――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  高まる創作意欲 戦女神MEMORIAより)





 「で……結局無駄になったのか。どこぞの千騎長が大至急で昼夜兼行突貫工事とホザいて苦労した技巧官や魔術師に妾はなんと言い訳をしたら良いのかの?」

 「せっかちなヴァイス先輩が悪いとでも言ってやってください。全く万全の準備でも無ければ勝ち目は無かったのに勝ち目を無理矢理作ってこじ開けたとしか。」

 「「……ハァ」」


 キャットウォークの上、オレとゲーム通り東領の視察にやってきた筆頭公爵エイダ様二人、その二人して欄干にもたれかかり溜息をついてしまう。溜息の種類としてもそれぞれ同じ二種類、安堵と呆れだ。本来勝てないんだよあの戦闘。ゲーム開始からの入念な準備と戦場でのプレイヤースキル、そしてセーブロードの繰り返し。そこまでやって可能性はあるという初見殺しイベント戦闘なんだ。
 だからこそオレはエイダ様と協力して用意していたモノがあった。今、センタクス城下層駐機場(ハンガー)に竜族に対抗する筈だった兵器が鎮座し、其の周りでバーニエの技官達が調整に走りまわってる。

 【シャッスール・ド・シュヴァリェ】

 見た目はどこぞの戦術機なんだがそれを魔導技巧と魔法術式で再現するのが不可能ではないのさ。何しろ人型兵器の欠点。可動部の強度維持と人型故の防御の薄さ、搭乗者との精神接続と言ったネックというべき技術が全てクリアされているからな。さすがメルキア、さすがバーニエと言ったところだ。人型機動兵器なんてオレの世界のうろ覚えロボット知識だけでこの人たち創り出せるのよ。


 「しかし無駄にはしませんよ。これがオレが望む次世代への第一歩。ヴァイス先輩と共に何処まで進めるのかごろうじろと言ったところですね。」


 エイダ様にも全ては話していないオレの『真打ちの計画』。だからこそ彼女はオレが話したところまでしか知らない。それでも信じてくれた。魔導巧殻が破壊されれば何が起こるか解って居るんだ。その状況は兎も角、一部でも対策手段を講じる。だからこそエイダ様からこの言葉が出る。


 「禁忌とされている先史文明技術に禁忌を使わずに踏み込む、解らぬでもないがの。主が話した最悪の展開か……それを考えるならば第一段階として御物の代替をあらかじめ用意する、そして再封印とさらなる外郭封印機構を構築する。主の言う“メルキアのひと騒動(ちゅうこうせんそう)”は後の世のメルキアにとって神殺しの苦難に匹敵する難事になるのじゃろうな。」


 オレは変えたいんだ。この物語の結末をね。アルは史実ルートを選択した場合、ヴァイス先輩に封印開放を願いノイアスを倒す。それが結果として晦冥の雫の再稼働へと繋がり、ジルタニアの復活の起爆点となる。全てを倒しても過ちは元に戻らず、“魔導巧殻・アル”の破滅と遺された三姉妹の再封印をもって終幕を迎える。

 ゲームとしてはビターエンドという結末だからこそ現実となれば“面白くない”。

 それに彼ほど救いようが無い訳じゃない。己の肉体の持ち主へ己の肉体になっている【女神・アストライア】を返す……その遥かなる約束の為、その結果が己の破滅だとしても生き続ける神殺しと違ってね。
 あ、確かに彼女の祖母、ヴェロニカ・プラダ先々代公爵と神殺しには縁がある。依頼者と冒険者、女と男という関係も含めてだ。尋ねてみよう。


 「その神殺しと連絡は付けられませんか? オルファン元帥にも話は通してありますが望み薄でなるべくルートを多くしておきたいのですが。」

 「…………無理じゃの。主の話でも神殺しが積極的にレウィニアに関与しだしたのはレスペレントの動乱以降ではないか? 今、素奴の居場所が解れば苦労は無いわ。」


 無理か〜。まぁ解っていた事でもあるからな、ダメ元で頼んでみる事にしよう。と、エイダ様の顔見るとにまにましてる。何?


 「妾に聞くよりもっと適任が居るではないか。主が囲っている娘御(シルフィエッタ)よ。リガナール大戦の当事者なら裏の事情を知っておろう? 何しろ其の事情に疎い妾ですら知っている事があるからの。破戒の魔人・イグナートを弑逆したのが神殺し。」


 オレの驚く顔をエイダ様、御機嫌良く眺めている。いや、味方ユニットとして使えたのはゲームでは知っているけどまさか敵役かよ! そら破戒の魔人でも勝てんわ。イグナートは魔人どころか最後は魔神級の力を振ったと言ってもいいが神殺しは言わば現世に降臨した神の肉体を天賦の才をもつ人間の精神がブン回す。存在圧倒的可能性無限大というこの世の存在が手を出すべきでない化物だ。
 それにシルフィエッタに水を向けたと言う事はエイダ様はこれに関わる気は無いという無言の否定でもあるな。故祖母の愛人がバーニエに来るという事態はプラダ家にとって宜しく無い。プラダ家は彼女一人ではないからね。


 「それ、その御当人が登場じゃぞ。妾も一言云うてやらねば気が済まぬ。」


 エイダ様が嬉々として工廠に降りてきたヴァイス先輩を絞る為にキャットウォークを歩き出すとオレは反対側、鋼索と滑車で作られた昇降機で下に降りる。そこはバーニエの技官達に混じってリセル先輩が調整作業を手伝っている。……こういうの大好きだからなリセル先輩。


 「どう? 先輩。ヴァイス先輩援護できない ??」

 「……………? シュヴァルツ君、エイダ様とのお話終わったの?? ごめんね、ちょっとまって。ここがこう動くからこちらのシリンダーが…………」


 工具片手にこっちも向かずに熱中してる。だめだこりゃ。リセル先輩とヴァイス先輩、なかなかくっつかない原因の一つがコレ。とりあえずゴールインはさせたけど追加点必須だ。リセル先輩趣味に走ると止まらないんだよ。ヴァイス先輩が退く位理系女子(メカフェチ)なんだ。
 実際魔導技巧官としてもメルキアトップクラス。しかもそれが趣味レベルでときている。魔法術式に傾倒する伯父貴の反発で魔導技巧学び始めたら目的と手段が逆転したと言うオチだ。
 事実ゲームでも東領に魔導巧殻の姉妹が集まり始めた辺りから妙な事になる。魔導巧殻各機の整備と改造に血道をあげ、彼女達から【改造魔人】の異名を奉られることに。ゲームでも魔導巧殻四姉妹が唯一苦手かつ頭の上がらない人物が先輩になったんだ。


