ギャラクシーエンジェル
新緑の成長(中編)









エオニア軍による待ち伏せをどうにかクロノドライブで抜けた俺達だったが、

クロノドライブに入った場所がローム星系の方向とは少しずれた方向であったために、

ローム星系までの距離はあまり縮まらなかった……。

しかも、この辺りは一応トランスバール皇国軍の拠点が近いものの、

エオニア軍の陣取っている星系も近く、油断の出来ない星系だった。



「ジェローア星系か……。待ち伏せの可能性は十分あるな。クロノアウト後の警戒を怠らないでくれ」



幸いにして、今の所エンジェル隊に被害はないが……。

ともあれ、クロノドライブ航行距離は2日間、その間は艦の外に出る事はできない。

エンジェル隊に一旦警戒態勢を解くように指示を出し、クロノアウトする2時間前から再度招集する事にした。



「今回は不味かったな。どうにか回避したが、この調子じゃ向こうにも待ち伏せがいてもおかしくない」

「ああ……流石にエオニアも俺達とトランスバール皇国軍が合流するのは面白くないだろうからな。

 今回は本腰を入れて俺達を殲滅……いや、どちらかと言えばシヴァ皇子を手に入れようとするだろう」



相棒のレスターも俺と同じ事を考えているだろう。

最悪の状況が来ればシヴァ皇子を紋章機に乗せて脱出させる。

まだ10歳でしかない皇子を戦争の道具として散らせるのはあまりにも不憫だ。

それに、脱出可能な人々は乗せられるだけ乗せる。

速度も、攻撃力も耐久力も抜きん出ている紋章機だからこその戦法だ。

もっとも、それは最悪の場合、そんな事をすればエルシオールに残る人々はどうなるか分かった者じゃない。

そうならない為にも、策を講じておく必要があった。

ともあれ、シヴァ皇子への報告がまだだ、言っておく必要があるだろう。

レスターに後を任せ、俺は皇子の部屋へと向かう。

入口では相変わらず侍女が門番のように控えていたが、俺は挨拶もそこそこにはなしかけた。



「殿下へのお目通りを願いたい」

「どのようなご用件でしょうか?」

「今回の戦闘に関する報告を」

「資料では駄目なのですか?」

「失敗には相応の罰が必要だろう」

「……わかりました、殿下に確認をとらせていただきます」



一時期は入り浸るようにブリッジに来ていたシヴァ皇子だが、最近は頻度が減っている。

来た時はいつも生き生きしているので、飽きたと言う訳ではないようだが、

ローム星系が近づいた事で侍女達が監視の目を強めたのと、この先の事を考え政治等の授業を増やしたためらしい。

こうして成長していくのを見守るのは楽しいものだが、場合によってはこれで終わりになるかもしれない。



「お目通りの許可を頂き恐悦至極に存じます」



俺は、シヴァ皇子に膝まづき臣下の礼をとる。

まだ、トランスバールという国の国民であるという意識はあまり強くはない俺だが、皇子には重要な事だろう。

こうして距離を開けるのが正しい事なのかはわからないが……。



「面をあげよ。そう畏まらずとも良い。むしろ不気味ぞ」

「それは失礼を」



やはり、難しいな……10歳の皇子、考えてみればまだ親に甘えていたい年頃なのだから。

誰かが心の支えにならないといけない、俺自身も可能な限りそうはしているが……。

どの程度皇子の支えになれているのかはわからない。

だが、今回の失態をきちんと報告しなければな。



「アキトよどうしたのだ? 難しい顔をしているが……」

「殿下……申し訳ありません、合流ポイントで待ち伏せに会いました。

 脱出はしたものの、ローム星系へと近づく事は出来ず。

 また、現在はクロノドライブのため何もありませんが、クロノアウト後、待ち伏せに会う可能性は大きいと考えます」

「そうか、大変だったのだな、何もできないがい合わせる事が出来ず済まぬ事をした。

 それで対策はどう考えているのだ?」

「は、クロノアウト後、エンジェル隊は全機発進、その一機に皇子に御同乗頂き敵陣を切りぬけます」

「待て、それではエルシオールはどうなる?」

「艦の防衛は私の役目、何としてでも脱出してみせます」



俺はシヴァ皇子に笑って見せた。

実際、どうなるかは分からないが、死ぬつもりがある訳ではない。

あくまで優先護衛目標を先に安全圏まで送り込むと言う事。

戦力ダウンは著しいが、撤退さえ間に合えばなんとかなるだろう。



「無茶だ!」



しかし、皇子はそう思わなかったようだ。

それとも、死ぬ可能性がある事を俺が覚悟していると言う事がばれたのか?

