―――時系列が少し戻る。

本部がナオコによって電子制圧、そして戦自による武力制圧が始まった頃、国連総会でも日本政府とアメリカ合衆国による人類補完計画の概要暴露が始まってい た。

「集団自殺! このような計画を人類補完委員会は実行しようとしていた!!」
「人造使徒エヴァンゲリオンは対使徒戦だけではなく、人類をも破滅させる危険性がある!」

事前に根回しは行われていたので会議は即座に委員会メンバーの拘束を決定して、動いたが……既に潜伏先には居なかった。
潜伏先に居たのは護衛の兵士達が主が居るかのように見せかけただけで、踏み込んだ兵士達は地団駄を踏んでいたという結果に終わった。

「秘密結社ゼーレ! 世界に寄生する連中の好きにはさせん!!」

常任理事国アメリカから派遣されている大使は叫ぶ。

「UN軍内部にも入り込んでいる。勝手に軍を動かされる前に直ちにゼーレ側の人間を拘束するべきだ!」
「現在、我が国ではA−801を通達し、ネルフ本部への侵攻を始めた。
 急ぎ、世界に存在するネルフ支部の確保を!」

アメリカ大使に合わせるように、日本政府の大使も叫ぶ。

「イギリスは両国の提案を支持する」
「フランスも支持する」
「……早計ではないか?」

ドイツ大使が反発するように意見を述べるが、

「ゼーレの飼い犬の意見は聞けませんな」

新任で赴任したばかりのロシア大使の嘲る声に常任理事国の中ではゼーレ側の人間は自分と中国大使の二人だけだと知った。

「UN陸海空軍は日本、アメリカの意見に賛同し、ゼーレ関係者を既に拘束している」
「法の裁きを受けるんだな」

国連総会の場でゼーレ側の大使は銃を突き付けられて、用意周到に進められた計画だったと理解し始めていた。
事情を知らなかった各国大使も日本政府から提出された資料を読んで顔を蒼白にした後、一気に激怒して顔を真っ赤に染め直していた。
人類をサードインパクトの脅威から回避する為に世界の住民は骨身を削ってネルフに多大な予算を投じてきた。
しかし、それが実はサードインパクトを自分達の手で行うというとんでもない計画で、内容も人類の集団自殺という結果に終わる等と言われたら怒り、憎しみと いう負の感情が心の中に吹き荒れるしかない。
最後に渡された資料は絶対に有効に活用するとこの場に居る誰もが決意していた。
……ゼーレに支援する構成員の名を書き記したリスト。これにより世界各国でゼーレの構成員が逮捕され、苛烈な尋問を行われて、次々と検挙されていった。
辛うじて逮捕を免れ、地下に潜った人物もいたが、彼らは二度と陽の光を浴びる事なく……闇へと消えて行く。
諜報機関のゼーレ狩りを逃れる事は非常に難しく、真実を知った世界の住民の協力は彼らを追い詰める。
それから逃げ延びても……シンジ達による制裁が待っていたのだ。
世界の恨みがゼーレへと注がれる日の始まりだった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:43 一つの夢の終焉
著 EFF


何かおかしい……そんな感覚を肌に感じていた人物が居た。
キール・ローレンツはゼーレのトップになれる才幹を持っているだけに優れた自身の直感を信じて、メンバー全員に緊急避難を行わせた。
間一髪の言葉通り、ゼーレのトップ達はギリギリの処で拘束の手から免れて地下に潜伏できた。

「くっ! 日本政府が此処までの資料を得ていたとは!
 やはり冬月は奴らの手に落ちたか!」

潜伏先の部屋でキールは今現在判っている情報を基に冬月の身柄が日本政府にあるのだと気付き……自分達が行った冬月の強制召喚の失策に苛立っていた。
端的に言えば、自分達は戦自に泳がされて、冬月の護衛を減らした結果を招き……奪われた。
そして急遽集めた日本国内の戦力を一気に葬られたのだ。

「本部内からの連絡はどうか?」
「申し訳ありません。日本政府によるA−801の発動でかなり混乱して連絡が取れません」

部下の報告にキールは日本政府の様変わりに後手に回った自分達の甘さを省みている。
傀儡に近い形だった首相は失脚し、ゼーレの意向を汲みそうな人物は次々と表舞台から降ろされていた。
自分達の国の方を先に片付けて日本政府の梃入れを行う予定だったが、全てが上手く行かずにこの日を迎えた。

