帝国軍を足止めする側に回った貴族連合軍部隊は、殺到する帝国軍に蹴散らされつつ局地的には乱戦に発展し、降伏も投降も選べずに戦死する者が続出した。

 その只中には、投降も降伏も微塵もすることなど考えていないフレーゲル男爵が乗る戦艦<ヴィルヘルミナ>の状況に対して真逆に近い勇壮な姿があった。

 「金髪の孺子(こぞう)め! 目にものを見せてくれる

 勇ましい台詞とは裏腹に、まさに<ヴィルヘルミナ>はいつ撃沈されてもおかしくない真っただ中にあった。ガイエスブルグ要塞占拠を目指す帝国軍が次々に迫り、後退する過程で運悪く? 乱戦宙域に紛れ込んでしまったのだ。要塞には戻れなくなった以上、参謀のシューマッハ大佐は何度か艦の安全な離脱を意見具申したが、男爵には通じるはずもなかった。また、先の戦闘で自艦を中破に追い込まれて客人として<ヴィルヘルミナ>への乗艦を許可されたランズベルク伯は艦橋の後方でほぼ固まっている。

 (ここに至ってはこのままでは無駄死にだ。何とかしなければ……)

 シューマッハは悩んだ末、エーベンシュタインから「切り札」として教わっていたが、使用することをためらっていた「それ」を決然として実行した。

 「閣下、お話があります!」

 「何だ貴様、 何か異論でもあるのか!」

 ほぼ逆上した状態で振り返った主君にシューマッハは禁断のワードを口にした。

 「こ、この人格のねじ曲がったおかっぱ頭野郎」

 本人も含めて青ざめた人数は二桁に上がっただろうが、エーベンシュタインが掛けていた「暗示」の効果は驚くべきものだった。

 「よし、戦場を離脱するぞ。味方は周りに何隻いる?」

 落ち着き払ったフレーゲルの態度は、薔薇を咥えている絵面よりも相当気色悪い領域に属する。

 「……はっ、6隻ほどです」

 「十分だ。ヴィルヘルミナを中心に密集隊形を取らせろ。この混乱にこそ脱出の活路が開けるぞ。急げ!」

 こうしてシューマッハたちは最大の危機を切り抜けたのだが……
 






闇が深くなる夜明けの前に
  機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説






 第十九章(後編・其の二)

大神(オーディン)のみぞ知る未来(あした)
 
 

 
 





T

 「何だ? 何かがとんでもない速度で迫ってくるぞ!?」

 最初にそれを感知したのは、その直線上に位置していた宙戦母艦<ヘイムスクリングラ>のオペレーターであった。

 「何だって? 何が近づいてくるって?」

 「艦長、それがはっきりしません。何かが近づいているのは確かです。ものすごい速さだ……なっ! 至近です!」

 「はっ?」

 まさに一瞬だった。メインスクリーンの向こうに一点の光を見たかと思ったら、瞬きしている間に艦上を光の直線が通過していったのだ。

 「解析できたか?」

 「いえ、速すぎてはっきりとは……質量はワルキューレクラスとしか計測できませんでした」

 艦長は狐につままれた感覚になりながらも必要最低限の指示をした。

 「すぐに後方の味方艦に警告を送れ!」
 
 

■■■

「謎の飛翔体の最終到達地点は……ここです!」

 ブリュンヒルトのオペレーターが声を震わせたのは、前方の部隊から警告のあった「飛翔体」がまっすぐに総旗艦を目指していることが判明したからだった。

 「エーベンシュタインだな」

 ラインハルトは冷静に察する。その落ち着きぶりはオペレーター達を安堵させたが、べルトマン艦隊の救援により危機を脱し、メルカッツとファーレンハイト艦隊を排除しつつも、いまだに完全な陣形再編には至っていなかった。

 であるからこそ、姿を見せていなかったエーベンシュタインがさらに何かを仕掛けてくるであろうことを金髪の元帥はだいたい予測することはできていた。

 「エーベンシュタインよ、ワルキューレのような小型艦艇による特攻……ではあるまい?」

 しかし、メルカッツとファーレンハイトによってこじ開けられた「空間」はなお「閉鎖」に至っていなかった。ただ、もはやこの戦況の中で通常の艦艇による突撃など、再び相当な戦力による強襲でもない限りこじ開けるのは不可能であった。

 「その意味では間違った選択とも言えなくはないか……」

 直後に、ラインハルトは蒼氷色(アイスブルー)の瞳に光沢を湛えて決然と言い放った。

 「迎撃せよ! 彼は勝者ではなく、敗者でしかないことを知らしめよ」

 ラインハルトの命令は通信回線を駆け巡り、その飛行ルートに重なる全ての艦艇が「謎の飛翔体」を全力で攻撃し始めた。

 「よく狙えよ」

 ブリュンヒルトの護衛艦の一隻である戦艦<ヴェイグ>も迎撃にあたった。敵は一直線上に突っ込んでくるため、いくら高速でも標準を合わせることは難しくなかった。中性子ビームの束が謎の飛行体に向かって光軌を描き、誰もが無謀な特攻の終焉を想像したが、ラインハルトの疑問通り、決してそれで終わりではなかった。

 「全部よけやがった!」

 艦長の驚愕は当然だった。エネルギービームの束が「飛翔体」に到達する直前に、それから何かが切り離され、直後にその姿が露わになったものの中性子ビームの全てがかわされてしまったのだった。

 いや、正確には光弾が逸れたものも多かった。そう、それが示す事実とは、

 「防御シールドをもっているのか……」

 艦長は、その露わになった姿を瞳に映しながら固唾を飲む。加速ユニットを切リ離したデルタ翼を持つ「黒い機体」は次々と殺到する中性子ビームの槍をものともせずにどんどん距離を縮めてきた。