どちらにしろ、その目は真剣で、俺に嘘は許さないと訴えかけている。



「嘘ではありません、確かに成功率100%等とは申せませんが」

「そう言う事ではない! 余に、また皆を置いて逃げよと申すつもりかッ!!」

「それは……以前の話ししたかと思いますが」

「なっておらぬ! 余はまだお主が命を賭けるに値する名君になどは!!」

「ですから、これから……」

「お主が死んだら一生引きこもる!!」



駄々ッ子だった……、いやむしろ10歳の子供相応の姿であるともいえる。

シヴァ皇子が我儘を言える人間がどのくらいいるのか、それを考えればわかる事でもある。

つまり、皇子は俺を親の代わりとして甘えたいのだ。

同時に、俺ならばきっとこの状態からでもどうにか出来ると信頼している証拠でもある。



「了解しました、幸いクロノアウトまではまだ2日あります。

 その間に別の方策が無いか、知恵を絞っておきます」

「それでこそアキトだ! その作戦会議は余も参加するぞ!!」

「いえ、しかし……」

「余が王座を受け継げるかどうかの瀬戸際ではないか!

 何よりも最優先でせねばならぬ事に余を参加させぬつもりか?」

「分かりました。では、本日の宇宙標準時で5時ごろ、

 会議室にて佐官以上の者とエンジェル隊全員を集め、会議を開く事とします。

 その折は殿下もご参加頂きたく」

「うむ、皆まで言わずとも良い! 絶対に行くからな!

