同盟で混乱が起こった頃のこと。
ラインハルトは帝星オーディンでの仕事のうち重要なものは終わらせる事ができていた。
特に、三長官兼任という立場だけでなく、更に宰相という政治的権威も手に入れた事は大きい。
それはつまり、帝星オーディンの掌握がほぼ完了したという事だからだ。
ラインハルトはフリーハンドとなった事で帝国統一を急ぐか、同盟を牽制するかという選択肢があった。
「どうやら、一応は同盟の混乱は誘えたらしいな」
「は、特に海賊とフェザーン商人達は多方面に展開して小規模に戦っているため捕捉には時間がかかるでしょう」
「テロリストもどきというわけか、対処は面倒だろうが……恐らく、こちらに対して何かリアクションをするだろう」
「国内が乱れたままですか？」
「そうだ、ジュージ・ナカムラがただやられてくれると思ってはいないだろうな？」
「それは……」
オーベルシュタインはラインハルトの言葉に反応出来なかった。
結果を見れば、ラインハルトは未だジュージ・ナカムラに勝利した事がないのだ。
もちろん、細かく言えばアスターテにおいては勝利していたとも言えるし、今回の謀略では勝利している。
だが、結果に結びつく勝利ではないため、帝国はジュージ・ナカムラに負け続けている。
ジュージ・ナカムラが艦隊戦で強い家と言われると、違うのは間違いない。
ラップやヤンの事は帝国でも掴んでいる、はっきり言えば、彼らの艦隊運用をそのまま部下に伝えているだけだ。
政治センスが高い家と言われれば、やはり違うといえるだろう。
彼自身が政治を行ったという話は聞かない、トリューニヒト議長を裏から操っているという情報こそ掴んでいるが。
商売のセンスとて、それほど良いわけではない。
ただ、どれも新しい概念を持ち込みそれを専門家に運用させる事により天才であるラインハルトらよりも結果を残しているのだ。
「……思っておりません」
「ジュージ・ナカムラならば必ず報復を行うだろう」
「確かに」
「考えられる可能性は３つくらいか。
１つ目、こちらを混乱させるデマないしテロを行う。
２つ目、門閥共と同盟を組んでこちらを攻める。
３つ目、門閥は放置してこちらを攻める」
「１つ目は必ず仕掛けてくるでしょう。
恐らく併用してくるものと思われます。
１つ目を使い我々の正当性を揺るがした上で門閥共を盾にしつつ我らを攻める。
これが一番有効であるかと」
「……いや、奴なら１つ目と３つ目を併用する可能性が高い」
「門閥は放置すると？」
「その方が効率的だからな」
「……組めば連携を取らねばならないということですか」
「ああ。艦隊の再編成を急ぐ必要がある、キルヒアイスとアイゼナッハ、ミュラーを残し全艦隊を帝都に戻す」
「彼らだけで門閥を抑えられますか？」
「もう既に門閥は半数以上削り取っている。後は、レンテンベルク、ガルミッシュ要塞にこもった奴らを燻り出して叩くだけだ。
キルヒアイスならこの程度は出来るさ、ただ、少しばかり時間はかかるだろうが」
「なるほど。了解しました。そう言えば要塞艦ですが名は何としましょう？」
「そうだな、ウートガルズでいいだろう」
「了解しました」
ラインハルトは既に防衛計画を練り始めていた。
ただし、現状において国力は同盟が１０とするならラインハルトの統治範囲は良くて５程度、中立勢力と合わせても９に届くかどうか。
そして、門閥の持つ国力はまだ７程度は残っている、一番財貨を溜め込んでいる貴族達なのだ、負けてもそう終わってはくれない。
さらに言えばラインハルトは改革のためにかなりの資力を割いているため、軍事費は半分以上中立勢力からの税に頼っている。
そして、中立勢力は同盟から攻められれば真っ先に被害が出る所でもあった。
つまり、柔らかい腹を見せているのと同じ事だ。
故に今ラインハルトは急ピッチで艦隊を中立勢力の領域に送り込まねばならなかった。
もっともそのためのウートガルズ級輸送艦なのだが。
銀河英雄伝説 十字の紋章
第三十九話 十字、開戦する。
宇宙暦４９７年、帝国暦では４８８年の４月。
原作においては、ようやく門閥が反旗を翻す時期である。
俺が介入したことによって、ラインハルトは簒奪を行うしかなくなった。
しかし、簒奪してそのまま皇帝として名乗りを上げていたら、帝国貴族から総スカンを喰らうことは確実。
