軽音部のキセキ
X.レクイエム


1.

「いい案だと思ったんだけどなあ」
「ん? 演奏会のことか? 俺もいい考えだとは思うぞ。ただ、過去にいろいろあった連中だ。
それもミュージシャンって名前のわがままで偏屈なやつらのな。だから簡単にはいかないのさ」
 憂が消えた後、残されたメンバーで話し合いは続行された。そして、渋々ながら律も澪も演奏の件を了解した。
「うひゃー、もう何年もドラムなんて叩いてねえぞ」
「あ、あたしだって、ベースはろくに弾いてないから……」
 miomioの動画を思い出して、澪は赤くなっていた。
「それでもいいんです。別にプロの演奏をしたいわけじゃないんです。
高校のアマチュアバンドみたいに、今できる精一杯の演奏をして欲しいんです」
「そうだよな。それしかないよな」
「ムギはどうする? キーボードなしの『放課後ティータイム』じゃ、様になんねえぞ」
「そこなんです。ムギ先輩も演奏会となったら、駆けつけてくれると思うんですけど。
でも、あの別荘から出る方法がわからないんです」
 一同はため息をついた。それをしり目に、菫が申し訳なさそうに退席を申し出た。それを機会に解散となる。
「澪。なんか考えろー」
「なんで、あたしなんだよー?」
 ぶつぶつ言いあう二人を、梓とシブタクは見送った。

「ムギ先輩のほうは、律先輩、澪先輩にまかせるとして、憂のこと、考えなきゃ」
 梓はそうつぶやくと、憂のことを考え始めた。
(どうして唯先輩そっくりにしてるんだろ?)
 高校時代は良く笑う、活発な少女だったのに、夫とのDV騒動や離婚手続きですっかり変わった。
よく言えば落ち着き、悪く言えば、暗く陰鬱な雰囲気を持つようになっている。
あまり肌を露出しないのは、DVの痕跡を隠すためだろか。
「お姉ちゃんの代わりは無理……かあ」
「やっぱ、ショックだったんだろ」
 シブタクの声に梓は顔を向けた。
「姉さんなんだろ。自殺か事故かは知らないけど、肉親の死だぜ。ショックがないはずがないだろ」
 梓は頷いた。自分でさえ、入退院を繰り返すほどの衝撃を受けたのだから。
憂が平然としていられるはずがなかった。もし、そう見えるのなら、それは外見だけのこと。
「それに憂は―」
 姉の下着を拝借して自慰に浸るような妹、と言いかけて、梓はあわてて言い直した。
「憂は唯先輩なしじゃあ生きられないような妹だったから。
そうか、離婚とかDVとかの方ばかり気にして、そっちは気にしてなかった」
「逆にそっちの方が、影響でかいかもな。年数で考えたら、姉と暮らした方がはるかに長いだろ」
「うん。そう思う。唯先輩のことがまだまだ心に引っかかっているから、ギターを弾くなんてできないってことかあ。
うわあ、どうしよう。あたし、憂の気持ち、全然考えてなかった」
 梓は頭を抱えた。
「まあ、それは一度本人と話してみないとな。だけど、思い切ったことするなあ」
「演奏会のこと? 何言ってるのよ。それを言ったの、そっちじゃない」
 梓は指摘した。
「あんたにバンドでやって欲しいっていわれたとき、考えた。
どこへ行っても、どんなに上手なバンドを見ても、結局、あたしにとっては『放課後ティータイム』だったんだなあって。
だから、演奏するのなら、たとえ一時でもいいから再結成するしかないって」
「そうか。で、あの頼りなさそうなメンバーで演奏できんのか?」
「うーん。頼りないのは昔からそうなんだけど」
 梓はクスリと笑った。
「でも本番には滅茶苦茶強かったんだ。そりゃ唯先輩がいたからかもしれないけど。
なんとかしてムギ先輩には復活してもらって、キーボードを弾いてもらわなきゃ。
それと、憂を説得してみる。できるかどうかわかんないけど。うん。それしかない。そうじゃなかったら、この話はおしまい」
 梓は口元に手を持ってきた。握っている男の手も一緒に。
「なんとかして憂もいろんな悩みから離れて、これで一息ついてくれるとうれしいな」
 梓は男の指を嘗め始めた。舌で嘗め、口の中に入れる。
「んふう。指もおいしいよ。んんん」
「おいおい。もう欲情してんのか? お前。そんなことばかり、考えてんだろ」
 シブタクは苦笑い。
「当たり前じゃない。こんな気持ちいいこと覚えたら、忘れられるわけないでしょ? 身体がうずうずして仕方ないんだから」
 梓はうっとりとした目で男を見上げた。
「今度、家に来て。うちの親に紹介するから。あたしをずっと護ってくれる人だって。
そっちの家にも挨拶にいかなきゃね。できちゃったって言ったら反対しないかな」
「お前なあ。いきなりそんなこと切り出すなよ」だが、男は反対しない。
「公認になったら、エッチし放題じゃない。あたし、それを狙ってるんだけど」
「まったくお前はなあ。でも演奏会のアイデア、気に入った。本当は世界中の平沢ファンに見てほしいぐらいだ」
 男の両手が小柄な梓を抱きしめた。
「にゃ?」
「やっぱり、お前、才能がある」
 梓の両足が地面から離れ、両手はシブタクの首根っこにまきついた。二人のシルエットが重なり合った。

2.

