第3話



 決意を新たにした悠陽であったが、さしあたってできることはほとんどなかった。何せ、いかに優れた計画や構想があろうとも、乳歯すらも生え揃っていない赤子では、会話すらままならなかったからである。

 大人どもによる屈辱的な仕打ちに耐えること2年、やっと彼女に機会が訪れる。
 2歳の誕生日を祝う宴の後、煌武院家当主にして祖父でもある雷電と二人っきりで話す機会を得た悠陽は、切り出した。

「御爺様、此度の誕生日を機に、悠陽から御爺様に申し上げたきことがございます。これから申し上げることは、あまりにも奇怪にして常識ハズレのことにございますれば、さぞ御爺様もあきれられることと存じますが、何卒最後までお聞きくださいますよう、伏してお願い申し上げます」

 およそ2歳の幼児には相応しくない言葉遣いで語りだした娘を見て、雷電は驚きを隠せないでいた。普通、二歳の幼児といえば、言葉を覚え始めたばかりであり、もっと無邪気にじゃれついてくるものではないだろうか。


 孫娘の異常を前に雷電が硬直している隙に、悠陽はこれまでの自分の二度にわたる人生について、ハマーンについては触れずに語った。ハマーンの精神が自分の体に同居していると知られたら、得体の知れない亡霊に孫娘が乗っ取られたと誤解されるのではないか、と恐れたからである。

「今度こそ、今度こそ、BETAから日本を守り抜き、BETAを地表から取り除きとうございます。しかれども、わたくしは未だに幼児の身にて、できることがほとんどございません。何卒ご支援をお願いしとうございます」

 当初こそ、孫娘の言動に仰天した雷電であったが、孫娘のあまりにも具体的な話を聞き、真摯な願いに触れ、ともかくも悠陽を信じた。
 どこに、これほどまでに可愛い孫娘を信じない祖父がいようか。もしいるとすれば、その者は人ではなくBETAの新種であろう。主観的には一分の隙もない完璧な論理にもとづき、このように断定した上で、彼は尋ねる。
最悪の未来を回避するために、そなたは何をしようとするのか、と。

 それに対する孫娘の返答は、簡潔なものであった。

「御爺様、まずは日本の技術力、国力を増強してBETAの東進に備えとうございます。具体的には、当家とも近い御剣財閥を用いて、わたくしが二度の人生において会得いたしました技術をもとに軍事技術開発を行います。これは、当家と御剣家の力をも強くいたしますれば、今後事態が如何様に進展いたしましょうとも、わたくしたちはもっと動きやすくなるはずでございます」

「あいわかった。ともかくも、まずは動き出さねば何事も先には進まぬ。御剣のほうに極秘裏に話をつけて、内密に何名か技術者を派遣してもらえるようにいたそう。それでうまくいくようであれば、もっと大きい規模でやればよい」





――ふぅ。何とか御爺様を説得いたしましたわ。ハマーン、この後はどう動きましょうか。
 雷電と話し合った後、自宅に戻った悠陽はハマーンに向かって語りかけた。

――まずは、偽名を使ってミノフスキー理論に関する論文を執筆すべきであろうな。ペンネームはトレノフ・ミノフスキーでよい。問題は、ヘリウム3をどうするかだ。ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉を作るためには、どうしてもヘリウム3が必要となるが、現状では月面か木星以外での採取は絶望的なはずだ。

――その熱核反応炉は、「もびるすーつ」を作製する上で不可欠なものなのですか?

――そうだな。まず第一に、モビルスーツの動力源として、バッテリーではなく小型の熱核反応炉を使いたい。第二に、ビーム兵器をはじめとする宇宙世紀の各種兵装にはミノフスキー粒子を用いたものが多いが、ミノフスキー粒子はこの熱核反応炉以外では精製できない。だから、ヘリウム3をどれくらいの量入手できるかに全てがかかっているといってもいいだろう。

 ハマーンの説明を聞いて、悠陽は唇を噛む。折角、戦術機改良のための素晴らしいアイディアがあるというのに、月はBETAに占領されていてヘリウム3採取はまず無理である。
やや落ち込んでしまった悠陽を見て、ハマーンは続ける。

