――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


 (BGM  寄り添い合って 神採りアルケミーマイスターより)





 ――ほの明るい燭台の焔と魔法光、桃金色のカーテンの中、オレの背に柔らかく腕が回される。


 「もう……まタ考え事、お客としてボクの事見て欲シいんだけどな。」


 オレは前を向いたまま腕を後ろに回し其の濃い茶髪をクシャリと撫でる。彼女の種族からしたらこの色は珍しい。彼女達の色合いはもっとカラフルだ。しかも背中に押し付けてくる起伏がまずありえん。もっとばいーんぼいーんなダイナマイトばっかりだから!


 「逆指名される覚えは無いけど事情が事情だしな。廊下でやり取りじゃ不味かったのか?」

 「半分ワ、ボクの興味。ちーっともこっちに顔出さなくなったしね。そんなにシルフィが可愛いワけ?」


 おいおい、そっちでも事情は知れ渡っている筈なんだがリリエッタさん何やってるの? 直属部下でしょ?? ニッコリ笑いながら彼女がオレの頬に手を当て首を回して背後を向かせる。勿論両者素っ裸だから今更何を赤面の必要がある?


 「じょーだん、ボクの変装を見破られるとは思ワなかったから……だけじゃナいかな? この街に来てから気にナってたのさ。一流の謀略家の癖シて部下を使おうともしない。むしろ一回きりの伝書鳩を駆使して大きなコとをやってのける。ボクの正体に気づかないとあの牽制は意味を為さナいから。」


 そう彼女を城内で見咎めたのは偶然だった。軍事区画に隣接する兵士居住区に迷い込んだ侍女、初めての奉公に勝手が解らないと言えばそれまでだがシルフィを身請けした時の娼婦全員集合、その魔力波長、と原作知識から辺りをかけ誘った。正体を公表しないと暗喩し彼女の後ろ盾をすると共にリリエッタ経由で対ザフハ諜報について貰ってる。まさか伯父貴もヴァイス先輩を監視する『目』(オレ)が接触の無い筈の『手』を勝手に使い始めるとは思わないだろう? 先輩に手を出す駒を一つ奪い、それを伯父貴の文句の出ない形で使って見せる。二重スパイの典型的な作り方。


 「それがオレの限界、伯父貴と違ってオレが二流である事の証明さ。人を使いきれず相互利益のみで……」


 コラ! ディープキスで反論ごと唇塞ぐな。まったくもう……睦事は表面上の体裁、それをある程度は本気でやる当たり彼女も睡魔族らしいとは言うべきか。一人で来れば周りが鬼の様に突っかかって来るから当然ヴァイス先輩同伴、今頃『自称妹』のフランチェスカ辺りと数戦交えているんだろうな。
 まーったく、従士や侍女の恰好でセンタクス城内に入り込んでいた彼女、最悪の事態に対する伯父貴のヴァイス先輩暗殺、その『手』がゲームで言うリリエッタの娼館第四戦目キャラ、ぺたん娘睡魔ことミリアーナだとは最初気付かなかったわ。唇を離し彼女がコクリと首を傾げて話し始める。


 「でも、いいワけ? そりゃシュヴァルツもヴァイスハイト元帥の部下だから命令遂行は義務だけど二月じゃ【気にいらないからブン殴る】になっちゃうよ?」

 「其の為の情報提供さ。クナイ百騎長から例の部隊の出所が解った。ザフハの北、ケレース荒地の鬼族共だ。ザフハも国を建てるために北辺の魔族と袂を別っている。それが再びつながった。有り難いことにこれで国家侵略から蛮族平定までハードルを下げられる。これが証拠付きで明らかになれば今の首長、アルフェミア・ザラがいくら弁解しようがアークパリス大神殿が十字軍という難癖をつけてくる。その間隙をメルキアが狙うのさ。」


 さらに砦を隠れ蓑としたノイアスの違法研究所襲撃はザフハの手引きがあったとも強弁できる。鬼族の狂猛さはつとに有名だ。通り道にある全てを殺し犯し奪い進軍する。いくら使い捨ての兵力に出来ると言ってもこれではどんな国も傭兵として用いないだろう? ザフハなら獣人族の部族、鬼族を雇うより統制が利く。
 しかし砦を襲った鬼族共、敗走して気が立っている状態でもザフハの点在する部族民を襲おうとはしなかったらしい。余程前払いが良いのか、それとも……恐怖で統制できる誰か(ラクシュミール)が応分の報酬を得て動かしているのか?


 「ん〜〜? そレ逆じゃないのさ?? アルフェミアが首長になって俺様最強の全首長ハ排除された。其の娘(ネネカ)に裏切らレてね。そして各部族の合同会議ヲ開き、ザフハは真の意味での首長国になりつつある。表向きアイツ等(アークパリス)は闇陣営を嫌っても安定シた国ならば黙認する。」


 おや、オレの思考の方がずれた。慌てて話を合わせる。


 「赤の太陽神(アークパリス)的には『叩き潰せる規模の敵』が欲しいのさ。北辺全部攻撃目標にして泥沼になるよりはザフハが纏まった所でそれのみを潰す。都合良くアンナローツェのマーズデリア神殿が苦境に陥っているからね。光陣営の軍神を報じる光陣営の国家が敗北する事は認められない。其れを理由にザフハ=アンナローツェ戦争に介入し、軍神に恩を売ると同時に腐敗著しいアンナローツェを自分達の都合の良い様浄化する。そして……」

 「アンナローツェをメルキア教化の策源地とするワけか。何処が光の神なんだか。」

 「向こうも【気にいらないからブン殴る】はそうそう使えないからな。いくら正面から堂々と……そう言っても最低限の詐術や陰謀は使うさ。」


 全く持って油断がならないアヴァタール東方域だ。寧ろ国よりこういう神殿勢力の方が厄介。このディル=リフィーナでも先史技術、その改変である魔導技巧を奉じるメルキアは現神によっては腫れ物の様な存在だ。40年前にアークパリスはメルキアに神格者を送り込み、教化しようと試みたのだが大失敗に終わっている。其の記録は見た時オレも驚愕したんだが、今後クヴァルナ大平原に侵攻してくるパッ金石頭天使(フォルザスレイン)が一翼を担っていたと言う位だからどれほど危機的な状況か解る。
 それでも撃退した。確かに其の時メルキアの一軍を率いていたのが現北領元帥たるガルムス閣下だしな。そう考えれば高位魔族のグラザ相手にあの荒ぶり様も納得だ。――ホントにコイツ発狂した時オレ達で押さえられるのかよ?――皇帝家が以前よりも況して魔導技巧に狂奔するようになったのも、ガルムス閣下がゲームでも話したように見果てぬ神格者への道を志したのもこのころと言うからなんともはや。


 「つまりオレとしてはアンナローツェへのアークパリス介入という最悪の敗北は避けたい。だが前提条件として最低限の体裁だけはつけたい、そんなところだ。」

 「なら拡大解釈ダね。尾鰭をつけてノイアスのザフハ匿いをデっちあげる。調査の為軍を入れろという挑発を繰り返して相手に先に手を出サせる。自演対象は大陸公路の関所か護衛隊、警備隊が狙い目?」


 何処ぞの超大国の戦争吹っ掛けじゃないがそれだけじゃ足りないと頭を悩ませたんだ。唯々諾々と要求を呑んだらこっちが打つ手がない。それに情報が嘘であっても瓢箪から駒であってもアルフェミア・ザラからすれば言い逃れができる口実が出来るだけだ。却って信頼醸成のためなんぞとグントラム大要塞の兵を引き上げられアンナローツェ戦線に回されたら事。だからミリアーナの耳元でごにょごにょ…………


 「ひっドーい! 難癖以外の何物でもないでしょソレ!! しかも其の最大の受益者ワこのメルキアでしょ!?」


 呆れ返って大声出したミリアーナに笑って答える。そりゃそうだ、某超大国分裂戦争の時のプロパガンダとその後の晴れて奴隷から解放された人々の末路。お題目の善意が被支配者の無知と支配者達の既得利権によって踏み潰され、指導者は暗殺と言う手段によって英雄に創り変えられた。其の問題は200年経っても憎悪と不信と言う感情のまま其の国に蟠っている。


 「そうだ、其の難癖すら利用して獣人族の今と今後を突き付ける。前に言っただろ? アルフェミア・ザラはある種の観念的原理主義者だと。善悪で国家を語るのは為政者にとって最悪の失政、彼女は其の考えを己の内に秘めているからこそ今の治世が成り立っているのさ。もし彼女が未来を正当化できなくなったらどうかな?

