「……あたしはなんで縛られているのかしら?」
「折角だから情報交換がしたいと思ってな」
「そ・れ・で! なんで椅子に縛られてるのかって訊いてるんだけど!?」

 椅子にロープで固定された状態で、不満げにリィンを睨み付けるサラ。
 双龍橋の敷地内にある待合所で酔っ払って寝こけていたサラを倉庫に運び、縛り付けたのはリィンだった。
 何故こんなことをしたかというと、先日のミリアムの件やVII組のことで訊きたいことが、エリオット≠ノあったからだ。

「さて、エリオット。協力すると言うんだ。でないと教官が辱めを受けることになるぞ」
「えっと、あの……教官……」

 この展開についていけないエリオットは、困惑した表情でサラに助けを求める。
 しかし、助けて欲しいのはサラの方だった。

「……あたしが尋問されるわけじゃないの?」
「サラは適当に誤魔化しそうだしな。それに拷問とかしても効果薄いだろ?」
「じゃあ、あたしは必要ないでしょ!? 外しなさいよ、これ!」
「俺が中将や大尉と会議室で話をしてる時に、呑気に酒を飲んでただろ? お陰でお前の分まで事情聴取を受ける羽目になったんだぞ……」
「うっ……」
「あとクレア大尉が困った顔でサラのこと捜してたぞ。いろいろ≠ニ尋ねたいことがあるそうだ」
「ぐぐっ……まさか、アンタ……あたしを売るつもりじゃ」
「交渉が決裂すれば、そうなるかもしれないな」
「ううっ……」

 先程までの勢いはどこにいったのか、クレアの名前がでた途端に大人しくなるサラ。大方、クレアと顔を合わせたくなくて待合所で酒を飲んでいたのだろう。
 遊撃士協会が帝国から支部を撤退せざるを得なくなったのも、鉄血宰相が裏で糸を引いていたという噂がある。
 そうした事情もあってサラは、クレアと仲が悪いとまでは言わないが一方的に苦手意識を持っていた。

「さあ、話してもらうぞ。エリオット! でないと、サラが嫁にいけなくなるぞ!」
「リィン、それは効果ないかも……。どっちにせよ、サラは嫁にいけない」
「それもそうか……」
「アンタたち、本気で殴るわよ」

 リィンとフィーのコントに、こめかみに青筋を立てて怒りを顕にするサラ。
 そんなサラの鬼のような形相を見たエリオットが「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げた。
 閑話休題(しばらくして)――落ち着きを取り戻したエリオットが、不安げな表情でリィンに尋ねる。

「それで、何が聞きたいの?」
「士官学院のこと、VII組のことを知っている限り、すべて教えて欲しい」
「VII組の皆のことを? キミは一体……?」

 何故そんなことを聞きたがるのか? リィンの質問の意図が分からないエリオットは訝しげな表情を浮かべる。
 助けてもらったことには感謝している。それでも仲間を売るような真似はしたくない。
 リィンを信用していいものか分からないエリオットは返答に迷う。そんな時だった。

「彼等は、わたくしが雇った協力者です」
「こ、皇女殿下!?」
「彼等の身分は、わたくしが保証します。ですからエリオットさん。どうか、ご協力頂けないでしょうか?」

 予想だにしなかったアルフィンの登場に、エリオットは慌てた様子で声を上げて驚く。
 アルフィンとは数ヶ月前の特別実習で帝都を訪れた際、VII組の皆と一緒に夕食会に誘われたのが最初の出会いだった。
 そして、その後はトールズで開かれた学院祭で再会し、アルフィンやその友人たちの案内をエリオットはしたことがあった。
 それだけにエリオットは、アルフィンのことをよく知っているとは言わないまでも、ある程度の信頼を寄せていた。

(皇女殿下の関係者……だから僕やVII組のことを知って……)

