ラインハルトとキルヒアイス、そして精鋭部隊を全て捉えた。

そして、その事を通告する事で、帝国艦隊は半数が降伏し、半数が逃げた。

逃げた中にロイエンタールの艦隊があったのは問題だが、まだ敵艦隊は残っているため動くことは出来なかった。

ロイエンタール艦隊が門閥の艦隊と合流するのは気に食わないが、現状これ以上はどうしようもない。


その結果、続けてファーレンハイト艦隊との交戦に入ったが、すぐさま降伏が申し入れられた。

まあそりゃ当然なわけだが、同盟軍に対してはオーディンを人質に取る作戦が使えないのだから。

とはいえ、もう少し粘られていたら門閥艦隊もやってきていただろう。

何せ、ロイエンタールが説得できればその艦隊はロイエンタール帝国となるし、そうでなければ士気崩壊だからな。


そして、同盟艦隊は半数を防衛に残し、オーディンへと降下を開始する。

正直、俺はここまでの事を考えていた訳ではない。

ラインハルトが引きこもり戦術を選んだなら、同盟と帝国の天下二分にするしかなかった。

そうでなくても、外交を使ってきたならかなり戦いは伸びていただろう。

それに、彼は若いのだから待つ事に関してはいくらでも待てたはずだ。

だが、彼は性急を望んだ。

その結果がこれだ。



「さて、帝国には相応の報いを受けてもらわないとな」

「はい、流石にここまで来た以上敗戦処理はしてもらわないと」

「ラップでもやはり思う所はあるのか?」

「それは当然ですよ。ただ、帝国を何もかも潰す様なことは出来ないでしょうが」

「まあ、今回俺は全権を預かっている。

 抵抗する者は皆殺しにできるくらいにはな」

「怖いですね」

「罪を被る者がいなくなっても困るから出来る限り穏便に行きたいがね」

「穏便ですか……」



暫くして、地上が見えてきたが、戦車や基地砲が大量に火を吹いた。

まあ、こっちは戦艦なので火力を絞ってどんどん排除していく。

更にワルキューレが打ち上がってくる。

こちらはミサイルで応酬した後、残った敵に空母に積んでいた対空戦闘機を展開し、殲滅していった。

流石に数が多く、抵抗は激しい、しかし、大火力はない。

それは当然で、皇帝陛下の周囲にそんな火力を置く事は出来ないだろう。



「地上を焼き払うわけには行かない。ピンポイントを心がけろよ」

「周知徹底しています。一般人の被害は最低限に済ませてみせますよ」

「頼む」



人権意識がないわけじゃないが、同盟軍のイメージが悪くなる事は極力控えたいという事もある。

だが、敵艦隊が無くなった今、帝星は無防備と言って良かった。

多少の時間はかかったものの、艦隊は新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)上空に待機した。

そして、大量に持ち込んだパワードスーツ部隊が降下する。

もともと技術では同盟は帝国を上回っている。

飛行戦車やスパルタニアンにより、降下援護を受けどんどん降下していった。

程なく、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)のほうから降伏宣言がなされる事となる。



「ここからは政治の領域になるな……はぁ、政務官を寄越す様に同盟本土に超空間通信を飛ばしてくれ。

 ただまあ、基本的な事は俺とラップ、お前で詰める必要が出てくる。

 一週間くらい寝れないと思ってくれ……」

「ははは……了解……しました……」



勝利したというのに喜べないという面倒くさい状況ではあったが、俺は初めて新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)に降り立った提督となった。