 「んー、シュヴァルツ君もよくこんなもの考え着くわね。躁剣骸獣(ラインハード)ベース(こっかく)にしてそれに魔導機材を上乗せ、筋肉や乗る人を保護する内臓、自己修復用の血管を組み立てていくかぁ……もしかしたら一般の兵士でも乗るだけで将として活躍できるんじゃないかな?」


 うん、早速そっち側に話題を変えようとしている。あの夜、リセル先輩にも一報入れた。恋人同士だしたちまちすっ飛んで来ると思ったが、『命に別状は無いのよね? じゃ私が行っても心配掛けるだけだから。』で切り返されてしまった。ホント、一線引いちゃっているからな。これ以上近づけるにはどうするべきか? その考えを表に出さず話を合わせ、捩じる言質を探す。


 「出来ればいいけどな。これを1軍団――2000騎――用意した暁には、帝国が破産する。それに此れの試作にはレウィニアの神殿派も関わってる。向こうもメルキアの技術を目の当たりにできる利益から協力しているんだ。もし量産しようものなら国家挙げて掣肘してくる。」


 メルキア帝国の同盟国であるレウィニア神権国。五大国の外交関係上、直接の攻守同盟こそないがメルキアと最も付き合いの深い国家だ。だからこそ双方足の引っ張り合いを繰り返す。外交ってのは相手に難癖つけて話し合いをするのがスタンスだ。向こうもこいつの量産は噴飯モノ、――五大国でメルキアが突出した軍事力を持ちかねない――でもその技術のいくらかを自国に導入できれば? と考える。
 今回のフリム講和条約、伯父貴の外交攻勢を黙認したレウィニアは何らかの見返りを欲しただろう。実利益がなくてもバーニエの試作兵器【シャッスール・ド・シュヴァリェ】を見せるというだけで彼等のレウィニアにおける神殿派の自尊心を満足できるなら安いものだ。レウィニアもこの事実を喧伝する事で勢力伸長著しい地方領主による政治勢力【貴族派】を牽制し懐柔しやすくなる。外交は見栄とハッタリ、勿論バーニエにも武器輸出へのプレゼンと言う利益がある。ま、オレとしては後の事も視野に入れているんだけど……
 後の新七魔神戦争でレウィニアは散々に苦しめられるが其の段階で魔法だけでなく魔導を主軸とした軍が多数あったらどうだっただろうと言う点だ。多少の質に左右されず圧倒的な数の暴力をもって押し潰すを可能にするのが魔導技巧。其の実例が其の時のレウィニア唯一にしてメルキア外唯一でもある魔導戦艦保有軍団・白色魔導騎士団(ナグ・ヴァイツ=ファールス)。魔神相手にはゲームでもどうにもならなかったが魔族の群れには相当の脅威になる。今からレウィニアを魔導技巧側に傾かせる、またはメルキアのコントロールの元、魔法と魔導を両立させる。それができれば…………


 「これでヴァイス先輩には竜族の長(エア・シアル)に対抗して貰いたかったんだ。先輩からも一言してくださいよ、ホント命にかかわる。」

 「無理かな? ヴァイス様が一度心に決めた事は譲らないの知ってるから。」


 良し獲った! 思わず得意気に言ってしまう。


 「信じてるんですね?」


 いきなり振り向かれる。オレの狙いにまんまと嵌り込んだのに気づいたんだろう。顔赤らめて唇尖らせているから図星かな。


 「もう! シュヴァルツ君生意気!! そんなことに頭使っているならさっさとお仕事しなさいっ!!!」

「はいはい。」


 目的を達してそそくさ退散に掛るオレは最後に言うべき言葉を紡ぐ。今回は良かった。だがゲームにおいてヴァイス先輩が強制出撃されるイベント戦闘にどれだけ危険な物が多いか。これと同等、いやそれ以上の危険もある。


 「でも覚えておいてくれ。戦場でヴァイス先輩の隣に立てるのはリセル先輩だけだってこと。」


 え? オレ?? 無理無理! 絶対にヴァイス先輩より先に戦死するから。それも犬死にしかねない。そしてヴァイス先輩がリセル先輩を離さない以上、組織上オレが裏方を切り回す。悔しいが戦場でオレが役立たずな以上、肝心要はリセル先輩や皆に任せなきゃならない。


 「(悔しいなぁ。)」


 何度となく繰り返した溜息、それがもう一つ重なった。





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(BGM  動乱、旗国を大空に翳して 魔導巧殻より)





 「さて、お忙しいところ集まって頂き恐縮です。」

 「ふぅ、人の病室に多数で押しかけて会議とはメルキアの治世はどうなってしまうのでしょう?」

 「ならばレイナ嬢あたりに譲ってはいかが? 毎度千騎長が魔法研究長を兼務するというのも軍政上おかしな話ですわ。」

 「それには承服致しかねんの。本来魔法研究長は南領の要として千騎長が持ち回りするのが法令の筈、現在の南領千騎長はエリナ嬢のみ、ならオルファン元帥閣下がその他の将を昇格させない限り元帥閣下はエリナ様に任せ続けるのが道理よ。」

 「激務で倒れるのは軍人としての適性に欠けますわ、選ぶ方も選ばれた方も。」

 「それを判断するのは元帥閣下ぞ。そなたではない。」


 バチッという音が聞こえそうな会話が流れてくる。初めのオレと魔法研究長のボケツッコミからやらかしたのは北領のコーネリア千騎長と西領のアディ千騎長だ。室内のベッドに座って和装の襦袢らしき下着に小袖と西洋風の夏外套を羽織っているのがレイナの上官、エリナスカルダ南領千騎長兼魔法研究長。こら、カロリーネ! 怯えてオレの後ろに隠れるんじゃない。オレが司会者なんだから東領の利益追求という実務はカロリーネがやらなきゃならんのだぞ!! ……仲裁には入っておこう。


 「ま、南領の事情は南領で解決するのが筋です。それにレイナもそろそろでしょうか?」

 「まだまだ学生気分が抜けていませんわ。見習いとして仕込んでいる子は三名といったところです。オルファン様からすればレイナは東領に送り込みたい様にも見えますけど?」


 ぎゃ、病弱な癖してそう振るか。南領では帝国派と連合派の二つが存在している。魔法術式中心と言っても帝国派は西領との連携を視野に入れるし、連合派は東領と南領が連合し帝国内で一大勢力を作ろうと言う考えをもてあそんでいる。
 驚くべきことにこんな現実はゲームじゃ一言も語られていない。各領邦が一枚岩なんて考えているととんでもない陥穽に落ちることになる。しかも、困った事に南領の要人の全てがこの両勢力に一方的な肩入れをせず、都合都合でその態度を変えるんだ。つまり外から見れば誰がどの勢力なのか解らない。
 今のエリナスカルダ千騎長の発言だって見習いの言葉から南領の慣例を守るイコール帝国派とも取れるし、レイナを東領に送り込むという発言から連合派とも取れる。さらに疑念を抱かせるのはレイナが三人に入っているのかどうかだ。ホント南領首脳部そのものが政治的陰謀が常時行われる貴族のサロンと考えていい。話を元に戻すようにアディ婆ちゃんが切りだす。


