―――人間は天使でもなければ、獣でもない。しかし不幸なことは、人間は天使のように行動しようと欲しながら、獣のように行動する。
それは何故か、考えてみた。結論は悪意だ。
他者の物を奪いたい、自分より上の存在が妬ましい、他人を見下したい、誰かを犯したい、ほぼ全ての人間が潜在的に持つ"悪意"。これこそが獣のような行動、即ち"悪魔"であり争いの元凶なのではないだろうか。ならば、この世に恒久的平和をもたらす手段とはその悪魔を打ち倒す事なのだろう。






 中華連邦、某所。
 ギアス嚮団と呼ばれる組織の本拠地。
 それは唐突に起こった。

「嚮主V.V.! 侵入者が包囲網を突破しました」

「……どこでこの場所を掴んだか知らないけど、一人でここまで来るなんてね。
出来れば生きたまま捕まえたいけど」

「嚮主V.V.。しかし相手は重火器で武装した警備兵を一人で突破するほどの強者。
生け捕りは厳しいかと」

「ふーん。まあいいや。
じゃあ、あの子達を向かわせて。
それなら生け捕りも簡単でしょ。
幾ら万夫不当の豪傑だとしても、王の力の前では平伏す事しか出来ないよ」

「分かりました」

 事実、V.V.は余裕であった。これでKMF部隊にでも強襲を掛けられたならば慌てただろうが、侵入者は人間一人。嚮団内にいるギアス能力者達を使えば簡単に撃退できる。
 しかし、その余裕を粉々にするように、信者の一人が悲痛な叫びを上げた。

「大変です嚮主様!
ギアスユーザー達が…………何者かに全滅されてるそうです……」

「なにっ、それは――――――」

 瞬間、V.V.の居た部屋の壁が爆発した。どうやら何らかの爆薬を使用したらしい。煙の中から一つの人影が姿を現した。

「君は、だれ?」

「………………」

 人影はその質問には答えなかった。






―――わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、富士山周辺に行政特区日本の設立を、宣言致します。
エリア11副総督ユーフェミアが、全世界に向けて宣言した言葉である。
なんでも特区日本ではイレヴンは日本人という名を取り戻し、ブリタニア人の特権も存在しないと。
今までの差別主義に塗り固まったブリタニアとしては異例の政策ではあるが、これもユーフェミアの性格が故かもしれない。
それにタイミング自体も悪くなかった。
中華連邦が旧日本官房長官である澤崎敦を旗頭に進攻してきて、それが早々にコーネリア率いるブリタニア軍によって鎮圧されてから、エリア11におけるテロ活動は下火となっているし、現在のところ最も巨大な反体制組織である"黒の騎士団"もその『弱者保護』の主張が災いして特区日本には反抗しずらい。
ようするに、この政策が実現すれば黒の騎士団はその存在意義を根こそぎ奪われ自然消滅する可能性もあるのだ。
ただ、これもユーフェミアがユーフェミアである故であろうか。
特区宣言におけるもう一つのポイントは、はっきり言って余りにも荒唐無稽かつ、余りにも突飛なことであった。

「フジにブリタニア人とイレヴンが平等に暮らせる街を作る。それ自体は腹立たしくはあるが、父上と兄上がお決めになったことであり、確かに私がとやかく口を挟む筋合いのものではない」

 執務室の椅子に座り、普段は決して最愛の妹に掛ける事のない低い声を浴びせているコーネリアに、流石に蒼白になるユーフェミア、そしてコーネリア程ではないが、険しい顔で起立しているギルフォード、ダールトン、レナードがいた。

「百歩譲って、お前が私に一言の相談もなしに兄上と事を進め、あまつさえ私の許可も無く、私が統治するエリア11の民に向かって、特区の設立を宣言したことも置いておくとしよう。
だが、最後のあれは何だ、ユフィ。
ゼロの罪を免じ特区に参加させるだと? 正気で言ってるのか」

 そうそれが、コーネリアが最も激怒している事であった。
 あの場で確かにユーフェミアは宣言した、してしまったのである。特区に参加すればゼロの罪を許すと。そんな事は此処にいるコーネリアも、部下や戦友達を黒の騎士団によって失ってきたダールトンやギルフォード、レナードも認められない事だ。
 そして何より、幾ら皇族で副総督であってもユーフェミアの権限でゼロの罪を許すなど出来る筈が無い。コーネリアでさえ不可能だ。出来るとしたらそれこそ皇帝くらいだろう。

「今の日本人の方々を動かすのに、私だけでは力が足りません。ゼロの協力は必要不可欠です。
それに特区は元々、ブリタニアと日本が手を取り合っていく為に建設するもの。
だからこそ、これまでの遺恨は捨てて……」

「詭弁を申すなっ!!」

 コーネリアの怒声が執務室に響き渡る。その迫力、歴戦の勇者であるダールトンですら底冷えする程のものであった。だがユーフェミアも流石にブリタニア皇帝の血を継ぐ者。気圧されながらも目を背ける事だけはしない。

