「こちらが白石殿の分であります」

「ん」


音々音から書簡を受け取る。
今日のノルマはいつもよりも少ないな。
いつものペースでやれば、夕方までには終わらせられそうだ。
さて、と……頑張りますか。


「音々音はこれからまた仕事?」

「そうでありますね。詠殿と共に雑務を片付けるよう仰せつかっているであります」

「そっか。んじゃ、手伝ってもらうのは期待しないほうがいいな」

「早く片付けばお手伝いするでありますよ?」

「その気持ちだけもらっとく」


何せ、暇さえあれば俺の手伝いをしてくれるんだ。
それが当たり前だと思うのはあまりに失礼だし、俺自身の為にもならない。


「……ん?あれ……?」

「どうしたであります?」

「いや……ちょっと目がぼやけただけ」


寝不足か?
でも昨日は早めに寝たよな俺……?
疲れが溜まってるような感じもないんだが……


「お疲れでありますか?」

「……かな?まぁ、仕事する分には差し支えないはずだし……」

「……白石殿、少し失礼するであります」

「ん?」


少し背伸びして、音々音が俺の額に手を当ててきた。
あ、何かヒンヤリしてて気持ちいい……


「熱があるようですが……?」

「え、マジ?」

「マジであります」


おい、嘘だろ……
自己管理には気を配ってたはずなんだが……
ただ、別に体が怠いとかはないな。
そんなに重くないってことか……?


「白石殿、今日はお休みになられたほうがいいであります」

「でもなぁ……コレ、今日中だろ?」

「あぅ……」


音々音が持ってきてくれた書簡のほとんどが今日中に仕上げなきゃいけない代物だ。
風邪ひいたからって、その締め切りを破るのもどうかと思う。
代わりに誰かやってくれるなら未だしも、みんな忙しそうにしてるのは知ってる。
どうしたもんか……?


「と、取り敢えず、皆に伝えてくるであります!」

「え?いやいや、そんな大事にしなくていいって……」


俺が言い終わる前に音々音は部屋を飛び出していった。
……で、俺はどうしろと?


「……仕事終わってから休めばいいか」


取り敢えず机に向かって、と。
えっと、筆は……
……んー、墨が足りないような……


「あ〜……ん〜……?マジで頭がボーっとしてるような……」


いや、仕事を前にした途端症状が重くなるとかダメだろ……
最低限の事はしておくべきだ。
とにかく始め──


「直詭さん、風邪ひいたんだって?!」

「……ビックリさせんな桃香」


凄まじい勢いで桃香が部屋に飛び込んできた。
たとえ健康であったとしても普通にビビる。
もうちょっと気を遣うとかないのか?


「あ、ゴメンなさい……そ、それより!風邪ひいたなら休まなきゃダメだよ!」

「そうは言うけどな?」


そのまま無言で今俺が向ってる仕事を指し示す。
ちょっと困惑した表情を見せて、桃香はそのまま固まった。
な、打開策ないだろ?


