歴史とはなんだろう?

 膨大な時間のつみ重ねであり

 数え切れない生命の生と死の営みであり

 時には興り、時には滅び、時には再生する

 舞台が消滅しない限り

 ずっとずっと続く果てしない物語


 そして、その過程には必ず「謎」が生まれている

 時代の謎、国の謎、人の謎、自然の謎、技術の謎

 私たちは追求しよう、その謎を

 私たちは当てはめよう、そのパズルの一片を


 そしてそこにも、闇に葬られた真実が隠されている

 時の権力者が葬り去った既成事実

 私たちは、そこに光を当てよう

 私たちは、それを知ろう

 私たちは、それを取り戻そう
 
 取り戻して、すべてを受け容れたとき

 私たちは、何処に向かうのだろう



  ──ホシノ・ルリ──







闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説







第二章(前編)

「過ぎ去りし時間/二つの『歴史』を巡る考察・T」





T


 ──宇宙暦795年、帝国暦486年標準暦10月2日──

 
 自由惑星同盟軍統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥と第10艦隊司令官ウランフ中将との間に交わされた通信は、最初から奇妙な波動をかもしつつ、標準時24時30分を過ぎた頃から始まった。
 
 制服組ナンバーワンとしての風格と能力を合わせ持つ初老の黒人元帥は、信頼する艦隊司令官に向かってねぎらいの言葉をかけた。

 
 「元気そうで何よりだな中将、帰還予定は順調かね?」
 
 「はい閣下」
 
 と短くウランフは答えたが、すぐにシトレは意味ありげな勇将の表情に気がついた。

 「どうやら、セキュリティーの厳重な直通回線での通信を希望したところをみると何かあったとみるべきかな」

 明察を得て、ウランフはすぐに話し始めた。


 「閣下、荒唐無稽とお考えにならずにぜひお聞きになっていただきたい件がございます」

 ウランフの戦場以外での真剣すぎるまなざしをシトレは正面から受け止めた。

 「うむ、貴官が私にそこまで言うということは、かなり込み入った内容のようだな。よろしい、話を聞こう」

 ウランフは敬意を込めてうなずいた。さすがは元帥、こちらの心情をよくご理解しておられる。
 
 彼は、それまでの経緯や、2時間ほど前にナデシコに訪問した際の映像を踏まえつつ、ありのままの事実を重厚な統合作戦本部長に伝えた。
 
 
 話を聞き終えたシトレは、表情にさざ波さえ立てていなかったが、前に組んだ両手のうちの人差し指だけが落ち着きなく上下に不旋律のリズムを刻んでいた。

 「なるほど、確かに前置きなしではとても聞ける内容ではないな」

 腕組みした元帥は少しの間だけ思考を巡らせると、通信スクリーンのむこうで静かに待つウランフに言った。

 「貴官の他に彼らの秘密を知っている人物は他にいるのかね?」

 やはり、というべきか、ウランフがユリカに話したとおり、柔軟な黒人の元帥は内容を放棄したりしなかった。

 「はい、他には参謀長のみです。現時点で彼らの真実を知っているのは小官と参謀長のみです」

 「賢明だな、貴官もよく状況を飲み込めたものだ。いや、貴官だからこそ理解できたというべきかな?」
 
 ウランフは控えめに笑う。
 
 「いえ、小官も最初は半信半疑でした。彼らと話し、またナデシコを訪れたことで、ようやく確信を持てました。目の前にある現実を否定するほど不合理者でなかったのだと今頃発見したところです」

 「まったくだ。貴官の様な将官ばかりなら苦労もしないのだが、今の軍部内には感情を優先させる近視眼の輩のなんと多いことか。これでは理解できるものも理解できず、見るものも見ることができず、まさに四面楚歌だよ」
 
 「お気持ち、お察しいたします」
 
 「いや、すまんな。つい愚痴になってしまった。話を元に戻そう」
 
 シトレは軽く片手を上げてウランフに謝罪し、中断した話の続きをする。
 
 「彼らのテクノロジーは1400年前にもかかわらず、ほぼ我々と同じ水準にあると貴官は言うが、その理由を尋ねてはみたのかね?」
 
 「いえ、その点については深く追求する段階ではないと判断し、特にたずねてはおりませんが、あえて言うなれば……」
 
 シトレの眼光が鋭く光った。
 
 「失われたテクノロジーというのだろう?」
 
 「はっ、ご明察恐れ入ります」
 
 ウランフがユリカから聞いた歴史上の出来事はなぞだらけな部分が多いが、彼らの乗艦する「ナデシコ」に使用されているテクノロジーのいくつかは、技術文献に記載されているものもあったのである。

 しかし、どれも不鮮明な内容であり、確証を得て紹介されているものは一つとしてなく、あくまでも「想像と推論」の範囲にとどまっていた。

 
 「それに、ネルガル重工か? たしか地球にあったという、ある極東の国家に存在した軍需産業を手がけた企業としか記録がないが……」

 
 「はい、おっしゃる通りです。まず私が彼らの歴史に疑問を持ったのは、彼ら属する地球連合宇宙軍の活動時期についての歴史認識がかなり隔たっていたことでした。しかし、彼らが嘘をついているとは思えません」
 
 「うむ、それは中将と同意見だ。そんなあからさまな嘘などついても何の特にもならないからな。だが、途中まで同じ歴史を歩みながら、ある日を境に違う歴史を歩んでいる……」

 
 シトレは考え込んでしまった。これはタイムパラドックスというよりも、(まさか考えに浮かぶとは思ってもみなかったが)もっと別の理論を立てればパラレルワールド(並行世界)と解釈できるのではないか? 非常にばかばかしい空想ではあるが、そんな奇天烈な概念が実在し、異なる歴史(現実)が複数存在するなどという物理学の理論上の仮説が当てはまるというのだろうか?

 だとすれば、どちらかの歴史が本道から外れたものであり、それは二つの世界におけるあらゆる万物や事象のそのものを全否定しかねない重大かつ深刻な世界非認識にあたるのではないだろうか?

 
 ウランフは、シトレの思考を読み取ったのか意見を述べた。
 
 「閣下、小官も資料に目を通しながらずっと悩んでいたのですが、彼らの時代である22世紀から25世紀にかけては謎の多い時代であり、多くの事実があいまいになっている時代でもあります。我々と彼らの歴史認識の違いや矛盾点は、まさに葬り去られた事実にこそ、真実が隠されているのではないでしょうか?
 小官の推察ですが、その歴史的事実は二つの大戦と一人の独裁者によって消されたのではないかと愚考するのですが……」

 シトレはすぐに答えない。思考回路をフル回転させて彼の理論を手繰り寄せようとしているようだった。だが、ウランフの説はやや極端でもあるが一理あることを認めていた。彼は、ウランフの説を元にどうにか縺れた糸をほぐそうと試みた。遠い先人たちが語ったことが「事実」であるならば、そのなぞを解明する矢はすでに放たれているのではないのか? それは、当時の世界の一つの流れの中に存在する、極端に限定された国家の時代そのものが曖昧になっているケースなどである。
 
 このキーワードを解き放つ三つの歴史的事実に隠された真実を読み解くことができれば、二つの世界の正体とつながりを正すことができるかも知れず、ナデシコの有するテクノロジーについても何か発見があるかもしれないのだ。

 
 「彼らは、当然2198年以降の歴史は知らない。だからその先、我々の歴史とどう繋がるのか確かめようはないが、この際、最初の歴史的相違点は熱核戦争のあった2129年だな」
 
 「はい、彼らの歴史では熱核戦争は直前に回避されているようです」
 
 「うむ」

 と答えるシトレの表情に困惑のもやがかかっていた。それは決定的に異なる事実であり、彼らとの時間軸は延長線上にあるかもしれない、という親近的な繋がりに、いきなり亀裂を生じさせるものであった。
 
 しかし、
 
 「ウランフ提督、貴官と会見した艦長はミスマル・ユリカくんだったな。実際に会ってみてどう感じたかね?」
 
 ウランフはきっぱり言った。
 
 「はい、我々と同じ歴史をもつ一個人だと実感いたしました。彼女だけではありません。ナデシコの全乗員が家族や恋人を愛し、青い空や森や水の自然に感動し、命を奪うものを許さない、間違いのない地球人類です」
 
 「そうか、それを聞いて安心した。歴史的事実に問題があろうと、彼らを否定する材料になりはしない。また、彼らを拒絶する意味にも欠けるということだな」

 「おっしゃるとおりです。ミスマル艦長は言っていました。ここが過去であれ未来であれ、自分たちは存在してよいものではない。非常に困難ではあるが自分たちの故郷は一つしかないのだと。この困難を乗り越えて全乗員と必ず元の時代に戻ってみせると」
 