「この上はタブリスが上手く動いてくれる事を願うしかないか?」

後は量産機を上手く活用して自分達の計画を強引に推し進めるだけだ。
確かに支部を制圧されているが、エヴァの廃棄はそう簡単には行かない。
各国の諜報機関を相手にしていた部隊の全てを投入して支部を取り戻して、ダミープラグによる量産機の起動。
そして、ネルフ本部への侵攻が最善の手段だろうとキールは考えていた。
もはやゼーレの存在を世界の住民に知られた以上、戦力を秘匿する理由もない。現有する全ての戦力を投入して量産機を取り戻して、進めるしか手立てがない処 にまで追い込まれた。

「確かにファントムという機体はエヴァに対抗出来るかもしれん。
 だが、S2機関を搭載したエヴァには勝てんよ」

無限の動力と再生力を持つエヴァに対抗出来る物は本部内にあるエヴァくらいだとキールは考える。

「それでも槍のコピーを持たぬ以上は勝てぬ。
 精々ホンの僅かな勝利の時間に酔いしれるが良いだろう」

最後に勝つのは自分達だと確信している。
そして自分達の正義が叶い、新しい世界の構築を行う。

「そして我らは神の座へと到達して見せよう」

薄暗い部屋で機械部品に繋がれて生命維持を行っている老人達は醜悪な妄執を捨てずに……足掻いていた。


第一ラウンドはゼーレが後手に回った。
もっとも第二ラウンドも彼らの思惑通りに進むとは限らない。



ネルフ本部の最深部――ターミナルドグマ――でリンはダミーリリスと向き合っていた。
十字架に貼り付けられた痛々しい姿にリンは顔を顰めていたが。

「どう見ても悪趣味よね。聖書をなぞっているのか……これで封じ込んだと浅はかな考えに辿り着いたのかな」

抵抗出来ないものを自分達の妄執の為に好き勝手に扱う。

「やっぱり……あの婆さんは好きにはなれない」

その一言を呟いて、リンはダミーリリスの胸部に触れる。

「さて、お父さんが用意してくれた私だけの光体……目覚めてくれるかな」

リンは楽しげにダミーリリスの変貌を見守っている。
貼り付けられた十字架を破壊して、LCLの湖に落下し……身体を再構成して行く。
まず素体らしき形状を取り、そして皮膚が変化して外側の装甲を形成する。
細身のボディーに合わせて、儀典用に西洋の騎士が用いた甲冑に似た力強さと優美な美しさを備えた姿へと変わり装甲となる。
騎士との違いは両腰に一本ずつ日本刀みたいな剣が装備されている点。
そして頭部にはユニコーンのように真っ直ぐに伸びた白き角があり、無骨なファントムの女性版にも見える点もあった。

「さすがお父さん♪ お揃いの角を用意してくれるのは嬉しいな♪」

リンは光体の肩に乗って楽しそうに撫でている。

「そう何度も使う機会はないと思うけど……一緒に戦ってね」

物言わぬ巨人だが、自身の主である少女の声にどこか嬉しげに反応したように見えていた。



発令所内は今起きているターミナルドグマの映像を見て二つの反応に分かれている。
一つは事前に聞いていた戦自の兵士達の落ち着いた反応。
もう一つの反応はは第二使徒リリスの変貌を見たネルフ職員の驚愕の眼差しだった。

『遅いよ、カヲルお兄ちゃん』

カヲルの姿を見て、開口一番リンが言ったのはまずそれだった。

『いや、これでも時間通りじゃないかな?』
『アンタ達ねえ! 先に行くんじゃないわよ! こっちにも一声掛けなさいよ!』
『リン……一人で行くなんてダメよ』
『ごめん。ちょっと浮かれてた……やっとお父さんのところに帰れると思うとね』

申し訳なさそうにリンが頭を掻いて謝っている。

『アンタのファザコンは今更言うのもなんだけど……筋金入りよね』
『ひっどーい! アスカだって未だにヌイグルミ抱いて寝る時あるじゃないの!』
『バ、バカッ!! そんな事をバラすんじゃないわよ!』
『ほう。アスカは意外と可愛いところがあるんだね』
『ああ見えてね。リンだって、寝言で「お父さん大好き」なんて言うのよ』
『ほう。それは聞いてみたいなものだね』
『それはダメ。これは私だけの楽しみだから』
『独占はいけないな。兄としては妹の成長を見守る義務がある』
『『そこの二人(お姉ちゃん達)は余計な事を言わないの!!』』

