目が覚める。
 それと同時に真っ白な壁が視界に映り込んだが、いつの間にか自分が横になっており、布団を覆い被せられていることに気付き、それは壁ではなく天井だと知った。

「ここは、病院……?」

 小さな呟きが漏れる。
 それとは別に思考は何かを考えようと、何があったのか思いだそうとするが、覚醒したばかりの意識は霞がかかったようにうまく働かない。
 それでも、少しずつ晴れてくる霧の向こう側に『何か』を見つけられそうになり、それを掴もうとゆっくりと自分の腕を伸ばす。そう、たしか俺はあの時──

「ネギ!!」
「うわっ!」

 もう少しで掴めたかもしれない俺のメモリアルは、ドアを蹴破るかのように入ってきた謎の人物によって、まるで夢幻……子供のころに掴もうとした虹のように遠のいてしまった。それに、俺の名前は焼鳥屋の定番とも言える一品ではありません。
 そう思いつつ、今まさに部屋に乗り込んできた人物に顔を向ける。

『病院ではお静かに』

 一つ苦言でも呈してやろうとこぼれかけた言葉は、しかしその人物の顔が視界に入ってきた時点でつい飲み込んでしまった。
 ……この人、どこかで見たことあるような。
 ……いや、たしか俺の事をネギと呼んだか?
 ハッ!?まさか、MA・SA・KA!?

「…………ネカネ、さん?」

 ふと、俺が好きでよく読んでいた漫画の登場人物の一人。それが、目の前にいるネカネ・スプリングフィールドだ。
 などと考えているが、この予想が当たっていなければただの痛い人物となってしまうわけだが。もう少し考えて発言すべきだったと後悔するその前に、目の前の人物が口を開いた。

「どうしたの?どこか痛いの?」

 ……これで理解してしまった。いや、納得はしていないが理解せざるを得なかった。ここは、『魔法先生ネギま!』の世界だということを。


 どうして俺が漫画の主人公という立場に立たされているんだとか、前の俺はどうなってしまったんだとかを誰かに問いただしたいのが正直な気持ちなんだが……そんな事を気軽に聞けるような相手が近くにいない。いるわけないって。
 病室の一角で「俺はネギじゃない」なんて叫んだ所で魔法を使って「痛いの痛いの飛んでいけ」だ。二重の意味で痛いわ。それか最悪、その魔法で記憶を消されてしまうなんて事になれば笑い話にもならない。
 笑ってくれる人もいないし。

「仕方無い、か」
「ネギ?」
「え?いや、何でもないよ!ナンデモ!」
「そ、そう?」

 ぬぅ……俺は●●●●●と言う名前だったが、今はネギ・スプリングフィールドなんだ。初級魔法やらネギに関わった人物関係ならまだしも、小さな子供がらしくない言動をするのはまずいのか?まだ子供だということを考えれば、今は無邪気な子供でいることを考えるべきなのだろうけど。
 ……今更だが、本当に子供なんだな。ベッドに横になっている自分の体を見てみるが、その体は小さい。起きてすぐにこの事に気付いていたら……松田優作ばりの雄叫びを上げてしまっていただろう。ネカネさんを目にしてしまった今だから叫ばんが。

 ああ、ネカネさん……心配しているのが幻聴で聞こえてくきそうな視線を送ってくるのはやめてください。自分が腐ったミカンみたいな存在だってのは理解してますから。それより、今はどんな状況なんだ?

「はぁ……」

 何とか以前の記憶を呼び覚まそうとするが、完全記憶能力者でも何でもない俺が、どうして今ここに横になっているのかという記憶を持っているわけもなく。……一秒たりとも前の記憶が浮かんでこないという結果に終わってしまった。
 そんな現状にどうしようもなく、つい漏れてしまう溜め息。しかしそれは、自身にとって無意味どころかマイナスになってしまった。

「ねぇネギ、本当に大丈夫?お医者さん呼べば良い?」
「本当に大丈夫だから心配しないで!ね、お姉ちゃん!」

 この年になってから「ね」なんて言うことになるとは。まあいい、取り敢えずわかる範囲で……原作知識を掘り起こしてみて一番近い状況にあるものを上げてみよう。
 ……病院にいることからあの忌まわしき悪魔襲撃事件が過ぎ去ってしまったと仮定しよう。いや、過ぎていることを本気で祈る。ほとんどの村人が石になる中、主人公であるネギは助かるとは言え、多くの人が不幸な目に遭ってしまう所を見たくないし、ネギの能力をフル活用しても所詮は子供。できることは限られているしな。

 そんなネギの周囲にいた人の中でも比較的ネギが懐いていたのは、たしか……

「ねぇ、ネカネお姉ちゃん」
「どうしたの?」
「スタンおじさんは?」
「え……あぁ!スタンさんなら元気にしてるわ!もちろん、他の皆もね」
「そう、なんだ」

 ネカネさんの視線が不規則に宙を泳ぐ。表情も無理に作っている感じがする笑顔だ。
 ……良かったーー!!凄い不謹慎な発言だってのは理解しているが、それでも叫ばずにはいられない。これから先に悪魔襲撃が無くなってえがったよーー!!無論、心の中で叫んでるよ?

