双龍橋での戦闘で操縦した機甲兵を見上げながら、リィンはこれまでに得た情報の整理を行っていた。

(まさか、ここまで違っているなんてな……)

 幾つか分かったことがある。サラの言うように、ミリアムはVII組に在籍していなかった。
 そして、クロウが帝国解放戦線のリーダー〈C〉であることを明かし、VII組の前から姿を消したことや、旧校舎の攻略は第四層までで中断していることなどが分かった。
 第四層といえば、原作でエリゼが鉄巨人に襲われた封印の扉があった階層のことだ。
 エリオットによれば、その赤い扉を開く手段が見つからず、旧校舎の攻略はそこで中断しているとの話だった。
 だとすれば、〈灰の騎神〉はまだ旧校舎の地下に眠っているということになる。

(結社の計画が上手くいってないことは予想していたが、ここまで酷いとは思わなかった……)

 以前、ヴィータにリィンは尋ねた。計画は上手くいってないのではないか、と――
 それが、まさかこんな風に繋がってくるとは、さすがのリィンも予想していなかった。旧校舎に眠る〈灰の騎神〉の起動者(ライザー)は、既に決まっていると思っていたからだ。
 原作でヴィータは〈蒼〉と〈灰〉の戦いを見届けるまでが〈結社〉の目的だと語っていた。その意味は最後まで分からず終いだったが、〈灰の騎神〉の起動者が決まっていない以上、その目的を達成することは現時点は不可能だ。
 だとすれば、困ったことになる。計画を達成できれば、〈結社〉が内戦に拘る理由がなくなる。そうすればカイエン公との協力関係も解消させることが出来ると、リィンは考えていたのだ。
 しかし、この状況では〈結社〉の計画を達成することは不可能だ。まずは〈灰の騎神〉の起動者を用意しないことには、どうにもならない。そして〈蒼〉と〈灰〉の戦いの舞台が整うまでは、ヴィータも内戦から手を引く気はないだろう。とはいえ、内戦の長期化は共和国の介入を招きかねず、更には一日も早く内戦を終わらせたいと願っているアルフィンの意に添わない。
 折り合いをどこでつけるか、そこが問題だった。それに――

(いよいよ読めなくなってきたな……)

 十二月も残すところ半月余り。クロスベルの方にも、そろそろ動きがある時期だ。
 もっとも、ここまで原作との剥離が進んでしまうと予定通りに行くとは限らない。
 この先、何が起こるか分からないというのが、これまでの情報からリィンが感じたことだった。

「お困りですか?」

 途方に暮れるリィンを見て、こっそりと様子を窺っていたアルティナが姿を見せる。
 隣に浮かんでいる〈クラウ=ソラス〉の力で、また姿を消していたのだろう。

「機体名〈シュピーゲル〉――全高7.1アージュ、本体重量6.8トリム。各種センサーを備えた貴族連合の隊長機です。恐らくは、ここの司令官の専用機として配備されたものだと推測されます」

 何を思ったのか? 突然、リィンが見上げていた機甲兵のカタログスペックを読み上げ始める。
 恐らくは親切心なのだろうが、アルティナの勘違いにリィンは苦笑する。

「別に、機体の名前が知りたくて悩んでたわけじゃないんだが……」
「そうなのですか?」

 不思議そうに首を傾げるアルティナ。リィンが悩んでいたのは、機体について知りたいことがあるからだと勘違いしたらしかった。
 ただの勘違いとはいえ、心配してくれたことには変わりないので、リィンもそんなアルティナの頭を撫でながら礼を言う。
 いつもなら「不埒な人です」と返ってくるところが、アルティナはされるがままリィンに頭を撫でられていた。

「こんな日まで俺を監視する必要はないだろうに……パーティーはいいのか?」
「任務ですから。それに……私は彼等と一緒に食事をする資格がありません」
「そんなことないだろ? アルティナがいなかったら、少なくとも人質を無傷で助けだせたか分からないんだから、今回一番の功労者だと思うぞ?」

 リィンの言うように、エリオットを無傷で救出できたのはアルティナのお陰だ。
 しかし、そんな答えが返ってくるとアルティナは思っていなかった。
 ただ、命令に従っただけだ。そこに礼を言われるような要素は一つもない。むしろ賞賛されるべきは、作戦を指揮したリィンの方だろう。そう、アルティナは考えていた。
 それだけにリィンの言葉は予想外で、アルティナは困惑を見せる。