 「気丈だな。遠い未来の今に存在する我々でも到底理解も把握も不可能であるのに、遠い過去の女性艦長は自分たちの置かれた状況を短時間で悟ったようだな」
 

 ウランフは、同意して無言でうなずく。ミスマル・ユリカは理解せず嘆くよりも、理解して決意したのだ。艦長としての責務を全うする責任感と気丈にふるまうことで他の乗員たちの意識を一つにまとめ動揺を防ごうとしているからだろう。もちろん、彼女の意思の強さはひしひしと会見中も伝わっており、同行していた2名の「意思」をも強固にしている。

 
 二瞬の沈黙の後、シトレが尋ねた。

  「中将、彼らはどの程度、相違点について認識をしていると思うかね? 今後のためにもぜひ貴官の所見でかまわんので聞いておきたいのだが」
 
 「はっ、少なくともミスマル艦長を含め、会見に立ち会った他の2名も我々と同じく察しています。ただし、内容が内容なだけにその時点では双方とも口に出すのは控えたというところです」
 
 「そうだな、確証も確信もない現段階で我々と彼らの歴史的事実の議論は保留としよう。とてもではないが専門家でもない我々では結論など導けないだろうからな。
 いずれ、意見を突き合せなければならない時間もやって来ると思うが、戦時下というのが難点だな」

 ある意味、シトレは残念に思っていた。もし平和な時代であるならば、きっと彼らを首都星ハイネセンに招き、今ある人類の幸福な未来を案内し、その歴史的経過に花を咲かせることもできたかもしれないのだ。

 
 しかし、人類は彼らの時代より1400年経った今でも戦争を繰り返しており、まさに150年にも長きにわたる不毛な戦いを続けているのである。その間、国父アーレ・ハイネセンの意志を継いだ子孫が長征一万光年の果てに築いた民主共和制の精神は徐々に崩壊をはじめ、軍国主義的な側面が表面化しつつあった。さらに今年は二度の会戦が勃発し、物理的にも人的損害も無視できぬ状態であり、艦隊の再編や人的補充に多忙を極めており、正直なところ別な問題に関わることなどできないはずであった。

 
 「──難点だが、放っておくこともできぬ。私の知人に歴史に詳しい士官がいる。今は第2艦隊に配属されて少しはやる気を見せているそうだから、もし機会があればそれとなく尋ねてみよう」
 
 「はっ、お手数をおかけいたしますが、彼らのことを話すのですか?」
 
 シトレは少し微笑んだ。
 
 「まあ、状況によってはそれとなく示唆してみよう。本人が気がつくかどうかという微妙な言い回しでね。」

 元士官学校の歴史好きな教え子が、タイムパラドックスについてどういう反応を見せるのか、当時、士官学校の校長だったシトレには大いに興味があった。彼のことだ、タイムパラドックスそのものを否定するかもしれない。歴史を語る上で「IF」が禁句であるように、時を超越するなどという未確認の概念を「本気」にしないかもしれない。
 
 (変わった教え子ではあったがね)
 
 だからこそ、彼には何らかの突破口を期待してもよいのではないか? この不可解な出来事は歴史の中にこそ答えが眠っているはずなのだ。物理学の専門では解き明かすことのできない重要なヒントが「証明されるべき歴史の死角」にあるはずなのだ。

◆◆◆

 二人の間にしばしの沈黙が流れるが、先に思考を口にしたのはシトレだった。
 
 「中将、彼らが要求しているものについて知りたいのだが?」
 
 「はい、全乗員の生命および身の安全、行動の自由と戦艦ナデシコの保有権、操船権のすべてです。」
 
 シトレは、なぜか納得したように頷いた。
 
 「そうだろうな。今、彼らにとっての故郷はナデシコという戦艦しか残っていない。その主張は当然といえるだろう」

 もちろん、シトレはナデシコの有するオーバーテクノロジーに無関心ではいられなかったのだが、同時に恐ろしさのほうが勝ってしまった。それは兵器に対してではなく、国家と軍部そのものに対してである。軍部の最高職に就く彼が恐れるのもおかしなことなのだが、長い戦乱の時間はそれだけ人々の感覚と良識を磨耗させ、専制国家との戦争を貫徹することこそが命題であり、政治家、軍部、市民をはじめとして生命を賭してでも遂行しなければならない崇高な義務だとさえ主張する有様なのである。戦争を賛美するものが拍手の喝采を浴び、戦争を否定するものが非国民扱いされるという、危うい側面がいっそう強まっているのだ。

 
 それは主戦派の国防委員長が後押しする形で年々高まっており、戦争に対して慎重なシトレやウランフなどは少数になりつつあるのである。
 
 そんな、いつ箍が外れてもよい状態の民主国家が「ナデシコの秘密」を認めたら一体どういうことになるのか、シトレには容易に想像できるのである。
 
 「中将、行動の自由以外は認めてもかまわないだろう。どうせナデシコを操艦できるのは彼らだけなのだからな」
 
 「ご理解、感謝いたします」

 ウランフは敬意を込めて黒人の元帥にお礼を言った。この柔軟性と現実対応能力は今の同盟軍にとって得がたいものであり、決して失ってはならないものだと痛感する。統合作戦本部長がシトレ以外の人物だったならば、きっとウランフは自分の地位を懸けてユリカたちを守らねばならなくなっていたはずだった。
 
 シトレが尋ねた。

 「ウランフ提督、損傷を受けたナデシコのエンジンを近くの星系で修理するということだが、まったく我々の艦船用エンジンとは違う仕組みのものだが、修理など可能なのかね?」

 「はい、もともとナデシコの乗員の大半は民間からの広い徴用もあり、非常に優秀な人材が揃っているようです。艦の整備班長を務めるウリバタケという人物はなかなか用意も腕もよい男のようでして、エンジン破損の場合に備えて修理用の予備部品を保管していたようです。外壁部分など足りない部分もありますが、私が話を聞いた限りでは今の技術で充分対応できると考えております」

 「そうか、インフレーション理論に基づく相転移エンジンなど、そんなすごいエンジンが過去に実現されていたなど想像の範囲外だったからな」
 
 ウランフは、同意の笑みを返したが、心中は違っていた。相転移エンジンは人類によって発明されたのではなく、人類によって流用されたのだという事実を知っていたからに他ならない。遠い人類発祥の地に近い火星と木星にかつて繁栄したという古代人の文化とオーバーテクノロジー。この事実が世に出れば自由思想と専制思想の対立という図式をひっくり返し、オーバーテクノロジーを巡る、より複雑で欲望に満ちた戦争へと発展するのは目に見えていたからである。

 「今はまだ話すべきではない」
 
 尊敬する元帥の前でウランフは心情を押し殺しつつ、心の中で謝罪する。
 
 「中将、どうしたかね、顔色が悪いようだが……」
 
 ウランフは、我に返ってとっさに言った。
 
 「いえ、彼らの今後のことを考えていまして」

 シトレも気になっていたのか話を進める。

 
 「ふむ、なるほど。貴官は彼らをハーミットパープル基地に案内しようと考えているようだが、基地との連絡はまだなのだろう?」
 
 「はい、身に余る件なだけに閣下にご報告し、ご指示を仰ごうと考えていました」
 
 シトレは少し破顔した。
 
 「私を信頼してくれるとは、中将、嬉しい限りだな。とかく上層部というのは頭のお堅い連中の集まりで、非現実的なことや厄介ごとはまとめてダストシュートに投げ込んでしまえ、と考えている、などと思われているだろうからな」
 
 「閣下もお人が悪い」
 
 二人は同時に笑ったが、同時に笑みは消えていた。過去からの使者たちはいかに行動するのだろうか? 状況を理解し、受け入れたとき、彼らはさまようことを選択するのか、それともいずこかに拠点を定め、そこを住処と定めるだろうか?