「姫様」

「両名とも控えよ。私は副総督と話をしている!」

 激情は留まる事を知らない。
 ダールトンの気遣いすら意味をなさなかった。

「よいか、ユフィ。
ゼロは犯罪者であり殺人者だ。あの男のせいで、一体ブリタニアの血がどれほど流されたと思ってる。
その罪をお前の勝手な判断で許すだと? 増長も甚だしい。私は総督としてお前にそんな権限を与えた覚えはない!!」

「流された血というなら、それは嘗てブリタニアが日本に対して行ったことも同じ筈です。いえ、お姉様。その量と質においては、寧ろ日本のほうが上でしょう。だから私は……」

「ユーフェミア殿下、それは」

 レナードがそれ以上を言う事を止めようとする。
 だがそれより先に。

「ユーフェミア・リ・ブリタニアッ!」

 コーネリアが強く机を叩いた。

「お前は日本人か。それともブリタニア人か」

「勿論、ブリタニア人です、お姉様」

 レナードは内心で一安心した。これでユーフェミアが人種なんて関係ありません、などと言ったら最悪国家反逆罪と受け取られても可笑しくない発言をするところであった。
 なにせユーフェミアは皇族であり副総督。当然ながら皇帝のため、ひいてはブリタニアの国益の為に働く事が義務付けられている。そのユーフェミアがブリタニアの為ではなく、日本人の為に働いているような事を言うのは、非常に危険な事なのである。

「分かっているようだな。
そして、今のお前はエリア11の副総督であり、当然のことながら、ブリタニアの国宝を守らねばならぬ立場にある」

「…………」

「法は国家の寄る辺。これを公職にあるものが自ら捻じ曲げ、いかにして国を保てるというのだっ。
ゼロよりも軽い罪でありながら、法によって裁かれた者など幾らでもいる。
お前はそういった者達に対して、何の面目があって見えるつもりかっ!」

「私は法を捻じ曲げてなどいません!
私を侮辱なされるおつもりですか、お姉様。
法の大事さくらい知っています!」

「だが現にゼロの罪だけを許す違法を行おうとしている!」

「ええ。ですから、皇籍奉還特権を使うつもりです」

 静寂が場を支配した。当然それは事態を収めるものではなく、ゼロを許す事よりも重大なことをユーフェミアが言ったからであった。
 
「…………いま、なんと言った」

 コーネリアが信じられないような、そして怒りを抑えきれないような声色を搾り出した。ユーフェミアのほうは、自分の発言を後悔したのか今まで逸らす事の無かった視線を逸らしている。

「本国に皇籍奉還特権の使用を申請するつもりです」

 それは特権というよりは、刑罰に近いものであった。
 元々ブリタニアにおいて皇位継承権を持つ皇族を死刑や終身禁固にするような法律は存在しない。だが、建国以来、死刑に値する罪を犯さなかった皇族がいない訳ではなかった。そんな者に対してこの特権を"強制的"に使用させ、その者の身分を皇族ではない市井の人間に落とす。それで償いとするわけだ。
 勿論、それでも民主的な考えでは不公平には違いないが、今まで皇族として人の上に立つのが当たり前だった者が、突然なんの権力もない平民に落とされるのだ。なら、これは十分重い罰といえるのだろう。
そして特権を使い平民となった者が再び罪を犯せば、その時は普通の平民と同じように裁かれる。
 ちなみに、八年前に日本に人質として送られてルルーシュとナナリーは、出国前に皇位継承権を剥奪されている。

「それは……自らが犯した罪を償うために皇族が使用する権利のはずだ。
ゼロの罪はゼロのものであって、お前の物ではない、ユフィ」

「違います、お姉様。
特権の使用が自分の罪にだけ用いられるのは単なる慣習です。
正式の国法にはそんな記述はありません。法典にはこう書かれているだけ。一切の皇族特権を放棄することによって、特定の罪過を免責することを認めると」

「時として、慣習が至上の価値を持つ事もある……」

「別の人間に対して使用された例も過去にはあるんです。
例えば、自分の配偶者や騎士が犯した罪を償わなければならないような時に」

 随分とこの特権のことに詳しい。恐らくは事前にこの特権が使われた前例について調べていたのだろう。という事は同時に、ゼロを許す為にこの特権を使う事は計画してあったということ。決して突発的な発想などではない。
 しかし、だからといって。

「……お前はゼロの罪を償う為に、自分の全てを投げ出すというのか。
たかが一テロリストに過ぎないあの男の為に、ブリタニアの皇女であるお前が何もかも捨てるというのか」

 その通り。そもそもゼロはユーフェミアにとっても異母兄の敵の筈だ。そんな男の為に、自分自身の特権の全てを放棄するなど正気の沙汰ではない。
 正直言って、レナードにはユーフェミアが狂ってしまったのかと思ったほどであった。

