赤木リツコは目の前の人物に尋ねる。

「加持君が案内するの?」
「……人手がなくてな」

加持リョウジが委員会への召喚場所への案内人と知って、肩肘を張るのを止めた。

「これって、どうしても飲まなきゃダメ?」

車に乗り込んで渡されてカプセル状の睡眠薬を見せて尋ねる。

「悪いが飲んでくれないと困るみたいだぞ」
「飲むのは良いんだけど、起きられる自信がないわね。
 ここしばらく忙しかったから……疲れてるのよ」
「……着いたら起こすよ」
「そう? 眠り姫をキスして起こすなんて不埒な真似したら……魔女の大窯に叩き込んであげるわね♪」

口調こそ冗談っぽいが絶対にマジだと加持は思っていたので、

「普通に起こさせてもらいますとも……それはもう紳士的にね」

絶対に逆らうまいと決意して告げていた。

「そう。じゃあ、後よろしく」

楽しそうに微笑みながらリツコはカプセルを呑み込んで眠る事にする。

「トホホ……俺って、信用ないんだな」

自分が全然信用されていないと知って、苦笑しながら加持は車を発進させた。
目的地はゼーレの老人達が用意した会見場所。
ゲンドウがリンの召喚を回避する為か、それともリツコに対する意趣返しか……どっちとも取れる状況下だった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:38 去る者と来訪者
著 EFF


「ご苦労だった。後はこちらに任せよ」

目的地に到着してリツコをそれはもう丁重に起こした加持は待ち受けていた別の人物に引き渡す。

「赤木博士、こちらへどうぞ」

それなりに敬意を払っている男を一瞥してから、リツコは加持に話す。

「加持君、これをリンに渡しておいて」

懐から封筒を出して加持に渡す。
受け取った加持は、

「中身は?」

一応の確認の為に聞いてみる。

「まあ最悪の時に備えての伝言は既に渡しているし、それは補足みたいなもの。
 例えば、私が帰って来なかった時は……老人達に殺されたと判断して行動しなさいとか……ね」
「申し訳ありませんが……中身を見せて頂きたい」

流石と言うべきか、言葉こそ敬語ではあるが……もしこちらに不都合がなるような内容なら捨て置けぬと言った感じで男が告げる。

「いいわよ……見せてあげて」

一瞬、リツコの方に視線を向けた加持に対して気負う事なく許可を出す。
加持は、リツコが許可を出したなら問題ないかと判断して封筒を渡す。
受け取った男は封を切って中身を見て……硬直していた。

「リッちゃん、何をやったんだ?」

相手を硬直させるような内容なのかと加持はリツコの方を見て聞いてくる。

「……別に、ただ"ハズレ"と書いた紙を入れていただけ」

悪戯が成功して、楽しげに笑みを浮かべるリツコに加持は頭を抱えたくなった。

「そういう物騒な冗談はしないほうが良いぞ」
「そう? こっちとしては仕事で忙しいのに……呼び出されたのよ。
 部下に仕事を押し付けるのは上司としては心苦しいし、この後の会話を思うと嫌がらせの一つもしたいわね」

悪びれずにちょっと不機嫌気味に告げるリツコ。
実際にマヤに仕事を押し付けているし、忙しくて家の事は全部リン達に任せていたので保護者として心苦しい点があったのだ。

「悪いわね。別にあなたの所為じゃないし……運が悪かったとでも思ってちょうだい」
「……どうぞ、こちらへ」

からかわれたと知って、些か視線が厳しくなっているが、リツコは気にせずに別の車に乗り込む。
目隠しをされて、グルグルと車をあちこちに移動させて……追跡がない事を確認してから目的地へと足を進めた。

「お召し物をこちらへ」

目的地に入った途端、服を脱げと言われてリツコは、

「別に良いけど……セクハラされて味方になると思わないでね」

仕方ないという感じで躊躇う事なく服を脱いでいき、示された部屋の入り口を開けて入って行った。
男は何か地雷を踏んだ気になって……立ち竦んでいた。


暗い部屋でモノリスの電子表示だけが明かりになっている。
リツコは表情を変える事なく、部屋の中心で老人達との会話を行っていた。

『我々も穏便に事は進めたい。君にこれ以上の陵辱と辛い思いはさせたくないのだ』
「私は何の屈辱も感じていませんが」

馬鹿らしいと言った様子で返答して、リツコが呆れた視線を向けている。
まあこうなる可能性は予め知っていたし、どうせこの身体は処分して作り変える予定でもある。
老人達に見られるのは口惜しいが、死に逝く者への手向け代わりにという寛大な気持ちを持とうと考えていたのだ。