二人の暴露話を聞いていたカヲルが楽しげに話すと、レイも同じような感想を述べている。
リンもアスカも真っ赤な顔で恥ずかしそうに叫んでいた。

『さて、予定通り始めようか?』

これ以上変な暴露話をされると困ると言うようにリンが慌てて話題を変える。

『アスカ……良いかな?』
『良いわよ。コイツとの付き合いは長かったし、アタシが最期を看取ってあげないとね』
『すまないね』
『アンタの所為じゃないわよ。アダムの名残を遺すのは不味いんだし……ちゃんと最後まで有効活用してこそ意味があるの!
 アンタの中にコイツが生きた証があれば十分よ!』

申し訳なさそうに告げるカヲルにアスカが誇らしげに弐号機を見つめてから告げる。

『約束しよう。彼の分まで生き抜いてみせる……彼の生きた証を無駄にはしない』
『上等よ!』

アスカの声と同時に弐号機の胸部装甲が内側からの圧力に負けて弾け飛び、コアを露出させている。
カヲルはそのコアに触れて、少しずつ溶け込むように入り込んで行く。
そして二、三分経過した後、再び弐号機のコアから出て来た。
形としては、弐号機の身体を一時的借りてシンジから貰った情報を基に身体を新生させた事になる。
カヲルは軽く頭を、手足を振り……新しく得た身体の調子を確かめていた。

『どう? 旧い身体を捨てて……新しい身体を得た気分は?』
『悪くないね。アダムに還ろうという本能は消えたし、何よりも第十七使徒タブリスの呪縛から解放されたのは良いね』
『当然じゃない。アタシの相棒を使った以上は失敗なんてしたら許さないんだから!』
『そうね。失敗したら……ちょっと残念かも』
『アンタは何気に怖いこと言わない!!』
『綾波レイ……昔の君は何処に行ったんだい?』

アスカの頭を抱える発言と、カヲルの冷や汗を浮かべる声が良く響く。

『……女は変わるものなのよ』
『変わり過ぎだと僕は思うね……誰が君をそこまで変えたのか知りたいものだ』

発令所内のネルフスタッフの脳裡に浮かんだのは……この場に居ないリツコの姿だった。
綾波レイは着実に魔女に汚染されていると思っていた。

『次はルインお兄ちゃんの番だよ♪』

ルインって誰だ?という疑問を思いながら発令所では次の工程を見つめている。
先程の弐号機と同じように初号機の胸部装甲が弾ける。

「ユイっ!」

一縷の希望を感じ取ったゲンドウが思わず叫ぶが、

「残念♪ そう甘くないのよ……現実はね」

即座に否定の宣言をナオコは行い、それに合わせる様に初号機の中から一人の十代後半から二十代前半に見える何処となく碇シンジに似た青年が出てきた。

『ルインお兄ちゃん♪』

真っ直ぐに青年の胸に飛び込んでいくリン。
ルインと呼ばれた青年は口元に優しげな笑みを浮かべて、リンを抱きとめている。

『外の世界というのも悪くない。こうして愛しい子を抱きしめるのは最高かな』
『あなたが私の宿敵みたいね……リンは渡さないわ』

レイの宣戦布告とも言える発言に、

『好きにすればいいわよ……アタシは係わらないから』
『ふう……これが恋の鞘当てか? 僕はどちらに味方すれば良いんだろうか?』

我関せずを貫こうとするアスカと、興味深げに観察しようとするカヲルがいた。

『とりあえず自己紹介しておこう。
 リリスの息子に該当するルインだ。ちなみに綾波レイは血縁上僕の妹、もしくは娘に当たるはずだ。
 ちなみにリンとは従兄妹みたいな関係だろう……人の法に従っても婚姻可能なので問題はない』
『も、もう恥ずかしいこと言わないでよ』


「な、何故ユイが出てこない!?」

ほのぼのとレイのと舌戦に入ろうかとしていたルインに向かってゲンドウが叫ぶ。

『何故って……初号機の中に居た碇ユイは既にその魂は消滅しているからさ』
「な、なんだと!?」

おそらくマギが発令所と彼らとの間に回線を開いているんだと思いながら会話を見守る。

『マスターがシンクロした際に碇ユイの魂をズタズタに引き裂いて、二度と転生も叶わぬように消滅させただけさ。
 僕個人としても、あのような人物とは二度と係わりたくないので不謹慎な言い方だけど気分は良いね』
『あんな婆さん要らない……ついでに爺さんも要らないけど』

ルインの返事の後に、ルインに抱きついて甘えていたリンが告げる。

「き、貴様ぁぁぁぁ――がぁあぁぁ」

拘束を振り解いて叫ぼうとするゲンドウを殴りつけて黙らせる戦自の兵士達。

「おいおい、人を散々踏み躙っておいて、自分だけ願いを叶えられると思うなよ」
「子供を犠牲にしてまで願いを叶えようなど……甘えるなよ、外道が!」
「ユイっ! ユイィィィ――――ッ!!」

