アスランはイージスに乗り込むとOSを立ち上げた。
 連合からの強奪機であるイージスだったがここ最近ずっとイージスに乗って戦い続けた成果か、今ではジン以上に手に馴染むようになっている。

『ヤキンの悪魔か。低レベルなナチュラル共の中でお山の大将を気取っている男、少しは楽しませてほしいものだな』

『グゥレイト。悪魔さん倒せば俺達も一躍有名人のエースだぜ。やる気出るね。ストライクのこともあるけどさ』

 同じように強奪したガンダム、デュエルとバスターに乗るイザークとディアッカが軽口を言いあう。
 不味い兆候だ。イザークとディアッカはハンス・ミュラーという男を舐めすぎている。二人は高い能力をもつコーディネーターで、パイロットとしての実力もザフトにあってエース級の技量だ。
 だからこそだろう。二人には露骨にナチュラルを見下し軽視する傾向がある。相手が普通のナチュラルならそれでいいだろうが、ハンス・ミュラーをただのナチュラルと同じ枠組みに当て嵌めていい存在でないことは直接相手したアスランが身に染みて理解していた。
 僅かな油断すらが命を奪う致命的な隙となりうる。アスランとてもしも同じ性能の機体で戦っていたら今頃生きていなかった。

(二人は良い顔をしないだろうが)

 共に戦う間柄だが一つ下のニコルや同室だったラスティとは違い、イザークとディアッカは友人というより戦果を競い合うライバルといった関係に近い。
 だが大切な戦友だ。イザークが自分をどう思っているかは知らないが、アスランはイザークやディアッカが嫌いではなかった。だからこそ顰蹙を買うことを理解しながらもアスランは忠告する。

「イザーク、ディアッカ。……ヤキンの悪魔は強い。油断はするなよ」

『ふんっ。随分と弱気なものだなアスラン。ニコルの臆病さが移ったのか?』

『イザーク!』

 ブリッツのニコルが通信に入ってくる。
 温和な彼らしくもなく多少の怒りがその言葉には籠っていた。

『なんだよニコル。臆病者って言われて怒ったのか?』

 茶化すようにディアッカが言う。

『僕のことは構いません。だけどそんな言い方はないでしょう。アスランは二人を心配して』

『余計な御世話だ。俺とて伊達に赤を着ているわけじゃない。ストライクを討てなかった雪辱、悪魔の首級をとることで晴らすだけだ』

『けれどヤキンの悪魔はあのクルーゼ隊長でさえ落とせなかった相手ですよ。敵将はあの智将ハルバートンでストライクもいます。決して油断していい相手では』

『……………』

 クルーゼの話を持ち出すと流石のイザークも少しだけ大人しくなった。
 ここにいる誰もが自分達の隊長である仮面のクルーゼの実力を知っている。ストライクに撃たれたエース『黄昏の魔弾』ことミゲルも相当の腕前のパイロットだったが、仮面のクルーゼは更にその上をいく。
 ミステリアスな仮面などからプラントでそこまで人気があるわけではないが、ザフトのパイロットとしてラウ・ル・クルーゼは畏敬の念をもたずにはいられない存在だ。
 そのクルーゼが落とせなかった相手だという事実。それがイザークに自制を促す。

『運が悪かっただけだ。でなければクルーゼ隊長がナチュラルなどに』

 反論するイザークだが前よりも力がない。
 これで少しは油断せず戦ってくれればいいのだが。実際イザークは強い。ガンダムの機体性能だって相当なものだ。油断さえしなければそう安々とはやられはしないだろう。

『イージス、発進お願いします』

 オペレーターの合図が通信に入る。アスランはイージスの両足をやや折って、

「アスラン・ザラ。イージス、出る!」

 イージスが出撃した。これで二度目となる『ヤキンの悪魔』との戦い。
 心臓が鼓動を早める。戦闘狂でもあるまいし強敵との戦いに武者震いしている訳ではない。ただラクスがあの第八艦隊の艦のどれかにいて、それを『ヤキンの悪魔』が守っているというのならば負ける訳にはいかない。
 キラの乗るストライクと戦うのに比べれば余程素直に戦える相手だ。
 