そのため、結局幼帝エルウィン・ヨーゼフ２世を据えてクッションにするしかなかった。
ラインハルトがいくらカリスマを持っていたとしても、今の帝国をすぐさま統一する事はできない。
簒奪の汚名はそう簡単に無くなるものではないからだ。
何度も言ってきたが、帝国そのものは同盟の倍以上の国力を持っている。
しかし、皇帝や門閥が臣民を顧みなかったために経済が回らず貴族や皇族の懐に眠っている。
今の状況では、帝国はそのキャパシティを発揮出来ているとはとても言えない。
足の引っ張り合いも含め、同盟と渡り合うのは厳しいだろう。
だからこそ、ラインハルトには時間が必要だった。
門閥を倒す事そのものは難しい事ではないが、艦隊を動かして制圧していくにも１年程度はかかるし、経済を回すにはさらにかかる。
ましてや、簒奪の事もあり、原作ほどには周囲が協力的でないため、速度はどうしても遅くなる。
万全を期するなら３年、最低でも門閥主力との戦いを終わらせるための後半年はほしかっただろう。
それを待つということは、同盟にとって死刑執行書にサインするのに等しい。
ラグナロック作戦において、帝国側がイゼルローンに３個艦隊、フェザーン側に７個艦隊、支援艦隊を３個艦隊という規模で攻撃した。
１３個艦隊というのは、同盟の最大艦隊数１２個艦隊を上回る艦隊である。
それが、残り４個艦隊しか残っていなかった同盟にぶつかれば勝ち目がないのは明白だった。
ヤンが巧みな攻撃で追い込むシーンは見ものではあったが、悲しいかな戦略的勝利はイゼルローン一回きりである。
何が言いたいかと言えば、つまりこの世界でもラインハルトが同様である以上、半年で逆転される可能性が大であるという事だ。
そうした考えのもと動くのであれば、拙速であってもやるしかないとわかる。
そうでなくても、謀略では敵わないと立証されたのだから。
だからこそ俺はトリューニヒトを更に使う。
「閣下、申し訳ないですが次をお願いしたいのですが」
「クーデターのほうは片付いたのかね？」
「ハイネセン周辺からは叩き出しました」
「そうかね、ふむ……」
これは事実だ、実際この世界でもトリューニヒト派となったドーソンは精力的に動いている。
自分が反乱の首謀者の一人であるということを払拭するために。
これは、リンチも同じだ、家族を苦しませないためには、今度こそ活躍しなくてはならない。
だからどちらも実力以上に頑張っている。
俺の狙いは上手くいっているといえるだろう。
「ドーソンやリンチは裏切り者である事実を払拭しなければならない。
絶対にやり遂げますよ」
「なるほどな。海賊も災難だな」
「第四艦隊のほうは、そろそろ終わりそうですね」
「ふむ、では大きな勢力はほぼいなく成ったと見ていいという事かね？」
「はい」
「わかった、では緊急評議会をするとしよう」
トリューニヒトは軍の護衛を大量に引き連れながら、車に乗り込む。
軍の装甲車で乗り入れるつもりだな。
２０台以上の装甲車が走っていく、まあ護衛は必要なのは事実なのでそっとしておいた。
同盟の意思を帝国側に突きつけるためには、彼の力が必要だ。
「さて、次は……」
「クブルスリー閣下が見つかりました！」
「そうか、どこに？」
「それが……」
結論から言うとクブルスリー大将は原作と同じ結末を迎えていた。
軍内にまだ残っていた地球教徒がフォークを脱出させたのだ。
そして、クブルスリーは一命をとりとめたものの、重傷であり長期入院となる可能性が高い。
フォークはその場で射殺された。
しかし本当に、地球教徒はどれくらい潜んでいるんだ？
同盟に残っているのはもとの１％程度にはなっているはずだ。
活動があったものは全て取り込むか検挙している。
それでも彼らは動いている。
信じられるから信じるんだ。
ならば、策はないでもないが……。
「アイネ、地球教徒のネガティブキャンペーンを張る。
今までよりも派手にやってくれ、その上で内部の動きを監視できるか？」
「わかりました、幸いにしてそういう事に向く組織もありますので、委託しつつ行います」
「任せる」
こうもこちらの目を掻い潜れるのは、俺の持つ情報網の中に地球教徒が混ざっている可能性がある。
今は監視以上は出来ないが、可能な限り特定を急いでもらう必要がありそうだ。
だが、今回の一番重要な事はここではない。
俺は今いる中で最高の階級を持つ人の所に向かう。