 「交渉の場で刺されても知らないワよ?」

 「それこそ望む成果が得られるだろ? 特命全権大使への直接的危害、宣戦布告には十分だ。(……むざむざ殺されてやる気は無いけどね。)」


 最後の言葉は口に出さずに置く、最初の言葉でミリアーナ此方の掌を己の首に導き自分の手はオレの急所に這わせる。睦言で双方の急所を押さえ合うというのは無理心中一歩手前またはそれ前提の事をやると言う事――この場合この陰謀の実務面、つまり交渉での黒い手(あらごと)を担当させてもらうという暗喩だ。素早く防諜面での彼女の位置を描きながらオレはとりあえず当座を放り投げ彼女に嬌声を上げさせることに専念した。





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(BGM  神憑るもの  冥色の隷姫より)



 「只今戻りました。」

 「シルフィ、お疲れ様。」


 実は一度セラヴィ送り返した後に戻ってきたんだが再び送り出したオレの策謀、それが結果を伴って帰ってきた。ホント御苦労さん。エルフ国家の内情を探らないとこのゲームで先手を打つことは難しいことになる。魔導巧殻はドワーフの魔導だけでなくエルフの魔法も元になっているからね。
 今、ヴァイス先輩の所の応接室ではエレン=ダ=メイルの外交使節が来ている。当然ヴァイス先輩と同伴しているリセル先輩には想定できる事柄を時前に話し、対策してもらってる。向こうとしては害のないブラフを仕掛けに来たとしても少々面白くない。向こうが何もない事をさも何かある様にしてヴァイス先輩を一格下だと誤解させる。今回の会談、向こうはそんな筋書きなんだろう?
 先ず此方は魔導巧殻の事に触れずになおかつジルタニア皇帝とエレン=ダ=メイルの『存在しない』密約に興味がある様動く。そして相手が信頼できるかどうか我々を計る前に此方が内懐に飛び込み彼の国がメルキアと一蓮托生にならざるを得ない状況に持っていく。オレと先輩が狙っているのはそんな所だ。
 個人的にはもう一つある。ゲームでもある様に魔導巧殻・アルとエレン=ダ=メイルの女王であるエルファティシア・ノウゲート陛下には何らかの関係があるとオレは睨んでいるんだ。晦冥の雫の封印中核としての重要性以上に親愛に足る何らかの繋がりがないとゲーム中のあのセリフは出ない。特に本来の魔導巧殻の作り手であるエルフ氏族、その女王陛下が道具であるはずのアル閣下に懇願し、それを否定の一喝だけですごすご引き下がってしまう等異常だ。
 シルフィエッタに予め依頼した案件、『エルファティシア・ノウゲートと魔導巧殻・アルを稼働させている魂魄の背後を洗え』これを聞きたいのが第一だ。シャンティが侍女姿でティーセットを運び、そして脇に控える。――うーむコスプレにしか見えん。失礼だがメイド喫茶以下だ。


 「で、どうだった?」  質問にシルフィエッタは簡潔に答えた。

 「始めたばかりですのでまた派遣をお許し頂けますでしょうか?」

 「成程、そんな所か。ま、無理はしないでくれ。」


 オレだっていきなり情報掴めなんて強要してないから! 前回はセラヴィを送り届けつつ女王陛下とシルフィエッタのラインを作る。今回はエレン=ダ=メイルやエルファティシア・ノウゲートにオレ達が取りつくしまがあるかどうかという確認をしたんだ。え? 彼女がジルタニア皇帝すら脅して秘した情報に辿り着ける訳は無いって?? 
 実はそうでもない。王族同士の会話、周辺情報から関係を洗い出すこともできる筈だ。オレが知りたいのはあくまでアルとエルファティシアの関係、魔導巧殻や晦冥の雫関連の情報なんざ確認以外に必要無い。オレの自前知識とゲームに無い周辺情報から先へ先へと状況を進め、封印引き籠りのジルタニア皇帝や気の長い邪神復活劇を企む闇の月女神・アルタヌーを出し抜く。


 「ただ、メイルの書庫と、レノアベルテの封印庫のお話を聞いて頂けますか?」


 ゾクリと背筋が震えるのを感じた。彼女からではなく彼女が発した戦慄すべき地名、レノアベルテ……彼女からすれば思い出したくもないリガナールの地名。其処とエレン=ダ=メイルに何らかの関係がある? ようやく詳細を思い出す。
 リガナールエルフ諸王国の名で知識の管理を司り、破戒の魔人・イグナートが最も欲したであろう場所。しかも彼女の弟がイグナートの属国と化した祖国から避難し、そしてイグナートの侵略の前に己の魂をルリエンに売り払うことによって【神憑るモノ】――神格者どころでは無く神を憑かせた神の子――と化したリガナール終わりの始まり(ラストバトル)の地。


 「シャンティ、簡易封印を。」


 魔導技巧による自動封印――殆ど気休めでしかないが誰でも起動できる――をシャンティが構築すると、オレは紅茶の入っているカップに果実酒を足し一気に呷った。『酒の上での話に止め置く』と言う意思表示。何しろオレの知らない情報の上、シルフィエッタがきつ過ぎる。彼女に無茶な依頼をしても彼女の傷をむやみに抉るべきではない……甘いなオレも。


 「魔導巧殻という単語はレノアベルテの禁書庫にも無かったのですが、強大な力を持つ御物を利用し其の力と封じつつ利用する、そういった神の御業は存在していたそうです。」


 へ? 意表を突かれた。アルは魔導巧殻なのでそっち側の技術知識もありえるがエルファティシアとは何の関連性……背筋の寒さが悪寒に変わる。彼女は最後何と言った!?