『気の強い女性だ、碇が側に置きたがるのも解る』
『だが、君を我々に差し出したのは他でもない……碇君だよ』
(使い捨ての駒なのね……まあ、今更といえば、そうなんだけど)

ゲンドウがこういう行為を行う事は既に知っているし、今更言われても動揺の欠片もない。
むしろ、今まで情報を提供していた自分にセクハラをする老人達のほうに問題がある。
リンが怒ったように、私が怒らないと考えていない連中に嘲りの笑みを浮かべる。

『何がおかしいのかね?』
「いえ、セクハラされて、私が怒らないと考えている方々に呆れているだけです」

冷笑を持って、キールの問いに返事をするリツコ。その表情には一片の動揺もなく、冷めた視線だけしかなかった。

『口を慎みたまえ』
「そうですね。老い先短い老人の戯言に付き合うのもなんですし、用件だけ伝えてもらえます。
 私も仕事の途中で来たものですから、早く帰って指示を出してスタッフの負担を軽くしたいので」

他のモノリスの嗜める声に、チクリと一刺しの嫌味を入れて返答する。

『恐れを知らぬ物言いだな』
「通信機越しで、しかもか弱い女性を裸にさせて観賞する下衆な老人相手には丁度だと思いますけど。
 私が怖いのなら、この仕打ちも納得できますが」

傲岸不遜な老人達を弱者と断じて、哄笑するリツコ。

「私を殺したいのなら、好きにすれば良いですわ。
 司令が何を考えているのか、知りたいのに情報源を自分達の手で捨てるのならご自由に」

挑発するリツコにゼーレの面子は殺せと叫びたいのを堪える。
リツコが捨て身でこの場にいると判断したのだ。
命を惜しむ者と命を惜しまない者――両者の立場が明確になった事で力関係が若干変わる。
リツコの代わりが居ないわけではないが……今から送り込むのは何かと面倒な事になる。そんな点をリツコは知っているからこその強気だと判っていてもどうす る事も出来ないのだ。
適度に茶を濁す発言でリツコは老人達の追及をかわし続けた。
リツコが退席した後、ゼーレの面子は口惜しそうに話す。

『くっ! 我らに逆らうというのか!?』
『不遜な! 碇とは違う意味で邪魔になる可能性が高い』

自分達が行った行為が間違いだとは考えずに、リツコの物言いだけを悪し様に話す。
こうなる可能性はあったのに改善しない方が馬鹿だとリンならば言うだろう。

『まあ良いではないか、死にたいのであれば、死なせてやればいい』
『やはり第三新東京への侵攻を行う必要がありますな』

キールの余裕の発言にヒートアップしかけた連中の頭も冷める。

『記述通り、十六番目の使徒も無事に倒した。
 これで死海文書の記述通りに事は運んだ』
『いよいよ約束の時を迎える事になりますな』
『些か修正すべき点はありますが……大丈夫でしょう。
 こちらにも駒が揃いつつある』
『量産機のほうも順調に準備しております。
 戦自がどう動くか次第では投入する必要がありますが』

戦自の動きが相当きな臭い点が彼らの懸念である。
無限の動力と再生力を持つエヴァシリーズに対抗出来る可能性を持った機体が戦自にはあった。
数は同数か、それ以上の可能性もある。内部情報を知りたくても、自分達の駒は完全に排除されて知る事は難しい。

『碇が逆らう事は間違いない。
 アダム、リリスと初号機の確保はどうしても必要だ。
 残して置いて……我ら以外の誰かに利用されるのは避けたい』
『然様、神の座に辿り着くのは我らのみ』
『こちらの手勢を全て投入して押さえる必要がありますな』
『準備を進めましょう。我らの大願を果たす為に』

ようやく待ち望んでいた希望が叶う時が近付いてきた。
老人達は自分達の妄執が現実味を帯びてきた事に興奮を隠せなかった。



再び目隠しされて、あちこちをタライ回しにされた挙句……街外れに放り出されたリツコは普段通りのクールフェイスで立っていた。

「遅くなった、リッちゃん」
「便箋と封筒用意してくれた?」
「あ、ああ……用意したけど?」

迎えに来た加持に頼んでいた物を出すように告げてから、リツコは何かを書き始める。
加持は非常に興味が湧いてきたが、覗き見すると後が怖いのでとりあえず待つ事にする。
書き終えたリツコは無地の白い封筒にきちんと折り畳んでしまうと加持に手渡す。
渡された加持は封筒を見て、ギョッとしていた。

