女性スタッフのみで映像記録も取っていないサルベージが行われた。
研究には必要ではないかという意見が一部にもあったが、流石に女性スタッフはそんなセクハラな意見を許しはしなかった。

「……今回ばかりはマリアナ海溝よりも深く感謝するわ」

無事に還って来たアスカはリツコに最大級の感謝の言葉を述べる。
今回のサルベージが肉体だけを再構成するパターンという事を聞かされた直後は、それはもう焦りまくっていたのだ。
一応の検査入院という形でアスカは病室に居る。そして、マヤに作業の指揮を任せて、リツコ自らがアスカの診断をしていた。
アスカの遺伝子情報を偽装しなければならないし、弐号機の状態も聞いておく必要がある。
今回のサルベージの裏側で弐号機のコアで眠っていたアスカの母――惣流・キョウコ・ツェッペリンもサルベージされている。
その為に今の弐号機は人の遺伝子と使徒の遺伝子情報を組み合わせた意志のない存在に変わっている。
実際にはアスカの分身になっているので、勝手に動く事はないと思うが一応の注意が必要だったのだ。
ちなみにミサトはサルベージに立ち合わせてはいなかった。
「居ても邪魔なだけ」とはっきりとリツコが口にして、ミサトの立会いを拒否した。
一応加持からも「邪魔すんなよ」と注意されていたので、不満タラタラな顔で自身の職務を行っていたが。
技術スタッフはミサトの立会いなど不要と思っていたし、またギャアギャアと喚かれてもサルベージの邪魔をされるのも困るので立ち会わない事に賛成で反対を 唱える者は一人もいなかった。

「で、ヒゲは?」
「さあ、私が怖くなったのか……極力会わないように逃げているみたいね」

サルベージ成功にホッとしているじゃないかと思って聞いたリンだが、リツコの説明に大笑いしていた。
力尽くで従わせていたリツコの離反はゲンドウにとっては、冬月の不在以上に大打撃だった。
反旗を翻したリツコを始末したいが、それだけは絶対に出来ない状況に追い込まれている。
それは人類補完計画でホンの一瞬だけ会うか、それとも再び夫婦として生きるかの瀬戸際にゲンドウは立っている状況だ。
しかも、自身のミスでレイが自分の駒として使えない事も追い撃ちを掛けている。レイが自分の手元に居ない以上、確実に会える手段は失ったも同然で計画を根 本的に修正しなければならないが……時間が足りないかもしれない。
そして、リンとの交渉に力を発揮してもらう筈だった冬月も居ない。
ゲンドウにとって、今の状況は手詰まりで……リツコに頼るくらいしか手段がない。
殺したくても、殺せないというのが今のリツコだったが、ユイという人質を確保されている事に今頃気付いて焦っているバカゲンドウには呆れるしかなった。

「あ、あははッ……そりゃ最高じゃない♪」
「プッ、ククク……リツコの怖さを今頃知って逃げるなんて、バッカじゃないの♪」
「ヒゲも……もうお終い。後は始末するだけ」

大笑いするリンに続くように、アスカも馬鹿笑いし、レイも口元に笑みを浮かべている。
女の怖さを知り、逃げている臆病者を嘲笑うのはとても楽しいみたいだった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:37 失点
著 EFF


加持再生農場(無許可)――ある事件を契機に焼畑農場になり、再生がようやく完了したスイカ畑で加持は水を撒いている。
しぶといというか、いっそ農家になればと思うくらい……様になった作業で加持は魂を癒すように作業に勤しんでいた。

「う〜ん……殺伐とした生活より、何かを育てる職種が天職かもしれんな」

冬月拉致事件のおかげで、ここしばらく畑仕事が不十分だったから……今日は一日掛けて楽しんでいた。
実行犯が不明で冬月の足取りは掴めないまま……とりあえず捜索は保安部に任せる事になった。
それまで加持は上の誰かさんが我が侭で第三新東京市と第二東京市の二つの街で捜査活動に奔走していたのだ。

「多分、戦自が中心だと思うんだが……何処に?」
《さあ……遺体が保管されているといいですね》
「……おい」

既に死亡していると断定するかのような言い方に、加持は頭を抱えている。
無縁仏として既に何処かで埋葬されているのなら探しようもないし、見えざる犯人像ゆえに迷宮入りは確実だ。

《まあ、老いらくの恋に目が眩んで道を誤った学者の事はどうでもいいです》
「……そうは言うがな、一応あの人が居ないとネルフはダメになるんだが」
《ふ、ふふっ。司令の首を挿げ替えて、作戦部長の首切りをすれば幾らでも良くなりますよ》

ネルフが健全な組織に変わるにはその二人のガンを取り除けば良いと嘯く声。
加持としては、恋人のミサトに対しては色々思うところはあるので考えないようにしても、司令が居なくなれば問題は一気に改善できるだろうという意見には納 得していた。

「まあな。司令の我が侭には付いて行けんのも確かだ」

ゲンドウの指示で手掛かりのない不毛な捜索に使われたのは流石に堪えている。
リッちゃん曰く、「司令がもう少しちゃんと老人達に説明していれば……副司令も無事だったんじゃないの」との意見には大いに賛成したかった。
実際に老人達からもゲンドウの監視の強化を言い渡されているので身体が幾つあっても足りない状況になりかかっている。

「俺の明日は何処にあるんだろうな……」
《さっさとここを逃げ出せば良かったんです。正直、葛城ミサトの何処が伴侶として優れているのか分かりませんね》
「そいつぁ……嫌味だな。まあ惚れた弱みとだけ言っておこう」

苦笑いしながら加持はミサトの魅力について考えを巡らせる。

(家事に関しては……諦めている。あれを直すのは絶対に無理だろうな)

思い出す限りミサトカレーから始まる一連の料理は正直……絶望的で、リツコでも改善は難しいと話していた。

(人体改造すれば、何とかなるなんて冗談みたいに言ってたけど……もしかした本気かもしれん。
 もし本当に改善できるとなると俺は悪魔に魂を売るべきだろうか?)