 でも、これからどうしようかねぇ……確か、また悪魔襲撃が起こることの無いようにメルディアナ魔法学校の校長がネギに入学を進めるんだっけ。ネギじゃなく「ナギの息子」として見られる予感がビンビンなんだが。うぅわぁ……この歳にして周囲との確執を体感せにゃならんとは、鬱だ。

 だが、それでも!念願の魔法が使えるんだから嬉しいことこの上ない!魔法云々とは全く無縁な現実世界じゃ、ある不名誉な条件を満たしたまま30歳を迎えることで魔法使いになると言われていたが……フフ、今となっちゃあ良い記憶だぜ。

「ねぇネギ」

 黙ったまま考え込む俺を端から見ていたネカネさんは俺が落ち込んでいると思ったのか、眉を曇らせながら話を切りだした。

「何?」
「メルディアナの学校の校長からなんだけど、魔法学校に入学するつもりはないかって」

 これは別に断ってしまっても構わないのだろうが、その校長……おそらくネギの叔父に当たる人から言わせれば、また襲撃される可能性があるから有無を言わせずに魔法学校に入れようと考えているだろう。
 あまり深いところまで考えていないとしても、英雄と謳われる父親を持った子供だから飛びつくだろうと思ってるに違いない。まあ、俺は襲われたくないから魔法学校に通うことにするが。

 有り余る才能を開花させるためのプロセス。
 周囲を気にすることができるだけ精神が熟してるから胃に穴が空くかもしれないプロセスでもあるが、気にするもんか!穴が空いても魔法で治せば良いんだよ。そんな魔法が……無けりゃ創る!じゃなきゃ体が保たぬっ!

「魔法学校に?僕、ネカネお姉ちゃんと一緒に行きたいな」

 ふぅ……子供だったらこんな感じで答えるのかな。
 と、考えている俺の目の前で異変が起きる。

「ぶふぅっ」
「あれ……お姉ちゃん?ねぇ、お姉ちゃん?」

 ネカネさんがいきなり前のめりに倒れた。俺には何が起きたのかさっぱりだが、心配になり下からネカネさんの表情を覗き込む。すると、ネカネさんの頬が紅くなっていて何かに悶絶しているかのように見える。と言うか声を漏らさないようにしながら鼻を抑えている。
 ……唯一の頼れるお方がショタコンだとは考えたくはないでござる!



 ◇ ◇ ◇



「心配させてごめんなさいね。もう大丈夫だから」

 心配なのは貴女の性癖ですよ。

 あの後、いくら呼び掛けても反応を示さないネカネさんに業を煮やし、手元にあったナースコールを躊躇うことなく押してやったのだ。当然、何が起きたのかと駆けつけてくるナース達……若い人はあまりいないようで少し残念な思いになったが、ベッドの脇で前のめりになっているネカネさんを見て慌てて連れ出していった。
 と、ネカネさんがいない間を狙ったように入れ替わりで入ってきた主治医が目を覚ました俺の様子を確認していった。何故、ネカネさんは主治医を呼んでくれなかったのかと疑問は残るが、確認し終えた主治医……名前は知らんが薄幸そうな男性が出ていくと、またまた狙ったようにネカネさんが入れ替わりで入ってきた。

 ……元気そうでナニヨリですが、どうせだったらショタ疑惑もぬぐいさって、るよな?子供には見せられない、教育現場の実態!みたいなことになってねぇよな?……俺は何を言ってんだ?

 とりあえず、今は少しでも良いから情報を集めよう。

「ねぇ、お姉ちゃん」
「なぁに?」
「僕、お姉ちゃんの魔法を教えてほしいな」

 まず最初は近くにいる人が使っている魔法を聞いてみる。記憶がないから魔力の運用方法も分からんし、言葉として覚えてるのは『魔法の射手』と『雷の暴風』、『千の雷』だ。漫画を読み込んでたからこの3つはラテン語も覚えてる。が、全部が攻撃魔法の上に3つの内2つは中級以上の魔法。練習する場所なんざありゃしねぇ。

 俺の希望としては、現代生活において使えるレベルの魔法から徐々に学びたい。特に、今の科学を以てしても成し得ない事……簡単な重力制御魔法や治癒魔法、本や食材を半永久的に保存するための魔法等々。
 後は、運動をしないと体の成長を妨げるから武術を修めたり、また起きてしまうかもしれない襲撃に備えておくためにも対魔法・対物理障壁の強化をしたり……あれ?俺、寝る時間あんのか?