「えー、ネコネコナガトでーす。配達の荷物、受け取りに来ましたー」
 前と同じように律と澪の身分証明をしっかりと確認すると、黒服のSPは門の通行許可を出した。律は配送車を通用口へと回す。
「よかったー。菫のやつ、立ち入り禁止、解いてくれたみたいだな」
「安心するのはまだ早い。本番はこれからだ」
 サングラスをかけた澪が諌めるように言う。
 通用口には不安げな顔の菫がたっていた。その案内で中に入り、入った部屋には背丈ほどの大きな箱があった。
「これです。どうかよろしくお願いします」
 菫がすがるような表情で二人に挨拶すると、別室に消えた。
「うひゃー、想像はしてたけど、実物はでけえなあ」
「よし。丁寧にやるぞ。絶対に倒したり、破損したりできないからな」
 二人は持ち込んだ台車に箱を慎重に乗せた。
「うへー、重かったな」
「言うな。あたしも泣きそうになる」
 台車を押しながら、二人がそろそろと部屋を出た時だった。
「お待ちください」
 中年の男性が二人を制した。自信にあふれ、落ち着いた雰囲気が二人を威圧する。
(これが、齊藤さんかあ)
(う。ヤバい人きたなあ)
「は、はい。何か、ご用でしょうか?」
 律が営業用のトーンで答える。それには返事せずに、齊藤は箱を調べだした。
「中を拝見してよろしいかな?」
「い、いや、それはあたしたちが決めることじゃなくて、そちらの依頼物なんで……」
「では異論がないということで、調べさせていただきます」
 律の額に汗が噴き出る。その背後で澪も固まっていた。
(やばい、やばいーっ! 中身がムギだってバレちゃうーっ!)

「齊藤っ!」
 部屋の中から声がした。
「私が昔の仲間の演奏会の記念を送ろうというのです。あなたが何を調べるのですかっ?」
「はい。しかし――」
「お父様のご意向には何ら反していないはずです。それでも不服があるというのなら、それなりの覚悟はおありでしょうねっ!?」
「はっ。わかりました」
 行きなさいとの無言の合図を受けて、律と澪はできるだけ急いで荷物を運び出した。
そして長居は無用と、律は配送車のアクセルを踏みこんだ。車は速度を上げて、門を飛び出していく。
「ひゃー、もうだめだと思ったぜ」
「うん。観念した……けど、あれ? あの声がムギなら、いったいあの箱の中は?」
「うえ? ムギがいるんじゃないのかよ。作戦失敗かあ?」
「律。ちょっと調べよう」
 律はあわてて車を止めると、荷物室へ入り込んだ。澪もついてくる。
大きな段ボールの箱。止めてあるガムテープを外す。そして注意深く段ボールを開くと、そこには薄物をまとった女性。
金色の髪、特徴のあるたくあん眉。その下の瞳がゆっくりと開く。
「ムギっ!」
「よがったー。本物だあ」
「澪ちゃん、律ちゃん。おひさしぶり」
 紬は大きく手を広げると、二人を抱きしめた。
「菫から聞きました。お二人が私を演奏会に出すために、親身になって頑張ってくれているって。もう泣きそうです。それに……」
「それに?」
「唯ちゃんが話しかけてくるんです。一緒に歌おうって言ってくるんです。
『怒ってないの?』って聞いたら、『どうして?』って。『澪ちゃんも律ちゃんもくるからねー』って言われて、
目を開けたら、ちゃんと二人がいるんです。きっと、きっと唯ちゃんが導いてくれてるんです」
 澪と律は頷きあった。紬は幻覚や幻聴を現実と受け取るほどに、精神的に衰弱していると
お医者に言われているから注意してくださいと菫から聞いていたのだ。
 二人は紬を運転席に導いた。
「ムギがいるんなら、あの声は一体誰だったんだ?」
「きっと菫です。私の声色を真似たんでしょう」
「ということは、きっとバレたな」
「今頃、めちゃくちゃ怒られてるんじゃないかしら」
「って、ことはすぐに追っ手が来るよな。急ぐぞ!」
「どこへ連れて行ってくれるんですか? そこで演奏するのね」
「我らが演奏会場はあそこしかねえっ!」
 律はアクセルを踏み込んだ。配送車はタイヤをきしらせて発車した。

3.

