第三章 レアスキル



−森山家・美月の部屋−

見た目は普通の高校生。その実、時空管理局の空戦魔導師も務める少女、森山美月。
彼女の特徴であるショートカットの茶髪は所々はね、暖かさと鋭さを兼ね備えた眼光もなくなっている。例えるならば、締め切り直前になっても全く筆が進まな い作家といったところか。
空戦AAランク試験から3日。管理局からの連絡もなく、美月は今までと大して変わり無い生活―普通の高校生活を送っていた。

 「えっと……この動詞がここにかかるから……あれ?……何この訳……」

高校2年生ともなれば宿題の量も増え、難しさも増す。美月とて例外ではなく、問題集の英文和訳問題に四苦八苦していた。
美月は歴史、特に日本史の暗記は得意なのだが、英単語を覚えるのは苦手。英語の先生に「何で日本史の出来事が覚えれるのに英単語が覚えられへんねん」と言 われるのだが、覚えれないものは仕方がない。日本史の暗記と英単語の暗記は違うのだ。(筆者談)
唸ること15分。自力で考えることにギブアップし、解答へと手を伸ばす。
その時、机の上のカードから声が聞こえた。

「Master,there's a message from Administrative Bureau.」(マスター、管理局からの連絡があります)

声を発したのは美月のデバイスであるトリニティ。
美月は解答冊子から手を離し、トリニティに目を向ける。
もしかすると辞令だろうか?
そんなことを考えながら画面を表示させる。表示されたのはミッド文字で書かれた文章。
少し目眩を感じて、美月は頭を押さえた。溜め息混じりにボソッと呟く。

「また外国の文章や……」

入局して3ヶ月たった今でも、美月はミッド文字をマスターできていない。新たな言語をマスターするのはそう簡単な事では無いのだ。
頭を押さえたまま、美月はトリニティに和訳を頼む。

「……トリニティ……」
「All right.」

トリニティ自身もマスターの状況は理解している。なので、予め和訳作業を行っていた。
すぐさま新たな画面に和訳された文面が表示される。

『森山美月一等空士
 9月26日付で八神はやて特別捜査官付き補佐官に任命する。
 9月25日 時空管理局人事部』

と書かれていた。

「はやてさんの補佐官か……」

生まれて初めての辞令を受け取った美月は、少し安心したように呟く。
美月の入局に関して様々な手助けをしてくれて、それからも何かとお世話になっている八神はやて。美月の初めての上司としては、この上ない程うってつけの人 物だろう。
いきなり見ず知らずの人の元で働くよりは不安は少ないからだ。
ふと美月は気になることができたので、トリニティに尋ねた。

「私、はやてさんの仕事部屋の場所知らんねんけど……」
「I don't know too.」(私も知りません)

どうしたものか。美月は時計に目をやった。
時刻は6時過ぎ、はやてはまだ仕事中。11時過ぎなら仕事も終わっているはずなので、メールで部屋の場所を聞こう。
そう考えた美月にトリニティが再び話しかけてきた。

「Master,there's a new message from your boss.」(マスターの上司から連絡が来ました)
「上司?あ、はやてさん?」
「Yes.」

トリニティが3つ目の画面を表示させた。
今度は原文が日本語で書いてあるので、美月はすぐに読み始めることができた。

「空戦AAランク取得おめでとー
  明日から私の補佐官として頑張ってな♪
  実は私の副官をする上で知っといてほしい事があるんよ
  それを話したいねんけど、今から地上本部まで来れる?」

なんというグッドタイミング。会うついでに部屋の場所も聞けば良いではないか。
美月はすぐさま返信を書く。

「ありがとうございます。
  実は、はやてさんの仕事部屋の場所が分からなかったので聞こうと思ってたんです。
  地上本部の何処に行けば良いですか?」

返信はすぐに帰ってきた。

「地上本部の転送ポートで待っといてー
  リインに迎えに行ってもらうわ。」

返信を見るや否や、美月は陸士部隊の制服に袖を通して身支度を整え始めた。英文との格闘でボサボサになった髪を梳かし、トリニティを制服の胸ポケットに入 れて準備完了。
そして、階下の母親に声をかけた。