「じ、辞表って?」
「総務部に回しておいて」

辞表と書かれた封筒がまず一番上にあった。次いで、

「それはリンに渡しておいて、部屋の荷物の送り先と部屋の賃貸契約の変更届けの書類が置いてある場所のメッセージね。
 とりあえず部屋の家賃は半年先まで既に振り込んであるから、それ以降の時の対処はリンに任せる旨を書いてもいるわ。
 後一通はマヤと技術部に引継ぎの手順と緊急時の対応の指示が入っているフォルダの場所ね。
 それと最後の一通は老人達に送ってちょうだい」
「ほ、本気なんだな」

一通毎に自分が居ない後の事をきちんと書き残してある手紙にリツコの本気度を確認した加持。
だが、後一通足りない気がして尋ねる。

「……葛城には残さないのか?」
「ミサトに? 都合のいい時だけ親友扱いする人に伝言なんて必要ないわよ。
 学生時代から何時もそうじゃない。不都合があった時は私に泣きついてきて後始末を頼むだけよ。
 貸しは沢山あっても……借りはないと思うけど?」

痛烈な皮肉と共に冷笑を浮かべるリツコ。
学生時代のリツコのフォローを考えると加持はなんとも言えなくなる。

「損得勘定だけじゃない……ミサトの私怨には付き合いきれないわ。
 真実を明らかにした時、ミサトに対する非難は絶対に出るし、仕方なかったで済ませられるほど都合の良い事は起きない。
 流石に今回ばかりはフォローしきれないし、する気もないの」
「…………そうか」

限度を越えたのだと加持は判断した。
葛城はリツコに甘え過ぎ……リツコの方が耐え切れなくなっただけの事だ。

「これからは加持君が支えてあげなさい。私は別の人生をミサト達の知らない土地で一から始める」

別れの時が来たんだと思うと一抹の寂しさが加持の胸に去来する。
リツコの背後の空間が黒く染まり……巨大なホール状の空間が出来上がり、そこから一人の女性がゆっくりと浮かび上がる。

「……母さん」
「迎えに来たわよ、リッちゃん♪」

リツコが母と呼ぶ人物はただ一人……赤木ナオコだけ。
目の前の人物はリツコより若く見え、確かにリツコに似た顔立ちをしている。

「とりあえず、その旧い身体を捨てて……新たな人生を始める準備をしましょうね」
「ええ、やりたい事は沢山あるわ。さっさとくだらない雑事を終わらせて、人生を謳歌させてもらうの」
「時間はタップリとあるわよ。永遠の命とまでは行かなくても、それなりに長生きできるわ」
「叶わないと思っていた願いを叶えられるなんて……幸せね♪」
「楽しむ事がマッドサイエンティストへの第一歩よ。あんな穴蔵じゃ息が詰まってダメになるわ」

ゆっくりとナオコの元へと歩いて行くリツコ。その表情は楽しげでいつものクールで張り詰めていた雰囲気はなかった。

「じゃあ、加持君。それお願いね♪」
「お、おう」

本当に人生をやり直すんだと知って、加持の腰は引けている。
おそらく母親らしき赤城ナオコの元で……今まで以上のマッドサイエンティストへと変貌するのだろうと思うと冷汗が止まらない。

「とりあえずは四○元ポケットの作製ね」
「あら未来のネコ型ロボットから始めるの?」
「とりあえず目標はド○ミちゃんね♪」
「どうせやるなら現代のキ○レツ斎でも目指したら?」
「大百科を遺すのはまだ先の話なの……それも悪くないけどね♪」

加持には二人の会話がジョークには聞こえずにいた。

(本気かもしれんな……なんか出来そうな気配がするから怖いぞ)

マッドサイエンティストの本領を発揮しそうな親娘だと確信しながら、二人が消えて行く光景を見つめていた。
赤木リツコ――この日を境に彼女の名が表舞台に出る事はなくなった。
ネルフは一人の賢者を失い、ゲンドウは自身の願いを叶えられる機会を失う事になった。



ネルフ本部に激震が走ったという言葉は過剰な表現ではなかった。
リツコの辞表を総務部に持って行ったら、職員がタップリと三分ほど……硬直していた。
伊吹マヤへリツコのメッセージを渡して説明すると……卒倒されて、他のスタッフから非難の視線を浴びせられた。
現在、技術部はナンバー1と2を欠いた状態で作業を行う羽目になっていたが、赤木リンが越権行為と知りつつもリツコの代わりに指示を出して作業を滞らせな いようにしていた。
冬月副司令なき今、リツコが副司令の立場に居た。ネルフで最もマトモな対応が出来る上司の辞職は更に司令であるゲンドウを孤立させて、部下達の信頼と信用 を損なう結果になる。
ゲンドウは命令するだけで自分から動く事はない。皺寄せは全部部下に回ってくる以上、ゲンドウの求心力は更に低下するだけなのだ。