 一人の有能な元帥と一人の優秀な艦隊司令官の間に交わされる謎にみちた会話の一つ一つが、ユリカたちナデシコクルーの運命に少なからず影響を与えていく。

 
 シトレは、今後、彼らの生活に関わる重要事項をウランフにたずねた。
 
 「彼らは今の段階で元の時代に戻れる可能性や方法についてなにか言っていたかね?」

 「いえ、具体的には何も。現時点では少なくとも手段が無いようです。」
 
 「ということは、彼らはしばらく同盟側に留まるということでよいのかな?」
 
 「おそらく。戻る手段が見つかっていない以上、彼らは宇宙を放浪するわけにもいかないでしょう。どこかに拠点を定め、当分はそこで手段を考えると思われます」
 
 「それが貴官の考えるハーミット・パープル基地というわけだな」
 
 ウランフは笑って首を振った。
 
 「別段、定めたわけではありません。お話したとおり、彼らはチューリップクリスタルというものが無ければ時間跳躍はできません。彼らを秘匿する上でも、また彼らの行ける範囲内に幸運にもハーミット・パープル基地があったまでです」
 
 「わかった。彼らを当分の間秘匿するという点では私も中将と意見を等しくするところだ。協力を図れるかどうか私が直接基地と連絡をとってみよう。そちらのほうが確実だ──マクスウェル准将だったな、どういう人物か情報はあるかね?」
 
 「はい、バウンス・ゴールド技術少将の友人です。私も少将から話を聞いただけなので詳しい人物像まではわかりかねますが少将曰く、豪快で度量が広く物分りのよい人物と伺っております」
 
 「なるほど、そのあたり期待ができそうだな」
 
 ウランフも同感したが、ナデシコというオーバーテクノロジーを有する軍艦を保有し、221名もの装いも違う彼らの扱いをどうするのか、彼は問題の件を素直に元帥に話した。
 
 「その点については私に良い考えがある。ナデシコは軍が極秘に建造した新技術を搭載した試作艦ということにすればよい。そのクルーたちは新技術を扱う上で軍民より集められた優秀な人材ということにして──そうだな特務部隊員としておこう。かなり存在上の違和感は薄れる」
 
 「なるほど、それは名案です」
 
 ウランフはシトレの解決策に同意した。軍の最高責任者が「認知」したということは、いくつかの懸念はほぼ払拭される。
 
 一つ、ナデシコの身分に関する明言により、どの施設に行ったとしても、所属と身分について余計な詮索をされずに済む。
 
 一つ、軍が極秘に建造したという決定により、自然と秘匿性が成立するということ。

 一つ、乗員一人一人のデーターを極秘に設定できること

 
 など、とにかく彼らが同盟軍に存在するという事実が必要なのだ。ハーミット・パープル基地の受け入れがなれば、より効力を発揮することは間違いないだろう。
 
 「基地指令官に込みいった内容まで話すかどうかは彼と話をしてから決定しよう。また話がついた場合、そこからの先は彼ら次第になるだろう」
 
 ウランフは頷いた。基地司令官の理解と協力に関してはそれほど心配はしておらず、准将の人柄が少将の話すとおりの人物ならばすんなり仰げると確信していた。
 
 問題はユリカたちナデシコクルーであろう。はたしてユリカたちは「その後」どういう決断を下すのであろか? 同盟にとどまり、いやおうなく新たな戦いに巻き込まれるのを潔よしとするであろうか? または拒絶して単艦で未知の宙域を手段を探して彷徨うのだろうか?
可か否か、好むと好まざるに限らず、彼らの置かれた状況は決して容易ではなく、選択肢は意外に少ないのだ。
 
 「いや……」
 
 ウランフは首を振った。どうも今から懸念しすぎではないか、乗員の意思統一はミスマル艦長に任せておけばよい。たとえ彼らが拒絶の方向に意思統一を果たしたとしても、彼らを止めるだけの説得力を我々は持ち合わせているわけではない。自分も自由の国、自由意思を尊重する自由惑星同盟の軍人なのだから……

 「そうではないな」

 まずは、彼らの落ち着ける環境を確保することが先決であり、その先の議論はあらためてすればよいだろう。
 
 「では元帥、どうかよろしくお願いいたします」
 
 「承知した。基地と話が付き次第、貴官に連絡するものとする。また、どういう状況になるかは予想が困難だが、来るべき事態に備え、彼らの待遇については中将の帰還をまって報告を聞いてから検討しよう。それから基地までの指令は提督に一任するものとする。後で指令文を送るとしよう。以上でよいかな? ではな、ハイネセンで会おう」
 
 シトレは敬礼して通信を終了する。終了しつつ、しばらく何も映らない通信モニターをじっと見つめていた。

 1400年前の先人たち。彼らはようやく戦争から解放され、それぞれの平和な生活に戻るはずだった。何の因果か神のいたずらか、遠い未来でも充分戦えるオーバーテクノロジーを備えた宇宙戦艦とともに再び戦いの渦中に飲み込まれようとしている。
 
 彼らがすぐにもとの時代に戻れるならば、不毛な戦争から遠ざけることもできたであろう。だが、ウランフに語ったことが本当ならば、まったく関わらずに今の時代で生きていくことは不可能に近い。
 
 一つ、方法があるとすれば、それは彼らがナデシコを放棄し、軍から民へ戻ることが必須条件となる。それは過去に戻ることをあきらめ、故郷を捨て、同盟で暮らすということを必然と求められるということだ。しかし、
 
 「1000年以上も経った未来でも不毛な戦争から脱せない人類に先人たちはあきれたのだろうな……」
 
 シトレは、すまなそうにぽつりと独語した。ふと窓の外に視線を移せばライトアップされた国父アーレ・ハイネセンの巨大な立像が自然と目に映ったが、よくも悪くも元帥の疲労した心を癒すまでには至らなかったのである。


U


 「艦長、今、なんとおっしゃったのですか!」

 ゴート・ホーリーがいかつい顔をこわばらせ、催促するように2度続けてミスマル・ユリカにその発言を問う。

 「ええ、ですから今は1400年後の未来なんです。」
 
 発言の重大度に反比例し、今日の出来事でも話すかのような艦長の口ぶりに対し、通常なら誰もがあきれ返るところだが、同行したイネスと席を外しているアキトを除けば昨日より呆然度が深刻であり、明らかに現実逃避している者も見受けられ、ルリでさえ驚きを隠そうとしていない。
 
 
 宇宙暦795年標準暦10月2日、ナデシコ艦内時間8時30分。ごく平穏な──ただし13,800隻の艦艇に囲まれている以外は──ごく平穏な朝食を終えたクルーを艦橋で待ち構えていたのは、ミスマル・ユリカの口から発せられたあまりにも衝撃的な事実だった。
 
 しばらく呆然自失の群れと化していたクルーたちだったが、もともと落ち込むのが下手な連中である。徐々に認識度を高めていったのか質問をする者が現れる。
 
 「艦長、ここって未来って言いましたけど、まったく見たことのない宙域だと思いますが、結局何処なんですか?」
 
 アマノ・ヒカルだった。つい先刻まで「お気に入りの漫画の続きをまとめて全部読めるよね」などと薄笑いをこめて現実逃避していたとは想像できない軽快な口ぶりだった。
 
 「そうね、それは今から説明しましょう。艦長、いいかしら?」
 
 とイネス・フレサンジュが発言し、艦長から許可を得ると、ここからは自分の出番とばかりに白衣の裏から取り出した指示棒を片手にメインスクリーンの前に陣取る。
 
 「ルリちゃん、ウランフ提督から提供された星系図をスクリーンに出してちょうだい」
 
 ルリが頷いてパネルに手をかざすとメインスクリーンに大きく星系図が表示される。ただの図とはいえ、その広大さをクルーのほとんどは理解して息を呑む。
 
 「ヒカルさんの質問についてですが、ここは太陽系からはかなり遠く離れています。信じられないかもしれませんが、現在、地球を中心とした太陽系はその役割を終え、一辺境星系となっています。今は二つの星系が中心となって人類の歴史は続いています」
 
 艦橋が大きくざわめく。仕方のないことだわ。私でさえ思考が止まってしまったのだから。権力に永遠など無いことはわかっていても、太陽系そのものが主権から外れていたなんて、やはりショックよね。イネスは一同を見回す。イツキの驚き方がお嬢様風でとくに面白い。
 
 「私たちがいるのはこの辺りです。同盟と銀河帝国という二つの勢力の間にはさまれたアスターテ星系という同盟勢力圏の側になります。昨日、私たちがウランフ提督に助けていただいたのはその右隣のヴァンフリート星系と呼ばれる星系です。ここはまあ、戦略的価値の低い不毛な星系というところかしらね」
 