 「神の御業、魔導巧殻には元となったオリジナルとも言うべき何かが存在していると言う事か?」


 そう単独では制御不能の神の御物を生贄となったエルフの魂が制御し自己保存行動可能な自律戦闘兵器を構築、これをもってフレキシブルな封印器として扱う。それが魔導巧殻の正体だ。それはエルフの秘術(まほう)とドワーフの技巧(まどう)が合わさり始めて形になったとされている。それをシルフィエッタは模倣に過ぎず神の御業、つまり神が神力を行使し奇跡をおこした結果と言ったのだ。それを疑念として話す。仕方がない、本来こんな事は危険極まりない故に話すべきじゃないんだが爆弾すぎる。


 「はい、恐らく表向きはそれで正しいのでしょう。でも考えても見てください。現実そんな事がヒト(エルフ)に可能ですか? 確かに全盛期のドゥム=ニール古王国やエレン=ダ=メイルなら不可能でもないのでしょうがそれを創り出す時には双方とも暴走した魔物の群れの前に滅亡寸前だったのですよ??」

 「シャンティ! 時代背景関連の書持ってきてくれ!!」


 大抵メルキアの執務室に置いてあるメルキア古史と王朝史、それに地史を引っ張り出し精査する。なんてことだ! ゲーム背景における“晦冥の雫 初稼働事件”に繋がるとは。


 「魔導巧殻が作られたのは大凡900年前、メルキアが未だ都市国家だった頃だ。表向き魔族の大襲来と言うメルキア最初の危機とも言われているが、ドゥム=ニールにて封印されていた御物の稼働による混乱の一環だったとすれば説明が附く。そして滅亡寸前にまで追い込まれたエレン=ダ=メイルはこの時にエルフ諸王国(エレ=セイラム)から大量の移民を受け入れた。つまり此処を境にしてこの国は別の王朝に交代したとも言える。事態の隠蔽にはもってこいだ。」

 「じゃ、シュヴァルツ様は其の時にアル様が作られたと考えているの? でもこの表現方法って。」

 「ディジェネール地方の【忘焔の山事件】と全く同じです。あの時も誰かが神の御業を振い何かを起こしたのだと…………」


 シルフィエッタの話その前半、これは簡単に思いあたる。これを知るのは其の当事者すら知らない事だがゲームプレイヤーなら第一人称視点でしかないからな。それ以降の話に戦慄する。ありえない……四体の魔導巧殻と矛盾している。


 「神殺しの誕生だ。……いや、驚かなくてもいいよ。それは今回関係がないから。だが魔導巧殻の誕生、その基礎理念はエルフやドワーフの魔法でも魔導でもなく神の奇跡そのものとは。しかし其の時に創られたのは一対だと? どういうことだ??」

 「正確には二体です。一体はドワーフの鍛冶神ガーベルとエルフの守護女神ルリエンが介入したそうです。安全装置としてスペリアから一つの御物と神格者が送られたとレノアベルテでは言い伝えられていました。」


 スペリア……西方と中原の結節点になる都市、過去より其処を支配しているのは一つしかない。開拓団、審問団、細かく見ればそれを信じる冒険者も一所に留まる事を良しとしないが其処だけは違う。地方の神殿を統括する各々の神々の中枢――大神殿――どころではない。彼の神の使徒たちが赴き、そして還る聖地。即ち、

 
嵐神バリハルト総本山!
 

 其処から御物が送りだされた!? 半端な事態じゃないぞ!! だがそれでも数が合わない。


 「矛盾しているな。魔導巧殻は月女神に対応した四体、リューン閣下、ナフカ閣下、ベル閣下、アル閣下しかない。となると数が合わない。」

 「もう一つあります。この御技には序列があります。真なるものは御物の光を当てて輝く恒陽、属する者はその光の反射をうけて輝く従者にしか過ぎないとか。そうなるとますます可笑しいことになります。御物は2つ、今ある魔導巧殻は4体、そして一対という伝説が本当ならば。」

 愕然として立ち上がる。ゲームと違う!? いいやこれがゲームで見えなかった真実だと!! 少しゲーム情報を考えれば解る。真なる魔導巧殻はリューン閣下ナフカ閣下ベル閣下と違い本物の御物を使用している。そう考えるのが自然だ。つまり真の魔導巧殻は真なる御物、【晦冥の雫】を搭載するアル閣下のみ、残るメルキアの三体はオプションでしかないと言う事だ。此処までは想像できる。だが……

 「もう一体、真なる御物を搭載した魔導巧殻が存在するだと。」

 「それもメルキアに、しかもアル様への安全装置として。何故安全装置なのは簡単です。介入した存在、光の現神は青の月女神の妹君から権能を奪ったとされる古神の娘・闇の月女神アルタヌーを敵視していますから。特に古神の存在すら許さぬ現神、嵐神バリハルトなればこそ。」


 シルフィエッタの結論がオレの描く中興戦争を丸ごと書き換えていく……そしてあれほど危険な御物を現神共がヒトの封印如きで放置していた理由も。ははは…………今上の階でこっそり使節に紛れこんできて先輩達と腹の探り合いしてる女王陛下に聞かせてやりたい位だわ。
 オレにとっても危機的状況だ。ゲームの様に思う通り進まないのは想定済み。だがこのゲームに限っての製作側制限『神の影響を極力出さない』をひっくり返す情報。本来交渉の場に突撃してやりたいがそれはもう交渉どころでなくなる事を意味する。


 「話を戻そう。これとアル閣下とエルファティシア陛下に何の関連性がある?」

 「アル閣下の御魂になった女性の方です。シュヴァルツ様が魔導巧殻には生贄が必要と言う事で確信が出来ました。どう見てもエルフの魂ではそんなことは不可能ですから。神格への道を歩み始めたルーンエルフでも同じことです。ならば可能性は只一つ。」


 そこに繋がるのか。中原アヴァタール東方域のメルキア、西方リガナール半島先端部レノアベルテ。繋がる筈もない遠方の両国、【魔導砲・プラーダム】だけではなかった。


 「シルフィエッタ……それはエルフの魔術師達が君の弟君と同じ【神憑るモノ】を創り出し、贄として捧げたと言う事か?」


 もう傷を抉る等言っている場合では無い! それにこれを話してくれた彼女の決意に答えなければならない。唇を噛んで彼女が恐るべき言葉を口にした。


 「はい、そこで気が付きました。本来ノウゲートという氏はルーン氏族に無いのです。エルフ語で直訳すれば簡単、ルリエンはノウゲート――即ち「(命を)擲つ者(の意)」を忌みます。エルフに自殺は魂の重罪でもあるのです。それが900年前に突如現れた。勿論家系にも血族にも矛盾は無いのでしょう。そうエルフの俗世に掛らぬ者で決められたのであれば誰もがそれを信じます。そしてエルファティシア陛下が生まれたのは丁度その頃。彼女は本来エルフとしての生の祝福を【俗世に関わらぬ者】では無く自らの母親から受けたそうです。これ自体既に異常です。」


 エルフの【俗世に関わらぬ者】ルーンエルフの神格者を中心した神の使徒達と言えば概ね正しい。彼等は人界と関わりたがらないエルフでもさらに輪を掛けて関わりがない。そもそも彼等は自分の名前すら捨ててしまう。神殺しの情婦でもあったトライスメイルの白銀公、妙な名前だと思ったらそもそも名前を捨てた役職みたいなもんだ。つまり彼女は神殺しの監視と助力の為だけに人界にいた事になる。そんなことよりも!
 たったそれっぽっちの祝福如きで、その対価が全てを押し殺して王の義務に耐え続け、女性と成長してなお己の母親の成れの果てを見守り続けなければならない苦行、挙句に其の成れの果ての破滅を絶ち、再びエルフとして転生させる為に重罪も構わず己の命を贄とする……だと! 拳を壁に叩きつける。


 「納得ヅッ、出来るかよッ!!」


 母親が子を守る為に命を差し出す、それは忌むべきだが納得できる。命を繋げる事だからだ。しかし危機とはいえ母親が兵器に変えられ、それを救うために娘が命を投げ出すだと! 転生思想? 知った事か!! 驚いて目を丸くするシルフィエッタに詰問する。