 「総旗艦に近づけるな! 他の艦と連係してこちらもワルキューレを出せ」

 エネルギー兵器では効果がないと判明した時点で「黒い機体」を迎撃する各艦艇は次々と実体弾に切り替えて対宙射撃の猛攻を加えるが、恐ろしいほど当たらない。身軽になったと思われる「黒い機体」は直線的な動きから一転して軽快な機動力と艦艇で射線を切って距離を詰めてくるばかりか、緊急に発艦した4機のワルキューレを普通ではない動きでたやすく血祭りにあげ、その圧倒的な能力をまざまざと見せつけていた。

 「これはまずいぞ」

 と危機感を抱いたのはラインハルト以外ではほぼ全員だっただろう。エーベンシュタインの乗機はベテランに戦闘艇乗りでも舌を巻くほどの機動力と旋回性能でブリュンヒルトとの距離を「至近」と言ってもよい20万キロまで詰めていた。その後も全く止まらない「黒い機体」はついに白磁器のごとく輝きを放つ「総旗艦ブリュンヒルト」のほぼ正面に到達してしまった。

 エーベンシュタインがわずかに口元をほころばせて「スイッチ」を押したのは、まさにその直後であった。

 「終わったな……」

  とつぶやいたエーベンシュタインを襲ったのは強すぎる衝撃だった。彼よりも何が起こったのか呆然としていたブリュンヒルトのオペレーター達はラインハルトに叱責されて我に返るとすぐさま状況を分析し、そして表情を明るくして報告した。

  「黒十字架戦隊(シュバルツ・クロイツァー)です……黒十字架戦隊が救援に来ました!」
 
 







U

 「隊長っ!」

 天底方向に落ちていく隊長機とエーベンシュタイン機。「機体」というには大きすぎるワルキューレの体当たりをまともに受ければ駆逐艦レベルならただでは済まされないが、「黒い機体」は驚くべきことに一切の破損もなく体勢を立て直し、逆に損傷の激しい隊長機はさらに漆黒の空間の底めがけて落下していった。

 「隊長! リヒトフォーフェン隊長!」

 隊員たちが何度も隊長機に呼びかけると反応があった。損傷はしていたが姿勢制御の噴射によって迫っていた僚艦への激突はかろうじてて回避したのだった。

 ただし、右側の兵装ユニットが大破した艇体そのものは満足に動かせないようだった。

 「すぐに近くの味方に救助を要請しろ!」

 中隊長ルドルファー大尉が指示を部下に伝えた直後に、期待はしていても確率は低いと思われた彼らの生みの親から通信メッセージが届いた。

 『やあ黒十字架戦隊(シュヴァルツ・クロイツァー)の諸君、我が誇らしき子らよ』

 間違いなくエーベンシュタインの声だった。その声はとても躍動感に満ちており、敗北が眼前に迫った軍人のそれとは明らかに違っていたが、続いた通信は一方的だった。

 『諸君らを待っていた。念願かなって嬉しい限りだ。まあ正直なところ多少は遅刻(・・)してしまったようだが私は寛大だ。諸君らの奮闘に免じて大目に見よう』

 のちに隊員たちが「遅刻した」というエーベンシュタインの言葉が何を指示していたのか検証して背筋を凍らせることになる。

 通信は一方的に続く。

 『さて問題は他でもない。私をここで止めないと今度こそ確実にローエングラム候を銀河の星屑に変えてしまうぞ』

 その宣戦布告と同時に「黒十字架戦隊」と「産みの親」との激しい宙戦が始まった。
 

  エーベンシュタインと対決することになったのは当初は副隊長ギュンター・ライル大尉機以下戦隊10機であった。

 同盟軍による帝国領侵攻作戦以前、戦隊員は26名で構成されていたが、ファンベルグ星域会戦に初めて実戦投入された(と彼らは思っている)同盟軍の「人型機動兵器」によって3名が戦死し、数十年続いた絶対無敗神話に終止符を打っていた。

 その後、隊員は補充されておらず、現時点では23名が在籍しているが隊長機がいきなり離脱し、エーベンシュタインが宣戦布告した直後に迎撃に向かった2機が瞬く間に戦闘不能にされてしまったのだった。

 『H・ルドルファーとメルダース隊は援軍にはたぶん来れない。お前たちで上級大将を止めるしかない』

 通信の主は、近くの味方に機体ごと回収され、サポート役に回ったリヒトフォーフェン隊長だった。

 『いいかよく聞け。総監閣下は紛れもなく我々にとって大恩のある父親だ。だが今は恩も母艦の仇のことも考えるな。あの方の機体は得たいがしれないが、もうお前たちはすでに同じような敵と戦っている。絶対に総旗艦には近づけるな』

 『了解』

 先手を打ったのは戦隊だった。エーベンシュタイン機は隊長機の体当たりによって艦隊の中心からはじき出されたため、かなり広い宙域での戦いになっていた。こうなると数の多い側が有利となる。3機が後方から追い立てるようにエーベンシュタイン機を特定の宙域に追い込もうとするが、彼らの闘志さえもあざ笑うかのように機体は一気に急加速した。

 「まったく冗談じゃないぞ。三倍……いや四倍くらいは速い」

 ブルーメ中尉の驚きに何機かの僚友も同意するも、彼らも負けじと追いすがり、なんとかそれぞれの役割は果たすことができた。

 「今だ!」

 エーベンシュタイン機を11時と3時方向という変則的な方向から戦隊機が挟撃した。速射性に優れた機銃がエーベンシュタイン機に吸い込まれていくが、いともあっさりとかわされてしまった。

 「いや、それでいい」
 
 天底方向に回避した黒い機体を補足したのはライル副隊長機とヴィルケ中尉機だった。エーベンシュタイン機の加速性能にまともに付き合っては追い付けるものではない。ならばそのスピードを殺すことによって、その瞬間を狙い撃ちしようというのであった。

 しかし……

 「くっ! やはりあれは同盟の人型と同じシールドだったか」

 ライルとヴィルケの襲撃のタイミングも場所も完ぺきだったと言ってもよい。失速させた上に誘導にも成功し、ほぼ死角からの機銃斉射である。相手が普通なら4回撃墜されているところだが機体には届かなかったのだ。

