9話 出会い、語るは水の使徒



 ナギ達『紅き翼』と食事中に偶然遭遇し、少々の戦闘を経て昴が逃走して暫く後の事。逃走した昴はノワールと共に旅をしながら槍と真言の修練をしながら見つけた街を廻りつつ、同じく発見した遺跡を巡って調査をしていた。
 あちらこちらをひっきりなしに飛び回っていると言っても良いので、時々戦場に出くわしたり、遺跡調査中に魔獣に襲われたりと言う事もあったが、戦場に出くわした場合は暫く様子を見て、攻撃しようと向かって来るようなら迎撃しつつ逃亡し、向かって来なければそのまま別の場所に行くという行動を繰り返していたので大きな怪我も無く過ごしていた。
 魔獣に関しては、突然の遭遇に驚き、咄嗟に使った真言で毛の一本すら残さず消し飛ばしてしまったり、異次元の彼方に吹き飛ばしてしまったり、ノワールが獲物として喰ったりしたのだが。

 再度ナギ達に遭遇して戦いを挑まれると言う事も幾度かあった。どう言う訳か、常に昴が食事をしている時に限って出会い、勝負を挑んでくるので休憩の時間でもある食事時をのんびりと終える事すら出来なかった。
 流石に四度目からは詠春のみが止めようとし始めたが、ナギとラカンは静止も聞かずに襲いかかって来るので、すぐさま真言で行動に制限を付ける、或いは一定時間行動不能にして逃げる、と言う事を何度も繰り返していた。
 が、手や足どころか、行動全てを出せなくするそれが悪かったのか、さらにナギ達に狙われる事になってしまった。最近ではある程度は理性的に見えていた白髪の少年――二度目の相対ではフィリウス・ゼクトと自己紹介された――にも妙な視線を向けられている気がする。おそらくだが、真言の情報を知りたいのだろう。話しかけて来た時の問いから察するに、どうやら真言についての情報は無いらしい。

 ヴァルカン、アリアドネー、ゼフィーリア、桃源など、東西南北問わず様々な場所を巡っているので、ナギ達「紅き翼」の噂も当然耳にした事がある。メンバー全員が色々な称号などで呼ばれており、中でもナギは彼等が味方する連合からは「千の呪文の男」と畏敬を込めて呼ばれていた。反対に、敵対しており、自分も間違われた帝国とやらからは「連合の赤毛の悪魔」等と物騒な名前で呼ばれ、恐れられているが。
 前線では存分に暴れ回っているらしく、与える被害は甚大だとか。つい先日も、帝国に奪われたグレート・ブリッジと呼ばれる要塞奪還戦で大暴れしたらしい。初めて見たナギの魔法の規模と威力から、おそらくその甚大な被害は敵味方問わず与えられているのだろうと、昴は思う。
 そんな物騒極まると言って良い連中に関わりたいとは当然思わず、昴は逃げ続けていた。何度遭遇しても、自分の情報は出来る限り与えず、真言も行動制限の物を主として使って。

「まったく、彼等にも困ったものです。私に戦う心算は微塵も無いと言うのに、所構わず勝負を吹っかけて来て……まったく」

 しかし、余りにもしつこい事にとうとう不機嫌が頂点に達したか、昴は十三度目となるナギ達との相対を三日前に終えた現在、メセンブリーナ連合首都・メガロメセンブリアのとある喫茶店で朝食代わりの軽食――紅茶と野菜のベーグルサンドを取りながらぶちぶちと愚痴を零していた。金に関しては、遺跡調査中に見つけた宝等をほんの少しばかり換金しているので懐はそれなりに潤っており、小遣いとして使う分には問題ない。ノワールも、昴が首都を出るまでは近隣で獲物を捕っているだろう。
 ちなみに相対したナギ達だが、彼等はそのしつこさにいい加減に辟易していた昴に挑んだ直後に、止めようとしていた詠春を除いた全員が戦闘行動・日常行動を問わず行動の一切を封じられ、首を除いて全身を氷漬けにされた。非常にイラついてはいたが昴に殺す気は無かったので、死なない程度に温度調整された氷で、だ。
 実際には、ナギとラカンの余りのしつこさにストレスが臨界を突破しかけ、神話から引用して八岐大蛇を召喚・顕現しかけた所で「流石にこれはマズイのでは」と理性が勝り、急遽召喚を止め氷で留めたのだが。

