第17話『仮面の下』


 かつて、ひとりの少年がいた。

彼の父はセイバーだった。

父同様に、彼も幼少よりセイバーになることを志し、その夢を叶えた。

突出した才能を有していたワケではない、愚直なまでに鍛錬に打ち込み、他の人間の何倍も努力した末に、目指していたものになったのだ。

彼がセイバーを志したのは、ブレイカーから戦う牙を持たない人々を守るというありふれた感情だった。

セイバーになる者ならば、誰もがその感情を心の何処かに抱いていることだろう。

少年はそのことを誇りに思っていたし、父もそんな息子を誇りに思っていた。

何時か、父や父の友人の様な立派なセイバーになってみせる、と少年は固く誓っていた。

だが、ある日―――少年は生まれて初めて死の恐怖に襲われる。

歴戦のセイバーである父、その友人達が束になっても敵わない化け物が出現したのだ。

その時、少年はある目的で戦場に赴いたが、その場で意識が飛びそうになった。

この世のモノとは思えぬ威圧と深淵の様な昏い意力を放つ“それ”を目の当たりにし、戦意を根こそぎ折られた。

自分が井の中の蛙であることを思い知らされたのだ。

駄目だ、勝てない。“それ”に勝つという未来が全く見えない。

殺される、誰も彼も殺される。

そんな時だった、天使の歌声が周囲に響いたのは。

銀色の幼き天使の、全てを優しく包み込む様な声に“それ”は苦しみ出した。

不安が、恐怖が嘘の様に氷解していく。

天使の歌声は“それ”に苦しみを、自分には勇気を与えてくれたのだ。

耐え切れなくなった“それ”の指先から、漆黒の凶弾が放たれる。

狙いは天使―――させない、させるものか。あの天使は、あの歌声は自分に、否、より多くの人々の心に希望を与えてくれる。

少年は、希望の天使を守るべく凶弾の前に躍り出た。

―――天使は救われ、少年は凶弾に倒れた。









SIDE アヴェル

アークシティから、南方に200キロほど離れた場所。

そこには樹海とまではいかないが、広大な木々が生い茂る森林地帯が広がっている。

複雑な地形というワケではないが、危険なブレイカーが徘徊している為、近隣の村や町の住民は近付こうとしない。

事実、その森に足を踏み入れた生きて帰って来た者は少ない。

ぼくは、アンリとカノン、レオさんとアリス先輩と共に、今正にその帰らずの森へと足を踏み入れようとしていた。

何故、ぼく達がその様な危険な場所へ赴かねばならないのか、それには当然の如く理由がある。

数日前、この森に入っていく怪しげな集団が目撃された。

集団は黒服の男達、そう、レオさんとソラスさんが倉庫街で遭遇した連中と酷似している。

その調査の為、人が近付かないこの森にやって来たのだ。

さて、今回はお馴染みの面々でないのには、勿論理由がある。

シオンさんはアークシティの巡回、ザッシュさんはこの間の妖刀の一件で入院していた為にリハビリを兼ねて総本部で鍛錬している。

ソラスさんはレアリスト工房に呼ばれている、何でも新型の銃器のテストをするので銃の扱いに長けたセイバーが必要とのこと。

集い荘の腕利き達は揃って所用で来れない、なので今回は獅子兄妹のふたりが同行しているのだ。

どちらもやや癖のある部分(シスコン、緊張感の欠如)を除けば、カノンと同じアドバンスドなので頼もしい戦力だ。

森の中を進んでいく、道中にブレイカーと遭遇するが、どれも大した戦闘力は無く、ノービスのアンリでも容易く仕留められる。

「今のところ、話にあった黒服集団は影も形もありませんね」

「うーん、既にこの森に居ないのかな?」

「いや……そう考えるのは早計だね」

「レオさん、どうしたんですか?」

レオさんは膝を曲げ、地面に目を配っている。

彼が見ているのは足跡、ぼくもそれを見てハッとした。

ブレイカーや野生動物の足跡ではない、明らかに人の足跡。

靴の形からして、明らかにぼく達の物ではない、ということは―――。

「足跡の様子から察して、さほど時間は経過していない。まだ、この森に人が居る可能性はあるね」

黒服の集団かどうかは定かではないが、何者かが森の中に潜んでいる可能性は高そうだ。

レオさんが視線を配り、ぼくはそれに頷く。

何者かが潜んでいる以上、慎重に行動しなければならない。

周囲に警戒しながら、ぼく達は森の奥に進んでいく。

30分か40分ほど歩いただろうか、森の奥の開けた場所に足を踏み入れた。

この場所だけ、やけに広く感じるな……。

「止まるんだ!」

「レオさ―――!?」

彼の制止の声が聞こえたと同時に、ぼくも他の皆もすぐに身構えた。

森の奥から強い意力を感じた、レオさんにも引けを取らないほど強い意力だ。

足音が聞こえる、獣の類ではなく、人間の足音。

現れたのは顔全体を覆う鉄仮面を装着した怪人。

頬に汗が伝う―――強い、今のぼくでは目の前の怪人には勝てないと、即座に理解出来た。

「着けている仮面は前回とは違うけど、間違いない、あの時の仮面怪人だ」

どうやら、この怪人が倉庫街でレオさんとソラスさんが交戦した相手である様だ。

「(……?何だ、あの怪人、今―――)」

怪人は少しだけある場所に視線を向け、直ぐに戻した。

奴が見た先にあるもの……アンリだ。

あの怪人、どうしてアンリを見たのだろうか?