「久しぶりだ。唯先輩の家に来たのって」
 梓は二階建ての平沢家の前で躊躇していた。憂を説得しには来たものの、いまいち踏ん切りがつかない。
(どう考えても、憂を説得できるなんて思えないよー)
 困りきった表情で、隣のシブタクを見上げる。
「やるべきことをやるだけだ。結果なんかやる前から考えるな」
(そうだよね。当たって砕けろだ。ダメ元でいいんだから)
 意を決して、梓は玄関のチャイムを押した。

 家に来たのも久しぶりなら、憂の部屋に入るのもその時以来。
(眠っている純を横目に、唯先輩の部屋で憂と二人で……うう、思い出しちゃった。
あの時、もし純が起きてきたら、あたし達のこと、どう思ったんだろ)
 思わず赤面する梓に、何も知らずにお茶をだす憂。
「はい。シブタクさんにもお茶」
「気ぃ使わせてすまねえな」
 そのまま二人の前に座る憂。
「演奏会のことだよね」
 憂の方から話を切り出してきた。
「やっぱり、あたし、弾けない――」
「憂、そのことはもういいよ」
 梓が憂の話を止めた。
「憂の気持ちも知らないで、ギターを弾けっていうほうがおかしいもん。
憂が弾きたくないっていうんなら、それを尊重しなきゃって思ってる。
だけど、憂、これだけ教えて。憂はけいおんのこと、どう思ってるの?」
 憂の表情が凍りついた。
「唯先輩があんなに楽しんでたけいおんだよね。
憂だって、『若葉ガールズ』じゃあ楽しんでたと思ったんだけど。でも、今はそう思ってないみたいだし……」
 梓の言葉を聞くにしたがって、憂の頭は垂れていく。そして、再び憂が顔を上げたとき、その瞳は濡れていた。
「けいおんが、お姉ちゃんを殺したって思ってる」
「えっ!?」
 思いがけない言葉に梓は絶句した。

「お姉ちゃん、桜高校に行くなんて一言もいってなかったのに、急に行くことに決めたの。
和さんが行くって聞いて、自分もって思ったみたい。
それまでろくに勉強なんてしてなかったのに、ちゃんと合格して、そしてお菓子に引かれて、軽音部に入ったって言ってた」
「うん。お茶とお菓子だよね」
「すごく楽しそうだった。目指す事が見つかったって、喜んで話してくれた。あたしもうれしかった。
あたしも桜高校でけいおんやってもいいかなって、思ってた」
「じゃ、どうして軽音部入らなかったの?」
 憂は気まずい顔をした。
「あんな変な着ぐるみに出会うなかったら、よかったんだけどね」
(うひゃー、さわ子先生の仕業かあ)
 冷や汗をかく梓の前で、憂の表情が変わった。
「でも、お姉ちゃんが亡くなってから、考えたの。お姉ちゃんが桜高校に入らなかったら、どうなってたんだろうって。
ううん、高校に入っても軽音部に入らなかったら、入っても澪さんや律さんや紬さんに会わなかったら、
何か一つ欠けてたら、お姉ちゃん、死ななかったんじゃないかなって」
「そ、それは……そうかもしれないけど」
「お姉ちゃんにもっと生きてて欲しかった。もっと尽くしたいと思ってた。
そんなあたしの夢を奪ったけいおんが憎いよ。もうギターなんか弾きたくない。見たくもない。……ごめんね、梓ちゃん」
 ぽたぽたとテーブルの上に滴る涙。
「ううん。そうだよね。あたしでもそう思う。でもね、憂」
 梓は顔を上げた。
「あたしね、シブタクに強姦されたんだ。昔」