 その接触する瞬間の光景は彼らがファンベルクで目撃したものと全く同じだった。

 「空間歪曲防御壁か!」

 事実に息をのんだ隊員たちではあったが、唖然としている時間は許されていなかった。なぜなら、彼らの生みの親は明らかに総旗艦ブリュンヒルトを再び目指しているからだ。

 『戦術を組みなおす。黒い機体の機動力と防御力を封じるのはこれしかない』

 リヒトフォーフェンがあらためて指示したのは、エーベンシュタイン機を再び艦隊の密集する宙域に追い込むことだった。当然、それだけ総旗艦に近づくことになるのだが、逆に味方との連係も可能になってくる。

 そこで問題なのはエーベンシュタインがあえて自分が不利になる戦場宙域にのこのこと(・・・・)誘導されるか否かということだった。

 しかし、その懸念は外れた。エーベンシュタイン機は乗るような形で再び艦隊の右翼宙域に進入した。

 「凶と出るか吉と出るか……」

 と低くつぶやいたのはリヒトフォーフェンであり、

 「さて、楽とでるか死と出るか」

 と高揚感まじりに呟いたのはエーベンシュタインであった。

 まだ艦隊戦の続くガイエスブルグ要塞周辺での第二幕目が上がった。




 ライルたちは愕然とした。

 エーベンシュタインの黒い機体が自ら艦隊のひしめく宙域に進入したとき、彼の機体を襲ったのはたまたま帰還の途にあった2機のワルキューレだった。彼らは純粋に発見した敵機に向かって迎撃しただけであり、うまく後方をとったまでは良かったが、隊員たちも思いもよらない機体後方からのビーム攻撃を受けて撃墜されてしまったことだった。

 「おいおい、後方にも武装があったのか!?」

 隊員たちが驚きつつも疑問に感じたのは、なぜ先の戦闘の時に後方に展開していた戦隊機を攻撃しなかったのか、という事だった。

 「閣下は遊んでいるのか?」

 とまで思い至った隊員たちはこの時は多くない。すでに熾烈を極める宙戦に突入しており、余計な考えをする余裕がなかったためだ。

 艦隊がひしめく宙域において攻撃、突入、回避、上昇と下降、反転の動作が幾度となく反復され、気の抜けない状態で隊員たちにGによる負荷が大きくのしかかる。

 戦場が艦隊の狭い宙域に移ってからは隊長の思惑通りにエーベンシュタイン機のスピードはかなり減速したものの、機体の大きさにそぐわない運動性能によって確実に捕捉できないでいた。

 逆にフェルトマン機とビューレント機が撃墜および戦闘不能に陥って戦線を離脱してしまっていた。幸いだったのはフェルトマンが脱出できたことだろう。

 「あと6機だが、はたしてそれだけで私を止められるかな? 他の隊を待ってるほど私も優しくないぞ」

 エーベンシュタインは余裕を見せながらほくそ笑む。黒いパイロットスーツに黒いヘルメットには何本かのケーブルらしきものが繋がっていた。最も異質だったのは周囲の計器類の種類と配置もそうだが、彼が操縦かんを握っているわけではなく、パイロットシートに座ったままの状態で機体を操っていることだろう。

 「さて、むこうはどう考えているのかは予想するしかないが、手抜きは即ローエングラム候の死へと直結するぞ。我が子らよ」

 そんなつまらない事態になればエーベンシュタインは今度こそ「フェイク」ではなく、確実にブリュンヒルトの隠蔽式艦橋に向かってためらうことなく射撃スイッチを押し、重力の刃で破壊するだろう。

 「私にとっては最後の戦場だ。ヘルマン・フォン・エーベンシュタイン最大のわがままに食らいついてきてほしいものだ」

 その直後に彼は咳き込んだ。血が混じったそれは限界へのカウントダウンに等しかっただろう。

 「さあ諸君、私の華麗なる最期に協力してもらおうか」

 エーベンシュタインは「疑似IFS」を通して機体に指示を送り、戦艦がひしめく宙域を軽やかに飛翔する。その後方を2機の戦隊機が追尾し、残りの4機は連携と攻撃のタイミングを計っていた。

 超高速で飛翔する戦闘艇が何隻もの巨大な戦艦の間を翔け抜けていくが、対宙射撃は一度もない。その理由はナイトハルト・ミュラー提督から報告を受け取ったラインハルトが戦隊の要請がない限りは戦隊に任せるよう全艦に厳命したためだった。彼らの宙戦はもはや常人では捕捉不能な領域に突入しており、味方への誤射を回避する措置でもあった。

 いや、ラインハルトはエーベンシュタインの望みをくみ取っていたのかもしれなかった。
 


■■■


 
 一方、メルカッツ艦隊はファーレンハイト艦隊と同様に帝国軍艦隊に押される形で戦場宙域からはじき出されつつあった。かつての帝国軍の宿将はエーベンシュタイン出撃の報を受け、旧友が最後の戦いに臨んでいるであろう宙域に細い目を向けていた。

 (やはりそういう事になったか、エーベンシュタインよ。我々が届かなかったのだから当然と言えば当然の帰結だろうな……)

 「裏切り」とは一言もメルカッツは発しなかった。作戦が立案された時点ではエーベンシュタインの策を支持はしたものの、ずっと釈然としない何かが胸中にあったことも確かであった。

 (我々の顔を立てて機会を作ってくれたが、それがギリギリ成功することはない。作戦が失敗ということになれば後は自分の好きなようにする……それが最初から卿の意図だろうな)

 戦いの趨勢はもはや誰の目にも明らかになりつつあった。メルカッツもファーレンハイトもいまだ戦いの渦中にありはしたものの彼らの周りから戦火は遠ざかりつつあった。

 「さて、私はどうするかな……」








V

 戦隊6機はエーベンシュタイン機を捕捉したものの、他の宙域に侵入させないのが精一杯――エーベンシュタインに振り回されている状態であった。彼らを最も困難にさせたのは黒い機体の防御シールドを攻略できないことだった。機銃では弱く、レールガンでは最低でも5発同時に着弾させなければ突破は難しいという頭を抱えたくなるような分析結果が出たためだ。