リツコの退職は技術部だけでなく、ネルフ本部のスタッフ全員の動揺を誘っていた。
唯一の例外とも言える赤木リンだけはこの事を予感していたのか……ごく自然に受け取って読んでから、

「そう……夢を追うのね。ちょっと寂しくなるわね」

とリツコの新しい人生の門出を祝いながらも、どこか寂しいという気持ちを含んだ笑みで呟いていた。

「良いんじゃないの。リツコにはリツコの人生が待っているんだし」
「リツコさんに逃げられた司令……無様ね」

アスカのサバサバした意見と、レイのブラックでリツコばりの無様発言に若干怖れを抱いた。
もしかしたら、加持はリツコみたいに非常にクールでヤバイ後継がいるのではと考えたのかもしれない。

「……リツコに見放されたのね」

自分に何の伝言がないと知って、葛城ミサトは今にも泣きそうな表情だった。
多分、一言くらい別れの挨拶をして欲しかったと思っていたのだろう。


碇ゲンドウは趣味の悪い司令室でリツコの辞職を聞いても……何も言わずに鎮座していた。
冬月がいれば、ゲンドウが切羽詰っていると読めたが、冬月は居ないのでリツコの退職に動じない……非情な司令とのイメージを更に強くしてスタッフの反感を 増やしていた。



『赤木博士がネルフを離脱した』

モノリス1――キール・ローレンツ――からの報告に他のモノリスは焦りを見せた。

『まさか、冬月の時と同様に奪われた?』
『いや、辞表を提出して……その後の足取りは不明だ。
 鈴が現在追跡調査をしても良いかと問うてきたが、捨て置くように通達した』
『確かに今の状況で日本国内に人員を無駄に動かすのは……』

日本国内のゼーレの関係者は減少どころか……ネルフ内部にいる者を除いてほぼ一掃されている。
キールが捨て置けと言うように不必要に動かすのは躊躇われたのだ。

『我々宛てのメッセージもある』
『なんと?』

内容を尋ねる男の声にこの場に居る全員が一斉に耳を傾ける。

『セクハラ爺さんに付き合うのは飽きたので……スピリッツにスカウトされたので移籍しますだ』

全員の思考が一瞬停止する。だが再起動すると同時に怒号が飛び交っていた。

『ふ、ふざけるなよ、小娘が!!』
『こちらが下手に出ていれば、つけ上がりおって!!』
『しかもスピリッツだと! ネルフの中枢にまで手を伸ばしたというのか!?』

『落ち着け!!』

ヒートアップする仲間に一喝して、キールは強引に黙らせる。

『約束の時は近いのだ。瑣末事に係わっている時間はない!
 まず我らの大願を果たす。成功すれば、小娘もスピリッツなる組織もいつでも始末できるのだ!』

口惜しさを隠し切れずに声もいつもより大きくなっているキール。
そして、キールの苛立ちを感じ取った他の者達は落ち着きを取り戻して会話を続ける。

『で、では時計の針をこちらの手で進めましょう』
『然様、量産機の方も予定通りに完成する。儀式を始めてしまえば、誰にも邪魔はされない』
『不確定要素が幾つかあるが、タブリスに始末させれば良いだけだ』

口々に最優先でしなければならない事を告げる。

『新たな世界秩序と我らの理想の世界を作る時は近い。
 まずはネルフを本来の形にし、我らの手に取り戻す』
『いよいよ反逆者を切り捨てる時が来ましたな』
『もはや不要ですぞ。あの男をこのまま置いておくと我らの計画に乗じて自身が神の座を奪うかもしれぬ』
『碇ゲンドウ……所詮十三番目のユダ。最初から裏切るつもりだった男など不要だ』

ゼーレによる碇ゲンドウの排除から始まるネルフ解体のシナリオが本格的に動こうとしていた。



リツコが第三新東京市から出て行くと同時に一般職員とその家族の疎開が始まった。
駅のホームには出て行く人々が列車を待っていた。

「ヒカリも元気でね。此処もそろそろきな臭くなってきたから早めに避難した方が良いから」
「私の方よりもアスカ達の方が心配よ。本当に大丈夫なの?」

ヒカリ達を中心に洞木家の面々も残るアスカ達の身を案じている。

「私達の方は大丈夫よ。洞木さんのお父さん達は出来る限り怪我のないように手配するわ」
「お、お願いね、赤木さん」

父親はこの街に残る事になっていたのでヒカリ達は不安を隠しきれずにいたので、リンに真剣な顔でお願いしていた。
既に母親は事故で亡くなっているので、父親まで失うのは嫌なのだ。