 「シルフィエッタ、まず聞きたい。それほどの情報どうやって手に入れた? 確か君がイグナートの伴侶としてラエドアに来た時からずっとあの城に閉じ込められていた筈だ。君がそれ以前にレノアベルテに行ったとしてもそんな情報を探ろうとは思わないだろう? 第一そのころは未成年の身だ。そんな場所には近づかせてもらえない筈。」


 彼女も疑念が爆発したようにオレを問い詰めてくる。


 「初めて会った時から疑問に思っていました。シュヴァルツ様、貴方の知識は半端では無い精度です。今の言葉だけでも何故80年も前の私の行動を逐一知っているのかお教え願えませんか?」


 頷く。ここまでくれば情報を双方が開示し擦り合わせを行うべきだ。


 「シャンティ、悪いが此処で退出してくれ。実は先程から本来ヴァイス先輩だけに話す事柄なんだ。その代わりカロリーネを呼んできて欲しい。側近として情報は共有する必要がある。」

 「イエッサー!」


 シャンティも限界に感じていたのだろう。連綿と長く続く国家の王室、其の暗部。それに耐えられるのは生半可な精神では勤まらない。彼女が装置を解除し扉を開くと二人がいた。二人? いやカロリーネが部屋が機密状態故に待機していたのはそうなんだろうけど。


 「御姫様だもん! あんな男から離してメイルにかえっていただくもん!!」

 「だからシュヴァルツの秘書官だって! 昔御姫様でも今じゃメルキアの役人なの!! コラ、こんのガキャ挨拶もせずに部屋入ろうとするな。田舎モンが!!!」

 「田舎モンいったな! この赤土アタマのチンチクリン!」

 「キーッ! このジャリガキ!!」


 部屋前でギャーギャー喚きあってるカロリーネとセラヴィ……報告は受けたがどうしてこうなった? シルフィエッタは公的には家名抹消、私的には零落の身の上だが外に出れば体面上侍女の一人も居なければならない。それをセラヴィに振るか、女王陛下?
 あ……歴史的には良いのかも。彼女は後のユイドラでの冒険譚でシルフィエッタの隷姫衣装着て鎖付き鉄球でモンスター蹂躙するし、ヒロインの中で彼女だけが魔導兵器使えるしな。


 「そこまで、カロリーネ。ヴァイス先輩に緊急事項と告げて交渉現場から出してくれ。途中ならなお良い。あの女王陛下のペースに乗せられるのは面白くないからな。慌てさせずとも焦らしてやろう。メルキアとエレン=ダ=メイルの件で少々オレが相談したい事が『出来た』と聞こえるように言ってやれ。直ぐオレも行く、控室で何か話しているとなれば馬脚を現すかも知れん。」

 「ハッ!」  

 「シルフィエッタ、セラヴィは任せる。仮初めでも主人は主人、侍女の弁えを躾けるのが務めだ。オレは着替えてくる。外套とナイフ(がいこう)になりそうだからな。」


 私室に入ると外から厳しく話す声と子供じみた反論繰り返され次第にセラヴィの声が小さくなり涙声に変わる。そりゃそうだ、此処はメルキア東領センタクスの中枢。そんな所で他国の侍女が粗相をしでかしたなんて事態は外交懸案にすらなりかねない。最悪、好ましからざる者としてセラヴィが送還されればそれを派遣した女王陛下と国がエルフ諸国家から面目を失いかねない。
 子供ですらこういう場面では分別を求められる、それが王族や貴族と言った物だ。さて、現状の交渉不利をどう覆してやろうか? そう考えながらオレは軍服を脱ぎ捨てクローゼットの貴族服を取り出した。





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(BGM  神と人の狭間より 戦女神ZEROより)



 此処に居る三人が三人とも顔が青い。ヴァイス先輩やシルフィエッタは元よりオレもだ。カロリーネはなんのこっちゃな顔だが一応深刻な顔をしているようだ。当然、事態はメルキアの領土拡張戦争から外れ、オレの知る内乱と中興すら超え、世界の危機に進行しつつある。
 オレ達為政者の発言から神話や伝承の事実が飛び出すようになったら眉唾と言いきれない。国家の指導者がオカルトじみた事象を真剣に討議する。向こうの世界じゃ陰謀論(ヨタ話)で片付ける類だがこっちじゃソースさえ確定ならこう言った想定をしないと国家どころか其の地域全体が破滅してしまう。神や魔神と言った連中が関わりだすとヒトは碌な目に合わない。

 
奴等は己の論法でしか世界に関わらないからだ。



 「…………つまりシュヴァルツの考えはもしアルが暴走し三体の魔導巧殻を破壊した時、安全装置が目覚め、アルを破壊にかかると言うのか? 其の結末はアヴァタールで二柱の真なる魔導巧殻が神力をぶつけ合い、東方域どころかアヴァタール五大国が軒並み吹き飛ぶという最悪の結末になる。」

 「バリハルトからして安全装置とはそのような意味ではないかと。すれ違いと誤解とはいえ嵐神バリハルトはマクル神殿領そのものを贄として自らが創ってしまった失敗作、【勇者 セリカ・シルフィル】を処分しようとした。結末はこの世にとんでもない危険要因を作り出しただけだ。今度似たような事がメルキアで起これば……」

 「皇帝陛下が事を起こす前にメルキア、いやアヴァタール全土が焦土に成りかねない、か。」


 深刻さが解ってないのは仕方がないがカロリーネが反論する。この論の方が普通だ。だが為政者側から見れば……いや神に頼らぬ、恭順せぬ方向から見るとこの世界の神々の本質が見えてくる。


 「ヴァイス様やルツの意見はいくらなんでも飛躍しすぎじゃない? そもそもそんな事をしたら現神其の物がヒトの敵になっちゃうよ。神様だって人が信じているから奇跡を起こせる。ヒトがいなくなったら神様だって生きてはいけないよ。」

 「実例があるさ。シルフィ、あの馬鹿野郎の話をしてやってくれ。」

 「馬鹿野郎? 先日言っていた事か?? 随分な言い草だが超常となってそれほど安易に力を振るえるものなのか??」


 馬鹿野郎で十分だ……オレが知らずエイダ様が宣わったリガナール破滅の直接原因。考え無しなのは彼の存在特性からすれば致し方がないが感情に任せて力を振い、しかも今から200年後に同じ過ちを繰り返す! 幸か不幸か場所が良かった事、そして未来起こる事件とは言っても評価を下げざるを得ない。
 先輩の疑問には答えておく。彼は現世に降臨した神其の物、このラウルヴァーシュ大陸に居ながら神としての権能を振るう全て【肉体・意思・神核】が揃っている――たとえ意思が脆弱な人間のものであろうともね。そして、シルフィエッタがオレすら震え上がったリガナール大戦の結末を話し始めた。これは彼女の蔑称【冥色の隷姫】を冠したゲーム、どのルートにも存在しない見事なまでの破滅的結末(バッドエンド)だ。


 「カロリーネさん。神の怒りとは生半可な代物では無いのです。私がこの目で見ていますから。リガナール大戦の折、私の夫であったイグナート様は一つの街を破却なさいました。その凌虐された民の中に神殺しの縁者がいたそうです。怒りで我を忘れた神殺しセリカ様は神の力を解放し……」

 「破戒の魔人を殺した?」


 カロリーネの疑問を交えた合槌に割り込む。失礼だが評価を下げた最大の理由がこれなんだ。だからこそ恐ろしい。あの馬鹿野郎の伴侶にして肉体、それがもたらす問答無用の権能は現神からしても反則極まりない。まだ海賊王の物語でのラエドア城内殴り合いというアペンドシナリオの方がましだ。