 「ちょっと待ってください。ええと、太陽系はどこにあるんですか? その星系図には示されていないようですが」
 
 気がついたアオイ・ジュンが寝癖のついた髪を気にしつつ質問する。彼もあまりにも遠い未来にジャンプしたことに驚いていたが、それが徐々に収まると、

 「僕の人生が全部わかる……僕はいったい誰と結婚したの?」

 という、きわめてありきたりな(個人的には重要な)想像へと至ったが、「記録が本当に残っていれば」という事実を彼は見落としていた。

 そんな副長のささやかな企みなど知らず、イネスがある星系を指す。

 「地球は星系図のずっと下、この『フェザーン』と表示された星系から銀河帝国の勢力に入ったこのあたりが地球航路の入り口になります」

 その扱いはあまりにも寂しいものだった。航路の入り口は点線で示されているだけであり、太陽系は星系図から完全に抹消されていたからである。再びクルーの間に驚きの声が上がる。

 「言ったでしょう! 太陽系は辺境星系になってしまったのよ。よく考えてみなさい1400年も経っているのよ。ここまで人類の生活圏が拡がっていればいつまでも太陽系がその中心ではありえないでしょう」

 イネスの声がドスの効いたものになり、艦橋の一同はその凄みに身体をこわばらせる。
実は、イネスはあれこれと説明したい衝動をこらえつつ、これ以上のタイムパラドックスに関連する話を切り上げようとタイミングを計っていたのである。ユリカやアキトと協議した結果、「未来」であることは皆に告げるが、それ以外は話を発展させない、または頃合を見計らって短く話を切ってしまおうと考えていたのだ。

 あまり長く話しすぎると矛盾点やズレに気がついてしまい、ただでさえ今回のジャンプの原因が特定できていないのに、さらにそこにもう一つのサイエンスフィクションが加わってしまうと収拾がつきかねないとの判断からだった。

 「少なくとも基地に行けば今より情報が手に入る」

 ユリカもイネスもアキトも意見を同じくし、仮説さえ立てるのも困難な事態に無責任に踏み込むことを今はしたくなかったのだ。

 「では、今後について少しお話ししましょう。艦長、お願いします」

 イネスは、そう言って一旦引き下がる。これは彼女なりの引き際なのだが、表情は物足りなさがにじみ出てしまっていた。

 
 ユリカが代わってスクリーンの前に立つ。心なしか緊張しているように皆には感じられた。

 「ええと、昨夜、私たちはヴァンフリート星系を発ち、アスターテ星系外縁に近い宙域まで来ています。ウランフ提督の昨夜の訪問からですが、目下のところ同盟軍の一番偉い方が基地に連絡を取ってくれているとのことでした。私たちはこのままアスターテ星系の奥にもう少し進み、その間、適当な宙域で連絡を待つことになります。可であればナデシコは基地に入港し、そこで艦の修復と補給を受けることになります。もし否である場合は──」

 ユリカは皆を見渡す。オペレーター席にいるルリを除けばその表情は皆同じだった。ユリカの次の言葉に生真面目な視線を投げかけている。

 「──否である場合は、ウランフ提督の艦隊に同伴し、統合作戦本部長さんから次の指示を待つことになります」

 手を上げたのは「お嬢様のような容姿」のイツキ・カザマだった。

挿絵

 「艦長、ナデシコの修理に関してはウランフ提督を信頼し、あまり心配はしていません。ですが、その後、私たちはどうするのですか?」

 その彼女の質問はクルーの誰もが最も気にする一つだった。彼らにとって、現在の状況は様々な不安要素が周囲を取り巻いており、それは同盟とより関われば強くなっていくのが明白であったからだろう。

 イツキが質問を終えると、クルーの視線が一斉にユリカに向いた。

 「もちろん、ユニット回収して私たちの時代に戻る。これしかないわよね」

 当然とばかりに意表をついて発言したのは、操舵士のハルカ・ミナトだった。彼女はウランフの艦隊に助けられた直後から大きな不安を抱いており、その漠然とした──しかし確実な要素は、ユリカやイネスの報告を聞いてより強くなっていた。

 「完全に巻き込まれる前に元の時代に戻る」

 少ない情報ながらも近い未来に起こる事態を予測し、ハルカ・ミナトは断固として主張した。
 
 しかし、ウリバタケがユリカやイネスと交わした視線の意味にまだ気がついてはいない。

 「でも、まあ無理なんじゃないの。ただで奉仕してくれるなんて虫のよすぎることはしないでしょう。ウランフ提督個人ならそうしてくれるかもしれないけど、たぶん同盟の上層部は違う考えなんじゃないの? 何かしらの対価を要求してくると思うよ」

 そう指摘したのは、実はナデシコのオーナーであるアカツキ・ナガレだった。ネルガ重工の会長であるにもかかわらず身分を隠してナデシコに乗り込み、よくも悪くも他のクルーとぶつかりながらも木連との戦争を戦い抜いたアイドルのような容姿の青年だ。

 アカツキの発言内容は、現実の上に存在する一つの懸念材料だった。もともとナデシコは火星の遺跡奪還を最重要任務としてネルガルに建造された戦艦であり、ネルガルの利益を優先するため、最初から地球連合軍と肩を並べて戦うなど(すくなくともアカツキたちネルガル関係者は)考えておらず、戦いの前半は独立部隊として行動していたくらいだった。

 しかし、ナデシコの有するテクノロジーと武力は地球連合宇宙軍の無視しえぬものであり、当時、フクベ提督とともに乗艦していたムネタケ・サダアキの策謀もあって途中から正規軍に編入された経緯があった。

 「たしかにナデシコが戦艦である以上、同盟と帝国の情勢を考慮すれば都合のよい事にはならないかもしれません。最低限、技術提供の協力は応じなければならないと思います。ですが、可能な限り私たちは戦争に介入しないように努力します」

 ユリカの発言をミナトがさらに後押しした。

 「艦長の言うとおりだわ。ウランフ提督個人にはとても感謝するけれど、それ以外は願い下げよ。上層部が協力しろと要請してきても素直に従う理由はないわ。修理が済み次第、アキトくんなりイネスさんなりがユニットを回収してそのままナデシコごと元の時代に戻る、これしかないでしょう。ねえ、艦長」
 
 同意を求めるようにミナトはユリカに訴えた。弱冠22歳の美貌の艦長は一瞬だけ険しい顔をしてしまった。

 「……そうですね、もちろんです。エンジンの修理が済み次第、演算ユニットを回収し、私たちは元の時代に戻ります」

 「嘘です。艦長は嘘をついています」

 その突然の横槍にユリカは驚き、クルーたちも一斉に声の方向に振り向く。その先には大きな黄金色の瞳をユリカに見据えたままのツインテール髪の美少女がオペレーター席にたたずんでいる。

 「ルリ……ちゃん、何を言い出すのかな?」

 ユリカの声は、内部的な努力とは裏腹に動揺しており、数人を除き、その場のクルーたちに不信感を抱かせるには充分であった。

 「わたし、昨晩聞いてしまったんです。出航の後、自動操縦に切り替えて自分の部屋に戻る途中、艦長が慌てて走っていくので後を尾行(つけ)たら、イネスさんとウリバタケさんと三人でボソンジャンプができないという話をしているのを聞いてしまったんです」
 
 その告白は、ほぼ全員の絶句を以って迎えられた。それもそのはずで、これは自動的に現状を「事態はがけっぷち」という文字で塗りつぶすものであり、修理さえ済めば、あとは「回収」してもとの時代に戻るだけという全乗員の励みを根底から瓦解させるのに充分すぎる事実であったからである。
 
 ミナトにとってもこれは「寝耳に水」であり、同時にあらゆる面で思考をリセットしなければならないという困難を自分自身に課すものであった。
 
 一体どういうことなのか!
 
