第10話 まだ見ぬ遺跡を目指して



 セーデキムの忠告を受けた昴は、その日の内に首都メガロメセンブリアを出て、何処か別の街を目指してノワールと共にぶらりと飛び立った。
 彼の忠告を受けて別の街に向かった昴は、向かった先の町で食事をしていたところ、メガロメセンブリアを出た日の午後に自分がコーヒーを飲みながら本を読み、セーデキムと対談した広場付近で爆破テロが起こった事と、ついでにナギ達『紅き翼』が元老院議員に攻撃して反逆者として指名手配された事をテレビの様な物で放送していたニュースで知った。
 しかし、元々彼らに対してあまりいい感情を持っていなかった昴はそのニュースを見ても「そうなったのか」位にしか思わなかった。
 自分の言がそもそもの原因となったとは言え、それに関係のない人間からも攻撃され、ある種ストーカーのように付き纏われた事もあって、彼の中で『紅き翼』に対する好感度はかなり下降しているのだ。特にナギとラカンに関しては、彼らの中でも最底辺に有ると言っていい。
 なので、彼らが反逆者として連合に追われたというそのニュースを見ても、昴は特に何も思わず、次にどの遺跡に行くかを調べ、考えていた。彼が滞在している町周辺の遺跡は、大小年代関係なく、ほとんど調べ尽くしてまっていたからだ。

「ふむ……どうしましょうかね……」

 滞在している町にある酒場の一席で、昴は小さくそう呟きながら地図を開いていた。酒場ではあるが、酒は頼んでいない。まだ日が高いと言う事もあるし、昴は余り酒類が好きではないからだ。飲まない事はないのだが。
 その地図を見ながら、茶を飲む。大きな地図は、この魔法世界全体を記した世界地図だ。その所々に赤や青のペンで丸やバツ等の印が付けられ、さらに文章などが書かれている場所も有る。印は全て、遺跡などが存在している場所を記している。赤は未調査、青は調査済みの場所だ。
 昴が現在居る場所はメガロメセンブリアより東にやや離れた町だ。町がある地点の周辺一帯には調査済みを示す青い印が多く在る。赤い印も有るが、それは遠く離れた場所だ。地図で見れば然程離れている様には見えないが。

「この辺りの遺跡は全て調べ尽くしてしまいましたし……南か、北か、或いはもっと東に行ってみるか、と言う所ですかねえ……」

 地図とにらめっこしながら、何処に行くかを昴は考える。その視線は地図の上に行ったり、下に行ったりと忙しない。南と北の遺跡のどちらに先に行こうか迷っているようだ。

「兄ちゃん、トレジャーハンターか何かかい? 地図とにらめっこしてばっかじゃねえか」

 茶を飲みながら地図を睨むように見ている昴に興味を持ったか、店の主人らしき男が訪ねてきた。強面の禿げに筋肉質な身体と言う、酒場のマスターと言うよりはどこぞのヤクザな方々やSPと言った方がしっくりくる外見だが、これで立派な酒場のマスターなのだ。人の良い性格をしており、料理の味もそこそこに美味い。

「トレジャーハンターではありません、流れの考古学者みたいなものです。まあ、その前にアマチュア、と言う単語が付きますけどね」

 マスターの問いに苦笑を浮かべ、昴は返す。かなりの遺跡や文明を調査して来たが、正式に学者として名を馳せている訳ではないので実際、アマチュアだ。その行動範囲や知識の深さ、思いを決めたら即行動に移すあたりは、本職顔負けのレベルだが。
 それを聞いて、しかし何が違うのかマスターは分からない様だった。彼にとっては考古学者も、トレジャーハンターも、似た様な括りなのだろう。それを聞いて、昴はさらに苦笑する。
 実際、考古学者とトレジャーハンターは同じ様に見られる事が多々ある。トレジャーハンターはその名の通り宝を探して世界中を飛び回る人々の事を示し、考古学者もまた専門とする文明や時代は違う場合があるが、世界中を飛び回って遺跡などを調査する存在だ。そして考古学者が新しく発見する遺跡や墓などからは、財宝やそれに類する物が多く発見される。それらの宝はえてして、歴史的な価値も相まって驚くほどの金額になる。ハワード・カーターに発見されたエジプトのトゥト・アンク・アメン――ツタンカーメンの墓や、シュリーマンに発見されたトロヤ遺跡がいい例だろう。双方とも発見の前後に大量の財宝が発見されている。
 昴のポーチの中にも、調査した多くの遺跡で発見した金銀財宝やマジックアイテムが多く収められている。全て売れば、巨万の富を得る事が出来るほどだ。売る事は基本、考えていないが。
 昴にとって、富と言う物はある意味でどうでも良いものだ。どうでも良い物ではあるが、勿論金銭が必要ないと言う訳ではない。寧ろ、生活する為にも普通に金は必要なのだ。
 ではなぜ富がどうでも良いかと言うと、単純に昴の興味の問題だ。彼は金銭に執着する事は非常に少なく、逆に自分の興味分野に強い執着を見せる。即ち、遺跡や古代文明と言った考古学関連のものだ。
 東に遺跡が見つかればすぐさま調べる為に向かい、西に古代人の墓が見つかれば同じ様に調べに向かう。もし邪魔する者があれば、なぎ倒してでも調べに向かう。
 自分の趣味を満たす為ならすぐに行動し、躊躇なく力を振るう。それが昴の性格だった。
 しかしそんな性格の昴が、現在その趣味に関する事で悩んでいた。

