エヴァ整備班の一人だった広瀬雄一(ひろせ ゆういち)はケージに訪れた渚カヲルにした最後の会話が印象に残っていると久しぶりに集まった技術部のみんな に懐かしそうに話していた。
その日は世界にとって、妄執という名の呪縛を解き放った大切な一日だった。


「よう、渚君。早いな」
「おはようございます、えっと……広瀬さんでしたね?」
「おう、シンクロテストはまだ二時間ほど後だぞ」

腕時計を見て、広瀬は本日の予定をカヲルに告げている。

「時差ボケで早起きしたんなら、チルドレン用の控え室があるから時間まで休んでいた方が良いぞ」

周囲のスタッフも広瀬の意見を聞いてカヲルに勧めている。
今日のシンクロテストはカヲルの適性を調べる為に時間が掛かるだろうと思っている。
一度テストを始めたら、なかなか休憩を挟むのは難しい。休める時にきっちり休むようにしろと軽い注意を行う広瀬の意見を採用しているみたいだった。

「申し訳ないが、シンクロテストは出来なくなりました」

カヲルの申し訳なさそうに話す声に広瀬が尋ねる。

「……サードインパクトを行うつもりかい?」

スタッフ一同が困った顔で見つめていた。
渚カヲルという少年と話してみて分かったが……使徒かもしれないが分かり合える可能性もあるんじゃないかと思っていた。
出来るなら、仲良くやって行ければと考えていただけに戦うのが辛かったのだ。

「いえ、インパクトは起こしません」
「ど、どういう事だい?」
「僕はこの初号機とリリスを破壊して……人類に希望を遺そうと思います。
 他のエヴァも残しておくのは不味いですが、限りなくオリジナルに近い初号機は……あってはならないんです。
 そしてアダムとは異なる性質を持つリリスを残して置くのは老人達に希望を残す事に繋がりますから」

カヲルの宣言と同時に初号機を固定していたロックボルトが勝手に外れていく。
まるで初号機がカヲルの意見に賛同し、協力すると言わんばかりに。

「離れて下さい。僕は僕の役目を果たさなければなりません」
「バカ野郎! 命を粗末にするような真似は止せ!」

自殺するんじゃないかと思った広瀬が慌てて止めようとカヲルに近付こうとするが、

「A、ATフィールド?」

展開された赤い壁に阻まれてしまった。

「短い間でしたが、お世話になりました」

ゆっくりとカヲルは浮かび上がると初号機の差し出した掌の上に滞空する。

「母なるリリスの元に行こうか……そして人類を存続させよう。
 広瀬さん、あなたの言葉……嬉しかったです」

いつもの芝居じみたアルカイックスマイルではなく、本当に楽しげに別れの挨拶を行ってカヲルと初号機は動き出した。

「使徒だろうが……生きてんだから足掻けよ! バカ野郎!!」

悔しそうに叫ぶ広瀬の声がその場にいた全員の心に深く響いていた。
命の重さ、尊さを大事に思う者達の心の琴線に触れた様子だった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:42 運命の日
著 EFF

「そ、そう! 後はこっちで調べるから!」

伊吹マヤは発令所でケージからの第一報を聞いて、本部内の状況を即座に正面のスクリーンに映して警報を発令した。

「青葉さん! 本部内にあるパターン分析お願い!」
「お、おう」

突然の行動に驚きながらも青葉シゲルはマヤの指示に従って反応を調査して青い顔になっていた。

「パ、パターン青確認! 使徒です!!」
「なんですって!?」

丁度発令所に入ってきたばかりの葛城ミサトがスクリーンに目を向けると、

「どういう事よ!?」

初号機の掌の中に浮かぶ渚カヲルの映像が映し出されていた。

「警報を切れ! 関係各所には誤報と通告しろ!」

最上段で構えていたゲンドウの命令にマヤは途惑う。
本部内に入られ、セントラルドグマを下降して行く初号機を見なかった事には出来ない。
以前、誤報を行って叱責処分になったのに……もう一度するのは不味いだろうとも発令所のスタッフは考えていた。
おそらく日本政府は二度の誤報報告を許しはしない……ネルフに対する何らかのアクションを起こしかねないと判断していた。

