惑でした?」
「いや、面白い男で有る事は認めるよ……好きにはなれんがね」

申し訳なさそうに話すユイに、あまり悪し様に言うのもなんだと思ってフォロー気味の返事を冬月はしていた。

(だが、彼はユイ君の才能とそのバックボーンの組織が目的で近づいたと言うのが仲間内での通説だった。
 その組織はゼーレと呼ばれると言う噂をその後耳にした)

セカンドインパクト……二十世紀最後の年にあの悲劇は起こった。
日本から四季という季候がなくなり、地獄のような日々が始まった。
二十一世紀最初の年は人の死に満ち溢れていた。
誰もが生きる事に必死だった。


そんな最中に冬月は南極海に来ていた。

「これが嘗ての氷の大陸とはな……見る影もない……」

驚きと言うよりも、恐怖の方が大きい。
全ての生命が死滅し、完全に命の鼓動を終えた世界が冬月の目の前に存在していたのだ。

「冬月教授」

冬月は声の方を振り返った。
冬月の視線の先には六分儀が立っていた。

「君か……よく生きていたな。君は例の葛城調査隊にいたと聞いていたが……」
「運良く前日、日本に帰っていたので悲劇を逃れる事ができました」

相変わらず人を不快にさせる笑みをゲンドウは浮かべていた。
冬月は、ゲンドウの説明に一抹の胡散臭さを感じていた。

「そうか……六分儀君、君は今は何を?」
「失礼、今は名前を変えていまして」

冬月の言葉を遮りゲンドウは1枚の葉書を差し出した。

「はがき?、名刺じゃないのかね?」

軽く六分儀を馬鹿にしたような言い方で言ったのだが、その葉書の文面に驚かされる事になった。

《結婚しました。 碇ゲンドウ
 お久しぶりです冬月先生。 ユイ》

正直目を疑いたくなったが……個人の婚姻にあれこれ口を出すのも何だと思っていた。

「碇……碇ゲンドウ(この男がユイ君と結婚とはな)」
「妻がこれを冬月教授にと、五月蝿いので。貴方のファンだそうです」
「光栄だな……ユイ君は今回の調査団には参加していないのか?」
「ユイも来たがっていましたが、今は子供がいるので」

めでたい事だとは言いたくなかった冬月は語尾を上げて話す。

「君の組織……ゼーレとか言ったかな?
 嫌な噂が絶えないね。力で理事会を押さえ込むのは感心できんよ」
「相変わらずの潔癖主義だ。この時代に綺麗な組織など生き残れませんよ」

冬月の意見を鼻で笑いながらゲンドウは返す。

(やはり私はこの男は好きになれんな)

子供じみた反発だと思いながらも、冬月はゲンドウを嫌いな自分を冷静に受け入れていた。



調査船内にある白い部屋の中に1人の少女が蹲っていた。
冬月と研究者の一人が部屋の外からガラス越しに少女を見ていた。

「彼女は?」
「例の調査団唯一の生き残りです。名は、葛城ミサト」
「葛城? 葛城博士の御嬢さんか」
「もう2年近く口を開いていません」
「酷いな……」
「それだけの地獄を見たのですから……体の傷は治っても心の傷はそう簡単には治りませんよ」
「そうだな……」

冬月はその場を離れた。
彼女のような悲惨な目にあった人物は大勢居る事を知っているが、どうしても同情する訳にもいかない。
調査船内の冬月の部屋に割り当てられた空間で冬月は唸るように呟く。

「こっちの調査結果も簡単には出せんな。この光の巨人……謎だらけだよ」

モノクロの写真に写っているのは輪郭だけがはっきりと浮かんでいるだけの巨人だった。
これがセカンドインパクトの原因だと直感していたが、あまりにも荒唐無稽な話ゆえにどうしたものかと冬月は迷っている。

(真実を表に出すべきか……それとも……)

その後発表された報道は「大質量隕石の落下によるもの」あからさまに情報操作されたものだった。
冬月はこの情報操作の裏にゼーレという組織の暗躍がある事をこの時点では知らなかった。




2003年箱根、冬月はゲンドウに会って……問い詰めていた

「なぜ巨人の存在を隠す?」

相変わらず人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、ゲンドウは冬月を見ている。

「セカンドインパクト、知っていたんじゃないのかね君らは? その日あれが起こることを。
 君は運良く事件の前日に引き上げたと言っていたな……全ての資料を一緒に引き上げたのも幸運か!?」