 「ま、良いわ。こんな事を鞘当てしても帝国の為にはならぬからの。先ずは建設的というよりも破壊的と言うシュヴァルツバルド千騎長の話、そうさな……バーニエの話の続きからして頂こうか。」

 「都合良くラナハイムとの戦も終わった事ですし。何がどう都合が良いかを脇に置いておきましょうか。」


 コーネリア千騎長の合槌と共にオレは話し始める。そう此処まではメルキア帝国は曲がりなりにも国際秩序に則って行動してきた。これはからそうはいかない。アヴァタール東方域を大混乱に追い込む鏑矢がこれから放たれるのだ。


 「まずは軍機密法第2条第18項をお伝えします。」


 エリナスカルダ……もういいや! エリナ所長が何事か呟くと、わらわらと出てくる出てくる。彼女の親衛隊である魔術師や魔術剣士、その使い魔たる石造巨兵(ゴーレム)魔猟犬(ガウメデス)。たちまちのうちに施療院が十重二十重に囲まれる。外の警戒が主だが内に対しても警戒を怠らない。なにしろ内部の警邏に当たっている者は魔術師ではなく西領の魔導兵器に身を固めた南領憲兵隊――公務とは言え魔術師から蛇蝎の如く嫌われている連中――つまりエリナ所長は機密を守る為なら己の思想を捻じ曲げ、あえて己の同輩たる魔術師を信用しない覚悟があるのよ。ホントこの人が病弱で無かったらヴァイス先輩追い抜いて次期元帥確定だったのにな。思うに任せないもんだ。
 素早くコーネリア千騎長が結界を展開。アディ千騎長が連絡路と脱出路を確認。当然のことだ。多数の責任者が役割を分担する事で相互責任を明確化しこの会議の共犯になる。軍機密法第2条第18項は一般に言う国家最高機密を扱う時にしか使われないのよ。この発令だけでも予算が付く位。事実外側の魔術師たちにも内側の憲兵隊にも北領と西領の人員が配置されている。雰囲気からハブられるように居る暇な顔と訳解らん顔でいる二人は慢性人員不足の味噌っ滓連中――東領軍代表(カロリーネ)とオレ――だけだ。


 「始めましょうか、帝国の、そしてオレの次に喰らうべき獲物は此処です。」


 地図に広がる帝国東領レイムレス要塞から東北に大陸公路沿いに広がる国家

【ザフハ部族国】


 オレはその地図に描かれている銘を指でトンと叩いた。



◆◇◆◇◆





 「侵略、と言う事になりますわね。」  コーネリア千騎長の硬い声にオレは頷く。

 「諾としておきましょう。誰がどう見てもそう捉えるでしょうね。」

 「と、すれば動機と展開、決着点が重要です。レイナが言っておりましたがどう見ても分が悪いと。」


 エリナ所長の言葉からレイナは優秀だなぁと感心してしまう。あの魔神の出現で中断されたオレの発言を周辺情報からしっかり推論して組み立て御注進に及んだんだろう。


 「動機とすればは外交関係ですか。」

 「論拠に乏しいですわ。アンナローツェ王国とは協商関係であって攻守同盟国ではありません。それにレウィニアとの協商にも影響が及びます。シュヴァルツバルド千騎長はアヴァタール東方域『外』に問題を拡大したがらないのはいつもの事。何か要素が変わりましたか?」


 まーこんな理由じゃ賛成も納得もしないわな。当然だ。確かにメルキア帝国とアンナローツェ王国はゲームでも言うように同盟だ。しかし参戦条項が起動するのは大陸公路利権が完全にザフハ部族国に奪われた時に限る事が条約で決められている。だがそれをさせてはならない。それは完全なるメルキアの敗北、メルキアはアヴァタール東方域の公路利権を管制できないと諸国に認めることになるのだ。ゲームではゲーム故にゲームオーバーにならないという意味不明な論理になるが、実際ヴァイス先輩を軸に中興戦争をコントロールするオレにとってすべての策が圧し折れてしまうことを意味する。
 さて、話を戻そう。オレが次の獲物とする【ザフハ部族国】は其の隣国にしてメルキア帝国、レウィニア神権国と政治的協商関係を持つ【アンナローツェ王国】と戦争状態にあるわけだ。此処にややこしい問題が存在する。メルキア・レウィニア・アンナローツェはアヴァタール東方域の大陸公路に関して相互に平等で利益を得る『機会均等』で協商を結んでいる訳よ。それが本来【交易の神・セーナル】率いるセーナル神殿が公路を『貸し与える』条件だった。
 実は此処にトリックがある。この公路筋にある【ユン=ガソル連合国】と【ザフハ部族国】だ。公式にはこの二国を我等三国は認めていない。メルキアから見ればユン=ガソルは叛乱国家――元をたどればユン=ガソルはメルキアの帝政化でハブられた貴族が中心になって建国した国家――、アンナローツェから見ればザフハは忌むべき闇陣営国家――この世界光だの闇だのと言う原理主義的差別の方が主流なのよ、メルキアの嫡子庶子の方が例外だ――、つまり双方とも表向きその存在すら許さないというスタンスを取っている。だからユン=ガソルとザフハは攻守同盟関係にある。そしてその後ろにセーナル神殿の分派にして裏面、【ラギール商会】がいる訳だ。
 ゲームじゃ見えなかったがこれほどまでに複雑な外交要因があると『気にいらないからぶちのめす』は使えない。最悪メルキアは周辺国や国際組織全部敵に回すことになる。そりゃ無茶すれば負けない事は無いがそれで国家や国民に無用な苦しみを招くのは為政者失格と言う奴だ。


 
敵はより少なく段階的に、味方はより多く一斉に


 
国家外交(せんそう)の基本。



 「しかし、アンナローツェ王国は既に東領に向け参戦要請を送ってきました。シュヴァルツ閣下の御判断によると北領にもすでに使者が入ったとの事です。」


 カロリーネの発言はオレの受け売り。実際リセル先輩から文書を借りる――当然文書管理権はリセル先輩、ちゃんと法的措置をとってカロリーネに見せたと言う事だ――パチンと机の縁で指揮杖を鳴らす音、その発言からくるアンナローツェの意図をコーネリア千騎長は呆れ果てた声音と辛辣な表現で両断する。


