―――ナイトオブワン。
帝国最強の十二騎士ナイトオブラウンズの中にあって、尚も最強を冠する称号。
通常ラウンズ内は全員が同列。しかし例外なのがナイトオブワン。
ナイトオブワンとは即ち帝国最強の騎士。ナイトオブワンの敗北はブリタニアの敗北。
ラウンズの戦場に敗北はない。
しかしナイトオブワンの戦場に敗北は許されない。








 アースガルズのブリッジ。
 レナードはパイロット達に出撃を命じていた。

「俺のマーリンを準備しろっ!」

 レナードが通信機に向かってそう怒鳴る。
 しかし返ってきたのは

『申し訳ありません、中将。
唯今、装備を外して点検の真っ最中でして』

「どれ程掛かる?」

『速くて一時間半』

 舌打ちしたいのを堪える。
 主任が一時間半と言った以上、どんな事があろうと絶対に一時間半以下にはならない。
 そして通信妨害が保つのは一時間。マーリンは間に合わない。

「仕方ない。全機出撃させろ!」

「イエス、マイ・ロード!」

 マーリンがないならないで仕方ない。
 幸いラウンズは自分一人じゃない。
 ルキアーノ、モニカ、アーニャ、それにスザクだっている。
 どんな相手だろうと、艦隊の一つや二つ物の数ではない。

「そんな……あれは!」

 そんな時であった。
 アースガルズのオペレーターであるセシルが驚愕の声を発したのは。

「何事だっ!?」

「それが……」

 セシルの目は敵浮遊航空艦より出撃した一機のKMFに釘付けになっていた。
 殺人者のような顔、そして深紅の胴体。黒の騎士団のエース機である紅蓮だ。
 ただその背中にあるのは、見知った飛翔滑走翼ではなかった。

「まさか……」

「はい。先日報告したエナジーウィングです。
恐らく本国にあった研究データを引用したものかと」

「…………まだ、未完成のシステムじゃなかったのか?」

「うん。そうだよ。
だけど、あっちにはラクシャータがいるからね〜。
本国に残った研究データと、ラクシャータの才覚があれば」

 ロイドが言った。

「それで、エナジーウィングを装備したKMFの性能は。
報告書だけでは分からん。簡潔に説明しろ」

「そうだね。言ってしまえば……モンスター」

「モンスター?」

「うん、そうだよ。
少なくとも今の戦場なら、それこそ一機で戦局を引っくり返せる程の機体ポテンシャルがある。
乗ってるパイロットの…………カレンちゃんだったっけ? その子、パイロットとしてならスザクくんレベルのパーツだから」

「つまり今の紅蓮は」

「ラウンズでも分が悪い、かもしれないね〜」

 レナードは暫し考え、そして通信を入れた。
 相手はモルドレッド、アーニャ・アールストレイム。

「アーニャ」

『なに?』

 短くアーニャが用件を聞いてきた。
 それに対して短く一言。

「閃光、だ」

 瞬間、アーニャの瞳に紅い光が宿る。
 人格がアーニャからマリアンヌへと移ったのだ。

『ふーん、それ程切羽詰った状況なの?』

「はい、切り札を隠しておける状況ではなくなったようです。
援護にスザクを着けるので、貴女には紅蓮の抑えをお願いしたいのですが?」

『そう。まぁいいけど……。
久し振りの実戦だから鈍ってたらどうしようかしらー』

「貴女なら大丈夫ですよ。私が保証します」

『あら、ご自慢の口説き文句? 既婚の女に向かって』

「生憎と私の守備範囲には未亡人も含まれてますよ。
とはいっても、貴女を口説くほど私も豪胆じゃありません」

『残念ね。これでも体はピチピチなんだけどねー』

「期待していますよ」

 通信を切る。
 海面に浮上したアースガルズは敵艦隊へ向き直り、そこからKMFが発進していった。
 敵の浮遊航空艦は五。数では五対一であるが、通常ならアースガルズの敵ではない。
 しかしもし紅蓮がロイドの言う通りの性能だとしたら。