「出来る限りよ。絶対なんて保証出来るほど……私は強くないし、何が起きるかまだ分からないの。
 まあ、幾つかの予測は出来ているけど、それも不確かなものだから」

不安を解消させたいけど、安請け合い出来るほどの力を持っていない事をリンは自覚している。

「それで十分。赤木さんの出来る範囲で構わないし、絶対に無理をして怪我をしないで……友達が傷付くのは嫌だから」
「……ありがと」

リンの身を案じてくれるヒカリを嬉しく思い笑みを返す。
本当はもっと仲良くなりたかったけど、あまり近付き過ぎると要らないちょっかいを掛ける屑がいたので素っ気ない振りをしていた。こうして別れの時に仲良く なるのは寂しい気がしてならなかった。

「まあ、相田のバカはどうでも良いけど……ヒカリの事ちゃんとするのよ!」
「わぁってるがな。いいんちょの事はちゃんとするわ」
「ナツミちゃん、お願いね」
「任せてレイさん。お姉ちゃんになるかもしれない人で、バカ兄貴にはもったいない人だから……逃げられないようにするね」
「な、なんじゃそりゃ?」

兄を蔑ろにする妹の発言に鈴原トウジは声を荒げている。

「そりゃあ……ジャージバカにヒカリを渡すのはもったいないと思うけど、ヒカリの気持ちもあるしね」
「もう少し、服装に注意を向ける事ね」
「な、なんやねん?」
「「ジャージばかりじゃフラれるの」」

いつもと変わらぬトウジのジャージ姿に二人の視線は非常に寒いものがあったのは言うまでもなかった。
トウジの隣で聞いていたナツミは息の合った二人の意見に納得して何度も頷いていた。
鈴原トウジ――何故かは知らないがジャージに拘る少年だった。


二つの家族を乗せた列車が駅のホームから離れていく。

「……行ったわね」
「そうね。少し寂しくなるわ」

アスカがヒカリとの別れを惜しみ、レイもまたナツミとの別れを惜しんでいた。

「帰ろうか……家へ?」

リンもまた友人達との別れを残念に思いながら、この街を離れる事に安堵していた。
まもなく、この街は戦場になるのは決まっている以上……逃げる事は間違いじゃない。

「そうね。アタシとしてはどっかに遊びに行きたいけど、場所は限られているし……ダメか」

残念そうに話すアスカ。この街の住民は日に日に数が減ってきているので遊興施設も閉鎖が始まっていた。

「家で対戦ゲームするか、ネットゲームでもしようかな」

高速通信網を使用したネットゲームが日重の提供で始まっている。
かなり自由度の高いゲームで、設定も細かくマニア向けの感もあるが、やって行くうちにハマってしまうタイプだった。

「あのゲームって、ナオコさんの作品の一つよ。
 多分だけど……隠れスキルやら、隠れ職業もあると思うな」
「やっぱりね。妙に細かい設定だし、ホストコンピューターの事も考えるとマギクラスかな〜と思ったわけよ」

ヒットポイントにスタミナという設定があり、ヒットポイントがなくなっても死亡だし、スタミナ切れでも餓死というシビアな設定がある。ファンタジーな世界 観で自分達の手でモンスターを倒して食料を確保したり、特定の場所を調べて、そこに在ったアイテムを調合して、回復薬や解毒剤を得る必要もある。小型モン スターから大型モンスターまで存在し、一定の経験を得ると上級職へのクラスチェンジもあるし、材料を集めてアイテムを作る事も可能だ。最大四名までの仲間 と共に協力してのプレーも出来るのでパーティープレーを楽しむ事も出来るやり込み型のコアなファン層が出来つつあった。
ちなみにアスカ、リン、レイの三人でチームを組んで、世界最強のチームとしてその世界でも名を轟かせてもいた。

「そう言えば、新しいイベントクエストがそろそろ出るんじゃないかな?」
「今度は何かしら? 新種の大型モンスターか……伝説の武器発見イベントかしら?」
「前回は呪われた古代兵器の復活だったわね」

アスカが腕を組んで前回の戦いを思い出している。

「あれってさ、昔のラミお姉ちゃんの攻撃パターンに似てたんだよ」
「そうね。無敵の盾と矛を持って来たわ」
「それって第五使徒の時の話よね?」

アスカの問いに二人は頷いている。
突如、町外れに現れて近付くプレイヤーにブレスを浴びせる人造モンスターのイベントは非常に難度の高いクエストだった。
レイの得意とする長距離射撃から始まる牽制攻撃で注意を引き付けて、アスカとリンの二人で強襲を仕掛けた。