 「個別に各領の出兵にしてしまえば条約逃れが出来る。女王……いいえ第一王女としてもらしからぬ浅知恵ですわ。今のメルキアは帝政の名を借りた寡頭政治体制でしかないのは諸外国にも解っておりましょう? 此処の責任をガルムス閣下とヴァイスハイト閣下に押し付けて己はのうのうと生き永らえる。そんな都合の良い考えをした時点で器も知れたものです。」


 全く賛成、二週間前にアンナローツェ国王が崩御したのは知っている。だからこそのこの会議の前倒しだからな。表向き不慮の事故とされているがゲームでは一目瞭然。傭兵軍司令・フェイスによる暗殺だ。
 これにより第一王女マルギレッタ・シリオスが女王としてアンナローツェを率いる事になった。経験不足の20代入ったばかりの王女に国を任せるなんざ辺境の小国でもなけりゃ無理。国内貴族と神殿、軍人の傀儡なのは明らかだ。
 オレとしてもゲームであっても此方であっても評価は低い。典型的な世間知らずの御姫様。しかも股肱となるべき臣下がまともにいない。実際調べたけど下級貴族の第一総騎軍所属・シダール分団長(百騎長相当)と新設の第三総騎軍(軍団相当)司令、龍人リ・アネス位だ。馬鹿じゃないから同情はできるけどね。これからやる大ポカさえなければメルキア后妃として申し分ない『駒』なんだけどな。


 「つまり北領は出兵要請を拒絶したと?」

 「どうでしょう? ガルムス閣下の胸の内ですわ。」


 オレの質問にコーネリア千騎長は微笑んで見せる。やれやれ厳しいことで、オレ達がガルムス元帥信用できてないしガルムス元帥もオレ達を小僧扱いだから部下ですらこうなっちまう。重要度の低い判断だから正直に答えてしまおう。


 「此方は保留にして頂きましたよ。どちらにせよアンナローツェにとって東領は当て馬です。期待はしていないでしょう。」


 ゲーム選択である参戦要請は受けたが機が熟した後という条件を付けて使者を送り返した。対外的にメルキアを見れば今回のラナハイム出兵から“帝国軍”は動員を解除していない。それでも再度軍を使うには準備が必要だから総論賛成各論保留という体裁を取ったんだ。
 アンナローツェやザフハから見れば戦争が終わったのに動員兵力を東領に再集結させつつあるメルキアへ警戒と期待を持つことになる。ザフハが警戒しグントラム大要塞に兵力を増強すればその分アンナローツェ戦線から兵を引き抜かねばならない。それだけでもアンナローツェが東領に参戦要請を出した結果とすれば十分な程だ。ゲーム通りオレやヴァイス先輩の考えはさらに斜めに走っているけどな。


 「…………そういうことですか。」


 エリナ所長が含み笑いをし最後『こほっ』と咳き込んだ。興奮のあまり喉を焦がしたんだろう。少し呼吸を整え話し始めた。


 「今現在コーネリア様が言った通りメルキアは各元帥閣下による寡頭政治体制である事は事実です。でもこれがずっと続いているのはよろしくなりません。ではどうするか? 最も近い位置にいる生き残った皇族、つまりヴァイスハイト元帥閣下に早々に帝位に就いて頂くのが筋でしょう。」

 「それには帝国法が邪魔になろうの。対象のいないクーデターでも起こすか? それに……」


 アディばーちゃんの一言はなかなか厳しい。


 「……どんな帝国のどんな帝位に就くのが南領は望みなのかね?」


 南領と西領、二人の静かな笑みの間にどれだけの探り合いがあるのか想像もしたくない。こらカロリーネ! またオレの後ろに行くんじゃない。後ろに隠れたいのはオレも同じなんだから!!


 「……勿論メルキア帝国ですよ。ただ今のままではヴァイスハイト元帥閣下はどう足掻いても僭主にしかなれません。なら帝国臣民がぐうの音も出ない程の功績を帝国に与えたのなら? 帝国は実力主義ですわ。結界内部で何百年も動けないような今上帝と、今確実に帝国を繁栄に導ける僭主、数年先という目先でも帝国臣民がどちらを選ぶのかは自明です。そして……。」


 エリナ所長オレの方に向き直った。


 「……それだけの功績を成すにはザフハ併合如きでは不足、そうシュヴァルツ様は考えておられる筈です。そうですよね?」


 なんでこの人達、ここまで優秀なんだよ。本気でオレ要らん子で良いじゃないか。降参ポーズして補足開始。


 「その通りです。オレとしてはザフハの次はアンナローツェ、そしてラナハイムに止めを刺しユン=ガソルとエレン=ダ=メイル、それにドゥム=ニール古王国をメルキアに併合する。これだけやり、其の統治を盤石なものにすればメルキア国民だろうと征服された諸国民だろうと文句をいえども納得するしかないでしょう……」


 オレの最終構想を口にする。それと同時にざわりと戦慄の気配だけが広がる。


 
「メルキア連合帝国」


 「アヴァタール残りの四大国が連合しても対抗できるか危うい程の超大国、中原が大混乱に陥る事必定。皇位継承法31の15で手打ちにするつもりは無いかの?」


 流石にアディばーちゃんが割って入った。もしこれが実現したら中原全土が敵に廻りかねない。此方はいくら平和を唱えても他からすれば次は誰が? そしてやられる前にやれ! が爆発しかねない。予定通りカロリーネがフォロー開始。


 「シュヴァルツバ……御免なさいもうルツにしてください言いにくい。ルツは連合帝国という構想でアヴァタール東方域を支配でなくて、管制するって言ってました。私の想像に過ぎないんですけど、メルキアという国際組織の下に多数の国が集まって合議制で国の進むべき道を決める。だから皇帝は旗振り役になるしかなく権力は自然と制限されたものになる。そして今までの元老院とは別に、えっと諸侯会議になるのかな? それが統治の実務を司ります。西方のティファーレン(テルフィオン)連邦みたいな体制を目指しているんじゃないかと思うのです。」


 うん、まぁまぁな答えだ。初めこそオレの言葉だが残りは自分の考えで答えを探してる。エリナ所長に倣ってオレもカロリーネ鍛えなきゃと思ったからな。それでなければリセル先輩に御同行願って司会やってもらうつもりだった。でもねぇ……ぶっちゃけちゃダメなんだよ。カロリーネ?


