アズラエルは月基地の個人用地下シェルターで送られてきたデータを閲覧していた。
 データといってもこれは正規の手段で入手したものではない。連合軍からのものですらない。これはアズラエルが個人的にもったプラントの内通者から齎された情報だ。

「なにを考えてるんでしょうね。こんなものを送ってきて……」

 データを一通り見終わったアズラエルは小さく嘆息する。
 これまで内通者から送られてきたデータは非常に有意義かつ戦略性の高い情報だった。オペレーション・スピットブレイクの真の目的地がアラスカであることも、この内通者が教えてくれたのである。そういう意味ではアラスカでの勝利における最大の功労者といってもいい存在かもしれない。

「彼の情報ならたぶん正しいんでしょうけど」

 アズラエルが頭を悩ませるのは今回送られてきた情報というのが――――如何にも抽象的で、役に立つのかどうかも分からない情報だったことだ。
 送られてきたデータにはただ一言こう書かれている。

『L3にあるコロニー・ブリッツェルにニュータイプの真実の一端が隠されている』

 アズラエルがニュートロンジャマーキャンセラー開発や新型MS製造に平行してニュータイプ研究に精を出していることは、情報通の者なら掴んでいてもおかしくないことだ。だから内通者がアズラエルがニュータイプに興味津々であることを察した上でニュータイプの情報を送って来た事は不思議ではない。
 だが問題はどうしてこんな情報を送って来たのかだ。

(まさか僕の心象を良くするためだけ……ということはないでしょうね。これまで彼から齎される情報は全て『勝利』に直結したものだった。スピットブレイクの目的やビクトリア基地の部隊配置……そういったザフト高官なら知り得る現実的な情報。なのに今回はニュータイプの秘密がL3にある辺境コロニーにあるとだけときた)

 内通者ようのコードやパスがなければ、別人だと疑いたくなるような内容の違い。
 罠ということも考えられるが、もしそうならもっと真実味のある情報を餌にするだろう。わざわざニュータイプの秘密なんてあやふやな情報を餌にする必要などどこにもない。
 内通者であろうと人間。人間であれば利害で動くものだ。
 となればニュータイプの情報をアズラエルが知ることが内通者にとって利益となる、そう考えるべきだろう。だがそこに利益が生まれるとは思えないからこそアズラエルは悩んでいるのだ。

「コロニー・ブリッツェル、あんな辺境にご大層な謎が隠されているとは思えないんですけどね」

 ブリッツェルは何十年も前に廃棄されたコロニーの一つで今は無人だ。元はどこぞの名家が個人で所有していたものだったが、なにか大きな事故があって中に住んでいた住民は退避したと聞いている。
 連合からもザフトからも忘れ去られた辺境の地。そこに現代においてコーディネーターとナチュラルに匹敵する火種へと成長しつつあるニュータイプの秘密が隠されているなど実にオカルトだ。

「馬鹿馬鹿しいと切って捨てるのが大人の対応というやつなのでしょう」

 アズラエルは遊びで地球から月基地まで上がって来たのではない。これからアズラエルはアーク・エンジェル級二番艦ドミニオンにオブサーバーとして同乗し、プラントから脱出したというラクス・クライン追撃に赴く。
 プラント殲滅を目標とするアズラエルにとっては非常に面倒なことだが、プラントと地球双方で融和を謳うラクス・クラインに同調しようという動きが微かにあるらしい。今は小さいものだが、小さい火はいずれ山を消し去る大火災へと発展する危険性を孕んでいる。早めに摘み取っておくにこしたことはない。

「ラクス・クラインがプラントから奪取したとかいう新型MSとか新型戦艦も気になりますしね」

 だからここはニュータイプについては一時忘れ、それに専念するのがベストだ。しかし、

「……ニュータイプの秘密」

 商人としては恥ずべきことだが、今のアズラエルは成功すれば利益が確実にある商談より、成功しても利益になるかどうかも分からない商談に胸躍らせていた。
 
「決めました。僕は予定通りドミニオンでメンデルに行きましょう。わざわざドミニオンの艦長を美人さんにするなんて粋な計らいをしてくれたそうですしね。そして」

 ニュータイプの秘密があるであろう場所なら、やはりニュータイプを向かわせるのが一番だろう。

「ミュラーくん、お任せしますよ」

 恐らくはこの世で最も世間に認知されているニュータイプに対して呟く。
 返事がかえってくることは当然なかったが、遠くにいるミュラーがくしゃみをしたような気がしてアズラエルは笑った。




