ハンス・ミュラーはエースパイロットである。本人がどれだけ自分が英雄ではないと強調しようと、周囲が彼をエースと見て英雄と崇めるのであれば『ハンス・ミュラー』という人格は関係なくミュラーは英雄なのだ。
 アークエンジェルが乗せてきた民間人などは連合屈指の英雄が自分達を守ってくれていると思い安心感を抱いていることだろう。それは民間人だけでなく兵士達にもそういった雰囲気はある。
 だがハルバートンは彼等ほど楽観的に物事を考えてなどいない。
 開戦前よりMSの性能に気付き、それの実戦配備を叫んだ先見性の高いハルバートンは一人のエースパイロットがいれば勝てると思うほど馬鹿ではなかった。
 どれだけミュラーが優れたパイロットだとしても所詮はパイロット。或いは小規模な開戦であれば彼一人で十分に戦局を引っ繰り返せるかもしれないが、相手がザフト屈指のエリート部隊であるクルーゼ隊ではそれもままなるまい。

「左翼艦がやや左に展開し続けている。より密に固まれ。あまり離れすぎるなよ。……各個撃破される」

「了解」

「それとMS部隊及びMA部隊は左翼艦を援護し敵を近づけさせるな。敵に囲まれば一転して窮地に陥る」

 ハルバートンは戦局を俯瞰しながらも的確な指示を出していく。
 こういった風にまともにザフトと戦術を競い合えるのもMSあってこそだ。MAばかりではこうもいかない。どれだけ戦術を凝らそうとMSの性能によりゴリ押しで簡単に引っ繰り返される。
 しかしこちらにもある程度の数のMSがあり、それら一機一機がエース級の実力者ばかりだということ。それとMA部隊との連携もあり第八艦隊はザフトと真っ当に戦うという成果を勝ち取っていた。
 MSの実用性と必要性とをこの戦いを通してハルバートンは再認識する。

(上層部が下らん政治ゲームなどをしなければ、もっと早くに動けたものを)

 兵士の命より自分達の地位と金が大事な上層部のニタリ顔を想像しハルバートンは眉をひそめた。が、今は実戦中。直ぐに表情を元に戻すと再び指示を出していく。
 ハルバートンの指揮とMS部隊の活躍で互角以上に戦っている第八艦隊だが、ハルバートンが怠けていたら一気に戦局が引っ繰りかえってしまう。
 艦船やMA含めた数ならば第八艦隊が遥かに上だが、MSという兵器の数ならザフト側の方が上なのだ。

(しかしやるものだ。ラウ・ル・クルーゼといったか。世界樹で獅子奮迅の活躍をしたエースとは聞き及んでいたが指揮官としたの才覚も高い)

 やはりザフトでも白服に選ばれるような人間というのは一味違う。
 クルーゼはハルバートンがやって欲しくないことを的確につく嫌らしい戦い方をしてくる。お陰でおちおち一息つくこともできない。

「全艦、後退せよ。その際ありったけのミサイルを敵にぶちまけてやることを忘れるな」

「はっ! 全艦、ミサイル発射の後に後退!」

 ザフトがこちらの嫌がることをするというのならば、こちらも同じことをやるだけだ。
 このままじりじりと後退しつつ連合の勢力圏内に引きずり込んでしまう。ザフトはそれを苦々しく感じるだろうが、第八艦隊のどこかにラクス・クラインがいるともなればそう簡単に戦艦を攻撃することはできないだろう。

(敵国の要人の娘とはいえ民間人を盾とするとはな。智将ハルバートン……過ぎた名前だ。詫びはあの世でしよう。今はなんとしてもこの戦いに勝ち、MSを月基地へと送り届ける)

 良心の呵責がないわけではない。しかし個人の正義感と別のところで戦えるのも軍人というものだった。ハルバートンは己の正義感に目を瞑らせ、部下の命を預かる将として最善を尽くす。
 幸い戦局はこちらの優勢だ。
 キャリーの乗るジンは性能差で劣るバスターをよく凌いでいるし、ストライクは新装備をつけたデュエルに善戦している。ナインは戦闘用コーディネーターの面目躍如というべき強さを発揮して、MA部隊と連携し群がるジンを撃墜していっていた。フラガ大尉のメビウス・ゼロの活躍も目覚ましい。エンデュミオンの鷹が伊達ではないと証明するかのように四基のガンバレルで敵を翻弄していた。
 そしてミュラー。彼はイージスとの戦いに掛かりきりとなっている。性能差があるとはいえあのミュラーと互角に戦うとは、イージスのパイロットは相当の実力者のようだ。

「……ん?」

 そこでハルバートンは違和感に気付いた。
 バスター、デュエル、イージス。戦場にいるガンダムはストライクを除外すれば三機だけだ。後一機ブリッツの姿がない。

(ブリッツはミラージュコロイドを装備した奇襲を得意とするMS。ま、まさか!)