「紅蓮はモルドレッドとランスロットで相手しろ。
他は敵浮遊航空艦を落とせ」

 さてと、ルルーシュがいない今、自分がアースガルズの総指揮を担わなければならない。
 精々、期待に応えることにしよう。



 アースガルズから飛び出したランスロットは、レナードからの命令通り紅蓮へと向かった。
 それにモルドレッドに騎乗するアーニャが続く。

『うぉおおおおっ! 来たな枢木スザク!
テメエはこのゼロの親友! 黒の騎士団の大幹部である玉城真一郎様がっ!』

「邪魔だ」

 無防備に突っ込んできた暁にMVSを一閃。
 暁が爆煙をあげて落下していった。

『またかよおォぉおぉおおおおおおおおおおおおお!』

 気を取り直して紅蓮を見る。
 紅蓮は前に見た時と造形が変わっていた。
 背中には飛翔滑走翼ではなく、代わりに紅い羽がある。
 あれがエナジーウィング。ロイドによるとランスロットの後継機であるランスロット・アルビオンに使う筈だったものだそうだが……。

『ここで会ったが百年目ね、スザクッ!』

「やはり……カレンかっ!」

 どうやら機体が変わってもパイロットは変わらなかったらしい。
 スザクはカレンの叫びに応じてMVSを抜いて。

『待ちなさい。白い守護騎士くん』

「しゅ、守護?」

 アーニャによって止められた。
 白い守護騎士、というのは、もしかしなくても自分の事だろう。

『そう。猪突猛進は流行らないわよ。
幾らランスロットといっても、あの紅蓮のスペック相手じゃジリ貧』

「そんなに…………凄いんですか?」

『ええ。その性能は第八世代を通り越した第九世代。
サザーランドとランスロットくらい性能が離れてるわよ。
…………まぁ、そんな訳だから』

 モルドレッドが小型ミサイルを紅蓮へと発射する。
 紅蓮を囲むように飛ぶミサイルは紅蓮を閉じ込めた。

『こんなもの!』

 ただ、それはやはり紅蓮の性能を舐めすぎた行動であった。
 輻射波動でミサイルを全てなぎ払うと、そのままモルドレッドへと猛進してくる。

「不味い!」

 すかさずランスロットがハドロン砲を発射。
 
『紅蓮聖天八極式を甘く見るなッ!』

「そんな!」

 スザクが驚く。
 無理はない。なにせモルドレッドのシュタルクハドロンには劣るとはいえ、かなりの破壊力を持つハドロン砲が、紅蓮の右手から発せられた輻射波動によって止められたのだから。

「……ハドロン砲すら無効化するだなんて」

 なんという性能だ。
 こんな化物染みたKMFを、黒の騎士団は開発したというのか。
 スザクは余りにも途方も無い紅蓮の性能に、畏怖することしか出来なかった。



 紅蓮の性能に驚愕していたのは、なにも戦っているスザクだけじゃなかった。
 ブリッジで指揮を執る者達。特に技術者であるセシルやロイドは、その性能差が他の誰よりも分かっていた。なにせエナジーウィングを開発したのは、彼等なのだから。

「ロイド! あのエナジーウィングに何か弱点は!」

 レナードが藁をも掴む勢いで聞く。

「弱点といえば、機動力が高すぎてパイロットにも結構な負担が掛かっちゃう上に、性能がかな〜り難しくなっちゃうことなんだけど。
あの紅蓮のパイロット、完全に乗りこなしちゃってるね〜」

「つまり弱点らしい弱点はない、そういうことか?」

「残念だけど」

「そうか」

 直ぐに思考を切り替えた。
 前にブリテン奇襲作戦で退却する際に使用した作戦は使えない。
 あれは雷という自然の力を武器とする為のもので、途方もない威力を持つが、反面それを使用する為には天候が悪化しなければならない。
 そして今日の天候は晴れ。雲一つない青空だ。