冬月はトランクを開けて中の書類を机にぶちまけた。
書類は冬月がコツコツと集めていたセカンドインパクトの真相だった。

「こんなものが処分されずに残っていたとは意外です」

ゲンドウは悪びれずに言い切った。
冬月の中で義憤という名の感情が徐々に増えていく。

「君の資産、色々と調べさせてもらった。
 子供の養育に金が掛かるだろうが、個人で持つには額が大過ぎないかね?」

金の流れから、ゲンドウの不正を追及しようとすると、

「流石は冬月教授ですね。経済学部に転向なさったらどうですか?」

冬月は碇の嫌味に軽く表情を歪ませた。

「セカンドインパクトに潜む君達ゼーレと死海文書を公表させてもらう」
「お好きに、ただその前にお目にかけたい者が有ります。どうぞ」

最後通告とも言うべき事を告げて帰ろうとする冬月をゲンドウはある場所へと案内する。
冬月は碇について電車に乗った。
目的地は地下なのか……どんどん下へ潜って行く。

「随分潜るんだな」
「ご心配ですか?」
「多少ね」

空間が開け眼下に地底空間が広がっていた。

「これは……」
「我々ではない誰かが残した空間ですよ。89%は埋っていますがね」
「元は綺麗な球状の地底空間か?」
「あれが人類の持てる全てを費やしている施設です」

ピラミッド状の施設が建設中だった。
ゲヒルン本部中央部が其処に存在していた。
エレベーターから下りると大きなコンピューターの前に赤毛の女性が座っていた。

「あら、冬月先生」
「赤木君、君もかね(碇夫妻だけではなく、電子工学の第1人者、赤木ナオコまでいるとは……)」
「ええ、ここは目指すべき生体コンピューターの基礎理論を模索するのにベストなところですのよ。
 マギと名付けるつもりですわ」

優秀な科学者である赤木ナオコは自信たっぷりに今現在自分が係わっているシステムに目を向けて話している。

「マギ、東方より来たりし三賢者か……見せたいものとはこれかね?」
「いいえ、こちらです。リツコ、すぐ戻るわ」

隅にいた高校生ぐらいの制服を着た赤毛の少女――赤木リツコ――が頷いた。



巨大な巨人のようなものの一部が置かれている所に連れてこられた。

「これは……まさかあの巨人を?」
「あの物体を我々ゲヒルンではアダムと呼んでいます。これは違います。オリジナルの物ではありません」
「では……」

人類の総力を結集してまで巨人を復元しようとする執念に冬月の心は傾きかけていた。

「そうです、アダムより人の作りし物、エヴァです」
「エヴァ?!」
「我々のアダム再生計画、通称E計画の雛形タイプ、通称エヴァ零号機だよ」
「神のプロトタイプか?」
「冬月、俺と一緒に人類の新たな歴史を作らないか?」

冬月が思い浮かべ、考えたのはユイの事だった。
おそらくこの巨人を作ろうとしている人物は彼女だと冬月は感じていた。
ゲンドウが話す新たな歴史にも興味があったが、ユイが何を目指しているのか……そちらの方に冬月の意識は向かっていた。




試行錯誤の末にようやくエヴァンゲリオン初号機が完成した。
そして今日は最初のシンクロテストの日だった。
ガラスに引っ付いて初号機を見ている幼い男の子がいるのを冬月は目に留めていた。

「どうしてここに子供がいる?」
「所長のお子さんだそうです」

ナオコが苦笑しながら答えた。

「碇、ここは託児所じゃないぞ」

今日という日の重要性を知っていながら、子供をこの場に入れるゲンドウに冬月は注意を促すと、

『ごめんなさい、冬月先生。私が連れてきたんです』

通信機越しにユイが冬月に話し掛けてくる。

「ユイ君、分かっているのか今日は君の実験なんだぞ。」
『だからなんです。この子には、明るい未来を見せておきたいんです』

真剣な様子で話すユイに押されるように許可を出した冬月だったが……実験は失敗に終わる。

(それがユイ君の最後の言葉だった)

冬月だけではなく、ゲヒルンにとっても大きな打撃を受けた一日だった。
この日から碇は2週間ほど姿を消し、戻って来た。
その傍らにユイ君の面影を持つ少女――綾波レイ――を伴って。

「碇、この2週間どこに行っていた? 傷心も良いが、もうお前一人の体では無いと言う事を自覚して欲しいな」
「その事に関しては、済まなかった」

一応謝罪するもゲンドウの放つ雰囲気はどこか危ういものを思わせていた。

「冬月、遂に我々人類が神へのステップを上る時が来た」
「まさか補完計画を?」
「ああ、既に委員会とゼーレには報告済みだ」

これが我々のシナリオの始まりであり、彼女にもう一度会うという目的の為に我々は活動する事になる。


MAGIシステムが完成し、キールローレンツを議長とする人類補完委員会は調査機関ゲヒルンを即日解体。
そして、全計画の遂行組織として特務機関ネルフを結成した。
ただ一人MAGIシステム開発の功績者、赤木ナオコ博士を除いて……スタッフはネルフへと籍を移した。

