んむぅ〜……
え、あ、なんだ、もう朝か……
洛陽で迎える朝も随分なれたもんだ。
……さて、そろそろ起きておかないと──


「御遣い様〜!あっさでっすよ〜!」

「もう起きてらぁな」

「あらら〜。私のお役目なのに〜」

「そんな役目与えた覚えはねぇよ」


何か毎朝のように羅々に叩き起こされる。
便利な目覚まし時計だと割り切ればいいんだけど、朝っぱらからこんだけ大きな声出されると面倒くさい。
さて……──


「着替えるから出てけ」

「別に見られて減るもんじゃないですよねー?」

「男としての自尊心が減る。分かったら出てけ」

「いっそー、女の子になっちゃえばー……」

「ほぉ?」

「あー……出ていきますー」


そうやって素直に聞いてりゃいいんだ最初から。
別に上半身くらい今更見られたところでなんとも思わないのは確かだが……
と言うかだな、羅々には女としての恥じらいとかがまるでないんだよ。
俺の副官ってポジにいる以上気になる。
……今更可愛げ見せられたところでどうかとも思わないこともないが……


「お待たせ」

「はいー、待ってましたよー」


背筋を伸ばして敬礼……
そのポーズはいったいどこで誰に教わったんだ?


「ん?羅々、お前櫛とか入れてないのか?」

「へー?」

「だから、頭ボサボサだって言ってんだよ。髪留めの位置も適当だし、もうちょっとしゃんとしろよ」

「でもーこんなの気にしてたらー、御遣い様を起こすのに遅れますしー」

「頼んでもいないことに遅れられても怒らないって。ほら、ちょっと俺の部屋来い」


ちょっと強引に引き入れて、椅子に座らせる。
えっと、確か鏡があったはず……
タンスの中だっけ?


「んっと……あぁ、あった」

「何探してるんですー?」

「これ。手に持ってろ」

「持つだけでいいんですかー?」

「使うときに声かけるから、その時に俺に見えるように鏡の位置考えてくれ」

「はーいー」


間延びした返事だなぁ……
ほんと適当なんだから困るわ……


「あれー?もしかして御遣い様、梳いてくれるんですー?」

「こんなみっともない頭の奴、横につけておきたくないんだよ」

「〜〜〜♪」

「何を鼻歌歌ってやがる。動くなよ、一々面倒くさいし」

「はいー」


ったく、出来の悪い妹みたいだよ。
いったん髪留めはずしてっと。
……髪の手触りはいいんだからもうちょっと気にすりゃいいのに。
まったく……


「そーいえば御遣い様ー?」

「何だよ?」

「今日のご予定とかはー?」

「そうだな……調練も政務の手伝いも言われてないし、空いてるといえば空いてるな」

「ならー、私とお出かけしませんー?」

「なんで?」


おい、頭を下げるな。
こちとらお前の髪つかんでるんだぞ?
そんな勢いよく頭下げたら──


「いったーいーっ!」

「そりゃそうなるわ」

「……もうちょっとー、やさしくお願いしますー」

「今のはお前が悪い。んで?」

「はいー?」

「出かけるってなんでだよ?」


話題振ってきた以上答えてもらわないと困るんだよ。


「最近ー、私と一緒に過ごすこと少なくないですー?」

「俺としては嬉しい限りだが?」

「ひーどーいー!」

「それは冗談として、別にそんなことないだろ?」

「でもー、御遣い様のお手伝いー、私全然やってないですよー?」


逆に手間がかかりそうだからとはさすがに言えないか?
羅々は要領が悪いって詠が言ってたし……
調練でも、羅々の得物は弓だし、そんなに相手することは確かに少ないな。
でも別に邪険にしてるわけでもないし……


「……あのー御遣い様ー?まだ梳くのに時間かかる感じですかー?」

「ん?あ、あぁ……後は結って終わりだ」


いつものようにツインテールにして、と。
ふむ……我ながら上手くできたかな?
女の子の髪をいじくる経験なんて、こっちの世界来るまでほとんどやったことないくせにな。


「おぉー?おぉー……」

「何を自分の髪で遊んでんだよ」

「だってー、こんなにちゃんとしてもらったの久々ですしー」

「ん?ってことは、前にも誰かにやってもらったことあんの?」

「詠様にー。めちゃくちゃ痛かったですけどー」


そりゃお前が動くし、詠が短気だからだ。


「ところでところでー……私とのお出かけはどーですー?」

「んー……ま、たまにはいいか」

「やったー」


何をマジで喜んでんだこいつは……
さっきも思ったけど、別にこいつほったらかしにしてるつもりはないんだぞ?