レオさんが一歩前に出る、既に意刃を発現させている。

「貴方がここに居るということは、ここで何かを行っていることに他ならない。今回は捕縛させて貰おう」

仮面怪人の両腕が輝き、禍々しい装飾の籠手が装着される。

あれが奴の意刃か、確か砲撃も可能だと聞いている。

近距離と中距離、その気になれば遠距離攻撃も可能だと。

近距離主体のレオさんには少々キツイ相手かもしれない。

アリス先輩は、心配そうな面持ちでレオさんの服の裾を掴む。

「お兄ちゃん……」

「アリス、心配はいらないよ。アリスはアヴェル達と一緒に周囲を警戒して欲しい、他にも潜んでいる敵が居るかもしれない」

確かに、気配を殺して潜んでいる敵が居る可能性は高い。

こちらに視線を向ける先輩に対し、ぼくも無言で頷く。

レオさんから距離を取り、周囲の警戒をしながら彼の背中を見つめる。

ふたりが同時に地を蹴った、距離を一気に詰めて激突、けたたましい金属音が響く。

意刃は意力で構成されているので、金属音というのはおかしいが、金属製の武器を模しているのでそういう音が響くのかもしれない。

鍔迫り合いを行う両名、どちらも一歩も退こうとしない。

火花が散り、後方へと跳躍する両名。

怪人の意刃が変形し、砲口が出現、意力による砲撃が放たれる。

レオさんは即座に盾状の障壁を展開し、砲撃を器用に盾の表面で逸らしていく。

彼が展開している盾状の障壁は、部分展開障壁と呼ばれる技術だ。

通常の壁一枚の障壁よりも防御面積が狭いものの、通常の障壁を圧縮している為に防御力が高い。

怪人の砲撃は悉く防がれるか受け流される。

埒が明かないと感じたのか、怪人は砲撃を止めた。

砲撃によって発生した土煙が晴れ、レオさんと怪人の両名が相対する。

どちらも動こうとしない。

息を呑んでふたりの様子を窺う―――凄い緊張感だ。

例えるなら、嵐が訪れる前の静けさといったところか。

レオさんの意刃に意力が集約される、仕掛けるつもりだ。

対する怪人の籠手にも意力が集約されていく、砲口が無く通常の籠手状態、近接戦闘に備えている。

双刃剣の獅子の刻印から咆哮が響く、ラングレイ家の意刃の能力は自身や周囲の仲間の潜在能力を高める。

レオさんは自身の能力を強化して、仮面怪人を一気に畳み掛けるつもりだ。

アドバンスドの中でもトップクラスの実力者である彼が通常時より強化されれば、並のマスターを凌駕する意力を発揮する。

いける、明らかに仮面怪人の意力を上回っている。

仮面怪人も堅牢な構えを取り、様子を窺っている模様。

何者かは分からないけど、迂闊に仕掛けない辺り、あの男も只者じゃない。

何時の間にか、手に汗を握っている自分が居る。

ただ見守ることしか出来ない歯痒い状況、出来ることはレオさんが勝つことを信じるだけ。

先に動いたのはレオさんだった、彼は一瞬で仮面怪人の眼前に出現した。

辛うじて目で追えた、彼は意力で脚力を強化して一気に距離を詰めたのだ。

意刃が激突し、何かが罅割れた様な音が聞こえた。

仮面怪人の意刃に罅が、強化したレオさんの意刃が勝っている何よりの証拠だ。

