ヴェルター・エアハルト・ベルトマン少将がジークフリード・キルヒアイスの座乗艦たる<バルバロッサ>に密かに呼ばれたのは、最後の決戦場となるガイエスブルグ要塞に進軍する、まさに途上であった。

 同僚のベルゲングリューンが去った司令官室にはキルヒアイスとベルトマンだけが残された。無論、普通ではない空気にベルトマンは声にならないほどの緊張感をにじませていたが、相対する赤毛の上官が漂わせる雰囲気はまったくそれとは正反対の穏やかなものだった。

 「ベルトマン少将、決戦の直前にわざわざご足苦労をおかけします」

 いえ、とベルトマンは短く応じた。そう言うしかなかったのだ。なぜ赤毛の上官に呼ばれ、こうして何事かあるように対面をしているのか、その理由に彼は思い至らなかったのだ。

 「そう緊張することもないかと思いますが……いえ、無理というものでしょうね」

 ベルトマンが感じる空気と上官の穏やかな雰囲気のギャップが激しい。確かにその通りと同感せざるを得ないところだ。

 ようやくベルトマンはいく分緊張感を緩めはしたが、すぐに彼は再び表情をこわばらせる。上官の表情が急に真剣さを増したからである。

 「少将をお呼びしたのは他でもありません。貴族連合軍と我々帝国軍は、今度こそ雌雄を決する戦いに臨みます。その決戦に際してベルトマン少将に私からお願いがあるのです」

 「……命令ではなく、お願いですか?」

 「ええ、お願いです。少将には柔軟に対応していただきたいという事と、これは私のわがまま(・・・・)でしょうから」

 ベルトマンが驚いたのは、キルヒアイスの言う「わがまま」が帝国軍全体からすればごく当たり前の事に思えたのだ。

 「そうですね。私はこの件に関してはあえてローエングラム候に相談もしていません。むしろそうすることで相手の選択肢を狭めたくない(・・・・・・・・・・・・・)のです」

 相手=貴族連合軍ではあるが、この場合の対象はもっと狭義的な意味合いが強かった。ベルトマンはハッとして気付いた。

 「エーベンシュタイン上級大将が何事か仕掛けてくる、と閣下はお考えなのですね?」

 「ええ、そうです。仕掛けてくるのは間違いありません。彼が私ならこの戦いで同じことをします。ですが、マールバッハ星域であった超兵器や見えないミサイルの件もあります。ローエングラム候はエーベンシュタインがハード的な奥の手を失ったとみていますが、それだけであの方の実力を計ることはできません」

 確かに、とベルトマンも頷く。貴族連合軍は戦力を減らしたとはいえ、エーベンシュタインの戦術的な手腕は無視できず、門閥貴族を化けさせる何らかの手段(・・・・・・)を持っている。その方法は定かではないが、決して油断はできないのだ。

 ベルトマンの表情は、緊張から軍人らしい引き締まった表情に戻っていた。

 「閣下のご懸念は小官も同意いたしますが、その閣下のお願いと言うのがなぜ小官なのでしょうか?」

 一番の疑問だった。赤毛の上官はというと、特に意外そうというわけではない。

 「少将は戦術眼に優れております。それは私やローエングラム候も高く評価することです」

 しかし、とキルヒアイスは言葉を止め、数秒置いて確信に迫る回答をした。

 「私たちの帝国軍は同盟軍との一連の迎撃作戦においてエーベンシュタイン上級大将の超兵器に近い体験をしています。そして、その多くと対峙しているのは少将です。この既視感に対応できるのは、他の誰でもなくベルトマン少将しかいないのです」

 「……閣下!?」

 キルヒアイスは、ベルトマンが言いかけたその先を片手で軽く制した。

 「今はやめておきましょう。この戦いが終わったら、きっとその続きをお話することができるはずです」

 ベルトマンは、この時の会話を後に述懐する。ジークフリード・キルヒアイスはどこまで予感していたのか、そして空白の時間が生んだ多くの謎と事件をどうとらえていたのかと。
 
 



闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説




第十九章(後編・其の一)