 昴の真言は、言葉とした事の全てを現実に実現してしまう能力だ。「雨が降る」と言えば雨が降り、「森が生まれる」と言えば樹界が生まれる。明確な意思を持って「死ね」と言えば、問答無用で対象とされた者の命を奪うだろう。使う言葉によっては、神話や伝説にある災害なども再現してしまう。便利ではあるが、魔法等を遥かに超える危険な力だ。
 神話によれば、八岐大蛇は八つの谷と八つの峰に跨る程の巨体を持つ八頭八尾の龍蛇である。水神とも山神ともされ民間信仰もあるが、そんな巨大なバケモノを召喚しようものなら色々な意味でとんでもない事になっただろう。酔わせたとは言え、そんなバケモノを剣一本で討ち果たした素戔嗚尊はよほどの使い手だったに違いない。
 なお、氷の厚さはゼクトが15p、アルビレオが20p、ナギとラカンは80pだ。ついでに言えば、ナギとラカンの二名に使った氷に関しては凝縮に凝縮を重ね分子結合を限界まで強め、強度を極限まで高めた封力の氷であることを説明しておく。

(今頃は霜焼けで悶えていますかね?)

 そんな事を思いながら、昴はベーグルサンドを食べ、紅茶を口に含む。マヨネーズとマスタード、それにウスターソースに近い何かが野菜とチーズに絡む濃厚かつチープな味だ。若者向けの味だが、たまにはこんな食事も悪くないと思う。紅茶も軽食屋としてはそれなりだ。
 が、昴はどちらかと言えば薄味が好みである。瑞々しい野菜のおかげで多少は抑えられているが、それでも濃厚なソースの味と油分に7割を食べた所で僅かに気分が悪くなる。

(今度からは、もっと薄味の店を探しますか。豆腐があれば一番いいのですが……)

 そう思いながら残り3割を昴は食べ切り、紅茶を飲み込み口内に残るマスタード等の風味を洗い流す。それなりに有名な銘柄の茶葉らしいが、昴は風味を楽しむ事よりベーグルサンドの風味を飛ばす事を優先し、店を出た。

 食べ終え、店を出た昴はぶらりと街中を歩きだした。特に目的等は無く、強いて言うならぶらつく事自体が目的と言って良いだろう。
 蒼黒のロングコートを翻しつつ道を歩きながら、昴は通りに存在する店や人々に目を向ける。多くの人々が街中を行き交い、夫婦、或いは恋人同士だろう男女が買い物などを楽しんでいる。子連れの家族もいるらしく、賑やかな笑い声も聞こえる。

 北のメセンブリーナ連合と南のヘラス帝国。二つの大国が――と言っても、この「魔法世界(ムンドゥス・マギクス)」には国と表現できるのはその二国を除いて一つか二つしかないのだが――戦争をしていると言うのに、此処はそれとは関係がないと言わんばかりに活気に溢れている。
 平和だと、昴はそう思った。一度しか行った事がないが、ヘラス帝国帝都・ヘラスも住人や雰囲気こそ違えども、似たような感じだったと思う。
 だが、このまま戦争が激化すれば現在平和だと思えるこの首都もいずれ、戦火に呑まれる事になるだろう。そうなれば、おそらく大勢の人が死ぬ。
 しかし昴個人としては、別に親交も無い、見知らぬ他人がどれだけ傷付こうが、どれだけ死のうがどうでも良いと思っていた。優しい性格をしていると言われ、基本として実際に優しい性格をしておりほぼ全てを受け入れる彼だが、別に博愛主義者でも何でもないのだ。
 まずは自分の身を守り、余裕があれば大切だと思う人を守る。それが昴の在り方だ。