双刃剣と籠手が鍔迫り合い、ジリジリと怪人が後方へと押し切られていく。

「意刃を解除するんだ、勝ち目が無いのは貴方も理解している筈だ」

レオさんは怪人に投降を呼び掛ける。

これ以上の戦闘は無意味だと。

だが―――。

「……っ!?」

まさか……そんな、怪人の意力が上昇していく!?

押し切られていた筈の怪人が踏み止まる。

いや、それだけじゃない、怪人の意力が明らかに強くなっている。

以前の戦いの際、怪人は意力を増加する薬物ブーステッドの効果で意力を増加させたと聞いた。

だけど、今回はそんなものを使用していない。

素の意力で強化しているレオさんと互角……!?

罅割れた籠手型の意刃に纏う意力が輝きを増す。

踏み止まっていた怪人が、今度は逆に前進を開始する。

罅割れる音が再び聞こえる、今度はレオさんの意刃に罅割れが生じた。

両名、その場から動かなくなり、拮抗状態へと陥る。

一瞬たりとも気が抜けない緊張感が漂う。

隙を見せれば、どちらかの意刃が砕けるのは明白だ。

あの怪人、一体何があれば、あそこまでの意力を発揮するというのか。

意力は意志のエネルギー、意志の強さこそが意力を呼び起こす。

強い意志と鋼のような精神力があの怪人の意力の原動力となっているのは、レオさんを押し切ったことから見ても間違いないだろう。

単なる犯罪者がそこまでの意力を発揮出来るとは思えない、何かを成し遂げようという強い意志をあの怪人は持っているのだ。

あれだけの強い意力を見せられたら認めるしかない―――あの怪人が確固たる強い意志で戦う戦士だと。

そして尚更理解出来ない、そんな意志を持つ人間が、何故セイバーやガーディアンではないのか。

ぼくだけではない、レオさんも同じ気持ちだった。

「何故だ……何故、それほどの意力を持ちながら罪を犯す?答えろ、何故だ!?」

怪人は無言のままだ、何の言葉も発さない。

憤りを見せるレオさん、ぼくも納得出来ない気持ちで満たされている。

ふたりの拮抗状態は崩れず、このままだと意力を使い切って共倒れになるしかない。

割って入ろうにも、ふたりの意力の強さに誰も近付けない。

どうすれば―――。

「た、隊長……」

「!?」

聞き慣れない声が聞こえ、一斉に声の方に振り向く。

傷だらけの黒服の男が居た。

酷い怪我を負っている、夥しい流血が地面を赤く濡らしている。

ふたりの勝負に集中して、この男の接近に気付かなかった。

隊長と言ったが、あの仮面怪人のことなのか?

「も、申し訳ありません……実験中だった“ハイブリッド”が暴走を―――」

「ハイブリッド……?」

聞き慣れない言葉に、疑問の声を出したのはアンリだった。

―――悪寒を感じた、黒服の男の後方から“何か”がやって来る気配を察知した。

ぼくだけではない、カノンとアリス先輩も危険を察知して意刃を展開する。

金属音が聞こえてくる、武器による衝突や鍔迫り合いによる音の類とは異なる。

例えるならば足音の様な金属音とでも言えばいいのか。

森の奥からやって来たのは人―――いや、人ではない。

金属の身体を持つ人型の何か、あれはもしかして鉄騎?