 「まったく、叛乱軍の人型機動兵器を上回るとか、うちの元戦闘艇総監閣下はいったい裏で何をやっていたんだ?」

 ノヴォトニーのボヤキに真面目に答えてしまったのは中隊長のエーリッヒ・ルドルファー大尉であった。

 「そこまでは解かりかねるが兵器としての無駄を省いた分、加速性と運動性能が人型より上だ。しかも時々物理的に動きがおかしい。どう操縦したらあんな動きができるんだ?」

 彼らが会話を交わしている短い間にゲルハルト・ディベン准尉、アレート・インメルマン准尉機が連続して戦闘不能にされてしまう。残りは副隊長機を含めて4機しか残されていない。

 「俺ら、遊ばれていませんかね?」

 ノヴォトニーが口に出してはいけないことをうっかり音声にして出してしまう。事実(かもしれない)であっても現状では早々決着を付けねばならないが、戦隊にはエーベンシュタイン機を攻略する決め手に欠けている。

 そこにリヒトフォーフェンから通信が入った。

 『俺に考えがある。お前たちにとっては不本意な結末になるかもしれないが今は非常事態だ。最後の機会になるかもしれない作戦を今から指示する』

 3名は作戦データを受け取ると、それぞれの役割に散った。エーベンシュタイン機の追尾をライル副隊長が行い、ルドルファーとノヴォトニーは姿を消した――

 ――消したかに思えたが、要所で突然現れてはエーベンシュタイン機に攻撃を仕掛け離脱するという事を幾度か繰り返す。

 (ほほう、誘導と私の意識を散らしにかかっているな? さて、どこに誘いこもうというのだ? 勝てる算段があるということか?)

 半分は好奇心が、もう半分ほど称賛が含まれていた。なぜならエーベンシュタインも感心するくらい3機の連携と誘導は巧妙であったのだ。しかも艦隊もその誘導に協力しているのか、艦艇の間隔が狭まって機体の進路を妨害している印象がある。これはさらに機動性能に制限を掛けるためだろう。

 (何かを仕掛ける準備というところだな。まさか体当たりなどという無駄な自殺行為ではないことを願いたいものだが、さて……)

 ――さて、彼らはどこまでプライドを捨て去ることができるのか?

 戦闘艇による宙戦は個人技の世界である。その事実は否定のしようがないが、強力な相手にはチームプレイも非常に重要だ。己の技量にこだわるパイロットにとって、そもそもチーム戦術というのは時に受け入れ難い屈辱になりえるが、それは相手に対して有利な状況にのみ該当するだけであり、その逆では全く別の価値観になる。

 戦争とは、いつの時代も膨大な物資と人命の損耗戦である。その損耗を抑えるのは何も艦隊戦だけではなく宙戦も同じだ。戦隊が同盟軍の「人型機動兵器」の脅威に立ち向かえたのは、ひとえに「パイロットのエゴ」に染まっていなかったからである。

 「戦争に必要なのは何を言おうと勝利だ。パイロットのエゴにこだわる事は常に自分自身と勝負に負けているのだ」

 1機でダメなら2機、2機でだめなら3機、戦隊でダメならそれ以上を利用してでも勝利を掴んで生き残れ!

 とエーベンシュタインは常に教えてきたのだ。

 (動きから見るにそのエゴを取り払った我が子らが何を仕掛けてくるのか、これは非常に楽しみではないか?)

 口元をほころばせたエーベンシュタインは機体を上昇させつつ右に旋回して戦艦群の荒波を縫うように駆けていく。いつ戦艦に衝突してもおかしくない高速機動の応酬が幾度となく繰り返された、その次に事態は急変した。

 さらに上昇しようとしたエーベンシュタイン機は、ルドルファーとノヴォトニー機に進路を妨害される形で機首を下方向に修正して加速したが、陰影と共にその正面に出現したのは、

 「雷撃艇か!」

 そのすれ違うわずかな時間に雷撃艇二隻が放ったレールガンは実に50発にもおよんだが、命中したのはわずか6発だけだった。

 しかし――

 「空間歪曲防御壁が消えたぞ!」

 後方を追尾していたライルと10時方向から襲撃してきたルドルファー機から乾坤一擲(けんこんいってき)のレールガンが斉射される。普通ならば全弾命中してもおかしくない。だが、被弾は黒いデルタ翼機の右上部一か所だけだった。

 「これでも墜とせないだと!?」

 ルドルファーが操作卓に怒りをぶつける。被弾したエーベンシュタイン機は左舷に旋回し、射線を避けるように巡航艦の底部へ潜り込もうとしたが、双方が計算違いをした事態が発生した。

 「あっ……」

 ノヴォトニーの乾いた声……

 エーベンシュタイン機をルドルファー機と同じように回り込んで攻撃しようと計っていたノヴォトニー機が相手の急な軌道変更と旋回によって真正面で鉢合わせしてしまったのだ。

 「衝突する!」

 ルドルファーは目を背けてしまったものの、ライルは全てを見届けた。誰もが衝突は避けられないと覚悟したがエーベンシュタイン機はおおよそ人間が操る兵器と物理法則からはありえない動きで衝突を回避したのだ。瞬時に機体を水平から天底方向に対して垂直方向にとり、機首をワルキューレの底部にこすりつつつも、すれ違いざまにそのまま今度は機首を天底方向にむけて飛び去ってしまったのだった。

 誰もが唖然としてしまった。何が起こったのか理解できない者もいた。この一連の宙戦をスクリーン越しに見守っていたある巡航艦クルーの呼びかけがなければライルたちはしばらく操縦桿を握ったまま虚空を飛翔していたに違いなかった。

