番外編その3『ある日のシャルロット:その1』


それは久しぶりに巡ってきた小さなチャンスだった。
箒が剣道部の練習試合でどうしても七時過ぎまで帰ってこれなくて。
ラウラが織斑先生に緊急の用事とかで呼び出されて、これまたしばらく
帰って来れないって。
なので授業が終わって自室に戻ってきてから、僕はすぐにシンの部屋に行った。
今日ほど部活をしていないことに感謝したことはなかった。
色々な部活から誘われているけど、断ってきて良かったって思った。
だって久しぶりに三時間ちょっとの時間だけど、シンと二人っきりになれるんだから。

僕は半ばスキップしながら廊下を進んでいく。
まだ日も明るいしシンが悪夢でうなされることもない。
いつもの点滴も一、二限を欠席してもう実施しているし、シンは放課後、何も用事がないんだ。
だから心置きなく、シンと一緒にいられるんだ……ふふ、すっごく嬉しい。
あっという間にシンの部屋まで着いて、僕はいつも通り、何の気なしにその扉を開ける。
いつもシンは僕達が夜にやってくるので、部屋の鍵をかけないようになっていた。
だから僕は早くシンに逢いたい一心で無遠慮にその扉を開けたんだ。
そしたら突如目に飛び込んできた、天高くそびえる、69口径のパイルバンカー。


「シン、入るね? 今日は箒もラウラも遅くまで帰ってこないでしょ?
 だから今日は僕が…………ほぇ?」

「へ? ……………………………う」

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」」


僕とシンは同時に大声を上げて互いに反対を向く。
状況を説明しておくと、僕が扉を開けると目の前には下半身丸出しのシンが。
ベッドに私服が散乱していたのを見るに、どうやら制服を脱いで着替えていたらしい。
そしてちょうどパンツを履き替えている最中だったらしく、彼の分身はぼろんと露に
なっていたわけで。
あ、あわわわわわわ………!!!
ど、どうしようどうしよう! さっきのが目に焼きついて消えないよ!?
し、シンのってあんなに大きかったの……!?
いつも上半身は汗を拭くときに見てるけど、し、下は初めてで……。
ぼ、僕がネットで誤って表示させてしまった広告にあったそれよりもずっと大きい……。
あ、あれ……? どうしたのかな僕……。身体が、やけに熱いような……。


「お、おいシャルロット! 後ろ向いてるだけじゃなくて、一旦部屋から出てくれよ!
 気になって着替えられないよ!」

「ふぁっ!? あ、ごめん!」


僕は慌てて部屋を飛び出した。
…何かシチュエーション的に立場が逆のような気がするけど、気にしないほうがいいよね。
それよりも僕はシンの逞しい雄の象徴が頭から離れず、一人廊下で悶々とする羽目になった。
そして何故か分からないけど、その時僕はとてつもなく不謹慎なことを考えてしまっていた。
後で後悔するくらいに下卑たこと……。


……アレが傷だらけじゃなくて、本当に良かったって。































「…………………………」

「…………………………」


あれから三十分、僕とシンは互いに口を開かないまま、それぞれがベッドに腰掛けて、動かず。
何と言うか、居心地の悪い空気じゃないんだけど、とてもこそばゆいというか……。
何でか無性に恥ずかしくて、でもシンのことが気になって。
僕はチラッとシンの方を横目で伺う。と、


「あ…………っ」

「……………っ」


シンと目が合った。
どうやらシンも僕のことを伺っていたらしい。
それがまたすごく恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだった。
ど、どうしよう……シンのこと見れないよ。
せっかくシンと二人っきりになれたっていうのに………。
僕はこのチャンスをフイにはしたくない一心で、ぐっと立ち上がった。
シンが僕の方を向いているのが分かる。
どんな表情をしているのかは見えない…。
気にならないといえば、もちろん嘘になる。


「ね、ねえシン。今日は僕が夕飯を作ってあげるね!
 いつも学食で食べてるし、そうじゃない時はセシリアが作ってるでしょ?
 だからたまには僕もやろうかなって」

「えっ? いや、別にそんな手間かけなくても学食で食えばいいじゃないか。
 俺だって心苦しいし、シャルロットだって料理作るなんて面倒だろう?
 そんな、俺なんかのためにそんな苦労しなくても………」

「面倒なんかじゃないよ! シンに僕の手料理を食べてほしいんだよ!
 そ、それともシンは、僕の料理なんか食べたくないの………?」


反射的に叫ぶようにそう言った僕に対して、シンは勢いよく首を横に振っている。
シンはいつも「俺のことなんか」って自分のことを卑下する。
心から自分のことなんかに誰かが時間を費やすのを嫌っている、それが分かる。
そしてそれがシンの優しさからくるものだとも、分かっている。
でも、だからこそ僕は、僕達はもどかしいし、悲しい。
僕達は本当にシンに尽くしたいから傍にいるのに。
シンはそれを申し訳なく感じるばかりなんだもの。
だから僕はそれを何とか打開したい。
さっきまでの恥ずかしさはどこへやら。
僕の心にはさっきまではなかった、烈火の如き炎が燃え滾っていた。






