「硬いし、棘みたいな物を撃ち出すし……結構倒すの苦労したもんね」
「あれの鱗で作った鎧ってすっごく頑丈でさ〜。近接戦のアタシ達には非常に使い勝手が良いじゃない」

前衛のリン、アスカの防御力が格段に上昇し、最初にクリヤーしたプレイヤーとして更にチーム名が上がっている。
やるからにはトップを目指すというアスカにとっては鼻高々なイベントだった。

「でも、あれを見た後で思ったんだけど……そのうち、伝説の魔剣士とかでママが出てくるかもしれないわ」
「あ、ありえそうね」

可能性の一つとして挙げられた話だが、ありえる話だから怖かった。
レアイベントとして発生するクエストもあるので……武を極めし者というタイトルであるかもしれないとレイもアスカも思っていた。


ちなみにリン達がクラスメイトとの別れを惜しんでいる頃、

「ティ、ティアさ〜ん」
「ダメよ」

マナはティアによる補習授業を涙混じりに行っていた。

「ひ〜〜ん」
「泣いてもダメ……これも明日のために必要な事だから」

見掛けは中学生だが、中身は立派な成人女性のティアは保護者としての責務を果たそうとしているだけだ。

「……霧島も大変だな」

使徒に勉強を教わるという非常に貴重な体験なのだが、している本人にとっては辛いらしい。
偶々その様子を見ていた三島は自身の学生時代を思い出して、ノスタルジックな気分に陥っていた。

「チーフも赤点……貰ったんですか?」
「言うなよ。大人の威厳ってものがなくなるじゃないか」

まだ未熟だった少年期を思い出して、三島の背中には哀愁が漂っていた。
部下達も自身の学生時代を思い出して、懐かしさを感じて苦笑いしていた。



リン達が駅から出て、自宅へ帰ろうとしていた時、風に乗って楽しげな第九のハミングが聞こえてきた。

「……来たわね」

その歌を耳に入れたレイが立ち止まり、歌の聞こえる方向に目を向けた。

「あれが……タブリスなんだ」

破壊された水上都市部の一画で銀髪の少年が水の上にある瓦礫の上に座り込んでいた。
三人がゆっくりと近付いて行くと少年は楽しげに話しかけてきた。

「歌はいいねぇ、歌は心を潤してくれる。リリンの産み出した文化の極みだよ。そう感じないか、赤木リン君」
「そうね。初めましてタブリスお祖父ちゃん♪」

いきなりのお祖父ちゃん発言に少年は目を丸くして、体勢を崩して湖に……落ちた。
派手な飛び込み音を響かせて落ちた少年の姿にレイはニヤリとブラックな笑みを浮かべる。

「……無様ね、タブリス」

それを見ていたアスカは、

(またアタシに負担が掛かるのね……やっぱり)

自身にとばっちりが来る事を予感して嘆息していた。

「お、お祖父ちゃんってどういう意味かな?」

ずぶ濡れになりながら、理解不能と言った顔付きで少年が尋ねてくる。

「アダムは別格だけど、リリスからタブリスまでは殆んど同格でリリスの娘のリリンの子供だから……お祖父ちゃんかな?」

首を傾げて、レイに言われた内容を思い返してリンが答えている。

「一概に違うとは言えないが……その言い方は好きになれないね。
 綾波レイ、もしかして君の仕業かな?」
「さあ……証拠もないのに人を貶めるのは好意に値しないわ、叔父様」
「ふむ、確かにそうだね。これは申し訳なかったよ。
 僕の名はカヲル、フィフスチルドレンとして登録されている渚カヲルだから名前で呼んでくれると嬉しいね」

レイの嫌味をサラリと流して、渚カヲルは自己紹介を行った。

「じゃあ、カヲルお兄ちゃんで良い。
 お父さんから話は聞いているよ。色々あったけど今でも大切な友達だって」
「ああ、カヲルお兄ちゃんというのは何故か心に響くよ。つまり気に入ったという事かな。
 そして、君はシンジ君の娘なんだね?」

目の前の少女――赤木リン――の正体が今一つ理解できなかったが、今はっきりと判ったので嬉しさを隠そうとしない。

「サードインパクトはちゃんと成功したんだね。
 でも、どうして戻る事になったんだい?」

シンジに娘がいる以上、あの世界は元に戻って人の世界が再構築された筈なのだとカヲルは判断した。
だが、そうなるとこの少女や自分達が逆行する事態が分からなくなったので尋ねる。
カヲルの問いにリンは悲しげに真実を告げた。