兵士達の声など耳に入っていないのか、妻ユイの名を叫んでいるゲンドウ。自身の願いの終焉を認められずに騒ぎ立てるしか出来なかったが、それも戦自の兵士 達によってすぐに黙らされたが……。

『さて、初号機の解体を始めよう。
 碇ゲンドウは、この機体が残っていれば……まだチャンスはあると勘違いしまたまま、くだらない事を計画しかねない。
 もっとも既に自身の権力を失った以上、何も出来ないと思うが……この際だから、完全に憂いを取り除こう』
『爺さんの願いは根こそぎ粉砕するのが一番♪』
『さらばだ、碇ユイの残滓よ』『くたばれ、婆さん♪』

ルインとリンが初号機に向けて手を翳す。
初号機は装甲と電子部品を残して、コアを含む生体部品はLCLに分解されて消えていった。

『少々寂しい気もするが……新しい光体を作れば良いだけだ。
 マスターが世界の滅びを願うのなら共に最後まで付き合うのが私の使命だな。
 もっとも今のマスターは娘であるリンが願うか、奥方のお願いでもない限り……動かないだろうね』
『彼らしいね。まあ僕も彼の意思に従うさ。
 アダムの後継と共にあるのが僕達の使命だろうね』

ルインとカヲルの二体の使徒の意見に三島はそれとなく発令所に入ってきたシンジを見つめる。

(親馬鹿だからな〜世界の命運はたった一人の少女に委ねられるというのもシュールだ)

スクリーンに映る少女――リン・シンスティー――に目を向けて心の中でため息を吐く。
三島が見る限り、リンという少女は不安要素は限りなく小さく……シンジや仲間を迫害しない限りは敵対しないと思っている。
天真爛漫というか、ある種の覚悟をキチッと持ったネルフの作戦部長など比較対照にならない子だ。

『ナオコお姉ちゃん、私達はお父さん達の所に行くね』
「ええ、後はお姉ちゃんに任して先に行きなさい」
『レイお姉ちゃん、アスカ』
『任せて』
『オッケー、弐号機と零号機を自爆させて此処にあるLCLを消滅させてネルフ本部からエヴァを失くすわ』
『お願いね』

リンの頼みを二人は頷いて、行動を開始する。
弐号機と零号機のS2機関が活動を開始して、臨界へと動き出す。

『行こうか?』

リンの宣言に全員がリンの光体の掌に乗り、開かれた黒い穴――ディラックの海――と消えて行く。

「ATフィールド出力最大。ターミナルドグマだけを消滅させるわよ」
「イエス、マスター」
「や、止めろっ! ユイがあそこに居るのだ!!」

ナオコの命令を聞いたゲンドウが必死に叫ぶが、

「待たない……自業自得、因果応報なんだから甘えないの」

にべもなく告げた後にスクリーンが白色した瞬間、ブラックアウトして僅かな震動が発令所を震わせていた。

「ユ、ユイィィ――――ッ!!

碇ユイの全てが完全に消え去るという事態にゲンドウは慟哭するしかなく……周囲の人間は同情する感情もなく、当然の報いだろうなという感情で冷ややかに見 つめていた。

「本部内のエヴァンゲリオン全て消去確認。
 またゼーレ関係者の処理も無事完了しました」
「ご苦労さま。次はここに来る老人達の戦力を撃破して……絶望の淵へと叩き込みましょうね♪」
「イエス、マスター」

使徒によるサードインパクトの回避が無事に完了して、安堵する戦自兵士達。
自分達が利用されたと知って力なく項垂れているネルフ職員の姿が非常に印象的だった。


……この日、妻に逢うことだけを夢見て来た男の願いが目の前で打ち砕かれた。
妻の消滅に抜け殻状態の碇ゲンドウはしばらくして戦自の厳重な監視下の元で極秘裏に国連の施設へと隔離される予定だ。
使徒と融合した異形の者、もしくは狂人として今後の世界が注目する法廷の場所へと向かう為に。
ネルフ本部はA−801を発動した戦略自衛隊によって制圧された。
そして、国連主導による世界最大の犯罪を立証する為の捜査の始まりであり、ネルフ解体への序曲の始まりでもあった。
また四人のチルドレンに関しては死亡という形で処理され……これ以降彼らが戦場に出る事はなかった。