即座に頭に思い浮かんだのは鉄騎だった。

スクール時代、実戦形式の訓練で使用した機械兵。

あれと比べるとかなり小型の様だ、大きさは2メートルくらいか。

だが、悠長に思案している場合じゃなさそうだ。

黒服の男の言葉から察するに、あれがハイブリッドと呼ばれるモノ。

連中はここで、あれを使った何らかの実験を行っていたに違いない。

だが、先の暴走という言葉からして、実験途中でトラブルが発生したと見るべきか。

ハイブリッドと呼ばれるそれは人型ではあるが、顔にあたる部分には目や鼻、口といったものは無く、正に人形としか言えない。

それが一層不気味さを際立たせ、こちらの警戒心を高める。

表情が無い異質なそれが跳躍した、負傷している黒服ではなく、ぼく達に襲い掛かって来た。










SIDE アンリ

謎の集団の調査の為、森の中に入ったわたし達。

森の開けた場所で、仮面を付けた変な人と遭遇しました。

前にレオさんとソラスさんが倉庫街で戦ったという人に違いありません。

あれ、何だろう……あの仮面の変な人、わたしを見た?

仮面の人はわたしを少し見つめ、視線をすぐに逸らしてレオさんの方に集中しました。

レオさんが仮面の人と戦い、わたしとアル達はそれを見守っていると……。

「た、隊長……」

聞き慣れない声が聞こえて、全員が一斉にそちらに視線を向けると傷だらけの黒服の人が。

「も、申し訳ありません……実験中だった“ハイブリッド”が暴走を―――」

「ハイブリッド……?」

ハイブリッドって何?

耳に聞こえてくる足音、足音にしては変わってる……金属音?

森の奥からやって来たのは、顔がない金属みたいな人……あれがハイブリッド?

って、考え事してる場合じゃない、黒服の人無視してこっちに跳んできた!?

「アンリ、障壁を張るんだ!」

アルの言葉に頷く、何時もより緊張したアルの表情に息を呑んだ。

彼は汗を垂らして、余裕の無い表情をしていた。

ああ、そうか、アルは気付いたんだ。

ハイブリッドと呼ばれるあの金属の人が、とても危険なんだと。

わたしとアルは正面に両手を拡げ、障壁を展開。

ハイブリッドが障壁に激突する―――重ッ!?

あまりの重さに、一瞬息が止まりそうになる。

例えるなら鉄の塊が、凄いスピードでぶつかってきたみたいな衝撃。

ふたり掛かりで障壁を張ってるのに、こんなに重いなんて……。

アルが一緒だったから何とか持ち堪えたけど、わたしひとりだけだったら耐えられなかった。

「カノン、アリス先輩!」

アルの呼び掛けに応え、意刃を展開させたカノちゃんとアリス先輩がハイブリッドの後方から斬りかかります。

ふたりの意刃がハイブリッドに触れる寸前、わたし達はその場から吹き飛ばされました。

ハイブリッドが全身から凄まじい意力を発し、その衝撃が襲った結果です。

後ろから誰かに抱きしめられる感覚―――アルが抱き留めてくれた。

「ありがとう」

「どういたしまして……しかし、不味いね。ハイブリッドというあれの意力の強さは―――」

アルの言う通り、あの金属の人から発する意力の強さはトンデモない。

体感的にはアドバンスド数人分はあるかもしれない。

とてもじゃないけど、こんなのわたし達にどうにか出来る相手じゃ……。

そうだ、カノちゃんとアリス先輩は!?

カノちゃんは―――よかった、どうやら無事みたい。

わたし達から少し離れた場所に立っていた。

手にしている意刃にやや罅割れが生じているけど、大した怪我はしてない。

「きゅう……」

ん、この声はアリス先輩かな?

先輩は……居た、少し離れた場所にある木に引っ掛かってる。

何か、漫画みたいな展開だなぁ―――って、何この意力は!?