「む、『魔法世界の歴史・興国篇』ですか。『創世篇』は持っていますが、興国篇からは持っていなかったんですよね。有るのは知っていましたが……幾らでしょうか?」

 道端の古書店になんとはなしに入り、そこで珍しい本を見つけた昴は値段を見るが、その価格に目を見開く。
 『魔法世界の歴史』は、とある歴史学者が書いたとされる本で、『創世篇』三巻の後にウェスペルタティア王国やヘラス帝国の建国の歴史を記した『興国篇』、メセンブリーナ連合創設を題材にした『連合創設篇』と続くシリーズ本だ。だが『連合創設篇』を書いている途中で著者が死んでしまったと言われており、未完である。絶版物で、さらに自費出版だったのか本の数も極めて少なく非常に高額なのだ。
 『創世篇』は以前、それなりに状態の良い物を非常に運良く格安で購入できたのだが、現在目の前に有る『興国篇』はその『創世篇』の数倍する値段の450,000ドラクマ。状態等も『創世篇』より良いみたいだ。

「むぅ、ここまで高いと、流石に手が出せませんね……しかし欲しい。ですが値段が……換金すれば……いえ、貴重な歴史遺産を、そう何度も金に換えるわけには…………仕方ありません、諦めますか」

 一応買えない事は無いが、購入すれば懐事情は非常に厳しくなる。遺跡で見つけた宝を換金すればいいだろうが、その宝も立派な歴史的資料なのである。すでに少しばかり換金してしまっているが、だからこそ出来る限りそういう事はしたくないのだ。
 悩み、懐事情やら何やらを考えた結果、昴は深い溜息を吐きつつ『興国篇』の購入を諦め、娯楽用に適当に選んだ小説を数冊購入し、ベルトに付けたポーチに収納して店を出た。

 広場に向かい、喫茶店の様な店でコーヒーを注文し、席に座って買ったばかりの小説を取り出し表紙を開く。厚さ6cmはあるだろうそれは、買った物の中でも分厚い部類に入る遺跡を舞台にしたミステリー小説だ。文体自体は英語に近く、しかし何処か違う印象を受けるが問題なく読めるのでコーヒーを飲みつつ昴はページを読み進める。ページを捲る速度は早く、だが目が素早く動いているので読んでいない訳ではなさそうだ。速読術でも習得しているのだろう。
 かなりの速度で昴は小説を読み進め、コーヒーを飲む。と、急に影が差し、声がかけられた。

「『黒竜の駆り手』ですね? 席をご一緒してもよろしいでしょうか?」

 急に差した影と声に何かと思い、顔を上げた昴の目に入ったのは白いローブを身に纏った長身痩躯の男性だった。青みがかった髪は腰か、もしくは膝裏まであるだろうか、かなり長い。前髪も顎の下に届くまであり、顔を隠している様にも見えて目は良く見えない。
 纏う雰囲気も堅気には思えず、言っては何だが怪しい人物だ。全身ほぼ黒一色の昴が言えた事ではないが。

「ええ、別にそれは構いませんが……失礼ですが、貴方はどなたでしょうか? 私の記憶が確かなら、貴方と私は初対面の筈ですが……それと、その『黒竜の駆り手』と言うのは何でしょうか? 初めて耳にするのですが」
「これは失礼を。私はセーデキムと言います。『黒竜の駆り手』は、戦場などに神出鬼没に出てくる貴方の異名ですよ。黒竜に乗っている事から付けられたのでしょうね」

 小説に栞を挟み閉じた昴の問いに、セーデキムと名乗った長髪の男性は答える。その名を聞き、昴は変わった名前だな、と思った。
 セーデキムはラテン語で16番目を意味する言葉だ。欧州的なこの世界で、数字の名前を持つ者が居るとは珍しい。
 別に数字の付いた名前と言うのは日本からすればそんなに珍しい名前ではないだろう。今でこそ様々な名前が、それこそ欧風の名前に漢字を当てた名前が多く付けられたりするが、昔は一郎や次郎、三郎等数字を付けられた名前が男子にはそれなりに多かったのだから。
 だが、それにしても数字その物を名前とするのは変わっている。それも欧州をイメージさせるこの世界では特に。しかし昴が思ったのはそれだけで、その事を口に出しはしなかった。多少変わっていようが名前は名前だ。相手が自身の名をどう思っているかは知らないが、面と向かって「変わっている」等と言うのは失礼にあたる。