 憂は梓とシブタクを交互に見つめた。
「……じょ、冗談なの?」
「ううん。ホントのこと。ね?」
「ああ。こいつと初めて出会ったとき、無理やりひん剥いて犯った」
 まるで他人事のように、シブタクは話す。
「唯先輩が亡くなるよりだいぶ前のことだよ。いろいろとトラブルがあって、その結果あたしはそんな目にあわされたの。
芸能界ってのがそんな世界だから、それでもう引退しようって思った。
けどね、唯先輩がいたから、あのそばに行きたかったから、あたし、それからも頑張ってた。病気になるぐらいにね」
 憂は梓の話を黙って聞いていた。
「二度目にあったのが、あの倉庫の一件。あの時、護ってくれるなんて言ってたけど、全然信用してなかったんだけどね。
でも、それから何度も会ううちに、だんだん心のハードルが下がっていったの。
今じゃあ、へんな言い方だけど、無理やり犯られたのも思い出の一つになり始めてる」
「笑って済ませることができないものはないってか」
「そうね。心っていつまでも悲しみや苦しみを背負って生きていく事ができないようになってるんだと思う。
じゃないと、辛いことが多すぎるから。憂も今は辛いと思うけど、絶対にそのうち変わるから。
変わらなかったら駄目だよ。唯先輩だって、きっとそう願ってると思うから」
 憂はかすかに頷いたようだった。
「実は演奏会は桜高校の講堂でやることになったの。律先輩がどうにかして許可をとったみたい。
憂、辛いかもしれないけど、演奏は無理かもしれないけど、見にこれたら来て」
「紬先輩は? 目処がついたの?」
「ううん。澪先輩と律先輩が菫となにか話してたから、作戦があるんだろうと思う。演奏会の日には必ず連れて来るって断言してた」
 憂はじっとなにか考え込んでいた。そして、二人についてくるように言った。
「お姉ちゃんの部屋だよ。できるだけ、そのままにしてあるんだ。雑誌も、道具も、下着だってね」
 憂は梓を見て、少し笑みを浮かべた。梓の心臓がときめいた。
「梓ちゃん、それ。ギー太。演奏会場にもってって」
 憂が指差すところ、ギターが置いてあった。
「いいの?」
 梓の問いに頷く憂。
「私は行けないけど、ギー太にお姉ちゃんの代理を務めてもらうから。
舞台の片隅でも置いてあげて。それでみんなの演奏、お姉ちゃんに聞かせてあげて」
「わかった」
 梓はギー太をカバーに入れると、肩に担いだ。
そのまま、憂は玄関で二人を見送った。何度も振り返りながら、梓はシブタクを歩く。
「ばらしちゃってよかったかな? 憂、あんたのこと、気に入ってたみたいだけど」
「オレの本質見ないでどうこう言われてもな。オレはお前のこと気に入ってるからなんとも思わねえけど」
 梓は真っ赤になった。
「は、は、恥ずかしいこと言うな!! このバカ!」

 その頃、憂は玄関の扉にもたれていた。
両手で自分の胸を抱きしめ、懸命に呼吸をしていた。周りがぐるぐると廻るようなめまいに襲われている。
「あ、あ、お、お姉ちゃん……」
 一分か、二分のことだったろうか。過換気に襲われていた憂の表情が変わった。
すくっと立ち上がると、髪の毛を整える。自信に満ち溢れ、さっきまでとはまるで別人のようだ。
「あずにゃん。私、いくからね!」
 憂は強く、断言した。

 メイド服姿の菫はうつむいたまま、青い顔で立っていた。その向こうには、父親である執事、齊藤が窓の方を向いている。
「お嬢さまの声色まで使って、私をなんとか騙そうとしたというわけですか?」
「……はい」
 菫の返事は聞き取れないほど小さい。
「お嬢さまやお前が小さなうちから見てきたのですよ。違いなど、わかって当然です。でなければ執事などと言えません。
お前も自分の父親を甘く見すぎです」
「……申し訳ありません」
 齊藤は懐中時計を取り出してみた。
「菫、クビも覚悟しておきなさい。だんな様の言いつけに背いたわけですから。
どのような処罰が下されるのか、わかりません。どうしてこのようなことをしでかしたのか、教えて欲しいのですが」
「……お嬢さまのためにです」
「だんな様の前でもそう言えますか?」
 父親の質問に菫は黙った。
「演奏会と言ってましたね」
 菫は頷いた。
「高校時代のご友人とですか?」
「はい」
 今度ははっきりと肯定した。
「紬お嬢様は高校時代、それは生き生きとしておられました。毎日が楽しくて仕方ないというご様子でしたよ。
お前も見ていたでしょう。輝いておられたご様子を」
「はい。とても素敵でした。私もあんなふうになりたいと思って、同じ高校にしたのですから」
「そうでしたね」
 齊藤はふたたび懐中時計を取り出した。今度はじっくりと見ている。
「演奏会と言うものは、どれくらい時間がかかるものなのですか?」
「え? それはいろいろですが、一時間ぐらいかと」
「ここを出てから一時間。どこへ向かったかは知りませんが、三十分と仮定して、そろそろ始まる頃ですか。
ならば、これからだんな様のところへ説明に行けば、なんとか終わる頃には着けるかもしれませんね」
 父親の言葉に、菫は首をかしげた。
「お父様、お嬢さまを取り返しにいくのでは?」
「それはもちろんですが、そのためには時間がかかってしまうものです。それまでに演奏会が終わってしまうのは仕方ありません」
 齊藤は振り向いた。いかめしい表情ではあるが、口元には微笑。
「いいですか? だんな様の言いつけは守りますが、その中でお嬢さまの自由にできることはさせたい。
前にもそう言ったではありませんか。
 私とてお嬢さまが憎いわけではありません。いえ、とても愛らしく素敵なお嬢さまなのですよ。
ならば、ほんの少し稼いだ時間で、その間にお嬢さまがしたいことをなさるのは、よろしいのではないですか?」
 菫は顔を上げた。瞳を輝かせ、うれしさが顔中にあふれていた。
「お父様!」
「だからといって、お前の管理不行き届きは大きな失態です」
「はい……。いいえ。私もやっと心が決まりました。
お嬢さまのためと口では言いながら、だんな様にどう言い訳しよう、どう許してもらおう、そんなことばかり考えていたのです。
結局は自分の保身しか考えてなかったのです。
 ええ。今回のことは、お嬢さまの願いをかなえることを考えた結果です。
それはだんな様にも、申し上げる事ができます。それでクビなら本望です。
 はい。お父様。だんな様のところへ行きましょう。言いたい事がいっぱいあります」
「おやおや。急に元気になってきましたね。それでこそ我が娘です」
 父娘は共に部屋を出た。菫の顔には、晴れやかな笑みがあった。

4.