 「今の言葉そのままヴァイスハイト閣下に返したいくらいですね。東領の幹部が其の上司を傀儡に仕立て上げると言う言質を取られたも同じですわ。」


 ほら来た! コーネリア千騎長の言うとおりこの会議で帝国における先輩の役割、これを言うのは越権行為だ。ま、千騎長からすれば新米に対する釘刺しと言ったところだな。……あーあ、カロリーネ常識論持ち出した。これはオレもフォロー準備、

 「しかし皇帝一人でなにもかも決める等、不可能です。つまりヴァイスハイト閣下は皇帝になる為に国家の傀儡になると言う意味です。」


 話に割り込んでオレが仕切る。


 「それに先輩は傀儡で終わる程ヤワには出来ていませんよ? オレと言う近所の悪友(ワル)が保障します。」


 一斉に小さな笑い声、今のカロリーネの言いすぎは『全部戯言』と覆い隠した訳。即座に話を元に戻す。


 「昨今の問題としては資源問題があります。これ以上大陸公路の駆け引きで帝国の国力を流出させる必要は無い。確かにそれによって貸しを増やす事は悪い事ではありませんがそろそろ各国から今までの対価を取り立ててもよかろうと思っています。」

 「千騎長の狙いはザフハ……いやアヴァタール東方域最大の鉱業地帯、ザフハ北部【イーグス炭鉱】と東方域最大の穀倉地帯でありユン=ガソルをメルキアが締めあげる要因となりえるアンナローツェ東部【セーナル神殿領】の掌握、それでよいかの?」


 頷く、今目を細めて宣わったアディばーちゃんはこういうとこ強いからな。利権を外交材料にして相手国に食い込んでいく。相手が利権を奪う前に此方が相手の中枢を乗っ取る。今のドゥム=ニール古王国がいい例だ。今やあの国は人口問題と資源の不均衡で事実上帝国西領の属国だ。いくら国主ダルマグナ翁が己の意思を出しても諸外国には帝国西領のフィルターが掛った声としか認識されない。それが現実だがそれを良しとしない脳筋武闘急進派(ザルマグス)も存在する。オレはここでメルキア特有の論法を持ちだす。聖俗分離論だ。これですらこの世界では狂人の戯言扱いなのよ。


 「神殿領の掌握、セーナル神殿がそれを認める筈が無い。しかし、ザフハとユン=ガソルが陥ちればアヴァタール東方域の大陸公路は事実上メルキアの施政権に落ちます。神殿が固有領土を持つ事は神威の俗世への介入と取られても仕方が無いでしょう? 公路の返還と同時に俗世の澱(りょうど)は吐き出してもらいます。

 「ただでは済みませんわ。確実にメルキアを分裂させることに神殿は動くでしょう。」


 そうだ、エリナ所長の言う通り明確に神殿利権への敵対行為と捉えられる。だから見る方向を変える、いや神殿に変えさせる。


 「その前にセーナルとラギールを分割し、この一帯のラギール商会を準国策組織としてメルキアの庇護下に置きます。」

 「「「な!!!」」」


 四人の絶句と共に長い沈黙が流れる。その後、恐る恐るカロリーネが切りだした。


 「神殿を分裂させるなんて無茶だよ。できっこない。」

 「オレは簡単な事だと思うけどな? セーナル神殿、そしてラギール商会が富の独占を指向するなんて馬鹿揃いだったらとっくに大陸公路は立ち行かなくなっている。神殿はいくつもの商会に分かれて大いに競争して貰おう。其れがセーナルを信奉する商人の求める事だろ? それに負けた者、あぶれたものが新たにチャンスを生かせる足場さえ帝国が与えるならばね。今迄はそれが無かった。だが、受け皿となるセーフティネットをメルキアが用意できるのであればどうかな?」


 地図を広げる。世界地図、そうアヴァタール東方域ではなくこのラウルヴァーシュ大陸全図。
 遥か西方【テルフィオン連邦】から【インフルース王国】南部を通り【バリハルト総本山・スペリア】で中原へ、【ルク・クヴァルナ大平原】を掠めて【都市国家・ミルフェ】に到達。五大国の【スティンルーラ女侯国】【レウィニア神権国】【メルキア帝国】を抜け東の【ノスクバンラ帝国】すら超えて東方諸国へ至る。ソレをなぞっていく。これが何かは周知の事実、【大陸公路】だ。
 そしてオレはもう一つ。メルキアから見れば遥か北北西、北方の辺境【ヴァシナル地方・エテの街】からレスペレント地方の西端、アークパリスの宗教国家【フレスラント王国】へ。【カルッシャ王国】を掠めオウスト内海を驀進、建国したばかりの【メンフィル“王国”】。そこからケレース地方を縦断してメルキアへ。そして五大国【リスルナ王国】【エディカーヌ帝国】を通りディジェネールを越えあの【工房都市・ユイドラ】を含む【ミケルティ“連合王国”】へ指でなぞる。
 そこから二つに分岐、多島海【ルノーシュ地方】から呪われた地【リガナール半島】、もうひとつは更に南下【ディスナフロディ神権帝国】そして南方諸国へ至る。

 ……そのクロスした線の中心、帝国東領首府【センタクス】に開発中の魔導戦艦のコマを置き、四方へ動かす。ここ重要! 本来軍事演習では軍を示す場合旗の駒を使う。それをせずに魔導戦艦という種別を表す駒を使った事でオレが軍事力ではなく他の手段を用いて新帝国の四方に攻勢を掛けるという意味になる。――魔導戦艦を用いた交易品の運送、隊商の交易とは桁が違う国家間貿易だ。
そして、そのセンタクスで交わる公路で唯一『外国』と呼ぶべき隣接地が存在している。センタクスの経済的安全保障を脅かしかねない要点だ。それが【ザフハ部族国】。


 「つまり……シュヴァルツバルト千騎長にとっては…………ヴァイスハイト元帥閣下の覇道ですら己の策の一つでしかないと?」


 コーネリア千騎長、声震わせて慄いてる。そんな大層な物じゃないよ。国家にとって始まりの事業は殖産興業、次に来るのは安全保障と流通確保及び拡大だ。一国で出来ないなら他国や国際組織を巻き込み利益を配分する。言い出しっぺが名誉と分配権を得られるのはこの世界でも変わらない。せわしなく目を動かし指でテーブルの敷物をなぞるエリナ所長も口を開いて呟く。


 「とても正気とは……いえ、可能ですか。メルキア連合帝国が成立し、セーナル神殿との争わず、双方が向け合うであろう力、それを合わせて大陸【横断】公路だけではなく大陸【縦断】公路を開削する。そしてどの国も真似のできない魔導による交易の確立、未来それによって得られるメルキアの富は想像がつかない程ですね。」