 「それならまだいい。あの馬鹿はイグナートの本拠【ザルフ=グレイス首府・ラエドア】に『遊星墜とし』をぶちかましやがった。」

 「「??」」


 そりゃ解らんよな。略奪遠征軍で己の目に写る範囲に全部下がいる山賊の棟梁が王になった国じゃな。本拠を叩いても意味は無い。普通は、それをシルフィエッタが補足する。


 「イグナート様の力はラエドア城の地下、私たちエルフの神域、緑の8柱の根に宿ったヤドリギから得ていたものなのです。確かに全エルフの信仰を一身に受ける神の座を例え僅かでも得られるのであればその力は膨大。イグナート様がリガナール最強の魔術師にして戦士だったのも納得できます。それをセリカ様は本来の根を傷つけず、ヤドリギにあたる『イグナート様の本体』たるラエドア城だけを蒸発させてしまったのです。」


 オレが付け加える。破戒の魔人ですら悪夢としか言えないような暴虐だからだ。そして『遊星墜とし』、たかが隕石が落ちてくるとは根本的に違う。墜ちてくるのは目標を宇宙論規模で相転移させる媒体だ。一歩間違えば世界が滅ぶ相転移砲ともいえる神造兵装


 「恐ろしいのは別に『遊星墜とし』の破壊力じゃない。イグナートを認識しただけで誰も知らない筈の秘中の秘をいきなり看破し、最も適切な処分を神の本能でやらかした事だ。つまり神の介入を招くと言うのはそういう事。ヒトが阻止どころか口を出す事すら出来ない瞬間で決着してしまう。」

 「な!……何という事を。冗談ではないのかシュヴァルツ? それでは神の不興を買えばヒト等どうしようもないのではないか!?」


 ヴァイス先輩の絶句の通りだ。簡単に言えばこうなる。あのゲーム、周回機能を駆使して己の国と軍団を最強に高める事が出来る。それやったらいきなり全体マップの外側からメガトン級核弾頭が飛んできて首都が消滅しましたという展開になった。ゲームの敗北条件は主人公の死か本拠の陥落、陥落どころか消滅してしまっては即ゲームオーバーだ。こんな事態になったらどんなプレイヤーもゲームごと端末を叩き壊すだろう?


 「イグナート様に宿っていたヤドリギの種はそれと同時に活動を開始しました。イグナート様は元より配下の軍団すら喰らって己を再生しようとしたのです。それすらセリカ様の剣技の一閃で阻まれてしまいました。残ったのはイグナート様とセリカ様、そして私だけでした……」


 結末を述べる。故にリガナール半島全体が滅亡した。一国ではなくその地域全体が破滅したんだ。80年たった今ですら国一つ無い、イグナートが来るまでエルフ族と人間族が手を取り合い繁栄していた地域がここまで荒された。最後をオレが締めくくる。

 
 「そして神力と記憶を失った神殺しはリガナールを去り、イグナートは力を取り戻そうとして自滅の道を歩み、シルフィエッタはエルフ諸国の『俗世に関わらぬ者』に捕えられた。リガナールはラエドア城に捕えられていた各国指導層が軒並み消滅した事で混乱の道を辿り、いまだ国家の一つも存在せず刹那的弱肉強食に支配された地獄と化した。」

 「…………酷い。」


 カロリーネの様な庶民ですら絶句する内容だからな。特定の神を信じずとも今までの信仰がガラガラ崩れ去っていく。この世界での神とは恩恵を与えるだけでなく人からすれば理不尽としか言えない神罰を容赦なく振う存在でもあるのだ。ま、神に仕える神官の神罰なんぞ想像できる。魔法は誰しも使えるわけではないが想像できるからな。想像すら出来ないやり方で全てがひっくり返る、それが神の御手というやつだ。
 うーむ、ここまで話しても介入して来ない。最早オレ達の話す事は禁忌という低い次元のものでは無い筈なのだが。予定外の札を切る。


 「…………そろそろ出歯亀は止めて出てきませんか。女王陛下?」

 「「「???」」」


 む……カマ掛けしてみたが反応がない。応接室で大人しくしているだけなのかな? ヴァイス先輩が意を察したのか更に発言。うわっ! 先輩容赦無いな。これで出てこなかったら陛下本当に居ないかオレ達問答無用で殺しにかかるぞ!!


 「アルはリセルと共に外に出てもらっている。少なくとも今更説得など無理ですよ。横取りしようものなら俺は帝国全軍を挙げて貴国と貴女を潰す覚悟を固めている。アルが持つ神の御物、もはやエルフとドワーフだけの秘事では無い。」

 「本当に……本当に愚かな者達だこと。我等どころか世界の秘事をこうも軽々しくペラペラと。やはり情に絆されてシルフィエッタを迎え入れたのは我が失敗だった。」


 窓側に無造作に置かれている揺り椅子に小柄な緑髪の少女が腰掛け椅子を自ら揺らしている。おぃ……何時の間にというか警戒厳重な控室をすり抜けこの部屋で幻術魔法かけていたのにオレ達が全く気付かなかったと!? とりあえず指を鳴らす。これ自体意味は無いし陛下なら欺瞞魔術なんぞいくらでもあるだろうがそれ科のやり方はある。同時にオレも反論、


 「失敗ではありませんよ。こうして陛下の拝謁と相成りましたしね。秘密を知る者は少ない方が良い……これは正しいですが現状を共有しなければ最悪の結末を辿ることに成る。其の為の最低限の情報公開は必要でしょう?」

 「何処で知ったかはあえて聞かぬ事にする。どちらにせよ皇帝ジルタニアとオルファン・ザイルードは約を違えたことになるのだから。」


 表情を変えて嘲笑する。さぁ、チキンレース開始だ!


 「伯父貴如きが全てを知り、話す事等出来はしませんよ? オレはルーンエルフ、いいや貴女を過小評価していない。ただ貴女の知っている事をオレは【知っている】。例え断片的でもね。それだけの事です。」

 「シュヴァルツバルド・ザイルード、貴公は今墓穴を掘った事に気づかぬのか? 己が謀略の要である事を暴露しただけの事。貴公を操れれば事足りる。」

 「出来ますかね。ユン=ガソルの『将軍』が逆切れした現実を見て。…………もしかしてルリエンの御力を借りればよいと考えているのではありませんか? それは愚行でしかない!」

 「……そこの赤髪に支配魔術を掛ければ良いと考えているようですが、王たるもの軽々しく御身を賭けるべきでは無いと小官が愚考します。そいつに実験で支配魔術を掛けた魔術師が狂死しましたよ。阻止はさせていただきますが強行しても本人が再びトラウマに苛まれるだけです。」

 あ、ヴァイス先輩それ言ったら駄目でしょ? 個人的な事はさておきオレの周りを操れば……成程連絡済み、そういう事ね。先程の指鳴らしの真意(フェイク)を混ぜ込む。

 「先程合図でレクシュミ閣下に来て頂いております。女王陛下もメルキアに加えてレウィニアまで敵に回す必要は無いと考えますが? そして……」


 ばーん! と扉が開け放たれオレの話の腰が折れる、と言うより勢い余って扉の蝶番まで外れた!! 正面ででーんと屹立するは、


 「オィ! 東領元帥閣下に千騎長、随分面白い事になっているじゃねーかっ!! この仮面の紳士も一口混ぜろや!!!」


 頭を思い切って振りかぶり其のまま机に叩きつける。勿論自分のな! アンタ、アル閣下と同様に場面ぶち壊しに来ないでくれ!!! あ、叩きつけた額からの視線、奴の後ろでエルフの頭痛薬処方袋ごと飲み込みそうな表情のレクシュミ閣下も見える。呆れ返った声で女王陛下が文句言う前に先手必勝!