 照明が輝く舞台。その上には楽器が並べられていた。中央の椅子の上にはギー太が鎮座している。その隣には梓。
「卒業生って言っても、律先輩、よく借りられたもんです」
 誰にも知らせてない、いわば秘密の演奏会。
明るいのは舞台だけで、客席のほうは真っ暗。客がいないから、明かりを点ける必要もない。
「遅いなあ……」
 時計を見ながら、梓は呟いた。
(やっぱり、替え玉作戦は無謀だったんじゃないかなあ?)
 ムギの身代わりをベッドに寝かせ、紬を箱の中に隠して持ち出す。それが澪の考えた作戦だった。
(澪先輩の作る歌詞ぐらい、甘い作戦だよね。これ。確認されたらすぐバレちゃうし、成功するなんて、思えないよー)
 梓が大きくため息をついたときだった。遠くで車の急ブレーキの音。そして何人かがばたばたと走ってくる様子。
「きたっ!?」
 そのとおりだった。講堂の扉を開けて大急ぎで入ってくる三人が梓にも見えた。
「にゃん? 成功したっ?」
「あたりまえだぁー!」
「でも急ぐぞ。いつ追っ手がくるか、わかんないから」
 舞台の上に急いであがる。
「憂ちゃんは?」
 梓は首を振った。そしてギー太を指差す。
「これ、唯先輩の代わりにだって」
「ああ、確かにこれは唯の曖用品なんだけど」
「形見ってことか。縁起悪いー」
 梓はムッタンを肩にかけた。
「とにかく、時間がないから、音をあわせなきゃ。皆さん、準備してください。
まずは一曲、どんなでもいいから最後までやってみますよ」

「ひ、ひでぇー!」
 律がうめいた。
「ってか、律! お前がめちゃくちゃ、突っ走りすぎじゃないか!」
「み、澪だって、全然あってねえよ。っていうか、途中で休んでたじゃんか。体力がついてきてねえぞ」
「ああ、全然指が動かない。こんなにも、長い間、キーボード触ってなかったなんて思ってなかったわ」
「私も、一人なら弾いていたけど、他の人と音を合わせるのって、数年来やってなかったから」
 めちゃくちゃだった。
 高校卒業以来、楽器を触っていなかった律や紬。体力不足を露呈した澪。他人とあわせるのは久しぶりの梓。
こんなメンバーですぐに音が合うわけがなかった。
「どうするよ。こんなんで演奏会なんていえねえぞ」
「客がいなくてよかった。断念するか?」
「だめですー! 唯先輩の追悼の意味をこめてるんですよ。止められるわけ、ないじゃないですかっ!」
「梓ちゃんの言うとおりよ。なんとかあわせましょう。この機会を逃したら、私、もう演奏はできないと思うから」
 紬の言葉に一同は頷いた。
「律はもっと力抜いて。他人の音きいてよ。みんな、もうちょっと落ち着いて、丁寧にやろ。
今度は失敗しないようにさ。梓、できるだけリードしてみてくれ。あたしもベースのリズム感、取り戻すのに時間かかりそうだから」
 梓は頷いた。律が声をかける。もう一度、音が響き始めた。