「セーデキムさん、ですか。……はい、覚えました。申し遅れましたが、緋乃宮昴と申します」

 今までと同じ様に相手の名前を何度か小さく口にし、昴は己の記憶にその名を刻みつけ笑みを向ける。しかしその目は穏やかだが笑っておらず、若干の警戒がある。よく見れば、彼の体には咄嗟に動ける程度の緊張が見て取れる。

「それで、私に一体何の御用でしょうか? 先に言っておきますが、戦列や軍に加わる事や、戦場に出る事ならお断りしますが」

 回りくどく言葉で誘導される事を警戒した昴は、単刀直入に切り出した。
 今までも何度かやって来た政府の人間に勧誘されたり、軍に所属するよう脅迫されたりしたのでそれの所為だろう。
 身を守る為なら戦うが、元々昴は戦う事が嫌いである。勧誘を断り、脅迫から逃げる度に昴は真言で転移したり、外見や性別を変化させたりしながら逃げていたのだ。

「何故……と聞いても?」

 しかしセーデキムは感情の読み取れない声で昴に問う。何時の間に注文したのか、その手には紅茶の入った紙カップが握られている。
 その問いに昴は答える。

「元々私は、争い事は好きではないのです。傷付ける事も、傷付けられる事も。武を修めた身ですから傷付けた事がないとは言いません。傷付けられた事がないとも言いません。ですが、そう言う経験があるからこそ私は争いを嫌うのです」

 そこまで言って、唇を湿らせる為に昴はコーヒーを一口含み、再び口を開いた。

「別に争う事を否定するつもりはありません。古今東西、人間は争う事で文明や様々な物を発展させて来たのですから。ですが、それはその国、その地域に関係する人間がするべき事だと私は考えます。私は連合にも、帝国にも関係ない旅のアマチュア考古学者です。戦争に参加するなど、まっぴらごめんです」
「どちらかに付く事はない、と?」
「これからどうなるかは私にも分かりません。ですが今は連合にも、帝国にも、「紅き翼」にも所属する事は無いでしょう。特に「紅き翼」には。彼等の力、特にナギとジャックの力は強大ですが、無暗矢鱈に大呪文や広範囲攻撃をし過ぎるきらいがあります。戦意を喪失させる分には良いでしょうが、私には敵味方問わず攻撃し、悪戯に被害を拡大させているようにしか見えません。私の望みは静かに過ごしながら、古代文明を調べることです。戦いは望んでいません」
「では私達の仲間になりませんか? 私達の主なら、貴方の望みをかなえる事が出来るでしょう。調べるまでも無く、その望みの謎の答えを教えていただけるかも知れません」
「魅力的な提案ですが、それでは意味がありません。数少ない情報や自分の足、知識の身を頼りに、手探りで調べて行くのが学者と言う存在です。アマチュアとは言え、私も考古学者を名乗る身です。答えを与えられるのではなく、自ら探っていきたいのです」

 そう言って、昴は再びコーヒーに口を付ける。
 その様子を見、言葉を聞いてセーデキムは目を閉じ、何かを考えていたようだが、一つ頷くと席を立った。

「貴方の考えは分かりました。どうも、勧誘は無理そうです。ですが一つ確認を。「紅き翼」に付く事は無いのですね?」
「少なくとも、今の私に彼等の仲間になる気は微塵も有りませんよ。私は基本として争いを避ける人間ですが、彼等は争いに自分から突っ込んで行く人間です。方向性がまず真逆なんですよ」
「そうですか。……お時間、ありがとうございます。それでは」

 昴のその言葉を聞くと、セーデキムは無表情ながら満足したように頷き離れて行った。しかし途中で立ち止まり、昴の方を向くと言った。

「ここを離れる事をお勧めしますよ。貴方の嫌う、「紅き翼」が居ますからね……巻き込まれるかも知れません」
「別に嫌ってはいませんが……ご忠告感謝します。しかし、巻き込まれるとは?」
「いえ。それでは、またいずれ」

 昴にそう言い、問いに答えずセーデキムは人ごみに紛れて行った。それを昴は見送っていたが、彼の姿が見えなくなると閉じていた小説を開き、読み終えると同時に首都から出て行った。


 その約二時間後、昴が休んでいた広場からそう離れていない場所で爆発テロが発生した。



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