『決戦、ガイエスブルグ要塞宙域攻防戦





T

 ――宇宙歴797年、帝国歴488年7月21日――

 帝国軍と門閥貴族連合軍とのガイエスブルグ要塞宙域における戦闘は、最初から激しい攻撃の応酬で幕を開けた。

 「ファイエル!!」

 双方の通信回線に全くお暗示命令が同時に飛び交うと、数十万本に及ぶ破壊の光条は二つの陣地に無慈悲に突き刺さった。

 荒れ狂う応酬は双方の戦力をほとんど同じ数だけ消滅させたが、戦力的に上であるはずの帝国軍は、秩序を保ったまま攻撃してくる門閥貴族連合軍の意外な粘りの前に前衛部隊すら撃ち崩せない厳しい戦況となった。

 「やはりこれはメルカッツかエーベンシュタインが総指揮を執っているという事か?」

 ラインハルトは推測する。なぜならブラウンシュヴァイク公にこれだけの戦力を緊密に統制し、効果的に運用する手腕などあるはずもない。もし公が指揮を執っていたならば突撃一辺倒の非効率的で自爆に近い戦術しか取りえなかったであろう。エーベンシュタインが合流した今、艦隊の動きを見るに彼がブラウンシュヴァイク公を説き伏せてメルカッツに総指揮を任せている可能性は高い。いや、そうであるからこそ数に勝る帝国軍の強力な攻撃を受けても陣形を崩すことなく、また暴走もすることなく反撃をしてくるのだ。

 「こうなると、貴族どもは勝つことを諦めていないという事かな?」

 と独語したのは戦艦<ベイオ・ウルフ>の艦橋で指揮を執るウォルフガング・ミッターマイヤーであった。

 「勝つことをあきらめていない」というのは現実的には極めて困難であると疾風ウォルフでも首を傾げるのだが、あのエーベンシュタイン上級大将の存在が名将たる彼の警戒心を格段にアップさせていた。事実として、思わぬ某将の登場によって帝国軍は予想外の苦戦を強いられたと言ってもよい。そして想像もしなかった異様な事態に幾度も見舞われていたのだから、最後の決戦にエーベンシュタインが何かを仕掛けてくるのをミッターマイヤーだけではなく帝国軍全体が警戒しないわけにはいかなかった。

 そのため帝国軍はあまり積極的に攻勢に転じることをしなかった。ラインハルトはことさら警戒していたわけではなかったが、窮鼠(きゅうそ)と化した貴族たちとエーベンシュタインのあり得るべき罠に対してオーベルシュタインから強く注意喚起されていたことは確かである。


 
――15時20分――

 2時間に及ぶ砲撃の応酬から一転、帝国軍前衛部隊の陽動ともいえる後退にタイミングを合わせたように貴族連合軍が一気に攻勢に出た。

 それは、前衛部隊を構成するルッツ、ワーレン、ケンプの三提督を忙殺に追い込むほど実に鮮やかな近接戦闘だった。

 「これは、やはりメルカッツ提督か?」

 元撃墜王のケンプは唸った。戦闘艇と雷撃艇による破壊は一方的だったと言ってもよい。特に戦艦は小回りが利かないため正面の敵艦隊に気を取られている間に雷撃艇による滅多打ちにあって次々と撃沈されていった。

 この戦闘において最も痛手を受けたのはワーレン艦隊だった。急襲による出撃のタイミングを逸した戦闘艇を無理やり出撃させることをしなかった判断が逆に裏目に出てしまい、小型艦艇と敵艦隊の集中攻撃の的になってしまったのである。

 しかし、さすがにワーレンは慌てなかった。ルッツ、ケンプ艦隊の支援を受けて陣形を立て直し、駆逐艦部隊の対宙攻撃によって敵の勢いを弱めると、増援であるミュラー艦隊と入れ替わる形で後退には成功した。

 「よし、今度はこちらの反撃だ。存分にお返しをしてくれる」

 ミュラー艦隊が前線に出てきたのは明白だった。黒十字架戦隊(シュヴァルツ・クロイツァー)を擁し、航宙母艦機動打撃部隊が多く編成されている彼の艦隊を前面に出すことで敵の近接戦闘を封じようというのである。

