factor25


 上半身が融解した邪龍、数枚の羽根を残し消滅した霊鳥。朱色の肌の鬼は奮戦していたが、相手が悪い。極光で貫かれ、三度の斬撃で肉片へと変えられた。

「ようやく終わったか、面倒な雑魚を置いていきやがって」

「かなりの時間を稼がれてしまいました、すぐに追撃を――」

「その必要は無いよ」

 二人が振り向くと、空から無数の武器とともにアーチャーが現れる。降り注ぐ武器を捌きつつ、二人が迎撃を試みる。

「『マハラギオン』!」「『マハザンマ』」

 炎と竜巻で武器の殆どは掻き消されるが、逆にアーチャーにも攻撃は届かない。

「再現『M16ライフル』」

「しゃらくせぇ、『明王化身・倶梨伽羅剣』!」

 着地したアーチャーの弾幕は、『カオス』の放った炎の斬撃で消滅する。圧倒的な熱量が通り過ぎ、あとには消し炭すら残っていない。

「ちぃ、何処に――」

「限界再現『ストラディバリ』」

 一瞬の隙を突き、アーチャーが二人の背後を取る。その手に握られるバイオリン――『ストラディバリ』からは圧倒的なまでの邪気が漏れ出している。

「『聖戦を終わらせる(メギド)――」

「馬鹿、まだ俺が射線上に――」

「吹っ飛べ!」

 宝具の開放の隙を突かれ、アーチャーとセイヴァーに挟まれる形になるアヴェンジャー。弾かれた弦から六つの真空波が放たれ、アヴェンジャーの鎧を砕いていく。

「――神炎(ファイア)』」

 それすらも意に介さず、セイヴァーは宝具を開放した。

◆――――――◇

「ふん!」

『ぬぉぉぉおおお!?』

 青い残光が、アーリマンを吹き飛ばす。人間の目にはそれだけの情報しか残らない戦い。攻撃を行った人型の姿を見やれば、四本の腕に三つの目、青い肌。武具を身に着けず腰布と装身具だけを身につけた男は、宙に浮かんで構えたまま静止している。

「はっ、どうした?悪神とやらの力はこの程度か?」

『ぐぅぅ、貴様ぁぁあああ!』

 青い男の挑発に乗るように、アーリマンが背中から数本の触手を伸ばす。しかし男はその触手をまとめて掴み取り、腕の一本を手刀に構えると――

「でぇい!」

 ―― 一振りで切り落とす。

『ぎぃ……だが無駄だ、私には――』

「無駄じゃねぇさ」

 アーリマンが即座に再生を始めようとした瞬間、新たな青い影が右腕を貫く。朱色に輝く槍は腕の装甲を貫き、内部から無数の棘を炸裂させた。

『きさ――』

「攻撃を続ければ貴方は動けない」

 アーリマンが左手を動かそうとし、そのまま静止させられる。鎖と魔眼によって拘束された腕は空を切り、魔眼の主へと跪く。

「お前さえ止めておけば、セイバーの宝具を開放して終わりだ」

「『約束された(エクス)――」

 二人の英霊は飛びのき、青い男が三つの拳で大地へと叩きつける。その後方には黄金に輝く聖剣を掲げたセイバーが居た。

「たっぷり味わうといい、悪神」

「――勝利の聖剣(カリバー)』!」

『グゥウウウウウウ――』

 輝く光の奔流が、莫大な熱量と共に叩きつけられた。

◆――――――◇

「――いつもそうだけど、本当一方的だよな」

 直撃の影響で巻き上がった砂埃に顔をしかめながら、慎二が呟く。彼が見たことのあるセイバー・アーチャー同盟の戦いはいつも圧倒的な力による勝利ばかり。自分の求めた力が崩れていく様と合わせて、呆れに近い感情を抱いているようだ。

「アーチャーの召喚した増援が協力だったのもあるけど、アンタがこっちに来てくれたおかげでセイバーが全力を出せたのが大きいわ。ありがとね、間桐君」

「いや猫被るの遅いよ、いまさら丁寧に呼ばれても何もうれしくないね」

 にこやかに笑う凛の姿に、慎二が突っ込む。かつての二人ではありえなかったであろう穏やかな空気が流れている。

「――で、何でお前がここに居るんだよライダー!ちゃんと説明しろ!」

「はぁ、私も先ほど簡単な説明を受けたのですが……」

「俺とライダーはアーチャーの方で縁があったらしい。で、触媒とあいつの固有結界の応用で強引に召喚したんだと」

 未だ煙に包まれたアーリマンの方を見続けるクーフーリンとメドゥーサ。二人は現在聖杯によって召喚された英霊としてではなく、アーチャーと共に戦った悪魔として召喚されている。よく見ればメドゥーサの肌には所々に鱗が生え、クーフーリンからは森と花の香りが感じられる。