 沈黙が過ぎ去ると、艦橋に集うクルーの視線がそう語り、ユリカに真実を話すように強く促すが、それでも珍しくためらう艦長に向けてリョーコがついに怒った。
 
 「艦長、オレたちに隠し事なんかしないでくれ。それとも艦長はオレたちが頼りにならないとでも言うのか! 寄せ集めの部隊がこれまで戦ってこれたのは、みんなの意思統一よるものだろう!? ナデシコの全乗員を一つの家族として分け隔てなく情報共有してきたからこそ、みんな納得してどんな困難も切り抜けて来たんだ。ロン毛やエリナはともかく艦長まで秘密主義に走るなんて、オレはあんたを見損なったぜ!」
 
 「ご、ごめんなさい……」
 
 ユリカは、うなだれたまま今にも泣き出しそうな声でつぶやき、リョーコはプイと顔を背けてしまった。
 
 アカツキが、ユリカを擁護した、
 
 「まあまあ、リョーコちゃん、艦長もつらかったと思うよ。たくさん事が起こりすぎて一つ一つを理解するのも困難だったんだから。僕が言うのもなんだけど、艦長が黙っていようと考えたのも僕らに余計な心配をかけさせたくなかったからだよ。そこんとこわかってあげてよ」
 
 「うっさい。そんなことは言われなくてもわかってる。だからこそオレは腹を立てているんだ。艦長が一人で抱え込んでどうにかなるはずないだろう。こいうことは皆でさあ……」
 
 「まあ、なんだかんだ言って、艦長の事が心配だって言いたいんだよねぇ」
 
 ズバリ、ヒカルがからかうように答える。図星なのか、リョーコは紅くなった表情を隠すため、くるりと背中を向けてしまった。

 艦橋からかすかに笑いが漏れる。


 「では具体的にどうしてジャンプできない事がわかったのですかな?」

 プロスペクターがタイミングを見計らい、あらためて事の真相を問う。今回も冷静な態度で終わるはずだった彼もさすがにジャンプできない事実には素直に驚いていた。と同時にナデシコが直面するであろう難しい事態に注意を怠るわけにはいかないという決意もしていた。彼も昨夜からずっと今回の不可解な出来事を探っていたのだが、やはり原因の大元は行方不明の演算ユニットにあると結論には至っていた。

 「そうですね、それは確かな考えです。ボソンジャンプできないことがわかったのは、他でもなくジャンプしようとしたらできなかったからです」

 イネスはさらりと答える。もう隠すこともできないので、まだしょんぼりするユリカに代わって話し出した。


 発端は、夕食後にウリバタケがイネスの元を訪れたことに始まった。ユニットがあっった格納庫の場所の近くで整備班の部下が発見したある残骸の一部を金髪の科学者に持ち込み、その判断を仰ごうと考えたのだった。 

 「分析の結果、その残骸の一部は木連の無人兵器ヤドカリのアーム部分と判明しました」

 その固有名詞に多くのクルーは苦い記憶があった。木星連合との戦いも佳境に入った頃、月を奪還すべく地球連合宇宙軍による反攻作戦を支援するため、月に集結する優人部隊に対し、相転移砲で一網打尽にする作戦の命令が下り、ナデシコは時間内に集結宙域に急がねばならなかった。

 それを邪魔し、ナデシコのYユニットに侵入し、散々引きずり回されたのが木連の無人兵器「ヤドカリ」だったのだ。

 その厄介な無人兵器の残骸が演算ユニットのあった近くで発見されたということは、一体何を示唆するものなのか?


  イネスの瞳が語るものに気が付いた者がいた。

 「まさか、ヤドカリが演算ユニットに侵入していたとフレサンジュ博士はおっしゃるのですか?」

 ゴート・ホーリーの洞察にイネスは肯定的にうなずく。

 「ええ、遺跡を破壊できない木連側がナデシコを内部より制圧するために無人兵器のヤドカリをばら撒いた可能性を否定できません。
 そこで私は試してみたの。まあ、展望室くらいまでだけど。でも不安は的中してしまったわ。最初だけ体内にあるナノマシーンのパターンが光りましたが、それは急激に薄れてしまったの。三度試したけれど結果は同じ。そこで急遽、事情を話して艦長にも試していただきましたが、やはり結果は同じだったのです」

 シーンと艦橋が静まり返ってしまった。ごくりとつばを飲み込むものさえいる。聞かなきゃよかったと後悔しているパイロットもいた。

 「それで、フレサンジュ博士のお考えは?」

 落ち着き払った口調でたずねたのは、やはりアカツキだった。「冷静沈着なナイスガイ」という評価の一つを示すとおり、動揺はしても現実即応能力に長けているのか立ち直りが早い。
 
 イネスは、アカツキの声を受けて襟をただし、仮説であるという前提で話し始める。

 「ご存知のとおり、ボソンジャンプを実現するためには、火星生まれの者と時間跳躍の全てを計算する演算ユニットの力が必要です。この際、いわゆるジャンパーには関係ありません。ジャンプができないのはユニットの機能が停止しているか、ジャンプを実現する演算のみ停止しているか、ユニットの効力が届かない空間なり亜空間なりに本体があるからでしょう。
 ユニットは空間と時間の区別がありません。どういった構造であるのかは、残念ながらまだ解明されていませんが、ユニットも立派な電子機器です。ヤドカリの影響があったと仮定するならば、システムの一部を侵食されたか破壊されたかにより、ボソンジャンプの演算段階で何らかのトラブルを起こし、今回のジャンプにつながった、のではないかということです」

 イネスは艦橋を見回す。全員に注目されていることにほのかな快感を覚えるのだが、むろん不謹慎なので表情には出さない。彼女は小さく咳き込む。

 「そしてユニットが行方不明の仮説だけど……」

 演算ユニットが消滅したとは考えられにくい。やはり一時的に姿をくらましたと考えるほうが妥当であり、確認がなされたわけではないが、それはユニットに搭載されている自己防衛機能が働いた結果であろうと思われる。

 「これはヤドカリによって侵食、またはダメージを受けた部分の自己修復機能を高めるために、外部からの干渉を受けにくい安全な場所に移動したのではないか、と私は考えるわけです」


 アオイ・ジュンが控えめに手を挙げた。

 「では、ユニットがダメージを受けたとおっしゃいますが、どのくらいで修復されるとお考えなのですか?」

 ジュンの質問は全乗員を代表するものであり、きわめて重大な内容にナデシコ中が注目しているはずである。

 「さあ、3日後かもしれない、1ヵ月後かもしれない、5年後かもしれないわ。残念だけどボソンジャンプもできず、ユニットが手元に無い状態ではそのダメージを推し測ることはできません。正直、待つことしかできないというのが私たちの対応ね」
 
 イネスの口調はどこか淡々としすぎており、多くのクルーは危うく事の重大さを軽く聞き流してしまいそうになった。

 全身に愁色感(しゅうしょくかん)を漂わせ、メグミ・レイナードが始めて発言した。

 「じゃあ、ユニットの受けた程度によっては、私たちは一生戻れないかもしれないということでしょうか?」

 イネスは否定した。

 「あまり悲観的にならないでほしいわ。そこまでユニットの自己修復機能が遅延だと思いたくないもの。でも、時間跳躍を可能とするほどの超精密で膨大な演算をするということは、その内部的過程は私たちの想像を超えるほど複雑であることは間違いないでしょう。その内部にダメージを受けたため考えているより修復に時間がかかることは確実ね」

 またもや沈黙の時間が流れる。幾人かの表情は憔悴(しょうすい)しきっているようにも見受けられ、また出口の見つからない迷路に対して意識がどこかで遊弋でもしているかのようだった。

 
 しかし、アカツキが鋭く問うた。
 
 「ちょっと、さっきから不思議に思っていたんだけど、僕らが運んできたユニットが問題を抱えているのはわかったけれど、じゃあ、この時代のユニットはどうしてしまったんだい? ここまで人類の生活圏が拡大した背景には、もちろんボソンジャンプが貢献しているんでしょう?」

 「ちがいます」

 即、イネスに否定され、アカツキは形のよい眉毛を吊り上げる。

 「どういうことなのかな、ボソンジャンプでないのなら、他の方法で人類は生活圏を拡げたとでも? 」

 「そうよ、アカツキ会長。理由はわかりませんが、今はボソン技術は使われていません。人類は2390年に亜空間跳躍航法エンジンを実用化し、ここまで生活圏を拡大したようなの」


 アカツキは絶句した。ワープエンジンだって!? 古代火星人のオーバーテクノロジーを手に入れ、さらにボソンジャンプという時間転移による跳躍を成功させ、人類の宇宙生活圏拡大路線の先陣を独占できると踏んでいたにもかかわらず、たった200年後かそこらで努力が水泡に喫していたとは! 技術の進歩というのは、どうやら個人の長期的思惑くらいは一気に突き破ってしまうらしい。

 アカツキは非常に残念と思うと同時に、彼の頭の中である計画が芽生え始める。そのあからさまな微笑に気がついたのは偶然その瞬間をみたエリナだけであり、それ以上はアオイ・ジュンの質問によって悟られることはなかった。

 「だいたい今の状況はわかってきましたが、未来の演算ユニットも動いていないと考えてよいのでしょうか?」

 イネスは、わからないと答えた上で、

 「たしかに、ワープエンジンの発明によって制限のあるボソンジャンプが廃れたのかもしれません。または、過去の私たちが未来にユニットごとジャンプしたということは、過去の世界ではユニットの力を利用することができなくなったため、人類は技術的な躍進を遂げざるをえなかった、とも考えられるわね」