「ちょっと出かけてくるわー」
「はーい、なるべく早めに帰っといでやー」

一般的なお見送りでの台詞を返す母親。
始めの数週間は少し心配そうな雰囲気だったが、今では全くそんな雰囲気はない。
それが嬉しく、申し訳なくもある。

「さて……ほな行こか。トリニティ、よろしゅうな」
「All right.」

トリニティの声と共に美月の足元に魔法陣が広がった。部屋中に水色の光が満ちる。
直後、部屋から美月の姿は消えていた。





−地上本部・転送ポート−

転送ポートに現れた美月の視界に大勢の局員が飛び込んできた。様々な次元世界への玄関となる転送ポートはいつも混雑しているのだ。
局員の中に1人だけかなり目立つ人物がいる。身長30cm前後、1.5mの高さにふよふよと浮いている水色の髪の女の子。はやてのユニゾンデバイス、リイ ンフォースUだ。
美月はリインに声をかける。

「リイン曹長、お待たせしました」
「あ、美月ちゃん。それでは、はやてちゃんの部屋に案内しますね?」

リインの先導で美月は歩き始める。
空中に浮かんでいる小人の後ろをついていく女の子。事情を知らない人が見れば、かなりシュールな光景だ。

「そういえば、リイン曹長もはやてさんの補佐官なんですよね?」
「そうですよ〜」
「ほんなら私は後輩ですね。色々とお世話になります」
「いえいえ。こちらこそよろしくです」

そんな会話をしながら歩くこと20分。はやての特別捜査官の前に着いた。少し立ち止まって背筋を伸ばし、ネクタイを整える。
美月の準備が済んだのを確認したリインがドアの前に移動し、ドアが開く。

「失礼します」
「どうぞどうぞ」

部屋に入った美月の目に飛び込んできたのは、正面にある大きなデスク。そのデスクに座っているのは八神はやて。
デスクの上には『特別捜査官 八神はやて』と書かれた銀のプレートが置かれていて、捜査資料らしき紙が何枚も積まれていた。
資料に目を通していたはやてはドアの開閉音に気付いて顔を上げる。

「あ、美月ちゃん。いらっしゃーい」

パタパタと資料を片付けて席を立つはやて。そして、小さな箱と別の資料を持ってソファーに座る。
美月はキョロキョロと部屋を見渡した。
部屋の中は整頓されていて、来客用と思われるソファーやテーブルもあった。はやてのデスクの横にはミニチュアサイズのデスクがある。おそらくリインのデス クだろう。更にその横には普通の大きさのデスクがあるが、その上には何も置かれていない。
しげしげと部屋の中を見る美月にリインが声をかける。

「そこのソファーに座ってて下さい。今お茶入れますからね〜」
「あ、ありがとうございます」

校長室にあるのと同じくらいフカフカのソファー。
しかし、座っても何となく落ち着かない。

「ま、リラックスしてや。ちょお長い話になるさかいな」
「は、はい……?」

どんな話なのか全く予想がつかない。
美月が首を傾げていると、リインがお茶を運んできた。自分と同じくらいの大きさのお盆に湯飲みを載せて運ぶ姿を見ていると危なっかしいが、溢す様子は全く ない。

「はい、どうぞです〜」
「ありがとうございます」

リインが運んできたお盆から湯飲みを受け取る美月。一口飲み、テーブルに湯飲みを置いた。お茶が喉の渇きを潤し、緊張した神経をほぐしていく。
美月がリラックスしたのを見たはやては軽く咳払いをして話し始めた。

「実は知っといてほしい事っていうんは、私……いや私らの事やねん」
「私ら?」

はて、どういうことだろうか。
ますます首を傾げる美月にはやては1枚の写真を見せた。それは、はやてとリインとシャマルとヴィータとピンクの髪の女の人と青い毛の犬とリインと同じ大き さの赤い髪の女の子が写った集合写真。

「私らっていうのは八神家の事やねんよ」

そう言いながらはやてはもう1枚の写真を見せた。車椅子に乗ったはやてとヴィータ達が写っている写真。
リインサイズの赤い髪の女の子が写っていないが。

(……あれ?)