 効果はあった。絶対数の勝る帝国軍宙戦部隊に対してメルカッツも宙戦戦力を無駄に消耗する気は毛頭なく、相手が展開を終える前に宙戦隊を呼び戻した。

 しかし、メルカッツは退かない。むしろ攻撃の手は一段と激しくなった。このため参戦したばかりのミュラーも早々に防戦を余儀なくされ、自身の不甲斐無さもあってか思わず軍靴で床を蹴り上げてしまう。

 「メルカッツ提督にこれだけの艦隊戦力で自由な手腕を振るわれてしまうと、我々はここまで苦戦を強いられてしまうものなのか……」

 ミュラーは己の未熟さを自覚はしていたものの、だからと言って甘えていたわけではない。自分の持てる能力を出し切って指揮を執っていると自負している。両翼のルッツとケンプはミュラーより年長で艦隊司令官としての年季も経験も彼より上であり、その指揮ぶりから十分名将と言ってもよい。

 にもかかわらず三個艦隊――倍の兵力を相手にメルカッツは全く怯むことも隙も見せずにミュラーたちを圧倒していると言ってもよかった。元帝国軍の名将とその実力および名声に偽りはない。

 「となると、総指揮を執っているのはエーベンシュタイン上級大将なのか?」

 ミュラーは考えたが、エーベンシュタインの乗艦である<ダーインスレイブ>は帝国運側から見て左翼側――つまり貴族連合軍右翼の部隊側に確認されている。しかも推定艦隊数は5000隻ほどと多くはない。総司令官が数の多い艦隊を率いているとは必ずしも言えないが5000隻ではかなり少なく、帝国軍が警戒するエーベンシュタインだけを積極的に標的にした場合、別動隊を差し向けた時には間違いなく数で圧倒できることは目に見えていた。

 そうしないのは……いや、できないのは帝国軍がどうしても罠を警戒しているからだ。貴族連合軍が勝利をあきらめていないならば、必ずこの積極的すぎる陣形には意味がある――と考えていた。

 そうでなくても帝国軍は注意を割かなくてはいけないところが「エーベンシュタイン」という謀将の存在が厄介である一面であり、それが制限を生む理由でもあった。






U

 ――16時50分――

 戦線が膠着状態になり始めたころ貴族連合軍の両翼が動き出し、メルカッツの艦隊と合流すると帝国軍の前衛はさらなる苦境に立たされる。前面に立ちはだかるメルカッツ相手に手いっぱいでファーレンハイトとエーベンシュタインが率いる両翼部隊に各側面から激しい砲撃を受けたのだ。それは火力にして密であり、たった数十分の戦闘によって合わせて3000隻近い損害を被ることになってしまった。

 このままでは戦線後退かと思われたが、帝国軍の総戦力は貴族側の倍近い。危機に陥ったルッツとケンプの艦隊を救ったのは双璧の艦隊だった。

 「好きなようにさせるな! 一気に押し返せ」

 「相手はファーレンハイトか、相手にとって不足はない!」

 ロイエンタールとミッターマイヤーの手腕は、批評するまでもなく正確にして整然であり「双璧」の名に恥じないものだった。流石のメルカッツたちも攻勢に陰りを感じたのか艦隊を後退させる。

 「今だ! 一気に反撃せよ」

 ラインハルトの号令一閃、帝国軍は五個艦隊が一斉に攻勢に転じた。勢いを取り戻した帝国軍の砲火によって貴族連合軍の被害は拡大したが、これで崩れないのが「貴族のようで貴族の戦いではない」だった。

 「まったく手強い貴族どもなど願い下げしたいものだ」

 複雑な感情をこめて軽く舌打ちしたミッターマイヤーではあったが、そんな軽い冗談も言っていられない状況になった。ついに貴族連合軍の本隊が動き出し、これまでにない苛烈な攻勢を仕掛けてきたのだ。

 それはラインハルトも思わず唸らせるほどの攻撃陣形の入れ替わりであった。敵艦隊の前衛と本体が見事なタイミングで入れ替わり、あたかも砲口の巨壁が突如として出現したかのように帝国軍将兵を戦慄させた。