ちなみにラップ以外にも参謀は10人はいるが、政治向きの話が出来るやつはいなかった。

結果として、俺とラップが徹夜仕事を続ける羽目になる……。





銀河英雄伝説 十字の紋章


エピローグ 十字、未来を語る。






皇帝エルウィン・ヨーゼフU世に公式で謝罪をさせ、帝国の重臣をほとんど戦争犯罪で死刑を求刑する形をとった。

それに抗議し、門閥連合が何度か仕掛けてきたが、ヤンに待機している4個艦隊艦隊を任せて迎撃させた。

門閥連合は視野が狭いため、同盟本土に仕掛けるという考えはない、帝星を手にれて皇帝になる事しか考えてないのだろう。

一応の総指揮官である、メルカッツ上級大将は手強いだろうが、門閥貴族の艦隊に対する指揮権は無いに等しい。

散々にやられて帰っていった。


ともあれ、俺は帝星の政治に口を出す気はない。

こうして、一時的に占領下に置く事でゴールデンバウム王朝の終焉をわからせるのが目的だ。

ただまあ、同盟市民としてはこのまま占領してほしいと思うだろうから、納得させる手が必要だな。



「策略か、あまり得意じゃないんだがな」

「もちろん、全面的にサポートさせていただきます」



ラップが声を上げる。

本当に俺はラップがいた事でどうにか生き残っているという点は大きいな。

本来は死んでジェシカを悲劇に落とす事になるんだが、それが起こらなくて良かったと思う。


2週間ほどオーディンに駐留していたんだが、交代の艦隊が来たために、俺はお役御免となった。

同盟史上最大の英雄を讃えたいので早く帰ってきてほしいとの事だ。

だが、今でもロイエンタールが最大4個半艦隊を率いて引きこもっているので、どこにいるのか確かめたいという事はある。

捕まえたラインハルトとキルヒアイスを奪還に来るだろうか?