 「では、ユニットは一つであり、僕らが回収したユニットが本来、未来にもあるはずだった、とお考えなのですか?」

 「ジュンさん、なかなか鋭い発想ね。そうとも結論できるわね」

 その微妙ない言い回しに気がついたものは、「知らない者」の中ではいなかった。イネスは話に決着をつけようとする。


 「ただね、ボソンジャンプがどうして発展しなかったのか、手元には当然資料が無いのよ。さっきから話をしていることも現段階ではみな仮説の域を出ないものばかりなの。私たちが前へ進もうとするなら、今回の不思議な出来事の謎を解き明かそうとおもうならば軽率な議論を交わすより、まずは入港予定の基地で情報を集めることが肝心よ。議論はそれからでも遅くはないでしょう?」

 イネスの言動は説得の意味合いも加味されていたが、艦橋に集うクルーたちは一理あることを認めたのか、賛同の声が返ってくる。

 やれやれ、どうにか話をきることができたわ。

 イネスは、心の中で安堵のため息をつくと、よいタイミングとばかりにユリカに次の出番を譲ろうとしたときだった。

 「艦長、ウランフ提督より通信が入っています」

 オペレーターの少女の静かなる報告があまたの意識を統一し、一つの区切りを呼び覚ましたのだった。


V

 通信スクリーンに映ったウランフの姿を瞬時に認めたクルーたちは、さすがに格が違うと感じるのか、ごく自然に敬礼する。どこかいつも不敵なヒカルやイズミの表情も引き締まり、過去にどの上司に対しても動員したことのない10倍の敬意と15倍の緊張感をもって敬礼をしていた。

 「昨晩は遅くにすまなかったな」

 ナデシコクルーの敬礼を受け、ウランフも非の打ちどころのない見事な敬礼を返し、昨晩会った他のクルーに挨拶した。

 「どうやら会議中だったようだな、これはタイミングが悪かったかな」
 
 ユリカが慌てて首を振る。

 「そんなことはありません。提督ならいつでも歓迎です。何か御用でしょうか?」

 よい知らせであることは、ウランフの表情でユリカも想像がついていた。

 「うむ、シトレ元帥より連絡があり、貴官たちを正式にハーミット・パープル基地に受け入れることが決定した」

 艦橋がざわめき、ユリカが破顔した。予定より早い吉報だった。

 「ありがとうございます、ウランフ提督。何から何までお世話になりっぱなしになり、ナデシコ乗員を代表し、あらためて御礼申し上げます」

 ユリカは、ヤマトナデシコらしく深々と頭を下げる。この感謝の気持ちに偽りなどあろうはずがなかった。絶体絶命の危機を救ってもらい、その先へ進む道筋を示してくれた尊敬に値するはるか未来の艦隊司令官。彼と出会えたことは、この先、何があろうとユリカやナデシコ乗員の励みになることは間違いないだろう。

 「ははっ、ミスマル艦長のような美人には何度感謝されても心地よいものだな。さすがは銀河の織姫だ」

 それはユリカとクルーの笑いを誘い、艦橋中に立ち込めた憂慮のもやを一気に振り払った。

 「これから貴官たちをアスターテ星系にある基地へと案内するわけだが、先だって基地司令官と事前に協議したいことがあって、こうして通信をしたのだが……」

 
 ウランフは、通信スクリーン越しにナデシコの艦橋を見回す。会見の折、同行していた金髪の科学者の姿も見える。白衣姿も美しいな、などとつい邪念が働いてしまったが、これは仕方のないことだろう。彼が不思議に感じたのがテンカワ・アキトの姿が見えないことだった。昨夜の訪問のときも姿を見かけなかったが、なかなか見所のある若者だと感じていたウランフは会見の終了直後にアキトからある質問を受けていた。

 「提督、なぜ提督は戦うのですか?」

 真剣すぎるアキトのまなざしに対し、ウランフは偽りのない本心を若者にぶつけた。

 「祖国の自由と平和を守るためだよ」

 それ以上ウランフは答えなかった。それ以上アキトも聞かなかった。ただ真正面に向かい合った両者は、一方は応援の意味として、一方は敬愛に近い敬礼をそれぞれ返しただけであった。

 「それまでの若者はどこか迷う目をしていた。しかし、あの時から若者の目はずっと未来を見据えていた」

 と後日、ウランフは手記に記述することになる。彼がテンカワ・アキトに与えた影響は彼自身が思うよりはるかに強い作用として働くのである。
 
◆◆◆ 

 テンカワ・アキトは、所用で席を外しているとユリカより告げられ、ウランフは残念そうにうなずいて話を進めた。

 「基地司令官のマクスウェル准将の紹介と基地入港に際し、いくつかの取り決め事項と注意事項があってね。それを今から協議しようと思う」

 「では、私は別の通信室へ移ります」

 きびすを返そうとしたユリカをウランフがあわてて止める。

 「いや、すまんミスマル艦長。貴官も含め、これはナデシコ全乗員に一緒に聞いてもらいたいことなのだ。他でもなく諸君にとっては重要なことだからね。この場を借りて直接に伝えたいと思う。この通信はナデシコの全乗員に伝わるかね?」
 
 「はい、提督、もちろん転送可能です」
 
 「うむ、それではマクスウェル准将の通信をそちらに転送するので回線を開いてもらいたい」

 「了解いたしました」
 
 ルリちゃん、とユリカが目で合図すると、ウランフの隣にもう一つの通信スクリーンが現れ、准将と思われる人物が映った。

 「!!!!!」

 思わず艦橋に集まるクルーが胸をそらせてしまったのも無理からぬことであったろう。ウランフより、ふたまわりも肩幅も胸板もたくましい真っ黒なあごひげに顔を覆われた(目だけはやさしい)ごつい男が画面にはみ出しそうな勢いで敬礼をしていたからである。
 
 「森のクマさん・・・」
 
 ぼそっと、アマノ・ヒカルが眼鏡をきらめかせて(ウケ狙いとしか思えない台詞を)つぶやくが、艦橋は笑いの発火をかろうじて理性で制圧することに成功する。

 
 「ハーミット・パープル前線監視基地司令官スタンレー・マクスウェル准将です」

 「せ……戦艦ナデシコ艦長ミスマル・ユリカと申します」

 ユリカは、笑いを押し殺しながら代表して敬礼する。他のクルーたちもどうにか精神的な体勢を立て直して艦長に倣った。

 准将は、そんなマル秘な葛藤など知りもせず、艦橋の反応を好印象に転換してしまったのか、黒い口ひげの下に笑顔を作った。

 「中将より伺ったとおり、美人な艦長で驚いております。乗員の皆さんも遠いところを大変ご苦労様です」

 この人は知っているのか?

 多くのクルーの直感を裏づけるようにウランフが言った。

 「マクスウェル准将は貴官たちの身の上について理解している。基地に入港後は何かと不便な状況も生じるかもしれないが、准将は充分配慮してくれるだろう。心配せず、また緊張せずに准将の話を聞いてもらいたい」

 その後にマクスウェルの野太い声が続いた。

 「正直、つい先刻まで狐につままれた状態でした。ですが、こうして皆さんとお会いして、現実であるという実感を得ました。とても光栄なことでもあります。基地を代表して皆さんを歓迎するとともに、スタンレー・マクスウェルは全責任をもってナデシコ乗員をお引き受けいたします。どうか御安心ください」

 ほとんどの者は、マクスウェルに対する印象を好い方向に引き上げたといってもよかっただろう。それだけ彼の目と声には説得力と誠実さが現われており、いまだ不安な気持ちがくすぶる乗員たちの心理によい結果をもたらしたことは間違いない。

 「さすがは森のクマさん、クマなだけにクマった、クマった、なんつって」

 ヒカルではなかった。マキ・イズミだった。奪われたお株を取り戻すチャンスとばかりに「ぼそり」とつぶやくが、悲しいことにユリカの発言の方がデカくて早かった。

 「ありがとうございます、マクスウェル准将。私たちを理解してくださったことに深く感謝いたします」

 ユリカがお礼を述べると、艦橋のクルーも自然と敬意を表す。マクスウェルも穏やかな目でスクリーン越しに彼らを見つめたまま、黙って敬礼を返していた。

 「では本題に入ろう。まず、シトレ元帥と協議した内容を貴官たちに伝えたい」

 ウランフの伝達事項は、少なからずユリカたちを驚かせるものだった。


 W

 「では、私たちを特務部隊員とし、試作艦ナデシコの乗員とするのですか?」

 「そうだ。貴官たちにとっては不愉快かもしれんが、存在上の疑問を少しでも払拭できればそれにこしたことはない。
 もちろん、貴官たちの本当の正体を基地兵士に知らせることなどできはしないから、元帥の案は現時点では最良であると思う。」

 艦橋が少しざわめいた。

 「そう心配せずともよいかと思う。なにせ軍の最高責任者が諸君を認知しているのだ。身分偽装がばれて騒ぎになることはないだろう。」

 ユリカはうなずいたが、同盟にとどまればとどまるほど、行動すれば行動するほどナデシコに対しての疑惑が高まってしまうのではないだろうか?