「…………そうだ」

 レナードが主任へと通信を繋ぐ。

『なんでしょうか、中将。
マーリンは未だ動かせませんが』

「なぁ。確かヴィンセント・ウォードが一機残っていたな」

『はい。パイロットが不足して余ったのが』

「動かせるか?」

『はい。念の為エナジーは入れてあります』

「なら急ぎ準備しておけ」

『………イエス、マイ・ロード』

 レナードがブリッジから出て行こうとする。
 しかしそれをセシルが呼び止めた。
 
「中将! まさかヴィンセント・ウォードで出撃なされるつもりですか!?」

「そうだが、何か問題があるのか?」

「い、いえ。だけどそれで紅蓮の相手を」

「するつもりだ」

 しれっと、悪びれもせず言った。
 セシルが思わず絶句する。

「無茶です! 量産型で紅蓮に挑むだなんて」

「右腕がなくなれば左腕を使えばいい。両腕が無ければ足で蹴り殺せばいい。四肢がないなら、敵の喉笛を噛み切ればいい。
どんなコンディションでも一流の結果を出すのがプロフェッショナルだ」

 そう言うとレナードはブリッジから出て行く。

「待って下さい! 此処の指揮は誰に?」

「忘れたのか? アースガルズの本当の指揮官は俺じゃない」

「はっ? だけど陛下は……」

 レナードは薄く笑うと、そのまま格納庫へと走っていった。




 戦闘が始まっていた。
 防音対策がされていたとしても、艦が揺れれば当然その中にある部屋も揺れる。
 だが、それがどうした。
 もう俺に戦う理由なんてない。
 
「………ルルーシュ」

「――――――――――」

 ナナリーの為のゼロ。
 ナナリーの為の皇子。
 ナナリーの為の皇帝。

 それが、生きる理由を失った。
 ならばもう、俺には……。
 
 その時だ。
 手に何かが触れた。
 この肌触り、そして形。

 ゆっくりと目を開く。
 手の中にあったのは…………折鶴だ。

――――――――この鶴をね。千羽折ると、願いが叶うんですって。

 願いなんて叶わない。
 俺が願ったことは。
 もういいさ。全てがどうでも、

――――――――ナナリーは何を願うんだい?

 もう俺には生きている事も無い。
 そうだ死ねば……死んでしまえば、ナナリーと同じ場所へと。







―――――――――――優しい世界で、ありますように






「そう、だったな」

 こんな時にも、忘れていた。
 最期の時、ナナリーは笑っていたんじゃないか。
 世界が優しくなる事を信じて、願って。

 ならば、俺は……。

「ありがとう、ナナリー」

 折鶴を置く。
 どうやら、まだ終われないようだ。

 ナナリーが眠る世界を、こんな世界にはしたくない。
 だからせめて、優しい世界を。

 さて、そろそろ立ち上がらないと。
 皆が戦っている。




 ヴィンセント・ウォードが空へと飛び出す。
 掛かるGはマーリンよりも下。嘗て騎乗していたグロースターと同じ程度。
 目指す先は紅蓮。

「さて、やるか」

 紅蓮を引き付ける為にアサルトライフルを発射する。
 当然そんなものが紅蓮へと当たる筈もなく、防がれた。

「久し振りだな、カレンッ!」

『レナード! まさか、そんな機体で』

「そんな機体だと?
量産機舐めるな専用機!」

 不思議と、意識がはっきりしていた。
 紅蓮が辿る軌道が、分かる。

 そう、紅蓮はこちらに向かってミサイルを発射した後、そのまま機動力を活かして急降下。
 幾らラウンズといえど、ミサイルの爆煙で一瞬視界が封じられ、普通なら紅蓮が突如として消失したように見えるだろう。
 そして紅蓮は背後に回って、右手の輻射波動を使いヴィンセント・ウォードを破壊する。
 で、あれば。
 
 放たれたミサイルを迎撃する。
 だが焦らずに紅蓮が辿る軌道に先回りして発砲。
 数瞬後、本当にそこを通った紅蓮にアサルトライフルの銃弾が命中、と思ったが右腕で防がれた。
 怯んだ隙にヴィンセント・ウォードを紅蓮へと突進させる。

『そんな無謀な突撃がっ!』

「無謀じゃない」

 通常は機体の限界を超えるスペックを出さない為に設定されているリミッターを外す。
 確かにカレンの言う通り、無謀かもしれない。
 ヴィンセント・ウォードと紅蓮の間には途方も無い性能の壁がある。
 故にレナードの敗北は必至。覆せぬ運命だ。