大学時代から、ミサトには料理のスキルがないと確信していた。
そして、もし改善できるのなら、リツコにミサトに身柄を預けても良いかなと加持は本気で考えた事もあった。

(しっかし……とんでもない胃袋してんだな)

以前にミサトの部屋に行った時に見たペットの温泉ペンギンが未だに無事なのは非常に不思議に思っていたが、その逞しさを知って……納得せざるを得なかっ た。
自分の恋人の料理の不味さは十分知っているし、整理整頓という言葉をどこかに置き忘れているのも部屋を見て分かった。
腐海とまでは行かないが……かなり汚い部屋に変わっている事には文句の付けようがない。
リツコがミサトの部屋に足を運ばない理由も理解できるし、行く度に片付けしている自分が居るのも確かだ。
なんて言うか……注意をしても聞き流している気がしてならない。本当に家事能力は皆無だと痛感した。
そんな状況下の部屋だが、何故か……台所だけはきちんとまでは行かないが掃除されている形跡があった。
飲み終えたビールの缶と生ゴミをきちんとゴミ袋に分けているペンギンを見た時は驚愕し、ミサトの部屋の最後の砦はコイツかとはっきりと理解した。
ゴミを分別する温泉ペンギンを見て、

(葛城はペットにも負けたんだな)

思わず感動で目から汗?が流れるのを止めるどころか……思うままに流し続けていた経緯があったのだ

(ビールは飲むは……冷蔵庫から自分が食べたい物だけを選んで食べるとはな)

頭が賢いのは分かっていたが、危機回避のスキルまであるのは驚いている。

(リッちゃんが知ったら……解剖したがるかもしれんぞ)

ミサトが作った料理には一切口にする事なく……自分が作った物だけを選り分けて食べるのは感心するしかない。

「クワ〜〜ッ!」
「わ〜った、わ〜った。食わせてやっから……その目はやめてくれ」

久しぶりのまともな食事なんだろうと思われるように必死で食い溜めしている気がしてならない。
まるで今日を逃せば……餓死する可能性があるか、毒みたいな食事に手をつけなければならない危機的状況を予想しているのかもしれない。そんな姿を見て、自 身の姿と重なって……涙が出そうになってきた。

「出来るだけ時間を作って、飯……用意してやるよ」
「クワッ、クワ〜〜ッ♪」

ある意味……種族の壁を越えた友情が成立した瞬間だった。
二人の男達?は決してミサトを台所には入れさせずに……ミサトに調理をさせる事はしなかった。

《あの家には決して立ち寄らないようにする事にします。
 葛城ミサト……彼女は食事を冒涜する悪魔と認定します》

姿は見えないが、存在する声の意見に加持は反論出来ない。
どちらかと言うと肯定したい気持ちに傾いていた。
言葉にしたリエはシンジの作ってくれたご飯が食べたいと切に願っていた。

《さて、救いのない葛城ミサトの食生活の話は此処までです》
「はいよ……仕事か?」
《まもなく第十六使徒がやってきます》
「ほぉ――いよいよ後二つって事か」

正確な情報はこの声から貰い受けているので、いよいよやばい方向へと進む事になると加持は判断していた。
醜悪な老人達の妄執による人類補完計画の発動がカウントダウンされるらしいのだ。

《おそらく赤木リツコが老人達に召喚される事件が起きるかもしれません》
「……リッちゃんをか?」

協力者として認識されている筈のリツコを老人達が召喚するのはちょっと不思議に思う。
別に今まで通りに加持の持つラインから報告書を送れば良い筈だから……気になる。

《そうです。こちらの予測の一つとしてですが、碇ゲンドウは赤木リンの召喚を拒否する代わりに彼女を送るはずです》
「なるほどな」

老人達とあの少女との面談をゲンドウが望むはずがない。自殺行為をするほど、司令は愚かではないと加持は知っている。
無論、あの少女がゲンドウの思う通りに動くはずがない以上……他の誰かで誤魔化すしかない。
ファーストチルドレンを送るのも避けたいだろう。二人の関係は険悪になっている以上、ゲンドウに不利な証言をする可能性もある。
いや、むしろ……嬉々としてやりそうな気配がする。どうもリッちゃんの教育が功を奏しているのか……ちと毒舌な点が。
そうなると、ゲンドウの使えそうな駒で腹芸が出来そうなのは……、

「……リッちゃんをスケープゴートに出すわけか?」
《その通りです》

リンの正体を知っている者は限られているし、老人達もまだ完全には知らないと判断しているのだろう。
もし会わせる事で……ゲンドウにとって不都合な事になるのは間違いないと思うのも当然だと加持は思っていた。