 リハーサルは終わらなかった。やればやるほど、演奏はバラバラ、音楽になっていかなかった。
(どういうことだろ。『放課後ティータイム』はいったいどうなっちゃたんだろ?)
 そう思う梓自身にも答えはわからない。
「くっそー、やっぱ憂ちゃんがいないと駄目なのかよ!」
「憂ちゃんじゃなくて、唯が必要なんだろ」
「そうだけど、死んじゃった唯ちゃんがくるわけないし」
「憂だってこないって断言してたんだし、四人で何とかするしかないんです」
「無理だあ。やっぱこんなの、最初っから無理だったんだよー」
「そ、そんなこと言わないでください。でももう他に方法が思いつかないです」
 梓が涙声で言ったときだった。
「お待ちかねの人物が来たぜ」
 シブタクの声に、みんなが一斉に振り返った。舞台の袖にシブタク、その隣に憂が立っていた。
「憂っ!!」
「来てくれたんだ。憂、やっぱり、来てくれた!」
 憂は懸命に両手を振った。
「ち、違うの! 来るつもり、全然なかったの。どうしてここにいるのか、わからないぐらいなの」
「えー、まさか、辞めさせてくださいって言いに来たとか言うんじゃないよな」
 律が少し笑いながら言う。
「家にいたところまでしか記憶がないの。気がついたら、ここに来てて。あたし、どうしちゃったんだろ。最近、こういうのが多いの。
記憶がなくなってたり、その間にどこかへ行ったりしてるみたいなの。
まるで何かに、とり憑かれたみたいな感じ。自分の体じゃないみたい。こんなんで演奏なんかできるはずないし。あたし、おかしい」
 憂は大きく喘ぎ始めた。そんな憂を梓は抱きしめる。
「大丈夫。まだ憂は先輩を無くしたショックが残ってるだけだから。時間が癒してくれるから。そう言ったよね?」
 憂の両手がそっと梓の頭にかかった。そして頭を撫で始める。
「いい子いい子。あずにゃん、ほんとにいい子」
「ちょ、ちょっとー! 憂、先輩の真似するの、止めてよねー!」
 梓は真っ赤になって、憂から離れた。そして、その動きが止まった。
「憂――?」
「あずにゃん、お待たせ。みんな、あたしが来たからには、もう大丈夫だからね!」

5.

 梓は呆然と憂を見つめた。そして、真っ赤な顔になった。
「い、い、いい加減にするです! 憂、悪ふざけにもほどがある!
演奏しないって言い切ったかと思えば、大丈夫だとか、唯先輩のマネしてごまかすとか、ふざけてばっかりじゃない!」
 梓の瞳からは涙がこぼれ始めた。
「そりゃ、そりゃあ、憂がギターやってくれるのは、すごくうれしいんだけど」
 憂は微笑むと、椅子の上のギー太を手に取った。
「久しぶり、ギー太」
 肩にかけると、みんなに向かって話しかけた。
「みんな、リハーサル、一発で決めちゃうよ。律ちゃん隊員!」
「は、はいっ!」
 思わず律の声にも力が入る。
「律ちゃんは勢いが命なんだから、どんどん走っていいから」
「い、いいのかよ?」
「憂、そんなの、めちゃくちゃだ!」
 澪の悲鳴を憂は無視する。
「あたしがフォローするから。律ちゃんの一番いいところを出さないで、どうすんの?」
「よっしゃー! それ聞いて元気でたぜー!」
「澪ちゃん!」
 憂の声に澪はびくっと体を震わせた。
「ベースだからって、遠慮しなくていいから。どんどん前に出てきて。
ミスったって、次で挽回すればいいから。声だって素敵なんだから、前でいいんだよ」
「憂……」
「ムギちゃん」
「はい」
 予測していたのか、紬は素直に返事する。
「間違えたって、飛ばしたって、全部アレンジ、アドリブだってことでいいから。引きずられないで、次に進んじゃって。わかった?」
「わかった。もう、失敗はすぐに忘れることにするわ」
 紬は微笑んだ。
「あずにゃん」
「あたしは、あずにゃんのままですか?」
「あずにゃんはあたしについてきてくれればいいから。あたしだけ見てて、弾いて」
 梓の返事を待たないで、憂は声を上げた。
「みんな、時間がないよ。世界中があたし達の演奏を待ってるんだから。さあ、やるよ!」
「おー!!」

 さっきまでとは違っていた。下手さは変わっていなかったかもしれない。
けれど、気持ちの入り具合が違っていた。そして、それは全員に共通する思いになっていった。
(楽しい)
 音が、音楽になっていた。
 ミスしてもそれが笑顔になっていった。躊躇がなくなり、自分の音を奏でることができ始めていた。
最後の一音を憂がとめたとき、全員が笑いあっていた。
「すげえ、すげえよ。憂ちゃん!」
「楽しかったー。こんな気持ちで、軽音部でやってたのよね」
「思い出した。これがバンドなんだ。このクラブの音楽だったんだ」
「も、もう、涙が止まんない」
「何でだよ、なんで憂ちゃんが入っただけで、こんなに合うんだよ?」
 澪が首をひねった。
「うーん、やっぱ憂ちゃんが旨いからじゃねーか?」
「憂じゃないってば。唯だって」
 憂が口を尖がらせた。
「ま、まさか、本当に唯ちゃん?」
 紬は不安げな声を上げた。
「まさか……。まさかとは思うけど」
「なにか、ねえかな。唯だけが知ってて、憂ちゃんが知らないことって」
「そ、そんなことあるはずないです。姉妹なんだし、すごく仲良かったんだし」
「うーん。澪、ムギ、何か思いつかねえか?」
「大抵の事はしゃべってるだろうしなあ」
「そうねえ。やっぱり女の子同士だもの。二人っきりの秘密しかないわよねえ」
 少し朱を帯びた顔で紬は微笑んだ。
「律ちゃん」
 憂が話しかけた。
「ほえ?」
「あたしと律ちゃんとギー太しか知らない秘密があるよね。地獄に行っても、ゾンビになっても話ちゃいけない秘密があったよね」
「う、うわあああーーーー!!」
 律はドラムの椅子から転がり落ちた。
「こ、こいつ、唯だっ! 憂ちゃんも知らないはずのこと、言ってる!!」
「何のことだよ? 律っ!」
「い、言えねえっ! 言っちゃいけねえんだ! だけど、ほんとのことなんだ!
 ごめんなさい、ごめんなさい。化けて出ないで。成仏してくんなまし」
 震える律を呆然と見守る一同。しかし、不安な声を紬が上げた。
「じ、時間がないかも? お父様が来たら、演奏できなくなっちゃう……」
「確かにもう時間を食いすぎましたよね」
「仕方ないな」
 澪は携帯を取り出した。そして、どこかにかける。
「あ、和? うん。今、学校の講堂。『放課後ティーターム』で唯の追悼公演。曽我部先輩のときみたいに無観客だけどね。
で、邪魔が入らないようにして欲しいの。後、もう少しだけだから。
え? うん。無茶言うよ。和だって無茶言ったからそのお返し。うん。お願い」
 携帯を切った澪はみんなに微笑んだ。
「和がなんとかしてくれるって」
「すげー。和って一体何の仕事、してるんだ?」
「さあ?」
「じゃあ、このまんま、本番いってみる?」
 憂が声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待ったーっ! 問題がまだあるぞ!」
 一同は律を見つめた。