いや……ロイエンタールなら時期を待つか、もしくは自分の勢力を作り上げるだろう。

正面から戦ってはヤンには勝てないのだから。



「帝国臣民にはエルウィン・ヨーゼフU世から普通に暮らす様に通達が出ています。

 よっぽどの愛国者以外は動かないでしょう、何より艦隊が上空から見張っているのですから」

「そうか、ならオーディンに降りる必要はないな?」

「はい、エルウィン・ヨーゼフU世との謁見もパエッタ中将に任せる事にしたんですから当然そうなります」

「まあ、パエッタ中将は艦隊司令というより社長としてのほうが成功しそうな人だからな。

 外交でも十分力を発揮出来るだろう」

「はい、帝国側は多少怒りを覚えるでしょうが、実質占領下なのですから別に顔を出す必要はありません。

 それに、実際の占領に関する事項を行うのは同盟政府ですしね」

「そういう事だ」



まあ、別に降りても十分に護衛がつくから死にはしないだろうし、俺が死んだら総攻撃だろうから普通はやらないだろうが。

それでも、こんな所まで来てまでリスクを負うのは御免だ。

それにどのみち、パエッタ提督は有頂天になって降下していったので大丈夫だろう。

調印等は政府が行うし、既にエルウィン・ヨーゼフU世に出させる通達は通信で伝えて実行させた後だ。

基本的に残っているのは会見くらいのものなのだから、顔がいい人に任せるべきだろう。



「後は俺がやるべきなのは、ラインハルト達への接見か」

「それも無理に行う必要はないですが……」

「携帯バリアは外さないし、護衛もつける。相手も拘束されているだろう。

 それに、彼とは話しておきたいと思っていたんだよ」

「話す……ですか?」

「彼は何を思って銀河の統一なんて考えたのかだね」

「統一ですか?」

「少なくとも現状、帝国と同名を一つにすれば統一と言えるだろう」

「それはそうですが」

「まあ、話してみるさ」

「わかりました、お供します」



そうして俺達は、ラインハルトとキルヒアイスを面会室に呼んだ。

とはいえ、警戒は最大限にしている、ゴクウ率いる親衛隊が部屋に8人壁に張り付く様にして威圧している。

12畳ほどもある面会室が狭く思えるくらいだ。

両手、両足を手錠で拘束されたラインハルトとキルヒアイスがやってくる。

こちらにも、左右に一人づつ白兵戦要員がついている。



「捕まえて以来だな、ローエングラム侯爵」

「何故俺を呼び出した?」

「話しておきたい事がある、君達の扱いを決めるためにね」

「あの、処刑ならば僕が……」

「キルヒアイス……」



どうやらラインハルトは覚悟完了しているようだな。

まあ彼の性格ならこういう場で狼狽える様な事はしないだろう。

だが、彼をこのままにしておけない。

はっきり言って艦隊戦で殺せなかったのは俺にとって最大の誤算だった。

獄死や処刑等で殺すのは大概不味いのだ。

彼はある意味において神だ、こういう言い方をすると悪いが状況は某智○夫被告と似ている。

つまり、彼が艦隊戦や戦争以外で死ねば信者が暴走する。

ただでさえ旗印となるロイエンタールが野放しになっているのだ、放置はできない。

故に、面倒くさいが彼に生き残る選択を与える事も考えねばならない。



「受け答えは真剣にしてくれよ。俺はお前の姉の事も知っている。この意味が分かるだろう?」

「ッ!?」

「アンネローゼ様をどうする気だッ!?」



ラインハルトは驚いてから眼を鋭くし、キルヒアイスは暴れようとするが、左右から攻撃を受けて倒れる。

流石に、手足を電子錠で拘束されていてはチート体術も使えないようだ。



「今の所どうする気もない。だがお前達が非協力的なら彼女をここに呼ぶ事になる」

「卑怯者めっ!!」

「ッ!! ……いいだろう。話をしろ」

「物分りが良くて助かるよ」



流石にこれは効いた様だ彼らの精神的弱点だからな。

もっとも俺はその事はよく知っている、彼女をどうこうする気はない。

だが、それでも彼らには少し緊張感を持って聞いてもらいたい話であった。



「1つ目は、君たちの走っていたレールについてだ」

「レールだと!?」

「僕たちは自分の意思で選んだ。レールなんてどこにもなかった!」

「そうかな?」

「何が言いたい……」

「君たちは士官学校の幼年学校に通い、それを卒業後准尉任官を果たした」

「ああ……」

「この時点でおかしいと思わないのか?」

「おかしいだと?」

「同盟の士官学校は中等部と高等部がある。これは帝国も同じだ、言い回しは幼年学校だが」

「ああ……」

「高等学校を卒業すると准尉もしくは少尉任官をするのが軍のならわしだな?」

「それは……」