「でもな、リッちゃんを出すのも……やばいんじゃないか?」
《冬月副司令なき今……他に適切な人材がいますか?》
「んなもの……居ないって事だな」

ある程度事情を知って、適度にお茶を濁せる人材は限られてくる。
リツコがゲンドウの完全な味方ではないとしても……彼女を使うしかないのだと加持は判断していた。

《日本国内でのゼーレの人員はネルフ内部にいる者を除いて、戦自は処理しました》
「……大掃除をしたのか?」

内容が内容だけにちょっと体感温度が下がる。
ゼーレ側の人間を排除する事は難しい筈なのに……戦自はネルフ本部を除いて排除に成功したらしい。
日本国内限定とはいえ、相当量の血が流れた事も否めないし、その行為が日本政府が本気だという証でもある。
そして、それの意味するところは、

「A−801を出す日が近いという事だな?」
《そういう事です。一応、あなたの事は我々が取り込んだ事にしておきます》
「……そりゃ助かる。で、俺は何をすればいい?」

そう、加持は自分の仕事内容の確認をしなければならない。
どういう形になるか分からないが……人類補完計画の阻止には協力するつもりだった。
加持にすれば、赤の他人と一つになるという選択肢など最初から無いのだ。

《葛城ミサトの暴走を抑えて下さい。
 短絡な彼女の事ですから、戦自の侵攻を阻止すると息巻いてあれこれするでしょう。
 最悪は本部の自爆という選択肢さえありますから》
「……否定出来んから怖いな」

勝手に人様の土地に入ってくるなと叫んで、喧嘩腰になるのは葛城らしいと加持は納得してしまう。
戦自の目的はミサトと同じ人類補完計画の阻止だが、ミサトにすれば自分の手で阻止したいと思うに決まっている。
真相を知っている以上、最後にゼーレが本部を襲う選択肢もある事を理解しているので……石に齧り付いてでも此処に留まろうとしかねないのだ。

「分かった……何とかやってみよう」
《別に成功しなくても構いません。その時は彼女が死ぬだけですから》

嘘偽りない決定事項と言うかのような意見に加持は顔を顰めて聞いている。
おそらく言ってる事は事実だと思うし、戦自も状況をきちんと把握している様子なので……躊躇しないだろう。
その結果、ネルフの一般職員は確実に死ぬ事になるし、抵抗活動を行ってもそれはきっと老人達の支援と同じ意味になる。
そんな事になれば、葛城ミサトは本当におバカなピエロに成り果ててしまう。

《発令所は戦場になるでしょう。
 老人達もそろそろネルフを取り戻したくなっています。残った戦力を全て投入してでも本部を確保すると想定しています》
「そいつぁ……量産機を使って侵攻するという事か?」
《然様です》

量産機の戦闘力がどの程度あるのかは加持には判断が厳しい。
おそらく、S2機関を搭載したタイプになる筈だ。時間制限の無いエヴァというのは兵器としては優秀だ。
だが、ネルフにあるエヴァ三機は無限の動力を得ているので条件はほぼ同じだし、戦自のほうもファントムという戦力がある。

「戦自の後ろから葛城がバカやらないように注意するよ」

もし互角の状況で天秤を傾けるとすれば、量産機を援軍として勘違いした葛城の判断の甘さだと思う。
都合の良い事ばかり考える傾向が葛城にはあると加持は偶に思う時があるし、自分の手で終わらせたいと考えている節がある。

《老人達が量産機を向ける前にネルフ本部の武装解除を完全に出来れば問題ないですね》
「さっさとマギを落とせば、大抵の問題は解決するさ。
 なんせマギはネルフを支える柱の一つだからな」

エヴァとマギ――この二つがあってこそのネルフなのだ。
マギを電子制圧されたら、エヴァの運用にも支障が出るし、基地の機能の殆んどがマギの管理下にある以上……葛城が何かを叫んでもどうにもならないと加持は 思っていた。

《もちろん、マギは落とさせてもらいますよ。
 こちらにはとても強力なカードがありますので》

冷たい汗が背筋を流れていくのを加持は感じていた。
おそらく、この声の所属するスピリッツにはリツコを上回る存在……復活した赤木ナオコがいる可能性が高い。
どうやったのかは全然想像出来ないが、死者を蘇生させる技術があるとすれば……ゼーレよりも生命工学に関しては優れている事になる。どれだけの進んだ技術 を内包した組織なのか……想像するのも難しい。
もし、リツコですら知らない開発者権限を用いる事になれば、本部の機能は完全に奪われる事になる。
地下に存在する以上、空調を押さえられたら……緩慢で苦しい窒息死もありえるのだ。

(こいつぁ……本気で気を引き締めて取り掛からんと不味いか)

本部内に存在するゼーレの関係者を今一度洗い出して……マークする必要もある。
外と内の両方に敵が存在している状態で同時に動かれると混乱の元になるし、何が起きるか予測するのも難しくなる。

(葛城の安全と発令所のスタッフの安全を最優先だな)