 ……しかし、今すぐではないのか?」

「確か、殿下はこの後皇室典範の授業のはず。それが終ってからと言う事としましょう」

「う……」



シヴァ皇子が露骨に顔をゆがめる。

皇室典範とは、いわゆる皇族用の法律であるが、皇族と一般の最大の違いとは、皇位継承である。

即位を行う場合の細々とした事を網羅しているため、一生に一度あるかないかの事を何度も何度も聞かされるはめになる。

皇子がうんざりするのも分からなくはない。

だが、恐らくはシヴァ皇子が即位するのはエオニアとの戦いに勝利した場合直ぐと言う事になるだろう。

何せ、今や皇族はエオニアが粗方殺してしまったため、生き残っているのはシヴァ皇子とエオニアのみだ。


だからこそ、エオニアはシヴァ皇子を欲している。

理由は恐らく2つか、一つは担ぎあげられる事を防ぐため、だがそれなら殺せばいい。

だが、そうせずに生きて連れ出そうとしているのは、

白き月のバリアを突破するための何かをシヴァ皇子が持っていると考えているのだろう。

現状俺には何がその役目を果たすのかは分からないが、エオニアにそれを渡す気にはならない。


恐らく、エオニアが造る国は中央集権国家、それも軍事力で威圧するものとなるだろう。

もちろん、今までがどうだったのかは知らない。

しかし、無人艦隊を無尽蔵に造り、各惑星に派遣した場合どうなるだろうか。

無人艦隊が容赦等という言葉を知っているとも思えない。

つまり、恐怖政治の始まりを意味する。


シヴァ皇子が即位しない場合の未来はそんなものであると言う事だ。

だから、面倒でも皇室典範は頑張って覚えてもらうしかないだろう。



「それでは、俺は一度エンジェル隊の様子を見てきます」

「う、うむ……出来るだけ早く頼むぞ」



なんだか捨てられた子猫のような目で見ているシヴァ皇子をあえて無視して出ていく俺。

というか、シヴァ皇子本当になついてくれたものだな……俺みたいなのに。

だが部屋を出た後でふと思い出す、俺は実は子供と関りあう事が多いような気が……。

アイちゃん、ルリちゃん、ユキナちゃん、ラピス、この世界に来てからもヴァニラとシヴァ皇子……。

あまり深く考えるのはよそう……。















シヴァ皇子の部屋を出た俺は、そろそろ昼飯時だと言う事を思い出し食堂へ向かう事にした。

エンジェル隊が良く食堂やラウンジに集まる事も多少計算していたともいえるが。

あくまで食事がメインである事は事実だ。

元料理人見習いとしても、この食堂はなかなか旨い料理を作るので参考にさせてもらっている。

ミルフィーのように、何故おいしいのか分からない特殊な旨さまでは無理だが。



「アキトじゃないかい、今から食事かい?」

「ああ」

「丁度良かったよ。ほら、ミントも来てるしね」

「あらあら、こんにちは。どうぞお座りくださいな」



俺を出迎えてくれたのはいつものモノクル(片眼鏡)で片目を覆った赤毛の女軍人フォルテ・シュトーレンと、

体躯は未発達で小学生くらいにしか見えないが、その深読みの出来る知識とフライヤーを操る並列思考能力、

そしてテレパシーの能力を持った犬耳のお嬢様、ミント・ブラマンシュ。


ミントが俺の心を読んだのか、ピクリと表情を動かすがそれっきり。

自制したのか、それとも何か引っかけようとネタを思いついたのか。

少し怖い気もするが、まあ置いておく事にする。



「じゃあ少し昼食を取りに行ってくる」

「アキトさんお待ちくださいな」

「?」

「もう直ぐミルフィーが料理を運んできますから、一緒に食べませんか?」

「それだと足りなくならないか?」

「元々エンジェル隊全員とアキトの分を作っていたようだし、問題ないんじゃないかい?」

「そうか、なら遠慮なく頂こう」



3人で座って待つ事しばし、調理場のほうから手押しのカートを押してピンク色の髪の幸せそうな表情をした女性が現れる。

彼女はいるだけで周囲の空気を弛緩させる効果でもあるのか、そういうオーラめいたものを感じる。



「みなさーん! お待たせしました!

 今日は、鶏肉の香草焼きと、クリームシチューのパイ包みを作ってみました!

 ごはんと、ガーリックトーストを用意してますので、ごはん食の人もパン食の人も大丈夫です!

 デザートにミルクプリンも用意してますので、楽しみにしててくださいね♪」




カートに乗っている料理を見ると、確かに10人分近くある。

色々配るつもりなのだろうか?

