番外編その4『恋愛ゲームで好きしてっ!:序章』
初めにお伝えしなければいけないことがあります。
これは今現在の本編からちょっと先の未来のお話。
ちょっと先の、ちょっぴりずれた世界線のお話。
本編の行く末に今回のような出来事が起きるかといえば、それはまだ誰にも分からない。
しかし未来というのはその時の行動で如何様にも変わっていくもの。
主人公シン・アスカの行動次第では今回の出来事以上のハプニングが起きる可能性も、
またゼロではないのです。

では、この物語を一ページずつ読み進めていくとしましょう。
今回はさわりの部分。
まさに序章と呼ぶに相応しい、果ての見えない人生ゲームの、一マス目のようなもの。
その先に広がる物語は、まだ誰にも分からない。
当事者であるシン・アスカは、この終わらない無限の宇宙に放り出された、漂流者でしかないのです。

さあ皆さんも。
シン・アスカと一緒に、漂っていきましょう。






























ああ……ルナ、久しぶりだな。
お前と離れてしばらく経つけど、そっちはどうなってるんだ?
また以前の混迷した戦乱に逆戻りしてしまっているのか?
それとも議長を倒したラクス・クラインの一派が、それを収束させてくれたのか?
本当はすぐにでも知りたい、俺たちが敗北した後の世界をルナと一緒に見てみたい。
でも……ごめん。俺、すぐにはそっちに戻れそうにないんだ。
俺はまだ、この運命からは逃れられないみたいだ。
でも、それこそ俺らしいのかもしれない。
レイにも言われた。俺はデスティニー・プランの象徴なんだ。
俺は生まれついての戦士だ。俺の運命は、戦闘の只中にこそあるのかもしれない。

でも、俺はそっちに戻るのを諦めちゃいないぜ?
だって、あんまりだもんな。
最後に見たルナの顔が、あんな悲しそうな泣き顔なんてさ。

恥ずかしくていつも言えなかったけどさ。
俺、ルナの笑顔にいつも救われてたんだ。
俺より一つ年上で、何かと俺を子ども扱いして、アスランのことばっかり気にしてさ。
でもいつも友人として明るく接してくれて、アスラン脱走の際は一緒にメイリンも
撃墜してしまった俺を許してくれて、一緒に泣いてくれて。
ルナと初めてキスしたあの時さ、戦闘前で不謹慎だけど、滅茶苦茶嬉しかったんだ。
努めて平静にしてたけどさ、顔から火が出そうになってたんだぜ?
そういえばあの時いきなりレイが入ってきたからびっくりしたよな?
なるべく不自然にならないようにさり気なく互いに離れてさ。ははっ。

…だけどあれから事態はより複雑に、戦局はより苛烈になっていって、ルナの顔から
次第に笑顔が消えていってさ。
俺の力ではルナに楽しそうな顔はさせられなくて、ただ戦って早く戦争を終わらせようと
することしかできなくて。
俺がデスティニーと光の中に呑み込まれるその時まで、お前はくしゃくしゃに顔を歪ませて。
涙を止め処なく流して、俺の名前を呼び続けて。
……本当に、ごめん。

今は『ここ』でしか謝れないけど、待っててくれ。
俺、必ずそっちに戻るから。
例えどれだけ時を費やしても、どれだけ怪我を負ってボロボロになっても。
もう一度だけでいい、見たいんだ。ルナの太陽みたいに咲いた笑顔が。
だから、俺が全てを成すまで、俺を待っててほしい、ルナ…。

あ、でももしお前の傍に新しい男が、お前を支えてやれるアスランみたいな男が既にいるのなら…。
俺はそれを、涙を飲んで祝福してやる。
とても悔しいし想像したくもないことだけど…。
でも俺は、ルナが悲しい顔さえしていなければそれでいいんだ。それで………………。




          ・




          ・




          ・




          ・





「あーーーっはっはっはっ! いやいやあっくんは相変わらず面白いなぁ。
 でもでもこの束さんの顔を見た瞬間に妄想の世界にトリップするのは頂けないなぁ。
 こーんな超絶巨乳美女サイエンティスツと密室で二人きりになる機会なんて滅多に
 ないんだから、あっくんも少しは束さんに注目して、エッチなテントいっぱい張ってぇ…」

「っ…………!!! 黙れ黙れぇ!! 何が『密室で二人きり…』だ!
 俺をこんな愚策で謀ったくせして、何を偉そうにっ!」


癪に障る高笑いによって一気に現実に引き戻された俺は、ルナとの邂逅に未練を残しつつも、
目の前にて体をクネクネさせる自称天才イタズラウサギに向かって、持っていた丸めた
手紙を投げつけた。
しかし持ち前のウサギの如きフットワークで華麗に避けてみせる束。
その勝ち誇ったドヤ顔が堪らなく憎たらしい。腹パンでもしてやろうか。


「愚策とは失敬な! この恋愛不器用な束さんの行使しうる最大の手段を用いたってのに!
 そもそもあっくんはその愚策にまんまと引っかかって今ここにいるんだから、説得力
 なんて皆無だよ〜んだ!」


なっ!? ぐ、ぐぐぐ……! 言うに事欠いてこの女ぁ……! 
二度までも男の純情を踏みにじっておいて、よくそんな事をのうのうと言える…!

時刻は十六時十五分頃。
授業を終えたうら若き乙女たちが部活に遊びに勉強にとそれぞれの青春を謳歌している頃、
俺はというと学園と医療施設との間に位置する運動公園の、そこに設置されている朽ちかけた
物置小屋へと足を運んでいた。
この物置小屋、以前はこの公園を掃除するキーパーさんたちの休憩所だったらしいが、学園の規模が
年々拡大し生徒数も大幅に増加したことを機に専門業者を雇うことになった。
その結果この小屋は物置として使われるようになったが、それもついに御役御免となり、
来月に取り壊しが決まったのだった。
雨風に晒され続けたコケの生えた木製扉には『立入禁止』の札が下げてあったが、俺は気にせず
そこに入った。
そんな人気の全くないこの場所に何故俺がわざわざ赴いたのかというと、事の発端はあの手紙が
俺の机に入っていたことに起因する。
デジャヴを感じなかったわけではないが、俺はその悪魔の誘いに乗ってしまった…。
その結果目の前にはあんまり顔を合わせたくなかったロリババァがいる。