「衣装だよ。あたしらの服! あたしと澪は会社の制服のまんまだぜ。梓と憂は私服だし、ムギにいたってはネグリジェじゃんか!
 ばらばらもいいとこだぜ」
「あら、あたしったら。私、こんな格好で演奏してたなんて」
 紬は照れながらもまんざらでなさそう。
「って、これから衣装なんか間に合わないぞ」
「なーにいってんの。こんな時のためにいるじゃんか。さわちゃんが。えっと、あれ? おい、さわちゃん先生!」
 律の呼びかけにさわ子からの答えはない。
「えー、どういうことだよ。さっきまでいたのにさあ、肝心な時にはいないのかよ。演奏衣装なら山と持ってるハズなのに!」
「ま、そういう人でしたよね」
 梓の冷たい声。頭を抱えた律の視線が紬を捉えた。
「ムギ。やるか?」
 その顔がニヤリと笑う。
「え? やるって何を――ま、まさか、ウソ。本当にやるの?」
 紬の瞳がまん丸になる。顔がいっぺんに上気した。
「『放課後ティータイム』なら、やっぱりあれだよなあ。やるかあっ!」
 ドラムの傍で、律は服を脱ぎだした。止める暇もなく、下着も脱ぎ去り、素っ裸になる。
「お、おーい! 律!? 何をするつもりだ?」
「おお、律ちゃん隊員。やるねえ」
「へん。『放課後ティータイム』の伝統は、すっぽんぽんで演奏だい!
 唯だったら、即座に乗ってくるぜ! さあ、続くやつはいねえかっ?」
「あたしゃ負けないよ」
 即座に服を脱ぎだす憂。
「う、憂! やる気なの?」
 梓の悲鳴も気にせずに、憂は最後まで脱ぎ捨てた。
そしてその裸体を見て、梓は息を呑んだ。白い肌のところどころには黒ずんだ痣らしいもの。
さらに左の手首にはいくつもの傷があった。
「う、憂。その手首の傷ってもしかして……」
「あー、これ? 憂ってバカだよねー」
 憂は手首を持ち上げると、舌でペロリと舐めた。
「生きてるのが実感がないって、ふわふわして自分がよくわからないからって、切ってるんだよ。
血が出て痛いと生きてるって感じるんだって。これっておかしいよね? あずにゃん。
生きてるから死んでないよね。死んでたら、死んでるんだよ」
 向こうでそっと手を上げたのは、紬だった。
「じゃ、じゃあ、私も……」
「む、ムギ――?」
「こんな寝衣じゃあ、着てても脱いでても大差ないし。昔、別荘でもやったんだし……」
 そう言いながら紬は寝衣を脱ぐと、その下は何もつけていなかった。脱いだ寝衣をきちんと畳む。
そしてキーボードを前にすると、にっこりと微笑んだ。その動きで揺れる乳房。
「さあ、後は梓と澪だ。二人はどうすんだよー」
「もう。今回だけですよ」
 大きな吐息を吐くと、梓はむったんを床に置いて、服に手をかけた。
「よ。梓もくわわるかっ!」
「梓ーっ。本当に脱ぐのかよお?」
「唯先輩の追悼だから、仕方ないと思います。唯先輩ならきっと喜んで脱いだでしょうから」
「あずにゃん、わかってるぅ」
 ブラもちいさな下着も脱ぎ捨てた。むったんを拾うと肩にかける。全員の目がたった一人、残った澪に集まった。
「ひええ? できない、死んでも絶対にできないからっ!」
 澪は懸命に否定する。
「そうかあ。無理にとは言わないけど、澪だけ服着てて、仲間外れ、一人ぼっちだなあ」
 律の声に澪は震え上がった。
「い、いやだー! 一人ぼっちはもっといやだーっ!!」
 大慌てで澪も服を脱いだ。最後の青い縞パンツもほおりなげる。
「よし、そろった。じゃあ、本番いくぞ! 『放課後ティータイム』、1、2、3!」