 だから、なんで其の程度の事が解らないかなぁこの人達? オレよりよっぽど優秀なのに揃いも揃って抜けているとしか思えない。オレが言っているのは元の世界における帝国主義国家の施策と大差無いんだけどなぁ。オレのザフハ侵攻の理由を述べる。『ゲームだからこうしかない』そんな言い訳は通用しない。そして代替する手など巧拙あれど山の如くだ。その中から『今できる一手を探す』……元下っ端公務員からすれば雲の上の人、担当部長や局長が恐ろしく慎重に事を運んでいたのが実感できる。


 「近視眼的に見ればメルキアのザフハ侵攻は単なる資源獲得の手段に過ぎません。ですがその真意はヴァイスハイト皇帝陛下による帝国中興に名を借りた大陸規模の流通機構建設の第一歩と言う訳です。」


 アディばーちゃん、考え込んでいたけど静かにディスナフロディ製の龍紋文鎮でトンと机を叩。最年長の意見を言わせて頂くという合図。オレ達も一斉に姿勢を正す。


 「この場でナンバーツー達が扱うにはちと大きすぎる案件だのぉ。元帥閣下各位がある程度納得させ得る方法を考えておるのかな、シュヴァルツバルト千騎長殿()?」


 『始める前に事前折衝に来い!』という目上扱いの皮肉が飛んできたけど内容には正直に――オレの考えるメルキア帝国に限っての施策、その最終到達点だからな。肩を竦めて現況を言う。


 「実は未だ構想段階の域ですね。流石に中原全土を巻き込む代物ですので迂闊に言うべきものではありません。」


 だから軍機密法を使用して国家戦略を元帥抜きで話すと言う力技をやったのさ、それにこの事業で得た利益にも裏を持たせている。この利益こそがあの四姉妹を救う資本に成るんだ。今のままではたとえアルを救えても後が続かない。流石に魔導巧殻とメルキアどちらかを取れ……ならばオレもヴァイス先輩も後者を取る。だからこそ“面白くない”故に面白くするんだ。
 カロリーネが怯えた様呟く。そりゃそうさ、帝国100年の未来を決める絵図面を前に軍人と言う物は喜怒哀楽どの感情に繋がっても怯えるものさ。


 「私がこの場に居られるのはルツの側近だからなの?」

 「同朋(はらから)、まぁ今の評価点は20点と言ったところだな。頑張れよ。」


 あらま、ショ気ちゃった? 最初としては悪くは無いという評価なんだけどな?? コーネリアさんが微笑んでカロリーネの頭をナデナデする。


 「全く、シュヴァルツ様も人が悪いですわ。こう言った掛け合いを知らない子を連れてきていきなり実地研修だなんて。」

 「シュヴァルツ様はレイナの事で私を散々鬼教師とあげつらいますけど、余程貴男の方がスパルタですよ。女の子には少しは優しく接してあげなさい。」

 「昔から目下には優しい子じゃがの。どうも同格と見た時点で容赦無くなるようじゃ。カロリーネ百騎長よ、苦労するぞ。」


 げー、女同士で連帯しやがったよ。皆が皆、揶う目で表情顰めて怒ったふりをする。再度降参ポーズ出して本題に入る。そう、ここからが本題だ。あの偽悪家にして実存主義者……そして自己矛盾の塊のザフハ部族国首長、…………クルトナ(ダーク)エルフの名を借りた“ぐーたらエルフ”、アルフェミア・ザラをどう戦場に引っ張り出すか? 
 調整家として卓越した手腕を持つ彼女に生半可な矛は通用しない。下手を打てば領土半分メルキアに譲ってメルキアを世界の敵にしかねないフェビアン主義者の怪物だ。どうやってでも泥沼の戦争に引きずり込まねばならない。メルキアは其の泥沼から簡単に抜けられ、ザフハは己の存在意義を掛けて泥沼でもがき続けるようにしなければならない。そして彼の国(ザフハ)の滅亡、それがトリガーとなるのだ。

 アンナローツェの裏切り(スニークアタック・オブ=リ・アネス)

 この時点からメルキアは否が応でもアヴァタール東方域全土を制圧せねばならなくなる。状況からしてこの時点で残るアヴァタール四大国全てが敵に廻るとオレは見ている。此処はゲームじゃ無い。マップに限界は無く参加資格と言う名目の国家数制限等無い。外は侵略、内は内乱、しかも莫迦王の暴走、そしてアルの反逆とジルタニアの復活。クソゲー必至の難易度を如何に捌くかだ。救いはこのメルキアがゲーム以上の、いやオレの想像する以上の大国だと言う事くらい。

 「先ずはアルフェミアとノイアスの結んだ密約から話していきましょうか。帝国における獣人族の立場を含めて。」





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(BGM  『La Storia』 戦女神VERITAより)




 「さて、もうひと踏ん張りだ。これが終わったら先輩のところで一服していこう。」

 「いいんでしょうか? 私みたいなのがヴァイスハイト閣下の執務室に入室して。」

 「どーせ向こうは向こうで先に一服している筈だ。押しかけて菓子のひとつも拝借しなければ気が済まん。」


 後ろから書類抱えて付いてくるシャンティと駄話をしながら階段を上り執務室の近くまで来るとセンタクス城内では珍しい繊細な調べが流れてきた。


 「おや?」

 「ヴァイスハイト閣下……吟遊詩人でも呼んだんでしょうか??」


 二人して首を傾げる。まぁオレはヴァイス先輩が相応に吹奏楽器使えるのは知ってるからその点は驚かないが調べからみて合奏だ。リセル先輩もやれない事は無いけど標準以下と厳しい採点を家庭教師から受けているからやりたがらない。オレ? 舐めちゃいけない。そのリセル先輩以下の御墨付きを貰って放逐された。――オレの喉からソプラノなんてでるかっつーの! カストラートじゃあるまいし!!――今いると思われるのはカロリーネ位か? あの武辺一辺倒からみてそんな柄じゃないしな。


 「失礼します。」


 衛兵の敬礼を受けて入ると絶句せざるを得ない。そこにはこの時代ありえないトリニティを彷彿とさせる光景があった。

 いつもと違い白い貴族のスーツを纏ってコンセルヴァトワーム(オーボエ)を吹き鳴らすヴァイス先輩。

 珍しく灰黒地と白金ラインのイブニングドレス――あー、ディナスティでかっくん攻撃の後買わされたアレか――を纏い背丈ほどもあるダブルベースを弾き鳴らすカロリーネ。

 机に置かれたケルティックハープが誰もいないのに勝手に弦を掻き鳴らしていると思いきや、人形が座る位の座席が着き操作球を慎重に魔力で手繰りながら妙なる音色を爪弾くアル。