発令所を押さえようとするゼーレを阻止して、後は戦自に任せるのがベストだと加持は考えていた。
タイムリミットまであまり時間はないし、相当やばい橋を渡る可能性もある。
しかし、これをクリヤーすれば、色々後始末はあるが一応の決着が付くのは間違いない。

(葛城には悪いが……死んで欲しくないからな)

自分の手で仇討ちをしたがっているのは分かるが……個人では組織には勝てないと加持は知っている。
内調とのパイプを失ってからは政府の動きは殆んど読めないし、戦自の動きはもっと見えてこない。
一匹狼を気取っても……肝心な時に役に立たないようではダメだと加持は干された事で痛感していた。




モノリスだけが存在する場所で声だけが響く。

『……我々は槍を喪失した』
『この修正は難しいですぞ』
『しかし、あの槍がああも簡単に砕けるとは思わなかった』
『確かにその点は思う所があるが……砕けたのも事実だ』

四人の声にもどこか修正の難しさを知って力がない。

『……複製品の槍を使うしかないな』

モノリスNo.1――キール――の声が部屋に重く圧し掛かる。
一応、量産機用に開発していたロンギヌスの槍のレプリカは確かにオリジナルには及ばないがATフィールドを貫ける力を有している。

『しかし、オリジナルとはどこか違うような気が……』
『そうですな。何か……我々が知っている槍程の力あるとは思えませぬ』

二つの声がキールの意見に躊躇いを含ませて反論する。
ゼーレの元にあったオリジナルの分析資料とレプリカの性能を比較すればするほど……不明瞭な点が出る事を懸念していた。

『我らが望んだ儀式に最後まで耐え切れるでしょうか?』

途中で壊れないかという不安をキールも含めた全員が胸中に抱えている。

『だが、失ったからには何かで代用するしかあるまい』

不安を抱える同志にキールが代案がない以上、今できる事をするしかないと含ませた意見で反論を封じる。

『この一件であの男を排斥しては如何ですか?
 そして、我々の持つ資料を赤木博士に与えて、新しいレプリカの製造を行わせるというのは?』
『然様、我々が最後の使徒を確保している以上、多少の時間調節は可能。
 ネルフの役目はまもなく終わる。その時に赤木博士をこちらに招聘して他は全て切り捨てるのはどうかな?』
『確かにその意見には考慮するだけの価値がある。
 あの男は赤木博士の制止を振り切って槍を使用した経緯がある……もはや捨て置けぬ!』

老人達の元に送られた報告ではゲンドウがリツコの反対意見を無視して槍を使用したという事になっていた。
実際には逆ではあるが、碌に説明をしないゲンドウときちんと報告?している忠実なリツコ?では信頼度が傾くのはどちらかは考えるまでもなかった。
彼らは現場に居るわけではない。ただ送られてくる情報から詳細を判断しているだけに過ぎない。
元々ゲンドウに対する不審の芽があり、それを正確な情報を与えていると思わせたリツコが助長させて芽吹かせた。

『あの男が別の計画を企んでいるのは明白だ……そろそろ退場してもらおう。
 そして、我々の手で計画の修正を行い……約束の時を迎えるのだ』

キールのこの意見に逆らう者は居ないし、計画の修正をゲンドウに行わせる気もない。
碇ゲンドウがネルフの司令としての座から転げ落ちる時が迫っていた。



葛城ミサトの前の所属は戦自――戦略自衛隊――である。
数年前にネルフへと出向し、そのまま所属を変更して使徒戦の作戦部長へ昇進した。

「――ちっ! どいつもこいつも人の話に耳を傾けないんだから!!」

昔の伝手を頼って、戦自の動きを調査しようとしていたが……上手く行かない。
苛立ち舌打ちするミサトだが、その原因は自分にあるとは考えてもいない。
ネルフの強引なやり方に戦自は反発しているのも事実であり、ネルフの上位組織の人類補完委員会の企みを知っている以上……戦自はその下位組織であるネルフ と仲良くする理由がない。
ネルフは戦自にとって、仮想敵ではなく……敵対組織との認識で末端に至るまで統一されている。
既に情報戦の段階は終了し、第三新東京市への侵攻準備に忙しいのだ。

「加持の言う通り……相当きな臭くなっているのね」

元同僚や部下だった連中が居留守を使っているのは明白だった。
わざわざ時間を作って第二まで来たが、空振りに終わりそうな気配にミサトは不満を零している。

「どうしてよ!? せっかく情報を提供して……」

愛車であるスポーツクーペ・アルピーヌ・ルノー・A310のハンドルを叩いて憤りを見せているが、問題は自分の強引なやり方に反発されているのだとは考え ていない。
そして、自分が中心になってゼーレとの戦いを一本化したいと考えているようでは誰も協力しないと思いつかない点が状況を更に悪化させている。
子供じみたミサト一人の勝手な考えに付き合えるほど……世間は優しくなかったのだ。



窓から葛城ミサトの車が発進する様子を見ている女性士官が居る。
その向かい側に座っている女性士官が尋ねる。

「……帰ったわね?」
「ええ、帰ったわ」

居留守を使った人物達がやれやれと言った顔で話している。

「しかし、昔と殆んど変わっていないわね」
「そうね。腰が軽いというか……自分がマークされていると思っていないのかしら」

葛城ミサトの動向は逐一報告されている。
第三新東京市から第二東京市への主要幹線道路には戦自による監視体制が作られ、マークしている人物の行く先は監視対象になっている。
したがって、葛城ミサトが彼らの元に向かった時点で、どう動くべきかの意見は決まっている。
無視――相手にするなというのが、戦自の決定事項だった。