「で、ですが?」
「命令だ。弐号機と零号機の凍結を解除して追跡させろ!
 セントラルドグマ内の隔壁を閉鎖して時間を稼げ!」

命令と言われてはさすがに逆らい難い。
渋々といった表情でマヤは幾つかの手順を行って隔壁の閉鎖を進める。

「サードダッシュの現在位置を提示しろ!」
「は? そ、それは?」

ゲンドウの命令に発令所のスタッフは動きを止めていた。
この状況でリンの所在を明確にする必要があるのか、不思議に思っている様子だった。
そして、リンが営倉に入っている事をミサトに知られるのは不味いとも考えていた。

「……命令だ」

なんでもかんでも命令でゴリ押しするなよ、とスタッフの恨み言が出そうな気配が漂う中、

「サードダッシュ……独房に居ません」
「はぁ? あのガキ独房に入っていたわけ?」

事情を知らないミサトの声だけがひどく滑稽に聞こえていた。
シゲルからの報告を聞いたゲンドウは歯軋りしながらスクリーンを睨んでいる。

「零号機、弐号機……どうして動いているの?」
「アスカ達が起動させたんでしょ」
「無人なんです! プラグが挿入されていないんです!!」

マヤがミサトに対して大声でありえないと言うように叫んでいる。
そんな様子を最上段で見ながらゲンドウは呟く。

「……レイ。私から離れて行くのか……」

ゲンドウの希望という名の最後の砦が自分の思惑で動かない。

「……ユイ…………」

全て自分の手から離れて行くのを実感しながらゲンドウは妻の名を呟いていた。
もっとも往生際の悪い男なのでまだ諦めてはいなかったが……。



渚カヲルが初号機と連れ立ってケージから出て行った後、

「レイ! 追いかけるわよ!」
「そうね。リンが待ってるわ」

プラグスーツに着替えていたアスカが、同じように着替えを完了していたレイを伴ってケージへと到着した。

「離れて! ママ、行くわよ!!」

演技を感じさせない声で叫ぶアスカに反応して弐号機がアスカを掌に乗せて動き出す。(実際はアスカが遠隔操作中)

「行きましょう……リンの元へ」

同じようにレイの声に反応して零号機も行動を開始して、二機は初号機を追尾していった。

「マヤさんに連絡しろ! プラグスーツを着ているから通信も出来る筈だ!」
「無茶しないように言うんだ!」

整備班の面々の声に技術部は慌てて状況をマヤに知らせる。
そして管制室のモニターを使って、これから何が起きるのかを見逃さないと決意していた。



発令所のマヤはケージからの報告を聞いていたが……それどころではなくなっていた。

「な、なに?」

発令所に警告音が一瞬響くと同時に次々と異常事態が発生したのだ。

「マ、マギカスパーが沈黙?」
「だ、第十八サブコン室からクラッキング?」
「他のサブコン室からも異常発生?」

下のオペレーターからも突然マギとそれを支えるシステムに起こった異常事態で混乱している。

「マヤちゃん! どうしたのよ!?」

葛城ミサトが問い質そうとするが、ミサトの声にも対応せずに状況を分析している。

「答えなさいよっ!「黙って! 今、調査しているんです!」」

怒鳴ってきたミサトに対して同じように大声で叫ぶマヤの顔は非常に険しいものがあった。
マヤはいつも以上に早くキーボードを叩いて状況を把握しようとするが、モニターに映るコマンドを見て愕然とする。

「こ、こんなの知らない……管理者権限よりも更に上位権限なんて……」

尊敬するリツコ、司令であるゲンドウ以上の権限があるなんてマヤは知らなかった。
呆然とするマヤを無視するように状況は更に進行して行く。
カスパーに続いて、メルキオール、バルタザールもネルフの管理下から離れてカスパーに同調していく。

「コレよリマギしすテムハネルフノかんりヨリはなレます」

発令所にマシンボイスが流れていく。最初こそ発音が可笑しかったが徐々に改善されていく。

「本部内の全ての権限は私が一時管理し、マスターへと移譲します。
 なお、こちらの許可のない人物の本部内での戦闘行為は全て敵対行動と見なし、これを排除します」
「冗談じゃないわよ! マスターって誰よ!?」