まぁ、ミルフィーの料理だからいくらあってもすぐ売り切れなんだろうが。

ともあれ、俺はガーリックトーストの方をもらい、クリームシチューの上に乗っかっているパイを崩しにかかる。

別段パン食だからという訳ではなく、今日は軽めにしようと思っていたからだ。

まぁそんなには変わらない訳だが……。



「凄いな、熱々だ……」



パイのお陰で熱が冷めないシチューは出来たての熱気をはらんでいる。

しかも、このパイ底まである……。

普通のパイ包みというのは、シチューのカップの上にパイ生地を張り付けシチューを冷めにくくするためのものである。

パイを主食代わりにすれば一品だけでも食事になるというお得な料理なわけだが、

このパイは薄い、これだけでは主食代わりには出来ない、そう、薄く、そして全体を覆っているのだ。

カップに入れているが、カップから出してもシチューがこぼれない。

料理人としては、正直ここまでやれるのかと関心せざるを得ない。

俺には出来ないだろうからな……。



「旨い!! このシチュー、コッテリとしていながら重くない、それにむしろ爽やかな味わい……」

「上品なお味ですわね、流石ですわー」

「そうか? 少し軽い感じがするけどねアタシは。でもおいしいよミルフィー」

「はい! では、私は他の人達にも配ってきますねー」

「ああ、いっといで。でも自分の分まであげるんじゃないよー」

「そこまで抜けてませんよー!」



途中ランファも加わり食べ終わるまでかなり賑やかになったのは事実だった。

俺はそのまま、ランファについて、トレーニングルームに向かう。

俺も少し気分がうっ屈しているので発散したいと思っていたのだ。



「アンタももの好きよねぇ、司令官なんだからドンと座ってればいいのに。

 格闘技なんて、今時上級士官はやんないわよ」

「趣味みたいなもんだ、まあ付き合ってくれないなら一人で練習するが」

「格好つけちゃって、まあアタシもどっちでもいいけど」

「なら付き合ってくれ」

「うっ……。分かったわよ! もう!」



それから、一時間ほどランファと組み手をしたり、その出来について話し合ったりした。

しかし、ランファのそれは明らかに軍隊格闘技ではないにも拘らず戦闘結果ではそれほど差がなかった。

軍隊格闘技とは、ナイフや銃を持っていれば使い、無ければ相手から掠め取り優位を築く。

また、互いに無手の場合は、関節技、絞め技、投げ技等をメインにして一撃で無力化を図る。

打撃も当然あるが、牽制の意味合いが大きい。

何故なら、打撃は体勢を崩しやすく、その上一撃で決められない事が多いからだ。

ランファはその打撃がほとんどであるにも拘らず、スピードと鋭さで動きは常に俺の上を行っていた。

これで、関節技、絞め技、投げ技等を軸に攻められたら勝てない。

流れるような動きに合わせ俺が打撃から、投げや、絞め、間接への連携で逆襲する。

だが、それが成功するのはせいぜい10回に1回あるかないか。

ランファは俺の動きをかなりの率で見きっている。

一回成功した奇襲は二度目にはもう通じなかった。

1時間ほどの間に、汗だくになるほど全力で動きまわり、心地よい疲れが襲う。



「ハァッ……ハァッ……この辺で終わりにしよう……」

「うーん、もうちょっとやって見たかったけど疲れてるみたいね。

 きちんと体力付けないと駄目だよ?」

「肝に銘じておく……」

「そだ、このドリンク飲んで。結構体力回復にはいいよ」

「ありがとう」



そうして、スポーツドリンクっぽいタオルを巻いてストローを指したペットボトルを口に咥え一吸い。

俺は視界が暗くなるのを感じた……、そう言えばランファは恐ろしいまでの辛党だった……。

ストローの中身が赤い……トウガラシドリンク……。



「ゲホゲホッゲェェェホォォォッ!!!?!?!?!」

「えっ、一体どうしたの!?」

「ゲホッゲホゲホ!!」

「ねぇ、ちょっと!?」



俺は咳こみながら一応片手をあげてランファに答えつつ、ふらふらと医務室へ向かうことにした。

ランファは心配でついて行こうとするが、俺は首を振る。

この手の事で真実を知っても碌な事にならないのは俺は良く知っている。