 和への依頼が成功したのか、踏み込んで中断を求める足音は響いてこなかった。
みんなが奏でる音楽が真っ暗な客席へと流れていく。
律が突っ走る。澪の低音がそれを必死で引き止め、紬の指がアドリブを連発する。
梓がリードし、憂が全てを纏め上げる。
 最後の一音が宙に消えると、思わず歓声を上げる梓。
「すごい。めちゃくちゃすごいです。あたしたち、輝いてます!」
「やったね、あずにゃん」
 律と澪が顔を見合わせて、微笑んだ。紬が満面の笑顔ではしゃぎまわる。
「アンコール、アンコールしましょっ! 私、世界中からのアンコールが聞こえます。もう一曲、もう一曲ってみんなが叫んでます」
「そうだな。アンコール、いくか?」
「おっしゃ! やるぞ、みんな!」

 いつからか、不思議な感覚が梓を捉えていた。隣で歌う憂がまるで二重写しのように姿が重なって見える。
何度も何度も目をしばたたくが、その姿が消えない。いや、返ってはっきりと二重に見える。
裸の憂に重なる、もう一人の憂。その姿がだんだんと光りだす
(憂――じゃなくて、唯先輩?)
 唯が隣で微笑みながら、一緒に歌い、奏でて、笑っていた。
(律ちゃん)
 律のドラムの音が震えた。
(律ちゃんの元気のいい音、大好きだったよ。最後まであたしのこと、信じてくれてありがとう。
毎日がすごく楽しかったのは、律ちゃんのおかげだったよ)
「ちょ、ちょっと待て。唯」
(ムギちゃん)
「唯ちゃん。私のこと、許してくれる? 私、唯ちゃんのこと、大好きだったのよ」
(許さなきゃいけないようなこと、ムギちゃんはしてないよ。あたしもムギちゃんのこと、大好きだったよ。
お茶とケーキ、おいしかったよ。ごちそうさんだよ。
ムギちゃんも、もっといっぱいいっぱい幸せになってほしいと思ってるよ)
「あ、有難う、唯ちゃん」
(澪ちゃん)
「は、はいっ」
(あたし、知ってるんだ。澪ちゃんがあたしのこと、大好きだって)
「ゆ、唯」
(あたしのこと、一番気にかけてくれたよね。心配してくれたよね。自分のことより、あたしのことを思っててくれて、うれしかったよ。
澪ちゃんがほんとうにけいおんが好きだってことも知ってるよ。澪ちゃんに出会えてほんと、よかったと思ってる)
「唯――」澪の瞳から涙がこぼれる。
(あずにゃん)
 もう梓も泣き始めていた。
「行かないで。先輩、行かないでください」
 梓のお願いに唯は微笑んだ。
(ごめんね、あずにゃん。あずにゃんがそばにいてくれて、ほんと楽しかったよ。
憂の手を借りて、手紙書こうとしたけど、失敗しちゃった。ごめんね。
 それから、前に『放課後ティータイム』は解散だって言ったけど、間違ってた。
あたし達は誰が最後の一人になっても、『放課後ティータイム』なんだよ。だから、また、必ず会えるよ)
 唯は舞台の前にでた。そして、振り返るとぺこりとお辞儀をした。
(みんな、今日はすごく楽しかったよ。見送ってくれて、ほんとに有難う)
「待って、先輩、待って!」
 次第に唯の光が薄らいでいく。音とともに、その姿が消えていく。
(いやだ、終わらないで。終わったら、消えちゃう。先輩がいなくなっちゃう!)
 いくら梓がそう思っても、指が勝手に動いていく。
(ありがと、みんな。楽しかったよ。これで本当に最後だよ。ありがとうねー)
「唯!」
「唯先輩!」
 最後の音が宙へと消えていった。そして、唯の姿が消えた。舞台の中央では憂が崩れ落ちている。
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが――」
 号泣で声が続かない。
「いたよな。唯、いたよな」律も泣いている。
「ああ。最後のお別れ、言いに来たんだ」
 何と言っていいのか、わからずに梓はただうなずくだけ。
「聞こえるか、唯!」
「先輩、私、近づけましたかっ?」
「お姉ちゃん。あたし、お姉ちゃんの分も幸せになって生きるから!」
「唯のバカヤローっ!!」



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