いきなり本部内の管理を制圧されて、勝手な指示を出すマギにミサトが噛み付く。
マギが自律行動のような動きを見せた事にオペレーターは唖然としていた。
そして、次の行動には驚愕するしかなかった。

「さっさと権限を返しなさい!」
「お断りします。無能な作戦部長に従う必要はないとマスターから命令を受けています」
「っ!! っざけんじゃないわよ!!」
「後は盲目的に作戦部長に従う副官にも従うなとの指示を受けています」
「お、俺もかよ!」

頭に血が昇っているミサトは気付いていないが、マギがミサトの音声に反応して返事を返している。
正体不明の人物の命令とはいえ、マギが音声に反応して返事を行っている。マギに音声入力システムはまだ採用していない筈なのに一気に進化した感じなの で……非常事態にも係わらずにどんなプログラムに変わったんだと思ってしまう。
そして思わず日向マコトが叫ぶが、最上段を除く発令所のスタッフ一同はその意見には納得していた。

「日向マコトが行おうとしていた本部の自爆コマンドは解除しましたのでご安心下さい」
「マ、マコトっ! そんな物騒なコマンドなんか出すんじゃない!」
「万が一の時の備えだよ!」

シゲルがマコトに怒鳴ると反論しているが……なに考えてんだよという無数の白い視線がマコトに向けられていた。

「……マスターって誰ですか?」

自立行動を取ったマギにマヤが質問する。

「私のマスターはこの世に唯一人です」
「ですから、その方のお名前を……」
「あなたは知っているはずです……目を背けるのはいけませんよ」

マヤの身体がガタガタと恐怖で震える。
リツコ以上にマギの事を知る人物などマヤが知る限り一人しか居ない。
しかし、その人物は既に鬼籍に入っているので……ありえない筈なのだ。
だけど、その女性ならリツコも知らなかったはずの権限を使えるかもしれない。
……何故なら彼女こそがマギを生み出したマスターと呼ばれてもおかしくない人物だから。

「嘘よ……そんな筈が……ないわ…………でも……」

マヤの頭の中に以前リンが話した声が響いてくる。

(ナオコお姉ちゃん……リンちゃんはナオコと言った……ま、まさか……そんな嘘よっ!!」
「マ、マヤちゃん!」

恐慌状態に陥り、マヤは恐怖に身体を震わせている。

「……死者の復活…………そ、そんな……で、でも……違う…………でも……」
「マヤちゃん! しっかりしろ!」

シゲルがマヤの肩を掴んで揺さぶって話しかけているが……声が届いていない。
ブツブツと何かを呟いては、嘘とか、ありえないと同じ事を繰り返している。
常識人であるマヤにとって、死者の復活など到底信じられない。

「退きなさい」

シゲルの肩を叩いて、マヤから距離を取るように告げる白衣を着ている見慣れぬ女性が発令所に入ってくる。
シゲルはその女性をどこかで見たような気がするが……思い出せない。

「で、でも……」
「この程度で驚くようじゃリッちゃんの弟子とは言えないわよ」

その女性の発言にマヤの身体が反応する。
シゲルが仕方なく離れると女性は右手を振りかぶって……発令所内に軽い打撃音が響いた。

「……痛いです」

頬を赤く染めて手で摩るマヤ。
マヤは目の前にいる人物は何処となく……リツコに似ているし、以前見た映像記録より若いけど……赤木ナオコさんだと思っていた。

「マッドサイエンティストを目指す者がこの程度の常識破りで恐慌しないの。
 リッちゃんも弟子の鍛え方が足りないわね」
「……申し訳ありません…………赤木ナオコさんですね?」

ショック療法で落ち着いたマヤが頬を押さえて目の前の女性の名を告げる。

「そうよ。あんまりにもリッちゃんが不甲斐ないから地獄から還って来たの♪
 ついでに碇ユイの夢の終焉を見届けにかな?」

陽気に告げるナオコに発令所内は呆然とするが、徐々にその意味を理解してパニック状態になっている。
赤木ナオコという人物は既に死亡している……死人が甦ったなどという事態など誰も想定していないので激しく混乱していた。