「でも……」

「本気で無理と感じたら休むって」

「白石殿?!休んでおられなかったでありますか?!」

「……すまん、音々音、もうちょっと静かな声で頼む」


何かマジで頭痛くなってきた……
音々音の声のトーンが大きかったのもあるけど、結構頭に響いた。


「今し方、詠殿の許可は頂いてきたであります。白石殿はお休みになって下さい」

「許可?コレはどうする気だ?」

「ですから、ねねが引き受けるであります」

「じゃあ、私は直詭さんの看病を──」

「いや桃香、お前はお前の仕事しろ」

「あぅ……」


看病に託けてサボられてたまるか。


「じゃ、じゃあ、月ちゃんとか呼んできたほうがいい?」

「あんまり月さんに風邪うつしたくないんだが……」

「あー、そう言えばそうだよねぇ……じゃあ、手が空いてる人捜してくるから、直詭さんは横になって休んでて?」

「……悪いな、俺の不始末なのに……」

「具合が悪い時は助け合いだよ♪だよね、ねねちゃん♪」

「そうであります。ただでさえ白石殿は根を詰めて働きすぎであります。これはある意味いい機会なのであります」


別に無茶してる気はないんだが?
まぁ、周りからはそう見られてるのか……
なら、今度からはもうちょっと気を付けるか。


「あ、そうだ。直詭さん、この人になら看病してもらいたいとかって希望はある?」

「逆に、手が空いていようがいまいが、麗羽と美以は却下で」

「あ、あはは……そ、それ以外は?」

「本当のとこ言えば星と蒲公英も遠慮したいんだが……」

「アレは面白半分で茶化しますからなぁ」


てか、むしろそれ以外なら誰でも大丈夫だと思う。
まぁ、鈴々とか翠とかは何したらいいか分からずに騒ぐかもしれないが……
ただまぁ、言ってしまうと、手が空いてそうな奴が思い浮かばない。
だから無理に俺の看病してくれる奴を探すとかしなくていいんだよ。
音々音が代わりに仕事やってくれるなら、俺は安静にして自愛するから。


「取り敢えず、直詭さんの希望はそんな感じでいいの?」

「まぁな」

「じゃあみんなに聞いてくるから、ちゃんと寝てなきゃダメだよ?」

「分かってるって」


ここまで言われて起きてられねぇよ。
ちゃんと休ませてもらいますとも。


「じゃあねねちゃん、私が誰か連れて来るまで、直詭さんの事よろしくね」

「承知したであります」

「直詭さん、ちょっと待っててね。すぐ誰か連れて来るから」

「無理して連れてこないでいいからな」











「他に具合の悪いところはありますか?」

「無いよ。頭がボーっとするくらいで」

「では、しっかりと休まないといけませんね」


あの後桃香が連れてきたのは雛里だ。
何て言うか、期待以上の奴でホッとしてる。
5段階評価で言えば4.5くらいだ。
え?一番は誰が良かったかって?
……ぶっちゃけ月さんだけど、俺の方が気を遣うからパスしたんだよ。


「あー音々音、そんなに急いで仕事片付けようとしなくていいぞ?」

「ねねのことはいいのであります。白石殿はしっかり休んでいてください」

「いや、な?そんなにテキパキ仕事されると気になるって言うか……」


普段はあんまり目立たないとは言え、それでもやっぱり軍師だ。
作業のスピードが俺とは段違い。
あの調子なら昼過ぎには終わるんじゃないのか?


「直詭さん、何か食べたいものとかありますか?」

「んー……正直に言うと、食欲はあんまりない。まだ昼前だって言うのもあるけど、水かお茶さえくれればそれでいい」

「分かりました。じゃあ、お茶持ってきますね」


小走りで雛里が部屋を後にする。
この部屋から厨房までそんなに距離はないからすぐに戻ってくるだろう。


「食欲がないというのは感心しないであります」

「自分でもそう思う。病気の時こそしっかり食べたほうがいいよな」

「そうでありますね」


もっと言うと、別に水とかもいらないんだ。
ただ、風邪ひいた時はしっかり水分取ったほうがいいって言うのはよく聞く話。
多少無理してでも水分だけは取らないとな。


「……白石殿、しっかりと横になるであります」

「眠くもないし、昼前だし……そんな時間に寝ろって言うのも酷な話じゃね?」

「ですが、今は病人であります」

「……ハァ、そうだよなぁ……」

「お待たせしました」


音々音に叱られて横になろうとしたところに雛里が戻ってきた。
いいタイミングではあるんだが、音々音がなんか難しそうな顔してる。


「ありがと」

「冷たいお茶で良かったですか?」

「あぁ。んじゃ、これ飲んだら寝るわ」

「そうしてください。早く元気になっていただかないと……」

「ん?俺が不調だと問題でもあるのか?」

「当然であります」


ね、音々音?
何でそんなちょっと怒った感じなんだよ?
雛里も雛里で、なんか物言いたげな雰囲気だし……


「……あー、確かに俺っていろんな仕事請け負ってるもんな」

「……別にそれだけではありませんけど……」

「ん?雛里、何か言ったか?」

「あわわ……」


コンコン


「誰でありますか?」

「お邪魔しますね、ナオキさん」

「月さん?それに詠まで……どうかしました?」

「いえその、ナオキさんが風邪をひいたと聞いたので……」

「教えたら見舞いに行くって聞かないのよ。でも、風邪うつされても困るし、ボクも一緒に来たってわけ」

「あ、そう……」


まさか桃香の奴、全員に言い触らしたんじゃないだろうな?
そりゃ、見舞いに来てくれるのは純粋に嬉しい。
ただ、みんな忙しいのにその邪魔をするようなら有難迷惑だ。
そっちの方が気になってオチオチ休んでいられなくなる。