発令所ではナオコがネルフ職員に協力を要請し、リツコに忠誠というか、ゲンドウを信用せずに自分なりにどう動こうか模索していた技術部員が協力要請を受け 入れていた。
変わり身が早いと陰口を叩く人物は数少ない。それはサードインパクトを防ぐ為に自分達はここに居るという想いがある。
戦自が人類補完委員会の行おうとするサードインパクトを阻止しようというのなら、こちらにも協力する意思があると見せる。
今後行われる裁判を考えて打算で動く者もいたが、それについて文句を言う気はない。
真実を知らなかったとはいえ……自分達が踊らされていたのは事実だし、真実を知った以上好き放題にさせる訳には行かない。
子供達がゼーレの計画の要を廃棄した……大の大人である自分達がこれ以上情けない姿を見せるわけには行かないという気持ちが技術部員にはあった。

「あの子はホント……お子様ね」
「お疲れ様でした」

猪狩シン(碇シンジ)が疲れた感のあるナオコにコーヒーを差し出す。
カップを受け取ったナオコは芳醇な香りを楽しみながら口に含んでほろ苦い中にある美味しさを堪能している。

「やっぱりシンちゃんのコーヒーは一味違うわね。一発で疲れが吹き飛ぶわ」
「褒めても何も出ませんよ」
「はいはい、葛城三佐の説得はもう諦めるわ。
 一応リッちゃんの友人だったから後で問題にならないようにしようとしたけど……ああも我が侭だとどうしようもないわ」

先程までの説得の会話を思い出して、ナオコはうんざりした顔になっている。
自分の要求だけを貫こうとして、こちらの言い分を認めようとしないのはどうかと思う。

「ですから、子供と変わらない人だから相手にするだけ時間の無駄だって」
「全くだな。あんな人物が指揮官とは……よくもまあ勝ち残れたもんだよ」

ナオコの説得の時に側で聞いていた三島もうんざりしていた。
戦自の行動を悪し様に罵り、指揮権を返せと叫び……うちの施設を勝手に使うんじゃないわよと怒鳴りつける態度には呆れるしかない。

「あの副官は、副官としての役目を何だと思っていたんだ?
 ああもお馬鹿な指揮官なら、諫言の一つ位は絶対にするべきだぞ。何を考えてイエスマンであり続けたのか……理解できん」
「暴走する指揮官を煽るだけの副官なんてダメよね……リンちゃんもさぞ苦労したでしょうね」

今までのリンの苦労を慮ったナオコがため息を吐いていた。
あの分では相当足を引っ張られたと思うし、さぞ怒りを抑えるのに自制心を鍛えられたと考える。

「先生〜資料お持ちしました」
「ご苦労さま、マヤちゃん」
「い、いえ、これも仕事ですから」

三人の会話に割り込むようにマヤが技術部の活動内容を簡単に纏めた資料を運んできた。
ナオコは資料を受け取って一気に目を通していく。傍で見ているとパラパラとページを捲っているように見えるが内容は瞬時に頭の中に入っている。全てを見た 後でナオコは一言告げた。

「あの男は人の娘を潰す気だったのかしら? よくもまあ仕事を押し付けたものね」
「そうですよね。命令と言っては先輩に何でもかんでも押し付けていました!
 私も先輩に付き合って午前様の日々が多々ありました!」
「碇ゲンドウの隠し資産も既にこちらで押さえましたから後で慰労金でも用意しましょう」
「お願いね、シンちゃん」

三島は敢えて口を挟まない。既にこの二人の協力によって……戦自は多大な支援を受けている。
第三新東京市に配備されたファントムは戦自が用意した五機以外にシンジ達が別口で製造した機体が十機ある。
しかもこの後の戦いが無事に終了すれば、一機分の予算で戦自に譲渡される。
上層部の方々は気前のいいシンジに感謝して、今回の作戦を一任させている。
下士官を含む現場の兵士達も無血開城に近い形で制圧出来たシンジの手腕には感心している。
日重の方も十機分の値段で請求して、きちんと支払われているので全然損はしていないし……新規事業への技術提供も受けたので文句を言う筈がない。
新しいOSによる世界中に広がるネットワークシステムなど宝の山を貰った物だ。
おそらくアメリカで起業するシンジ達と提携して、多国籍企業へと発展して行くんだろうと三島は思っている。
この状況下であれこれ文句を言おうものなら……始末されかねない。
深く静かに日本はシンジ達に財布の紐を握られたものだが、まあその点に関しては心配していない。
欲がないというか、シンジ達はまあそれなり潤いのある生活が出来れば良いと考えているみたいであり、会社の儲けも当面は世界に還元して復興をまず急がせる みたいだ。
以前A−17の際で得られた資金の大半も小口に分けて、餓死寸前で生活に困窮している国への支援に回していた。
シンジ曰く、「前回よりは死亡者数は減りましたね」と何処か安堵した様子で話していたのを三島は見ていた。
側で見ているので私情も混じっているかもしれないが……シンジ達を切り捨てるという選択肢は除外だったのだ。