手を加えて余計ひどい料理が出来るのは遠慮したい……。



医務室へ向かいのどの洗浄治療を受けてどうにか復活した俺は、続けて、ヴァニラのナノマシン治療を受けている。

ただ、ヴァニラ何か表情がいつもと比べて暗いような……。

それに、時々俺の服をめくりあげたり、ビーカーを落して割ったり、転んだり。

普段はあり得ないような失敗をしている。



「ヴァニラ、何かあったのか?」

「……問題ありません」


「しかし、顔色がよくないし、ミスも頻発しているぞ? 体調が悪いんじゃないか?」

「いいえ、体調は健康だと判断します」

「ええ、ヴァニラちゃん、特に健康に問題はないみたい。でも……」



明らかにおかしい、何があったのかは分からないが何かがあったのは丸わかりだ。

しかし、ヴァニラの赤い瞳は意思の強さを見せ他人に頼る事を良しとしていない。

やはり、過去にあったシスター・バレルの死が彼女を追い詰めているのは間違いない。

シスターは老衰による死であった事は周りの人々も語っていた事ではあるが、彼女は割りきれていないのだろう。

俺は……死そのものが近くにあったため、その辺かなりマヒしているきらいはあるが……。

ただ、シスター・バレルの生前の話しを聞くに、ヴァニラがこうなる事を望んていたとは思えない。

なんとか、話しをしてもらわないとな……。



「なあ、ヴァニラ」

「はい」

「もしかして、私生活で何か困っている事があるんじゃないか?」

「いえ……困ってはいません」



ヴァニラが何か気にしているとすれば、恐らくプライベートだろう。

仕事関係ならば、報告を怠る性格ではないだろうから。

しかし、私生活で困っていないと答えた彼女は特に変化はなかった。

つまり、日常生活については関係ないと言う事だ。

日常生活には関係ないが、プライベートな事、ふと頭の中に引っかかるものがあった。



「もしかして、ウギウギの事か?」

「ッ!!」



明らかに動揺した、前にクジラルームに行った時に分けてもらった宇宙ウサギ。

ヴァニラに飼ってみないかと勧めたのは俺だ。

つまり、ヴァニラは宇宙ウサギの調子について気になる事があると言う事だろう。



「話してくれるよな?」

「はい……」




ヴァニラが語った事を総合すると、最近元気がないそうだ、その上クロミエにも相談してみたらしい。

しかし、クロミエが見た限り病気の兆候はないとの事だったそのせいで余計どうしたらいいのか分からないらしい。

ナノマシンで診断しようともしたが、ヴァニラは人以外の医療知識はなく、断念したらしい。



「分かった、俺も少し考えてみる。

 ヴァニラは手伝いもいいが、ウギウギをみてやってくれ」

「分かりました」

「因みに先生は、動物の病気等は……」

「私は人間専門よ。悪いけど、分かりかねるわ」

「なるほど」



医師としては当然の答えだろう、だがヴァニラが少し沈んだ顔になったのを見てしまった。

やはり、出来るだけ対処は急いだ方がよさそうだ。


俺は、医務室を出ると大急ぎでクジラルームへと向かう。

個人的にクロミエの人の心を見透かして、妙な事をしようとする所は苦手だが仕方ない。

同じように心を読むのでもミントとは悪意の度合いが違う気がしてならない。

だが、事動物に関しては恐らく一番詳しいだろうクロミエの事だ、まだ手がかりはあるはず。



「おい! クロミエ、いるか!?」

「はい、はい、そんなに怒鳴らなくても聞こえてますよ」

「聞きたいが、ヴァニラの飼っている宇宙ウサギを診たというのは本当か?」

「はい、診察のまねごとですが、一通りの知識はありますので」

「それで、結果はどうだったんだ?」

「病気ではないですね、衰弱しているとすれば心因性のものが考えられます」

「心因性? 鬱病とか、精神病の類か?」

「はい、肉体的には栄養失調の一歩手前と言う所でしたので、点滴を少ししましたが治すとなると……」

「ここに戻すほうがいいのか?」

「いいえ、ウギウギはヴァニラさんにかなりなついています。ここに戻してもどうなるかはわかりませんね……」



精神疾患、ヴァニラのような献身的な子に世話をされてなるものだろうか?