 アルフィンは彼等VII組の後見人――士官学院の理事の一人でもあるオリヴァルトの妹だ。
 逡巡した後にエリオットは答えを出し、リィンに返事をした。

「わかりました。それが、皆のためになるのなら……協力させてください」

 エリオットの協力を得て、取材記者のように次々と質問を飛ばすリィン。
 士官学院での生活や、VII組のメンバーとの思い出、授業に関することなど、様々なことに質問は及んでいく。そのなかでも特にリィンが聞きたかったのは、特別実習に関することだった。
 トールズ士官学院は貴族と平民が一緒に通う学校だ。貴族と平民が同じ学舎に通う以上、身分差による軋轢や確執といった問題は少なからず存在する。それに、乗馬や礼儀作法と言った貴族には必須の科目も、平民にとっては必要ないとまでは言わないまでも重視はされないものだ。そうしたカリキュラムの違いやトラブルを未然に防ぐため、クラスも分けられているのが通例だった。
 しかし、エリオットの通っていた特科クラスは、そうした身分の差は一切考慮されていない。それは彼等『VII組』が、一年限定の試験クラスだからだ。
 その活動の最たる例が〈ARCUS〉の試験運用であり、『特別実習』という名の校外活動に集約されている。
 月一程度の頻度で指定された地域を訪れ、そこで細々とした依頼を受けながら実習をこなす。その目的は、学生自ら考える機会を与え、主体性を養うというものだ。帝国各地の様子を目にすることで、紙面などでは伝わってこない人々の営みや文化、そして地域に置ける格差や貴族派・革新派の対立といった帝国の抱える様々な問題を知ることで、将来の経験に生かしてもらおうというのが、オリヴァルトの考えた特科クラス≠フ設立理由だった。
 すべては未来のため――これから国の将来を背負っていく若者たちに期待を寄せてのことだ。

 リィンが知りたかったのは、そうした特科クラスの活動が一人も欠けることなく原作通りに行われていたのかと言うことだ。
 さっきも言ったように身分の差による軋轢は、何も貴族派や革新派の対立だけではない。学生のなかにも存在する。貴族と平民でクラス分けがされているのもそうした理由からで、VII組においてもそれは例外ではなかった。いや、身分に関係無く集められた彼等だからこそ、避けては通れない問題だ。
 原作でも、そうした問題は大きく取り上げられ、実習を通して帝国の抱える問題と向き合いながら、仲間と一緒に苦難を乗り越えていくことで、身分や立場の垣根を越えて絆を深めていく人間ドラマが描かれていた。
 しかし、この世界のVII組には、本来いるはずのメンバーが欠けている。リィンとフィーの二人だ。
 そして、サラの発言が正しければ、ミリアムもVII組に参加していないことになる。これは決して小さな誤差とは言えない。
 その結果生じたであろう原作との差違を、この際はっきりとリィンは確かめておきたかった。
 それは今後の行動を決める上でも、重要な手掛かりになると考えたからだ。
 当然、旧校舎のことにも話は及んでいく。余りにVII組の内情に詳しいリィンに、訝しげな視線を向けるサラ。

「どうしてそんなに、こちらの事情に詳しいのよ。情報源は……皇女殿下?」
「逆に訊くが、猟兵(おれたち)情報(ネタ)の出所を話すと思うか?」

 最初はアルフィンが情報元かと考えたサラだが、それだけでは説明の付かない点も多い。リィンの質問は的確で、教官のサラまで把握していない――実際に見ていなければ分からないようなことにまで鋭いメスを突きつけてくる。かと思えば、学院の関係者なら誰でも知っているようなことを知らない。
 不審に思いながらもリィンが素直に話すとは思えないので、サラは質問を変えた。

「でも、情報交換と言う割に、こちらばかり質問に答えさせられるのは不公平じゃない?」
「まあ、それもそうか。それで聞きたいことは? 答えられる範囲に限られるが」

 いろいろと聞きたいことはあるが、サラが一番確かめたいことは決まっていた。

「一つだけ答えなさい。皇女殿下を味方につけて、あなたたちは何を企んでいるの?」
「企むだなんて人聞きが悪いが、その質問に答えるなら目的ははっきりしている」
「……それは?」

 普通であれば、猟兵の目的など決まっている。――(ミラ)だ。
 彼等は名誉や権力を求めない。嫌になるほど現実的で合理的な考えを持つ者たちだ。高ランクの猟兵になるほど、それは顕著になる。金にならないことはしない。普通なら、そう考えるところだが、リィンの場合は少し事情が異なっている。リィンの行動は既に猟兵の常識を逸脱している。アルフィンと契約を結ぶことで一応の体裁を保ってはいるが、いまのアルフィンに支払い能力などあるはずもなく、ただ報酬目当てで動いているという風には見えない。
 だから、サラは尋ねた。大切な生徒を悪事に荷担させるわけにはいかないと考えたからだ。

「日常≠取り戻すためだ」

 しかし、そんなサラの覚悟を嘲笑うかのように、リィンは猟兵らしからぬことを口にした。


  ◆


 リィンの言葉が、サラの脳裏には繰り返し浮かんでいた。
 昔のリィンを知るサラからすれば、少し意外というか、前はあんなことを口にする男ではなかった。
 義妹のこと以外は面倒臭がりで、やる気が無いかと思えば抜け目がなく、サラもそんなリィンに痛い目に遭わされた過去がある。
 血は繋がっていないはずだが、飄々として掴み所のないところなんか、養父の〈猟兵王〉によく似ていた。
 しかし、あんなことを口にする男ではなかった。少なくとも、サラはそう思っていた。