「じゃー、早速行きましょー」

「行くってどこによ?」

「んふふ〜……一度連れてってほしかったところがあるんですー」


気味の悪い笑い方しやがって……
……確かにこいつが連れてってほしい場所って思い浮かばねぇな。
他の面子ならわかりやすいってのは確かにある。


「俺が連れていくんじゃなくて、いっそお前が連れて行け」

「えー……そこは男として連れてってくださいよー」

「行先知らないのにどこに連れてけってんだよ」

「大したところでもないですよー?」

「じゃあどこだよ?」


その質問をして、羅々が急に俺をまじまじ見だした。
顔、よりも服装とかを……


「呉服屋ですよー」










「御遣い様ー、これ可愛くないですかー?」

「あぁ可愛いと思うぞ。俺に着せる名目でない限りはな」

「えー!だって御遣い様ー、私なんかよりも似合うのにー」


お前だって十分似合うって……
ちゃんと選んで着飾れば、十分に女の子として通用するさ。
俺みたいな男よりもよっぽどな。


「と言うかだな羅々、十常侍の屋敷で俺が女装してたの見てただろ?」

「あれはお仕事じゃないですかー」

「仕事以外であんな恰好したくねぇよ」

「えー?でもー、月様や霞様と遊ばれてた時はー、女の格好してたんですよねー?」

「ほぼ無理やり着せられてただけだって」

「じゃー、私も無理やり──」

「あン?」

「み、御遣い様ー……笑顔がとんでもなく怖いんですがー……」


あれは本当に嫌なんだって。
羞恥心も自尊心も音を立てて削れていくし……
着たいと思って着たことは一度もないってのが本心だな。


「と言うかさ、それだけのために連れてきたのか?」

「だって〜……私も女装した御遣い様と遊びたかったですし〜……」

「……決めた。羅々、ちょっと来い」

「はいー?」


羅々の手を半ば無理やり引いて、店の奥まで連れていく。
そこにあった黒のリボンを急いで買う。
……何するかって?


「あのー御遣い様ー?何するんで──ふぇー?」

「今からちょっと身動きするなよ?」

「ちょちょちょちょっとー!目隠しも手を縛るのも反則ですってー!」

「店の中では静かにしてろ」

「じゃーこの拘束解いてくださいよー!」


残念だが解く気はない。
えっと、これとこれと、後はあれもだな。


「すいません店員さん、ちょっといい?」

「はい」

「こいつをこの状態のまま試着室まで連れてってくれる?」

「こ、この状態のまま、ですか?」

「迷惑はかけないから」


動揺するのは当然か……
でもまぁ、お仕置きがてらだから許してくれ。
戸惑いながらも羅々を連れてってくれたのを見て、俺もさっさと買い物を済ませる。
……これでいいよな?な?


「さて、と」


んー、流石に女の子を着替えさせるのはまずいか?
店員に任せるか。


「あ、店員さん、もう一つお願い良い?」

「な、何でございましょう?」

「手の拘束は解いていいから、これに着替えさせてやってくれる?」

「か、かしこまりました」

「み、御遣い様ー?私にどんな格好させようって言うんですかー?!」


そりゃ、あとのお楽しみってやつだよ。
……別に露出度がおかしい水着着せて街中連れまわそうとかはしてないから安心しろ?
でも、そうだな……
……ハハッ、可愛いのには違いないな。


「ではお連れ様は少々お待ちくださいませ」

「よろしく」


俺が買った服を手渡すと、店員が試着室の中に入っていく。
それから数分待って、着替えた羅々が出てきた。
まだ目隠しは外してないからどんな格好になってるか自分ではわかってないはずだ。
それにしても……うん。
この格好に目隠しってさすがにまずいな……