 「ファイエル!」

 またもや攻守は一瞬にして逆転した。健全だった貴族連合軍本体の勢いは凄まじく、押し返したはずの帝国軍は不本意にも押し戻される結果になってしまっ た。

 「隊列を整えろ! 陣形を崩すな」

 「ここが踏ん張りどころだ。先頭の部隊にシールドを強化させ、後方の巡航艦部隊に反撃させよ」

 「敵の戦闘艇とまともに付き合うな。味方艦の対宙砲撃の射程に引きずりこんでやれ」

 「左翼を前進させ、敵の右翼部隊を牽制せよ。相手がこちらの誘いに乗ったら中央部隊と共に挟撃せよ」

 貴族連合軍の再反撃は並みの軍隊ならとうに崩壊してもおかしくないほどに強力であったが、ラインハルト率いる帝国軍はその精強に恥じない名将揃いであって、各艦隊司令官の個人の能力もさることながら、お互いの連携も密であり、貴族連合軍に決定的な隙を見せなかった。

 「よく見て、よく判断し、不動の意志」

 とはエーベンシュタインがラインハルトの将帥たちを表した言葉とされているが、まさに視野の広い一級の指揮官たちだからこそ、そこに付け入る隙があると彼は考えていた。

 そのうえで、エーベンシュタインに策に乗せられた時には「後退できない」状況に陥ってしまったのである。




V

 「そろそろだな?

 ミッターマイヤーは戦術スクリーンを確認しながらつぶやく。帝国軍は落ち着いていたと言ってもよい。彼らが貴族連合軍の攻勢に耐えていたのはまさにその瞬間のためだった。

 「よし、一気にガイエスブルグに突入せよ!」

 熱血型司令官の命令が回線に轟くと、黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)が一斉に戦場宙域の脇をすり抜けてガイエスブルグ要塞めがけて突進した。続けて帝国軍の右翼側から同じようにメックリンガー艦隊が続く。

 帝国軍の基本戦略は明確だったと言ってもよい。貴族連合軍の攻勢を引きつけつつ、数の有利を生かしてガイエスブルグ要塞を占拠することにあったのだ。要塞を押さえてしまえば拠点を失った貴族連合軍は前後で挟撃されることになり、行場を失って降伏か死かを選択するしかなくなるだろう。

 帝国軍がこの基本戦略を採用したのは、ガイエスブルグ要塞の主砲である<ガイエスハーケン>を密偵が開戦と同時に封じるとの情報が伝わっていたためではあったが……

 「ガイエスハーケンに異変!」

 オペレーターが青ざめて報告すると、ビッテンフェルトは太い眉毛を大きくゆがめて軍靴で床を蹴り上げた。

 「ちっ! やはり偽情報だったか。全艦、10時方向に転進、最大戦速で要塞主砲の射程外に退避しろ!」

 数十秒の後に先行していた黒色槍騎兵艦隊に巨大な光の柱が通り抜けた。損害が少なかったのは要塞側の発射のタイミングがやや遅かったことだろう。艦隊は先頭集団の一部が被害を受けただけにとどまったが、何かとこれまでに大きな損害を受け続けてきたビッテンフェルトにとっては、またしても苦い一撃となった。

 「やはり卿の部下は捕まっていたようだな」

 ラインハルトが半ば皮肉めいた視線をオーベルシュタインに向けたが、義眼の総参謀長は黙って一礼したのみであった。

 「ガイエスハーケンが無力化されていない以上、この宙域での戦いは、ある意味で危険を伴うものとなります。艦隊をやや後退させた方がよろしいかとは存じますが、いかがなさいますか?」

 総参謀長の進言にラインハルトは再び蒼氷色(アイスブルー)の瞳を向ける。

 「いや、このままでいい。いくらエーベンシュタインやメルカッツが強靭な精神力の持ち主でも門閥貴族どもはそうはいくまい。このまま攻撃を続ければやつらは限界に達するだろう」

