「六月二十五日、今日も問題なし、と」

 アンティークなノートに文字を綴る。
 ザフト軍にあって白服を着ることを許された一人であり、高速艦であるナスカ級を預かる者の一人でもあるヘルマンは、一日を終えた余韻から背中を椅子に預けた。

「艦長、なんですそれ?」

 部下の一人がそう聞いてきた。

「日記だよ。小学生のころからの癖でね。デジタル最先端のこのご時世で紙媒体で記録をつけるなんて酔狂な奴だ、とよく同僚に馬鹿にされるんだがね。昔からの癖は中々直らんらしい」

 目を瞑り懐かしい天秤型コロニー、プラントに思いをはせる。開戦以来ずっと仕事ばかりで碌に変える事も出来なかった。当初予定されていた休暇期間もオペレーション・スピットブレイクの作戦失敗による戦力不足のせいで取り消しとなってしまった。
 だがこの仕事が終われば久しぶりに長い休暇が貰える予定である。数えて五か月ぶりの休暇。家族とのんびり過ごすのも良いし、プラントにあるバーで酒を飲むのも良いだろう。
 ザフト軍の大劣勢はヘルマンとて知ってはいるが、人間、義侠心だけで動いているわけではない。息抜きは必要だ。

――――けれど、彼等の命を摘み取る悪魔はもう直ぐそこに迫っていた。

「ヘルマン隊長、近くに熱源反応一つです」

「なに? 戦闘で破壊されたジャンクじゃないのか?」

「い、いえ! この反応は…………モビルスーツです!」

「ふむ」

 ヘルマンは慌てずに帽子を被りなおすと指示を飛ばし始める。
 哨戒任務をしていれば予期せぬ遭遇をかますことなんて日常茶飯事。以前の任務の時も戦闘で破損しデブリを漂っていた連合のMAを発見したものだ。

「モビルスーツということは我が軍のもの――――と、少し前は言いきれたのだが、今は連合もMSを使う時代だ。どこのMSか照会しろ」

「は、はい。……いや、MSがこちらに接近してきます! 凄い勢いです!?」

「っ! MS一機で、だと?」

 敵だとすれば多数のMSを要するナスカ級に単騎で突進してくる筈がない。ということは接近してくるMSはザフト軍のものだろう。
 そうヘルマンは思っていたかった。だが軍人としての直感のようなものが警鐘を鳴らしていた。なにか良くないことが起きると。

「出ました。接近MSは……お、おいこれって……。嘘だろぉ! なんで、なんでこいつなんだよぉ!!」

「ええぃ! 何をやっている! 一体どんなMSが接近してくるんだ。早く報告をしないか!」

「悪魔ですよ! 接近してくるのはGAT-X105ストライク! ヤキンの悪魔です!」

「や、ヤキンの悪魔……だと……? そんな」

 ヤキンの悪魔ハンス・ミュラーの名をザフト軍で知らぬ者はいないだろう。ヘルマンは直接悪魔と戦ったことなどない。だが悪魔の話は耳にタコが出来るほど聞いてきた。
 勝てるわけがない。相手はたった一機のMSだ。だがハンス・ミュラーの乗った一機のMSの戦力はMS五機を擁するナスカ級戦艦を圧倒している。

「逃げましょう! 今ならまだ逃げられます!」

「馬鹿者が……。ここで背を向ければ逆に狙い撃ちされるだけだ。MS部隊に発進準備をさせろ。この距離ならまだ敵は仕掛けられないはずだ。そのうちに――――」

 それがヘルマンの最期の言葉となった。
 ヘルマンの言う通りストライクの最大射程距離にナスカ級は存在しなかっただろう。狙撃や砲撃に特化したバスターガンダムでも運が良くて掠らせるのがやっとという距離。その距離を鼻で笑うかのように、アグニより放たれた赤い光がナスカ級のブリッジを貫いたのだ。



 エールパックの改修は実に素晴らしい出来だった。地上では『飛べるのか』程度にしか感じられなかったというのに、宇宙ではまるで水の中を泳ぐ魚のようにすいすいと進んでいくことが出来る。

「まずは戦艦一隻、と」

 メインカメラにはアグニに貫かれたナスカ級があちこちをひしゃげながら爆発していく光景が映っていた。
 そのまま全滅していてくれれば万々歳で楽だったのだが、そうは上手くいかないようで。寸前で脱出した三機のゲイツがこちらに猛進してきた。

『よくも艦長や皆を! 死ねぇぇぇえええええええ!!』

 味方を皆殺しにされた恨みと帰る場所を失った精神的プレッシャーの両方の相乗作用だろう。生き残ったザフト兵士は殺意を剥き出しにしてビームを連射してきた。
 
「…………」

 ミュラーはふと自分がMSパイロットになる切欠となった戦いを思い出す。あの時、母艦や味方MAも失い精神的に追い詰められてただ我武者羅に敵に襲い掛かっていったのだった。
 ここまでの流れは非常にあの時と似通っている。だが完全に同じようにするわけにはいかない。ミュラーはまだ死にたくないのだから。
 ビームを高速で回避しながら逆にビームを放つ。

「一つ!」

 宇宙の海に花火が上がる。命とMSを焼き尽くす命の花火だ。また一つ、この戦争で尊い命が失われてしまった。
 けれどミュラーは今更そんなことに気を回すことなく淡々と作業を続ける。

「二つ!」

 二発目のビームがMSをコックピットを貫いた。
 死んだ人間の残留思念のようなものが自分の体に流れてきた。これがニュータイプの感覚というのならば実に鬱陶しいものだ。流れてきた思念を拒絶する。そして最後の敵に目を向けた。

『あああああああああああああああああああああ!!』

 言葉にもならない叫び声をあげながらゲイツがビームクローを振り下ろしてきた。
 そのクローには失った戦友への想いや彼自身の人生、全てが篭っているのだろう。想いが篭った一撃は――――届くことなど、ありはしなかった。
 思いの力が実力を凌駕することが完全にないとは言えない。けれどその事例は比較的実力が近くなければ成立しないことだ。どれだけ強く気高き精神をもっていようと、蟻が象を凌駕することはできない。
 あっさりとゲイツはストライクの対艦刀により両断された。

「三つ目だ。試運転完了と」

『お疲れ様です大佐』

 作戦終了を察してクローゼが通信を入れてきた。

「パーフェクト・ストライクは宇宙でもパーフェクトな性能だ。実戦での試運転も上々と」

 この戦闘でハンス・ミュラーはナスカ級の搭乗員59名もの人間の命を奪った。
 けれどもミュラーは奪った命を悼むような感情を欠片も見せることはなく、

「さーて、帰って映画の続きでも見るか」

 ニュータイプは感応によって人と分かり合える人類だと、この地上で初めてニュータイプという概念を提唱した人物は言った。
 ハンス・ミュラーのニュータイプとしての素養は非常に高い。もしかしたら現在この世界にいる全人類でも五指には入るかもしれない。だがハンス・ミュラーが誰よりも高いニュータイプとしての素養をもちながら、ニュータイプになりきれないところがあるとすればここなのだろう。
 人と分かり合おうとする心がない人間では新人類には程遠い。ただの戦争が強いだけの人間だ。



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