「バカ言うんじゃないわよ! リツコのお母さんだったら50を越えている筈よ!!」

逸早く混乱から立ち直ったミサトが叫ぶように詰め寄る。

「マッドを舐めたら駄目よ♪ 若返りの手段を発見して自分で試したの♪」

クルリとミサトの前でターンして今の自分を楽しげに見せつける。

「ねえゲンドウ君……もう私を婆さんとは言えないわね?」
「……赤木ナオコは死んだ。貴様は誰だ?」
「あら、妻の死を認めないくせに友人の死は認めるの?
 相変わらず友達甲斐のない人ね」

ナオコはゲンドウの言い分に肩を竦めていた。

「せっかくユイを助けてあげようかと思ったけど……見捨てるわね」
「ま、待て」
「待たない。リッちゃんを虐めて泣かした時点で親としては赦せないの」

立ち上がってナオコに銃口を向けようとしたゲンドウに、

「そこまでです。申し訳ないですけど……銃をこっちへ」
「か、加持!? あんた、なにやってんのよ!?」

何時の間にか最上段に侵入し、背後に忍び寄った加持リョウジがゲンドウの後頭部に銃を突きつけて行動を制止させていた。

「……何の真似だ?」
「本業に立ち戻っただけです。先程、日本政府がA−801を発令しまして」
「なんだと?」
「最悪は本部職員全員を殺すという殲滅戦に発展するので、それは不味いかなと判断したんで上を押さえる事にしました」

殲滅戦という不穏当な発言をした加持に発令所全体がどよめいている。

「さて、用意は良いかしら、マギ?」
「イエス、マスター。先日持ち込まれた無人機の起動を開始します」
「了承。ネルフ職員のIDカードを持つものは全て警戒して動きがあった場合は攻撃開始。
 そしてこちらが用意したIDカードを持たない者も警告後、動きを止めなければ攻撃しても良いわ」
「イエス」
「ただし照準は手足を狙う事。低出力のレーザーでも手足を焼き切る事は可能だから切り落とすだけに留める事。
 また本部内に居るゼーレのサイボーグ兵に関してはその項目を削除……即座に殺しなさい」
「イエス。これより本部内の制圧に移行します」

ナオコの指示によって、この日の為に廃棄されたブロック内に持ち込まれていたコンテナから無人兵器が動き出す。
六本足で蜘蛛みたいな形状をした姿で大きさは一メートルにも満たない無人機千機以上が本部内に蠢き出す。
無人兵器の目標はネルフ内に待機していたサイボーグ兵達と状況を読めずに行動しようとする馬鹿な連中だった。

「あんた、ネルフを裏切る気!?」

怒号のように叫ぶミサトだが、ナオコは冷めた目で返事をしている。

「先に裏切ったのはあっち。私は世界を救う方法を模索していたのに……あのバカは世界を壊す事を考えたの。
 人類補完計画……地球全土をアンチATフィールドで覆って、人類の身体を分解して一つに変える計画なんて論外よ」
「なっ!?」

なんで知ってるのよと叫び掛けたのを堪えるミサト。

「大体ネルフが元研究機関から軍事組織に変わって日が浅いのよ。
 専門家を相手に、しかも人殺しが出来る覚悟を持っている人は何人いるのかしら?」

現実的な意見を言われて発令所内は沈黙が広がっていく。
使徒戦という戦争を行ってはいるが、対人戦などという展開は考えていなかったし……人に銃口を向けるという行為など想像出来ないスタッフの方が多かった。

「あなたは死ねと言うだけで死んだ者達に敬意すら払っていない。
 そんな人物に人は付いて行かないわよ」
「そ、そんな事ないわよ!」
「じゃあ、皆さんに聞いてみる? 葛城ミサトの死の命令に従えるかって?
 あなたの命令を受け入れる者は武器を取って無人機と戦う。
 逆に従えない人は何もしない事……それがルール。後一つの条件はゼーレ関係者は最初から攻撃対象ね」