 「貴公は!」

 「仮面の紳士、ランドルフ・サーキュリーです! 如何に体格が似て様が性格が同じだろうが別人です。いいですかアレは隣の莫迦王ではありません!! 本人から確認済みなので確定情報です!!!]


 自棄糞で暴論展開。ま、確かに間違ってはいない。莫迦王、先週にヴァイス先輩にゲーム通り言ったからな。まだメルキア重大機密漏洩事件(リセルパンツちょろまかし)やってないけど……女王陛下、タートルネックセーター解けて右肩見えてますよ? まー右目下に縦線入っててそれどころじゃないかもだが。


 「も、もっ、ももッ!」


 桃? と思ったら絶叫が飛んできた。


 「もうヤダー! なんなのこの国ッー! 帰ルー もうメイルにかえるぅ〜〜〜ッ!!」


 あ、ビックリ……陛下こんな顔もできるんだ。女王としての顔や近しい人を見守る顔、濡場の女としての顔だけじゃ無くてコメディ的な喚き散らしなんてゲームに無かったぞ。しっかし実家帰りますの嫁じゃあるまいし。あぁ慌てて本来の大使役のメイメイさんがすっとんできた。女王陛下の方が歳も能力も上だけどこうなると姉妹にしか見えん。オロオロしつつも何とか沈静化をと考えていたであろうカロリーネ一言、


 「えーと……ルツ? とりあえずお茶にしよっか??」

 「「それだ!!!」」


 オレと先輩の声が同時にハモった。 





―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  その楽園は光なき光 ~のラプソディより)



 「ふううぅ〜〜〜ん? あのおチビちゃんにそんな秘密がねぇ…………。」

 ゴクゴクとばかり仮面の紳士がジョッキの飲み物を呷って顔を顰める。彼にしては珍しい顔だ。唯我独尊豪放磊落即断即決、とばかり己のしたい事をバンと表に出して行動する彼からしても圧し掛かった物の巨大さが想像出来るんだろう?
 酒の席の話としているわけですら無い。ジョッキの中身は酒では無くもっとタチの悪いものだ。その証拠にメイメイさん顔引き攣ってるし女王陛下、澄ましてカップを啜る額に怒マークつけてるから! 超高級茶葉から抽出される【ルーンエルフの紅茶】、それを発泡酒みたいに飲む馬鹿が何処に居る!! 此処に居るか……ジョッキを置き彼が喋る。


 「結局大元は変わらんだろ? ヴァイスハイトとユン=ガソル国王がブン殴り合ってアタマを決める。あの皇帝や月女神なんざその後だ。アタマが決まれば周りだって自然に纏まるさ。」


 『理由は?』と問いかけると、彼がなにもかも解ったように吐露しはじめた。シルフィエッタや来たばかりのリセル先輩、カロリーネは壁の花。首脳会談で当事者以外が話すのは不調法だ。オレは司会者として喋らねばならないがね。一応莫迦王には配慮してる。会談を非公式扱いにして話に加えんとどこまで暴走するか解らんからな。


 「神の力で人が纏められるか? そりゃ弱者はひれ伏すだろうさ。だが弱者の振りして面従腹背する奴等を神は止められるか?? 神が疑心暗鬼になったら弱者も強者も敵に回る。オレサマから言わせりゃ西方の端っこの内乱(リガナール)だって同じさ。元から人なんざ信じちゃいない神(イグナート)と人を信じれなくなった神(セリカ)、いーや! 二人の争いなんて関係無ェな。覚悟も無しで神を引き入れた程度で終わるくらいヒトが惰弱だった、そんだけよ。」


 何か言おうとしたシルフィエッタを制す。彼は本物の神と相対した事は無い。だからこその言い草なんだがそれを言えば水掛け論だ。こういう類って本当にその状況にならないと理解はしないのよ。――それでもこの莫迦王、死の瞬間ですら己を己の信じる者の為に戦い続けかね無いがね。
 それでも彼ははっきりそれを『アヴァタールの脅威』として認識してる。それでなけりゃ神の力で人を纏める云々は出ない。本来ヒトを纏めるのは神の力に裏打ちされた宗教組織だからだ。元の世界、村一つの土着信仰が一足飛びに世界宗教に成れないのと一緒。
 と、考えてたら隣から不機嫌な声が出た。気楽な語調だが声のトーンが軽く感じられる。先輩が社交界の淑女たちと会話する時がコレなのよ。脳味噌クルクルパーな女性陣は好意と勘違いしてたらしいけど、これ発動するとリセル先輩がフォローに入って引き離した位だ。居なければオレの出番、二度とあんな真似は御免だ。


 「随分な自信だな? メルキアで俺がトップに成るのは不可能ではない。それでも足りないと言う現実に眩暈しそうだがな。それなのにメルキア以外にもザフハ、アンナローツェ、属国化したとはいえラナハイム、更には残る四大国が居る。ユン=ガソル国王がその全てを平らげる等可能なのか?」


 お? そっちの勘に触れたか。先輩だって不可能という台詞を吐いたからな。それこそ盆に積まれた菓子を評するが如くこの仮面の紳士――即ち莫迦王に一刀両断にされれば腹も立つさ。


 「当然さ! ユン=ガソルだってメルキアの流儀を受け継いでるからな。お前さん達の国だけが神に抗えるなんて傲慢極まりねぇ。天賦の才、おめぇとユン=ガソル国王が持ってるって話だがソレがナニカってオレサマも考え続けてきた……答えはこの『錆び付いた世界をぶっ壊す為に何度でも空に向かって這い上がれる者』だ!!」

 「はぁ!?」

 「「「?」」」

 「なっ!!!」

 呆れ返った女王陛下と意味が解らん様な先輩他多数の中でオレだけが絶句した! ゲーム主題歌、その最終フレーズじゃないか!? なんでこいつが知っている!? いや、こいつの性格からしてこういう所は天然と来てる。オレと同じ転生者と言う線だと本物の英雄がゲームやってて転生したなんてあり得ないような展開に成る。


 「ランドルフ、今の言葉、お前が考えた論理で説明してくれ。言葉だけなら物騒な発言でしかないからな。」

 「お? いいぜ。そこの千騎長以外にもわかりやす〜く説明するわ。」


 とりあえず彼の説明を聞く。馬鹿だ馬鹿だ言ってもこいつのオツムは馬鹿じゃない。寧ろ冷静かつ論理的だ。ヴァイス先輩と違うのはその冷静が本能で働いてリスクを超越してしまう点。そして論理性が瞬間で行動に突き進む為、説明という面倒事をすっ飛ばす。そんな感じか。天賦以上に一種の天啓の才とも言えるな。つまり一般から理解されない。
 彼も其れを知っているからこそユン=ガソルでも随一の頭脳集団にして戦闘集団『三銃士』を緩衝材として重用しているんだろう。『三銃士』これは公式な名称ではない。ユン=ガソル連合国に本来そういった役職は無く国威高揚宣伝目的の渾名みたいなもんだ。勿論彼女達も有能極まるがそれでも不可能な事をやってのけるセンスの良さは間違いなくこの莫迦王が存在しているからだ。
 己の力をギリギリまで隠し、三銃士が国の要であると他国に誤認させる。其の実態はこの莫迦王のセンスを最大限で利用できる翻訳機が三銃士だってことだ。
 説明は終わった。良くもまぁこの莫迦王も認識できるもんだわ。今のアヴァタール東方域のどん詰まりっぷりをきっちり認識してやがる。無念だがこれに関してはヴァイス先輩以上と言わざるを得ない。オレの大陸規模流通機構の再編成はアヴァタールのこの澱みを他地域への拡大という名で外部へ押し付けてしまう側面も持っている。それをなんというかはオレのいた世界では常識だ。

