アラスカJOSH-A基地におけるサイクロプス起動作戦。アズラエルが独自の情報網により得たオペレーション・スピットブレイクの真の目的を逆利用する形で立案された作戦だ。
 その内容はアラスカ基地に切り捨て用の置き去り部隊と攻め込んできたザフト軍が交戦している間に、アラスカにいた連合軍上層部の高官たちが脱出。ザフトが基地奥深くまで侵入したところでサイクロプスを起動させるというものである。
 サイクロプスは謂わば巨大な電子レンジのようなものであり、起動すれば最後、中にいる生命体は内部から破裂して死亡することとなる。当然、サイクロプスは連合兵とザフト兵を区別するなんて器用な真似は出来ないので居残りの連合軍もザフト兵と同じ末路を辿るしかない。
 人道的見地からみれば許されざる作戦だ。しかし合理性から見れば非常に理にかなった作戦でもある。
 ザフトの兵の質は連合の数倍はあるだろう。もっといえばプラントの総人口は連合と比べれば非常に少数だ。兵士の質が連合の数倍なら兵士一人の価値も連合の数倍なのである。
 仮に同数同士の兵士を両軍が失ったとして、敗北したといえるのはザフト軍なのだ。
 そういう意味では此度の作戦は大成功といえる。

(少ない犠牲で最大の利益を得る。これが商売の基本ですからね)

 連合軍から齎された報告書を眺めながら、アズラエルは満足そうに頷く。
 そこに多くの人間の命の死刑執行命令書にサインした後悔は微塵もない。彼が表情を歪めるとしたら収入と支出の結果が赤字となった場合であり、どれだけの命が失われようと最終的に黒字になるのならば後悔があるはずもないのだ。
 ハンス・ミュラーがこの作戦に嫌悪を示したのに、アズラエルがこうも冷淡なのは本人の性格も多分にあるだろうが、立場が異なるとも理由の一つだろう。
 アズラエルはこの戦争の指導者的立場、謂わばチェス盤で駒を操るプレイヤーの立ち位置に立つ人間であり、本質的に駒であるミュラーとは戦争に対するスタンスが違うのだ。
 この機に邪魔者の多くを排除できたのも大きい。
 連合軍にもあのハルバートンのように反ブルーコスモス派の人間はいる。ザフトとの戦争終結後、敵にまわる可能性の高いユーラシアと反ブルーコスモス派の兵たちを置き去りにすることで彼等の発言権を下げることもできた。
 アラスカ基地という本部を失ったのは痛いが、予め本部機能をヘブンズベースに移しておいたので損害は最小限である。

「っと、そろそろロゴスの老人方とのお話の時間か。面倒なことですが……大事なスポンサーたちですからね」

 アズラエルも所属している軍需産業複合体ロゴス。
 金というのは政治を語る上でどうしたって外せないものでありエネルギーでもある。金があれば出来ることも、金がなければ出来ない。そして政治家が金を手に入れる為には金持ちに媚を売るのが手っ取り早い。
 故に地球圏で最大の金持ちが参加するロゴスは連合軍の影の支配者たちの集いともいえた。
 その中でもアズラエルは国防産業理事、ブルーコスモス盟主、そしてアズラエル財閥総帥というポジションにいるためロゴス筆頭ともいえるだけの実権をもっている。
 ただ商人という生き物は独裁者やワンマンを嫌うもので、一番力が強いからといってデカい顔をしていたら足元をすくわれることを経験からアズラエルは知っていた。
 特に老人というやつは若者に顎で使われることに不快感をもつものだ。自分の能力の低さを棚に上げて。
 なのでアズラエルもロゴスの老人たちにはそれなりに良い顔をしていた。

『アズラエル理事、まずはアラスカ基地におけるサイクロプス起動作戦の成功おめでとうございます』

 白髪の老人が開口一番、上辺だけの賞賛を送ってくる。見た目は公園で鳩に餌をやっている優しい老人にしか見えないこの男も、影ではマフィアなどにもコネがあり孫ほど年の離れた愛人をはべらせていることをアズラエルは知っていた。
 だがアズラエルもだからといって不快感を表に出すほど子供でもない。作りすぎて逆に違和感すら与える営業スマイルを浮かべた。

「お褒めに預かり光栄です。ただ一つ訂正を。アラスカ基地を破壊したのはザフトの新兵器ですよ。僕達ナチュラルはアラスカ基地の人間を皆殺しにする最新兵器を投入したザフトにしかるべき報いを与えなければなりません」

 無論、そんなのは嘘だ。広報部の用意した民衆用のオペレーション・スピットブレイクの顛末である。
 アズラエル財閥がこの情報を表に出さないように睨みを聞かせるうちは、これが外部にもれることはないだろう。

『おや、そうでしたね』

 あっけからんと老人は言う。
 アズラエルも含めここに集った人間達は兵士達の命をただの書類上の数字、もっといえばMSを動かす部品程度にしか考えていない。
 どれだけアズラエルが友誼を求めようと、ミュラーがそれに本心から応えることがなかった理由もここにあるだろう。