「ロリババァとは失礼なっ!! 小難しい言葉を並べてるようだけど、要はあっくんは私の
 用意した偽ラブレターによってまたもこんな人気のない場所へ呼び出されたわけだ!
 ここまで二十分もかけて! ヘトヘトになりながらもやってきたわけだ! 私に騙されて!
 またしても同じ罠に引っかかった自分に激しく嫌悪したあっくんは意識を数分間トリップさせていたわけだ!
 それを私の美声によって覚醒された、と! それが事の顛末だよ!
 もうちょっと簡潔に言いなよ簡潔に! 私、回りくどいのは嫌いだなっ!」

「て、てめぇ……! 誰のせいで現実逃避していたと……ちっ!」


俺は舌打ち一つして踵を返す。
くそったれが……、そもそも俺はこの篠ノ之束という人間が好きじゃないんだ。
いつも不可解なことばかり言いやがるし、そのくせこちらの質問には一切答えやがらないし。
こんな得体の知れない女、篠ノ之の姉ちゃんでなければ完全無視を決め込んでいるところだ。
腐りかけた床板を踏み抜かんばかりに踏みしめながら、入り口へと向かう。
と、ノブに手をかけようとする直前、束がそのムチムチした体を滑りこませてくる。
突然横から飛び出してきたものだから、驚いて一瞬止まってしまう。


「行かないでよ」

「…………あ?」


ほんの一瞬垣間見せた弱弱しく揺れる瞳に目を奪われる。
と、彼女はすぐに満面の笑みを浮かべ、ニヤニヤしながらにじり寄ってくる。
まるで先ほどまでの自分の姿を忘れさせようとしているようにも見えて…は、考えすぎか。


「んっふっふ〜。そんな怖い顔しちゃってあっくんたらぁ。
 この束さんを無視して帰ろうなんて失礼にも程があるよ〜?
 あっくんこそ箒ちゃん以下たくさんの彼女がいるくせにラブレターに釣られてほいほい
 やってくるなんて! お姉さんは悲しいぞぉ〜んん?」

「なっ!? お、俺は別にラブレターに釣られてなんか!
 ただ今は誰かと付き合うとか考えられないからきちんと断りに来ただけだ!
 それにたくさんの彼女って何だよ!
 篠ノ之たちと俺は別にそんな関係じゃあ……」

「おいおい、それはないでしょ〜」


急に吐き出された怒気を含んだその言葉に思わず息を呑む。
見ると束は眠たげないつもの目とはうって変わった厳しいそれに非難めいた眼光を宿して、
俺を睨みつけていた。
表情も普段とは別人と思えるほどに引き締められていて、どことなく篠ノ之の怒った顔に似ていた。
彼女はそれをグイッと真近まで近づけて、俺の顔を覗きこんでくる。


「君は随分と箒ちゃんたちの世話になってるよね? それはもう、甲斐甲斐しいなんてレベルじゃないほどに。
 それに君、彼女らに対して本番以外のほぼ全てのプレイをしてしまっているよねぇ?
 それが故意でなかったとしてもさ、それによって箒ちゃんたちは君の虜にされてしまっているんだよ。
 比喩でも何でもない。君は彼女たちを魅了し、惹きつけ、堕とし、屈服させてしまってるんだよ。
 彼女たちは、もう君以外の男を受け入れられない。
 君なしでは生きられなくなってしまったんだよ。
 あっくんは、それをきちんと自覚しているのかい?
 あっくんはね、彼女たちを屈服させた責任を取る義務があるんだよ。
 それを放棄するなんてことは、流石の聖人君子である束さんも見過ごせないなぁ」

「ぶふっ!? い、いや、そんな馬鹿な。
 俺、別に篠ノ之たちを堕としてなんか…………………………」


束の糾弾はあまりにも強引にみえて、でも本人は少しも冗談めかしてなんかなくて。
俺はその言葉を否定すべく必死に思考を巡らせる。
……やはり篠ノ之たちを辱めることなんて何も…………いや?
あるな……あの禁断の『鬼神殺し』を何故か飲んでしまうことが多々あって、その度に篠ノ之たちと
過剰すぎるスキンシップを繰り返していた気が……。
でも『寸止め地獄十二時間耐久』とか『ずっと俺様のターン!ゲーム(王様ゲーム)』とか『全身くまなくキスで愛撫』
とか『ぬるぬるローションマッサージ(二時間コース)』とか『高級ソープのご奉仕を体験してみよう!』とか
『わかめ酒? それって美味しいの?』とか、別に大したことじゃ……………。
………………………………………………やだ、俺、前科多すぎ…………………………………………………?


「思い当たる節があって安心したよ。でも箒ちゃんたちにそこまでの事をしているくせに、
 彼女とは認めないのかい? それじゃあただの最低男じゃーん!」


………返す言葉もない。
確かに俺は酔った勢いのまま彼女たちに好き放題することが増えていた。
飲んでいた水がいつの間にか酒にすり替わっていたり、食事の中にそれが多量に混入されていたりと
原因は様々だが…結果セクハラ紛いの事をしていたのは、変えようのない事実で…。
だ、だけど彼女なんて…。俺、元の世界に帰らないといけないのに、彼女たちを悲しませるわけには……。
頭を抱えて呻く俺をじっと見つめていた束は、今までの真剣な顔つき緩ませると、数歩後ろへ下がり、
いつもの底抜けに明るい声で、唐突にある提案をしてきた。


「ねえねえあっくん、ゲームやってみないかい?」

「……へ? な、何だよ唐突に? というか、え? ゲーム?」

「んっふふ〜、え〜っと……あった! ジャジャジャジャーン、これだぁ!」


束はおもむろにその豊満な胸の谷間に手を突っ込んだかと思うと、そこから何かを引っ張り出した。
あれは……CD−ROM?