「まさかあの戦闘の中で、俺の耳飾を拾ってるなんてなぁ……」

「私は自分から渡したので、まぁしょうがないかなと」

「……やっぱりあいつおかしいだろ」

「それは私が何度も通った道よ」

 状況を説明していけば行くほど、アーチャーの異常性が浮き彫りとなっていく。状況として有利にはなったが、英霊二人と普通のマスター二人は意気消沈するばかりだ。

「――構えよ、皆の衆。彼奴め、思ったより頑丈なようだ」

 青い男――アーチャー曰く『シヴァ』だそうだが――が警戒を呼びかける。明らかに戦闘力の次元が違う彼が召喚されているのも士気にかかわっているが、その一言で周囲に緊迫感が戻ってきた。

『……のれおのれおのれぇぇええ!許さん、許さんぞぉおおおお!』

 煙の奥で、アーリマンが吼えた。既に左半身が消滅し、黒い汚泥がまるで血のように流れ出ている。大地に落ちた泥は高熱を伴っているようで、瓦礫を焼き黒煙を上げている。

「いけません皆さん、あの泥に触れてはなりません!」

 今まで静かだった羽衣の女性――ラクシュミが叫ぶ。

「あれは一体?」

「恐らくは彼奴の肉体を構成していた聖杯の力、再生が追いつかず器から溢れた内容物であろう。人に当たれば高熱で命を奪い、我々霊体の者でもその魂を汚染するであろう猛毒よ」

「な……聖杯の中身がそんなものになっているのか!?」

「……前あいつ(アーリマン)が言ってたな、あの聖杯は自分の分身だとか汚れているとか」

 聖杯の汚染。それはこの聖杯戦争の根底を揺るがす最悪の真実。もしも知らぬまま聖杯が使われていればどうなっていたか。凛と士郎はその先を考え、今知れて良かったと安堵し――

「言峰の奴がそんなことを言ってたような……」

「――綺礼ぃぃぃぃいいいいい!」

 ランサーの告げ口で怒りへと変わった。あの神父のことだ、聞かれなかっただの忘れていただのと言い訳を並べるに違いないと凛は考えた。戻れば一度締め上げてやるという決意を抱いたようだった。

「しかしどうしますか?この速度で増えれば、すぐに街にまで達してしまうでしょうが……」

「俺達でもサーヴァントでも触れられないんじゃ――」

 泥は今も刻一刻とこちらに迫り続けている。人間を熱量で殺し、サーヴァントを汚染して戦力を奪う。八方塞のようにも感じる状況だが、シヴァが前に出る。

「――ここは我の出番であろうな」

「……参考までに、どうするつもりか聞かせてくれるかい?」

「無論だな光の御子、我の逸話は知っているか?」

 既にうすうす気づいている様子のクー・フーリンに、不敵に笑うシヴァ。メドゥーサは顔を背け、ラクシュミが大きなため息をついた。

「我はかつて、猛毒ハラーハラを身に受けたことがある。あの時と同じようにすれば、あの泥も何とかできるであろう」

「その方法って……」

「毒を我が口で受け飲み込まずに居ることよ。飲み込むと宇宙に広がるから、誰かに首を絞めてもらわねばならんがな」

「けど、そんなことしたらアンタが――」

 提示されるのは、神話由来の無茶苦茶な方法。そんなことすれば無事ではすまないと続けようとした士郎の言葉を、シヴァの腕が遮った。

「優しき人の子よ、我の心配はいらん。もとよりこの身体は召喚主が再現した偽りのもの。お主らは力の限りあの悪神を打ちのめすが良い。そこまでの道は我が切り開こうぞ」

 その言葉が、士郎の言葉を塞き止めた。英雄達はその意思に感謝を示し、ただ前を向いた。彼らの主もまたそれに習い、英雄達に望みを託した。

「首を絞めるのはラクシュミに任せる。パールヴァティの代わりに頼むとしよう」

「いいでしょう、私でよければお任せを」

「ふっ……では始めよう、勇者の道作りをな!」

 シヴァが大きく息を吸い始めると、周囲の泥がシヴァの口へと吸い込まれていく。そのシヴァの首には、ラクシュミが巻いた羽衣が輝いている。ラクシュミは力の限り羽衣を引っ張り、シヴァが毒を飲み込まないようにしている。今流れ出すその泥さえも空中で霧となり、シヴァの口に収まっていく。

「セイバー、貴女の宝具が頼みです」

「俺らがまた隙を作るから、そこにぶっ放してくれ!」

 速度を誇る二人の英雄は、それだけ言って大地を駆ける。悪神の残る四肢を攻撃し、その動きを止める。それは相手の肉体を傷つけることであり、同時に汚泥が返り血として付着する可能性のある行為でもあった。