「幼年学校を卒業しても、幹部候補になれない。普通なら二等兵からだ」

「まさか……」

「そうだ、お前達はこの時から既に皇帝の目に留まっていた」



まあ、原作ではその辺の深い事は考えてなかった可能性が高いが。

それでも、上級大将から元帥に上げる時には皇帝の一存だった。

元帥達やリヒテンラーデも強くは反発しなかった、これは以前からやっていた事と言える。



「お前たちが復讐を誓った事、そして士官学校の幼年学校に入った事は皇帝は既に知っていた。

 そもそも、彼は自らを、そして帝国を滅ぼす者を探していたのがわかっている」

「お前は……そんな事まで知っているのか……」

「ちょっと考えれば分かる事だが、お前達の階級の昇進はバカバカしいの一言だ。5年で12階級特進している。

 お前の手柄は確かに尋常ではないが、それを含めても3倍は早い。

 5年で元帥なんて、同盟を滅ぼしても不可能だよ」

「くっ!!」



階級の昇進システムの都合上、将官になってからの昇進はポストが開く事が大前提だ。

だから、前任が退職か降格か殉職しない限りは直に入れ替わる事は不可能だ。

俺は確かにかなり早いほうだがこれでも42歳だ。

原作のラインハルトはヤンの昇進の遅さを揶揄っていた事があるが、彼の軍では実力で直ぐ階級が入れ替わるという事になる。

降格がポンポン出てくる様な軍が長持ちするとは思えないんだが……まあ、そこまで考えてないんだろうな。



「それを踏まえて2つ目の話を進める」

「……」

「ギリギリッ!」



ラインハルトは半ば呆然としているが、キルヒアイスは歯切りしをして俺を睨んでいる。

案外キルヒアイスは知っていたのかもしれんな。



「お前は皇帝の要望通り皇帝を殺した、そして帝国の実権を握った。

 その結果、お前は銀河統一という事業を行う事を決めた。

 それは、同盟に対するテロ計画を見れば明白だが、それは何のためだ?」

「何のため……?」

「僕たちの夢を笑うのか!!?」

「夢か、なるほどな」



確かに原作で言っていた気がする。

夢のための統一か。



「夢ね、それは悪いとは言わないさ。だが、帝政を引き継いだのは何故だ?」

「帝国の臣民は基本政治に無関心だ、共和制なんて不可能なんだよ。

 それに、俺は共和制が正しい政治とは思えない。

 お前達の国を見ていればな」

「なるほど、確かに同盟もかなり腐敗が進んでいるな」

「ああ、それに政治改革を推し進めるには権力機構が集中する帝国のほうがいい」

「所で、最高の君主制より最悪の民主政のほうがマシって話を聞いた事はあるか?」

「何をッ!?」

「バカにしてるのか!?」



この話、原作ヤンが言った事をもじったものだが、これはこの世界では真理だと思う。

これが、俺の前世だとそうでもないんだろうが。

やはり、銀河に広く拡散したせいか、倫理観が変質しているのではないかと思う。



「所で、帝国ことゴールデンバウム王朝だが。400年の間どういう統治がなされていたのか知っているか?」

「皇室に残っている資料は一通り閲覧した、それがどうしたんだ?」

「ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは英雄だった。あらゆる事に優れ、人気も絶大だった。

 そんな男が帝国を興した時、臣民の数はおおよそ3000億人だったという」

「ッ!!」

「そうだ、わずか400年で帝国の臣民は250億人、同盟や奴隷を合わせても500億人にも届かないだろう。

 最高の英雄が興した国がこのザマだ、戦争で散った軍人の数とは比べ物にならない被害が出ている。

 更に、同盟の起こりはわずか40万人だったそうだ、その後帝国から脱出した人間を大量に受け入れたため正確な数字は出せないが。

 同盟市民は帝国と戦争をしながらもずっと増加を続けている。どちらのほうが良い国だと思う?」

「同盟だ……」



そう、こうして数字を見せれば結論は明らかである。

帝国と同盟、どちらが良い国なのか。

帝政にすれば、初代と二代目くらいは確かに素晴らしい王朝となるだろう。

だが、三代目にもなるともう権力を持つのが当たり前になる。

それを嫌って、ラインハルトは力を持つものが次の皇帝になればいいと言うような事を言ったが……。

正直、責任放棄にしか聞こえない。

なぜなら、力ある皇帝、優れた皇帝が良い皇帝とは限らないからだ。

優れた能力で何をするかはその皇帝の資質にかかっている。

能力=優秀というのは働く人間においてはそのとおりだが、働かせる人間においては=ではないのだ。

性格、熱意、規律等色々と関わってくる。