2枚の写真を見比べて、美月は1つの疑問がわいた。
シャマルとヴィータ、ピンクの髪の女性の見た目がほとんど変わっていないのだ。
二枚の写真のはやてから推測するに、少なくとも10年程度の時間差があるはず。特に成長期に当たるはずのヴィータの身長が全く変わっていないというのはか なりおかしい。
そもそも、はやてと他の3人は家族にしては全然似ていない点も気になった。

(ん?このピンクの髪の人、どっかで見たことある気が……)

あれこれと考えていると、はやてが口を開いた。少し表情に影が見える。

「八神家っていう言葉から分かると思うねんけど、リインとヴィータ、シャマル。それからこの女の人、シグナムとこの狼犬、ザフィーラとこの赤い髪の女の 子、アギト。みんな私の家族なんよ」
「え、えらい大家族なんですね……あれ?このシグナムとアギトって人、もしかして……」

美月の頭に3ヶ月前の出来事がフラッシュバックする。
下校中に巻き込まれた戦闘で戦っていた3人の男女。そのうちの1人の女性の名前もシグナムだったはず。そして、彼女が美月を介抱しながら話していた相手の 名前はアギトだった。

「そ、美月ちゃんが入局するきっかけになった戦闘。あの場におった局員がシグナムとアギトや」
「うわ……」

思わぬ偶然とはこの事だ。
驚く美月にはやては少し苦笑する。が、すぐに元の表情に戻って話を続けた。

「私らがリイン、アギト以外の子らと出会ったんは、今から13年前の事や」
「出会った?」

考えても全く分からない。
はやての表情からあまり明るくない話だということは予想できるが……

「忘れもせえへん13年前の6月4日の午前0時、10歳の誕生日を迎えたばかりの私の部屋にあった本の封印が解かれたんよ。封印が解かれた本から出てきた のは4人の守護騎士。その本は管理局で第一級捜索指定遺失物となっていたロストロギア、闇の書やったんよ」
「4人の守護騎士って、ヴィータ教官達ですか?」
「その通り。守護騎士っていうんは闇の書のセットされたプログラムの1つ。闇の書を守るために作られた人工的な人格や」
「人工的な人格って……もしかしてヴィータ教官達は……」

つまり彼女達は作られた存在。いわば人造人間のようなもの。そのことに気づいた美月の言葉を聞いたはやては軽く目を伏せた。
しばし、部屋を気まずい空気が満たす。
はやては少し俯いていたが、再び顔を上げて話し始めた。

「闇の書の正式名は夜天の魔導書っていうて、本来の目的は各地の偉大な魔導士の技術を収集して研究するために作られたもの。でも、意図的な改竄を何度も受 けたせいでプログラムが壊れてたんよ」
「壊れてた?」
「そう。主のリンカーコアと健康を蝕んで死に至らしめたり、防衛プログラムを暴走させたり。そして、いくら破壊しても自己修復機能によって永遠に転生して いく。完全破壊が不可能な魔導書やってん」

美月は返す言葉が見つからない。頑張って理解しようとするが、頭の処理速度が追い付かないのだ。
ただ、ロストロギアは謎が多く、非常に危険な代物という事は知っている。
そんな物を天涯孤独の10歳の少女が持っていたなんて……同時に美月の頭に素朴な疑問が浮かんだ。

「それが何ではやてさんの部屋にあったんですか?」
「たまたま私が闇の書の転生先に選ばれたんよ」
「た、たまたま……」

自分の分のお茶を飲んで一息つくはやて。
美月は身動ぎせず、話の続きを待った。

「当時の私は両足が不自由な子供やった。その上、両親もおらんかったからいっつも1人ぼっちでな……あの子らと出会った時はホンマに幸せやった」
「……」
「そやけど、その幸せも長くは続かへんかった。私の両足が不自由やったんは闇の書が原因やったんよ。そして、その魔の手は徐々に全身へと広がりつつあって ん」
「……」
「それを食い止めるには闇の書の魔力収集をするしかない、そう考えた守護騎士達は禁断のリンカーコアの収集を始めたんよ。その標的の中には地球在住の嘱託 魔導士もおった」
「それってまさか……」
「当時9歳やったなのはちゃんや」
「!……」
「何とか完成した闇の書やけど、呪われた魔導書は再び悲劇を引き起こした。その悲劇を止めてるために必死に戦ってくれたのは私の親友達。そして、彼女達の お陰で遂に呪いは断たれた」
「え?」

呪いが断たれた?
聞いた話から考えると、それはとても良いことなのではないのだろうか。なのに、何故にはやては悲しい表情のままなのか?
美月ははやての言葉を待つ。

「でも、呪いを断つのと引き換えに永遠の旅に旅立った人がおった。それが夜天の魔導書の管制人格で1人目の祝福の風、リインフォースT(アインス)や」
「リイン……フォース……」

黙って話を聞いていたリインが目を伏せる。
少し前に美月はリインのフルネームについて疑問を持ったことがある。U(ツヴァイ)はドイツ語で2番目という意味。どうして2番目なのか?と気になった のだ。
その謎が解け、納得する美月。はやては暗い表情まま話を続けた。