「……」

「セイバー……」

 その状況の中で、セイバーは立ち尽くしていた。彼女の望み、王の選定のやり直し。世界と契約してまで求めたその願いは、脆くも崩れ去ってしまった。それだけではない、彼女の脳裏にはかつてのマスターとの最後の瞬間が焼きついている。あの時既に汚染されていたら?彼は正しいことをしたのだろうか?確かめることの出来ない疑惑が沸いては消えてを繰り返す。

「私は……」

「おい、早く準備させろよ!あの二人だけじゃ長くはもたないぞ!」

「悪い慎二、しばらく黙っててくれ」

 急かす慎二を、士郎が腕で制す。沈痛な表情でセイバーの前に立ち、深呼吸を一度。

「セイバー、何か気になることでもあるのか?」

「シロウ……」

「もしそうなら、溜め込まずちゃんと言ってくれ。言葉にしなくちゃ、お互いに伝えたいことも伝わらないだろ?」

 その一言に、セイバーの表情が綻ぶ。かつてのマスターに自分が言ったようなことだ。今のマスターとかつてのあの男は違う、その事実が彼女の思考の螺旋を砕いた。

「いえ、些細なことです。それよりシロウの魔力の方は?」

「正直きついが、令呪を使えば問題ないさ……やるぞ、セイバー!」

「はい、シロウ!」

 決意を新たに、心を通じ合わせた主従が立つ。左腕に刻まれた令呪が輝き、宝具への魔力として変換されていく。金色に輝く聖剣が、その光を強めていく。永遠の王は今、自らの望みを捨て去った。

「――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!」

 最強の聖剣が瞬き、二度目の光の奔流が悪神に向かって放たれた。光は悪神の肉体を削り、漏れでた黒泥さえも蒸発させていく。

『ガァァァァァァァァァァアアアアアアアア!?』

 残った右半身で必死に抵抗しているが、指が消え、腕が崩れ始める。人の願いを束ねたその光は、その根底のあり方からして悪神の天敵。聖杯の恩恵により一度は耐えられたが、二度目となれば消滅が約束されたも同然。

『我は消えぬ!我は滅びぬ!我は人間の悪意によって生まれし神!貴様らのような小さき者どもになぞ、絶対に負けぬ!たとえ今消えたとて、人間に悪意ある限り滅びはしないのだぁ!』

 もはや消滅は免れぬという状況で、高々と悪神が吼えた。既に腕までもが完全に崩壊し、肉体で直接光を受けている。それは消え続ける恐怖からの負け惜しみか。

『消えぬ、消えぬ、消えぬぅぅうう!あの『天の裁定者』も『混沌王』も居ないここで!コトワリを支配するまでは!消えられぬぅぅうぅう!』

「……勝手に吼えてろ、裏切り者が!」

『アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ……』

 泥が蒸発して消えていく。断末魔の叫び声も薄れていき、やがて消える。後に残るのは――

「あれは……」

 ――崩壊寸前の、黄金の杯。幾つもの割れ目から光が漏れ出ており、既に限界は近いと見える。

「ふん、負荷を掛けすぎたか……あれじゃ願いなんて叶えられないな」

 慎二が一言呟くと、聖杯は細かい粒子へと砕け散った。無数の光の粒となり、その場の全ての者に降り注ぐ。

「きっと……これで良かったんです」

「セイバー……」

 聖剣の英雄は、消え行く光に自らの願いを重ねる。かつての戦いとは違う、自らの手による願いとの決別。それは彼女にとって、祖国を見捨てることに近いもの。神ならぬ彼女の主にはその胸中を知ることなど出来ない。彼はただ彼女に寄り添うのみ。

「……で、あんたはどうよ」

「ふはは……やはりこの体では無理があったようだ」

 その後ろでは、泥を飲み干した破壊神が倒れていた。既に全身に呪いが侵食し、赤黒い文様が現れ始めている。

「この分だとすぐに限界を迎えるであろうが……お主ら英霊とは違い我は召喚主の下へと戻るのみ。何も問題は無いわ」

「よく言うぜ、きつくてしょうがねぇだろ」

「何、神代の戦いはいつもこんなものよ……ではな、先に逝くぞ」

 それだけ伝えると、安らかな表情で破壊の神は光となり消えた。それを見届けた凛は振り返り、境内へと走り出す。

「遠坂?」

 それに少し遅れて、他のものも続く。いつの間にかラクシュミは消え、ただ走るだけの靴音が響く。先頭を走る少女の手に、令呪はない。

(なんで……念話を寄越さないのよ!)

 そう、()()()()()のだ。




あとがき

シヴァ贔屓な感じがしたら申し訳ないですが、
被害を食い止めたりするのにちょうど良かったので……



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