それが外れれば、ローエングラム王朝はゴールデンバウム王朝と同じになるだろう。



「俺が言っているのは、帝国の否定ではない。

 帝国が発展するなら好きにすればいい、だが帝国が銀河を統一すればその先はどうなる?」

「……」

「ゴールデンバウム王朝の再来になる可能性のほうが高いとは思わないか?」

「それは……」

「同盟と帝国の違いは民の視線だ。民主政において、為政者は民に媚びねばならない。

 だから、決断は遅く利害関係の調整で改革は進まない。

 しかし、権力者が暴走しても直に倒される。

 国民が為政者を選ぶという事はそういう事だ」

「……」



ラインハルトに説教臭い事をわざわざこうして言うのは、彼を殺すのが難しい現状で俺が出来る事が一つだからだ。

彼をそのままにしておく事は出来ない、しかし、殺す事も、その辺の独房に入れる事も出来ない。

だったら、人の目の触れない所に来てもらうしかないだろう。



「さて、それらを踏まえて本題といこう。

 ここから先の話はここにいる全員に口止めを約束してある。

 いいか?」



俺は、彼らの処遇について話を行った。

正直、俺としてもあまりいい方法だという気はしない。

しかし、これが一番マシだと思ったのだ。

表向きは、ハイネセンシティの刑務所の最奥に幽閉となるだろう。

だが、奪還に動かれる可能性は高い、なので俺は……。






















あれから3年の月日がたった。

俺は、3年間宇宙艦隊司令官として最低限の仕事だけしていた。

あれから大きな変化と言える事はない。

同盟の支配領域として帝星オーディンは遠すぎたため今はエルウィン・ヨーゼフU世が復権している。

とはいえ、未だに幼い事もあり宰相となったマーリンドルフ伯爵が辣腕を奮っているらしい。

とはいえマーリンドルフ伯はそもそも、ラインハルトに肩入れしていた事で同盟では受けが悪かった。

同盟の傘下の国としてどうなのかという話が上がったが、トリューニヒトが庇った。

見事に買収されていた様だ。

もっとも、政治手腕があるのは悪い事ではないため俺は見逃す事にした。

トリューニヒトも一時期はオーディンに滞在していたが、

帝国に勝利した評議会議長としての名声を十分に得られたと判断した時にハイネセンに帰った。

やはり、帝国は馬が合わないんだろう、何せこんな状態でも貴族連中は同盟を下に見た発言が多かった。

マーリンドルフ伯爵が取り入ったのはそんなトリューニヒトの心の隙間にうまく入り込んだという点も大きい。


門閥連合は一度はオーディンに攻め込んできたが勝てないと悟ると、引きこもり戦術に出た。

彼らの資産は莫大であるため、引きこもりを行ってもさほど問題がないという点が大きい。

メルカッツ上級大将、いや今はもう元帥か、彼が徹底して防御戦術を取っているため同盟側は攻撃を控えている。

ただ、ロイエンタールがリヒテンラーデの領土の一部を削り取り自分の国を立ち上げたため混乱は助長している。

まだ小さな勢力ではあるが、リヒテンラーデ領を飲み込むのも時間の問題だろう、何せ個人で4個艦隊を率いているのだ。

帝国内のパワーバランスを崩す可能性は十分にあった。

ちなみに、ラインハルト元帥府の主な提督はロイエンタールについたものと、エルウィン・ヨーゼフU世の統治を支えるものと半々だった。

ミッターマイヤーはエルウィン・ヨーゼフU世を支える側に回ったようだ。

ビッテンフェルトはロイエンタール軍に参加したが、ラインハルトを奪還するという方針が守られるかどうかでこの先が分かれるだろう。


エルファシルに作った学校は今凄まじい勢いで大きくなっている。

俺の名前がつき、セントジュージ学園及び大学と変更されたらしい。

俺も当然理事の一人だが、ほとんど顔を出した事はない。

ただ、目的である政治のバランスをもとに戻すための人材はどんどん排出されていた。

トリューニヒトは操るという意味ではいい政治家だったが、彼はブレーン次第で別人になる。

だから先ずブレーンとなる政治の専門家をつけてはいる。

だが、この先ずっとというのは不安でもあるので彼らにはできるだけ早く議員となってほしい。

そのために、ホアン・ルイに頭を下げに行ったりもした。


アンリ・ビュコック先輩は、あのまま回帰教の教主として取りまとめを続けるらしい。

あれだけ大きくなると、確かになかなか辞めさせてもらえないだろう。

だがそれよりも彼は政治の裏側を常に把握しておきたいと言っていた。

政治は手段に過ぎないはずだが、いつの間にか目的になっている者も多い、それを見張りたいと言っていた。


十字教教祖リディアーヌ・クレマンソー、彼女はもともと宗教家であるため特段変わる事はない。