「これが、束さんが人生で初めて製作した自作同人ゲームなのですっ!
 あっくん、さあこれを今すぐプレイするんだ! 周辺機器は揃っているし、
 そもそも今日あっくんを呼んだのはこれをプレイしてもらうためだったんだから!」


言うが早いが束は右手を天高くかざし、指を軽快に鳴らす。
すると床がパカッと開いてせり上がり、そこには高級そうなゲームチェア、台に乗った純白の家庭用ゲーム機があった。
目の前の壁にはモニターが下りてきて、おsこから伸びる無数のケーブルは全てゲーム機に設置されている。
あまりに突然だったので、混乱気味に聞き返してしまった。


「ちょっ、待てよ!? 何で訳も分からずそんな妖しげなゲームをしないといけないんだよ!?
 そもそもそれをプレイする理由は何だよ!?」

「ん〜今はまだ言えないかな。でもね、このゲームはあっくんにとってきっと色々と考えさせてくれる
 良いゲームだと思うよ? 
 とりあえずはさ、一度プレイしてみてよ。
 絶対束さんの創り出した世界観にのめり込むはずさ!」

「そんなの信用できるかよ! アンタの発明には碌なものがないのは今までの経験で十分分かってるんだ!
 俺の質問に答えようともしないくせに、勝手なことばかり言うんじゃ………」


俺はそこまで喚いたところで、ぐっと喉を詰まらせる。
それは俺を黙らすほどに質量を持ったプレッシャーを放つ束の所為に他ならない。
まるで織斑先生が目の前で出席簿を振り上げているかのような圧力に、知らず体を強張らせ、
口をきつく結んだ。


「あっくん……。あっくんが私に不信感を持っているのはよく分かっているけど、今回は素直に
 従ってくれないかな? このゲームはあっくんのためだけじゃない、箒ちゃんやちーちゃんの
 ためにも用意したものなんだよ。
 だから、今は黙ってコントローラーを握ってくれないかな?」

「ぐ、あ、で、でも俺、ゲームなんてほとんどしたことないし……」

「大丈夫大丈夫っ! このゲームはアクションやシューティングの要素は皆無!
 ただ時たま表示される二択を選んでいくだけの単純なゲームだからっ!」


先ほどまでのプレッシャーが嘘のように消え去った。
俺の言葉に脈ありと受け取ったらしい束は、嬉々としてゲームの説明を始める。
…そんなに俺にそのゲームをさせたいのか?
やはりこいつの事だけはさっぱり分からない。
俺を怯ませるほどのプレッシャーを放ったと思ったら、いつもの飄々としたウサギに逆戻り。
一体何者なんだよ、本当に……。
と、ふと先ほどの束の説明に疑問を覚え、聞いてみる。


「おい束、さっき二択を選んでいくだけとか言ってたけど、そんなゲーム本当にあるのかよ?」

「あるよ? 恋愛ゲームだもん」


言われて、ほんの少しだけ芽生え始めていたやる気の苗が、一気にしぼんで土へと還っていく。
れ、恋愛ゲーム……。
確か現実に存在しない女の子と愛を育んでいくことが目的のゲームだったはずだ。
くだらない、デジタルの中にしか存在しない女の子と仲良くして、何が面白いのか。


「うっ、その顔はあからさまにやる気が潰えたとみた!
 恋愛ゲームは面白いんだよ! というか私が作ったんだから面白いに決まってるじゃん!
 …あ、そうだ! あっくんこの冊子を読んでみなよ!
 このゲームに登場するキャラクターがイラスト付きで載っているんだよ!
 これでやる気もあっくんもビンビンだね! やったね!」


束はピョンピョン跳ねながらその四次元胸元から一冊の小冊子を取り出す。
表紙にも裏にも背表紙にも何も書いてない。
ゲームの小冊子ならタイトルくらい書いていて然るべきだと思うが…。
まあ束が気まぐれで作ったものだろうし気にするだけ無駄か。
期待に満ちた視線を向ける束から目を逸らしつつ、居心地がこれ以上悪くなるのも嫌なので、
しぶしぶ最初のページをめくる。
まず飛び込んできたのは、このゲームの主人公らしき男の子。



― <ruby><rb>飛鳥 真</rb><rp>(</rp><rt>あすか しん</rt><rp>)</rp></ruby>― イラスト付き

聖インフィニティ学園二年 十七歳 帰宅部
十四歳の頃父親の仕事の関係でアフリカへ渡る。
しかし現地で勃発した武力衝突に巻き込まれ、目の前で家族を殺されてしまう。
その後失意のうちに日本に帰国、孤児院『種馬の家』で生活を始めるも、二年後経営不振に。
少しでも孤児院の負担を減らすため、望んで園長の知人が経営するボロアパートに移り住んだ。
高校には入学しているものの、生活費と孤児院への仕送りのため昼夜を問わずアルバイトしている。
そのため学園にはほとんど通っておらず、そのボサボサの黒髪と燃えるような紅い瞳、
そしてアフリカにて負った頬の十字傷と相まって生徒達からは不良と認識され、恐れられている。



「う、うわぁ………」


プロフィールを読み終えての第一声がそれだった。
そして二の句はいつまでたっても継げない。
何だこの中学生あたりが考えたような痛々しい内容は。
現実でこんな事があれば確かに可哀想どころの話ではないが、これ、どう読んでもファンタジーの部類だ。
こういうのって何て言うんだっけか?
あまりに痛い妄想をこじらせてしまう病気……そうだ。
確か『中学二年生症候群(チュウニーシンドローム)』とかいうんだっけ。


「違うよ。全然違うよ」


五月蝿いな。
というか突っ込みどころ満載のこのプロフィール、どうしても看過できない点が一つある。
この主人公、名前もイラストも、どう見ても………。


「この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません(棒読み)」

「嘘つけ!」


ちっ……まあこの女が作ったゲームがまともであるはずがない。
しかし登場人物から問題があるとは思わなかったが。
とりあえず気を落ち着けて読み進めるが…。
次のページからは、どうやらこのゲームを彩るヒロインたちの紹介のようだな。



― 篠原 法子(しのはら のりこ)― イラスト付き



「まんま篠ノ之じゃねーかよ!」

「この物語はフィクションであr」

「それはもういいっ!!」


くっ、我慢我慢。こいつのペースで会話をしていたら身がもたない。
気を取り直してプロフィールに目を通していく。



― 篠原 法子 ― イラスト付き

聖インフィニティ学園二年 十七歳 生徒会副委員長兼剣道部主将
容姿端麗、成績優秀な才女で生徒会と剣道部を掛け持ちしている。
実家は大きな剣道場でそこの師範代も務めている。
毅然とした性格で正義感が強く、自身が悪と認識すると何とか更生させようと暴走する困った一面も。
趣味は剣の修行、可愛いぬいぐるみ集め。最近大きくなりすぎた胸が悩みの種。
子どもの頃から親が決めた許婚がおり、同じクラスメートでもある。
彼とは大学入学まではプラトニックな関係のままでいこうと約束しており、処女。



「………ん?」


プロフィールを読み終えて、首を傾げる。
良くも悪くも篠ノ之らしさを反映させた内容なんだけど、これは一体………?