 ラインハルトの決定はまさに正鵠であった。長時間の戦闘に耐えられなくなった門閥貴族の部隊から崩れていくであろうことは優秀な指揮官揃いの帝国軍にとってはたやすく想像がつくものだった。

 「このまま貴族どもの攻勢が続くはずがない」

 それは、後から思えば「油断」とのそしりを免れないものであった。もちろんラインハルトもオーベルシュタインもエーベンシュタインが何かを仕掛けてくることには常に注意を払っていた。その一つ目がメルカッツの前衛部隊指揮であり、二つ目は要塞主砲の偽情報だったわけである。

 ラインハルトは戦争の天才である。その事実に対してはエーベンシュタインも賛辞を述べている。謀将の戦術的な作戦もラインハルトによって崩されたと言ってもよかったが、彼は常識的な範囲内においては極めて優れた能力を発揮する。だがラインハルトにとって理解しがたい事象が発生した場合は、その能力も一定の範囲を逸脱することができない。戦う相手が「勝つための戦い」、「負けないための戦い」を実行するならば金色の若獅子はエーベンシュタインの意図をさらに理解し、満足のいく勝利を掴んだだろう。

 しかし、エーベンシュタインの目的が「無様な敗北をしないための戦い」というある意味若き天才元帥の価値観からは到底思い至らない理由であったことだ。

 帝国軍は現状維持のまま攻勢と守勢を巧みに切り替えながら門閥貴族連合軍の執拗とも言える攻撃に耐えてはいたが、その緊迫感と重圧は相当なものであり、気の抜けない攻防が続いた。







W

 動いたのは門閥貴族連合軍だった。いや、帝国軍からすれば、それは待っていた崩壊の前兆であったことだろう。敵の中からまるで弾かれたように無謀な突撃を敢行する部隊が現れたのだ。

 「どうやら、貴族のバカ息子がついにしびれを切らせたらしい」

 多くの将帥たちは警戒しながらもそう感じたであろう。実際、傍受した通信の内容には命令を無視して突撃する貴族たちへの「叱責」も含まれていた。

 「これはもうすぐだな……」

 誰もが最終局面への機会到来を予感した。しかもそれを勢いづかせるようにガイエスブルグ要塞から思いがけない緊急通信がブリュンヒルトに飛び込んできた。

 「部下から連絡が入りました。たった今、主砲制御室を占拠したとのことです」

 「ほほう……」

 ラインハルトは疑わし気に応じた。なぜ、このタイミングで重大な通信があったのか、先ほどから一転しての事態である。疑うなと言う方が無理と言うものだった。

 しかし、そうなると門閥貴族連合軍が急に浮足出し始めた理由にもなる。これが原因か?

 実際、それは疑いがなく、占拠の通信の信憑性はさらに強くなったと言ってもよかった。

 ラインハルトは決断を迫られる。

 「前線に連絡。敵の艦隊を今度こそ一気に押し返せとな」

 新たな局面への命令を待っていた提督たちの闘志が熱く燃え上がった。

 「よし、今度こそ決めてやる。全艦、主砲斉射!」

 ロイエンタール、ミッターマイヤー、ケンプ、ミュラー、ルッツ、メックリンガー、ビッテンフェルトの七個艦隊による一斉攻勢に貴族連合軍は耐えられなかった。

 「よしこの機会を逃すな! ガイエスブルグに今度こそ突入せよ。ブラウンシュヴァイク公を逃すな!」

 貴族連合軍の陣形がついに崩れた。帝国軍は決壊したダムの水流のごとく怒涛の進撃で敵艦隊を次々に薙ぎ払いながらガイエスブルグ要塞に迫った。後退する敵艦隊の中にはブラウンシュヴァイク公の<ベルリン>やエーベンシュタインの<ダーインスレイブ>の存在が確認されていた。メルカッツとファーレンハイトの乗艦も確認されたが、陣形が乱れた状態が原因か、やや後退が遅れているようだった。

 また、情報が定かではなかった要塞主砲の占拠は、帝国軍が射程内に入っても発射されないことから事実であると認識され、帝国軍の進軍は一気に早まった。本体との間に距離が開く。