今のクロミエの話だとなつき具合は相当なもののはず。

世話をされるのが嫌というわけではないだろう。

だが、何らかの精神負担があるせいで体調を崩している。

なついているのに体調を崩すと言う事は、何らかヴァニラの一部の行動がウギウギの負担になっていると見るべきか。

一部の行動……。

彼女に特殊な性癖があるとか?

いや、俺も一緒に暮らしていた時期があるから、そっけなくは有っても特殊な行動をするタイプではない事は知っている。

教会に住んでいたせいか、祈り事を疎かにするタイプではないが……。

まさかその事がストレスに?

いや、それよりももっと可能性の高い事を失念していた。



「彼女は頑張りすぎる……」

「何か?」

「いや、クロミエ十分ヒントになった。これからもそう言う風に頼む」

「やだなー、いつも僕は役に立ってますよ♪」

「……」



顔が癒し系でも心は嫌死刑なこいつがか?

と俺は一瞬顔をしかめるが、口には出さなかった。

今は急いでヴァニラの部屋に向かう。

恐らくは……いないだろうが……。



「やはり……」



俺は提督権限を使い、ヴァニラの部屋に勝手に入る。

そして、部屋を見ると、きちんと柵を施し、世話をするスペースに宇宙ウサギのウギウギがいる。

ヴァニラはキチンと世話をしているようで、柵の中は清潔に保たれ、温度も適温、餌も用意されている。

恐らくは、ヴァニラが朝昼晩と、帰って来て世話をしているのだろう。

ウギウギの体毛はブラッシングされているのか綺麗だし、ヴァニラの几帳面さが窺えた。

しかし……当然ながらヴァニラはいない。



「だが、本当らしいな……」



宇宙ウサギは柵の隅で小さくなっている。

俺の事が怖いと言う事もあるのだろうが、こうまで動かないのは……。

ウサギは寂しいと死ぬという妄言があるが、宇宙ウサギは本当に寂しさで死ぬのかもしれない。

人と同じようなストレスを抱えていると言う事なのだから。


俺は、部屋の外に出てヴァニラを待つ事にした。

彼女はウギウギの事を気にかけているはずだし、今回の病気の事もあり頻繁に戻ってくるはず。

その時、伝えられる事は伝えておこう。

そう思っていたのだが……2時間待っても、3時間待っても戻って来なかった。



「作戦会議まで後1時間を切ったか……、仕方ない後でまた……」

「あ……」



俺がブリッジに戻ろうとしたその時、ヴァニラが丁度戻ってきた。

無表情のヴァニラだが、やはり疲れが隠せていない。

普段の仕事に、ウギウギの世話、そしてウギウギの体調不良の心配。

ヴァニラはもうパンク寸前なのだろう。

それが彼女の不調として表れているとみていい。



「アキトさん、どうして私の部屋の前に……?」

「ウギウギの体調が悪い理由がわかったからな」

「ッ!! 分かったのですか!」

「ああ」



ヴァニラは普段は見せないほどに感情を表に出して言う。

気になって、気になって、仕方なかった事なのだろう、まあ当然なのだろうが……。

ヴァニラもやはりウギウギに依存している所があるのだろうから。

だが、その事に本人はまだ気がついていないのだろう。



「本当に……、分かったのですか?」

「ああ、先ずは中に入れてくれないか。ウギウギがいたほうが分かりやすいだろうから」

「はい……」



ヴァニラは、俺に促され部屋のドアを開ける、本当は一度管理権限を執行し中に入っていた等とは言えない所ではある。

最も、部屋の中にはプライベートとよべるようなものはあまり無く、質素なものだったが。

最近はウギウギの飼育スペースが全体の4分の1位を占めているがそれはそれである。

ヴァニラが部屋の中に入ってくると、ウギウギはあまり元気ではなさそうながらもぴょこぴょこと寄ってくる。

俺だけ入室した時とは対応に大きな差がある。

やはり、これは間違いないのだろう。


ヴァニラはウギウギをなでてから肩に乗せ、ささっとウギウギの居たスペースの掃除を済ますとそのまま台所に向かった。

俺には座っているように言って、暫くするとスコーンと紅茶をお盆に乗せて持ってきた。



「その……」

「ああ、先ずはヴァニラも座ってくれ」

「はい」



ヴァニラも落ちつかなげではあるが、俺が話す事が焦って聞いても仕方のない事なのだと何となく理解したのだろう。

俺が据わっている椅子の向かい側に腰を下ろす。

だが、その目は焦りを隠す事が出来ていない、仕方ない事なのだが。



「その、原因はなんだったのですか?」

「簡単に言えばストレスだ」

「私の育て方が悪かったんですね……」

「ある意味そうだともいえるが、今からクジラルームに返しても恐らくは変わらないだろう」

「え……それは一体?」



恐らく生活環境が悪くなったせいなのだと思ったのだろう。

しかし、こう言っては何だがクジラルームでいた時よりも環境はいいだろう。

転居によるストレスはあるだろうが、それは今から戻って昔の仲間と旨くやれるかという問題と比べればさほどでもない。



「だったらどうして……」

「昔の迷信なんだが、ウサギは寂しいと死んでしまうという話を聞いた事がある」

「え?」

「宇宙ウサギというのはかなり周辺環境に依存するタイプらしくてな。ヴァニラになついているだろう?」

「はい」

「ヴァニラはこの部屋でだいたい一日何時間を過ごすんだ?」

「食事や休憩、支度等で一日2時間ほどと、睡眠に3時間、5時間ほどでしょうか……」

「それは……」



ヴァニラは思った以上に過酷な環境に身を置いていたようだ。

これでよく病気等にかからなかったものである。

まあ、ナノマシンを自在に扱える彼女ならある程度体内の調整も出来るのだろうが……。

だが、まだ第二次性徴期の彼女が徹夜のような事を毎日していれば体に負担がかからない訳がない。

普段ならそんな事を言っても聞きいれてはくれないだろうが……。



「なるほど……、ではヴァニラ、お前は今日から俺の言うスケジュールを実行してもらう」

「……」

「ウギウギは寂しさがストレスになっている。つまり、ずっと一緒にいれば回復すると言う事だ。

 だが仕事中連れ歩く事はできない。