「私は……」
「貴族連合に貸与された身です――とか、しょうもないことを言うなよ」

 ポフポフとリィンに頭を軽く叩かれ、アルティナは軽く驚いた様子で瞬きする。

「やはり、あなたは変わっています。不埒な人です」
「変わっていることを否定するつもりはないが……不埒ものは、いい加減やめてくれないか?」

 頭を軽く叩いたくらいで不埒もの扱いされてはたまらないと、アルティナに訂正を求めるリィン。
 しかしアルティナは、そんなリィンの要求をきっぱりと拒否した。

「拒否します。事実ですから」
「あ、ちょ――」

 リィンから逃げるように、アルティナは〈クラウ=ソラス〉と共に空に飛び上がり、姿を消してしまう。

「また、逃げられた……」

 アルティナの気配が遠ざかっていくのを感じて、リィンは溜め息を吐きながら――

「で? いつまで隠れてるんだ。大尉さん」

 物陰に隠れている人物に、そう言った。


  ◆


 巨大なコンテナの陰から姿を見せたのは、クレアだった。隠れていたというよりは、声を掛けるタイミングを逸したといった感じだ。
 もっと早くからクレアの気配を察していたリィンだが、アルティナが姿を見せたことで敢えて放置していた。
 というのも、アルティナを見たクレアの反応を確かめたかったから――と言うのが理由にある。
 そして、リィンの予想通りの反応を見せるクレア。

「彼女は……」
「薄々は気付いてるんだろ? 大尉の想像通りだ。で、どうするんだ? 〈鉄血の子供たち(アイアンブリード)〉の一人として」
「現状では何も……。あなたと事を構えるのは、得策と思えませんから」

 クレアの答えは、リィンが思った通りのものだった。
 彼女は賢い。たいした証拠もなくリスクを冒して捕らえるくらいなら、放置して泳がせる選択を取るだろうということは予想が付いていた。
 最悪、前者を選んだとしても、その場合は適当におさらばするだけだ。さすがに鉄道憲兵隊と第四機甲師団を同時に相手にして無事に済むとは考えていないが、逃げるだけならどうにでもなるとリィンは相手の戦力を正確に見抜いていた。
 こうして格納庫周りを見て回っていたのも、考えごとのついでに正規軍の装備を確認する意味もあった。
 そして、そのことに気付かないクレアではない。

「さすがですね。〈妖精の騎士(エルフィン・ナイト)〉のことは情報局でも掴んでいましたが、想像以上でした」
「俺なんて団長に比べれば、まだまださ。それに大尉もなかなか良い線いってると思うぞ」
「それは、どうも……。あなたに言われると素直に喜べませんが……」

 リィンとしては素直な感想だったのだが、クレアは皮肉と受け取ったらしい。

「その機体、気になりますか?」
「まあな。人型の巨大ロボットとか、男なら一度は憧れる存在だしな」
「……そういうものですか?」
「そういうもんだ。まあ、くれとは言わないさ。貴重なサンプルだろうしな」

 クレアが物陰から様子を窺っていたのも、鹵獲した機甲兵をじっと見上げていたリィンを不思議に思っての行動だった。
 猟兵らしい強かさを見せたかと思えば、年相応の子供らしい笑顔を見せるリィンを見て、クレアは毒気を抜かれる。
 クレアがこれまで出会った人物のなかでも、リィンは取り分け本心の読み難い、調子の狂う相手であることは間違いなかった。

「で? エリオットとは上手くいったのか?」
「はい。きちんと謝罪を受け入れてもらいました」
「そりゃ、よかった。良い奴だろ?」
「はい」
「可愛かっただろ」
「は、え……」
「あの顔で男だっていうんだから、男の娘≠チて実在するんだなって実物を見て驚かされたよ」
「男の子ですか? エリオットさんは、どこからどう見ても男性だと思いますが……」
「わかってない。大尉は何もわかってないな。男の子ではなく男の娘≠セ! 女みたいな顔をした可愛らしい少年のことを、業界ではそう呼称するんだよ」
「ぎょ、業界ですか? それは一体どこの……」

 リィンの言っていることの半分も意味が分からず、珍しく動揺した姿を見せるクレア。

「そのことで、ずっと引っ掛かってる疑問があるんだよな……。大尉、聞いてくれるか?」
「なんでしょうか?」
「あのエリオットも歳を食うと、中将みたいになるのかね?」
「え……」

 一瞬、呆けるも――ツボにはまったのか? プッと息を吹き出し、クレアは小刻みに肩を震わせる。
 しばらくして落ち着きを取り戻したクレアは、先程の醜態を思い出し、半眼でリィンを睨み付けた。

「そういうところ、サラさんに似ていますね」
「いや、あのグータラ遊撃士と一緒にされるのは不本意なんだが……」
「ぐーたら……ですか。確かに、彼女にピッタリの例えかもしれませんね。士官学院で教官をするようになってからも仕事をさぼって、生徒に迷惑をかけていたという報告を受けていますから」
「教官になっても変わらないどころか、悪化してないか? それ……」