「時間の流れは人を成長させるってことかしらね?」
「教官、年寄り臭いです……」

 戦時中ということでささやかなものではあるが、双龍橋奪還を祝して立食形式の食事会が開かれていた。
 双龍橋を奪還できたとはいえ、まだ貴族連合が優勢であることは疑いようがない。明日からは、また厳しい戦いが待っている。
 だからこそ、今後の戦いに備え、兵の士気を高める必要があった。そのための食事会だ。それに、人質救出の立役者でもあるリィンたちの奮闘を称える意味もあった。

「年寄りって何よ!? あたしはまだ二十五よ! 二十五! 男が出来ないのだってあたしの眼鏡に適う相手がいないだけで、その気になればあたしだって……」
「酒臭い……」

 酒を呷りながら、エリオットに絡むサラ。原作であれば、サラの愚痴を聞くのはリィンの役どころだったはずだが、この世界ではエリオットがそうした役割を担っていた。
 酔っ払ったサラを見て、いまなら普段は訊けないようなことでも正直に答えてくるかもしれないと考えたエリオットは、サラにリィンたちのことを尋ねる。

「教官は、あの人たちと知り合いだって聞きましたけど、それってやっぱり遊撃士の時に?」
「ん……そうね。仕事でやり合うことも珍しくなかったし、それで自然とね……」

 懐かしそうに当時のことを振り返りながら、そう語るサラ。猟兵と遊撃士という立場は違えど、サラはリィンやフィーのことが嫌いではなかった。
 憎らしいところはあるが、悪人というわけではない。だからと言って善人というわけでもないが、金のためだからと言ってなんでもするというわけではない。〈西風の旅団〉全体に言えることだが、一本筋の通った信念のようなものを彼等は持っていた。理不尽な虐殺も、テロ紛いの仕事も絶対に受けない。むしろ、それは彼等の団長が一番嫌っていたことだ。
 そんな団のなかでも、リィンは一際変わっていたとサラは振り返る。

「まあ、あの子たちの何に興味を持ったのか知らないけど、とにかく変な奴よ」
「変……ですか?」
「フィーも変わってるけど、リィンは特におかしな奴だったわ。恐ろしく腕は立つくせに猟兵らしくないっていうか……」
「猟兵らしくない……教官ひょっとして、リィンさんのことが……」
「あ、それはない。まあ、少なくともあたしの好みじゃないわね」

 リィンのことを話すサラがいつになく楽しそうに見えたので、エリオットは気になって尋ねたのだが、サラは「嫌いではないが好みではない」とはっきり断言する。サラの話を聞いて、リィンたちのことが益々よく分からなくなるエリオットだったが、少なくとも悪い人たちでないということはサラを見ていて思った。
 サラにとってリィンとフィーは商売敵という以上に、気の知れた戦友なのだろう。

(友達か……)

 元々、エリオットは士官学院に通うことが乗り気ではなかった。
 最初は好きな音楽の道へ進みたくて帝都の音楽学校を受けようとしたのだが、軍人である父の反対を受け、半ば無理矢理に士官学院へ入れられたからだ。
 それでも音楽の道を諦めきれなくて、なのに結局は父に逆らえず言いなりになっている自分が情けなくて――
 最初の頃は、そんな自分が学院でやっていけるのか、エリオットは不安で仕方なかった。
 でも、そんなエリオットを励まし、前に進む勇気を与えてくれたのはVII組の仲間たちだった。

(やっぱり、VII組の皆に会いたい。そして出来たら、また皆と一緒に……)

 内戦で散り散りになってしまったけど、もう一度、皆に会いたい。そして出来れば、皆とまた一緒に学院に通いたい。そんな願いをエリオットは抱く。
 リィンが口にしたあの言葉が、エリオットの耳を離れなかった。
 日常を取り返すために彼等は戦っていると言っていた。なら、自分にとっての日常とはなんだろうか?
 そうエリオットは考え、真っ先に思い浮かんだのは士官学院で過ごした半年だ。
 長いとは言えない短い学院生活ではあったが、エリオットにとってその半年は忘れられない思い出となっていた。

「そういえば、クレイグ中将も渋くて結構イケてるわよね。ねえ、エリオット。あたしのことをママって呼んでみない?」
「……教官、お酒飲みすぎですよ」

 冗談はやめて欲しいと言った顔で、サラの背中をさするエリオット。
 真っ先にエリオットの頭を過ぎったのは、酒瓶や下着の散乱した部屋と、お腹を出してソファーで寝そべるサラの姿。
 リィンが学生でないこの世界では、エリオットがサラの部屋の片付けや溜まった仕事の手伝いをさせられていた。

「ほらほら、ママって呼んでみなさい」
「い、嫌です!」

 サラが義理の母親になるだなんて、想像するだけでも勘弁して欲しいと、本気で嫌がるエリオットだった。



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