ただ、帝国側にも十字教が広まり、アニメや漫画がブームとなっていると聞いた時は、彼らの布教能力の高さに冷や汗を覚えた。

彼女は未だに俺を聖者として崇めており、何かに付けて話しかけてくる。

俺より年上のはずだが、未だに30にもなっていないように見える。


ちなみに、同盟軍の推移としては統合作戦本部長がドーソン元帥(俺の言った事を守って利益をきちんと出す部下を持ったようだ)。

後方勤務本部長はグリーンヒル元帥、もともと軍の大部分に慕われている存在なので彼が立つような状況にならなくてよかった。

宇宙艦隊副司令官としてビュコック大将、要塞司令官としてウランフ大将、パエッタ大将が各々階級を上げた。

そして、今日は俺が宇宙艦隊司令官を退き、軍を退役する日だった。

妻である、エミーリアとの約束もあったし、ラインハルトがいない今ヤンさえいればそう負けないだろう。

だから宇宙艦隊司令官の後任はヤン・ウェンリーに決まっている。

ジャン・ロベール・ラップに関しては中将に引き上げられ、俺が率いていた第六艦隊を率いる事となっている。


ゴクウもこの3年で少佐にまで出世している、俺は退役するがどうするかと聞いたが、彼はそのまま軍に残る事にしたようだ。

今はローゼンリッター連隊ともよく一緒に訓練しているらしく、白兵戦能力は同盟でも有数と言われているらしい。


ルビンスキーはいつの間にやら、フェザーン派閥を評議会に作り上げていた。

全体から見れば2割に満たないとはいえ、十分に同盟に食い込んでいると言えるだろう。

裏で暗躍するその性質もあって自分が議員になるというようなことはしていないが、そのうちトリューニヒトをまた取り込むかもしれない。


そういったもろもろの事情を含めても、今自由惑星同盟という国は安定していると言える。

何せ、強大な敵であった帝国が分裂し、弱体化を余儀なくされている。

今や同盟側の出口周辺やフェザーン側の出口周辺の領主は自由惑星同盟に政治形態を変えない事を前提に参加。

オーディン周辺を中心としたゴールデンバウム王朝は同盟の属国と化しているし、その重臣であるマーリンドルフ伯爵領も同様だ。

門閥連合ことリップシュタット連盟はリヒテンラーデ侯爵の影響力が低下した事でブラウンシュヴァイク公爵一強になりつつある。

しかし、艦隊は弱体化を余儀なくされた事もあり引きこもり戦術に終始している。

ロイエンタール軍の動向は未知数ではあるが、直様強敵となるかは微妙な所ではあった。


結果として、自由惑星同盟は平和を享受している。

その間に国内需要も高まり、政治も内需拡大へと向いてきていた。

そして。



「ようやく約束を果たせるよ。待たせたね、エミーリア」

「はい、長い間待ちました。もう20年以上になるわね」

「本当に済まないと思っている。だが……」

「帝国の脅威が取り除かれた、これで同盟は安泰ね」

「まあ、安泰かどうかはこれから先の話だが少なくとも戦争に巻き込まれる事はないはずだ」

「あら」



エミーリアも俺も中年と言っていい年頃だ、長女はもうハイスクールに入ろうとしている。

こんな状況でまた言うのは少し心苦しくもあるが、まあ義務ではない。

ここからは人生をもう一度楽しむための事。



「なあ、一緒に星間移民をしないか?」

「え?」

「帝国との戦いが始まってからは戦争ばかりして、新しい星を探したりはしていないが。

 戦争が落ち着いた今なら出来るだろうと思う。

 そもそも、自由惑星同盟は星を開拓しながら成長した国だ、今からやって悪いという事はない」

「それはそうでしょうけど……、以前から考えていたの?」

「ああ、ここ10年くらいはそんな事ばかり考えていたよ」

「まあ!」



実際、銀河英雄伝説の世界は腕から腕へと渡るにはダークマターの壁が邪魔をするが腕を上下に移動する事が出来ないとは言っていない。

実際問題として、腕そのものはオリオン腕にしろペルセウス腕にしろ、銀河中央まで続いているし、外へもそこそこ広がっている。

わざわざ腕を移動しなくても新しい居住可能惑星を探す事は可能だった。

まあ、アーレ・ハイネセンも別に腕を移動したのは帝国の追手をまくためで、それ以上の理由はないだろう。

だから俺は、銀河中央へ向けての移民をやりたいと思っている。



「そうね、それもいいかもね」

「調査船団を率いて、一緒に旅をしよう」

「まあ、率いるつもりなの?」

「それもそうだな、若いのに任せるか」

「そうしましょ。もう無理をして頑張る事はないわよ」

「まあ、無理をしてって話でもないけどな」



そうこう話をしていると、護衛の一人が調査船の竣工式典の会場についたと報告をくれた。