 よって、ギャラクシーエンジェル隊としての任務以外の仕事は、午前8時から11時、午後1時から5時までとする。

 それから、午後11時には就寝し、朝は6時よりも後に起床するように」

「でもそれでは……今までの半分もお手伝いをする事ができません」

「その間はウギウギと一緒にいてやる事だ、そうすればウギウギも良くなるだろう」

「はい」



どこかで納得いってないような表情。

微細な変化ながらこういう無表情な子の表情を読み取るのが妙に上手くなった俺にはわかる。

何事も起こらなければいいのだが……。


取りあえず、ヴァニラを午後5時以後に働かせる部署には罰を与える事を館内放送で流しておいた。

正直、ヴァニラが自分から辞めてくれるとは思えない部分もあったからだ。

彼女の中ではまだ、自責の念が渦巻いているのだろうから……。















それから暫く、今後のための対策会議が会議室で行われる事となった。

参加者は、俺とレスター、シヴァ皇子、侍従長、クレータ整備班長、エンジェル隊という構成となっている。

戦闘に参加する者とどうしても必須になる整備班、そして皇族という構成なわけだ。

かなり意味不明なものだが、主要メンバーを集めたらこうなるのだから仕方ない。



「早速であるが、アキトよ。待ち伏せされていると思うのか?」

「はい、十中八九されているでしょう」

「ふむ、だが余は逃げぬぞ、エルシオールにて全員を引き連れローム星系まで行く。これは決定事項だ!」

「了解しました」



あの献策がよほど嫌だったと見える。

しかし、エルシオールを守りながら脱出するとなると包囲されていた場合絶望的になる。

対策を練るなら先ずそこからだろうな……。



「では、先ず相手がどう出るかだが、幾つか考えられる中で一番確率が高いのは包囲して待っている場合だ」

「包囲というと無人艦隊がずらりと……」

「そうなるな、正面から受けていてはエルシオールが沈む可能性が高いだろう」



何百隻、あるいは何千隻待ち伏せに大軍を使い包囲殲滅するのは基本中の基本だ。

それを食い破るには、防衛の陣地を作っておくか、逆に弾丸のように突っ込んでエルシオールごと脱出するか。

後者は戦死者を多く出すだろう、前者を行うには時間がなさすぎる。

クロノアウト後すぐに戦闘になる可能性が高いのだから。



「じゃあ、じゃあ。皆に帰ってもらうとか出来ないんですか?」

「可能であればやりたいところだが、クロノドライブ中は通信不可でね……」

「えっ、そうだったんだ……」



ミルフィーユの言っている事は無理が多いが、確かに目的そのものではある。

俺達も手段を出し損ねているのだから、考え方としては間違っていない。

ただ、手段を探している現状では一時棚上げだろうが。



「余としては囮作戦がいいと思うのだが」

「囮とは?」

「以前、ヴァニラのナノマシンを使ってやったであろ?」

「あれは……」



ヴァニラがナノマシンでシヴァ皇子になり済まして敵に投降して見せた作戦。

だが同時にあれは一回こっきりだから上手く行った作戦なのだ。

手法がばれていれば確認されればお終いだ。



「その作戦は既に敵軍の知る所となっているでしょう」

「うむ、しかし、本物か偽物かは確認してみるまで分からぬであろ?」

「それは……」

「それに、もしも、ヴァニラがいる状況で余が2人いればどうなると思う?」

「どういう?」

「見た目を化けさせるだけなら人形にナノマシンをかぶせておけばよい」

「なるほど、確かにそれも一つの手ですね」



向こう側はヴァニラ以外がシヴァ皇子に化けられる事を知らない。

つまり、ヴァニラがいてシヴァ皇子が2人いた場合、相手を多少なりとも混乱させられるだろう。

ただし、本体と分身が同じ場所にいては意味がない、一人はエンジェル隊の誰かの所、

それもナノマシンを操る事がバレているヴァニラ以外の紋章機に同乗しなければならないだろう。

ただ、複雑な機動を行う紋章機内で人形が倒れたりしないかという心配も残る。



「当然、複雑な機動をする機体の動きに分身は耐えられぬ。

 よって、余がアキトのエステバリスに同乗する!」

「待ってください!」


「なんじゃ、アキト? それに侍従長も」

危険すぎます! テンカワ提督の機体は僅か6mの大きさしかないのですよ。

 もしも攻撃を受けたなら……」

「何をいうておる、侍従長ももう少し勉強せよ。

 エステバリスには重力制御とディストーションフィールドがある」

「はっ、はぁ……しかし」

「重力制御のお陰でGはあまり感じぬし、

 ディストーションフィールドはレーザー系を無効化、ミサイル等の攻撃も衝撃を受ける程度なのだぞ。

 はっきり言って、エルシオールにいるよりも安全のはずだ」



シヴァ皇子、いつの間にエステバリスのスペックを……。

だが、ディストーションフィールドは機体の大きさの問題で3分も全力で張ればエネルギー切れになる。

Gのキャンセルもあまり複雑な機動をしなければという条件付きだ。

重力制御が追いつかない機動をすれば、やはりGはかなりの衝撃を叩きこんでくる。

ブラックサレナに乗っていた時は特殊な鎧で体を守っていた……あまり格好のいいものじゃないが。



「申し訳ないが、それは戦闘機動をしなければと言う事になるが」

「それでも良い! 余だけがこの正念場で何もせぬ等と言う事は出来ぬのだ!」

「……」

「分かりました、テンカワ提督よろしくお願いします」

「……いいのか?」

「よくはありませんが……」

「分かった、シヴァ皇子、くれぐれも無茶はしないでくれ」

「何を言うておる、同乗するのだからお主が無茶をしなければいいのだ」

「確かに」



方向性の決まった会議はその後とんとん拍子で進んでいき、おおむねの作戦が決まった所でお開きとなった。

その後の細かい作戦のつめは俺とレスターの仕事だ。

翌日はほとんどレスターと、途中でやってきたシヴァ皇子と3人での会議にあけくれた。

そして、クロノアウト当日。



「作戦は伝えた通りだ。不安な点は幾つかあるが、突破さえしてしまえばこちらのものだ。

 多少強引になっても、全員が無事に切り抜けられる様に考えたものだ。

 では、総員戦闘配置!!