 ラインハルトも艦隊を前進させたが、その直後に異変が起こった。

 「て、天底方向から敵艦隊です! 数およそ5000!」

 オペレーターの声は動揺で上ずってはいたが、ラインハルトは冷静だった。

 「慌てるな、迎撃せよ」

 ラインハルトが認識違いをしていたのは、まさにそこだった。エーベンシュタインが何を仕掛けたのかを理解したのは、新たに9時方向から突撃してきた3000隻の艦隊と、最初に天底方向から奇襲してきた敵艦隊の攻撃手段であった。

 「この小型艦艇の巧みな使い方は……メルカッツか?」

 まさにその通りだった。雷撃艇と戦闘艇による艦底方向からの波状攻撃に戦艦は無力だった。

 帝国軍もそれは十分認識しているので艦首を天底方向に移動しようとするが、まさにそのタイミングで敵艦隊3000隻の急襲を9時方向から受けてしまい、次々に爆発四散していった。この艦隊の指揮官も貴族の子弟でないことは明白であった。

 「なるほど、エーベンシュタインは俺だけ狙うタイミングを計っていたか」

 ラインハルトは確信して独語する。ロイエンタールやミッターマイヤーら帝国軍の各提督たちも異変に気付いて反転しようとしたが、要塞に逃げ込むと思われた敵の艦隊が予想外にまとまって反撃してきたため要塞宙域に釘付けにされてしまう。

 「貴族ども……いや、エーベンシュタインか、やってくれる!」

 ミッターマイヤーは激しく舌打ちした。エーベンシュタインが狙っていたのは他でもなく「カウンター」だったのだ。自分たちを囮にして極めて強い緊張した状態から一気に崩れることで最後の隙を作ったのだろう。貴族連合軍の執拗な粘りは、まさにこの状況を作り上げるための危険な賭け(手法)だったのだ。

 「それを成功させるとは……エーベンシュタインとは恐ろしい男だ」

 ミッターマイヤーの想像は間違ってはいなかったが、残念ながら「すべて」でもなかった。妨害が激しくなって後方の状況を把握できなくなった彼らと違い、ラインハルトはほぼ正確に(・・・・・)エーベンシュタインの捨て身ともいえる作戦の全貌を理解したと言ってもよかった。

 「メルカッツやファーレンハイトも旗艦を乗り換えていたか」

 極めて古典的な偽装だが、ゆえに一流の将帥たちの意表を突いたといってもよい。敵将の乗艦が後退していくことに意識が集中し、その過程で左右に離脱していく艦隊の動きに注意が行きわたらなかったのだ。

 「やるなエーベンシュタイン、まさかこれほど楽しい戦いになるとはな!

 ラインハルトの対応も素早かった。ファーレンハイト艦隊に侵入された無傷の前衛を前進させて反転し、右翼部隊と連係させた上で敵の艦隊を後方から狙い撃ちしたのだ。

 また、メルカッツ艦隊に対しては旗艦を後方に下がらせつつ、後方の部隊と入れ替わることで逆に天底方向から進撃してくるメルカッツ艦隊の側面と上方から挟撃した。

 「メルカッツとファーレンハイト……ここで散らしてしまうには惜しいが、卿らの奮闘に報いるには全力で応じるしかあるまい」

 完全に態勢を整えたラインハルトの重厚な陣形の前にメルカッツとファーレンハイトの快進撃も鈍り、ついにこれで決着かと思われたが三度戦況は反転した。

 「こ、これは!?」

 艦橋のオペレーターが驚愕して思わず立ち上がった。ラインハルトが鮮やかな指揮で構築した防御陣の一角がマールバッハ星域会戦で経験した謎の攻撃によって崩されてしまったのだ。

 「今だ! ありったけのビームとミサイルを叩きつけて突き進め!」

 「この機を逃すな。全艦、最大戦速!ローエングラム候の旗艦はすぐそこだ」

 メルカッツとファーレンハイトの気迫が乗り移ったかのように二つの艦隊は傷つきながらも純白の総旗艦に向かって再度突進した。今度はついにブリュンヒトの周辺にも砲火がおよび、ときおり光弾が美姫の肌を強く弾く。