「あっくん? どうしたの? 何か気になることある?」

「ん? あ、いや。何でもねーよ」


束が顔を覗きこんできたので慌てて顔を逸らしてページをめくっていく。
以下、物語のメインヒロインの紹介。



― セシリー・アプリコット ― イラスト付き

聖インフィニティ学園二年 十七歳 水泳部
イギリスからの留学生。
実家は大財閥でセシリー自身も将来財閥を背負って立つべく帝王学を受けている。
性格は高飛車で尊大だが、一度認めた相手には礼節をもって接する。
実はその抜群のプロポーションを生かしてモデル業もしている。
またその九十を超える豊満なバストにも関わらず水泳の大会では新記録を出し続けている
ためインフィニット学園の七不思議の一つに数えられている。
二歳年上の兄がおり、会うたびにべったりの重度のブラコン。
本気で結婚したいとも考えており、今は遠く離れているため寂しい思いをしている。
料理の腕は壊滅的。語尾は「〜ですわ」。処女。



― 李 春蘭(リ シュンラン)― イラスト付き

聖インフィニット学園二年 十七歳 陸上部
中国からの留学生。
一年ほど日本に住んでいたことがあり、日本語は堪能。
実家は中華料理屋を営んでおり母親と共に父親の仕事を手伝ううちに、自身も
プロ級の腕前になった。特に酢豚が得意料理。
サバサバとした性格で思ったことをそのまま口に出すタイプ。
明るいムードメーカーで誰とでも仲良くなれるが、恋愛ごとは苦手。
しかし最近陸上部のキャプテンに告白され、付き合いだした。
これを機に恋愛達者になろうと積極的にデートしている。
小さな胸が悩み。処女。



― シャロン・ディノバ ― イラスト付き

聖インフィニティ学園二年 十七歳 チアリーディング部
フランスからの留学生。
世界でも指折りの自動車メーカー『ディノバ社』社長の一人娘。
中性的な顔立ちでたまに男と間違われることがあるが、本人はそれを嫌っている。
しかし恋愛についてはひたすら一途で、意中の相手以外には女としての自分を見せたくない
という思いから、学園の男子と接する時は一人称を僕としている。
近々実家が大手の自動車メーカーと合併しようとしており、そこの社長の一人息子と婚約している。
相手とは見合いで二・三度しか会っていないがその誠実そうな人柄と大人の男性の落ち着いた
雰囲気に惹かれており、次に相手と会える日を楽しみにしている。処女。



― ライラ・ボークウッド ― イラスト付き

聖インフィニティ学園二年 十七歳 新体操部
ドイツからの留学生。
生まれつき虹彩異色症を患っており、左目に眼帯をつけている。
父も祖父も兄も軍人、母と姉は軍の研究施設で働いている軍人一家。
元々ずば抜けた身体能力を有していた彼女は父と祖父から見出され、戦闘に関するあらゆる
ノウハウを叩き込まれたプロフェッショナル。
しかし荒事にばかり没頭してきたため恋愛に関しては疎い。
またあるきっかけが元で日本のサブカルチャーにハマッてしまい、日本に留学できたことを
密かに喜んでいる。好物はおでん缶。
兄と同期の将校に訓練してもらったのを機に彼を心酔し、『教官』と呼び慕っている。
いつか彼と肩を並べて戦場で戦いたいと願っている。処女。



― 織谷 千尋(おりたに ちひろ) ― イラスト付き

聖インフィニティ学園教員 剣道部顧問 二十七歳
学園の生徒達からは『鬼軍曹』と呼ばれ恐れられているクールビューティ。
一方でその凛とした印象と誰からも振り向かれる美貌、そして抜群のプロポーション故に
彼女のファンも多く、またその肉体を狙っている男も少なくない。
しかし彼女自身は恋愛に興味はなく、その内に秘められた愛情は溺愛している弟に向けられている。
弟さえいれば家族さえいらない。将来は弟のお嫁さんになりたいと真剣に考えている末期のブラコン。
ちなみに家族以外誰も知らないが、ビールと日本酒大好き。
枝豆と焼き鳥とあたりめも大好き。実は処女。



― 山本 真綾(やまもと まあや)― イラスト付き

聖インフィニティ学園教員 文芸部顧問 二十五歳
千尋の後輩でその愛くるしい容姿と人懐こい性格から生徒からの評判は良く、
『山ちゃん』の愛称で慕われている。
低身長ながらも豊満なプロポーションを持っており、年齢問わず男性から告白され、
街を歩けばナンパされ、電車に乗れば必ず痴漢に遭う。
しかし極度におっとりしているため、本人はあまり気にしていない。
三十台前半の先輩教員と密かに交際をしており、現在交際三ヶ月目。
未だ彼と手を繋いだこともなく、彼が積極的になってくれることを期待している。
趣味は恋愛ドラマ観賞、ショッピング、メガネ収集。処女。



「??????????」


おかしい、やはりこのヒロイン達、おかしすぎる。
名前やイラストがまんま俺の知り合いに酷似しているところは百歩譲って目を瞑るが、
このプロフィールの文言だけは、どうしても理解ができない。
と、俺の仏頂面が見るに耐えなくなったのか束が眉をひそめながら尋ねてくる。


「どうしたのあっくん? さっきから難しい顔してるけど、やっぱり何か問題があったのかな?」

「いや問題っていうか……。束、確認するけどこれって恋愛ゲームなんだよな?」

「そうだけど? それが問題なのかな?」

「ああ、いくらゲームに疎い俺でも思うところがある。だってこの女の子たち、好きな男いるじゃないか?」


そう、さっきから俺が感じていた疑問というか違和感はそれだ。
俺が認識していた恋愛ゲームっていうのは、女の子たちと主人公が徐々に仲良くなっていって、最終的に
告白するかされるかして恋人同士になることを目標とするゲームのはず。
しかしこのヒロインたちには揃いも揃って意中の男性が存在する。
その対象が実の兄や弟ならばまだ家族愛で説明もつくが、現時点で既に交際しているヒロインや婚約
してしまっているヒロインについては、フォローのしようがない。
これで主人公はどうやってヒロインたちと「恋愛」していけというんだ?
まあ俺はゲームに疎い、最近のゲームがこうだと言われれば、納得するしかないんだけど。