クロノアウトに備え、レスターと、シヴァ皇子人形はブリッジに、俺とシヴァ皇子はテンカワSplに。

そして、エンジェル隊はそれぞれの紋章機に搭乗した。

一応、シヴァ皇子が乗ると言う事で、突貫工事で俺の後ろにシートを取り付けてある。

大人用となるとかなり難しいが、子供用なのでなんとかなったようだ。



『クロノアウトまであと10・9・8……』



カウントダウンが始まる、現状どの程度の規模の艦隊が待ち受けているか分からない。

一応、最悪の場合、方面軍クラスである1500を想定はしていたが……。

戦闘になるかならないかと言えば、先ずならない。

だから、敵がいたら逃げる方策を練るしかないと言えた。



「殿下シートのほうは問題ありませんか?」

「うむ、少し窮屈な気もするがパイロットシートがゆったりしていても困るであろうし丁度よかろう」

「安心しました、ただ、複雑な機動を取る場合慣性を殺しきれない事があります。

 シートに出来るだけ深く腰をおろして姿勢を正していてください」

「分かった。存分に働くがよい」

「はっ」



俺は、モニタでエンジェル隊全員のテンションや体調のチェックを済ませていく。

そこで、ふとヴァニラに目がとまる。

おかしい……、目の下にくまができているし、どこかいつもより虚ろな感じを受ける。

徹夜でもしたかのようだ……、いや、あれは確実に……。



「ヴァニラ、寝てないのか……?」

問題ありません……

「問題なくないだろう、今の状態で戦闘をするつもりか?」

『はい』

「……」



まずい、昨日ウギウギの事で諭したのが裏目に出たのか。

恐らく、仕事をこなす量を減らさずウギウギとの対話の時間も取った、そんな所か……。

ただでさえ、5時間程度でしかなかった休憩時間を全てウギウギに回したというなら、睡眠できるはずもない。

仕事を回すなと言ったのに……、いや、クルーが仕事を回さなければ勝手に倉庫の整理や掃除を始める彼女だ、無駄だったか。

むしろ、人のいない所だからだれも止められなかったと見るべきだな……。



「今回の出撃からヴァニラを外す」

ですが……

『そうだね、ヴァニラ、今日は寝ておきな。後はアタシ達がやっておくから』

『御無理は禁物ですわ、ヴァニラさん』

『ヴァニラの分も私達がんばるよ!』

『しっかり寝て、元気になってから参加すればいいでしょ、戦いは今回だけじゃないんだから』

『私は……大丈夫です



諭されるが、頑固に拒むヴァニラ。

彼女はどこか意地になっていたのかもしれない。

だが、ここで出撃を許すわけにはいかなかった。

医者の不養生というが、まさにそれだな……。



「ならば余が命令を下す。今日は休めヴァニラ」

殿下……

「余の命令が聞けぬか?」

いいえ……、分かりました。今日は休む事にします



絶体絶命の中、ヴァニラを出す事が出来ない状況になった事は悔やまれる。

しかし、ヴァニラが死ぬよりはいい、そう考えるしかない。

だが、彼女をなんとかしてシスターバレルの死で受けた強迫観念から解き放たなければこの先いつ死んでもおかしくない。

そうは言ってももう直ぐ出撃だ、今はそちらに集中しなければ。



クロノアウトしました!

 レーダー確認中、周辺に艦隊が集結しています。

 前方に300、後方、左右、上下に各200、方面軍規模です!!

『ひょえー!? 完全に囲まれてます!!

『全く、エオニアは随分とシヴァ皇子に御執心なんだねぇ』

『たかだか1隻に方面軍艦隊一つって豪勢過ぎない!?』

『あらあら、皆さんはしゃいじゃって。ですが今回は本当に、アキトさん頼みますわね』

「ああ、必ず皆を生きて脱出させてやる」



周囲を見れば絶望と言ってもいい数の兵力差。

たった1隻を1300隻からなる艦隊で包囲する方の神経を疑うが、向こうもそうしなければならない理由があるだろう。

俺達は本来なら不可能なはずの300隻規模の分艦隊に勝っている。

もちろん、紋章機や合体による無茶苦茶な戦闘力の単騎による逆転、戦術とも言えないものだったが。

だから、彼らはそういう現象が起きえない方面軍規模を出してきたという事なのだろう……。



「とてもじゃないが、戦闘になりそうにないな……。やはり、プランDで行くぞ」



俺達は、逃げ切るための作戦を展開する事にした。

プランDはA〜Cが不可能な時の次善の策ではあるが、全員脱出を目的としているだけマシな部類だ。

E以後は囮の危険が看過できないレベルになってくる。

プランをこれ以上シフトしない為にも、出来るだけ急いで脱出する必要があった。



「エンジェル隊出撃!!」

『『『『了解!』』』』



俺達は、そうしてエオニアの通信が来る前にエンジェル隊を展開させた。

不利な条件を持ち出されるのが目に見えていたから。

もっとも、この状況から切り抜けるのは並大抵ではない事は明白だ。

しかも、ヴァニラの出撃不能、ミントのトリックマスターのフライヤー破損等戦力低下が更に響く可能性が高い。

俺としては、速攻で決めるしかないと考えていた……。




あとがき

いやー、とうとう7000万HITですねー1億HITまで残りの方が少ないですね。

これも皆さんがご愛顧いただいたおかげです!

これからも、こうしてシルフェニアを続けていけるといいですねw

頑張りますので、みなさんもよろしくお願いします!

という訳で、記念連載としてやらせていただいている新緑シリーズのお話を作ったのですが……。

1月に出すはずだったのが4月になるわ、後編じゃなくて中編だわと色々問題点山積です。

後編もはやくださねばなと思っております(汗)

今度こそは公約違反にならんようにしないと……。



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