―――暗殺者は世界の歴史を変えなかった。
確かに暗殺が世界を変える事はないかもしれない。
だが千里の道も一歩からとは言った物で、暗殺が戦術的勝利を齎し、それが積み重なって戦略的な勝利を得る事もある。






 ブリタニア軍基地から最新鋭機を強奪するという、困難極まりないミッションを成功し見事に帰還した男、デュークはEU軍基地の食堂で黙々と食料を口に運んでいた。
 心なしか普段より目が険しい。
 思い返されるのは、前回の戦闘でのことだ。後一歩、そうあと一歩のところで敵討ちをし損ねた。
 自分は間違いなくレナード・エニアグラムの首筋に剣を当てていた筈である。しかしほんの僅かな差でレナードはどこからかやって来た新型機に搭乗し、敗北した。
 
 情けない。あの新型の時はまだしも、最初はレナードはグロースターに乗っていたのだ。対して自分はグロースターを遥かに超える機体であるガヘリス。普通なら難なく倒せる相手の筈だった。だが結果はグロースターにやられたダメージでガヘリスの動きが鈍り、あの黒い新型に破れすごすご退散……。情けなさ過ぎて涙すら出ない。
 
 リスクを犯してまで強化人間となったのはなんの為だ! レナード・エニアグラムを超える力量を身に着け、奴のラウンズとしてのプライドを滅茶苦茶に踏みにじって殺す事ではないのか。

「………………!!」

 知らず知らずの内に手に力が入っていた。
 持っていたスプーンがねじ曲がる。

 食堂内で自分の周りにいる者は誰もいなかった。
 苛立った雰囲気を察知してなのかもしれないが、恐らくは自分が強化人間だからだろう。
 EU軍内においても強化人間というのは不気味がられる傾向がある。薬物や機械で体を弄くり強化する。そんなことは専制国家であるブリタニアや中華連邦でも疎遠されるような技術だ。
 一応、表向きは"平等"を謳うEUの人間からしたら、そんなことは目を背けたくなるような事だろう。
 実際、基地内で自分に好意の視線を向ける者など皆無だ。大抵は恐れ、或いは哀れみの視線が殆ど。友好の視線を向けるものは誰もいない。友好とは少し違うが好意的な目を向けるのは自分を強化した技術者連中だ。そいつらにしても、自分が期待以上の性能を発揮出来なければ、浮かび上がるのは嫌悪だけ。

 しかし、そんな事はどうでもいい。
 元々社交的とはいえないタイプだし、どうせ復讐の為だけに生きながらえている人生。部隊内の連中と仲良くなっても仕方ない。そんな事をするくらいなら、ガヘリスのシミュレーターでもやった方がましだ。現状、あれを扱いきれるパイロットは自分だけなので、下ろされることはまずないだろう。データも取り終え本国に送ったというし、正真証明あれは自分の専用機だ。

 そんな時だった。鳴り響く轟音。
 その少し後に基地内に耳を劈くようなアラーム音が響き渡ったのは。

「何事だ!」

 明らかに只事じゃない。
 もしかしたら敵の奇襲か。

「おい! なにがあった?」

「知らねぇよ! 兎に角スクランブルだってよ!」

 一般パイロットはピシャリと言うと、廊下を走っていった。
 こうしてはいられない。俺もガヘリスの下へ向かわなければ。

 格納庫には最初見た時と変わらない純白の機体があった。
 搭乗し、通信を入れる。状況を把握する為だ。

 しかし司令部に繋ごうとしても全く繋がる気配がない。
 兎に角、出撃しよう。スクランブルだ。
 
 格納庫から出ると、漸くあの混乱の理由が理解できた。
 燃えている、司令部のあるタワーが。恐らくはハドロン砲で攻撃されたのだろう。司令部のあった場所は原型を留めないほどに破壊され尽くしていた。

 しかし惨劇はこれだけでは終わらない。狙撃はまだ続いていた。
 どこからか発射されているハドロン砲が、基地の重要施設を的確に破壊していく。
 司令部を始めとして食糧貯蔵庫、野戦病院、通信管制室、KMFや戦車のある格納庫。と、そうやって冷静に状況判断している場合じゃなかった。今度はガヘリスにハドロン砲が迫る。ブレイズルミナスで防ぎきれるかは分からないので、機体を急降下させ避ける。代償は背後にある格納庫だった。あそこにいた整備兵達は皆即死だろう。

「一体何処だ……何処に居る、レナード・エニアグラム!」

 隠れてないで姿を現せ。俺が今直ぐ貴様を殺してやる!
 しかし奴は決して姿を晒さない。ハドロン砲が発射される方向から、方角が分かっても距離が分からない。場所を正確に特定するレーダーすら何の反応も見せてはくれない。機体の全身を覆い隠すほどの技術力の詰まった機体だ。レーダーを無効化するステルスなどあっても可笑しくはない、か。