「全員、気を引き締めろ!」

 空白の時間が過ぎ去ると同時に戦隊は慌ただしくエーベンシュタイン機の行方を追った。

 「どこだ、どこから攻撃してくる?」

 総旗艦ブリュンヒルトに警戒するよう通信を送り、合流したメルダース隊、H・ルドルファー隊と共に周辺を索敵したが、一向に襲撃してくる予兆も計器の反応もない。しばらくしてサポートに回っていたリヒトフォーフェンからの一報は「駆逐艦と巡航艦がエーベンシュタイン機と思われる黒いデルタ翼機が周辺宙域から離脱した」とする目撃情報だった。

 「離脱……だと?」

 戸惑うライルたちはそれでも周辺を警戒したが、10分、20分、40分経っても何も起こらなかった。そのうち彼らが激しい宙戦を繰り広げた宙域には静寂が訪れ、艦隊はガイエスブルグ要塞へと再び進軍した。

 ライルたちは唐突に終わりを告げた戦いに納得できず、帝国軍が貴族連合軍の残存兵力を蹴散らして要塞を完全に占拠するまで決して警戒を緩めようとはしなかった。









W
 決戦は最終局面を迎えつつあった。

 一方で、最大の危機を脱したものの、直後に最大の難問に直面したのは、戦艦<ヴィルヘルミナ>の艦橋人員たちだった。

 「え えい、今すぐ引き返せ! これは命令だ」

 艦橋は、フレーゲル男爵のヒステリックな怒声が充満していた。

 「何をしている! すぐに戦場に引き返すのだ。今すぐ引き返して刺し違えてでもあの生意気な金髪の孺子(こぞう)めを撃ち滅ぼし、 栄光に満ちた帝国貴族の滅びの美学を奴に見せつけてやるのだ」

 完全敗北を喫した状況で「孺子」とは現実逃避も甚だしい限りではある。シューマッハは、わめき続ける主君に対し、深いため息とともに哀れみに近い視線を向けた。

 「閣下、もはや引き返しても意味がありません。なぜなら勝敗は決したからです。あれを御覧なさい。もうガイエスブルグ要塞はローエングラム候の手に落ちています。しかも帝国軍は降伏以外の通信を受け付けておりません。今更引き返そうとも何の結果も生みはしない。滅びの美学など、あなたの自己満足でしかないのです。いい加減にしてください!」

 シューマッハに助け船をだしたのは、半分は懇願、半分はサポート役として乗艦を許可されていたランズベルク伯アルフレッドであった。

  「男爵、悔しいとは思うがシューマッハ大佐の言う通りだ。我々は負けたのだ。今は生きていることを大神オーディンに感謝し、生き延びて再起を図るのが賢明というものではないか?」

 返答は、より過激な反応だった。

 「この臆病者、帝国貴族の恥さらし、裏切者め! 妄想丸出しのヘボ詩人(・・・・)のくせに命を惜しんで逃げる気か!」

 絶句しながらもなだめようと言葉をふり絞ろうとしたランズベルク伯に、フレーゲル男爵の怒りの沸点が限界を超えてしまったようだった。

 「誇りある帝国貴族として私は死など恐れはしない! 貴族としての矜持のない貴様は先に死をもって償え!」 

 怒りに任せてブラスターを抜き放ったフレーゲル男爵の世界は、直後に血を吐き床にあお向けになって天井を見上げる強い痛覚に変わっていた。それも急激に弱まり、視界も意識もすぐに失われてしまっていた。

 「……手紙の通りになってしまったということか」

 シューマッハは、右手に構えたブラスターを床に置き、主君の瞼をそっと閉じた。彼の周りでは部下たちが事の顛末を見届けて同じように構えていたブラスターを静かに下ろしていた。

 「こんなことになるなら、睡眠剤でも打って眠らせておけばよかった……」

 悲しげにつぶやいたシューマッハの肩にランズベルク伯がそっと右手を乗せた。

 「けっして大佐のせいじゃない。フレーゲル男爵は現実を直視できなかったのだ。次があったとしても結果は同じになったことだろう」

 門閥貴族の一員でありながら、ランズベルク伯の言葉は意表を突いた現実的なものだった。それは、感情的にならなかった分だけ伯のほうが冷静に物事を見ることができたという事だろうか? それともエーベンシュタインの手紙の内容を本気で信じた結果なのだろうか?

 (創作と妄想は紙一重だが、どちらも考え抜くという一点については同じだからか?)

 それだけではない、とシューマッハ。この「ヘボ詩人」と言われた青年貴族は感性の強さからか、時々物事の核心を突くことがある。まことに残念なのは、それが日常的に発動しないことだろう。

 逆にシューマッハと言えば、エーベンシュタインの手紙の中身を全面的に信じていたわけではなかったが、「主君の死の予言」が現実化したことにより全く無視できるものではなくなったと考えを改める必要性を認めた。

 (この事といい、戦いの結末と言い、一体エーベンシュタイン上級大将とは何者だったのか?)

 「さて、これからどうする?」

 と声を掛けてきたのはランズベルク伯だった。我に返ったシューマッハは意志を固めたように立ち上がった。

 「どうするも何も、やはり今さらローエングラム候には従えません。この先に何があるにせよ戦いにうんざりしたのは事実です。小官はフェザーンに亡命しようと思います」

 すると、急にランズベルク伯の声が小さくなった。

 「いいのか? エーベンシュタイン閣下の手紙だと貴官と私はフェザーンの陰謀に巻き込まれると記してあったと思うが?」

 答えるシューマッハも声を潜めた。

 「よいのです。それが事実になるならば対処のしようがあります」

 「ふむ、確かに貴官の言う通り。私も……」

 ちょうど不安そうにしていたシューマッハの部下たちが話しかけてきたので、大佐は彼と行動を共にするという部下たちを連れ、艦首をフェザーンに向けた。
 


■■■

 しばらくして艦橋に戻ったシューマッハは、星空を眺めながら筆をとるランズベルク伯に話しかけた。

 「伯は先ほど何か言いかけていませんでしたか?」

 するとランズベルク伯は筆を止めてややはにかんだ。

 「なに、私は大佐とは逆を行ってみようと思うのだ。フェザーンの陰謀に巻き込まれないようにするなら、より確実なのはフェザーンに留まらなければいい」

 次の言葉がシューマッハの斜め上へと意表を突いた。

 「私は叛乱……いや、同盟に亡命しようと思う」

 シューマッハは、内心では口をあんぐりと開けたままになってしまったが、現実ではなんとか抑え込んで口に出してはこう言った。

 「……それもよいでしょう。我々が叛乱軍と言って敵対していた勢力の真実を見るのは伯にとってはよいかもしれません。それにこれまでの貴族としての時間を本にしたら売れるのではありませんか?」