「確かに普通の恋愛ゲームとはちょっぴり違う部分もあるけれど、このゲームはこの設定でないと
 成り立たないのさ。なのであっくんには悪いけど、設定ということで受け入れてもらうしかないね」

「そりゃ、こういう設定と言われれば、追及なんてしないけどさ」

「おおっ、流石はあっくん話が早いね! ではではあっくん、勇んで続きを読んでくれたまえ!
 次のページからはヒロインたちのお相手さんの紹介なのだぜっ!」


嬉しそうに飛び跳ねるロリうさぎをあしらいつつ、溜息混じりにページをめくる。
残りのページ数から察するに、彼氏のプロフィールでこの冊子も終わりだな。
やれやれ、やっとこの苦行から解放さr



― 山田 信夫(やまだ のぶお) ―

山田流剣術継承者。実力はあまり高くなく、本人は読書をこよなく愛する少し内気な少年。
篠原法子の許婚で、彼女にベダ惚れ。彼女をリードする男になるのが夢。
押しに非常に弱く家庭教師の女性から迫られ、あえなく童貞を散らす。
その女性が妊娠三ヶ月目であることが発覚。女性は法子と別れるよう迫っている。
しかし信夫本人は法子にゾッコンなので、何とか女性に子どもをおろさせるよう、奔走している。



― トミー・アプリコット ―

セシリーの兄でアプリコット家次期当主。
表面は爽やかで人当たりのよいイケメンだが、その裏は傲慢にして人を常に見下している。
女性を性処理の対象と見ておらず、今まで関係を持った女性は飽きると友人に貸し与えている。
また現在もセックスフレンドによるハーレムは拡大中。
しかし妹のセシリーを本気で愛してしまい、近々自分のモノにしようと考えている。



― 石田 鉄次(いしだ てつじ)

硬派で暑苦しい印象だが、その実は裏ルートから入手した薬を用い、狙いをつけた彼氏持ちの
体育会系少女を無理やり手篭めにし、その少女らに売春させることで生計を立てている外道。
陸上部キャプテンになれたのは、その少女らを顧問に貸し与えたことによる所が大きい。
ただ最近遊びで付き合いだした春蘭には、かつて小学生の頃転校してしまった名も知らない
初恋の女の子と似た雰囲気を感じ取っており、何が何でも自分の女にしようと虎視眈々狙っている。



― フランク・オットー ―

世界的自動車メーカー『OTTO社』社長の一人息子。三十二歳。開発部部長。
落ち着いた物腰と女性を魅了する甘いマスクの持ち主だが、実はコアなSMプレイでしか
性的興奮を感じない真性の変態紳士。
今まで数多の女性と関係を持ってきたが、そのハードな責め苦で全員を壊してしまった過去を持つ。
しかし今回婚約したシャロンから天性のMの素質を感じ取り、自分の性癖も受け入れてくれるのでは
と密かに期待している。



― ジョニー・パーカー ―

ドイツ軍所属のエリート将校で将来を有望視されている。
ライラの兄とは同期であり親友。
平時は温和で冷静沈着な軍人の鑑のような人物だが、実は狙いをつけた女性をレイプし
殺害することに至上の悦びを覚える凶悪犯罪者。
それは自身もレイプされた母親から生まれたというコンプレックスに起因する。
しかし最初こそ罪悪感に駆られていたが、今では良心の呵責もなく、ただ自身の快楽の
ためにのみ行っている。
ただ親友の妹であるライラには、既に亡き唯一の理解者だった母親に似た面影を見ており、
グチャグチャにレイプしたいという破壊衝動と複雑な愛情との狭間で苦悩している。



― 織谷 海人(おりたに かいと)

織谷千尋の弟で、十六歳。
小柄で女顔のため実年齢よりも低く見られがち。
気弱な性格のように見えるが、実は女装が趣味で日々エロチャで中年を釣っては
ストレスを発散している生意気坊や。
しかし本人はいたってノーマル。しかも何かと世話を焼きたがる姉に内心べったりの末期のシスコン。
彼のパソコンには姉の無数の盗撮動画がコレクションされている。
最近女装趣味を写真部の変態部長(男)に知られてしまい、しつこく関係を迫られ困っている。



― 鈴木 定夫(すずき さだお)

聖インフィニティ学園教員、三十四歳。
特に目立った特長もなく、実家が貧乏で惨めな幼少期を過ごしたため、性格は根暗で神経質。
また金と地位への執着心も人一倍強く、日々学園の上役に媚を売り続けている。
真綾の溢れる包容力に惹かれ、交際を始める。真実の愛に目覚めつつあったが、そんな折
学園長の一人娘との縁談を持ちかけられ、愛と権力を天秤にかけ激しく苦悩する。
そのせいで体調を崩し、この三日間ほど学園を休んでいる。




「酷ぇ、いくら何でも酷すぎる……」


最後のページをめくる手が震える。
頭痛が治まらないので、目を閉じて軽く息をつく。
どうせ彼氏の方も碌でもないプロフィールなのだろうと構えていたが、完全に予想の
斜め上をいっていた。

何だこいつら、雁首揃って腐っていやがる。
イラストは肩から上のみ、しかもシルエットだけなのでその第一印象がプロフィールで
決定されてしまうので詳しくは分からないが、それでも酷い。
それにこいつら、例外なくヒロインの事を本気で想っている書き方をしてあるので
始末に負えない。
ヒロインたちはこんな最低野郎どもの本性を見抜けなかったのか?
ちょっと鈍いとか超えてるレベルだろう……いや。
これも『恋は盲目』ということなのだろうか?
人は恋をすると相手の欠点が見えなくなるらしいし……つーか。


「おい束、こんな無茶苦茶な設定で本当に恋愛ゲームが成立するのか?
 全く展開が想像できないんだけど」

「そこは安心していいよ! ちゃんとゲームとしての体裁は保ってるから!
 本当はこの手のゲームの彼氏ポジションはどこにでもいるような平凡な男なんだけどね。
 束さん謹製のこのゲームではこの設定の方が映えるのさ!」