「マギ、他のコピーの状況は?」
「全て制圧済みです。ただ一箇所だけ閉鎖された存在を確認しましたが、先程協力者の方々の尽力で回線を繋げて制圧完了」
「ダミーシステムはあった?」
「ありましたのでシステムの書き換えを行い、表面上は同じに見えますが実際はこちらの制御下にしました
 ですが数が四基しか有りませんでしたので……残りの五基は此処に来るまでは手が打てません」
「それで良いわよ。ご苦労さま……という訳で彼らが量産機を奪取しに来るのを待ちましょうね」
「最後の希望に縋る老人達を絶望の淵に叩き落すのも一興ですし、老人達の戦力を全て吐き出させないと大変です」
「残って捲土重来なんて考えられると困るな」

ぜーレの残党を地下に潜らせるわけには行かない事は承知している。
ネルフの各支部を押さえたUN軍もその点で合意しているので、わざと各支部を奪取出来るように手配している。

「一網打尽にするって事ですよね?」
「そうよ、マヤちゃん。老い先短い老人達の手足を奪うの」
「手足がなければ、何も出来ないし……時間ももうあまりない。
 絶望したまま追い詰めて、世を儚んで死出の旅に行ってもらう」

シンの意見に逆らう者は発令所にはいなかった。



戦自の兵士によって拘束されて独房に放り込まれたミサトは最初はヒステリックに叫んでいたが、

「……何でこうなるのよ?」

喚き疲れて頭が冷えると狭い独房が怖くなって足を抱えて座り込んでいた。
ミサトにとって狭い部屋はかつてのトラウマを思い出させてしまう。

「狭い部屋に閉じ込められるのは苦手ね」

そんなふうに苦い記憶を思い出して落ち込んでいたミサトの独房の扉の前で足音が止まる。

「よう、葛城」
「加持! あんた!」

言いたい事は山ほどあって何から言い出せば良いのか迷っているミサトに、

「少しは頭も冷えたか? お前一人が戦いを決断しても今のお前には誰も付いて来ないぞ」
「そ、そんな事! 「リッちゃんに見放されても……か?」……」

叫んで否定しようとするミサトに加持はたった一言で血の気の多いミサトを黙らせた。

「葛城が父親の仇討ちをしたいと言うのも分かるが……肝心な事を忘れているぞ」
「…………何よ?」

憮然とした顔でミサトが加持に問う。
問われた加持は苦笑いのような、悔恨を含んだ顔になって告げる。

「セカンドインパクトで大切な人を失ったのはお前だけじゃないって事さ。
 誰もが何かを失って今を生きている……悲劇のヒロインとして酔いしれるのはもう止めろ」
「な、なに言ってんのよ!?」
「俺もセカンドインパクトで両親を失い、その後の混乱で弟と仲間を失った。
 分かるか……失っていない人間の方が圧倒的に少ないんだよ」
「そ、それは…………で、でも……」
「親父さんは最後に笑っていたんだろう?
 親父さんは葛城の無事を望んでいたんだ……復讐して欲しくて助けたんじゃない。
 葛城に生きて幸せになって欲しかったんじゃないか?」
「…………」
「そろそろさ……親父さんの望みを叶えてやれよ。まあこれは俺の勝手な言い分だけどな」
「…………」
「俺も死に場所を求めて生きるのはやめるよ……これからはもう少しマシな生き方を探す。
 だからさ、葛城も一緒に探さないか?」
「……一緒に探す?」
「ああ、軍人なんて職業は辞めてさ……俺と結婚してくれ。
 独りで生きていくのは寂しいし、葛城と一緒なら新しい道を探せそうだからな」
「……すぐには答えられない」
「いいさ、八年待ったし、そんな簡単に答えを出せない事も知っている。
 もうじき全てにケリがつく……それから答えを探せばいい」
「…………うん」
「じゃあ、俺も仕事があるんでまた来るよ」