『しかしアラスカ基地を自爆させたのは些か早計だったのでは? 捨て駒にされたユーラシアは大西洋連邦に対して不快感を示していますが』

『それに軍の一部の将校たちも一歩間違えば自分達が囮にされたと思えば士気も下がるだろうな』

 賞賛から今度は追及に論点がかわってくる。
 こういった指摘がされることはアズラエルも予想していたので用意しておいた答えを言う。

「ユーラシアは対ザフトの為に一時的に手を組んでいるだけで、隙あらばと大西洋連邦になりかわることを狙っていた国です。アルテミスでアーク・エンジェルが捕えられたことは以前話したでしょう?
 結局、こちらのMSを拿捕するのは失敗したので、今はダガーから情報を吸いだして独自のMSを開発しようとしているらしいですけど……。まぁそこは僕がそれとなく圧力をかけておくので安心して下さい。皆様方に入ってくる利潤が減らないようにするつもりですから」

 MS開発の利潤のほぼ全てはアズラエル含むロゴスに流れ込んで行っている。そこにユーラシアがまったくノータッチなところからMSを開発すれば利益が分散してしまう。
 それはアズラエルたちからすれば望ましくない。

「とまぁ圧力をかけるにしても、相手の力が強いと圧力も弱くなってしまいますからね。アラスカで幾分か力を削げておいてラッキーでした」

『………………………………』

 老人たちが黙る。
 ここにいる人間の共通点として、誰も彼も金儲けが好きで好きで仕方のないことがあげられる。アズラエルがどのようなやり方をしようと、最終的に自分たちの金儲けになるのならば幾らでも黙認する。そういう人間達だ。
 そういう意味で単純な商人としての利益よりも、コーディネーター殲滅に重きを置くアズラエルはロゴスの中でも異端といえた。それが良いか悪いかはさておき。

『理事はこれからどのようになさるつもりですか?』

「当然、大規模反攻作戦ですよ」

 何を今更、という口調で言い放つ。

「オペレーション・スピットブレイクの失敗でザフトは地上軍の半分の戦力を失いました。対して連合はMSの実戦配備が進み、戦力は回復してきています。
 ザフトの回復を待ってあげる道理はありません。敵が弱っているからこそ徹底的に叩かなければ。ただ多くの一線級指揮官が戦死してしまっているので、宇宙軍の再建は急務ですけどね」

 地上のザフトの半分は倒した。だが宇宙にはまだザフトの精鋭が残っている。
 仮に地上からザフトを全て追いだしたとしても、それで戦争が終結したりはしない。互いに殺し過ぎたこの戦争は自分のテリトリーから敵を消すくらいのことではおさまりがつかないのだ。
 それこそ敵のテリトリーを丸ごと自分のものにしてしまうくらいやらなければ、戦争は終わりはしない。
 最終的な決戦は宇宙になるだろう、というのがアズラエルのプランだった。

『アズラエル、なにもそこまで急ぎ反攻作戦を行う必要はないだろう』

「というと?」

 ロゴスでもそれなりの実力者である老人が重々しく口を開いた。
 アズラエルも相手が相手なので多少慎重になる。

『プラントは技術大国だがエネルギー大国じゃない。食糧だってその殆どは地球の親プラント国からの輸入に頼っている。軍事力で叩きつぶさなくとも、親プラント国に政治的圧力をかけていくだけでプラントを消耗させることはできるだろう。
 そうやって持久戦にもちこみプラントが疲弊しきったところを攻めればいい。地球とて奴等から受けた被害は浅くはないのだ。ザフト地上軍の力を削いだ今、地球の経済を立て直すことこそ急務と思うが?』

「最もなご意見です。僕も相手が普通の人間ならその案もプランの一つとして受け止められたかもしれません。しかしお忘れですか? 我々が相手にしているのは人間じゃなくて化物なんですよ」

『地球人類全員をブルーコスモスと思わないで貰いたいな。私は別に君達の思想に賛同しているわけではない』

「ええ、個人個人の思想に口出しするほど僕は傲慢じゃないつもりです。しかしコーディネーターが僕達ナチュラルよりも強い力をもっているのは事実でしょう?」

『………否定はすまい。私もジョージと同じ時代を生きた人間だ。だからこそジョージの天才性はまざまざと見せつけられたさ』

「開戦後、連合の核兵器に対抗するためザフトのコーディネーターは核分裂を封じるニュートロンジャマーを開発しました。ニュートロンジャマーだけじゃない。本来作業用の機械だったそれをザフトはMSという機動兵器にまでした。
 ならばザフトが兵力の差などものともしない兵器や、それこそ食料自給率を100%にできる画期的発明をしないと……誰が言い切れるんですか?」

 もしかしたらコーディネーターの力を誰よりも絶対視したのは、コーディネーターではなくアズラエルのようなコーディネーターに虐げられた人間達なのかもしれない。
 だがアズラエルの唱える説は過去の前例があるだけに説得力があった。

「時間をかけるわけにはいかないんですよ。時間を与えれば奴等は必ずなにか僕達では思いもつかないようなものを作り上げてきます。
 動物園でもライオンや虎なんていう猛獣は檻に閉じ込めておくでしょう。それはライオンが危険な猛獣だからです。しかしコーディネーターは檻から抜け出して飼い主に刃向ってきました。そして檻から逃げた猛獣の対処法は一つ」

 殺処分。コーディネーターへの末路はそれだとアズラエルは宣言する。
 長年熟成された劣等感の生み出した殺意はどれだけの年月がたとうと消えることはなかった。



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