「……葛城三佐だってさ」
「同期では一番早く出世したけど、本当の内容を見る限り……ダメダメじゃない。
 子供を戦場に出させて、被害を無視している」
「そして子供のフォローで勝たされている……メッキが剥げたわね」
「まあ、昔から最大の戦果を上げる反面、味方の損耗も激しい戦い方だし……」
「部下にすれば、堪ったもんじゃないわよ。自分達の命を犠牲にして勝つ事だけよ。
 被害総額とか、相変わらず考慮してないみたいね」

物量戦――数で力押しのスタイルを馬鹿にしているわけではないが、成長の跡が見当たらない。

「佐官になったんだから、人を上手く使う事を覚えなさいよね」

ミサト自身が来る事自体……良くはないと判断して欲しい。
一応掃除は終わっているが、ゼーレの生き残りがいないとも限らないので、会う訳には行かないのだ。
何よりも……葛城ミサトがゼーレ側の人間である可能性もある。なんせ、ゼーレの隠れ蓑である人類補完委員会のご指名で作戦部長という役職に就いているの だ。
可能性としては低いと考えているが、今のミサトの行動は浅慮としか言い様がない。

「第三への侵攻作戦のほうは?」
「順調に進んでいるわよ。猪狩二佐の方でマギを落とす算段が出来たって」
「……生え抜きじゃないけど、凄い人ね」

感心するように新任の二佐の手腕を評価し、そしてファントムの運用責任者としての評価も悪くない事を知っている。
ネルフの根幹を支える存在を落とす事は確実に勝率が上がる事に繋がる。

「もっとも本人曰く、これ終わったら退役して楽隠居するんだって」
「……欲のない人ね」

結果を出した以上、昇進も確実だが本人は退役するらしいから苦笑いするしかない。
まあ、元々ネルフ対策の為の特務佐官みたいなものだから仕方ないのかもしれないが。

「そろそろこっちも準備を始めないとね」
「そうね。松代のネルフ支部の攻略も同時に進める予定だったわ」

日本にある二つの施設を同時に落とす作戦の準備が既に始まっている。

「こっちとしては無血開城を願うけど……ダメなら殲滅戦ってとこね」
「まあしょうがないわね。本部にも、支部にもゼーレの関係者が居る以上……戦闘になる可能性が高いから」

ネルフ内部のゼーレ関係者は排除出来ていないので、抵抗する可能性が高いのは判っている。
彼らに扇動されて、自分達に攻撃を仕掛けるスタッフを助けるだけの余裕があるかどうか分からない以上……切り捨てるしかない。

「軍事組織なんだから、躊躇う理由もないわ。向こうも覚悟はしているでしょう」
「出来てなければ悲惨だけどね」
「そんな事は知ったこっちゃないわよ。覚悟もないくせに銃を取るなと言わせてもらうわ」

元研究機関であろうと一度軍事組織へと変わった時点で末端に至るまで覚悟を持つように訓示しなければならない。
説明も出来ない上官に率いられた組織なら……悲惨な末路しか残っていないだけだ。
二人は連れ立って、ネルフ侵攻作戦のための準備に動き出す。
A−801が発動される日はすぐ其処までになっていた。



第二東京市から第三新東京市に戻ってきたミサトは使徒来襲の報を聞いて、いつも以上に険しい顔になっていた。

「いよいよ……十六番目が来たのね」

誰にも聞こえないくらいの低い呟きでミサトはスクリーンを見つめる。
そこにはDNA構造を模した二重螺旋の姿をした光るリングが空中で回っていた。

「パターンは青からオレンジに周期的に変化しています」
「マギは回答を不能を提示しています。答えを出すのは難しいみたいです」

青葉シゲルと伊吹マヤがそれぞれに分析して判明した情報を伝える。

「また……訳の判らない姿をしたものね」
「そうね。まあ予想するとしたら侵蝕形の使徒の可能性を推すわ」
「ふ〜ん……侵蝕型か」

隣で見つめているリツコが可能性の一つを提示する。
聞いていたミサトも形から普通の攻撃手段ではないと考えていたので、リツコの意見に耳を傾ける。

「ええ、もしかしたら……エヴァを乗っ取るのか、エヴァの中に居る存在にアプローチを仕掛けるのかもしれないわね」
「……アプローチって?」
「人という種を知りたいのかしら」
「全然意味わかんないわね」

ミサトにすれば、リツコが話す内容なんかには興味がないし、必要なのはどうすれば倒せるかの一点に尽きる。

「初号機を出す前に攻撃できる?」

副官の日向マコトに尋ねてみる。
先の使徒戦では街にダメージはなかったが、その前の戦闘でのダメージは大きかった。
しかし、兵装ビルの修復状況は順調に進んではいない。再建を急がせたいが、交渉役の冬月の不在が徐々に響いて思うように進んでいなかった。

「可能ですが……効果があるかは……」
「ああ、良いわよ。牽制に使うだけだから」

使えるビルの数を正確には言わなかったマコトだが、ミサトのほうも大体は把握している。
ATフィールドを持つ使徒に対して効果が無い事も承知している。
だけど、こちらが動く事で何らかのアクションを起こすのを期待している様子だった。