「……悪魔は、どこだ」

 こちらにレールキャノンを撃って来たメビウスを素早くビームで撃ち落としたアスランはレーダーや目視でハンス・ミュラーを探す。
 敵は密集陣形をとっている。亀のように固い防御を多数のMAが覆い、それを更に少数精鋭のMSが守る陣形だ。
 今は一パイロットのアスランとて士官教育は受けている。戦術についてもそれなりの心得はあった。

「連合がそういう陣形ということは、ヤキンの悪魔はあそこか!」

 自分ならばハンス・ミュラーを配置するであろう場所にイージスを移動させる。
 艦砲射撃やメビウスの射撃がイージスを狙ってくることもあるが、そんな見え見えの攻撃など恐くもない。雑魚に構わずハンス・ミュラーを探すと漸く見つけた。
 宇宙の闇に溶け込む黒い塗装と存在を誇張する赤いフレーム部分。ミュラーのカスタム・ジンだ。

「そこかッ!」

 カスタム・ジンにビームライフルを連射する。するとミュラーの方もこちらに気付いたようだ。ビームを巧みに躱すとガトリング砲で応戦してきた。
 しかし機動性ならイージスの方が上。アスランはバーニアを吹かせるとビームライフルで攻撃する。
 アスランはそのまま通信をカスタム・ジンに入れた。

「聞こえるかジンのパイロット……ハンス・ミュラーだな?」

『イージスのパイロットか!?』

 思ったよりも威圧感のない若い声だった。
 しかし敵パイロットはアスランがいきなり通信を入れて来た事に驚いてきた様子である。

「質問しているのはこちらだ。ハンス・ミュラーだな!」

『だったら、どうだって言う』

「ラクスは本当に第八艦隊にいるのか!」

『っ!』

 単刀直入に攻撃の勢いにのせて言う。ミュラーのジンの動きが僅かに怯んだような気がした。

『…………どうやらもう掴んでいるようだな。ああいる』

 ミュラーはあっさりとラクスが第八艦隊にいることを明かす。
 これでアスラン・ザラの戦う理由はより確固たるものとなった。

「ならば彼女の乗るユニウスセブンの慰問船団を襲い彼女の身柄を拘束したのか! それが連合のやることか!」

『生憎だが誤解がある。連合軍が慰問船団を攻撃したというのは否定できないが、それは第八艦隊がやったのでもアークエンジェルがやったのでもない。こちらの一部の馬鹿な連中が慰問船団を襲い、脱出したラクス嬢を人道的立場から救助した。そういう経緯だよ』

「人道的見地だって。嘘を言うな! だったら今すぐ彼女を返還しろ!」

『私としてもそうしたいところだが、上はそれを許してくれなくてね。悪いとは思うよ。だが給料をもらって戦争している身の上としては上層部の命令に逆らうこともできない』

 そう言いつつミュラーは攻撃の手を緩めない。
 ただミュラーも後ろめたさは感じているのかやや動きに以前のようなキレがなかった。

「最後に聞く。彼女はどこにいる?」

『さあ、どこだろうね。旗艦メテラオスかブリッジマンかアークエンジェルか。もしかしたら護衛艦のどこかしらかもしれないね』

「そうか。なら一つづつ航行不能にして調べ尽くすだけだ!」

 アスランの中でなにかが弾けた。頭脳がより早く回転する。イージスのシステムが齎すあらゆるデータを高速処理する。
 視界までもがどこか拡大した気がした。ミュラーのカスタム・ジンの動きが今までよりもスローに見える。

『動きが変わった!?』

「討たせて貰うぞ悪魔!」

 他の敵になどまるでいないように無視して、アスランはミュラーのジンと戦う。
 ストライクのことも今は気にしないようにした。



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