(だが、ナオコ君は……死んではいなかったらしい)

リツコの言葉が真実ならば……彼女はゲンドウを恨み、そしてユイ君にも憎悪を向けているかもしれない。
ゲンドウの自業自得だと思うが、ユイ君を巻き込むのは頂けないと冬月は思っていた。
この後、ゼーレとの諮問を適当に誤魔化しながら冬月は立ち回る。



冬月がゼーレのメンバーと実りのない会話に興じている頃、

「さて、あの男から片腕をもぎ取る事にしますか?」
「戦闘用のサイボーグ兵士はこっちで始末するから確保は任せる」

黒いマスクで顔を隠した三島達が武器の最終チェックを行いながら、顔を隠していないゼルに話していた。

「殺しちゃダメよ……出来るだけ壊さずに情報を聞いて、司法の手で十三階段を登って欲しいんだから」

エリィが一応の注意を入れておく。
ネルフ……いや、ゲンドウにとって実務面を担当している冬月を拉致監禁する事は大きな痛手になる。
ゲンドウは優秀な人間だが、致命的な欠陥がある。
対人恐怖症ゆえに人との接触は最小限に抑えて……対人関係の問題は出来る限り穏和な冬月に任していた。
冬月がいなくなれば、ゲンドウは司令である以上……全て自分でしなければならない。
新しい副司令を選出するにしても、委員会の承認が必要だから自分が望む人事になるとは限らない。
当面は空席にするのなら、ゲンドウが兼任して仕事を片付ける必要がある。
そうしなければ、ゲンドウは内部に不穏分子を引き入れる事になってしまうのだ。
どちらの選択を行うかはゲンドウ次第だが、嫌がらせには好都合だった。

「碌に言葉を告げずに強引な事しか出来ない男がどう動くかしら?」
「どうでも良い。あの男はもうお終いだからな」
「もう……ゼルは茶目っ気がないわね」
「サイボーグ兵を潰すのは飽きた。これならファントムのシミュレーターで候補生を鍛える方が面白い」

頼もしい女性が二人も帯同しているというより、物騒な二人が牙を剥いて襲い掛かるというイメージが強いと三島は思う。

(使徒の女性はみんな……こうなのか? シンジも苦労しているな)

苦笑いというか……突っ込んだら絶対に不味いと三島を筆頭に戦自のスタッフは考えている。
現在、日重には殆んど滞在せずに世界を駆け巡ってゼーレ関連の施設の破壊行為を敢行している武闘派のお二人?
見た目は美しい女性だが、うっかり触れると大火傷では済まされずに……焼死しかねないほどの危なさを内包している。
秘密結社としての側面を持つゼーレは数の上では意外と多くはない。
それでも戦闘力があったのは高機能で数をフォロー出来るだけの戦闘力を有していたサイボーグ兵のおかげだ。
だが、そのサイボーグ兵も彼女達の活躍のおかげでゼーレ側の兵士の数は激減している。
この二人とは別に遠雷の狙撃手と糸の繰り手が中堅のメンバーの暗殺を行っているので、ゼーレの動きは乱れを生じている。
ピラミッド型の支配者階級ゆえに真ん中のメンバーを始末する事で身動きが取れなくなっているのだ。
末端は無事でも指示を出す人間が居なければ……ゼーレの機能は上手く働かない。
命令系統の中間を徹底的に排除し、上層部を孤立化させていた。

「しっかし、あの男の拉致に数少ない戦力を投入するなんて……かなりテンパっているみたいね」
「あれだけ潰せば動きも鈍る。その所為でシンジと会えない」
「……そうよね。シンジったら、カティを可愛がっているし……ずるいわよね」
「……全くだ。幾らなんでも……幼児のままとは許せん」

カティ――マカティエル――は今回こちら側に取り戻した存在ゆえに……白紙に近い三、四歳の少女の状態だった。
その所為か……シンジを父と思い、おもいっきり懐いて……甘えていたのだ。
シンジもリンが父親離れを始めていたので、幼い頃のリンを彷彿させるカティを可愛がっている。

「膝枕……なんて羨ましい。私だってして欲しいのに」

拗ねるように話すゼルの姿には今まで在った畏怖というものが感じられなかった。

「リンの小さい頃を彷彿させるから……親馬鹿の気質がま〜た出てきてるし」
「くっ! この怒りは何処へ向けるべきだろうな」

シンジにぶつけるのはダメだし、可愛い妹分に向けるのも不味い。
絶対にシンジが庇うと思うし……逆効果になってしまう。
真っ黒なオーラを吐き出しながら、二人は周囲の空気を完全に重く圧迫させている。