「……サードインパクトは失敗して、人類はお父さんを除いて原始の海に還ったままで戻って来なかったの」
「なんだって……?」

足元がいきなり崩れたような感覚を感じて、カヲルは慌てて膝に力を入れて姿勢が崩れないようにした。
ギリギリだったが、間に合ったと思っていた。シンジが還る世界は彼の望んだ世界になり、苦しくとも幸せな時間を送れると思っていたのに……違ったらしい。

「ママが人からリリンに生まれ変わって、世界に帰還するまでの永い時間をたった独りで絶望のままに生きていたの」

完全に膝に力が入らなくなり、座り込んで湖の中に腰から下が浸かっているカヲルの姿にレイもアスカも情けないとは思わなかった。
何故なら、自分達もシンジの境遇を聞いた時はショックを隠す事を出来なかったからだ。

「ど、どうしてそんな事に……?」
「満たされた世界から、苦しい世界に還る事に人は耐えられなかっただけ」
「……人の弱さなんだね?」

カヲルが苦しげに聞くと、リンはゆっくりと肯定するように頷いていた。

「でもね、ママがディラックの海から還ってきてからはお父さんも救われたんだよ」

ガックリと気落ちしていたカヲルを慰めるようにリンがとても嬉しそうに告げる。

「私はリリンであると同時に使徒でもあるの。
 新生する事がない使徒から生まれた奇跡だってお姉ちゃん達が教えてくれた」
「そ、そんなバカな……使徒が新生出来るなんて?」

驚愕の事実を聞いてカヲルは喜べば良いのか、ありえない現実を否定すれば良いのか途惑っている。

「あ、綾波レイ……これは事実なのかい?」
「事実よ。彼女は碇君の希望であり、可能性なの」

ますます困惑の度合いが深まっていくカヲル。

「では、何故ここに僕達が居る?」
「一人の狂人がフォースインパクトを起こして……私達の世界が壊されて避難したの。
 お父さんやママや皆がせっかく立て直し始めた世界だったのに……悔しいよ」

項垂れ、悔しげに唇を噛み締めてリンは告げた。
この世界も好きだけど、リンにとってはあの世界が大好きな故郷だった。
もう帰る事も出来ないし、思い出の中にしか存在していないのは悲しくて辛くて……悔しい。

「碇ユイ……あの女が孤独に負けて帰ってきたおかげで、私達の命以外は何もかも失った。
 何が人の生きた証よ! 独り善がりの思いでお父さんが再建し始めた世界を否定するなんて何様のつもりよ!!」

どうしようもなく昂ぶる感情によって力の一端を出してしまう。
それを見たカヲルはリンの話した内容に嘘偽りがないと理解してしまった。
ATフィールド――心の力を見せ付けられた以上は否定できなくなったのだ。

「やれやれ……力を見させてもらった以上は事実みたいだし、シンジ君は何を望むのかな?」
「ひっそりと世界の片隅でのんびりと家族と暮らしたいって」

シンジらしい願いにカヲルは普段見せるアルカイックスマイルではなく、本当に楽しそうに心から湧き上がる感情から生まれる笑みを見せる。

「相変わらず優しく好意に値する人だよ、シンジ君は」
「協力してくれる、カヲルお兄ちゃん?」

ちょっと不安げにカヲルを見つめながらリンは尋ねている。
アダムに還らなければならないと意固地に行動するというのなら、戦う事になる。
まあ結局のところはシンジの中に戻り、眠りに就くだけだが……せっかく会えたのにそれはそれで寂しい結末になるのだ。

「他の皆が協力している以上、僕だけがアダムに還っても意味がないよ。
 ……それにアダムはシンジ君なんだから、彼の意思に従うのも悪くないね」

カヲルは使徒の魂が自分の中に無い事を知っている。
使徒の戦いの記憶だけが自身の中に存在し、その意志は何処か別の処で今も尚生きているのだと気付いていた。
そして、それはアダムに還ったか、完全に消滅したかのどちらかになっている事の証明に他ならない。

「まさか新生しているとは思わなかったけどね」

おそらく、シンジがアダムとなって皆を新生させたんだと理解してカヲルは苦笑していた。

「えへへ、皆、綺麗で強くて頼れるお姉ちゃんなんだよ♪」

姉達の事を誇らしげに話すリンに、カヲルは別の選択肢が増えたのだと確信している。

(前回みたいに、シンジ君に殺されるのも悪くないが……共存の道も選択出来るのなら……)

自身の手でインパクトを行うのは躊躇いを感じている。
生も死も自分にとってはアダムに還る手順が若干違うだけで同じなのだ。
ただ、どうしても自殺は出来ないだけで、肉体ごとアダムに還るか、魂だけでアダムに還るか……その程度の違いしかカヲルにはない。
そして、この場にシンジが居ない以上……目の前に居る少女に決定権があるのだと判断していた。