『お、おい! なんだよ、あれ……』

『そんな。戦艦が飛んでる……?
あれがブリタニア軍のアースガルズってやつかよ』

 他の兵士の声がスピーカーから漏れる。
 上空に浮かぶアースガルズ。そこからフロートを装備したKMFが発進した。

「負けか……」

 主観的に見ても客観的にみても、こちらの敗北は歴然だった。
 司令部は破壊され指揮系統は曖昧、おまけに格納庫が破壊されナイトメアや戦車の一割が使用不可。
 しかも依然としてEU軍には目に見えない狙撃手の恐怖が圧し掛かる。最低の士気で最低の指揮系統、他にも重要施設の多くが破壊された事で、万が一の確率で奇跡が起こりブリタニア軍を撤退させたとしても、ここまで一方的に破壊された基地を立て直すのは並大抵の労力じゃない。

 ああ、考えてみれば自分は運が良かった。
 殆ど最前線には姿を現さず、背後から敵を狙う狙撃手と二度連続真っ向から戦えるなんていうチャンスは滅多にないのだ。そしてその二度のチャンスを自分は棒に振った。

 なんという屈辱……!
 復讐したくても、復讐すべき相手は遠く離れた位置から一方的に攻撃を仕掛けてくるだけで、手が出せない。

「ふざけるな! 人を散々馬鹿にして……。
ここへ来て俺と戦え、レナードォォォオォオォォォオォォッォオォォォっっっ!!」

 無論、狙撃手は返事代わりにハドロン砲を放った。

 


 
「随分とえげつない戦いだったな」

 自分の部屋に戻ったルルーシュを迎えたのは、ベッドの上でピザをパクつくC.C.だった。
 アースガルズの食堂のメニューからピザをなくそうか。と思いもしたが、もしそれをやるとC.C.が更に暴走する可能性もある。止めておいたほうが無難だろう。

「……お前はもう少し言葉を選ぶ事は出来ないのか」

「選んだぞ。そして私は"えげつない"というのが最も適当だと判断した」

「ふんっ。まあ今回は当たらずとも遠からずか」

 今回の戦闘でルルーシュはナリタでのような奇策らしい奇策は一切使わなかった。
 使う必要がなかったとも言えるだろう。
 一見するとこちらの戦力は戦艦一隻、純粋な数でいうならEUが圧倒していたといっていい。
 しかし数は兎も角、質においては圧倒していた。
 現在EUの主力KMFはパンツァー・フンメルという機動力においてサザーランドより遥かに劣る、中華連邦のガンルゥに近い機体だ。
 対してこちらは、レナードのマーリン、ギアスユーザーの第七世代KMFであるGX01シリーズ、キューエルとヴィレッタのサザーランド・エア。そして一般兵士のサザーランドが九機。
 
正直、真っ向勝負しても負ける気がしないだけの戦力だ。だが、損害が少なくてこしたことはない。より完璧な形での勝利を得る為に、マーリンの真の力を発揮させた。

 TASによるステルス性と圧倒的な狙撃能力を持つ機体であるマーリンが、30km離れた位置から敵司令部を始めとする重要施設を狙撃する。そして混乱に乗じてアースガルズが基地に攻撃を仕掛ける。

……作戦はこれだけだ。
 この単純であるが故に防ぎにくい作戦は見事成功し、EU軍は撤退。将校の一人を捕虜にした事で重用機密を吐かせる事も出来た。その情報の一つが"ガヘリスのデータは既に本国に渡った"というもの。つまりガヘリスを奪還したとしても、もはや意味はそれほどない。ブリタニアに最新鋭機が一機戻るだけだ。今後は奪還より破壊を念頭において作戦行動を行うべきだろう。

「だが、あいつが味方で良かったよ。
俺がゼロであった時に、レナードがあの機体に乗っていたら今頃は――――――」

「死んでいたか?」

「そうだ」

 レナードから貰った豆を使いコーヒーを入れる。立ち昇るどくどくの香り。
 砂糖を入れてかき混ぜ、口に含むと甘味と苦味を絶妙にブレンドした味が広がった。
 
「ゼロといえば、日本はどうなってるんだ?」

「日本か。そうだな、これを見ろ」

 ルルーシュがパソコンの画面をC.C.に向ける。
 そこには意味の分からない数字がズラっと並んでいた。

「なんだこれは?」

「現在の合衆国日本での、予算の振分けや犯罪発生率、それ等を含めた治安などを表したものだ」

「……犯罪発生率が他の国よりも少し多いな。治安も悪い」

「そこだ。問題は」

「問題?」

「犯罪発生率が他国より"少し"多い。これが一番の問題なんだよ、C.C.」

 コーヒーカップをテーブルに置く。

「いいか、C.C.
古今東西、革命というものは権力者への不満が大きくなったタイミングで行うものだ。
例えば俺が当初行政特区に対して用意していた計画は『特区に来たゼロを、特区の発案者であるユーフェミアが銃撃し、その後ゼロが奇跡の復活を遂げる』というものだ」