「分かりました。現状で使えるビル全てを使って牽制してみます」

マコトがミサトの意図に従って兵装ビルでの攻撃を開始する。
だが、やはり兵装ビルの攻撃は敵の展開するATフィールドの前に効果がなかった。

「……やっぱりダメね。リツコ、初号機を出すわよ」

効果が出ない以上、兵装ビルでの攻撃をすっぱりと諦めて次の手段に移る事を宣言する。
言われたリツコのほうも仕方ないと判断したのか、

「ええ、変化がない以上は仕方ないわね」

初号機の投入を納得して頷いていた。



初号機のプラグ内からリンが気負う事なくアスカとレイに話す。
零号機、弐号機共に凍結処分のままなので二人とも待機するしかなかった。

「せっかく還って来たのに留守番なんて……つまらないわね」

弐号機の内部で新しい力を得て、使う為の訓練をしてきたアスカはその機会がない事に不満タラタラだった。

「じゃあ、行って来るわね」
「いってらっしゃい」
「気を付けてね、リン」

完全にやる気が抜けているアスカとちょっと心配した感じのレイの言葉を背に初号機は発進した。
射出された初号機は整然とした足取りで第十六使徒――アルサミエル――に近付いて行く。

『フィールドを中和してパレットライフルで攻撃よ』
「了解」

通信機越しに聞こえるミサトの指示に、リンは無駄だと思うけどと考えながら攻撃態勢を取った。

「あ……来るわね」
『来るって――』

ミサトがリンの呟きを聞いて、問いかけようとした瞬間……リング状で宙に浮いていたアルサミエルが蛇のように身体をくねらせて、初号機に向かって突進して きた。



「ちっ! 先手を取られた!」

発令所内でミサトが舌打ちする。
兵装ビルの攻撃には無反応だったがエヴァに対しては即座に反応して襲い掛かってくるアルサミエル。
スクリーンからの見た感じでは体当たりという非常にシンプルな攻撃方法なので、リツコの意見が正しいと誰もが思った。
初号機は回避行動を行いながら、攻撃態勢に移ろうとしていた。

「弾幕を『視界が閉ざされるから要らない』……」

ミサトが兵装ビルからの援護を命令しようとした矢先に、初号機のリンから拒否の言葉が出ていた。

『第十四使徒の時と同じミスを繰り返す気なら……作戦部長は要らないわよ』
「あ、あんたねぇ!!」

はっきりと邪魔と言われてミサトが憤慨しているが、発令所内のスタッフは何処か納得していた。
ギリギリの処で回避して、初号機は大きく距離を取ってからパレットライフルを発砲する。
銃弾はアルサミエルの身体に着弾するが……効果があるようには見えなかった。

『次の攻撃手段は?』

パレットライフルが通用しないと判断したリンがミサトに問う。
初号機はアルサミエルの突進を避けながら、パレットライフルでの攻撃を続行して、次の指示を待っている。

「リツコ、近接戦って大丈夫?」
「正直奨めたくないわね」

リツコは顔を顰めて、ミサトの問いに対して答える。

「近接戦になれば、なるほど……侵蝕される可能性が高くなるのよ。
 初号機の特異性を考えると汚染されるのは、何かと不都合があるわね」

後半の意見は最上段に座っているゲンドウの方に顔を向けて告げていた。
リツコの視線を追っていたスタッフは、ゲンドウの意見を聞きたいと言った顔付きだったが……ゲンドウは口を開かずに沈黙を守っていた。
しかし、見た目はともかく内心は誰にも分からない。ゲンドウはいつもと同じポーズのまま戦況を見つめているが、実際のところは気が気じゃなかった。リツコ の言う侵蝕型だとすれば、最悪の時は初号機そのものが汚染される可能性もある。そんな事態になれば、内部にいる妻ユイの喪失に繋がりかねない。
ゲンドウにすれば、サードダッシュ――赤木リン――を信用していないし、この機に乗じてユイを始末するとも限らない。
頬にこそ、汗が伝っていないが……その背中と手袋で隠れている手の平の中には大量の汗を掻いていた。


ゲンドウが戦況を非常に複雑な気持ちで見つめているのを知らずに、リンは次の段階に移行しようとする。

(そろそろ始めようか?)
《そうだね。始めよう》

ルインの声を聞いて確認を取ったリンは初号機の回避行動が不自然に見えないように若干鈍らせる。
わざと鈍らせたなどとは知らぬアルサミエルは一気呵成に突っ込んで、その身を胸部……コアの位置へと貫いた。

「いかん!!」

慌てて席を立ち、叫ぶゲンドウの姿に発令所のスタッフは冷ややかな視線を向けている。
どうもウチの司令は初号機に関しては過剰に反応すると認識していたのだ。
スクリーンに映る初号機の状況は確かに不利な状況だったが、プラグ内のリンの姿に焦りはない事を自身の目で確認していた。
したがって、スタッフは慌てる事なく、初号機の状況を見つめていたのだ。