 「閣下、ここは一旦旗艦を後方にお下げください。」

 義眼の総参謀長の進言をラインハルトは半ば否定した。

 「卿の言うことは最もだが、今はだめだ。このまま旗艦が後退すれば周りも動く。その分だけ敵の侵入を許す結果になり、さらなる混乱を招くことになるだろう」

 ラインハルトは、陣形の再編に手間取ったと言ってもよかった。メルカッツとファーレンハイトを仕留めるために築いた陣形が、第三の攻撃によって崩されたことにより、その完璧さが再編にあたって逆に仇になってしまったためである。

 もちろん、メルカッツとファーレンハイトは、この最後の機会を逃さなかった。

 「見えたぞ、総旗艦ブリュンヒルトだ」

 ファーレンハイトが高揚しているのはその声で明らかだった。彼は双璧たるミッターマイヤーと念願がかなって対決したが、その時の興奮をはるかに上回る極上の標的がまさにファーレンハイト率いる艦隊の目と鼻の先に存在するのだ。

 「もう少しだ。止まるな!」

 ファーレンハイトは主砲斉射を命じた。その砲火でブリュンヒルトを護衛する戦艦の一隻が轟沈し、周囲に火球が次々に出現する。

 ラインハルトはそれでも旗艦を退避させない。退避させる時間がなかったわけではなく、そうする意志がなかったのだ。どんどん砲火は激しくなっていく。ファーレンハイトとメルカッツの突撃をもはや誰も止められないかに思えたが……

 総旗艦めがけて突進するファーレンハイト艦隊の先頭集団が、鮮やかとも言える側面攻撃によって壊滅したのはまさにこの時だった。

 「味方です! 援軍が来ました」

 オペレーターの声は歓喜のあまり音程が外れていたが、文字通りラインハルトは最大の危機をこの時は回避したのだった。





X

 「多少の陣形の乱れは気にするな。総旗艦の周囲をまずは固めるのだ」

 ラインハルトの危機に駆けつけたのは、赤毛の提督でもまして双璧でもなかった。上官より極秘の任務を「依頼」されていたベルトマン少将であった。彼はキルヒアイスの艦隊が他の提督たちと同じく要塞に向けて進撃したことに対し、キルヒアイスから許可されていた権限によって進撃速度を落とし、ラインハルトの艦隊に近い宙域に留まっていたのである。

 「もし私がエーベンシュタイン上級大将ならば、我が軍が勝ったと意識したその直後こそ絶好の機会とみて攻撃を仕掛けることでしょう」

 上官からのアドバイスをもとにベルトマンはひたすら戦況の推移を分析していたと言ってもよかった。キルヒアイスが本体をあえて前進させたのも、エーベンシュタインの最後の策を発動させるためでもあった。

 「まさかジークフリード・キルヒアイスではなくその部下とは……」

 ファーレンハイトの声は意外に冷静だったが、その表情はかなり険しい。攻める側と強引に割って入った側では、その態勢に優劣が確実に発生するものだが、突撃していたファーレンハイト艦隊が攻勢から防戦一方になったのは何もベルトマン艦隊が横槍を加えただけではなく、ワルキューレ部隊による猛攻を受けたからであった。

 「無理に撃ち墜とそうとするな。対宙砲火で敵の戦闘艇を牽制するだけでもいい。その隙にこちらもワルキューレを出せ!」

 ファーレンハイトも必死だ。あと寸前で総旗艦を射程内に捉えることができたのだ。悔しさで握りしめた拳が全てを物語っていた。 あきらめきれないこと甚だしいが、ベルトマンの割り込みがただの割り込みではなく、近接戦闘による反撃体制が整っていたという手腕は認めざるを得なかった。彼は突入前に全ての宙戦部隊を発艦させ、艦隊の突入と同時にファーレンハイト艦隊の先頭集団に集中攻撃を仕掛けたのだった。