「ほぉ、そんな悪巧みを考えていたのか」

「今となっては無駄となったがな。
……つまりユーフェミアがゼロを撃つという事実で日本人のブリタニアに対する怒りを燃え上がらせる。そしてそのタイミングで、奇跡の復活を遂げたゼロが独立宣言を行う……実に自然な流れだろう。
しかし、あの偽者はその全くの逆をやっている」

 正体不明のゼロはよりにもよって"弱者保護"の側面を持つ特区式典で独立宣言を出してしまった。
 つまり普通ならゼロは革命の初っ端から躓いた事になる。だが、そうはならなかった。
 ゼロ率いる黒の騎士団は電撃的にトウキョウ租界を急襲。見事に政庁を陥落させた。

 それでも、結果はどうであれゼロの行為はこれまでの"弱者保護"の目的からすると非難されてしかるべきものである。黒の騎士団が行政特区を攻撃するという行為事態が、強者の弱者に対する虐げなのではないかと思われても仕方がない。

「だが、ある意味これはこれで利点がある」

「利点だと? さっき言っていた事とあべこべだぞ。
特区式典での独立宣言は独立戦争での躓きじゃないのか?」

「無論だ。独立戦争においては確かに躓きだ。だがC.C.
独立の指導者にとって最も厄介なのは独立戦争じゃあない。独立した後だ。
戦争後の熱気に毒された民衆を宥め、ブリタニアに対する怒りに燃える心情を宥める。それが出来なければ指導者に待っているのは、表舞台からの脱落だ。
フランス革命を紐解けば分かるだろう? 
平等という名の希望と理想に縋り王政以上の混乱を齎した」

 しかし、とルルーシュは一旦言葉を切る。

「今回はそうじゃあない。
合衆国日本のブリタニアからの独立……日本人にとっては訳の分からない内に祖国が独立してしまっていたようなものだ。いや、事実そうだろう。ついでに言えば独立直前に行政特区という飴をブリタニアに与えられていたから、民衆のブリタニアに対する怒りも最低限で済む」

 事実、日本人によるブリタニア人に対する虐殺は一部の過激派が行っただけで、一般民衆は加わっていない。寧ろ止めようとした程だ。その過激派にしても臨時行政府を設立しその長となったゼロにより罰が下されている。

――――ちなみに、この世界のルルーシュは知る由もないことだが、本来の歴史においては"行政特区での虐殺"から発生した独立戦争により、一般民衆の怒りは爆発し、多くのブリタニア人が日本人によって惨殺された。

「そして、このグラフがその成果だ。今の合衆国日本は、独立直後にしては異常なほどに安定している。
これは特区でのことだけじゃないな。どうやら、あの偽者……政治も出来るらしい。
ついでに日本に再侵攻してきたブリタニア軍の悉くを追い払っている。シュナイゼルがオーストラリアでの交渉で急遽総司令でなくなったにしても、天下のブリタニア軍が情けないものだ」

「ほう、それで偽者のゼロに対してお前はどうするんだ。
まさか自分が本物です、とでも言って名乗り出るか?」

「馬鹿な。仮にあれは偽者だと叫んでも、日本独立という奇跡を成し遂げた時点で、信じる者は誰もいないだろう。
ついでに言えば、今のところゼロに対して何らかのアクションをするつもりはない。精々、泳がせておいて利用してやるさ。…………と、そんな事より本当にあのゼロに対して心当たりはないのか」

 ルルーシュは既にC.C.からギアス嚮団の壊滅については聞いていた。
 彼からそれを促したわけじゃない。なにを思ったのか知らないが突然C.C.が言ってきたのだ。中華連邦にある嚮団が何者かに襲撃されて壊滅した、と。そしてその際、V.V.という嚮団の長であり皇帝シャルルにギアスを与えた張本人が、コードを奪われ死亡したということも。

「ない。何度も言わせるな。
強いて言うならV.V.からコードを奪った奴が能力を与えた人物だな。
だが、その程度はお前にも察しがついているだろう」

「……一先ずは信じておこう。しかし、となると――――――――」

 ルルーシュも一応は"ゼロとなりうる人物"を自分なりに探してみた。
 日本人は勿論、中華連邦やEU、はてはブリタニアの貴族まで。
 しかし結果はどれもが白。全く見当がつかない。
 分かるのは精々、黒の騎士団のメンバーの誰かではないということくらいだ。藤堂なら軍事的な事は出来るかもしれないが、彼は軍人であり政治には疎い。カレンはパイロットとして優秀でも指揮官としてはぎりぎりの及第点という程度。政治は表向きシュタットフェルトの令嬢で学校での成績もよかったから、多少の理解があるとしても一国を率いるような器ではない。玉城は論外。ディートハルトならもしかしたらとも思ったが、あの男を日本人主体で構成された黒の騎士団担ぎ上げようとする筈がない。大体ディートハルトは情報関係は兎も角、軍事については素人だ。

「色々と準備を始めたほうがいいな。
事態は、思ったよりも動いている」



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