「先輩! 生体部品への侵蝕を確認しました」

マヤの報告通りに、初号機の装甲が砕けた下にある生体部の胸部のあちこちに葉脈みたいな物が浮かんでいる。
同様にリンのプラグスーツにも同じような物が浮かんでいた。
しかし、リンの顔には苦痛の色はなく……目を閉じて、口元に笑みを浮かばせているような穏やかな顔付きだった。
そう、リンはアルサミエルの侵蝕が始まると同時にアルサミエルとコンタクトを取っていたのだ。

(……久しぶりだね、アルお姉ちゃん)
《いや〜ごめんね。本能とはいえ……襲い掛かっちゃって》

暢気な物言いをしながら、リンにコンタクトを取り、記憶を取り戻したアル――アルサミエル――が謝罪している。

《……そちらのヒトはどなたかしら? もしかしてリンちゃんの彼氏?》

リンの後ろで控えているルインの姿を確認して聞いてくる。

(そ、そんなんじゃないよ! 頼りになるお兄ちゃんだよ!)

真っ赤な顔になって慌てて否定するリン。その後ろではルインが肩を竦めて苦笑していた。

《う〜ん……ファザコンの次はブラコンなの? お姉ちゃんとしてはリンちゃんの将来に一抹の不安を感じるわ》

手の平を頬に当てて首を傾げて、ちょっと不安ねというポーズを取りながらアルは話す。

(ひっど〜〜い。確かに私、お父さんの事は好きだけど……ファザコンじゃないよ!)
《じゃあ、私がそちらの方に声を掛けても良いのかしら?》
(へ?)

呆気に取られたリンの様子を見ながら、アルはクスクスと笑いながら話す。

《倍率高いシンジ様を狙うより勝率高そうだしね♪》

笑ってはいるが……何処となく本気かもと感じたリンは焦って叫ぶ。

(ダ、ダメェ―――ッ!! ルインは私のお兄ちゃんだからダメなの!!)

この期に及んで、まだ兄だからという理由で叫ぶリンが面白かったのか、

《プッ……く、くくくっ。ど、どうやらファザコンはかなり減ったみたいね♪》

アルはお腹を抱えて笑いながら話していた。
そんなアルの様子にリンは自分がからかわれたと知って、怒りで身体を震わせている。

《落ち着いて……そうやって感情剥き出しにするから、からかわれるんだよ》
(うっ! だ、だって……う、うう……酷いよ、アルお姉ちゃんが)
《大丈夫。マスターからのお願いもあるけど、リンの事が好きだから浮気なんてしないよ。
 そんな訳で、あなたの申し出は受けられませんね》

後ろから優しくリンの髪を梳くように撫でながら、ルインはアルに向かって告げる。

《いいヒトみたいね。リンちゃんの方がもう少し素直にならないと……逃げられちゃうかも》

からかう為の口撃だったので、断りの返事も気にしていないアルは楽しげに話している。

《いえいえ、これはこれで可愛いものですよ》

ルインにしても、シンジ、リンに続く三人目との会話を楽しんでいる。
ただし、話の肴にされたリンはちょっと不機嫌な様子で二人を見つめている。

《ダメよ。そうやって嫉妬なんてしちゃ》
(ち、違うわよ。嫉妬じゃないもん)

リンはからかわれていると分かっていても反応する自分に些か苦い思いをしている。
背後で控えているルインは満更でもないのか、口元に笑みを浮かべて二人の会話を聞いている。

《さて、もう少し話していたいけど……行くわね》
(……うん。お父さんの手伝い、お願いね)

もう少し話していたい気もするけど……父親達の負担を軽減した気持ちもあるので我慢する。

《ああ、私の旧い身体使って嫌がらせしちゃってもオッケーだから》

シンジが新しい身体を用意している事を知っているアルは、今の身体を使っての嫌がらせをリンに許可する。

(……いいの?)
《あの女の夫である……あの男嫌いだから》

ニッコリと微笑んでいるが目は全然笑っていない様子を見て、相当怒っているとリンは判断している。

《順番だから仕方ないけど……他の皆はシンジ様とデートの一つくらいはしているでしょう?》
(えっとね、カティちゃんが小さい女の子でお父さん……親馬鹿してるよ♪)

リンの爆弾発言に精神世界の空気が凍りつく。

《……そうですか。そういう羨ましい事になりましたか……》

シンジの親馬鹿ぶりはよ〜〜く知っている。おそらく他の皆も羨ましいと思っているだろう。
アルは既に消滅している碇ユイに怒りをぶつけられない事に憤りを感じていた。

《では、さっさと行きますね。これ以上、新参のカティだけ好い目を見させて堪りますか!!》

アルは気合い十分といった様子でシンジの元へ還って行く。

(よし、上手く行った♪ これでお父さんもカティちゃんばかり構っていられないわ!)
《良いのかい? はっきり言って、マスターが苦労しそうだけど……》
(大丈夫♪ お母さんがいる限り、お父さんを独り占めなんて誰にも出来ないから♪
 出来れば潰しあって……私がちゃっかり甘えられるようになるのがベストよ!)