ふ〜ん? そんなものなのかね?
束は俺の手にあった冊子をひったくると、ピョンピョン跳ねながらモニターの前まで行き、
ゲームチェアをポンポンと叩く。


「さ、そろそろ始めよっか、あっくん? 
 あっくんもそろそろこのゲームに興味が沸いてきたんでない?」


それは……否定しない。
こんな荒唐無稽なキャラクターたちが織り成す恋愛模様。気にするなと言う方が無茶な話だ。
未だ気は乗らないが、俺は束に促されるままゲームチェアに座り、コントローラーを握る。
どうせ束は俺がプレイするまで帰さない気だろうし、さっさと面倒事は処理するに限る。


「ようやく素直になってくれたねあっくん! では今からあっくんをめくるめく官能の
 世界へご招待しましょう! それポチッとな!」


勢いよくどこかで見たような白いゲーム機のボタンを押す束。
少しして著作権云々の文言が出た後、束の間延びした声とともに『チームIS』という
ロゴが表示される。
声も入れてるのか、流石に凝ってるな。しかし自分の声を入れてる辺り低予算を思わせるというか





『寝取ってぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜りんっ☆』





一瞬にしてあらゆる感情・思考が消し飛ぶ。
画面に大きく表示されている『寝取って☆だーりん』というタイトルらしきロゴと、
それが表示されると同時に流れる篠ノ之たちの声に酷似したタイトルコール。
綺麗に重なったその合唱は俺のライフを一瞬で削り取るのに十分すぎる威力を持っていた。


「ん? あっくん何でそんな真っ白になってるのかな? お〜い?」


寝取ってって……、つまりそういう事なのか?
いや、いくら束でもそんな非常識なゲームを作るわけが……。
だってほら、これただの恋愛ゲームのはずだし…作った束は女性だし。
と、不意に画面が暗転する。
そして暗闇の中から浮かんでくる文字の羅列。



― チームISが放つ今世紀最大の問題作!
  世の寝取られブームに一石を投じる『超・純愛寝取りADV』!! ―



ついで狭い小屋の中に響き渡る大音量の喘ぎ声。
耳に障る不協和音。
意識が飛んでいても脳に焼き付いて離れないヒロインたちの懇願する声。


『いやぁっ! やめろぉっ!! 初めては、初めては信夫に……あっ!!?
 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!????』

『くぃんンッ!? う、ああっ!? や、やめ…名前、呼ぶのやめてぇ……。
 僕……ボク、おかしくな……いひィッ!!??』

『いくら無理やりシタって、無駄ぁ……。
 私はぁ、アンタのモノになんて、ならなひぃ……。
 アンタの彼女になんて……ならなひぃ……!』


次々に表示されるイベントCGと思しき一枚絵、そしてその差分。
お情け程度にモザイクで恥部を隠したその生々しい性描写は男の本能を強く刺激してくる。
音もなく目の前に現れるもう一人の俺とトゥーリ。
二人とも腹を抱えて笑い転げているが、全く気にならない。



― 犯せ! 孕ませ! 屈服させろ!!
  最低な男共から、至高の肉体を奪い取れ!! ―


またも浮かんでくる下劣な言葉とともに流れてくるより過激なエロボイス。
どうやら今度は屈服した後の台詞らしいが、あまりに刺激が強すぎるのでここでは
割愛させてもらう。許してほしい。
ふと気付くと辺り一面に花畑が現れる。
そこに佇むステラたち。
皆反応に困ったような顔で、視線を宙に彷徨わせている。
……何か、ごめんな?



チーン



「……うん? どこからともなくリンを鳴らしたような物悲しい音が。
 あ、リンというのはあの仏具のことで、あの棒はリン棒といって……って!?
 あっくん、何か全体的に真っ白だよ!?燃え尽きたみたいでカッコ良いけど
 白目は駄目だよ!? 怖いよ!?
 それから口開きっぱなしだよ!? ムンクの叫びっぽくなってるけど顎大丈夫!?
 ああっ!? 頭の先が砂みたいにホロホロ崩れていってるよ!?
 ちょっ、どんどん崩れていってるよあっくん!? 風に乗ってどこへ行くのさ!?
 待ってってば、あっくーーーーーーーーーーん!!
 カムバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」




           ・




           ・




           ・




           ・




ふと意識が明後日から舞い戻ってくる。
それと同時に圧し掛かってくる異常な疲労感、脱力感。
…あ、俺の体、ちゃんとある。
良かった、千の風に乗って太平洋を横断するなんて、夢だったんだ…。
しかし先ほどの出来事は夢ではなかったようで、モニターには二度目になる
オープニングムービーがぐちゅぐちゅという卑猥な音とともに映し出されていた。
俺は何とか気持ちを落ち着け、碌に回らない舌を動かしながら、口を開く。
この悪夢のようなゲームを前にして俺がどうすべきなのかを、見定めるために。


「なあ束、確認させてくれ。お前はこのゲームを『恋愛ゲーム』と言っていたけど、
 製品としての正式なジャンルは?」

「? オープニングムービーの中で言ってなかったっけ?
 『超・純愛寝取りADV』だよ」


……ほう。少しの間、考える。
もうこの時点で俺の心は半分以上固まっているのだが、念には念を入れて、もう一押し。


「このゲームの対象年齢は?」

「CERO:Z」

「もっと分かりやすく」

「十八禁」


………なるほど。心は決まった。
それはもう、目の前で繰り広げられるエロシーンにもブレない程に、定まった。
席を立つ。束を無視して、入り口へと向かう。


「あれ? あっくんどこに行くの?」

「帰る」

「逃がさないよぉ」


いつの間にか束の手には古ぼけた旧式のスイッチが。
それを俺に見せつけるように掲げ、強く押し込む。
直後けたたましく鳴り響くアラーム音。
小屋全体をアラーム光が赤く染め上げる。
重厚なシャッターが下りてくる。
それが入り口を塞ぎ窓を塞ぎ、朽ちかけた木板の壁を覆い隠してしまった。


「くそっ!? 何なんだよ、これはぁ!?」

「んっふっふ〜〜。あっくんに無理にでもゲームをしてもらうための最終手段だよ!
 このボロッちい小屋を改造するのは流石の束さんも大変だったんだよ?」

「改造だと!? この……束ぇぇぇぇぇ!!!!!」


激昂した俺は束の顔面に向かって渾身の思いでパルマ・フィオキーナ(別名アイアンクロー)を放つ。
こんな小細工っ! 束からあのスイッチを奪ってしまえば済む話!
いっつもそうやって勝手ばっかり……やれると思うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