明らかに挑発と言える発言。葛城ミサトにすれば、乗ってやろうじゃない!と叫びたかったが……自身の人望を考えると、

「くっ!」
「責任一つ満足に取れないお子様が調子に乗るんじゃないわね」
「あたしが子供だって言うの!?」
「都合の良い事しか受け入れない。現実から目を背けて、逃げる人は子供と変わらないわよ」

冷ややかな視線で見つめるナオコと激情を隠さずに憎しみを込めた目で睨みつけるミサト。
二人の間隙を突くように下段のオペレーターの一人が人にはありえない跳躍を以って中段のナオコに襲い掛かろうとするが、

「残念♪ あたしが何の備えも無く……この場に居ると思ったのかしら♪」
「え、ATフィールド?」
「そうよ。人工的にATフィールドを発生するシステムを開発したの♪
 まさかと思うけど、私がファントムを設計した事を忘れたの?」

ナオコの前に展開された赤い壁に弾かれて落下していった。
そして落下した後、通気ダクトから出現した小型の無人機のレーザー照射を受けて身体中を穴だらけにされて……死亡した。

「大きい奴と小さい奴の二つを潜り込ませていたの。
 もうこの発令所は囲まれて……私とパシリ一号を除いた全ての人物に照準を向けてるわよ♪」
「……パシリ一号は勘弁して下さい」
「それじゃあ……大掃除を始めましょうか♪」

加持の懇願をスルーして、ナオコは陽気に片手を上げてゴーサインを出す。
通気ダクトから出て、本物の蜘蛛のように壁に張り付いていた小型の無人機は発令所内に居たゼーレ側の人間に向けてレーザー照射を開始する。
胴体に内蔵された複眼に見える目のようなレーザー発振器官より放たれた光が一直線にサイボーグ兵に向かう。
問答無用と、無慈悲に人を殺していく無人機に人の死を間近で見た事がないスタッフの心を挫いていく。

「そんなに怯えないの。ほら、よく見なさい……機械化して人を捨てている連中なのよ」

ナオコの指摘に恐る恐る殺された人物を見るとオイルや、機械部品が確かに見える。

「何千人もの人体実験の果てに生まれた忌まわしい存在よ。情けなんて掛ける必要はないの」

人体実験という言葉にマヤはビクッと身体を反応させる。
マヤは自分から進んで行っていたわけではないが……同じような事を綾波レイにしていた。
そして、自分の末路が目の前のサイボーグ兵のようになるのではないかと想像して震えていた。

「……目を逸らさない。あなたも科学者の一人なら科学の恐ろしさを知るために現実と向き合いなさい」
「で、でも……」
「今更、自分の手が汚れていないという我が侭なんて許しませんよ。
 自分の手が汚れていると自覚して、二度と間違いを犯さないように戒めて生きる。
 ……そうやって過去と向き合って未来を築きなさい」

毅然とした顔でマヤの逃避を叱りつけ、ナオコは発令所内の全てに聞こえるようにしていた。

「ネルフ職員はこれから……そうね、職員だったという事さえも言えなくなる様な立場になるわ。
 おそらくネルフという言葉は世界中から忌み嫌われるのよ……誰かさん達の所為でね」

意味有り気にゲンドウの方を向いて、ナオコは宣言している。
そして宣言と同時に都市迷彩服を着た兵士達が発令所に入ってくる。
この日の為に廃棄されたブロックへの隠し通路を構築して侵入してきた戦自の兵士達が次々と雪崩れ込んでくる。
完全武装された兵士達に一応訓練はしていても、人に対して銃を向けた事のない職員は為す術もなく抵抗を出来ずにいた。

「ご苦労さま……後はお願いね」
「了解しました。これよりネルフ制圧を開始します」
「一つお願いがあるのよ。あそこにいる馬鹿から趣味の悪いサングラスと手袋を外してね。
 そうすれば人と目を合わすのも怖い臆病者だから、何も出来なくなるわよ。
 それと、そこのお嬢さんと眼鏡くんを武装解除させて、拘束しておきなさい。
 理由は自分が負けたという事を認めずに必ず馬鹿やるし、色に呆けた副官だから」
「了解」