「ロストロギアの使用は管理局法で禁止されてる。その上、局員にも危害を加えたのは重罪。普通は何十年もの幽閉が妥当や。でも、事件を担当した執務官のお 陰で私らは嘱託として働くことで罪を償うことになってん」
「……」
「私にあの子らがしたことを責めるつもりは全然ない。私を思ってしてくれたことやねんやったら、それを一緒に背負っていくことこそが家族やと思うんや」
「……」
「でも、私に対する管理局上層部の印象は闇の書事件のせいで良うない部分がある。その影響は補佐官である美月ちゃんにも及ぶ可能性があるねん。それを知っ といてほしいんよ」
「……」
「ごめんな。難儀な上司で」
「あ、いえ……」

美月は慌てて否定したが、その表情は暗い。
はやては静かに席を立って、2人分のお茶のおかわりを入れに行った。
どうしたら良いのか分からず、美月は俯いた。

「美月ちゃん、大丈夫ですか?」
「え?あ、はい」

しゅんとしてしまった美月を心配して、リインが話しかけてくる。
美月は笑顔を作って返事をしたが、ぎこちない笑顔になってしまう。

〈安心してください。はやてちゃんを闇の書事件の犯人として責める人はこの3年でかなり減りました。はやてちゃんが自分を責めすぎなだけです〉

はやてに会話を聞かれたくないのか、リインが念話を飛ばしてきた。

〈はやてちゃんは闇の書の収集を望んではいませんでした。収集は守護騎士達の独断で行われたというのが真相です。事件後しばらくははやてちゃんが命惜しさ に収集を命じたという根も葉もない噂が流れましたが、全くの大嘘です〉
〈なんでそんな誤報が流れたんですか?〉

リインははやての方をチラッと見た。
まだ戻ってきそうにないことを確認すると、リインは美月の方にふよふよと移動する。そして、美月の肩にちょこんと座った。

〈はやてちゃんはオーバーSランク魔導士という実力とレアスキル持ちということで他の局員に比べて昇進のスピードが早いのです〉
〈つまり、妬みや僻みってことですか?〉
〈そういうことです。まぁ、本当にはやてちゃんが真犯人だと信じてしまっている人も僅かながらいますが……〉

リインが両手を上げて、やれやれと首を振る。その仕草にクスッと笑う美月。
その時、はやてがお茶のおかわりを持って戻ってきた。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

さっき潤した筈の喉は緊張ですっかり渇いてしまっていた。
美月はゴクゴクと喉をならしながらお茶を飲む。

「あ、来てくれたついでに美月ちゃん自身についての話もしとくわ」

お茶を飲み終わったはやてが思い出したように話し始めた。
明るい話なのか、さっきより表情が明るくなっている。

「3ヶ月前のあの日、あの場所には結界が張ってあったんよ」
「結界?」
「美月ちゃんも知っての通り、地球では魔法という概念がない。やから、シグナムが一般人の侵入を防ぐための結界を張ってたんよ。現場を目撃されて混乱が起 きたら困るからなー」

はやての言う通りだ。地球人にしてみれば魔導師はUFOのような存在なのだから。
美月は混乱がおきた状況を想像して頷く。

「そもそも結界いうんは、一時的に別の空間を作り出すもんや。目的は犯人の別次元への逃走防止や周りへの被害を抑えるためとか色々あるんやけど……いずれ の結界も出入りするには高度な術式を必要とするねん」
「あ……」

確かに美月は何もしていない。というより、あの時の美月は魔法自体を知らなかった。

「それで美月ちゃんを検査した結果、美月ちゃんがレアスキルを持ってることが分かったんよ」
「わ、私がですか!?」

地球出身で魔法を使えることだけでも珍しいのに、レアスキルまで持っているとは思いもよらなかった。
予想外の展開に目を丸くして驚く美月。
管理局内にもレアスキル持ちの魔導士はあまり多くない。その希少さ故にレアスキル持ちの局員は昇進速度が速いのだ。
美月は自分のレアスキルがどんなものなのか気になり、身を乗り出してはやてに尋ねた。