「むう……遠いですねえ。北と南、どちらに先に向かいましょうか……」
「何だ。悩んでんのかい?」
「ええ、この近辺の遺跡やダンジョンは粗方調べ尽くしてしまいましたから、もっと遠くの遺跡を調べに行こうかと。ですが、南も北も同じ様な距離でして……」

 どちらを先に調べるか、悩みます。そう言って昴は再度地図とにらめっこを始めた。
 そんな昴に呆れた様な視線をマスターは向けるが、ふと思い出した事があった。

「だったらもうちょい東の方に行ってみるかい? 確か、結構デカイ遺跡かダンジョンが合ったと思うが……」
「ほう、それは興味深い。で、それは何処ですかマスター」

 マスターがそう言った瞬間、即座に昴が喰いついた。返答するまでの時間、約半秒。一秒未満でマスターに問うた昴の目は、興味の光で爛々と輝いている。不気味である。
 その輝きを見て、思わず一歩マスターは引いた。

「さあ、それは一体何処ですかマスター。今すぐにその場所を教えて頂きたいです」
「あ、ああ。確か、この辺に……そうそう、此処だ、此処」

 異様なプレッシャーを纏い、昴がマスターに迫る。鬼気迫ると言う程ではないが、異様なまでに圧力を感じる彼の雰囲気にたじろぎながら、マスターは地図のある一点を指で示した。
 赤い印も青い印も無いそこは、この街から東へ暫く進んだ地点に在る、山奥とも言える場所。

「ここ……ですか? 遺跡かダンジョンが在るのは」
「ああ。名前は『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントゥス)』。かつて、どっかの国の王族が作った国の名残とも、王都のなれの果てだとも言われてるダンジョンだ。真実かは専門家じゃねえから分からんがな。結構有名だから、もう粗方調べられちまってる場所だ」

 地図を指差しながら、マスターはそこに在るダンジョンの名前を言う。その言葉からは、「もう探してもお宝とかは見つからないだろう」と言う注意も読み取れた。しかし、昴にとってはそんな物はどうでも良かった。昴にとっては他人に調べられていようが、宝が無かろうが、自分が心ゆくまで調べられればそれでいいのだ。
 『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントゥス)』。随分と物々しい感じの名前のダンジョンだ。迷宮と言うからには、さぞや入り組んだ構造をしているのだろう。地球のクレタ島に存在したとされる、ギリシア神話のミノタウロスの迷宮の様なものだろうか? どこぞの王族が関係していると言うからには、中々良い遺跡なのだろう。場所も南や北に存在している遺跡よりは近い。
 これは、期待しても良いかもしれない。即座にそう思い、昴はマスターに示されたその場所を地図に記し、折り畳んでポーチにしまい込んだ。冷えた茶を一息に飲み干し、席を立つ。

「お? 行くのかい?」
「ええ。情報ありがとうございます。これは御茶代と、情報量と言う事でどうぞ」

 言って、昴はポーチから大粒の宝石を一つ取り出し、カウンターに置いた。宝石と言っても、遺跡で見つけた物ではなく、ダンジョンで発見した物だ。他にも幾つか売って路銀にしているが、全てを売った訳ではなく、残っていた物の一つだ。
 マスターがそれにぎょっとし、何かを言って来るが昴は聞き流し、酒場から出て街の外に向かった。ノワールの元に向かう為だ。
 街から出て暫く進み、昴はノワールの居る場所に着いた。彼の背に乗り、行き先を言うと彼は翼をはばたかせ、空へと飛び上った。
 向かうは東、『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントゥス)』だ。ノワールの背に乗り向かう昴の顔には、興味のある物や好きな物を目の前にした少年の笑みが浮かんでいた。
 そんな表情を浮かべている己の契約者であり、同時に友人でもある昴に、ノワールは最近やけに吐く事が多くなってきた溜息を、飛びながら吐いた。
 ある種完全に呆れていた。




あとがき
お久しぶりです。更新遅れてしまい、まことに申し訳ありません。
仕事で書く暇がなかったり、他にもやっている一次小説を書いたり、全部に対してスランプに陥ったりと色々とありまして。
さらに今回、久しぶりですが短いです。それでもよろしければ、どうぞ。



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