 隣でうっとりと聞き入っているリセル先輩はさておき、見た目後の世、クヴァルナで起こる神格位争奪戦ゲームのメインメンバーじゃないか! あれ? 確かゲームではアルはエルフの杜に送られて転生し、ヴァイス先輩と再会するんじゃなかったっけ? 少なくともあの銀髪娘は人間なんだがもしこの三人の転生がアイツ等だったら……カロリーネ、大抜擢じゃないか! 単なるネームド武将からメインヒロインだぞ!! いくらこの世界転生制度があると言っても死後だし褒めてもどうにもならんので自重する。
 静かにソファーに腰掛け観賞する。そう、この音楽もお馴染だ。まさかこの曲が此方にあるとは思わなかったしな。220年後の神殺しと魔人帝、そして神の座、王座からすら転落してしまった少女の放浪記……正に英雄邂逅の物語、そのテーマソング。
 オレはあの時代まで生きる等考えられない。オレは人間族に過ぎない。寿命だって残り30年あれば御の字だろう。だがそれでも、傲慢とも驕慢とも言われようが己の野心のまま突き進むのは理由がある。静かに反芻する。

 
納得できないからだ。


 英雄が、英雄だけが全てを背負えば良いというものではない! この世界は元の世界とは違う。只の有象無象とも言える一般人と真に英雄と言われる程の超絶的な強者が並列し、方や支配されるが当然、方や支配するが当然という偏った考えに依存している。あぁ、確かに高貴なる義務とかいう論理は此処でも存在する。だがそれはあくまで力の差が歴然としているという事実がそうさせているに過ぎないんだ。辺境を見れば弱肉強食の世界なのは当たり前だ。


 「どうしたんですか? 曲がお気に召さないとか??」


 アレ? 思わず口にしたか。やれやれ、この性格も何とかしないとな。参謀役がボロボロ内心吐露なんて謀将失格じゃないか。小声でシャンテイに返す。」


 「そうじゃない。指揮官と兵士、余りに力の差が歴然としていてな。先輩達やシャンティ見たく万夫不撓の勇者がいると思えば、農作業すら苦労する庶民もいる。オレは其処が不公平だと思うんだ。」

 「?」


 そりゃ力を持つ者からすれば解らんよな。先輩は政治家として指導者として一級と呼べるだろうし戦術家としても標準以上、しかもこれで女性に対して甲斐性凄まじいわ家事万能で出来るわ、演奏家としても舞台に立てるわ……どう見ても向こうの世界から見て異常(チート)だ。これが先輩だけなら天才で済むだろうがこの世界各国の指導者クラスって軒並みこんなのばっかりなのよ。世界において個々への才能の配分が偏りまくっているとしか思えない。
 ハテナマーク浮かべてるシャンティだってそうだ。剣士として既に一流に近い上に貪欲に魔法術式を勉強しオレやカロリーネの補佐として軍官教育を同時並列で受けている。海綿が水を吸収するどころか電動ポンプで泉の水を根こそぎ吸い出すような勢いでだ。受験生でもこんな馬鹿げた事は出来んぞ。何かを思いついたのかシャンティがこそっと呟く。


 「えと、シュヴァルツ様が魔導兵器で兵士の底上げをしてるのはそれが理由?」

 「それもあるな。兎に角、素質だけで好き勝手していい状況になっているこの世界をオレは少し疎んでいる。それじゃ神々と同じだ。奴等も力を背景にラウルヴァーシュ大陸で人間の想いを踏み躙っている。どんな善なる神の善なる御心であろうともね。『只人と侮るな』、だからオレはメルキア国家主義の権化なのさ。」

 「あんまり得な事じゃないし、そもそもシュヴァルツ様だって一騎当千の勇者だと思うよ。レイムレスでまさか私の上官があんな常識を覆す戦争したなんて信じられない。」

 「空挺降下なんてちょっとココを使えば誰だって思いつく類さ。」


 頭を指でツンツン、


 「そうかなぁ?」


 シャンティますます首傾げてしまった。確かにその懸念はある。オレの前世知識だけでなくちょっとした思いつきでも『其の発想は無かった!』『狂気の産物!!』『お前の頭どうなってんだ!?』の連呼、オレの知的体系とこの世界の知的体系が全く異なっているんだ。逆にオレの方が『人型機動兵器? アニメじゃあるまいし』と侮れば実際作ってみてこっちの方が有効で強力。魔法術式がある以上、物理法則が違っているのは解っちゃいるんだけどね。
 静かに立ちあがり気分を落ち着けて曲の繰り返し(リテート)に合わせる。オレじゃ原作の音階であるアルトどころかバスにしかならんけどな。あの三人のグラフィック、そしてオープニングデモに合わせ謡う。
 おや先輩達反応した。意図的にオレの声に合わせ音階を下げてくれる。悪いなと内心で謝りつつ220年後の彼等の邂逅と彷徨、それを想い歌詞を曲に乗せた。





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(BGM  覇道 戦女神VERITAより)



 休憩が終わると部屋にはオレとヴァイス先輩だけが残された。カーテンが閉め切られたと言う事は一応悪だくみの類という事だな。先輩が執務籍の背もたれに寄りかかりオレが執務机の角に尻を乗っけ姿勢だけ先輩の方に向ける。


 「ナンバーツー同士で結論は出たか、ルツ?」

 「感触は良いですが、話が大きいですからね。先ずは手近に使える予算でザフハを潰す。その上で……」

 「アンナローツェの裏切りを発動させ、準備状態で溜め置いた『国家総力戦』へとメルキアを移行させる。アンナローツェ傭兵軍の間者から報告が上がってきている。全てルツの想定通り、気味が悪いくらい愛想が良いと報告してきたなあの傭兵軍司令。御蔭でアンナローツェの内情は筒抜けだ。」


 この場合間者が公然とした外交官として扱われるからな。資金を与え、傭兵軍から見たアンナローツェのザフハの戦争情報を調査する。傭兵軍司令フェイスは若いながらも卓越した統率力と冷酷さ、そして金の力で虎狼の塊である傭兵を使いこなしている。
 実は彼のアンナローツェという国家への復讐が『アンナローツェの裏切り』の実態なんだ。金の亡者とこっちにも聞こえてくる位だが、実は金への歪んだ復讐が彼の行動原理。そりゃそうだ。前国王に男娼として買われ、使い捨てられたという事実が彼を駆り立てている。女色より男色の方が根が深いというがその典型だ。
 これと現アンナローツェの光陣営国家とは思えない程の金権・情実大国ぶりから滅んで当然と吼えたいとこだが、こちとらそういった社会的権力者が呻るほどいる世界の出身だからね、『何を今更』て感じ。それに政治的生娘のマルギレッタなんぞ放り込んだら政権中枢が機能不全になるだけだ。