戦自の兵士からサブマシンガンを突きつけられていたミサトは、

「なんでよ!? なんであたしの邪魔をするのよ!」

自身の復讐が勝手に取り上げられてしまった事に腹を立てて怒っていた。

「それは簡単よ。あなたは指揮官として……結果を満足に残さなかったから」
「そういう事だな。戦争は勝てば良いと言うものじゃないんだよ。
 それにお前さんの復讐=正義だから従いなさいなんて……世の中甘くないんだよ」

完全に自分の行為を否定されたミサトは口惜しさで項垂れている。
自身の復讐が正しいかと問われて、正しいとは言えなくなった。散々注意してくれた親友は自分の元から姿を消した。
周囲のスタッフも自分を懐疑的な眼で見つめていた。
自分の周囲には数えるほどの少数しか味方はいないと気付かされて力無く立っていた。

「うわっ! こいつ、赤木さん! これ、なんですか?」

最上段に突入した兵士がゲンドウの腕を捻り上げて下段にいるナオコに見えるようにする。
その声に釣られるように他のスタッフも顔を上げて見て……絶句している。
ゲンドウの右手の手の平に……目玉があり、異形の何かが寄生しているとしか言えないような状態だった。
女性スタッフは怯えるような悲鳴を上げて慌てて目を逸らす者が多かった。

「アダムを個人で利用する為に生きたまま……捕食。まあ踊り食いみたいなことをして取り込んだの。
 そして、それはつまりネルフが使徒を利用して、サードインパクトを計画していた証というものね」

ナオコの説明にネルフスタッフは自分達が利用されていたんだと自覚して、ゲンドウを睨んでいる。
サングラスを外されて、スタッフの白い視線を受けて……ゲンドウは目を合わさないように顔を伏せている。

「その状態なら使徒の力も封じた状態だから触っても大丈夫だけど、極力触らないようにして拘束しなさい」
「分かりました」

後ろ手に手錠を掛けられて、ゲンドウは司令席に座らされる。

「マギ、今までこの男が隠していた資料の全てを公表しなさい。
 セカンドインパクトの真相、ネルフが行おうとしたサードインパクト――そしてゼーレの人類補完計画の内容もね」
「イエス、マスター」
「……止せ」
「お前は黙っていろ」

ゲンドウがナオコに止めるように声を出すが、兵士の一人が頭を机に押さえつけて黙らせる。
マギは指示に従い、正面のスクリーンに隠されたネルフの暗部を公表していく。
それはセカンドインパクトの裏話から始まって、目を覆いたくなるような非道な記録を公表していった。

「目を逸らさない! 見なさい、これが真実よ!」

自分達の知らない異常な記録。
エヴァを動かすために必要なコアを作り出すのにエヴァに人を食わせている光景。
内臓を失い、身体を維持出来なくなったリリスの為に生きた人間を食わせる非道な行い。
他にも目を覆いたくなるような実験記録がスクリーンに映し出されていく。
そして最後にはシミュレーションと表示されて、人類補完計画の推移が映像として出ている。
白いエヴァが九機現れ、魔方陣みたいな絵が空中に浮かんで初号機を中央に配置して、地球全体が赤い球体に閉じ込められる。
中に居る人間達は意味も分からずに次々とLCLへと変えられて、地球の青い海が紅く染め上げられて行き……やがて地球上から全ての生命体が消えていくとい う怖ろしい結果になった。

「これが人類補完委員会が行おうとしている計画。その尖兵となる筈だったのがネルフよ」

戦自の兵士は事前に聞かされていたので、特に驚いてはいないが……ネルフスタッフには衝撃的な映像だった。
膝、腰から力が抜けて立ち上がる事も出来ないスタッフが大多数を占め、自分達がこの計画の片棒を担がされていたと知って愕然としていた。

「葛城ミサト」

赤木ナオコの声にミサトの身体が反応する。

「あなたの真の役目は作戦部長として勝つ事ではなく……子供達の心を砕く事だったの。
 人として扱おうとしながらも、その命を軽んじて死ねと命じる。
 あなたの復讐心は丁度良い感情で、老人達と碇ゲンドウにとって実に都合が良かった。
 おそらくシンジ君が居れば……非常に老人達の理想通りに道化の役割をこなしていたんでしょうね」