 シューマッハとしては、ランズベルク伯を励ますために半分くらいは冗談のつもりだったのだが、「ヘボ詩人」の顔は「水を得た魚の如く」に近い変貌を遂げていたと言ってもよい。

 「やはり大佐もそう思うか? 叛乱……共和主義者たちは我々を敵だなどと反感と憎悪を抱いていると同時に大いに興味も持っていると聞いたことがある。私が帝国で過ごした華やかな社会の有様をきっと知りたいはず。うーん、同盟での道が開けた気がするぞ」

 「はぁ……」

 シューマッハとしては心配が2.5倍ほど増大しただけである。不覚な事に顔に出てしまっていたのか、それを察したランズべルク伯は憎みようのない愛嬌のある表情で「つてがある」と言った。

 「縁故(つて)……ですか?」

 「うむ……と呼べるかどうか怪しいが、実ははっきりとしているわけではないのだ。もし本当なら(・・・・・・)私だけでなく大佐にも力を貸してくれると思うぞ」

 とは言え、どこか浮世離れした創作家貴族にシューマッハは主のような門閥貴族とは違う好感を抱いていたので、大いに心配はあるものの、前向きなランズべルク伯の意志を尊重することにした。

 この時、ランズベルク伯は自身のもう一つの目的をシューマッハに明かさなかった。それは、ほんの一時だがごく一部の貴族たちの間に流れた「ある噂」に創作家としての興味を大いにそそられた事である。

 「ナデシコという戦艦は過去からやってきた」

 まさに興味と好奇心の湧かない創作家がいないという方が不思議だ、とランズベルク伯は思った。彼は貴族としては敗れたが、創作家としては生き残った。エーベンシュタインの記した手紙の内容を信じるのであれば、行くはずのなかった共和制の銀河を訪れて噂の真相を追うのも創作家としての冥利に尽きると考えたのだ。

 「大佐、まずはフェザーンまでだが道中よろしく頼む」

 「いえ、こちらこそ。お互いに最善の未来を歩みましょう」

 そう言ってお互いに握手を交わした二人だったが、彼らはフェザーンの陰謀よりもっと厄介な「過去と現在とそれ以外の交差」という渦中に巻き込まれていくのであった。







 X
 
 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは、メインスクリーンの前に直立したまま、ガイエスブルグ要塞に延びる敗北を象徴する人工的な光群を細い目で眺めていた。

 (結局……いや、やはりエーベンシュタインは陛下との約束を優先したという事だな)

 「情けないことだ」

 とぽつりと漏らし、直後にメルカッツは頭を振った。エーベンシュタインにとっては多少の紆余曲折はあったにせよ、彼のシナリオ通りに戦いは進んだのだろう。それは、これまでのいずれの会戦をも超えて烏合の衆と批評された門閥貴族たちを華やかに散らせたに違いなかった。

 その可能性にうすうす気づいていながら、エーベンシュタインの策にあえて乗ってはみたものの、彼が用意した好機を生かせなかった。「戦争の天才ローエングラム候を倒す」という武人としての甘美な誘惑をほんの短い時間だけ実現させたにすぎない。ジークフリード・キルヒアイスの艦隊を釣り上げたのは、好機を作る約束を果たし、そのお膳立てを提供したのだろう。

 それらを計算にいれてもメルカッツがローエングラム候に届かないことをエーベンシュタインは確信していたのか?

 いや、果たしてそうだろうか? ジークフリード・キルヒアイスの釣り上げに成功した直後は、ローエングラム候にとっての最大の危機だったはずだ。もし横やりを入れてきた艦隊が存在しなかったならばメルカッツらはこの世で最も華麗で天才的な軍人を葬っていたかもしれないのだ。

 その艦隊の参戦を考慮に入れていたとしたら、もはやエーベンシュタインの思考は神がかっていたとしか言いようがない。

 (本当に計算していたのか?)

 それが疑問であり、大きな違和感だった。

 ただ結論は一つだ。貴族連合軍は敗北したのだ。 もうガイエスブルグ要塞に戻ることはできず、今の選択は降伏か自殺かの二つしかない。

 (以前の私なら選択はかぎられたが……)

 メルカッツは、エーベンシュタインとの最後のやり取りを思いだしていた。

 「それを知りたければ、せいぜい長生きすることだな」

 それでも迷う。自分は40年近くゴールデンバウム王朝の軍人として仕えてきたのだ。体制の崩壊とともに命運を共にするのが最後の務めであると覚悟はしていたものだが……

 メルカッツは、半ば独語するように傍らの副官シュナイダー少佐に伝えた。

 「しばらく艦橋を頼む」
 
 


■■■

 副官シュナイダー少佐が最悪の事態を想定してメルカッツの自室に押し入ったとき、ゴールデンバウム王朝の宿将は少佐の予想を裏切って何か考え事をするように艦窓のむこうを見つめていた。

 「閣下!」

 声を掛けるとメルカッツは驚いたように細い目を忠実な副官に向けた。

 「どうしたシュナイダー少佐、ずいぶんな慌てようだな……いや、貴官には余計な心配をさせてしまったようだな」

 メルカッツはすぐに副官の気苦労を察したようだった。軽く笑みを浮かべて副官を落ち着かせようとする。シュナイダーとしては安堵しかなかったが、偽装のために用意したエネルギーパックは無駄――いや、使わずに済んだようだった。