 「そのまま傭兵軍司令を唆して我々が漁夫の利を得るでも良いのだが?」

 「オレとしてもそうしたいんですが、そうなるとフェイスの悪行にメルキアが加担したことになります。結果という但し書きをつけてもオレ達は何も知らず国際法違反に激して何もかもぶち壊しアンナローツェを占拠した。その陰で、」

 「ザフハとアンナローツェの同時抹殺……俺達の策謀そのものを闇に葬るか。マルギレッタ王女……いや女王に関しては。」

 「公式に列強と謀って王家取り潰し、身柄については先輩にお任せしますよ。オレじゃ娼館に売り払う事くらいしか出来そうもないですから。」


 え? 外道の極み?? いや、オレが元国主なんて拾ってどうするよ??? シルフィエッタだって身分を偽り、しかもエルフ諸国家から縁切りされているからこそオレの傍に居られるんだ。王族の処遇って滅茶苦茶難儀だよ。だから一番良いのは零落させヴァイス先輩が囲って皇帝になったと同時に後宮に収められる。この既定路線を引いてしまう事だ。実態はエピローグ通り商人として生きたりでも良いんだけどね。
 潰した国家の王族を処遇しないというのは潰した国家が蛮族相応と周辺国から見られる事になる。アヴァタール東方域だけなら根こそぎ潰して併合するから良いが、中原全体の列強まで考えると『仕方がありませんでした』の言い訳になる証拠は欲しい。だから

 
マルギレッタ女王は生かし、フェイスには死んでもらう。


 ……しかも勝手に彼女に自省という心の傷をつけて死んでくれるからなお都合が良い。実質女王もアンナローツェも最後の最後で彼によって救われたとも言えるが諸悪の根源をこいつに着せるのが一番だ。
 ふと見ると先輩にまにましてる。あぁ考え過ぎたか。また白昼夢に浸っていると思われているんだろうな。


 「ルツにはもう一つ悩み事を増やそうと思ってな。対ザフハ宣戦布告二月で行けるか?」


 え? 予定前倒しするの??


 「行けなくもないですが随分乱暴な事になりますよ? 半年間力を貯め、残る半年で一気に両国を潰して併合する。何かありましたか??」


 無理はできない。幾らでも予算や資源が湧き出すゲームと違い継戦能力を尽きさせては二年というタイムリミットを超過してしまう。正直獲得領土全て失ったとしてもメルキアがヴァイス先輩によって中興したという結末さえ手に入ればゲームクリアともいえるんだ。計画を早めるという事はそれに無理がかかることになる。先輩が引き出しを開けて言う。


 「其のアンナローツェが保たん。」


 取り出した手紙を空中で弾く。其れをオレが受け取り一礼して――当然、印章はアンナローツェの光陰麦に八鍵十字、つまり親書だ――拝読する。うーむ状況は悪化の一途か。


 「【ガウ長城要塞】が陥落、交易路の一角が奪われましたか。」

 「次は本命の【交易都市アニヴァ】だ。恐らく半年以内に陥落する。そうすれば……。」

 「背後にいたユン=ガソル(スポンサー)が最後の一角【イウス街道】を占拠、一気に講和条約に持ち込むと言う腹ですか。此方の策動を全く同じ手で先回り。」

 「「面白く無い(わな)」」


 二人でハモる。なんだかんだでこういうとこ何故先輩と息が会うのか良く解らん。だけどさぁ……親書を元あった引き出しに投げ込んで呆れの一言、


 「やっぱ女王様バカでしょ? 暈しもせず情報開示して直截に『どーすればいい?』って他国の指導者に……情報漏洩どころか売国もいいところだ。」


 いやま、ちゃんと上品な字でそつなくまとめた文章。しかも読み易い。だが内容が内容だ、暈したつもりでも情報揃えられるオレから見れば国家機密だだ漏れしまくり。先輩だって名目上は国家指導者じゃ無く軍事指揮官に過ぎんのよ。自分の配下と同じ感覚で意見求めるなんて何考えてるの。


 「だが信頼できる。」   おぃ……慌てて遮る。

 「情なんざ後でいいじゃないですか。どうせ先輩が囲えるんですし零落しても彼女の価値が下がることなんてありませんよ?」


 誠実は国家指導者にとって諸刃の剣、コントロール出来ないならばエゴイストになれ。伯父貴の至言。彼女の誠実さは人間として好感を持てるが国家指導者としては害でしかない。先輩もそれに感化されるべきじゃない。微笑みながら先輩オレの髪を弄り始めた。


 「変わらんなルツは。冷徹に情報を収集し分析し判断する。其の力も権限もあるルツにとってはマルギレッタ女王陛下は只の馬鹿娘にしか見えないだろうさ。だけどな、お前みたいな考え方をする人間そのものが異常なんだぞ。」

「……」


 オレの後ろ髪を握り緋色の滝を拳から滴らせそれに接吻する先輩が言う。


 「此処はオレ達の世界だ。オレ達が生きている時代だ。知識に囚われるな。お前が夢見た叙事詩はお前を振りまわす為にあるのではなくお前がそれを振うんだ。」

「…………」


 最後に先輩の青い瞳がオレを撃つ。


 「人を信じろ。この国に絶望しても世界を悲観するには俺達は早すぎる。」


 そうでないかもしれない。いや、そうかもしれない。あの雪の日の路地、返り血を浴びて喜悦と自嘲に歪んでいた先輩の姿。何もかも征服し全てを手に入れても渇きを止められない覇王、その兆候を彷彿とさせる物だった。
 しかし先輩は挫けなかった。オレが提示したゲームにおけるいくつかの未来、あえて苦難の道を選び、そしてその痛みを和らげると言う不可能とも言える道を選択したんだ。だからオレは常に最悪に備えている。悲観に備えている。二月、それで出来る宣戦布告の最大のメリット、アンナローツェに一息つけさせしかもメルキアが利益を引き出せるようにする。それを考えようとすると。外のドアがノックされた。


 「入れ。」


 先輩の声とともに扉が開いてカロリーネが入室し敬礼する。


 「失礼します。バーニエより導信、『滅せぬ双剣東宮に向かう』以上です。」


 まさか彼女が来るのか? レウィニア最強、一人で一軍に匹敵する神格者にしてかの国最強兵団『不死騎兵隊』団長。彼女がオレの構想するザフハ潰しの切り札【アヴァタール連合軍】に加わる。オレの驚愕を余所に先輩は嘯いた。


 「なにも努力しているのはルツだけじゃないってことさ。」



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