「あの、お早めに目隠しも外してあげた方が……」

「んー……ま、それはともかく、俺のセンス──もとい、感性どう?」

「素晴らしいと思いますよ。よくお似合いですし」

「ならよかった。装飾品もあれでいいかな?」

「はい、後はこちらなども似合うかと」


カバンか……
でもそこまで買ってやる必要はないな。
店員のお墨付きももらったしこれで良しとしよう。


「さて羅々、目隠し外すぞ」

「やっとですかー……いったいどんな格好に──」

「うん、よく似合ってるぞ」

「本当にお可愛いですよ」

「な、な、な、なーーー??!」


一言で言えば、ゴスロリだ。
普段が着物だし、ギャップもあっていいんじゃないかと思ったんだよ。
……まぁ、この時代のこの店にそんなものがあって、興味本位で着せたくなったって言うのもあるが……
化粧してないけども、まぁよく似合ってるな。


「こんな、こんな、フリフリなんてー……!」

「似合ってるぞ。さ、このまま出かけるぞ」

「このままですかー?!」

「当たり前だ。ちなみに、さっきまで着てたお前の服は城に届けてもらうように手配してあるから」

「何でそこまで手が込んでるんですかー……」


ちょっと楽しみたいのにさっさと着替えられたら面倒だからだよ。


「さて……誘われた以上着いてきたが、呉服屋に来ただけで終わりなのか?」

「えー……折角ですから遊びましょーよー」

「何して?」

「んっとぉ〜……街中歩きながら考えましょー」

「良いけどお前はその恰好のままだってこと忘れんな?」


我に返って赤くなってやがる。
こいつのこんな反応って珍しいな。
いやはや、自画自賛になるけどいいセンスだ。


「だったら御遣い様も──」

「却下」

「まだ言い切ってないのにー?!」

「最近、男として扱われてない気がするんだ。お前にまでそんな扱い受けてたまるか」

「あー……霞様とかやりそーですねー」

「そういう訳だ。ま、半ば俺の我が儘で着せてるわけだし、行きたい場所には付き合ってやるよ」


そのくらいしてやってもいいだろう。
俺もちょっとは気にしてるんだ。
こいつと過ごしてる時間が短いなぁってことはな。


「じゃ、じゃー……」

「何だよ?」

「……っ!」

「お、おい!いきなり腕にしがみつくな」

「このままの格好でいいのでー、こうやって歩かせてくださいー」


はぁ?
腕組んで歩きたいとかお前何考えてるんだ?
……店員、その微笑ましいって表情はやめろ……


「……ハァ、もう何でもいい。好きにしろ」

「〜〜〜♪」











「これ美味しいですね〜御遣い様〜」

「確かに美味いが、その気色悪い声色はやめろ」

「エー……」

「やめる気はないんだな、分かった」


歩きながら物を食べるってのはあんまり好きじゃない。
でも、こういう風に連れ添って歩くのならそれもアリか。
しかしこの饅頭甘くて美味い……


「あの店誰に教えてもらったんだ?」

「霞様ですよー。この間警邏の途中に立ち寄ってましたー」

「……ほぉ?つまりはサボってたと……?」

「あー……そうとも言いますねー……」


帰ったら説教してやるか。


「と言うかー、御遣い様ー?めちゃくちゃ視線が集まってる気がするんですがー?」

「そりゃお前目立つし」


ゴスロリの格好して男の腕にしがみついてりゃな。
たとえ元いた時代だったとしても目立つ。
と言うかそんなのに腕からまれたくない。
よく考えてみりゃ俺も目立ってるんだよなぁ……