帝国主義



 「で、ではぎゅ……ランドルフ卿、そなたはメルキアやユン=ガソルだけでなくアヴァタール全ての国が錆び付いていると? 我がエレン=ダ=メイルも含めて??」


 エルファティシア陛下の半ば呆れたような声に、


 「当然だろう? 組織硬直の権化【メルキア】に幼児性コンプレックスの【ユン=ガソル】、己の存立意義すら立てられない【ザフハ】に光陣営と言う自慰に耽る【アンナローツェ】、分不相応な夢しか見れねぇ【ラナハイム】、止めは旧態依然な柵(しがらみ)から抜け出せない【メイル】に【ニール】だ! どいつもこいつもクソッタレさ。何時滅んでもおかしくネェ。だからこそ王が必要なんだ。既存秩序を破壊し、人の上に立てるヒト――王――が要るんだ!」


 いや……もう素で考えるけどギュランドロス・ヴァスガン。貴男他国は元より自国を其処までクソミソに言わなくても良いんじゃないですか? コノ人、今アヴァタール東方域全国家に喧嘩売ってるよ。だから莫迦王、己の莫迦を押し通す真のバカか。だが莫迦では勢いだけでしか人は附いてこない。こういう奴は本来一軍一城の主になれても国家を運営することなんてできやしないんだ。其の論理で世界を動かされて堪るか! 渋い顔で反論、


 「新しい秩序は必要だ。だが急激な変化はこのアヴァタール東方域に甚大な被害を与える。既存秩序の破壊が新時代の始まりとは限らない。」


 実例はリガナールだ。いくらラエドアに捕えられていた各国要人が消滅しても国家はそう簡単に揺るがない筈。其れが総崩れになった。組織の不在という理由では説明しきれない要因だってあり得るんだ。オレの反論に莫迦王は嘲りにも似た一言で返す。そんなこと等想定済みだ。


 「それを手前が言うか【宰相と公爵の懐刀】。お前が今やっている事全部否定していると同じ事だぜ。」

 「違う、状況が変わった。オレが想定していたのは神の介入が無いアヴァタール東方域という前提条件あってこそだ! 神が介入してくるのならそれを騙す為に……」

 「同じさ! シュヴァルツバルド・ザイルード!」

 「まて! シュバルツ、ランドルフ卿も言葉が過ぎるぞ!!」


 先輩遮らなくても! と思ったが熱くなりすぎたことに今更気づく。そう思うと莫迦王にオレが妙に絡む事にも思い当たる。同質の論理を持ちながら過程が全く異なる。そしてそれを羨んでいるオレがいる。そもそも司会者が主題に割り込んでどうするんだ、自重自重。向こうもガシガシ頭を掻きながら謝罪してきた。


 「……すまん熱くなりすぎたわ。だが、オレサマの言いたいのは伝説は伝説として当たれって事さ。国家の争いにそんなもの有害なだけだろ? ヴァイスハイト元帥とユン=ガソル国王の殴り合いにそんなもの要らネェだろ?? だから分ける。正直二人で殴り合えば大した犠牲も無いがそれじゃ臣下は愚か両国民が納得しネェ。だから国家間戦争だ! それ以上にはしない。其の為ならこのランドルフ・サーキュリー、力貸すぜ。」


 うわー、考えの赴くまま言ったつもりだけどそのまま天然で言質取りに来てるじゃん。つまりメルキアの対ユン=ガソル戦には魔導巧殻を出撃させるな。代わりに双方の頂上決戦の為御膳立てにユン=ガソルが最大限の協力をする。と言う意味か。王妃は恐らく反対しない。これから得られる利益を拡大し損害を最小化する仕込みを行うというのが謀将と言うものだからだ。皮肉の一つとばかりヴァイス先輩が言葉を飛ばす。


 「それにしても己個人で国家と取引するなど分不相応だなランドルフ卿?」

 「ザフハ侵攻、オレ様を先鋒にしてみな? グントラムの土塁如き粉々にして見せるぜ。」


 莫迦王の大言壮語にヴァイス先輩も突っ込む。あららその情報は……いや、問題ない。それを話さないと莫迦王は頂上決戦の為にいきなりアンナローツェに攻め込みかねん。こういった開示センスの良さが先輩の強みだ。


 「それじゃ足りんな。一気にチルス連峰まで進出し北との連絡を閉ざす。準備に二月、侵攻に二月、それでザフハ部族国を潰すつもりだからな。」

 「応! 流石天賦の才だ!! ますますオレ様も先鋒を譲れなくなったぜ!!!」


 そこから始まった先輩と莫迦王の掛け合いを見ながら隣でぐってり椅子にもたれかかっている女王陛下に話しかける。あ……メイメイさん睨んでる。呼び出しておいて何時の間にやら自らの主君が蚊帳の外じゃ側近としては腹立つよな。


 「アレは放って置きましょう。天賦の才に只人が何を言っても無駄です。して、オレの思惑を話しましょうか? この件を餌に先輩と貴女の交渉に介入したのはオレのエゴに過ぎないんですよ。隣国の『王妃』はこんな感情論で謀議を振りまわすオレを謀将失格と言うでしょうね。」


 チッ、あの莫迦王先輩を掛け合い続けながらちゃんとこっちに耳欹ててやがる。後ろに控えてるメイメイさんが発言。なんだちゃんと外交や交渉できるじゃないの。オレは貴族、向こうは王族しかも種族が違う。王族の言葉はオレにとっては下賜されるもので対等の交渉にしないで頂きたい。そういう暗喩だ。良いじゃん。ゲームじゃきょぬー脳筋で外交官として先輩の隣に居ながらダメダメだったのにね。


 「貴方の我儘に振り回される我々の事も考えて頂きたいですね。特にそれで陛下の宸襟を騒がせるなど人間族の国家ですら御法度と聞いております。」


 その言葉を無視して畳み掛ける。メイメイさんを激怒させる以上に陛下其の物を当惑させる為だ。


 「貴女を死なせたくない。ただそれだけです。随分と身勝手でしょう?」


 彼女の眼が窄まる。勿論メイメイさんでは無くてエルファティシア陛下の方。そりゃそうだ不遜な発言どころか最悪オレがメイルを全く信用していないと捉えられかねない。陛下がメイルの外に出るなど例外中の例外の筈、つまりメイル内部に敵がいると讒言しているようなものだ。それも他国のオレがね。信用など論外だ。だからこそ、


 「メイルの守備やメイルの民の女王陛下への忠誠を疑う等考えたこともありませんよ。問題はむしろ陛下のほうと考えております。」

 「……ノウゲートの顛末か? あのジルタニア如きに我が命を賭ける必要などあるわけ無かろう。」


 ほう! だから好意が持てるこっちの言いたいこと勝手に読んでくれるしね。エルファティシア陛下もオレと同じなのよ。国益とエゴの狭間で揺れ動いてしまう謀将モドキなんだ。勿論向こうの方が格も経験もはるかに上だけどね。だから爆弾を投げ込むしかない。


 「私の最終目的は『魔導巧殻、特にアル閣下の破壊』です。勿論本体ごとね。」


 本体と言ったのは言葉の歪曲、『晦冥の雫』を単語に思い浮かべたらエルファティシア陛下でも即死してしまうから。己が皇帝家一族に掛けたとはいえちゃんと呪いは平等だ。だからシルフィエッタにも外縁情報だけに留めておいたのよ。――予想外のトンデモ情報持ってきたが為にこの有様だけど! 胡乱な眼をする陛下に言葉を放り投げる。


 「不可能とは思っていませんよ。数百分の一秒でも本体を凌駕できる力と天賦の才(そこのふたり)、それがあれば事足りる。それで駄目なら本気で神殺し持ち出さないとなりませんしね。問題はその後です。魔導巧殻には神格者以上の【神憑るモノ】が制御者として取り憑いている。其れは既にエルフでは無い。即ち死後エルフの来世【緑の七柱】の元で転生する資格は無い。あるのは魂の消散のみ。その時点、そう……アル閣下の魂が消散しようとする時点で貴女はどうします。」


 「……そんなこと。」


 彼女に反論させない。させるものか! これはオレのエゴなのだから!!