突然、強い意力を感じて身構えてしまう。

まさか、ハイブリッドが何かしようとして……。

「―――許さん、許さんぞ金属人間!貴様はスクラップ決定だァァァァァ!!」

ごめんなさい、違いました。

ああ、そうだ、そうでした―――レオさんが居るんでした。

急に感じた強い意力の発生源は、仮面の人と鍔迫り合ってたこの人。

アリス先輩絡みでこの人が暴走しないワケがありません。

何か強化状態時よりも凄まじい意力に、仮面の人がレオさんから離れて距離を取ります……引いちゃってるのかな。

わたしとアル、カノちゃんも少し引いてます。

ドン引きじゃないのは、慣れてしまってるからかも。

咆哮と共にハイブリッドに攻撃を仕掛けるレオさん。

双刃剣による斬撃を、ハイブリッドが両腕でガードしつつ、レオさんの隙を突いて拳を繰り出す。

離れて見守るわたし達―――あ、アリス先輩は!?

「大丈夫です」

そう言うのはカノちゃん、引っ掛かっていた先輩を何時の間にやら救助してました。

と、それどころじゃありません、レオさんとハイブリッドの戦いは一層激しさを増してます。

どうすれば―――。

「っ!?アンリ、後ろ!!」

「へ……えぇっ!?」

急にアルに声を掛けられ、後方に視線を向けると―――こちらに向かって跳躍してくるハイブリッドの姿が!

今、レオさんと戦っている個体ではありません。

激闘を展開していたレオさんも、カノちゃんも焦りを見せます。

「もう1体居たのか―――!?」

「アヴェル、アンリ!」

背後からの強襲、アルが範囲障壁を展開した。

だけど、即席で展開した急ごしらえの障壁だったらしく、ハイブリッドの激突に耐えれるワケもありません。

割れる音と共に、砕け散る障壁。

アルがわたしを抱き締めてきた、強い衝撃が走る―――同時にふたり揃って吹き飛ばされる。

ハイブリッドの拳がアルに直撃したのだ。

何かぶつかる衝撃―――アルが吹き飛ばされた先にある木に激突した。

抱き締められているわたしにはそれほどの衝撃は無かった。

豪快な音を響かせ、ようやく地面に落ちる。

「あ、ぅ……」

「アル、アル!」

アルが額から血を流して呻き声を出していました。

はっと視線を向けると、わたし達を攻撃してきたハイブリッドの姿が。

「アヴェル、アンリ!」

カノちゃんが意刃を片手にこちらに向かって来る。

だけど、もう間に合わない―――ハイブリッドの拳に強い意力が集約される。

駄目、障壁を張ろうにももう意力が……。

動けないアルを抱き締め、瞳を閉じる。

……あれ?どうして、何の衝撃も感じないんだろう?

恐る恐る瞳を開くと、わたし達とハイブリッドの間に乱入者の姿が。

レオさんから距離を取っていた仮面の人が、ハイブリッドの拳を受け止めていた。

敵である筈のこの人が、わたしとアルの危機を救ってくれました。

「一体、何のつもりだ!?」

「どうして、アヴェルとアンリを助けて……」

仮面の人は何も言わず、籠手型の意刃でハイブリッドを殴打。

ハイブリッドの方も負けじと仮面の人を殴打、殴り合いの応酬を展開します。

破片の様な物が地面にポロポロと落ちていく。

仮面の人が被っている仮面に罅が入っている、地面に落ちていくのは仮面の破片。

「えぇい!何時までもダラダラとしていられるかァァァァ!!」

レオさんの意刃から、これまでに無い大きな咆哮が周囲に轟く。

髪が逆立ち、意刃に刻まれた刻印の如く、本物の獅子を思わせる変貌を遂げる。

仮面の人と戦っていた時を完全に上回る意力と速さで、ハイブリッドを圧倒していく。

気を失っていたアリス先輩が目を覚ます。

「ん……お、兄ちゃん?って、“獅子の覚醒”使ってる!?身体に負担が掛かるから止め―――」

「アリス先輩、相手が普通じゃないんです」

“獅子の覚醒”とは、獅子の咆哮の強化版で自身の能力を何倍にも高める効果があるけど負担も多いと聞きました。

以前にザッシュさんとソラスさんのふたりを同時に相手にした試合の際に見ましたが、あのふたりが軽く一蹴されるくらいの強さになるのです。

それはそうと、こちらはこちらで仮面の人が殴り合いの真っ最中。

この人、何でわたし達を助けて―――え?