 「閣下……」

 「いや、シュナイダー少佐、貴官の想像は半分は当たっていた。私は死ぬかどうか迷っていたのだ」

 それを聞いたとたん、シュナイダーは机の上に置かれていたブラスターを素早く手に取って中のエネルギーパックを抜いてしまう。もちろん、上官が心変わりをする可能性があったからだ。

 その上でシュナイダーはメルカッツを説得することにした。

 「半分、とおっしゃるからにはもう半分は生きる選択肢があるという事でよろしいのでしょうか?」

 シュナイダーの表情がいつになく真剣で必死になった。彼の説得の方向性によってはメルカッツは「死」を選択してしまう可能性があるためだ。なんとしても「生きる」という選択を決意してもらうしかない。

 「しかしシュナイダー少佐、私に生きろと言うが何をもって生きればよいのか? いまさらローエングラム候の体制に頭を下げても新しい帝国に生きる場所などありはしない。私は武人としての恥を知っている。それでも貴官は私に生きろと言うのか?」

 ここが正念場だとシュナイダーは気を引きしめる。

 「お言葉ですが、ローエングラム候はまだ全宇宙を支配下に置いたわけではありません。銀河の反対側には別の体制が存在し、なお帝国との戦いを継続しております。閣下が捲土重来を計るには自由惑星同盟しかございません。それに……」

 「それに?」

 「はい。それに閣下が迷われたのはあの時のエーベンシュタイン上級大将のお言葉があったからではありませんか?」

 まったくその通りなのでメルカッツは苦笑いしかできない。副官の推察と観察眼も相当なものだ。

 「でしたら答は明確です。閣下はその疑問を追ってみればよいではありませんか? いえ、追うべきです」

 しかし、とメルカッツが疑問視したのは別のことだった。

 「私は自由惑星同盟を叛乱軍と呼んで長い間戦ってきた。彼らにとっては仇敵だ。そんな私を果たして自由惑星同盟は受け入れてくれるだろうか?」

 シュナイダーとしては、活路が開けたと考えただろう。

 「ヤン・ウェンリー提督を頼りましょう。いささか風変りと聞きますが、とても物腰も柔らかく寛大な人物と聞き及んであります。しかも彼の配下にはエーベンシュタイン閣下となんらかの繋がりがある第14艦隊司令官と戦艦ナデシコがおります。もともとがもともとです。頼ってダメなら小官もヴァルハラにお供いたします」

 何を馬鹿なっ! と声を荒げて若く将来有望な副官の決意をしかったメルカッツだったが、頑固に意志を曲げない部下に折れ、自由惑星同盟への亡命を決意した。

 (ふう、一時はどうなるかとヒヤヒヤしたが……)

 シュナイダーの肩の力が抜けた直後に通信が入った。メルカッツが応答すると若い通信士官が小型の立体スクリーンに映る。彼がメルカッツの姿を目にした瞬間に安堵したように感じたのは、おそらくシュナイダーの気のせいではないだろう。

 「どうした? なにか緊急の事態か?」

 『はい。実はファーレンハイト提督より緊急の通信が閣下宛てに入っております』

 「ファーレンハイトから?」

 お互いの健闘を祈る、と出撃直前に最後の別れの挨拶を交わしておいての通信である。気恥ずかしさが多少はあるものの、これも生き残っているからこそ、むこうもわざわざ通信を求めているのだ。断る理由がなかた。

 「繋いでくれ」

 通信士官の短い応答の直後、瞬時に画面が切り替わると、敬礼した貴公子然とした青年提督の姿が映った。

 『……メルカッツ提督』

 多少の間があったのは、おそらく映像の背景から艦橋ではないことを訝しんだためだろう。彼はすぐに表情を正した。

 『メルカッツ提督、単刀直入に申し上げるが、これからどうなさるおつもりですか?』

 メルカッツの決意は固まっていた。迷うことなく答える。

 「私は自由惑星同盟に亡命する道を選んだ」

 メルカッツとしては僚友が見送ってくれると思っていたのだが……

 『では、小官もお供いたします』

 完全に意表を突かれてしまった。

 二度目の「馬鹿な!」で声を荒げたメルカッツが今度はファーレンハイトを説得しにかかった。

 「卿はまだ30代と少し。用兵家として最も伸びしろのある年齢だ。卿の才覚と人望はかのローエングラム候も強く欲していよう。きっと時がくれば重く用いてくれるはずだ。わざわざ敗軍の将たるゴールデンバウム王朝の老いぼれに従う理由などありはしないはずだ」

 そもそもファーレンハイトは食うためとはいえ、軍部内での立身出世も目的だったはず。ローエングラム候に負けないくらい貧乏貴族の一人として生まれ育った彼にとってどんな職業よりも軍人として戦功を積み重ねることで出世の早い道を選んだのはそのためではなかったのか?

 『確かに小官も少し前までは悩んでおりました。現在の地位も名誉も捨て去ることができるのかと』

 「ならば自明の理だ。卿はこのままローエングラム候に降伏し、卿の望む道に進むことだ。ローエングラム候は全力を尽くした相手には相応の敬意を払うだろう」

 ファーレンハイトは首を縦に振らなかった。

 『小官にもメルカッツ提督と同じ心境の変化というものがあったのです。エーベンシュタイン閣下の作戦に協力しなければ、あるいは潔く降伏したかもしれません。ですがそうはせずにいささか派手に暴れてしまいました。小官も武人としての恥を知っています。今さら旗の色をローエングラム色に変える気はありません』

 この時、ファーレンハイトは最も重要な本心を隠していたと言ってもよい。彼がその本心をメルカッツに打ち明けるのは、まだかなり先のことである。

 『メルカッツ提督、時間がありません。小官も同行することをお許しいただきたい』

 メルカッツが沈黙している時間はごくわずかだった。彼はあきらめたように言った。

 「わかった。卿の意志を尊重しよう。我々が亡命するのは自由意志の国、自由惑星同盟だからな」

 『ありがとうございます』

 「だが、保証は何もないぞ」

 『承知しております』

 ファーレンハイトの真っすぐすぎる返答に、宿将メルカッツは素直に降参したのだった。
 
 