――ヘリウム3については、時間はかかるが人工合成も不可能ではないし、いずれ方策を考えるとしよう。次に特許をとっておきたいのが、超硬スチール合金だ。60ミリクラスの機関砲相手では厳しいが、戦術機の主兵装の一つである36ミリなら問題なく弾くはずだ。これは現在の技術でも十分加工可能であるし、早めに実用化に向けた措置をとっておくべきだろう。もっとも……BETA相手では装甲としては些か心もとないのに変わりはないがな。

――ハマーンが乗っていたキュベレイにはガンダリウム合金が使われていたそうですけれど、これは作れないのですか?これがあればBETAとの戦闘でも破損しにくい機体が製作できそうですが。

 ハマーンと共有した記憶をもとに、こう質問する悠陽。いくら記憶を共有しているとはいえ、記憶とは記録であり、その背後にある工学をきちんと理解することなくしては、その意味を把握できない。だからこそ、ハマーンと常にこうした脳内対話を繰り返し、未来の技術の吸収に励んできたわけである。

――残念ながら無理だ。ガンダリウム合金は大気圏内では作ることができない。どうしても月が必要となる。

――また月、ですか。こうも月資源の有用性について聞くと、月を支配したからBETAはあそこまで強くなったのではないかと疑いたくなります。

 思うままにならず、思わず愚痴を呟く悠陽。精神年齢は40歳を越えているはずだが、精神は肉体に引き摺られるとでもいうのか、老成しているとは言いがたい。

――そう悲観することもあるまい。大体、BETAを構成する物質には未だに未解明のものも多いというから、我々で調べてみたら、案外有益なものが発見できるかもしれぬ。だからこそ、ミノフスキー理論仮説の提唱、超硬スチール合金技術開発と併せて、BETA分析を我々自ら徹底的に行う必要がある。雷電殿を通して、BETAに関するラボを手配してもらえるそうだから、幸先は決して悪くないぞ。

 ともすれば悲観的になりやすい悠陽に対して、採り得る手段はいくらでもあると考え、常に最良のオプションを模索するハマーン。22年の人生経験しかないが、ネオ・ジオンを率いてエゥーゴやティターンズと遣り合ってきただけのことはある。

――そうですね。それで、政治的な方面はどうしましょう。わたくしの記憶が正しければ、あと二年もしないうちに米国がG弾を開発して、G弾運用に基づく対BETA戦略を採用することになりますが。

 二度の人生において、常に米国の暴走に苦しめられてきた悠陽は、米国に対する危惧をぬぐいきれない。
 圧倒的な経済力と技術力を背景に、日本の国政にも繰り替えし介入し、国内情勢を悪化させた傲慢なやり口に彼女が好意的になる理由はなかった。

 これに対して、ハマーンの回答は簡潔なものであった。曰く、当面はほうっておくしかない、と。
 地球連邦相手に闘争を繰り返してきたハマーンにとって、超大国が傲慢なことはむしろ当たり前の話であった。
 彼女に言わせれば、国とは大きくなればなるほど、国内での意見統一に時間がかかり、決断に時間がかかるものである。

 しかも、内部に雑多で多様な政治集団を抱え込むため、政治工作が非常にしやすい。真正面からぶつかったら間違いなく負けるが、搦め手を巧みに使えば如何様にも米国の圧力など受け流すことができるはず。かつての日本に何よりも欠けていたのは、政治家および官僚集団であった。いかに榊首相が老練であろうと、彼を支える官僚がバラバラではできるものもできなくなる。

 このようなハマーンの説明を受けて、悠陽は改めて恥じ入った。
 かつて、自分はBETA対策に奔走するあまり、国家関係を汚いものとして直視しようとせず、蔑ろにしてしまったのではなかったか、と。もし自分が早い段階から、榊が動きやすいように努力していれば、日米関係はもう少しマシだったかもしれない。
 また、米国内の動向をもっと正確に見極め、米国内動向に裏口から影響を与えようとしていたら、米国内であそこまで急激にオルタネイティヴ5派が躍進することを防ぐことができたのではないか、と。

 もともと、日本帝国には、榊を除けば、長期的で広い視野にたって国家の大計に考えをめぐらす器量の大きな政治家がいなかった。
 言い換えるならば、悠陽が政治の師と仰げる人物がいなかったのである。それゆえに、ハマーンとの対話は悠陽にとって新鮮であり、非常に貴重なものでもあった。

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