ハイブリッドの拳で仮面の一部が弾け飛んで、仮面の人の髪の毛らしきものが姿を現す。

仮面の割れた箇所から見えたのは灰色の髪―――あの髪の色、前にも何処かで見た様な気が。

それに、何かおかしい、意力が変化している……?

レオさんと戦っていた時、仮面が無傷だった時とは明らかに意力の質が違っている。

以前にも感じたことがある、懐かしい意力。

子供の頃にもこれと同じ意力を何処かで……。

「―――!」

記憶が弾けた、幼い頃の記憶が蘇る。

そう、7年前のあの日、初めて浄歌を歌った時の記憶が。

あの時、炎の里を襲った得体の知れない何か。

得体の知れない何かの凶弾から、わたしを守ってくれた人の後ろ姿と仮面の人の姿が重なる。

……嘘、ううん、でも、間違いない!

額に手を当てながら、アルが身体を起こす。

「アンリ……怪我は?」

「大丈夫、それよりもあの人が」

「仮面怪人……!?どうして、ぼくとアンリを助けて―――」

「違う、怪人なんかじゃないよ!アル、あの人の意力をよく感知して!!」

「え……?」

わたしに促され、アルは意識を集中する。

意力の感知を行い、仮面の人の意力を感じ取り―――その顔はわたしと同じく驚愕に染まる。

「そんな……いや、まさか、あの人は!?」

「そうだよ、あの仮面の人―――ジスお兄ちゃんだよ!」

「「「!?」」」

他のみんなも信じられないといった顔つきに変わる。

わたしだって信じられない、だけど間違いない。

7年前、わたしを庇って喉を潰され、二度と喋れなくなった命の恩人。

今は何処にいるのか、所在が分からなくなっていた人。

―――ジス・アドバーンに違いない。

どういう仕組みになっているのかは分からないけど、あの仮面には意力の質を変える機能みたいなものがあるのかもしれない。

「そんな、あの仮面の男がジスさんだなんて……」

「ジスさんが、どうしてこんなことを―――?」

―――“俺には俺の道がある”。

「「「「「!?」」」」」

何……突然、頭の中に言葉が浮かんできた!?

声じゃない、誰かの言葉が。

“驚かせた様だな、これは俺の言葉だ。お前達の目の前に居る言葉無き男のな”

ハッとなって、わたし達はハイブリッドと殴り合うジスお兄ちゃんに視線を向ける。

この現象が何であるか、逸早く気付いたのはカノちゃんだった。

「もしかして、“念話”ですか……!?」

“念話”とは、自分の言葉や声を、遠くの誰かに伝える意力による通信術。

現在の様に携帯通信機が存在しなかった時代には重宝されていた。

ジスお兄ちゃんは喉が潰れており、言葉が喋れない。

頭に浮かんでくるのは彼の言葉であり、声は全く聞こえない。

多分、声を失くしたこの人なりに考え付いた対話手段なんだろう。

金属音が聞こえる―――何かを斬り裂く様な音が。

レオさんがハイブリッドの四肢を切断、行動不能にしていた。

彼は息を切らし、ジスお兄ちゃんに呼び掛ける。

「ジスさん、7年も何処に行ってたんですか!?」

“まぁ、色々だ。迷惑を掛けて悪いが、目的を果たす為には強い戦力が必要だから、こんな奴を作っている”

こんな奴って、ハイブリッドのこと?

目的を果たす?強い戦力が必要?

ジスお兄ちゃん、一体何を言ってるの?