加持は言うべき事は全部話して満足した顔で独房から離れていく。

「……お父さん……もう良いかな? あたし、一人じゃ生きられそうにないし、甘えて良いかな?」

壁に背を預けてミサトは泣いている。
現在の状況と加持のプロポーズでようやく仇討ちという呪縛から抜け出せそうな気がしていた。




世界各国の動きは迅速にゼーレ排除に傾き、国連で公表された資料を基にゼーレ関連の企業、政治団体の強制捜査が始まっている。
マスメディアもゼーレ側の報道関係者と真実を知って糾弾する勢力に二分したが、捜査の手が入り始めたのでゼーレの情報操作は出来ないままに日の当たらない ままに消えていくはすの真実が脚光を浴びていた。
特に十年以上前に真実に辿り着きながら、自身の好奇心を満たす為に情報を表に出さずに荷担した冬月コウゾウへの非難は集中していた。
そして妻に会う為に世界を危険に晒した狂人――碇ゲンドウ――に対する恨みは全世界に爆発的に広がり、人類補完委員会を隠れ蓑にして暗躍していたゼーレへ の憎しみも同様に向けられていた。
理性的に動く国は司法機関によって関係者は逮捕、拘束されているが、骨身を削ってまで国連への供託金を送っていた国では中世の魔女狩りのように市民の手に よって死亡するケースも少なからずあった。
自分達の家族が死んだのは貴様らの所為だ!との声を押し戻せるほど……制止しようとする声がなかったのだ。
政治に係わる誰もが理性では間違っていると知っているが、感情では正しいと思ってしまう。
彼らもまた家族を奪われている……セカンドインパクト、そしてサードインパクトを回避する為に。


憎悪から生まれる狂気――人の持つ負の感情が地球上を駆け巡っていた。





ネルフ本部内の独房に碇ゲンドウは移送の準備が整うまで収監されていた。

「……いつまで経っても妻の事ばかり、本当に偏狭な人だな」

扉の前でシンジが扉に背を向けて毛布を被って蹲るゲンドウに向けて声を掛ける。

「手を差し伸べた人も居たのに……自分が嫌われ者と思い込んで目を背ける。どうしようもなく……愚かな人だ」

聞こえているが無視し続けるゲンドウに、返事を期待していないシンジが話し続ける。
以前の二人の関係はゲンドウがシンジを恐れて距離を取り、シンジもまたゲンドウにどう向き合えば良いのか分からずに途惑って距離を取るというすれ違うしか ない付き合いだった。
しかし、今は違うとシンジは思う。
娘を持つ親になった事でいつまでも甘える事は出来ないと……いや、許されないと思うようになった。
親の背中を見て子は育つという格言があるように、シンジはこの男からは親としての何かを教わる事がなかったと考える。
我が侭な子供――それが今のシンジから見たゲンドウのイメージだった。

「碇ユイからの遺言」

その一言にゲンドウは僅かに身体を動かす。

「あなたは実に都合のいい駒でした……だとさ」
「嘘だっ! ユイがそんなことを言うわけがない!!」

立ち上がり扉に向かって吼えるゲンドウを見て、シンジは思う……この男の時間はあの日から止まったままだと。

「子供よりも、夫よりも自分という存在を生かし続けようとした。
 人の生きた証なんて……あんな手段でなくても遺せるというのに」
「黙れっ!」
「子を育てる事で次世代に想いを伝える……そうやって人類は礎を築き上げてきた。
 親から子へ、そして子が親になり、また親の想いを子供に託す。碇ユイは親として何も遺していない」
「うるさいっ!! お前に何が分かる!!」
「痛いほど理解してますよ。母さんは僕を否定して……自分の事だけしか見ていなかった」

振り向いてシンジを睨みつけようとして、シンジの目を合った瞬間……ゲンドウはその瞳が放つ闇の深さに恐怖した。
目を逸らして、逃げ出したいが……恐怖で体が硬直して、声も出ない。

「怖いですか? ですがこの僕を生み出したのは碇ユイとあなただ。
 あなた達の道具として使われた息子が……両親に牙を向けただけですよ」

瘧のようにゲンドウの身体がガタガタと震えるが、シンジは気にせずに話し続ける。

「親殺し……この世界ではごくありふれた話ですね。
 セカンドインパクトで碇ユイは両親を死なせて、その財を奪って自分の夢を叶えようとした」

セカンドインパクトで碇家の財産をユイは受け継いで……自分の願いを叶えようとした。
親が遺した財産を子が自由に使うのは間違ってはいないが、人類を絶滅させるような計画に使うのはどうかと思う。

「碇ユイの両親も自分達の財産が人類の歩みを止める行為に使われたと知れば……草葉の陰で泣いているでしょうね」

殺意を向けられたわけでもなく、ただ目が合っただけだがどうしようもなく……怖い。
そんな感情だけがゲンドウの中に湧き上がって……身体の震えが止められない。

「老人達もあなたの願いも叶う事はありません……精々絶望を抱えて残りの人生を終わりが来る時まで生きて下さい。
 僕はあなた達から何も受け継ぎませんでしたが、人の醜さだけは知る事が出来ました。
 醜悪な存在として、娘に嫌われないように……そして娘が誇りに思えるような親になろうと思います」