今までの準備を無駄にしないためにも、ここはお願いする必要があるだろう。
「グリーンヒル大将、貴方にお願いがあります」
「何かね？ クーデターについては規模の大きなものは潰れたが、ウィンザー夫人の逮捕がまだだ。
今のところはそちらの指揮を取っているが」
「なるほど。
しかし、こちらの方も緊急でして」
「もしや……攻めるのかね？」
「はい、緊急で８個艦隊を編成し、攻撃を行うつもりです」
「可能なのかね？」
「そのための準備も含め、急げば急ぐほど有利になります」
「ふむ……、分かった。今まで君がやってきた事で外れた事は無いからな」
「恐らくですが、前回ほどには物資を送らなくて済むと思います」
「それはどういう意味かね？」
「少しばかりコネが出来まして」
まーアンリ先輩のつなげたコネだけどな。
上手くすれば、侵攻スピードもプラスになるし、補給も可能になる。
正直、まだ完全に信用できるかと言われると難しいが。
「本当に、君は先見の明がある。
恐らく同名史上最高の提督だろう」
「まあ、それなりに奇抜な発想は持っていますが。
俺は凡人ですよ、良くて秀才。
本当の天才っていうのは、ヤンやラインハルトみたいなのを言うんです」
実際俺の手品の種はほとんど前世における知識だ。
金を稼いだのは漫画やアニメの知識だし、オリジナルの武器等はそれらにあったものだ。
そして、稼いだ金でゴリ押ししてきたのが今の俺だ。
有能な人材も原作知識で知っていた、もっとも有能とされていない人物でも見方を変えれば有能だって言うのは多い。
例えば、ドーソンなんて聞きかじりの東條そのものだ。
だが、東條は別に馬鹿だったわけじゃない、ただ視野が狭いため反論を言う人間を周囲から排除しておべんちゃら係を配した。
彼自身の有能さは周囲の無能さを覆すほどではなかったという事だ。
実際、中国等に戦争を始めたのは東條の取り巻きが爵位を欲したからだという説もある。
トリューニヒトは人心掌握能力は一流だし、リンチもグリーンヒル大将が目をかけるくらいには有能だ。
下手すれば同盟よりラインハルトを手こずらせたルビンスキーも方向性はともかく有能であるのは事実だ。
そうした知識があってこその今であるのは間違いない。
「なら、その天才達を手玉に取る君はなんだね？」
「あえて言うなら詐欺師ですね」
「詐欺師……フフフッ、ハハハッ！ それはいい！ 君はたしかに正面から戦わない事で勝ってきた。
しかし、今回は決戦となるだろう」
「はい、もちろん全力でラップとヤンに任せます」
「はっはっは！ 確かに、餅は餅屋だったかな？ 君の漫画に出てくるね」
「はい。お任せを」
「わかった、こちらも君の役に立てるよう頑張るとしよう」
俺のやってきたことは、汚い民主主義のあり方ではある。
だが、原作の最低の民主主義よりはマシだと自負している。
そして、俺は原作の正しい帝国主義よりも群雄割拠のほうがマシであると思っている。
それを証明するためにも、そして何より同盟を勝利させるために。
グリーンヒル大将が出ていったのを確認してから、俺もまたアイアースの出撃準備をさせる事にする。
第一艦隊のクブルスリー提督がいない現状、ヤンが率いアイアースは俺が使わせてもらう。
現状、そうするしかないとも言えるが……。
『自由惑星同盟政府、最高評議会より緊急放送を行います』
その放送は自由惑星同盟だけではなく超空間通信を使い可能な限りの広範囲に向け放たれた。
帝国の半分以上にも普通に見れるくらいに強力な通信を放っている。
もちろん、全ての惑星がそれを知ったわけではないが、それでも帝国内でも何億という人間が目にする事になった。
『今、自由惑星同盟は未曾有の反乱に悩まされています。
しかし、恨まれても同盟のために捕虜となり情報を持ち帰ってきた英雄、
アーサー・リンチ少将により事前に情報を得ていた我々は早急にドーソン大将を陸軍に送り込み大部分を投降させました』
その話を聞き、アーサー・リンチがただの臆病者であるという認識は崩れた。
もちろん、半分も信じた訳ではないが、それでもトリューニヒト評議会議長の口から出た事を安易に否定もできない。
今まで口さがなく言っていた者たちもなんとも言えない表情となって画面を見ている。
『更に、宇宙艦隊のうち第四艦隊が反乱に加わっていましたが、それはムーア元提督の半ば独断によるものであった事がわかっています。