 ハルバートンが違和感をもった時には遅かった。
 旗艦メテラオスを襲う衝撃。ビーム兵器の攻撃を受けたのだ。振動で艦が揺れる。ハルバートンは指揮官の椅子にしがみ付き難を逃れたが、一部の乗組員には思いっきり壁に頭を打ち付けたものもいた。
 ミラージュコロイドを解いたブリッツが姿を現す。
 恐ろしいものだ。ミラージュコロイド――――索敵能力が低ければ、こうもあっさりと旗艦への奇襲を許してしまう。

「損害報告!」

 ハルバートンが吼える。

「は……はっ! どうもエンジンをやられたようで、艦を航行させられません。提督……どうしたら」

「狼狽えるな! 総員――――」

 ハルバートンが指示するよりも早くブリッジの前に姿を見せたブリッツガンダムが通信を入れてきた。

『第八艦隊旗艦メテラオスに告げます。こちらはブリッツのパイロット、ニコル・アマルフィ。即刻戦闘を停止しラクス・クラインをこちらに返還して下さい。さもなければ……撃ちます』

 手に力がこもる。迂闊に戦艦を撃墜できからこそ、こういった手を使ってきた。
 シンプルであるが中々に効果的な作戦である。これでハルバートンがチキンで保身的な指揮官ならば直ぐに降伏していたかもしれない。しかしハルバートンは慎重ではあるが保身的ではないので、自分の眉間に銃口をつきつけられたような状況であっても冷静に頭を働かすことができた。

(どうする? ラクス・クラインはこの艦にいる、とでも伝えればブリッツがこの艦を撃つことはないだろうが――――)

 それではラクス・クラインが他の艦にいないことがザフトに伝わってしまう。
 情報を得たザフトは容赦なく旗艦メテラオス以外の艦を攻撃するだろう。ラクス・クラインというクイーンはザフトの所在が知らないからこそ、第八艦隊のどの艦にも存在することができる。しかしハルバートンが一言「ラクスはここにいる」と言ってしまえば、ラクス・クラインはメテラオスだけにしかいなくなる。
 しかも本当にラクスがいるのはアークエンジェルなので、もしもの時はより酷い事態になるかもしれない。
 ではラクス・クラインの眉間に銃口を押し付けて、その上で撤退しろと脅すか。

(……駄目だ。そればかりは)

 ハルバートンはあくまでも軍人だ。民主主義国家のもとで生まれた共和主義国家の軍人だ。そんな軍人が民間人に銃口を突きつけるなど、ハルバートンには出来ない。
 これは軍人として守らなければならない最低限のラインだ。
 しかしこのまま沈黙を貫く訳にはいかない。ハルバートンは口を開こうとして、

『くっ! この射撃は!』

 どこからともなく放たれた重機関銃がブリッツの銃口を破壊した。
 如何にPS装甲をもつガンダムとはいえどビームライフルの銃口までPSなわけではない。重機関銃の攻撃を喰らったビーム口は火を噴き沈黙した。
 ハルバートンは見た。重機関銃をブリッツに向けて撃ったのは遠方にてイージスと戦うミュラーのジン。ミュラーはイージスを右手のみで耐え凌ぎながら、左手にもった重機関銃でイージスを攻撃したのだ。

『そんな。あの距離から、アスランと戦いながら狙撃するなんて……。だけどまだ』

 ブリッツが尚もメテラオスへの脅しを続行するために新たな武装を取り出そうとするが、それよりも早く四方からの同時砲火がブリッツを襲った。

『こちらムウ・ラ・フラガ。メテラオス、援護する! 悪魔さんだけに仕事させてちゃMA乗りの立つ瀬ないんでね!』

 メテラオスが鷹の救援に湧く。
 レールキャノンがブリッツの腹部に直撃した。もしもPS装甲でなければ撃墜確実の一撃。恐らくはブリッツもPS装甲の限界時間が近かったのだろう。これ以上、メビウス・ゼロと交戦することはなく後退していった。

「総員、急ぎ退艦準備。……メテラオスは放棄する」

「はっ!」

 動けない艦では指揮を執り続けることはできない。ハルバートンは即座に艦の放棄を決定した。
 どうにか最悪の事態は避けられたようだがブリッツの襲撃により、一時的に指揮能力が低下してしまい戦局の逆転を許した。
 ザフトはガモフを先陣とし更に猛攻をかけてくる。
 このままでは第八艦隊は押し切られてしまうだろう。これで敵旗艦ヴェサリウスに奇襲でもかけられれば一発逆転も狙えるのだが、それはミュラーが一度やって失敗している。
 しかもヴェサリウスにはクルーゼが健在だ。生半可な奇襲攻撃では簡単に対処される。

「……そうだな」

 ならば生半可ではなく、まるでザフトも予想できないであろう存在が奇襲を仕掛ければどうか。
 ヴェサリウスの背後から奔るビームの光。それは連合軍によるものでもザフトによるものでもなかった。

「来たか」

 クルーゼ隊の襲撃を予測していたミュラーは予めその手の事に聡い秘書官のルーラ・クローゼを使いある人物と連絡をとっていた。

「報告! サーペントテールが救援に駆けつけ、これよりこちらを援護すると!」

 それがサーペントテール。MSを擁するこの時代では最強クラスといえる傭兵達だ。
 ハルバートンは帽子を深く被りなおすと「やれやれ借りが出来たな」と呟いた。



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