「必要だと思ったから決意しました。
それにこの特権は元々、私自身には無用のものです。
もし仮に、私がこの先罪を犯したとしても、それを私は皇族としてではなく、一人のブリタニア人として償いたい。そう思っています」

「もうよい。下がれ」

「お姉様……」

「聞こえなかったのか。下がれと命じている、ユーフェミア副総督」

 ユーフェミアの顔に辛そうな色が浮かんだ。しかしそれも一瞬のことで、礼に従いユーフェミアが踵を返した。執務室を扉に向かって歩き始める。
 扉の前で一度だけ、ユーフェミアは足を止めた。

「お姉様。これがお姉様にとっても大切な人たちを助ける事が出来るたった一つの方法なんです」

「…………」

「理由はまだ言えません。
でも、いつか必ずお話します。だから――――お願い。どうか分かって、お姉様」
 
 ユーフェミアが退室する。 
 コーネリアにはユーフェミアの言った事が理解出来なかった。


「――――ダールトン」

「は」

 唐突な呼びかけにもダールトンは動揺せずに応じた。

「お前の幕僚長としての職務を一時停止する。
暫くユフィの側につけ。
現在のエリア11の情勢を思えば、あれや本国から派遣される文官の力だけでは、特区計画の遂行は難しい。兄上には私から話を通しておくゆえ、ユフィを補佐してやってくれ」

「…………。よろしいのですか?」

「本国が決定したことに、たかが殖民エリア総督がいまさら異議申し立てをしても始まらん。
既に公式に発表してしまったことでもあるしな。だが――――」

 コーネリアの首が上に上がった。その眼光は些かの衰えも無かった。

「ギルフォード」

「はっ」

「本国の宰相府および枢密院と連絡をとれ。好みではないが、この際はやむをえぬ。ユフィから皇籍奉還特権の使用が申請されるようなら、可能な限り受理を遅らせよ。根回しだ。どんな手を使っても構わん。申請など認めさせるな」

 今まで黙って事態を伺っていたレナードが口を開いた。

「ならば殿下。私のほうから父上と姉上、ファランクス特務総監などに掛け合ってみます」

「頼む。特にベアトリスはこの手のことの専門家だ。
彼女の助力を得られれば、心強い。絶対に」

 声が震えた。

「特権など使わせてたまるものか」



 レナードは疲れたように、自らに与えられた執務室を出た。
 姉のノネットと父にはわりと簡単に協力を取り付けられたが、ベアトリスに頼む際に難局した。誠心誠意、あの手この手で説得し、どうにか協力を取り付けた。
 明日には、コーネリアから頼まれたユーフェミアの説得をしなければならない。
 なんだか最近、忙しくて気が抜けない日々が続くな、とレナードは心の中で愚痴った。

「准将!」

 廊下から聞き知った主任の声がきこえてきた。振り向くと普段は決して見せることのない焦った表情で走ってくる主任の姿。

「どうした、そんな血相を変えて」

「それが……皇帝陛下から―――――――」

 主任からの報告を聞いたレナードは、血相を変えて走り出した。
 慌てて執務室へと戻り通信を繋ぐ。画面に浮かび上がる威厳のある尊顔。
 レナード・エニアグラムの主君たる皇帝シャルル・ジ・ブリタニアその人である。

「ナイトオブツー、唯今参上しました」

『うむ、久しいな我が騎士レナードよ』

「して何用でしょうか?
まさか、副総督の行政特区のことで」

『いいや、違う。なに、そう畏まる必要などない。
お主にとっても吉報だ』

 吉報?
 はて、どのような事だろうか。
 特に覚えは無ない。
 もしかしたら、内密で進められいた事なのかもしれない。

「吉報とは、どのような?」

 取り敢えず、お叱りの言葉ではないようだ。それに一安心して続きを促した。
 
『アッシュフォード学園』

「!」

『そこに通っているそうだな』

「……はい。見識を広める一環として」

――――――――――――ドクンッ。
 鼓動が早まる。しかしそんな筈はない。あの事が誰にもばれない様に常に最大限の警戒はしてきた。それがエリア11内で地位につくコーネリアやユーフェミアならまだしも、遠く離れた場所にいる皇帝に知られるなど。

『奇遇なことよ。"吉報"というのも、そのアッシュフォードで見付かったのだ』

「!!!!」

 心臓の鼓動が更に加速する。まさか、という思いが強くなる。冗談だと、間違いだと信じたい。
 しかしアッシュフォードで皇帝が注目するほどの事といえば、思い当たる節は一つだけ。

『日本侵攻の際に死んだと聞かされておったルルーシュ、そしてナナリーが見付かった』

「…………ッ!」

 無意識のうちに目がカッと開く。
 そして皇帝は何もかもを見透かすような視線でレナードを貫き言った。

『我が騎士、レナード。
勅命である。ルルーシュとナナリーを確保し、我が下に連れてくるのだ』



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