それも、ヤン・ウェンリー中将率いる第一艦隊により駆逐され半分は投降してきた事により壊滅しています』
この事に驚いたのはむしろ、軍内の人間だったろう。
ドーソンが裏切ったと言われても、彼らはありうるなとしか考えていなかった。
ドーソンが策を弄するという事すら考えの外であったろう。
事実として己の揃えたイエスマン達に逆に操られていたという事なのだが、あえてそれは語らない。
『残る反乱軍は元々宇宙海賊であり、色々な宙域で散発的なテロを続けているようです。
しかし、ルグランジュ提督率いる第１１艦隊と苦難の英雄アーサー・リンチ提督が殲滅してくれる事でしょう。
更に、ハイネセン陸軍に入り込んだ地球教徒の殲滅も順調に進んでいます。
逃げ回る敵を殲滅するには少々時間がかかるかもしれませんが、大勢は決しました。
主犯であるコーネリア・ウィンザーらのいる区画も包囲を完了しています。
おおよそこの反乱は決着が付いたと言えるでしょう』
まだ完全には終息していないとは言え、勝利が確定した事に同盟市民は沸き立つ。
ウィンザー夫人の事を真に受けている人間はごく少数だった。
そもそも、同盟は帝国に勝利し続けているという印象を持つ者が多い。
なのに、なぜ今革命なのかという人間が大半だった。
『しかし！ しかしである！』
それまでは比較的穏やかに話していたトリューニヒトが急に語気を強める。
それは何かに対する怒りを表明しているのは明らかであった。
『これらの反乱は全て、ローエングラム侯ラインハルトが考えた同盟を混乱させるための策だったのだ！』
トリューニヒトの話に引き込まれた人間達は驚きをあらわにする。
これは紛れもない事実であるため、誤魔化す必要もない、トリューニヒトはノリノリで演説を進める。
『先程も言った様に、アーサー・リンチ少将にもたらされた情報である。
最初はローエングラム侯がその様な事をするとは思っていなかった。
捕虜交換を申し出てきたのだから今までの帝国とは違うと考えてすらいた』
そこで一旦貯めを作り、視聴者の頭に言葉が入り込んだ所で次に進める。
『だが、実際に彼の言ったクーデターは起こり、現実の脅威となっている。
それはアーサー・リンチ少将の言った事が正しかった証明である！
よく考えてみてほしい、今同盟は勝利し続けている。
クーデターを起こすには時期が悪い。
普通は不満が溜まって同盟市民が我らへの不審をつのらせた時に起こる事なのですから！』
クーデターの人員がわずか１個艦隊とハイネセンの陸軍のうちの半分という中途半端な規模であるのもそのせいだった。
結局、ラインハルトと言えど不満の少ない人間達をテロに走らせる事は難しかったという事だ。
『そして、調べた所。捕虜交換で戻ってきた人間の中に間者を潜ませていた様だった。
それに、フェザーンの一部の商人が同盟参加を拒否していた事はご存知かと思うが、宇宙海賊は彼らの支援を受けていたのだ。
それらを巧みに操り、決起させたのがローエングラム侯ラインハルトである！
この様な卑劣な行為に対し同盟は断固とした措置を取らねばならない！
よって、自由惑星同盟は神聖銀河帝国臨時政府に対し宣戦を布告するものである！
ローエングラム侯を倒すため、大規模艦隊を派遣するものとする！！
待っているが良い、卑怯者等に我らが屈しないという事を教えてやるのだ！！』
この演説に対し、同盟市民は凄まじい熱量で賛意を示す。
帝国側の視聴者達も、ラインハルトに対する忠誠心が低下した。
もともと簒奪者であることから、原作ほどの忠誠を得られなかった上にヴェスターラントを見逃さなかった事で門閥の人気が低下していない。
結果として門閥に粘られてしまっている。
ジュージはこれらの状況を踏まえて、トリューニヒトにこれらの演説を頼んだのだ。
これにより、同盟市民は心を一つにした。
同盟はとうとう帝国への本格的侵攻を開始するのだった。
あとがき
ウィンザー夫人を放置しつつ、ラインハルトとの決戦を目指す戦いが始まります。
かなり内容は飛ばし飛ばし出会ったかと思いますが、私のような長編を苦手とする人間が完結まで作るには必要な事なのでご容赦を。
今年中に完結させられればいいけど……。
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