Y

 その宙域で機関を停止させたエーベンシュタインは疑似IFSの機能も切ると、衝撃で少し亀裂の入ったメインパネルから銀河の輝きをじっと見つめた。

 (素晴らしい……なんのしがらみもなく宇宙をじっくりと眺めたのはずいぶん久しぶりだな)

 ガイエスブルグ要塞の戦闘宙域からはすでに遠く外れ、人工的な光群は一切見えていなかった。数十億、いや数千億にもおよぶ星々の織りなす漆黒と光の彩色が最期を迎える一人の軍人に安らかな時間を与えていた。

 エーベンシュタインは戦隊との戦いから抜け出した。いや、正確には限界が訪れたのだ。そのまま撃墜されてやろうか? とも考えたのだが、「不肖の子らを悔しがらせてやりたい」というへそ曲がりな気持ちも芽生え、潔く撃墜されることを軌道修正したのだった。

 (しかし、我ながら陛下の無茶なご遺言によく応えたものだな。もう一度やり直せ、と言われても全力で辞退申し上げるところだ)

 シートにもたれかかったエーベンシュタインは、直後に吐血した。吐き出された血液の量を見て苦笑する。

 (この真っ赤な血液の中にナノマシンが存在するなどと、あの時の幼い私には何のことだかよくわからなかったものだが……)

 彼を生かしたのはナノマシンであり、彼を蝕んだのもナノマシンであった。いや、後者は自業自得の結果によるものだろう。おとなしくしていれば、出撃前にかつての友人に指摘されたように「記録者」として一生を終えることもできたはずだから。

 いや、そうではない、そうではないのだ。本来ならばヘルマン・フォン・エーベンシュタインは10歳までの余命を宣告されて亡くなっていた……のだから?

 そうならなかったのは、8歳のヘルマン少年が出会った黒衣の男のおかげだった。不完全なナノマシンを体内に抱えたまま、脆弱な日々をかろうじて過ごしてきた少年の時間軸を変えたのはその黒衣の男だった。

 少年はその黒衣の男との約束を守り、宣告された寿命の6倍近くも生命を全うすることができたのだ。

 (一時期、道を踏み外してしまったのは痛恨の極みと言うか、あの人にはとても言えないな……)

 静かに回想する彼の耳元に警報音がけたたましく鳴った。それは恒星アルテナの引力に捕まったことを示していたが、「やれやれ」とばかりにエーベンシュタインは素っ気なく警報スイッチを切った。彼は再びシートに深くもたれかかり、しばらくは銀河の瞬きを瞳に映していたが、いつの間にかそっと目は閉じられていた。

 (寿命が先か、恒星に焼かれるのが先か……)

 自身が犯した数々を考えれば後者が然るべきだったかもしれない。だが時に死神は気まぐれを起こすのか、闇の深い任務を全うした男にあの時とは違った形での「安らかな死」に執行のサインをしたようだった。

 (ありがたいことだな……)

 そう感謝してからエーベンシュタインの鼓動は徐々に小さくなっていった。帝国軍への強制入隊、荒れた日々、メルカッツとの出会い、兄たちの死と伯爵家の継承、皇帝フリードリヒ四世との友情、宙戦部隊戦闘艇総監の就任、疑似IFSの研究、ラインハルト・フォン・ローエングラムの登場と同盟軍による帝国領への侵攻、帝国の内乱への参加、誰も知らない勝利、そして手塩にかけて育ててきた戦隊との激闘……

 エーベンシュタインの脳裏を数々の映像が走馬灯のように駆け抜けていく。最後に彼の記憶の草原を駆け抜けたのは、やはりあの時に出会った厳しくも優しい黒衣の男の姿だった。

 (戦艦ナデシコ……きっとあなたも存在(いる)のでしょう……テンカワ・アキト……)

 フォン・エーベンシュタインの最期を知る者は誰も存在しない。風変りな門閥貴族としてその特筆すべき能力と知略を駆使し、天才ローエングラム候ラインハルト率いる帝国軍に予想以上の出血を強いた一人の軍人は、自身が秘める多くの謎を抱えたまま、その痕跡一つ残さずにアルテナの恒星へと消えた。




 ――宇宙歴797年、帝国歴488年7月22日――

 門閥貴族連合軍の本拠地たるガイエスブルグ要塞は陥落し、ここに3ケ月余りにわたって続いた内戦は集結する。それはラインハルトが予想したよりも早く、そして多くの犠牲を払っての勝利であった。

 しかし、エーベンシュタイン最後の一手は、凱歌を奏でる帝国軍を恐怖のどん底に叩き落とすのだった。
 
 


 第20章に続く。
 

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 みなさん、19章後編(其の二)でした。
今回は短時間で投稿できました。たぶん、今回のほうが情報量は多いはず。

 さすがに19章の最終話を数か月後? に引っ張るわけにもいかなかったので、(其の一)と並行して書き進めた甲斐がありました。この後の話も同じように短く投稿できればよいのですが、どうにも時間が……
あと、表現になやんだ箇所がいくつか。うん、Fさんの添削に期待しようw

 19章は終わり、次回からは20章です。帝国側の単独での回は、あと1話です。同盟ではユリカたちがどっぷり関わっているので、最低でも2話は必要な感じです(汗 あまり細かく書きすぎないよう、同盟側も多少は端折って書きたい。また、

 「第20章で第2部は完結」

 みたいなことを言ってた気がしますが、21章に延びそうです。同盟を20章で2話、帝国を1話書いて、21章で最終って感じでしょうか? 


 平成が終わり、5月1日からは「令和」となるわけですが、さて「令和元年」はどんな銀英伝年になるでしょうか?



 2019年4月13日―― 涼 ――

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