言いたい事は全て告げたシンジはゲンドウに背を向けて歩いて行く。
シンジの重圧がなくなったゲンドウは息が出来なかったのか、必死で呼吸を再開するという姿をその背に見せていた。
そして、闇が持つ恐怖を思い出したくないという思いとユイへの思いを否定させないという気持ちでシンジとの会話を忘れようとしている。
現実逃避――碇ゲンドウは目を背ける事でしか今を生きられなかった。



通路をゆっくりと歩くシンジにエリィが聞く。

「あれで良かったの?」
「自己満足で殺すのも悪くないけど……僕だけが満足するのも悪いよ。
 あの男が踏み躙ってきた人は大勢居るんだ。彼らの分を残さないと……僕は母さんを始末出来て満足するよ」
「……そう。シンジがそれで納得したなら良いわ」

蒸し返すのも今更だし、今を生きる者としては終わった人間に用もないと考える事にする。

「碇シンジはもういない。六分儀ゲンドウが自分の家の名を捨てて碇ゲンドウになったのなら僕も家名を捨てるさ。
 シンジ・シンスティーという名も悪くない……あの男と同じ婿養子というのは気に喰わないけどね」
「婿養子も何も……シンスティーの名も先生達がくれた名前だけど」
「それでも君はその名を誇りを持っている。僕は両親の名に誇りは持てないね」

碇も六分儀もシンジにとっては誇りよりも恥だという感情しかない。

「あの子には自分の名に誇りを持って生きて欲しい……僕の両親はどちらもダメだし」
「……まあね。ダメ人間なくせに頭だけは優秀というのは頂けないけど」

シンジの言い分には納得できるのでエリィはこれ以上言うのをやめた。これ以上大切な人の心の傷を広げたくなかった……生みの親が子供を道具のように扱い、 最期には否定する。最後まで信じようとした息子の思いを踏み躙ったのは悲し過ぎた。

「私の男って事で良しとするわ」
「そういうこと。これからもずっと一緒さ」
「そうね。これからの事を優先しましょう」
「そうだね。あの子には誇りと思ってくれる親として在りたいよ」
「大丈夫よ。ちょっと親馬鹿気味だけど……あなたは立派なお父さんよ」

シンジの腰に手を回してエリィは寄り添う。

「僕がよき父親になるには君が必要なんだよ……愛してるよ、エリィ」
「私も愛してるわ、シン」

ゲンドウに向けた暗い瞳ではなく、優しい思いを込めて最愛の妻を見つめる。
そんなシンジに同じように優しく微笑んで見つめ返すエリィ。
そして、ゆっくりと二人の距離が近付いて一つに重なる。
しばらくして、二人は離れるが心の距離は離れていないという様に繋がれた手の温もりが伝わってくる様子だった。


親として、何も遺さなかった二人。
親として、これから遺そうとする二人。

道が分かれ、交わる事がないかどうかは娘の生き方で示す事になるが……既に答えは出ているかもしれない。
両親に愛情を注がれて生きてきた子が祖父母を不要と言い切ったのだ。
碇夫妻は未来に何も遺さずに消えていくだろう。
だが、それは自業自得であって、誰の所為でもないのだ。











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どうもEFFです。

碇ゲンドウの拘束。そして碇夫妻の夢の終焉ってところですね。
人の生きた証という言葉が出ましたが……この点だけはどう判断すれば良いのか難しいです。
何故、初号機の中に入る事が生きた証になるのか……次世代に思いを紡がせる事の方が生きた証だと考えます。
強力な力を兼ね備えたエヴァの中、即ち高みから見下ろすような神のような存在として見守るというのでしょうか?
もしそうなら、それはまぎれもなく傲慢だと思います。
人類の進化が頭打ちだと考えたゲンドウも何を以って頭打ちと考えたのか……分かりません。
そりゃあ進歩しているのかと疑問に思う事は多々ありますけど……人類補完計画を行うほどまで行き詰っているようには思えません。
まあ、これは私個人の考えなので、人それぞれに考え方の違いはあると思います。
ですが、子供を道具のように扱う事が正しいとはどうしても思えません。次の未来を担う者を使い捨てのように扱った果ての終焉が誰も還ってこない世界という のは納得できますが。

それでは次回もサービス、サービス♪


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