 クレアの口からでたサラの勤務態度に、リィンも呆れて開いた口が塞がらない。
 遊撃士協会の若きエースなどと呼ばれてはいたが、その実はサラがだらしない私生活を送っていることをリィンは知っていた。サラの酒癖の悪さを知っていたからだ。
 仕事で罠に嵌められたことを根に持ち、大人気なく未成年のリィンに酒を勧め、飲み比べの勝負を提案してきたのは後にも先にもサラただ一人だ。それでも仕事はきっちりとこなす人物だと思っていただけに、学生の模範となるべき教官がそれはどうなんだろうとリィンが呆れるのも無理からぬ話だった。

「少しだけ、あなたと言う人が分かった気がします」
「ガッカリしただろ?」

 サラという共通の話題を得たことで、少しだけリィンへの理解を深めるクレア。
 もっともリィンの言うように評価を下げたというわけではなく、いろいろな意味で警戒の必要な人物だとクレアはリィンのことを再評価していた。
 伝え聞く戦闘力の高さだけでなく、捕らえどころのない油断のならない人物だというのが、クレアの率直な感想だ。
 サラに似ていると言ったのは皮肉などではなく、リィンの能力を高く評価してのことだった。

「ああ、そうだ。大尉――いや、〈鉄血の子供たち(アイアンブリード)〉の〈氷の乙女(アイスメイデン)〉と呼んだ方がいいか」
「……なんでしょうか?」

 背を向けて立ち去ろうとしていた足を止め、何かを思い出したかのようにリィンは、クレアの異名を口にする。
 なぜ態々、名前を言い直したのか? その真意を考えながら、クレアは険しい表情でリィンの言葉を待つ。

「一つだけ忠告だ。真実≠見誤るなよ」
「え……」

 一瞬なんのことを言われているのか理解が追いつかず、呆然と固まるクレア。

「待ってください! それはどういう――」

 言葉の真意を質そうと、クレアはリィンを呼び止める。しかし、リィンが振り向くことはなかった。


  ◆


「サービスが過ぎたかな」

 最初は、あんなことをクレアに言うつもりはなかった。しかし、リィンが自分で思っているよりも、彼女に情が湧いていたらしい。
 原作において、ギリアス・オズボーンが生きている可能性に薄々と気付きながらも、そのことに最後まで言及することはなく、鉄血の描いた盤上の駒として踊り続けた彼女。そうあることを望んだのはクレア自身ではあるが、恐らく彼女なりの葛藤があったはずだ。実際にクレアと話をしてみて、リィンは彼女が世間で噂されているような人間でないことを知った。むしろ、曲者揃いの役者のなかでは良識人と言えるだろう。
 軍人にしておくには、優しすぎる。非情に徹しきれないから仮面を被り、本当の自分を押し殺そうとする。それが彼女を〈氷の乙女〉と言わしめる根幹にあるのだろう。しかし、そうした人間の結末というのは、決まって不幸なものだ。だから思わず余計なお世話と知りつつも、あんなことをリィンは口にしていた。
 選ぶのは彼女だ。でも、出来れば後悔のない選択をして欲しいと、リィンは思う。
 敵に回れば容赦をするつもりはないが、後味の悪い結果になることは予想に難くなかったからだ。

「兄様?」
「ん、エリゼか。どうしたんだ? こんなところで」
「それはこちらの台詞です。食事会にもいらっしゃらなかったようですが、どこに行ってらしたのですか?」
「ん、ちょっと格納庫にな。……エリゼは、そのままでいてくれよ」
「えっと……はい。本当に何をなされていたのですか?」

 リィンが何をしていたのか、本気で訝しむエリゼ。
 説明を聞いても納得するどころか、余計に困惑するだけだった。
 エリゼに訝しげな視線を向けられながら、リィンは誤魔化すように質問を返す。

「で? エリゼは何をしてたんだ?」
「兄様を捜してました」
「俺を? またアルフィンが何かやらかしたのか?」
「何故ここで姫様の名前がでてくるのか、敢えて尋ねませんが……今回は違います。兄様、部屋に〈ARCUS〉を忘れていませんか?」
「ああ、そういや……」

 実際には置き忘れたのではなく、一人で考えごとをしたくて置いていったのだが、それを口にはしないリィン。
 それを正直に話せば、エリゼの小言が増えると推測したからだ。もうすっかり尻に敷かれていた。

「ありがとな。態々、届けにきてくれたんだろ?」
「それもありますが、用件は別にあります。つい先程、トヴァルさんから兄様宛に連絡がありました」
「トヴァルから?」

 トヴァルから連絡があったとエリゼから聞き、リィンは一つの推測に行き着く。

「セドリック殿下の幽閉されている場所が判明したそうです」

 そしてエリゼの口からは、その推測を裏付ける言葉が飛び出した。



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