俺は、エミーリアをエスコートしながら車から降りる、ロールスロイスのリメイクカーだ。

まあ、ロールスロイス社も千年以上前に地球と共にシリウスに滅ぼされているが、俺はできるだけ再現させてみた。

俺も知らないことが多かったので資料を集めるためだけにかなりのかねを溝に捨てた。



「やあ、レオハルト船長、元気そうで何よりだよ」

「ありがとうございます。俺も移民調査船の船長になるとは思いませんでしたが楽しんでいますよ」



レオハルト船長は黒髪で少しタレ目の男……、実際はラインハルトである。

誰も知らない監獄にいる事になっているが、整形手術を受けてあの鋭い二枚目の顔は柔和顔をした黒髪の男となった。

彼に帝国主義の怖さを洗脳した結果、憑き物が落ちたように明るい人間になったというのもあるだろう。

だがその能力は相変わらずチート級で、あっという間に同盟に慣れて移民調査船も手足のように操るようになった。



「レオハルトは最近少し気を緩め過ぎじゃないかい?」

「シグルズお前な、今は式典の場だぞ、もう少し言葉遣いがあるだろう」



シグルズと呼ばれたのっぽの坊主頭が諭す様に言う。

キルヒアイスなのだが、十字教に入信して何故か頭を剃っていた。

顔も整形で変えているので、彼だと気付く人は少ないだろう。



「2人とも、まだ会場内ではないからいいけど。

 会場に入ったらもう少しきちんとしなさい」

「ははは、了解」

「レオハルト……」



因みにアンネローゼはそのままである。

彼女は別に戦犯ではないので、顔を変える必要はなかった。

ただ、人前で弟や恋人と親しくできないのが不満ではあるようだが。

そうそう、シグルズとアンネローゼは晴れて恋人になったようだった。



「まあ、初々しいわね」

「俺達も結婚した頃はあんな感じだったな」

「あまり家でいないから、甘えたりなかったと思うわ」

「ぐっ……申し訳ない……」

「いいわよ、これからたっぷり甘えますから。覚悟してくださいね?」

「もちろんだ」



先に会場入りしていた家族と合流しながら、俺は思った。

俺はこのために頑張っていたのだなと。

同盟が勝った事で、原作と比べ世界は安定しているとは言い切れないものとなった。

しかし、結局のところいい政府とは人を増やし、満足な生活をさせられる政府の事だと思う。

それが出来る様にするため、俺は30年もの間頑張ってきたのだ。


これから先も決して平坦な未来ではないだろう。

しかし、家族が幸せで人と手を取り合っていられるなら、それは幸せな未来と言えるのではないだろうか?


まだ見ぬ未来、もう原作とは完全に乖離した。

だから何が起こるかわからないし、対策も場当たり的にならざるを得ない。


だがそれこそが正しい未来のあり方なのだろう。


それでもきっと幸せになってみせる、そのために俺はこの世界に生まれたのだから。











あとがき


銀河英雄伝説 十字の紋章これにて完結です。

我ながらよくやったと自分を褒めているとことです。

外伝エピローグ込みで47話となります。

都合2年がかりとなりました。


今回はラインハルトに対しかなりきつくあたっています。

また、ラインハルトがその程度で心変わりするのかと言われるとなんとも言えません。

個人的には自分の国がなくなり、自分の過去を全否定されて、それが本当だとわかるからそうとしか反応できない。

という感じにイメージしていますが、そこは個々の解釈ということで勘弁してくださいね。


この作品、記念作品として投降した時は20話くらいで終わらせるつもりでした。

飛び飛びで話を展開すればいけるかと思っていたのですが、作っていると飛ばせない所も多く倍以上となりました。

ですが、書くべきことはだいたい書けたと思います。


私がこの作品を書こうと思ったのは、同盟側を書いたSSがアスターテの後大抵止まってしまう所に苛立ちを感じたからです。

確かに、原作をベースにして主人公を活躍させるのは楽ですが、それだと同盟は勝てないんですよね。

止まるのも大抵、同盟側の勝利が見えないとかそういう点が大きいのではないかという気がします。

正直、アスターテで大敗北をきっすれば、倍以上の戦力差になり同盟内乱が終わる頃には3倍以上の戦力差となります。

勝てなくて当然と言えますね。


なので、皆様がこれを見てなにか閃いてくれたなら嬉しい限り。

では、次回作は何にしようかな?



・2020年7月20日/文章を修正しました。



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