(……シンジ、あんた立派だよ。こんな物騒な女性を妻にしたなんて)

シンジの偉大さを感じながら、三島達は早く現場に到着する事を望んでいる。

「もう一人くらいさっさと作って独占してやるわよ!!」
「その次は私だぞ!!」

嫉妬の炎を滾らせながらエリィが叫ぶと、自身の欲望に忠実になっていたゼルも叫んでいる。

「「カティに独り占めなんてさせない!!」」
(とりあえずリ○インでもシンジに送っておくか……骨は拾ってやるからな)

三島はシンジに降り掛かる危難を知りながら……目を瞑る事にした。
誰だって、我が身が可愛い事に変わりはないのだ。
シンジの明日はどっちにあるのか……それは誰も知らない事だった。
ただし、冬月の誤魔化し答弁が無事に終わる前に冬月は身柄をある組織に拘束された。
ゼーレの動きを知り、強襲を掛けて……冬月を除く全ての構成員を殺害した。

「君達は何者かね?」
「そうね……碇ユイを憎むものかな。あの女のおかげで我々は大切な友人になる筈だったヒトを失ったのよ」

サングラスを掛けて、目を見せない金髪の女性――エリィ――が言い放つ。
その言葉には明確な殺意が在り、冬月は顔を顰めて聞いていた。

「まあ、あの女は既に始末したし……もう終わった事だけどね」
「馬鹿な! ユイ君は死んではおらん!」

思わず冬月は否定の言葉を放つ。
でなければ自分達が今までしてきた事は徒労という形で終わってしまう。

「残念でした。第三使徒戦でシンクロ率ゼロになったのは、碇ユイを滅ぼして、エヴァそのものとシンクロしたからよ」
「そ、そんなバカな! シンジ君にそんな事が出来るわけがない!」
「裏死海文書のシナリオなんて最初から破綻していたの。
 私の夫を人形扱いしようとした報いは……キッチリ付けさせて貰うわよ」
「君は誰なんだ?」
「赤木リンの母親でシンジの妻で、リリスの娘でもあるわ」

楽しげに冬月を絶望の淵に落とす言葉をエリィは告げる。
ゼロ起動の意味を聞かされて愕然とする冬月。
ゲンドウとゼーレのシナリオは第三者の手で気付かずに書き換えられていたんだと理解し……愕然となっていた。

「それでは……私のしてきた行為は…………」
「全部無駄な足掻きかな♪ 道化というものを見せてくれてありがとう……楽しかったわよ」

楽しげに話す女性の元に顔を隠した男たちが現れる。

「ご苦労さま、連れて行って。老いらくの恋に酔い痴れて、世界を滅ぼそうとした狂人の出番はここまでよ」

エリィの指示を聞いて、男達は両側から失意の淵にいる冬月の腕を掴んで引き摺って行く。
それはゼーレ、冬月にとって、計算外の事態であり……ゲンドウにとっても非常に痛手となる事態へと発展して行った。
……冬月コウゾウはこの日より表舞台から完全に足跡を消した。
次に現れた時は史上最大の犯罪に荷担した人物として、国連での弾劾裁判の被告として世界の注目を集める事になる。
晩節を汚した愚かな学者、もしくは狂気の夫妻に翻弄された師――それが冬月が歴史に刻んだ評価となった。




ちなみに冬月の確保は無事に完了した。
保安部の仕事で居場所を特定し現場に踏み込んだ加持は、その惨状を見て間に合わなくて良かったと判断した。
あまりにも無惨に壊された場所、そして兵士達の無惨な変わりように思わず冥福を祈ったほどだった。
ネルフは外への対応をこなす人物を失い、更に孤立化の道を進む事になる。
ゲンドウは自身の苦手とする職務に向き合う必要が出てきた。

――人と向き合う事が出来ない人間に未来はない。
ゲンドウは逃げ場のない戦いをしなければならない。
人と向き合う事が出来ない臆病者に試練の時がやってきたのだ。










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どうもEFFです。

冬月副司令が退場します。
碇夫妻と出会わなければ……もう少しマシな人生を送る事が出来たと思います。
まあこうなる事は覚悟していたと思いますけど、最後にはユイ君に会えると考えていたんだろうが……残念でした。
会う事なく、この後は司法の手によって裁かれる予定です。
老いらくの恋の果てに世界を壊すとは何事じゃって言いたいです。

それでは次回もサービス、サービス♪





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