 だが。
 それを覆してこそのナイトオブワン。

「うおぉおぉぉぉぉぉおぉおおおおおおおっ!」

 紅蓮の攻撃を掻い潜り、組み付く。
 そしてレバーを引いてヴィンセント・ウォードを手動で脱出させる。
 パイロットがいなくなったヴィンセント・ウォード、だがそれでも最後に与えられた命令を実行するために、紅蓮からは離れない。
 
『くっ、これは……!』

 時間が来る。
 レナードが事前にセットしておいた通り、ヴィンセントは爆発した。嘗てビスマルクがゼロに対して行ったものと殆ど同じ、本来エナジーとして使用されるサクラダイトのエネルギーを全て爆発に回しての特攻。違うのは、ただ搭乗者が脱出したか否かのみ。
 ヴィンセント・ウォードに組み付かれていた紅蓮は、離脱することが敵わず爆発に巻き込まれる。

「今だ!」

『イエス、マイ・ロード!』

 レナードが命じる。
 モルドレッド、ランスロットが一斉にハドロン砲を放った。
 そしてヴィンセント・ウォードのコックピットを援護に入ったパーシヴァルが受け止める。

「助かった」

『なぁに、いいってことだ。今度、奢れよ』

「ああ、特大ステーキをくれてやる」

 爆煙の中から傷ついた紅蓮が現れる。
 しかし無事とはいかなかったようで、エナジーウィングの出力が落ちているのが、映像越しにも分かった。それだけじゃない。どうやら相手にとっても紅蓮は切り札のような存在だったようで、紅蓮がやられた敵は混乱し、動きが衰えている。
 無理は無い。アースガルズは敵からしたら恐ろしすぎる敵だ。紅蓮なしでは六隻程度の戦艦と搭載KMFで勝てる相手じゃないのだ。

 敵が浮き足立っている時、アースガルズから主砲ハドロン砲が発射された。
 モルドレッドのシュタルクハドロンを上回る圧倒的な破壊力は、敵の浮遊航空艦三隻を飲み込むと、そのまま撃沈させた。

『総員に告げる!』

 戦場にルルーシュの声が響いた。
 どうやら復活したらしい。

『敵軍は混乱している今が好機だ!
ルートγを使って撤退、退却する!』

 それが合図となって次々に、アースガルズ所属のKMFが血路を開いていく。
 敵側も紅蓮が甚大なダメージを受けた今、勝負は難しいと考えたのか抵抗は薄い。
 そして包囲網と突破すると、アースガルズは最大千速で離脱していった。




「ルルーシュ」

 帰還したレナードを待っていたのはルルーシュだった。
 やや怒った様子でルルーシュは言った。

「何故ヴィンセント・ウォードで出撃した?
紅蓮の性能を考えれば、余りにも無謀な行動だろう」

「紅蓮の紅月カレンは、誇張抜きにしてもラウンズクラスの力量を持つパイロットです。
しかし幾ら能力があっても、あれはパイロットとして正規の訓練を受けてはいません。
故に量産型で戦いを挑み、油断を誘いました。
軍人の教育を受けていないテロリスト程、敵を侮りやすいものですから」

「そうか。だが無理はするなよ。
今、お前と言う大事な戦力を失う訳にはいかないからな」

「………………」

 どうやら、多少無理をしている所はあるが調子を取り戻せたようだ。
 それでこそルルーシュだ。
 この反骨精神に満ち溢れる男は、叩かれれば叩かれるほど反逆してくる。
 昔から、そうだった。

「そうだ、確か責任をとる。そう言っていたな」

「はい」

「お望み通り責任をとらせてやる」

 座して待つ。
 最悪の場合、死罪も覚悟していた。
 だがルルーシュの罰は意外なものだった。

「お前は俺の騎士となれ。
先代皇帝シャルルのではない。
このルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士として、俺に忠誠を捧げろ。
これが俺がお前へ対する(ギアス)だ」

「…………それが、陛下の御意志ならば」

 静かに頭を垂れる。
 嘗て、帝都ペンドラゴンの謁見の間でシャルルに対してやったように。
 主従の誓いは、静かに行われた。


 戦闘が終わり、十時間ほど。
 アーニャは一人、アースガルズ艦内のレナードの部屋へと向かっていた。
 普段の彼女を知る人間からしたら、驚愕するほど積極的な行動であるが、当然彼女は別にレナードに夜這いを掛けにきた訳じゃない。
 