 アスランはらしくもなく憂鬱な面持ちで自分の新しい愛機――――ジャスティスの格納庫にきていた。
 PSがOFFになったジャスティスは色素のない灰色の胴体のまま、巨大な彫像のように静かに佇んでいる。だがアスランは知っていた。この灰色の彫像に一度搭乗者がのれば、真紅の装甲を纏った騎士として戦場を単騎で圧巻することを。
 ザフト軍初のニュートロンジャマーキャンセラー搭載型MS。それを与えられた責任の重さが圧し掛かって来た。
 だがアスランを悩ませるのはジャスティスのことではない。

『ラクス・クラインは逃亡したっ! 新造戦艦エターナルと新型MSフリーダムを奪取してな……! そして報告によればフリーダムのパイロットはキラ・ヤマトだそうだ……!』

 先日、父から苛立ち混じりにそう聞かされた。
 白状すれば未だに信じられない。シーゲル・クライン前議長が連合に暗殺されたというニュースはアスランも知っている。だからこそこれまで以上に覚悟を入れて戦わなければと思っていた矢先のこれだ。
 しかも逃亡したのはラクスだけではなく、ラクスと一緒にプラントに連れ帰ったキラもだときている。
 アスランからすれば意味不明なことの連続で何が何だかさっぱり分からない。

「アスラン、ここにいたんですか」

「ニコルか」

 アスランと一つ年下のニコルが格納庫に来ていた。

「おっと! アスランはもうフェイスですから、ザラ隊長にしないといけませんでしたか?」

「からかうな。今まで通りアスランでいいよ。同期じゃないか……大体イザークとディアッカは相変わらずだったし」

「あはは。あの二人は……そうですね。イザークなんて今度は自分がフェイスになってアスランを扱き使ってやるって張り切ってましたよ」

「そうか。期待して待ってると伝えてくれ」

 そこで話を一旦区切る。ニコルは恐る恐る気を使ったように口を開く。

「ラクス様のことは……その、なんと言ったらいいか。父も憤慨してました。こんな時に同胞同士で争うなんてって」

「……そうだな。今は一丸になってナチュラルを……地球軍を倒さないといけない時なのに」

 ラクスが少し変わっているのは前々から知っていた。なにせ婚約者である。ラクスが突飛な行動をとって驚かされるのは日常茶飯事だった。
 それでもラクスは決して悪い人間ではない。こんなことをした以上はなにか理由があるはずなのだ。けれどその理由が分からない。いや、もしかしたら思考の片隅でとある可能性について思い至っているのかもしれないが、それはアスランにとって絶対に受け入れられないことだった。

「対ミュラー部隊は分解。僕達元クルーゼ隊の面々はクルーゼ隊に復隊してエターナルとフリーダム追撃の任に当たることになりました。アスランは……」

「俺は行かないよ」

 恐らくは自分にラクスと戦えるのか、とニコルは聞いたのだろう。だがアスランは首を振った。

「復隊するのは俺以外のクルーゼ隊所属の面々だけだ。俺は引き続きデュランダル隊長の下で対ハンス・ミュラー部隊所属になった。たぶん気を使われたんだろうな」

 アスランは父パトリックとの話を思い出す。

『クルーゼより話は聞いている。以前、キラ・ヤマトがストライクのパイロットである時も私情に囚われ手心を加えたそうだな。だがジャスティスを与えた以上もはやお前にそんな甘えは許されん。
 とはいえ、だ。口で説明したところで嘗ての友人と婚約者を撃つことには抵抗があろう。かといって今更お前をジャスティスから降ろしては私の面子がたたん。お前は引き続き対ハンス・ミュラー部隊の一人として憎々しい悪魔討伐の任にあたれ。
 ラクス・クラインも国賊であるが、ハンス・ミュラーも同じほどの怨敵だ。貴様の技量とジャスティスの性能があればヤキンの悪魔とも渡り合えるだろう』

 情けない事だが父の気遣いが有り難かった。どれだけ自分に言い聞かせても、いざ二人を前にすれば本気で撃てるかどうかは怪しい。
 それに比べて相手がハンス・ミュラーなら迷いなくトリガーを引く事が出来る。

(これが逃げであることは分かっている)

 だが逃げなければ、いけないこともある。
 自分は任務を放棄しているわけではない。ただの適材適所、それだけのことだ。

「――――俺は」

 本当に自分は正しいのか。プラントを守るためにザフトに身を投じたはずなのに、はっきり自分の行動がプラントの為であると思えない。
 それがたまらなく惨めだった。正義(ジャスティス)を与えられながら、己は正義を信じられないのだ。



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