 「貴女が未来、アル閣下をメイルに連れ戻そうとし、それをアル閣下から手酷く振り払われた時、どんな顔をしたかオレは見ている! まるで母親に酷く叱られた子供の様な顔をしていましたよ。」


 勿論カマ掛け。ただある程度は真実をついているんじゃないかと思って一か八かだ! というか、陛下モロバレですか。椅子から思わず立ち上がって反論しようとした途端ヨタヨタとよろけてまた揺り椅子に逆戻り。メンタル弱いんじゃ無ければ私人としてひたすら悩んでいる証左だ。怜悧ながら血色の好い唇が青を通り越して白い。メイメイさんオレを恨みがましい目で見ながら介抱してる。もし此処がメイルなら、オレは即刻矢襖蜂の巣で人生から退場だ。


 「貴方……預言者なの?」  喘ぐような陛下の呟きに  

 「違います。」       言下一閃、否定する。


 そんなモノに祀り上げられて堪るか! ただ付け加えておく。


 「オレが知っているのは場面だけです。経過は己で探さねばなりませんし、場面一つで想像できる状況など星の数ほどあって特定できない。しかしヴァイス先輩がメルキアと纏め、アヴァタール東方域を支配すれば自ずとこの展開しかアル閣下を救う方法は無くなります。つまり陛下の犠牲は時代で言う収束点であり必要な結末とも言えます。ですがオレからすればそんなもの、クソ面白くもない!」

 「おもしれぇな、シュヴァルツバルト。此処まで世界を語りながら最後の最後で己の美学を取るか。」

 「違うな、ランドルフ卿。ルツは相当な欲張りだぞ。隣の莫迦王と比較してもな。」


 おい、お前らオレの言葉に茶々入れんじゃない。二人で掛け合いはどうなった? というか二人共謀ってやらかしたのか……ヴァイス先輩だってオレと一蓮托生ではないんだ。個々には思惑があって利害で共闘する。ヴァイス先輩の立志の想いとオレの世界に対する美学、それが一致しているからこそ歯車がかみ合う。考えてみれば莫迦王とオレ、馬が絶対に合わないのも当然だ。双方美学で世界を語るから噛み合う物も噛み合わない。結果が同じだとしてもだ。


 「だから陛下、オレ達に御教授頂きたい。アル閣下の破壊を可能とする【黎明の焔】、これだけはアヴァタール東方域全国家、いいえラウルヴァーシュの総力を挙げなければ創り出し得ない! アルを殺し、そして救う。その力の源をお示しください!」


 勢いで言っちまったよ、まだ名前すらないのにな。本来ゲームでもこれを使っても闇の月女神の化身と化したジルタニアと魔導巧殻・アルを破壊するのが限界だった。だがこれをひっくり返すが為にオレは考えに考えエイダ様と伯父貴と共に策謀を重ねてきたんだ。だからこそオレはエイダ様に【先代闇の月女神に対応する御物】を探す様求め、伯父貴にはラナハイムが持つ禁呪創造物(アーティファクト)【魂葬の宝玉】の変則的利用法を研究するよう働きかけた。まずこれで時間を稼ぐ。そしてメルキア連合帝国の総力を挙げ、四体の魔導巧殻を【晦冥の雫】とは関係ない存在へ転生させる。

 
――魔導機巧転生――



 本来この世界に存在する転生システムのひとつ【ウィーンゴールヴの黄金の林檎】に比べれば笑ってしまう程矮小な外装移植手術に過ぎない。しかもこれだけの為にメルキアの国家予算が将来にわたって根こそぎ食い潰されるという狂気の計画なんだ。だからこそ世界中を巻き込む! オレがアルを救うのではない。世界を循環する想いと絆(しほん)が彼女を救う。だからこそのメルキア主導のディル=リフィーナ流通機構の建設なんだ。
 それで四体の魔導巧殻に封じられた四つの魂は初めて【晦冥の雫】の呪いから解放され、ヒトとしての生をやり直すことが出来る。例え魔導によって造られた躯であっても己の運命を選択できるんだ。それがオレの美学にして『真打ちの計画』、


 
【魔装巧騎計画】



 何時までかかるか解らない。実際躯の建造が可能かどうかすらも自信が無い。しかし220年後、新七魔神戦争によって二柱の神殺しが激突すれば忘焔の山事件など比較にならない破滅がアヴァタールどころか中原全土に降りかかる。ゲームでこそ個人の問題だったがその爆心地は五大国のうち四ヶ国が国境を接し、しかも中立地帯にして竜族の聖域、威戒の山嶺(リプディール)
 他の三国が生き残れたとしても最早衰退するばかりだったメルキア帝国は持ち堪えられないだろう。神殺しと共にいたメルキア皇女、マウア・フィズ・メルキアーナが最後の煌めきでしかなかったのだ。
 では、其の二柱ですら躊躇い戦場から外す程の世界が存在していたのなら? 己の悪行を正義で覆い隠せない程の繁栄を魅せていたら?? 双方の神殺しの肉体は正義の大女神アストライア、己の信奉に疑いを持った神程脆いものは無い。故に関係ない民まで巻込んだ最終決戦とやらは何処かでやらざると得なくなる。……例えば神殺しの物語における終幕【狭間の宮殿】とかね。
 眼光が交差する。狂った国家主義者として譲る訳には行かない。そして彼女を理不尽な運命から蹴り出すという新しい目的もできた。譲ってなるものか! 陛下が呟きオレが笑みと共に返答する。


 「…………狂える幻視者。貴方は何処に征こうとしているの?」

 「カッサレ家程ではありませんけどね。オレは彼等の様に過ぎた愛も不老不死も望みませんし、メルキアの民がそこそこ暮らせればそれでいい。だが、この世には単なる復讐論で人の世をかき乱す古神アルテミスの娘(やみのつきめがみ)アルタヌーなど【要らない】。そういうことです。」

 「貴方は敵よ、全世界の敵、全神々の敵。其処までして何を護るの?」

 悲鳴のように吐き捨てる彼女の周りで何故皆ドン退きする!? と思ったがこちらの常識からすれば納得する。『神は要らない』、この発言其の物がこの世界の人々からは絶対に出ない。神を何となくの信仰で済ますメルキアであってもだ。世界を否定する言葉と同義で狂人の証でもあるんだ。この意思を持ちそれを可能とする力を振る者をこう呼ぶ、『神殺し』と。だからオレは神殺しにはなれない。其の力が無い者がそれを口にしても空虚なだけ。それでも微笑んでオレはこう言い放たなければならない。


 「決まっているでしょう? メルキアです。」



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