「あっはっは! 甘いよあっくん!!」


性格に束の面体を捉えていたはずの掌底は、しかしむなしく空を切るのみ。
何事かと束を見ると、束が立っていた床が地面に吸い込まれていくではないか。
次のアクションを取る間もなく束は地の底へ消え、ポッカリ開いた穴はすぐに閉じてしまった。
その頃にはアラームも止まっていて、聞こえてくるのは鼻につく甘い喘ぎ声のみ。


「何だよこれ……何なんだよ、これはぁぁ!!??」


悲痛な叫びを上げる俺の横では先ほどまでのムービーから見たこともない画面に
切り替わり、メインヒロインらしき篠原法子が潤んだ目で俺を見ていた。


『し、真……。早く私に逢いに来てくれ……。
 でないと私の熟れた体、他の男に食べられてしまうぞ……?
 お願い、早くぅ………。逢いたいよぉ……真…………』


後で聞いたところによるとそのムービーは五分以上スタートボタンを押さなければ
表示されるレアなCGだったらしく。
お前もう誰だよと。篠ノ之みたいな声でそんな切なそうな声を出すなよと。
もうガクッと床に手をついて、うなだれるしかなかった。






























「……もう一度最初から説明するよあっくん。
 そのシャッターは束さんお手製の特別製。例え爆弾を何発当てたって開かない。
 ISで絶え間なく攻撃し続ければ開くかもだけど、そんなことすればアラスカ条約に
 違反するし、百害あって一利もないよ。…うんうん、おとなしくなってくれたね。
 じゃあ繰り返すけど、このゲームは初めにメインヒロイン七人のうちから一人選んで
 プレイすることになる。
 誰か一人でもエンディングを見れば、そこから出してあげるよ。
 ただし最低でもノーマルエンド以上じゃないと駄目だよ?
 バッドエンドはクリアーと見なさないから注意してね。
 あとこのゲーム、サブヒロインも豊富でね。その娘たちとのエンディングを見ても
 クリアーとして出してあげるよ。
 じゃああっくん、頑張って彼女たちをメロメロにしてあげてね〜〜」


プツンとスピーカーの電源を切って、一息つく。
椅子ごとぐるんと振り返り、同じく長いすに腰掛けているガラス越しの彼女らに話しかける。
私の愛しく、また心の底からどうでもいい人質たちへの、非情な宣告を。


「…ふうっ。これにてとりあえずミッションコンプリートだね!
 …んくっ、んくっ………ぷはぁーーー!
 やっぱり大きな仕事を終えた後のドクペは格別だね!
 ……んー、さっきから五月蝿いよ箒ちゃん! ちーちゃんとその他大勢も!
 せっかくこんな特等席からあっくんがプレイするのを見せてあげようとしてるのに、
 何が不満なのかな?」

「なにっがっ特等席だっ!! こんなの公開処刑ではないか!?
 しかも私たちに酷似したキャラクターだと!? 正気か姉さん!?」


あーもうー。箒ちゃんもあっくんの事になると頭の回転が鈍くなるねぇ。
あっくんが命の危機に瀕した時の冴えは私でも舌を巻くほどなのに…。
やっぱり人間っていうのは複雑怪奇だね。


「いいかい箒ちゃん? これはあっくんの意識改革のために極めて有効なんだよ?
 箒ちゃんたちをモチーフにしたキャラクターが他の男と付き合っていることに
 激しく嫉妬を覚えたあっくんは君たちを全力で寝取りに来る!
 そして彼女たちの心と体を徐々に仕留めていく内に思うのさ!
 『ああ、やはり俺にとって篠ノ之たちはなくてはならない存在なんだ!
 よし、今から告白だっ! いやっ! この大量のマカ将軍を飲み下して
 休む暇も与えず昇天地獄に叩き堕として……」

「そこじゃないよ!」

「へ?」


強い口調で私の言葉を遮ってきたのは、モブA子ことシャルロット・デュノア。
突然の横槍に呆けていると、それに合わせてモブB子とC子、セシリア・オルコットと
凰鈴音も牙を剥いて噛み付いてくる。


「私たちの分身たるキャラクターに想い人がいるのは構いませんわ!
 どうせダーリンがすぐに寝取ってくれるのですから!
 しかしそこに既成事実があるかどうかは大きな問題です!
 セシリーは、セシリーはそのトミーなる愚兄に対して一線を越える行為は
 何もしてないのですわよね!?」

「セシリアはまだいいわよ! 春蘭なんてもう何度もその下衆野郎とデートしてるんでしょ!?
 まだエッチな事とかしてないわよね!? も、もしかしてもう、キスとかしちゃったとか…?」


え、えぇ〜? そこ? そこなの?
私でさえ予測していなかった意外な反応に、柄にもなく困惑してしまう。
それに追従するように方々から上がる、不満の声多数。


「私は相手が軍に属しているとい話だから、そういった事実はまだないだろうから安心だが…」

「私の場合もその生意気な弟は盗撮行為を続けているようだし、実際の行為には
 及んでいないのだろう」

「プラトニックな関係というのがどこまでの線引きなのかは明らかではないが、
 私をモチーフにしたキャラクターというのであれば、おそらくキスも含まれている
 だろうから、よくて手を繋ぐといったレベルか」

「織斑先生たちはまだいいですよぉ! 私なんて相手ともう三ヶ月もお付き合い
 してるんでしょ!? 良い年の大人がその間に何もなかったっていう方が不自然ですよ!
 私………私………シンちゃん以外の人となんて、死んでも嫌ですよぉ〜!」


良い年の大人がマジ泣きしだした。
私に全員の非難めいた視線が集まる。ほ、箒ちゃんやちーちゃんまで…。
この強化ガラスで間を隔ててなければ、今頃ISにて蜂の巣にされていたかもしれない。
でもそんな事言われてもなぁ、そこまで細かく設定、考えてなかったし……。


「あ〜分かった分かったよ! トミーは相手が実妹ゆえ今までそういった行為は
 一切していない! 鉄次は女を犯す際ある程度下見してから実行する。
 なのでまだ手出しはしていない!
 フランクもまだ本性見せてないからプラトニックなまま!
 定夫はすこぶる慎重派だから安易なキスすらしていない!
 それを公式設定に追加する! それでいいかいっ!?」