「着替えますー!やっぱり着替えますー!」

「無意味だ、もう顔もばっちり見られてる。それに、服はすでに城だぞ」

「うぅ〜……御遣い様に引っ付いてれば何とかなるかと思ったのにぃ〜……」

「俺を巻き込む気満々だったわけだ」

「誰のせいですかー?!」


うん、俺のせいだ。
でも反省はしない。


「うぅ〜……折角美味しいお饅頭なのにぃ〜……」

「文句言わずに喰え。俺もこんだけ見られてりゃ恥ずかしい」

「ならいっそ──」

「言わせねぇよ?」

「むぅ〜……」


その不満そうな顔やめろ、殴りたくなる。


「もーこーなったら、どこかのお店に入っちゃいましょー!そうすればまだ視線も──」

「そこの彼女〜♪俺たちとお茶しない〜?」


あン?
何だこの連中……?
簡単に言えばチャラい連中だ。
しかもちょっと酒も入ってるのか、顔がほんのり赤い。
それが三人か、面倒事にならなきゃいいけど……


「ねー、御遣い様ー?どこかのお店に入っちゃいましょーよー!」

「え?羅々、こいつらはいいのか?」

「はいー?」


え、この至近距離で目に入ってないとか?
いや、違うな。
単純に無視してるだけだわこれ。


「お?そっちのも、よく見りゃ女じゃねぇか。男物着て、かっくいいねぇ〜♪」

「……へぇ?」

「あー……」


もう止めても遅いぞ羅々?
面倒事起きなければいいなと思ってたのは間違いだったよ。
こいつら地雷原を無防備に歩ける連中だったんだ。
怪我の一つもさせてやらないと、なぁ?


「い、いやお前ら?こいつは多分男だと思うぜ?」

「何をビビってんだよ?」

「だってこいつの笑顔、なんか怖い……」


そんなに怖い顔してるか、俺?


「まぁ何でもいい。男なら邪魔すんな?俺らはそっちの子に用事が──おぶっ!?」

「お、おいっ?!」

「御遣い様ー……先に手を出してどーするんですかー……」


いかんいかん、思わず手が……
鳩尾を思いっきり殴ったからすぐには起きられないだろう。
……これで後ろの奴らも逃げ帰ってくれねぇかなぁ……


「てめぇ!」

「あー、やっぱりそうなる?」

「売り言葉に買い言葉ですよー」

「買ったのは拳でだぞ?」

「余計に悪いですー」


ビビってる奴はそのままへたり込んだ。
でももう一人は半ギレのまま殴り掛かってきた。
ただこいつら、別段武術とか習ってるわけでも、武器を持ってるわけでもないし──


「はっ!」

「ぅえ?」


相手の顎めがけて拳を撃ち払う。
一拍おいて、殴りかかってきた奴は白目向いて倒れた。
丸腰の状態での護身術を恋や霞から習っておいて正解だったな。


「ハァ……買ったのは謝る。ただ、これ以上怪我したくないならさっさと失せろ」

「は、はいー!!」


ビビってた奴がほかの連中引き摺って逃げて行った。
何とかなってよかったよかった……


「よくないですよー。怪我でもしたらどーするんですかー?!」

「何だ、心配してくれたのか?」

「そりゃしますってー」

「ありがと。腹が立ったとはいえ、確かに軽率だったな」

「と言うかー、何に怒ったんですかー?」


そりゃ決まってるだろ?
一々聞くかね?


「こちとらちゃんと男物着てるのに、それでも女と間違えてきたんだ。怒っても当然だろ?」

「あー、そっちですかー……」

「そっち?他に何がある?」

「何でもないですー……」


何をしょんぼりしてんだ?


「(そこはー、私のためにとか言ってほしかったですー……)」

「ん?何か言ったか?」

「べ、別にー……!」


変な奴だな、まったく……
しっかし、変なところで時間喰ったな。
まだ日が暮れるには早いけど……


「ほら」

「へ?」


羅々に手を差し出す。
まだまだ今日が終わるまで時間はある。
もっと遊びたいんじゃないのか?


「行くぞ?」

「は、はい〜♪」


さっきみたいに嬉しそうにしがみついてきた。
実際にはいないけど、妹がいたらこんな感じなのかな?
そう思うと、こいつもかわいく思えてくる。
どこか抜けてて頼りなくて、でも一緒にいるのが嫌じゃない。
楽しい時間は、まだもう少し続きそうだ。











後書き


何気ない一日を目標に書いてみました。
羅々との一対一でのイベントって書いたことなかったので……

今後も、一対一でのイベントはこういう形でも投稿しようと思います。
勿論、本編の方でもそういったイベントは書いていくつもりです。
こちらでは、書くタイミングを逃していたり、後からネタを思いついた時のものだと思っていただければ幸いです。

こちらの方も、本編よりは遅くなると思いますが随時投稿していきます。
この形なら、本編が完結した後でも投稿できるので。

では、適当な後書きで申し訳ありませんが……
今年一年大変お世話になりました。
色々とご迷惑もおかけして、それでも読んでくださった読者様には感謝しきれないです。
管理人の黒い鳩さんにもお世話になりました。
来年もまたご迷惑おかけすると思いますが、お付き合いいただければ幸いです。
それでは、簡単ではありますが、良いお年を。



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