 先の戦闘中。
 レナードからの通信が入ってから戦闘が終わるまでの記憶がない。
 気付けば戦闘は終わっていて、自分はモルドレッドのコックピットから降りていた。

 もしかしたら。
 この所々欠けている記憶。
 原因をレナードは知っているのかもしれない。
 
(…………問い詰める)

 アーニャはそう思い、レナードの部屋の扉をノックする。
 しかし反応がない。

「?」

 首を傾げ、もう一度ノックする。
 それでも反応がない。もしかしたら留守なのかもしれない。アーニャが立ち去ろうとすると、部屋の中から呻き声のようなものが聞こえてきた。
 もしかしたら何か突発的な病かもしれない、そう考えたアーニャは返事を待たずに扉を開き中へと入った。だが想像と違い、中に入って先ず目に付いたのは、床に転がった酒瓶。そして叩き壊されたと思われる家具類であった。

「……ん、アーニャか」

 広い部屋の奥。
 破壊されず残っていたテーブルに突っ伏しているレナードはいた。頬を赤く染めて。どうやら酔っているらしい。

「レナード?」

「部屋に入る時はノックしてから。常識だろう?」

「した。でも返事がなかった」

「……それは、失敬。
あー、どうやら、少しだけ眠っちまったらしいな。
お詫びついでに飲んでくか? 上物が揃ってるぜ」

「アルコールはプライベートでは駄目。十五歳だから」

「真面目だねぇ。
じゃあ、コーヒーでも入れるか。
俺の作る料理やらは、何故だか知らないが不評ばっかだが、コーヒーのブレンドはかなり好評なんだ」

「紅茶は?」

「紅茶? ありゃ駄目だ。
あんな濁った汚水。舌の腐った英国人共くらいだよ、飲むのは」

「………………」

 どうやらレナードは紅茶が嫌いらしい。
 ただ、レナードが自慢するブレンドというのにも興味があったので、大人しく待つ。
 暫くしてレナードが湯気のたったカップをテーブルへと置いた。
 少しだけ香りを愉しんでから、口に含む。

「どうだ?」

「中々」

「それはよかった」

 言うとレナードが酒瓶を一気に飲み干した。
 あの銘柄は確か結構な度数があったと思うが、大丈夫なのだろうか。
 
「さて、それでアーニャ。
何しに来たんだ? まさかコーヒー飲みにきたって訳でもないだろう」

 そうだ。
 早くレナードに記憶のことを尋ねないと。
 アーニャはレナードにそれを聞こうとして、

「悲しんでるの。皇女殿下のこと」

 気付けば、そんな事を口にしていた。
 レナードは目を見開いた後、深く溜息をついて言った。

「泣ける時は、思いっきり泣かなければ後悔する。
昔、ある人にそう言われたよ。だけど、そうやって泣く事も、出来ないからな」

 ナイトオブワンは帝国最強。
 故に誰よりも弱みを見せてはいけない。
 ナイトオブワンが弱気になれば、それは下の者にまで伝播してしまう。
 だから、たぶんレナードはこうやって一人部屋に閉じこもって、酒に溺れているのだろう。
 そうしないと自分を保てないから。

「だけど……大丈夫だ。
悲しいけど…………時間が忘れさせてくれる。
それに、どんなに悩んでも行動する事だけは止めないのが俺だ。
悲しんでる暇なんて、ない」

「レナードって不器用?」

「器用さ。不器用だったら、こうやって酒に溺れる事すら出来ない」

 アーニャはレナードに手を伸ばす。
 手がレナードの頬に触れる。

「ナナリーが言ってた。人の体温は涙に効くって」

 レナードは振り払わなかった。
 振り払えなかった。

「情けない。帝国最強の騎士が、女に慰められるとはな」

「確かにそう。でも、まだ十八歳」

「そういえば、そうだったな。
だけど、お前だって十五歳だろう」

「そう。だから泣いた。
レナードも、泣いたほうがいい」

「………………ああ、そうだな」



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.