半ばヤケクソ気味の私の叫びに、安堵の声を漏らす箒ちゃんたち。
……愛されてるねぇあっくん。
実はこのモニタールームにも隠しカメラあるから、後であっくんに見せてあげるとしよう。


「でも、ダーリンを素直にさせるための一計としては、悪くないかもしれませんわね。
 ダーリンたら、私の体にローションを塗りたくって執拗にマッサージとかするくせに、
 本番は一切してくださいませんもの。私はダーリンに体をほぐされて、我慢できませんのに」

「私もだよ……。シンの奴、私のファーストキス奪っただけじゃなく、全身ベトベトに
 なるまでキスしまくって私を絶頂させまくったくせに、一線で思いとどまるし。
 ……私、もうシン以外にはお嫁さんに行けなくされてるのに……」

「私など旦那様に頼まれて『わかめ酒』なるものを作らされたのだぞ!
 それを私に聞こえるようにわざと音を立てて吸い上げて……。
 恥ずかしくて死にそうだったけど、旦那様が求めてくれるのが嬉しくて…。
 でもやはり、最後まではしてくれないんだ。
 これが、放置プレイというやつなのだろうか……?」


皆思い思いに惚気あっている。
実際はこの他にもあっくんは様々なプレイで彼女たちを気絶させているわけだけど…。
その影には彼女らが巧妙に仕込んでいた『鬼神殺し』の力があることを、
我々は忘れてはならない。


「私も……十二時間にも渡ってアスカの…彼の舌と指とおもちゃを総動員させて
 絶頂させられた時は死ぬんじゃないかと思ったけど……。
 それでもやはり彼はいくらねだっても最後までシテくれない。
 ……私のことが好きじゃないのかと、本気で泣き出しそうだった。
 私は変わらず、彼のことが好きだけど…だからこそ余計に」

「ふん、シンが何をしようとどれだけお預けを食らわせようと関係ない。
 私は教師であり、大人だ。
 いつまでもシンに翻弄されることなどない」

「またまたぁ〜、この間朝礼にも来なかった先生を探して宿直室まで行った時、
 見ちゃったんですよ? 全裸で息も絶え絶えになりながら布団の上に倒れてる
 織斑先生のこと。シンちゃんとシテたんですよね?
 しかも最後の一線は越えてくれなくて、泣いてましたもんね。
 まるで私よりも年下の女の子みたいで可愛かったですよ?」

「ち、違っ!? あれはアイツが無理やり私に乗っかってきて、私は学園でなど
 嫌だと言ったのに、強引に唇を塞いできて! 
 服を剥ぎ取って散々私を弄んだくせに最後までせずに出て行ってしまってだな!
 くっ……やはり下の名前で呼ぶのは反則だ! あれのせいでどれだけお預け
 を食らっても許してしまう………!」

「あ、それ分かります。私もシンちゃんに『真耶』って呼ばれるだけで幸せな
 気持ちになっちゃいますし、どんどんシンちゃんの事、好きになっちゃいますもんね!
 あ〜この前高級ソープの真似してプレイした時のシンちゃん、可愛かったなぁ。
 とっても気持ち良いのを我慢しちゃって。『本番したい?』って優しく聞いたのに 
 頑なに首を横に振って、酔ってるはずなのにその一線だけは越えまいと必死になって。
 それが、とても愛おしいんですけど、ね……」


皆顔を真っ赤にしながら、でもとても寂しそうに話している。
やっぱりあっくん、一回爆発すべきだと思う。

ただ一つ誤解のないように言っておくと、あっくんから彼女らの体を自発的に求めた事は
今まで一度もない。
去る数ヶ月前、あっくんが手違いで『鬼神殺し』なる酒を飲んでしまったことが発端だ。
その時あっくんは酔った勢いで箒ちゃんたちを襲ってしまった。
結局その時は未遂で終わったけれど、母性という女性の根源的な感情であっくんに
惹かれていた彼女たちは、あっくんの力強い抱擁を受けながら濃厚で淫らな接触を
したことにより、その感情は全てあっくんという一人の男性に対する純粋な愛情へと
昇華されてしまった。
以後そのアプローチはより過激になり、ついには酒の力を借りてまであっくんに
愛されようと躍起になるようになっていた。
それが問題だということは私にも分かるけれど、あっくんはとある理由により彼女たちの
愛に真正面から応えることができないでいる。
だからこそ皆に手を出さないんだし、難しいところだね。


「僕もこの前シンと幼児プレイっていうのやったけど、シンたら本当の赤ちゃんみたいでさ。
 本当に可愛かったなぁ。でもやっぱりどれだけシタいって言ってもシテくれないんだ。
 ……でもさ、僕らもそろそろ限界だよね。
 だって僕、最近さ。シンのあったかさを、直接、お腹の中で感じたいって。
 そればかり考えてるんだ。…皆は、どうかな?」


皆顔を俯かせる。
しかしその目はトロンと蕩けきっていて、別世界へ旅立っているよう。
どうやら皆、同じ気持ちだったみたいだね。
あっくん不味いよ、こりゃ人生に王手がかかってるよ!
まあ、それが分かってるからこそ、私がわざわざここまでお膳立てしたんだけどね。
さあ、そろそろ道化に戻ろうか。
自らが敷いたこの茶番劇の上で、私自身も踊りきってみせようじゃないか。


「皆、心は決まったようだね! ではそろそろモニターに注目してみようか!
 あっくんがどういった手管でヒロイン達を自分の女にしていくのか、じっくりと
 観察してみようじゃないか!」


生唾を飲みながら、皆食い入るようにモニターを注視する。
ヒロインたちに自身を投影させているのが丸分かりだ。
その顔には不安と期待が入り混じっている。
大丈夫だよ、この束さんが作ってるんだ。
このゲームの主人公もまた、あっくんなんだよ。
だからあっくんならこのゲームから感じ取ってくれるはずさ。
箒ちゃんたちの、純粋な愛を、ね。
……さあ、このドタバタ劇の終焉がどうなるのか見物だねぇ。
あっはっは!





― character select ―

篠原 法子

セシリー・アプリコット

李 春蘭

シャロン・ディノバ

ライラ・ボークウッド

織谷 千尋

山本 真綾



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