「お父さんからの伝言、"カヲル君とは友人だったし、これからもそうあり続けたい"って」

この一言がカヲルを気持ちを完全に決定付けた。
かつては種が違った二人だが、今は同じ種だし……シンジはアダムでも在る。実際にアダムに還ろうとする本能はカヲルの中には殆んどなく、その理由も判明し ている。
本来はカヲルと共に在る筈の同胞達が新生して、アダムの側にいるのだ。
アダム、リリスを除く、他の使徒達はある意味既に消滅し、新たな存在に生まれ変わり、何よりもアダム、リリスはその意識すら磨耗して……完全にシンジが取 り込んだ形になっていると思われるのだ。

「綾波レイ……確認の為に聞くけど、君はリリスじゃないのかい?」
「その通りよ。私はリリスではなく、リリンの綾波レイ。母リリスは碇君の中で眠っているわ」
「……ふう。僕が思っていた以上に状況は変化しているんだね」

肩を竦めて、これからどうするか、一から考え直す必要がありそうだとカヲルが思っていた。

「ちなみにお父さんはカヲルお兄ちゃんと人類を秤に掛けたら……人類を捨てるんじゃないかな」
「そ、そうなのかい?」

爆弾発言とも言えるリンの意見に大胆なカヲルさえも冷や汗を浮かべているが、アスカ、レイの二人はありえる話だと思ったのか……頷いて聞いている。

「お父さんは人類に何の希望を見出せなかったもん。
 前回は人の身勝手で汚い部分を何度も見たし、最後には誰も苦難に立ち向かおうとせずに揺り篭から出なかったから。
 ウチのママは揺り篭に入る事も出来たけど……お父さんと大喧嘩の果てに結ばれるという人物だし」
「なかなかに面白そうな人物だ……これが好奇心というものだろうか?」
「告白して、勢いのままにコトに及んだ獣かもしんないわよ」

不機嫌な顔で話すリン。普段は取っても優しいお父さんだが、最後にはママの方に付くと思っているので悔しいみたいだ。
実際にあの二人の間に割り込むのは結構骨が折れるのも事実なのだ。

「拗ねない、拗ねない。アンタにはこれからそういう人が出来るんだから」

苦笑しながら、頬を膨らましているリンの頭を撫でてアスカは宥めている。
アスカはリンがシンジの事となると、我が侭と言うか、甘えん坊になるんだと知っている。

「……惣流・アスカ・ラングレーさんたったね。
 君も人類じゃないような感じがするんだけど?」
「まあね。望んだわけじゃないんだけど……そういう結果になったのよ」

結果オーライではなく、自爆した感のある結末にアスカは表情は曇っている。
永遠に生きる事も可能な身体を得た事に不満はないのだが……永い時間を生きるという事に対する不安は消えない。
そして、何よりも……、

(永遠の仲裁役なんて……絶対嫌なんだから!!)

これだけはハッキリと決意していた。
似非紳士の冬月みたいに要らない気苦労などしたくないし、特に天然系の母を持つ以上……心の平穏は何よりも重要だと思っている。

「さっさと本部に行って、着任の挨拶するわよ!」

クルリとターンして、アスカは全員に告げると歩き出していた。

「僕は彼女に何か怒らせるような事をしたんだろうか?」
「「さあ?」」

一応アスカに付いて歩きながら、カヲルはリンとレイに聞いてみたが、二人の方もちょっと首を傾げているだけだった。
惣流・アスカ・ラングレー……まもなくアスカ・ツェッペリンとして生きる予定の少女。
その人生は平穏な時間もあるが、仲裁役かツッコミ役としての時間が多いのかもしれない。
何故なら……彼女の周りにいる人物は天然系が多いからだ。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。

無事に父の事に関する処理が一段落つき……後は納骨するだけになりました。
次の一周忌までは問題もなく過ごせる気がします(まあ、特に問題はありませんでしたが)
銀行、郵便局、保険会社の手続き変更は本当に面倒でしたよ。
戸籍謄本やら、除籍謄本に印鑑証明を取りに何度区役所まで足を運んだ事か。
謄本や印鑑証明の有効期限は三ヶ月あるので同じ一通を何度も使うという手段も考えましたが、それを行うと時間が更に掛かるので却下しました。
その為に何通も取る事になって……お金が掛かりましたが、面倒な手続きを一気に終わらせるには仕方ないのかもしれません。

まあプライベートな事はここまでにして、いよいよ最後の使徒であるタブリスこと渚カヲルの登場です。
彼の登場で最終局面へのカウントダウンが始まりますので、期待してくださると嬉しいです。

それでは次回もサービス、サービス♪



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.