 この攻撃のメリットは、二正面作戦を防ぐことにあった。ファーレンハイト艦隊を宙戦戦力で足止めし、と同時に艦隊を再編しつつメルカッツ艦隊に対応したことであった。

 しかし、メルカッツの方がまだ態勢的には有利だった。ブリュンヒルトに対しては2時方向、メルカッツからは11時方向から割り込んできたベルトマンの艦隊がまだ側面を晒している状態を突いて強引にも突撃を敢行する。その数は200隻にも満たない。

 数は少数でも精鋭の攻撃は鋭く、ベルトマンが艦隊の陣形を再編するより早く防御網を食い破るかに思えた。

 「むっ!?」

 奮闘するメルカッツ艦隊に中性子ビームの束が突き刺さった。

 「敵の攻勢は限界に達した。今だ撃て!」

 ラインハルトだった。ベルトマン艦隊が作り出した貴重な時間を陣形の再編と混乱の収拾に充てていたのだ。

 さらに、大きな損害を受けてガイエスブルグ要塞への突入が後になっていたワーレン艦隊とミュラー艦隊が支援の届く範囲に戻りつつあった。

 「届かぬか……」

 と静かに呟いたのはメルカッツであり、

 「二人はよくやった」

 と讃えたのは乗艦をマルミス提督の航宙戦艦<ヴィンダールヴ>に移していたエーベンシュタインであった。

 「さすがだなローエングラム候、もうだめかと思ったのだが……」

 深淵の中から戦況スクリーンを見つめるエーベンシュタインの表情は敗北感でも疲労感でもなく、どこか突き抜けた印象があった。

 「なるほど、赤毛ではなくベルトマン提督だったか、なるほどな……それも因果というやつかな」

 「閣下、いかがなさいますか?」

 エーベンシュタインは、副官イェーガー大佐の重い問いかけに対し、閃光が絶え間ないメインスクリーンを見つめながら言った。

 「私の愛機の準備はどうだ?」

 三瞬の沈黙ののち沈痛な表情で答えたのは絶句した副官ではなく、カイザル髭も見事なマルミス提督だった。ついに「華麗に負けるため」の最終プランが発動してしまったのだ。

  「……万全です。いつでも出撃が可能です」

 「よし、私がパイロットスーツに着替えている間に発艦の準備を進めてもらおうか」

 「……はっ」

 マルミス提督がオペレーターに指示を伝えると、エーベンシュタインは艦橋を後にしようとメインスクリーンに背を向けるが、一歩を踏み出す前に身体を震わせる忠実な副官の肩を軽く叩いた。

 「大佐、(おおむ)ね計画通りだ。こうなることは事前に告知していたはず。貴官たちは実によくやった。ここまで生きている者はこの先も生きる権利がある。後のことは頼んだぞ、マルミス提督を支えてやってくれ。決してばかなことはするな。そんなことをしたら私はヴァルハラで貴官を怒りで蹴落とすことになるぞ」

 エーベンシュタインは笑みを浮かべながらそう言い残し、一度も振り返らずに艦橋を後にした。その背中を艦橋人員全員が起立敬礼して見送っていた。


 
 
……TO BECONTINUED

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 皆さん、また大変ご無沙汰してしまったことをお詫びします。どうも集中力が途切れると執筆が進まなくなります(汗


 第19章は、一回の投稿で終わらせられなかったので、あともう一話あります。もうほぼ書き終わっているので、あとは調整と校正だけです。なるべく早く投 稿できるようにします。


 昨年は新しい銀河英雄伝説に一喜一憂しました。続編が19年の劇場版ということでがっかりした方も多いとは思いますが、ようやく二期の予告映像が解禁に なり、「やっとか」とため息をついた方も多いはず。あとは「近くの劇場版で上映してくれるのか?」という心配だけでしょうか?

 18年は銀英伝のほかにも個人的には嬉しかったのが、「遅延性SF」と名高い「ワールド・トリガー」の連載再開と今年に入ってから発表された「十二国 記」の続編の一報でした。

 後者はまだいつ発売か不明ですが、最終章になるようなので、はたして戴国がどうなるのか、非常に待ち遠しいです。陽子の出番もあるはずですしね。

 ワートリのほうは、どうか葦原先生には無理をせずに完結まで歩いていただきたいw

 2019年3月11日 ――空乃 涼――

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