「良いわよ。魔法学校に行くんだったらネギも魔法を習うんだし、簡単な魔法だったら私が教えてあげるわ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「……あら、なぜだか鼻血がでてきたわ。なんでかしら」

 あんたがショタコンだからだよ!!

「ネギーーッ!」

 ネカネの痴態に呆れていると、燃えるような赤い髪を靡かせながら少女が勢いよく部屋へと入ってきた。その子は見た目からしてツンデレ少女で、数少ないネギの幼馴染みのアーニャに違いない。

「もう、心配したんだからね!いつもいつもネギは周りに迷惑ばかりかけるんだから」

 入ってくるなり一人でぶつくさ言い始めるアーニャ。最初の部分以外は過去の話のようだから、原作にも描かれて無かった要所要所だけを聞き取りながらその他は全部聞き流す。時々相槌を打ったり「あー」とか「うー」とか言って流している。誰が好き好んで真っ正面からツンデレの相手をせにゃならんのだ。
 ただでさえ面倒な感じが漂っているショタコ……ネカネさんがいるってのに……って、あれ、ネカネさん?

「お、お姉ちゃん?」
「……ウフフ、ネギは可愛いわねぇ」

 ファット!!……それは脂肪か。
 ファッキン!!どこか近くにまともな人は居ないのか?誰か、この際ちょうど良いタイミングにしかやってこなかった主治医でも良いからこの状況から助け出してくれ!

 ……ん?

「んぅ?」
「……ネギ?」

 なん、だ?頭が痛くなってきた……
 ぐぬ、次第に激しい痛みが……こりゃただの頭痛じゃない。記憶の波が、ダムが決壊したかのように流れ込んできてるんだ!今の俺はネギ・スプリングフィールドだという基本的な情報が一番最初に流れ込んできて、そこからどんどんと今までの記憶が頭の中を駆け巡る。果ては悪魔襲撃事件でネギが体験したことも。
 だが、今の俺の脳はそこまで発達しているわけでも無いから、押し寄せてくる情報の波を処理する能力が追い付かない。

「ぐ、ううぅぅ……」
「ちょ、ちょっとネギ!大丈夫!?」

 あまりの痛さに平衡感覚がおかしくなり、頭を抱えてしまう。そんな俺の様子にアーニャは異変を感じ取ったのだろうが……そう見えるのならすぐにでも誰か大人を、医者を呼んで来てほしい。ナースコールを押すとかしてほしい。
 ……嗚呼、痛みでまともに言葉を出すこともできない。

 どんどん大きくなる痛みで今にも気絶してしまいそうになるが、まるで思考と感覚が分離されているかのように冷静に物事を考えることができる。いや、それでも痛いものは痛いが。

「ぎっ!ぐうぅ……はぁ、はぁ……ふぅ。もう大丈夫だよ。心配させてごめんね、アーニャ」
「ふ、フン!ホントよ!あまり心配させないでよね!」

 はいはいツンデレツンデレ。
 それは兎も角、ようやく痛みが収まってきた。息を整えるのと同様に、流れ込んできた記憶を整理していく。

 えっと……まず俺がこの世界に来てしまった以前のことからだ。やはり、前の俺は亡くなってしまったようだが。その死因は……心臓発、作?それは良い……何なんだ、死神の手違いって!ふざけんな!オウ、ザッツクレイジーなんて笑い飛ばせると思ってんのか!?
 ……まぁ、納得できないが既に過ぎてしまったことだ。次にいこう。●●●●●としての意識が覚醒するのは悪魔襲撃事件直後で、情報の凍結もほぼ同時に。……そうか、さっきの頭痛はこれが原因か。
 でと、次が最後か。三つ目は……才能の付加?何々、『魔術』『体術』『創造』……他にも試してみなければ分からない物も上から羅列されて浮かんできたが。あれ、ネギのハイスペックがチートされたぞ?いいのか、主人公がこんなにバランスブレイカーな能力を兼ね備えてても。嗚呼、『俺』と言うイレギュラーがいる時点でこの物語は一つの平行世界とでも言えるか。

 ま、取り敢えず長く太く生きられるよう努力はしてみようかな!

「ウフフ、ネギは可愛いわねぇ……」

 何だろう、急に不安になってきた。誰かこの人を正しいレールに軌道修正してくれないかなぁ……多分、無理なんだろうが。



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