「態々ありがとうございます」

「いえ、お構いなく」

「ボクには何もないわけ?」

「そんなことねぇよ。詠もありがと」

「雛里ちゃん、ナオキさんの容態はどんな感じですか?」

「少し熱が高いですけど、休んでいればすぐ治ると思いますよ」


ま、さっき医者も呼んでくれたらしいし、俺は大人しく寝てるに限る。


「どのくらい熱があるんですか?」

「どの位と言われても……」

「じゃあナオキさん、ちょっと失礼しますね?」


そう言うや否や、月さんは俺の額におでこをくっつけてきた。
あんまりにいきなりだったから、その場にいた全員呆然とするだけ。
俺も、現状を把握するのに少し時間がかかった。
だ、だってさ?
俺は現状横になってて、その状態の相手におでこをくっつけようとすると、自然と相手の重みとかも少しは感じるわけで……


「……え?ちょ、月さん?!」

「やっぱり熱いですね」

「ちょっと月?!うつったらどうするのよ?!」

「な、ナオキさんのなら、別にいいかもって……」

「「よくない!」ですよ……」


風邪はうつせば治るとかそんな話もあるが、流石に相手は選びたい。
てか、アレは都市伝説とかそんな類だし、全く当てにしてないな。


「ホラ月、あんまり長居すると本当にうつっちゃうわよ」

「大丈夫だと思うよ、詠ちゃん」

「いや……流石に俺も、自分のせいで誰かが寝込んだとか聞きたくないんで……見舞いに来てくれただけで嬉しかったです。ありがとうございました」

「そう、ですか?じゃあ、今日はこれでお暇しますね」


部屋を出る前に、月さんから「ちゃんと休んでくださいね」と忠告を受けた。
つまり、俺はちゃんと休まないと思われてるってことだろう。
そんなつもりはないんだが、やっぱり周りからの印象は俺自身の感じ方と違うらしい。