 「たしかに一理ある。だが当面の問題は基地内での事だ。それに、准将が貴官たちを認めているので、不測の事態が起こってもすぐに対処が可能だ。むろんその範疇を越えても背後には統合作戦本部長が控えているので心配には及ばないだろう。
 そこで、基地到着後の貴官たちの身の振る舞いについて、いくつか注意を払ってもらいたい事項がある」

 と言って、ウランフはマクスウェルに出番を回す。

「中将からお話があった通り、基地に到着してからいくつか皆さんに守っていただきたい注意事項があります」


 それは、以下のような内容であった。

 一つ タイムパラドックスを示唆するような発言や身の上話は極力控えること。

 一つ 上記に当たり、基地兵士との接触はなるべく控えること

 一つ 基地内での行動の制限は特に設けないが、基地の重要区画には立ち入らないこと

 「意外とゆるくない?」

  と、クルー全員が感じたのも無理からぬことだろう。ほとんど隔離されると考えていただけにマクスウェル准将の言う注意事項はたしかに「注意」であり、拍子抜けするほど寛大な内容だったからである。
 
 「やはり、意外そうな顔だな」
 
 と口にしたのはウランフであり、怪訝な顔をするクルーに理由を説明した。

 「なに、単純なことだよ。不可解なものにふたをしてしまうより、開けておいたほうが、それこそ怪しまれないと考えたのだ。人間、隠されているとつい真実を暴きたくなるものだし、隠されているほうは反応を知りたくなってしまう。貴官たちは統合作戦本部長お墨付きの特務部隊だ。そのことを最初から基地兵士に伝えておけば、自然と他の方向へ怪しむことはなくなる」
 
 「先入観を植え付けておくとおっしゃいますか?」
 
 ユリカの洞察にウランフは笑った。
 
 「少し露骨過ぎるな。これは心理学の問題だ。事前に伝達しておけば兵士たちに自然と心にブレーキがかかり、君たちとの接触には慎重になるだろう。また、ナデシコの艦型や貴官たちの装いにつても『試作艦と特務部隊だから』の一言で片付けてくれるはずだ。それと……」
 
 「それと?」
 
 ユリカは首をひねった。ウランフは笑った。
 
 「それと昨晩訪問してわかったことだが、貴官たちはじっとしているのが苦手そうだからな」
 
 ユリカは頭をかいた。他のクルーも「一本取られた」という表情で苦笑いすら浮かべていた。

 昨夜、夕食を終えたユリカ宛にウランフよりナデシコを訪問したい旨の通信があり、およそ30分強の短い時間だったが、同盟軍の勇将はチェン参謀とともに艦内を見て周り、他のクルーたちと少なからず交流を果たしたのだった。
 
 ウランフの意図は二つあった。一つは、ユリカたち以外のクルーと接触することで、彼らの考えや心情を把握する目的と、いま一つは統合作戦本部長と協議するにあたり、ナデシコと彼らを少しでも早く理解してもらうため、ゆるぎない彼らの真実を集めておく必要があったのである。ユリカに許可をもらい、エステバリスや艦内の映像を撮影し、それを見せることで、シトレの意思決定を早める効果をたしかに得ることができたのである。
 
 見計らって、マクスウェルが続ける。
 
 「それから、基地の設備や備品使用の件ですが、現在、仮のIDカードを作成中です。皆さんが基地に到着した折に、それぞれにIDカードが配布されるでしょう。ですから、基地では当然ながらお配りするIDカードを使用してください」
 
 なかなか用意がいいじゃない、とユリカたちは感心する。
 
 「最後にもう一つお願いがあります。基地入港前にナデシコに通信を入れることになるでしょう。そのときは小官に合わせ、ミスマル艦長と乗員の皆さんには適切な対応をしていただきたいと思います」
 
 「承知いたしました」
 
 ユリカは答え、他のクルーも胸中は別として、一応了承したようだった。しばらく、その経過の内容が確認され、終了と同時にウランフがマクスウェルに代わって発言する。
 
 「では、今後の予定だが、まず昨夜、艦長に渡した二枚の光でディスクだが、一枚は艦艇の識別コードのデーターが入っている。基地や同盟艦艇とのやり取りをスムーズに行うためにも渡した端末機を通して必ずインストールしてもらいたい。もう一枚には同盟と帝国に関するデーターが入っている。貴官たちが長くも短くも基地に滞在するためには基本的な知識は必要だろう。貴官たちのためにも全乗員に滞りなく知識が行き渡るように、基地到着までに基本的な知識を身につけてもらいたい。そして──」
 
 ウランフの表情が一瞬曇った。
 
 「──我が10艦隊は、もうすこし進んだところで貴官たちと別れることになるだろう。そこから基地への案内には駆逐艦を一隻同伴させるので安心して欲しい」
 
 「提督……」
 
 ユリカの表情にもびしさがたゆった。ウランフは彼女の心情を読み取り、励ますように言った。
 
 「たしかにここで我々は別れるだろう。しかし、決してこの別れはさびしいものではない。過去と未来の人類が広大な宇宙の一角で出会い、互いに認め合うことができたのだ。考えの相違や思いは違っても、私は貴官たちとの出会いをとても貴重なものとして誇りに思うよ」
 
 「はい、提督。私たちも同じ気持ちです。提督とお会いできたことは一生の宝物になると確信しています」
 
 「それはありがたいことだな。しかし、貴官たちの旅はまだ完結したわけではない。思い出に浸るにはまだ早いだろう。もし無事に帰ることができれば、そのときはぜひ小官や第10艦隊のことを思い出してもらいたい」

 ウランフは言いつつ、考える。彼らは本当に戻ることができるだろうか。手段がそう簡単に見つかるとは到底考えられない。もし手段が見つかったとして、その戻る瞬間まで戦いに巻き込まれないという保障は存在しない。好むと好まざるとに限らず、再び会うこともあるかもしれないと、同盟軍の勇将に予感めいたものが働いていた。
 
 協議は、ウランフのその言葉で終わろうとしていた。
 
 「貴官たちが無事に戻れることを信じているよ。願わくば次がないことを祈っている」



◆◆◆
 
 「全乗員に通達。第10艦隊に対し、起立、敬礼するようにと」

 ──翌日──
 
  宇宙暦795年帝国暦486年、標準暦10月3日(ナデシコ艦内時刻10:36分)
 
 ユリカたちは、首都星ハイネセンを目指して次々とワープインする13,800隻の艦艇を見送っていた。その光景は圧巻であり、しばし時が経つのも忘れさせたが、最後の艦艇が宙域から消えると、ウランフの励ましとは裏腹にナデシコの乗員たちは漠然とした胸騒ぎを抱くのだった。
 
 
 そのぬぐいきれない不安感は異なる勢力側より先に台頭する。
 
 イゼルローン要塞に帰還したベルトマンによって、恐るべき男がナデシコの存在を知るのである。





 艦隊を見送った少し後、ナデシコのある人物の部屋ではその二人の会話がひそかに交わされていた。

 
 「いやー、すごかったね。一万隻以上の艦艇のワープをまさかこの目で見るなんて、ほんの数時間前までは想像すらしていなかったよ」
 
 興奮気味に話すロン毛の青年に対し、壁に寄りかかって腕組みをする彼の秘書は少し不機嫌そうだった。
 
 「会長、わざわざ私を呼びつけたのは、いちいち感想を私に言うためだったんですか」
 
 「なんだ、エリナ君、ずいぶんとご機嫌斜めだね。もしかしてまだ起こった事態に納得していないのかい?」
 
 ちがいます、と美しい秘書は否定したが、目を逸らす態度でバレバレだった。
 
 「エリナ君、気持ちはわからなくはないが、もうすこし先を見ようよ」
 
 エリナは、はっとした。いつの間にかアカツキが迫ってきており、彼の腕が伸びたかと思うと、タンという音とともにエリナのすぐ両横で止まった。

 
 ちょ、ちょ、ちょっと会長、ま、待ってください!