アルが額の血を拭い、立ち上がる。

「ジスさん、それはもしかして―――」

“大よそ、お前の考えている通りだ。そう、あの日起きた悲劇に終止符を打つ為に”

「だからって、こんな違法行為に手を染めるなんて……父さんは喜びませんよ!」

“違法行為であることは承知している。それでも、止まるつもりはない”

罅割れていた仮面が完全に割れ、素顔が露わになる。

仮面の下の素顔は、わたし達の記憶の中にあるジスお兄ちゃんその人だ。

顔つきは、大分年齢を重ねているけど間違いない。

“折角の試作体だが、暴走しては周囲に危害が及ぶ―――悪いが、これまでだ”

そう言うと、ジスお兄ちゃんの籠手が変形、大きな砲身へと姿を変える。

砲口から極太の意力が放出され、ハイブリッドを飲み込む。

チリひとつ残さず、ハイブリッドはこの世から消滅する。

“レオ、死にたくなければ避けろ”

「!」

砲身から再び意力が放出される―――その先に居たレオさんが飛びのく。

砲撃は、レオさんが行動不能にしたハイブリッドに直撃、さっきの個体と同じく消し飛ばされる。

レオさんが鋭い目つきでジスお兄ちゃんを睨む。

「……我々に回収させない為ですか?」

“そんなところだ、じゃあな”

……って、あれ!?

何時の間にか、傷だらけの黒服の人を担いでる!!?

これにはわたしだけじゃなくて、他のみんなも唖然とする。

「ジスさん、待って下さい!」

“アヴェル、ひとつだけ忠告しておく。今のお前の力では、俺は止められない”

頭に浮かんでくる言葉に、アルが苦虫を潰した様な表情に変わる。

ジスさんは跳躍すると、木の上に着地、次々と木から木へと飛び移って森の奥へ消えていった。

レオさんは後を追おうとしたけど、消耗していたことで片膝をつき、アリス先輩とカノちゃんが支えた。

アルは無言のまま、手を震わせていた。

ジスお兄ちゃん、どうして―――。










SIDE アヴェル

アークシティに帰還し、総本部に報告を終えた。

ぼくは総本部の屋上に出て、物思いに耽っていた。

―――“今のお前の力では、俺は止められない”

あの時のジスさんの念話による言葉が、何度も頭の中に駆け巡る。

悔しかった、でも同時に事実でもある。

意刃を使うことすら出来ないぼくでは、レオさんとジスさんの戦いには割って入ることが出来なかった。

いや、ジスさんが居なければ、ぼくとアンリは殺されていたかもしれない。

あの暴走したハイブリッドの戦闘能力は、並のアドバンスドを超えている。

もし、今度あれと対峙したらどうすればいい?

「命を懸ける覚悟はあるか?」

「―――っ!」

背後から声を掛けられ、振り返るとそこにはシオンさんの姿があった。

扉が開く音は聞こえず、意力も近付く気配も感じ取れなかった。

いや、それはそうとこの人は何を言ってるんだ?

命を懸ける覚悟とは、一体どういう意味だ?

「レオから話は一通り聞かせて貰った。ハイブリッドとやらの戦闘力を考えれば、これから先は意刃が使えなくては話にならない」

「でも、ぼくは……」

「アヴェル、率直に言わせて貰おう。実力的にお前はカノンと同等、アドバンスド級の能力は既に備えている。本来なら意刃が使える筈、ならば何故使えないのか―――それは、精神的な迷いがあるからに他ならない」

「迷い……ですか?」

「それを断たない限り、お前は意刃を扱うことは出来ないだろう……そこで、だ。アヴェル、命を懸ける覚悟がお前にはあるか?」

「……」

ゾっと背中に寒気を感じた。ツーっと、頬から汗が滴り落ちる。

怖い、何をするのかは分からないが、底知れない恐怖を感じる。

この人が発する威圧感もさることながら、これから行うであろう“何か”が怖い。

だが、このままでいいワケがない。ジスさんを止めることなんて出来やしない。

腹を括るしかない―――ぼくは、無言のまま首を縦に振った

「いいだろう、覚悟があるのなら俺が連れて行ってやろう」

「連れて行く?一体、何処にですか?」

「修行場だ。炎の里にある、ディアス継承者しか知らない秘されし地へな」



・2023年2月19日:文章を修正しました。



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