「どんな能力なんですか?」
「『透行(とうこう)』っていうレアスキルやねんけど、イメージ湧く?」
「とうこう?」

漢字を見れば何となく分かるが、言葉だけでは分からない。
投光、投稿、登校……
美月の頭の中を様々な同音異義語が舞う。

「簡単に言うたら、魔力を使わずに結界を出入りできるっちゅう能力や」
「え?」

美月は少しがっかりした。なぜならば、はやての『蒐集行使』に比べると見劣りのする能力だからだ。
そんな美月の心を読んだのか、はやてが付け加えるように話を続ける。

「一見すると地味な能力やけど、なかなか便利な能力やで?」
「そうなんですか?」

美月は落ち込みのあまり下を向いてしまった顔を上げる。
はやては頷くと、サラサラと紙に絵を書き始めた。

「さて問題、ある結界の中に数人の一般人と美月ちゃんがいます。結界は硬くて破ることができません。結界の中から全員脱出するためにはどうしたら良いで しょうか?」
「え……」

美月ははやてが描いた絵をじっと見つめて考え込む。円の中に美月と書かれた棒人間と数体の棒人間がいる。
美月自身は『透行』を使えば脱出が可能だ。しかし、他の一般人はどうするか……
ふと美月の頭にある考えが浮かんだ。

(あの時、私の鞄とかも一緒に結界内に入れたよな……もしかしたら……)

「私と手を繋いで一緒に脱出……ですか?」
「正解!」

はやてが満面の笑みで告げる。
「便利」の意味を理解した美月。しかし、はやての顔が一瞬曇ったのには気づかなかった。

「なるほど……」
「な?便利やろ?この先経験を積んでいったら他の使い道も見つかるかもしれへんし」

そう言いながら、はやてはテーブルに置いた箱を差し出した。

「はい、プレゼントっていうほど大層なもんやないけど」
「あ、ありがとうございます。あの、開けてみても良いですか?」
「うん、開けて開けて」

渡した側なのに、貰った側のようなテンションで話すはやて。
ガサガサと箱を開けた美月の顔がパァっと輝いた。
箱から出てきたのは銀のプレート。『特別捜査官補 森山美月』と書かれている。
喜ぶ美月を満足そうに見ていたはやては何も置かれてないデスクを手で示しながら話し始めた。

「そこの何も置いてないデスクが美月ちゃんのデスクや。自分が使いやすいようにコーディネートしてってな〜」
「あ、はい」

ソファーから立とうとした美月だったが、肩にリインが乗っていたことに気づく。
見ると、リインは安定しない肩の上で器用に寝ていた。いつもはピンと跳ねている髪の毛もペタンとなっている。

「あ……」
「このごろ働きづめやったからお疲れさんやねんよ。美月ちゃん、リインをこの鞄の中に寝かせてくれる?」

そう言ってはやてはテーブルの上に直方体の鞄を置いた。
鞄を見た美月の目が点になる。

「この鞄の中に……ですか?」
「この鞄はリイン専用のお出かけバッグなんよ。開けてみ?」

お出かけバッグの意味が分からず、おずおずと鞄を開ける美月。
鞄の中を見た美月の目がまたしても点になる。鞄の中は布団が敷かれていて、壁にはハンガーがあった。

「リインはよう寝る子やからなー。こうしとったら何時でも何処でもフカフカの布団で寝れるやろ?」
「な、なるほど」

美月はリインを起こさないように肩から下ろし、静かに鞄の中に寝かせた。流石に制服の上着を着たままはマズイので、上着を脱がせてハンガーにかける。
全てがリインの体の大きさを基準にして作ってあるので、リ○ちゃん人形の着せ替えをしているような気分になった。

「すぅ……」

リインの寝息を聞いた美月はクスッと笑う。

「リイン曹長は八神家では末っ子なんですか?」
「アギトが八神家に入るまではなー。それまで末っ子やったヴィータが自分より小さい子にしてほしいって何回も頼んできてな……懐かしいなー、もう11年も 前のことや」

はやてが遠い目で話す。
容易に想像できる光景だ。美月の脳裏に「はやてー、お願いだってばー」「しゃーないなぁ」というやり取りが浮かぶ。
美月はお出かけバッグを閉めるとソファーから立ち、自分のデスクの前に行った。そして、自分のデスクを黙って撫でる。その目は新たな決意に燃えていた。

(はやてさんは今まで壮絶な苦労をしてきはったんや。私かて頑張らなな……)