互いに牽制し合っている姉達の隙を突いて、自分だけが甘えまくるという漁夫の利作戦を目論むリン。
マスターであるシンジの苦労を思って、密かに涙するルインだった。



三人?が暢気に会話していた頃、発令所ではゲンドウが焦りまくっていた。

「零号機と弐号機の凍結を一時解除する!」

突然の指示にリツコを除く面々が動きを止めていた。

「何をしている! さっさと発進させろ!!」
「委員会の承認を得てませんが?」

怒号に近い叫び声で告げるゲンドウに、リツコは冷ややかな物言いで返答する。

「構わん! 初号機の確保を優先する!」
「…………(あらあら、相当切羽詰っているみたいですわね)」

どうしても暗い笑みを浮かべてしまいそうになり、慌ててゲンドウから顔が見えないようにしてリツコは指示を出す。

「マヤ、発進準備を急がせて」
「は、はい……でも、よろしいんですか?」
「良いんじゃないかしら……責任は司令が取るつもりなんだし」

投げ遣り気味のセリフでリツコはマヤの不安を解消させる発言を行う。
その一言に発令所内の視線がゲンドウに集中する。

「……問題ない」

集まった視線を無視するかのようにいつものポーズに戻って告げる。

「第十四使徒戦ではバックアップしませんでしたし、前々回の使徒戦でも零号機を出すのを躊躇ったくせに……」

ゾッとするようなどこか凄惨な空気を感じさせる声音でリツコが皆に聞こえるように呟く。

「そんなに死人が恋しいですか?」

クスクスと嘲るように笑うリツコに殺気を含んだ視線を向けるゲンドウだが、リツコには全然効果がない。

(リ、リツコ……あ、あんた、何を考えているの?)

ミサトは友人の様子を見て、相当キていると感じていた。
完全にゲンドウを格下と見て、嘲っている姿には感心して唸るしかない。
他のスタッフもリツコの豹変に驚きながらも、ゲンドウをやり込める気かと思って……ちょっと期待した視線を向けている。

「しょ、初号機……侵蝕が止まりました」

張り詰めていた空気を壊したのは……マヤのこの報告だった。
全員の視線がリツコとゲンドウから、スクリーンに向けられる。
プラグ内のリンのプラグスーツから葉脈みたいな物が消え、初号機からも葉脈が消え始める。
そして、細長い蛇みたいな胴体が盛り上がり、徐々に人の顔みたいな物が浮かび上がってくる。

「ユ、ユイっ!!」

綾波レイを大人にしたような女性らしい姿の上半身が現れると同時にゲンドウが叫ぶ。
どこか人の好い笑みを浮かべて、初号機を抱きしめようと手を伸ばすが、

『あんた、嫌い。さっさと消えて』

嫌悪感を見せたリンが告げると、初号機のウェポンラックが開いて、ニードルがユイの身体に突き刺さる。
苦悶の表情を浮かべながら、血のようなものを流す姿に、

「な、なにをしている!? 攻撃を中止しろ!」

思わずゲンドウが初号機に向けて……攻撃中止命令を出した。

『使徒は殲滅するんじゃなかったの?』

嘲りの笑みを浮かべながら、リンはゲンドウの命令を無視して攻撃を続行する。
右手に持ったプログナイフをユイの心臓のある左の胸に突き立てる。
返り血が初号機に降り掛かるが、初号機は怯む事はなく左手で右手を掴んで引き千切る。
その一撃の後に蹴り付ける事で、コアへの癒着が剥がれて……二体は離れる。

『パターン青はまだあるの? 指示がないんなら攻撃を続行するわね』
「パターン青は顕在よ……攻撃を続行しなさい」

ゲンドウの攻撃中止命令はなかったものとして、リツコが攻撃の続行を指示する。

「私の命令を聞け! 攻撃は中止だ!」
「奥様の姿を借りただけの偽者に躊躇う必要があるのですか?
 パターン青、あれは使徒が姿を借りているだけのフェイクです!」

毅然とした発言を行うリツコに、ゲンドウは思わずたじろいでしまう。

「例え、あれが本物だとしても……使徒である以上滅ぼすだけです。
 司令も仰っていたじゃないですか、『使徒を滅ぼさねば、人類に明日はない』と」

リツコは完全に自分の命令が間違っていると言われたゲンドウは唸りながら睨みつける。
頭ではリツコの言い分が正しいが、ユイの姿を見た事で完全に狼狽してしまったと気付かされた。
サングラス越しに視線を彷徨わせると、スタッフが自分に向ける視線に不信の色が深く出ている。

「……攻撃続行だ」

椅子に座り、いつものポーズを取って指示を出す……スタッフの信頼を完全に損ねたと自覚しながら。
この後、初号機は使徒を殲滅するために攻撃を続行する。


碇ユイを模した使徒が殲滅される光景にゲンドウは目を背けたかったが……出来ない。
そんな事をすれば、更に信用を失うと知っていた。
ゲンドウは自分にとって、苦悶と苦痛の時間が一刻も早く過ぎる事を願うしかなかった。











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どうもEFFです。

対アルサミエル戦が終わりました。
レイの姿を借りたのを思い出して、ゲンドウに対する嫌がらせをリンが行いました。
流石にユイの姿をすれば、思わず攻撃中止命令を出すと思いましたので。
おかげでスタッフの不信感は完全に表に出始めますね。
人間らしい部分を碌に見せずに、上から一方的に告げるだけの人間ほど信用を失った時はどうなるか……それはこれからですけど。

次回はリツコの召喚と渚カヲルの登場まで持っていけたら良いなと思います。
それでは次回もサービス、サービス♪



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