「おまたせ、シン。僕特製のシチューだよ。
 さ、召し上がれ」

「お、おお……いい匂いだな。
 わざわざ家庭科室で作ってきてくれたのか。
 サンキューなシャルロット」


三十分ほどかけて作った僕のシチューを前にして、シンは満面の笑顔を浮かべた。
……こうやって心から喜んでもらうと、僕も嬉しい。
こんなに身体がフワフワするのなんて、シンと出逢うまでは一度もなかった。
逆を言えばシンと出逢ってからは、かなりの頻度でフワフワするようになったけど。
そういえば、シンは学食よりも誰かの手料理のほうを喜ぶ。
それは誰でも同じことなのかもしれないけれど、でもシンの場合はそれが一層深いというか、
……どこか悲しげというか。
何でそんな顔するのか聞きたいけど、今まで聞けなかった。
聞いてしまったら、シンを傷つけてしまう。何でか、そんな気がしたから。


「シャルロット? 何ボーッとしてんだよ。
 ……まあ、いいか。いただきまーす」

「え? あ、ああうん。遠慮しないで食べてよシン。
 一杯作ってきたから。…………どう、シン。
 美味しい、かな………?」


シンは大きく口を開けて熱々のシチューを一口頬張った。
モムモムと笑顔で咀嚼するシンを見ていると、何故か胸が高鳴ってくる。
目の前の男の人に対して、愛しさがこみ上げてくる。
これが大好きな人にご飯を食べてもらう感覚、なのかな……。
新婚さんが旦那さんにご飯食べてもらうと愛情が増していくって聞いたことあるけど、
これがそうなのかな………って!!
ま、まだ僕とシンはそんな関係じゃないよ!
…できれば、そうなって欲しい、けど。
なんて甘酸っぱいことを考えていると、不意にそれは起きた。


「うむっ!? う、ぐぐぐぐぐ………!!?」

「…えっ!? し、シン!? あ、喉に詰まっちゃったの!?
 み、水、水を………!」


僕は慌てて洗面台へと駆け込む。
そしてコップを取ろうとしたんだけど………。
そんな時に限って手が滑って、哀れコップは床へと吸い込まれて……。


「あ、あわわわわ…! どうしようどうしよう………!!」


そんなことをしている間にもシンは苦しそうに唸っている。
僕は情けないことに混乱してしまって…。
でも自分の手のひらが視界に入ったことであることを閃いた。


「そ、そうだ。これなら………!」


僕は両手に水を汲み取ると、それをシンのところまで持っていった。
ただの応急手段だと思っていた。
シンの口に僕の手を持っていって、シンは反射的にそれを口に含んだ。
……僕の指を、口に含んだんだ。


「……あ………」

「ぐ……はむ。…こく………こく………こく………」


シンは一心不乱に僕の指に吸い付く。
そこに溜まっている水を喉を鳴らして飲みこんでいく。
そして水を全部飲み干すと、シンはようやく今の体勢に気付いたらしく
恐る恐る僕の指を口から離した。
チュプッっという音とともに、シンの口元と僕の指先に繋がっていた一筋の糸がきらめいて消えた。

シンも僕も顔を真っ赤にして互いが互いにそっぽを向く。
僕はそっと、シンが吸い付いていた指先を見つめる。
そこはテラテラと濡れていて、それを見つめる僕の心が、揺れ動く。
まるで酩酊したような感覚に陥った僕は、無意識にその指先を口に含んでいた。
甘い……とても美味しい……。
これがシンの……彼の味、なんだね……。


「お、おいシャルロット………!?」


シンは僕の様子を横目で見ていたらしくやけに狼狽していたけど、それでも指を口に含む僕から
目が離せないでいるようだった。
ようやく僕がそれを終えると、シンはとうとう俯いてしまった。
もちろん、僕も。
でも………何でだろう、とっても、とっても………心が温かかった。
だから、僕はシンの横に腰掛けて、今出来る精一杯の笑顔で、言ったんだ。


「えへへ……とっても美味しいね、シン」

「う…………、お前らはどうしてそんな恥ずかしいことを平気で言えるんだよ………」
 

僕はシンの手に自分の手を添えながら、そっと心の中で呟いた。
この言葉を口にしちゃったら、多分止まらなくなると思うから…臆病者だね、僕は。
でも、それでもいいよ。今日はちょっとしたチャンスなんだから。
こんな大切なことは、もっと別の機会に、ね。
だから、心の中で、できればシンにこの気持ちが伝わることを願って。
シン、それはね………。





愛ゆえに、だよ。



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