しばらくして、美月はデスクの上に自分の名前が書かれたプレートを置く。
そんな美月の様子を黙って見ていたはやてが口を開いた。

「とりあえずの要件はそれだけや。美月ちゃんの方から何か聞きたいことはある?」
「あ、大丈夫です」

その時、美月は英文和訳の宿題がやりかけだったのを思い出した。早く終わらさなければ、徹夜するはめになってしまう。
はやてもこの後別の用事があるらしいので、美月は頭をペコリと下げると部屋を出た。 手をヒラヒラと振って美月を見送るはやて。
誰もいない廊下に靴音を響かせながら転送ポートへと向かう美月。黙って前を見ながら歩くその顔は新たな希望に満ちていた。
決して不安がないわけではないが、そんなものを恐れていては何もできない。

(はやてさんの言うように私にも闇の書事件の影響が来る可能性はあるかもしらへん。でも……)

不意に美月の足音が止まった。そっと自分の胸に手をあてて、目を閉じる。

(私は……はやてさんの補佐官として頑張るって決めたんや)

一度、大きく深呼吸をする。そして胸の前で小さくガッツポーズをした。美月がここぞという時に気合いを入れるためにするポーズだ。
気合いを入れた美月は再び転送ポートに向かって歩きだしたのだった。





−はやての特別捜査官室−

美月が部屋を出た後、はやてはシグナムに通信を繋いだ。
先程の美月との会話の内容について、彼女に話す。

「……という感じや」
「やはり私の事は覚えていましたか」

先程の美月との会話について聞かされたシグナムは溜め息混じりに呟く。そして、はやてに尋ねた。

「で、『透行』については全て話したのですか?」
「ううん、利点しか話してへん。これからいう時にこれ以上出鼻を挫くのはようないからな」
「確かにそうですね」

画面の向こうでシグナムも頷く。
そう、はやては美月に『透行』の全てについて話していないのだ。
『透行』には利点と欠点があり、利点は美月にはやてが話した通り。そして欠点は……

「『透行』は事件に無関係な人を巻き込む可能性もある。ちょお考えすぎかも知らへんけどな……」
「いえ、十分に考えられることでしょう。事実、森山はそれが原因で入局することになったのですから」

あの時、美月は自身の『透行』によって結界内に入り込んだ。
もし誰かが美月の体に触れていれば、その人も『透行』の効果で結界内に入り込んでしまっていたのだ。

「私が動かれへんときはシグナムが美月ちゃんを守ったってな?」
「わかりました。(あるじ)はやての頼みとあれば、この身をかけても森山を守ります。そもそも、森山の入局は私が原因ですし」
「よろしゅうな。数ヶ月しかあの子と過ごしてないけど……あの子は厄介事に巻き込まれやすい体質な気がするんよ」
「不幸体質ということですか?」
「いや、不幸体質とはちょお違うかな。地球出身でありながら、空戦AAランク保有の魔導師。その上レアスキル持ちときたら、ツッコミ所はなんぼでもあるや ろ?」

出る杭は打たれるという言葉があるように、秀でた才能を持つ者は色々と苦労が多い。
とりわけとは言えずとも、それなりに秀でた才能を持つ美月には苦労は多数待ち受けているはず。はやてはそう言っているのだ

「ま、何も起きんかったら問題ない事やしな。ぼちぼちやってくわ……あ、時間あるときにでも美月ちゃんと模擬戦やってあげてや。中々楽しめると思うで?」
「はい、わかりました」
「ほななー」

笑顔で通信を閉じたはやてはホッと息をついた。そして、美月のデスクを見て微笑む。

(さーて、明日から色々と楽しみやなー)

ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべるチビ狸。
その笑みの真意は誰も知らない……






〔あとがき〕
どーも、かもかです♪

今回は美月の配属先とそれに関連することについて書きました。
はやてを上司として書いていくにあたって八神家については1つのポイントとなると思ったので、長々と闇の書事件について書かせていただきました。
アギトが八神家に加わる理由となったJS事件についてもそのうち書こうと思っています。

美月のレアスキル『透行』についてですが、これは今回の物語の大きなポイントとなります。
A'sでアリサとすずかが結界内に取り残される場面がありましたが、取り残された理由について明確な理由がないので僕としては少々気になる点でした (NanohaWikiでは様々な憶測が飛び交っていますが…)
その点も踏まえて「こういう理由で結界内に入り込んだんだよ」ということを明確にしておきたくて、レアスキルという形で設定しました。

感想掲示板にスレ立てをしてくださったHALさん、いつも的確なアドバイスを下さる空乃涼さん
本当にありがとうございます。
皆様の声援が執筆の大きなエネルギーです。

次回から補佐官としての日々を書いていきます(余裕があれば学校生活も書きたいな…)
お楽しみに♪



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