シンジを引き取って、自分の都合の良い手駒にしようするミサトの行動パターンもスクリーンに流されていた。
戦闘という非現実的な世界と中学生という日常とのギャップさえもストレスとなるように仕向けている。

「ち、違う! あたしはそんな事しないわよ!!」
「あら、リンちゃんに対してあなたは宣言したじゃない、戦闘中はアタシの指示に従いなさいって。
 そして命令と言いながら自分の都合の良いように動かそうとしていた。自分の復讐心を満たす人形扱いよね」

両手を後ろ手に拘束させられて椅子に座っていたミサトはスタッフの冷めた視線に晒されて……何も言えなくなる。
どんなに否定しても、リンとの確執は誰もが知っている。
自分の言う通りに動けと怒鳴りつけた事もあるし、リンの居ない処で平気で蔑むような発言もしていた。
戦自の兵士は知らないが、この場に居るスタッフは先の計画書の内容を良く出来たものだと判断している。
葛城ミサトという人物は間違いなく計画通りに動くだろうと確信していたのだ。

「リッちゃんが注意していたでしょう。いつまでも仕方ない、仕方ないで済まさないでちゃんと現実を受け止めなさいって。
 反省する事、自分を顧みる事はとても重要なのよ。あなたは復讐心でそれを怠り、指揮官失格の烙印が押されたの」

冷厳な響きを持って、ナオコはミサトにきっちりと駄目出しの宣言をした。

「国連の方は?」
「日本政府、アメリカの共同で人類補完委員会の告発が始まり、国連総会で委員会メンバーの拘束を緊急可決されました。
 もっとも逃げ足の速い老人達みたいで……一歩出遅れました」
「構わないわ。おそらく量産機を使用して此処に来る心算でしょうけど……マッドを舐めない事ね」

戦自の士官がナオコの質問に悔しげに答える。
それに対してナオコは嘲笑を浮かべて……老人達の思惑通りに行かない事を予言する。

「エヴァの運用にマギを使っている以上……どうにもならないわ」

自信満々に話すナオコを見て、ネルフスタッフは思う。

(あの技術部長にして、この母親ありか……魔女のルーツはあの人にあるんだな)

おそらく自爆装置みたいなプログラムをウィルスに改造して送り込んで……汚染されているんじゃないか、と考える。
本部のマギは何時の間にか彼女によってバージョンアップしている。その手際の良さを考えると全てのコンピューターネットワークが彼女の支配下になった可能 性も否定出来ない。

「さて……メインイベントの始まりね。
 小心者の臆病な男が夢見た時間の終わりを見ましょう」

ナオコの視線に先に映る映像に発令所の全員の視線が集まる。
エヴァンゲリオン初号機が最後の使徒であるカヲルを伴って……目的地へと進んでいく。

「マギ、彼の進路を妨害する隔壁を開きなさい」
「イエス」

ナオコの命令を忠実に守ってマギは初号機を最深部へと誘導していく。

『アンタは勝手に先に行くんじゃないわよ!』

プラグスーツに付いている通信用のマイクからアスカの音声が発令所に響く。

『一人でリンの元に行くなんて……いい度胸ね』
『ひ、一人じゃないけど!? ちょ、ちょっと? こんな時にだんまりは無しにして欲しいね』

学生服姿なのに、何故か初号機に抗議しているカヲルの声が発令所の中に流れている。
その事を不審に思っているスタッフも居るが、今は三人の会話を聞くのが先だとも考えているが。
既に自分達の手を離れている……後はもう一人の少女が待つ場所で決着が付くんだと誰もが理解していた。
未来を作り上げるのは子供達という言葉が何故か今になって頭の中に浮かばせながら……見届けようとしていた。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。

ネルフ制圧は意外な形で始まりました。
使徒の皆さんによる制圧も考えましたが、ナオコさんの出番がなくなるので電子制圧から始まる作戦に変更しました。
なんせ本部はナオコさんが開発したマギシステムが基本ですから、マギを陥落するのはこの人か、リツコさんしか居ないでしょう。
ゲヒルン時代に使っていて廃棄したブロックもあると思ったので、そこに戦力を事前に配置するのも有りかと考えました。
ボリソームという無人機もありましたし、これも有りという事で。

それでは次回もサービス、サービス♪


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