 
 エリナは、声も出ず、逃げ出すこともできず震えていたが、彼女の妄想は幸か不幸か外れてしまった。
 
 「エリナ君、あのワープを見て何か思わないか」
 
 思いがけない言葉を投げかけられて、エリナは半分呆然としてしまい、当然、すぐに答えることができない。
 
 「す、すごいですよね」
 
 ようやくそう答えたが、アカツキの望んだ言葉ではなかったのか、彼はくるりと背を向けてあきれたような態度をとると、きょとんとする秘書に質問した。
 
 「エリナ君、今は何年だ?」

 「ええと、宇宙暦795年です」

 「そうだ、宇宙暦が用いられてから800年余り、僕らの時代から計算すると1400年も経っているんだ。どうだ、君にはわからないかい?」
 

 エリナは、アカツキが何を言いたいのか思い浮かばない。たぶん、彼の人騒がせな態度で気持ちが高ぶっているからだろう。まったく、失礼しちゃうわ。
 
 アカツキは、そんな彼女の気持ちなど知りもせず、何かをつかむしぐさをして言った。
 
 「1400年、1400年だよ。人類が培った1400年分の技術が手に入るんだよ」





 ……TO BE CONTINUED


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 涼です。お待たせしました。二章の前編をお送りします。
 今回は、少々長いです。章を上手くまとめようとしまして、長くなりました。戦闘とかのシーンとかもありませんが、けっこう重要な章です。と、同時に私個人にとっては難しい章の始まりでもありますw
 この章では、起こった出来事に対し、ナデシコと同盟の陣営がそのなぞに迫っています。解決にはほど遠い議論が展開されていますが、その一つ一つに意味があり、その中にこそ真実が含まれているようにしたつもりです。
「T」ということは「U」もあるわけですが、さて、次は何かが進展するんでしょうか?

 それでは次回、またお会いしましょう。今回も楽しんでいただければ幸いです。


 2008年8月13日 ──涼──

 涼です。話数の進捗に対し、改訂版をお届けいたします。誤字や脱字、あとから判明した事項を追加いたしました。

2008年9月24日  涼

 読みにくい部分などを修正しました。

 2010年1月29日
──涼──




今回の「なにそれ?ナデシコ」はお休みいたします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

◆◆◆◆◆◆メッセージコーナー◆◆◆◆◆◆

 前回の後編でも、多くのメッセージをいただきました。返信に間が空いてしまい、申し訳ありません。ただいま、各部屋に返信用掲示板を設置する予定がサイト様より計画されています。

では、以下、メッセージに対する返信とさせていただきます。


◆◆2008年7月6日◆◆


 ◇◇2時33分◇◇

楽しく読ませていただきました。m(_ _)m 歴史について双方に大きな隔たり・・・十三艦隊に配属かなぁ〜っと思ってしまいましたw(やっぱりヤン艦隊しかないでしょ)つづき楽しみにしています。がんばってください。

  >>>>ありがとうございます。作者もやる気が湧いてきます。第13艦隊に配属・・・・・ とか思ってはいます。が、そこのところを直球で行なわないように、意表くらいは突こうと考えています。


 ◇◇8時25分◇◇

 ある事実、跳躍不可能?とすると活躍するのは妖精たちがメインですか?楽しみにしています。私ラピスが好きでし。

>>>ありがとうございます。なかなか鋭い見解ですね。今回の話で、その洞察が見事にしめされましたよw あと、妖精たちの活躍は、あります。ですが・・・
 今回もよろしくです。


 ◇◇0時16分、18分◇◇

 この先技術交流があり、一万隻の戦艦に百万機のエステバリスが登場…無理かw
銀英伝好きだったので、ぜひ最後まで読ませてくださいませ。頑張って!


>>>ぜひやりたいものです。まあ、そうすると強引さが出てきてしまうかな? 同盟の体制がひっくり返れば100万機は無理でも、エステバリス隊100機くらいはいけそうですねw



◆◆2008年7月7日◆◆


◇◇14時34分〜14時40分◇◇

 銀英伝とのクロスは見たことがなかったので、楽しみに見ています。たとえ指揮官がラインハルトでもオーベルシュタインがいるから帝国では無理ですね。どう考えてもソリが合わなそうです。
 それにしてもユリカとヤン・ウェンリーって波長が近いのではなかろうか?ヤンを筆頭にして同盟軍では帝国軍と比べて個性的な連中の集まりですから。
それでは無理をせずがんばってください。長文失礼しました。

 >>>長文、ありがとうございました。ナデシコのクルーたちは本質的にヤンファミリーと波長が合いまくりだと、私は思っています。早くユリカたちとヤンたちを一緒にできればなあ、と考えています。


 ◇◇21時21分◇◇

 楽しみにしています。ただ尉官、佐官は士官であって仕官ではないですよ。

>>>まさにその通りです。掲載後に再度読み直していて、純然たる修正ミスを見つけてガックリしていたところです。たぶん指摘されるだろうと・・・
 意外と見ていないものですね。二度読み直したんですが・・・
 原文書いたノートには「士」と書いているにもかかわらず、変換時にそのままにしていたところをみると、正しいとしてしまったのかもしれません。
 お恥ずかしいかぎりです。後に修正をかけますので、お待ちを。



 ◇◇22時51分◇◇

 もっともプレッシャーなメッセージを送ってしい、すみませんでした。(笑。ナデシコの銀英伝のクロスを見たのは初めてですし、それぞれの人物がしっかり出来ているので、非常にバランスをとるのが難しいとは思いますが、のんびり待ってます。ファイトッす♪

>>>前回に引き続きメッセをありがとうございます。いえいえ、気になさらないでください。まさかあんな大きな反応があるとは考えていなかったので、驚いたまでです。
 それにしても、やはり銀英伝のクロスは珍しいんでしょうか? まったく、とくに狙ったわけではないのですが、そういった声があるので、「へえー、意外だな」と無責任に思っていた次第です。

 

 ◆◆2008年7月14日◆◆ 


 ◇◇17時28分◇◇


 お願いです。必ず完結してください。

>>>むう。この短い文中にこめられた思いに沿いたいものです。今回も楽しんでいただければ幸いです。また、感想やメッセを一つお願いします。


 ◆◆2008年7月15日◆◆


 ◇◇18時30分◇◇

 遺跡を狂信者集団が手に入れていたら、えらいことになってしまいますね。ところで、ウランフ提督死亡フラグは回避されるのですか?

 >>>メッセをありがとうございます。地球教の脅威ですか、いや、こいつらもいたなw
まあ、情報が彼らに伝わらないことを祈りましょう。
ウランフ提督の死亡フラグ! 作者があらためて用意する死亡リストから漏れていただくよう、ここは同盟軍の勇将に戦術を駆使していただくしかないでしょうw



 ◆◆2008年7月19日◆◆


 ◇◇21時18分◇◇


 どんな風に化けるか、期待して読んでます!

>>>さりげなく、すごいことを書かれています。そうですね、作者の成長とやる気の度合いに左右されるでしょうねw

 ◆◆2008年8月1日◆◆


 ◇◇23時24分◇◇


 唐突ですが、修理と同時に補給も受けると思いますが、糧食関係で主食は銀英側にあわせて小麦粉になるのですか?

 >>>意外なご質問でした。まあ、ナデシコキャラは基本、日本人ですから、ご飯が食べられないのは痛い事実ではあります。 でも、しっかりお米の需要はあると思いますよ。カレーはどうなってしまうんだw オムレツは幻かw とかなってしまいますからね。
 ホウメイさんは食材がちゃんと調達できるのか、きっと心配するでしょう。


 ◆◆8月4日(クロス作品のメッセージ)◆◆


 ◇◇21時51分〜55分◇◇

 かなり笑わせてもらいました。けた一つ間違えるなんて、ユリカらしいミスでしたね。
しかし、アキトが突っ込まなかったのが不思議だった。

 >>>クロス作品の感想をありがとうございます。けっこう自分でもユリカのぼけっぷりが気に入ってしまいました。意外とアキトへの突っ込みが少なかったので、おや?と思っていたところです。まあ、アキトがどういう事情で突っ込まなかったのかは、たぶん謎です。知らなかったとかw

 ◇◇22時36分〜38分◇◇

 お祭り好きなナデシコとローゼンリッターならどんちゃ騒ぎで楽しいだろうなあ〜(笑。楽しく読ませていただきました。本編のほうも楽しみに待ってます♪


>>>クロスの方にも感想をありがとうございます。ナデシコとイゼルローン組みは、あるいみよいライバル同士になると思いますよ。祭りのw

 ここで必ずちょっかいを出してくるのが「自称エース」ではないでしょうか?


今回は以上です。次回も感想掲示板、およびメッセージをお待ちしています。

 2008年8月13日  ──涼──

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