「んー……これ以上誰かに心配かけるわけにもいかないな」

「そうですね。寝ますか?」

「そうする。ぶっちゃけ、全然眠くないんだがな」

「ですが、病気の時は寝るのが一番であります」

「だな。ま、もう多分誰も来ないと思うけど、誰か来たら適当に言っといてくれ」

「分かりました」

「承知したであります」











「お兄ちゃーん、お見舞いに来たのだー!」

「元気か直詭?」

「バカだなーお姉様は……病気の人が元気なわけないじゃん」

「ちょ、ちょっと皆さん?今、直詭さん眠ってらっしゃるので……」



「……ありゃ?お兄ちゃん、寝てるのだ?」

「はい。ついさっき眠られたところです」

「そうなんだ。どれどれ〜……」


……………


「うんうん、やっぱり兄様は可愛い顔して寝るね♪」

「ったく、たんぽぽは呑気だな」

「お姉様には言われたくないよ」

「何だと?!」

「煩いであります!少しは静かにするであります!」

「お、おう……悪い……」

「ほらー、姉様のせいで叱られちゃったじゃん」

「わ、私だけが悪いみたいに言うな!」

「で、ですからお静かに……」



「で、雛里。お兄ちゃんの容態はどんな感じなのだ?」

「熱があるのと、倦怠感があるとのことです。風邪のひき始めって言う感じですね」

「でも風邪なんて、しっかり食べてしっかり寝ればすぐ治るだろ?」

「そんな元気がないから病人なんだよ?姉様、そこのところ分かる?」

「それ以前に、白石殿は基本的にご自愛をあまりされないであります。眠られる前も、仕事を片付けてから休むと言われたほどで……」

「お兄ちゃんらしいのだ……」

「そこんところは感心しないな……」

「だねぇ」

「先ほどお茶を飲まれましたけど、本当はいらないといった風に見受けられました」

「んー……ねぇ雛里、兄様に何かいいものってある?」

「いいもの、って言うと?」

「そうだなぁ……例えば、風邪の時に食べるといい物とか」

「病人食と言うと、やっぱりお粥とかになると思うよ?」

「じゃあお姉さま、ここでお姉さまの女子力見せつけちゃおうよ!」

「ななな、何であたしが?!」

「えー?たんぽぽが作っちゃっていいの?ホントに?」

「うぐっ……!」

「お見舞いってことなら、鈴々も何か作るのだ!」

「じゃあみんなで作りに行こうよ!きっと兄様も喜んでくれるよ!」

「よ、喜ぶかぁ?」

「喜ぶって!ホラホラ、お姉さま早く!」

「ちょ、コラ!押すなって……!」

「じゃあ音々音、鈴々達はまた後で来るのだ」

「構わないですが、もうちょっと静かにするであります」


ドタドタドタドタ……


「……ふぅ、やっと行ったか」

「あ、直詭さん。起きてたんですか?」

「あの喧噪の中で寝てられるほど図太くないんでな」


ま、見舞いに来てくれたんだ。
後でまた来るって言ってたし、その時はちゃんと起きて礼を言うか。


「起きてるなら起きてると言ってほしいであります」

「そう言うなって。さっき雛里も言ってたけど、やっぱ怠いんだ。あの元気の塊たち相手にするだけの気力が今は無くてな」

「お医者さんに睡眠導入薬でも頼みましょうか?」

「無理してでも寝ろと?」

「はい……体力も気力も、寝ないことには回復しませんし……」

「あんまり薬に頼るのは本意じゃないが、仕方ないか……」


寝る姿勢を変えて仰向きになる。
目端に雛里が心配そうな顔してるのが見える。
その表情見るのはちょっと忍びない。


「……音々音」

「何でありますか?」

「仕事、残しといてくれていいぞ?」

「……まだ気にされてるでありますか」

「まぁな」


頭を起こしてみれば、音々音も同じように心配そうな表情だ。
……言葉の選択間違ったか?
いやでも、無理してやってもらわなくても……


「……この際であります。白石殿、今は寝るであります」

「え?」

「どうせ白石殿の事であります。ねねたちが暗い表情してるのが嫌とか思っているのですよね?」

「よく分かったな……」

「これでも付き合いの長さは引けを取らないであります」


確かにな。


「今、白石殿がねねたちの為にすることは、早く元気になることであります。そのためには、ぐっすりと眠ることが重要であります」

「……何も言い返せないな」

「なら、ちゃんと休むであります」

「分かったよ……」


いつも以上に音々音が強い口調だ。
だからからか、何となく音々音が大きく見える。
……ハァ、これはよっぽど風邪がひどいと見た。


「んじゃ、今度こそ寝るわ」

「そうするであります」

「じゃあ……雛里に頼もうかな?」

「何でもどうぞ」

「じゃあ、俺のおでこに手を置いてくれる?」

「おでこに、ですか?」

「さっき音々音にやってもらった時、ヒンヤリしてて気持ちよくてな……そう言うのを感じれば早く寝られそうで……」

「分かりました」


そっと、雛里が手を置いてくれる。
……ふぅ、心地いい……


「じゃあ、お休み」

「お休みなさいであります」


人間、休まなきゃならない時ってのがあるのかもな。
多分、俺のそれは今なんだろう。
じゃあしっかり休もう。
でも、皆に掛けた迷惑や心配は、必ず返さなきゃな。




















後書き

たまには病気になってもらわないと困りますwww
いや、だってそんな完璧超人な主人公書くつもりないんだもん……
もうちょっとイチャイチャさせてもよかったかと思ったけども、私だから、ね?(オイ
さて、これで全員とのイベントすんだかな?
多分これで日常編書くのがラストになりそうなので、抜けてるキャラとかいないですよね?
いたらいたで、Casual Daysで補完はしますけど……
ま、いた時に考えます(オイコラ

では次話で



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