「あれは……イオなのですか?」

 宙に浮かぶ巨大な竜を見上げながら、ラクシャは呆然とした声で呟く。
 アンデットの群れを呑み込んだ光のブレス。
 破壊力や規模こそ違えど、あれは間違いなくイオが得意とする精霊ルミナスの光だった。

「ラクシャ!」

 アドルの声に気付き、咄嗟に後ろへ飛び退くラクシャの前髪がハラリと舞う。

「なッ――」

 転がるように受け身を取り、レイピアを構えるラクシャ。
 その視線の先には、剣を振り下ろしたままの姿勢でクツクツと笑い声を漏らす一人の男が立っていた。
 右手に剣を持ち、左手は先端が鉤爪になった義手を装着している。
 頭には三角帽を被り、長い丈のコートを羽織った姿は、まるで海賊のように見える。

「悪くない反応だ。だが――」

 視界から男の姿が消えたかと思うと一瞬にして肉薄され、ラクシャは目を瞠る。
 咄嗟にレイピアで応戦しようとするも、

(間に合わない!?)

 レイピアを突き出すよりも速く男の剣が目前に迫り、覚悟を決めるかのように息を呑むラクシャ。
 だが、その直後――ラクシャを襲ったのは斬撃の痛みではなく、横から押し倒されるかのような衝撃だった。
 ラクシャを突き飛ばし、押し退けるようにアドルが間に割って入ったのだ。

「はあああッ!」
「やるな! 坊主!」

 交わる剣戟。流れるような剣捌きで、アドルは海賊らしき男を押し返していく。
 目にも留まらない攻防を前にして、驚きを隠せない表情で見守るラクシャ。
 男とアドルの剣術の腕は、ほぼ互角と言ってもいい。
 しかし、

「だが、まだ甘い!」
「くッ!」

 態と隙を作って打ち込ませると、男は鉤爪でアドルの剣を弾き返す。
 剣に伝わる強烈な衝撃を殺しきれず、大きく仰け反るアドルの懐に入り、追撃を放とうとする男に――

「やらせない」
「一撃粉砕!」

 背後から迫ったフィーとリコッタが、左右から挟み込むように攻撃を仕掛けた。
 大気を震わせるような衝撃。リコッタのウィップメイスの一撃が大地に亀裂を走らせる。
 しかし、そんなリコッタの放った強烈な一撃を振り返ることなく男は回避すると、

「――ッ!」

 半円を描くような動きでリコッタに蹴りを放ち、同時にフィーの一撃に剣を合わせた。
 完全に不意を突いた一撃を受け止められたことで目を瞠るも、フィーは右手の武器を突き出し、追撃を放つ。
 だが、

「鋭い一撃だ。だが、パワーが足りねえな」

 突き出した武器を鉤爪に絡み取られ、アドルのように弾かれてしまう。
 そんな上体を反らし、がら空きになったフィーの鳩尾に、男は鋭い蹴りを放った。

「カ――ハッ!」

 全身を襲う衝撃と共に肺から息を吐き、弾き飛ばされるフィー。
 二度、三度とバウンドするように地面を転がると、土埃を巻き上げながら動きを止める。
 完全に急所を捉えた一撃。立てるはずがない。最悪、死に至るほどの威力が男の蹴りには込められていた。
 しかし、男は追撃にでることはなく、その場で油断なく剣を構える。

「直撃の瞬間、自分から後ろに飛んだか。良い判断だ」

 男の声でハッと我に返り、慌ててフィーに駆け寄り、無事を確かめるラクシャ。
 そして、

「ん……やっぱり騙されてくれないか」

 自分の足で立ち上がるフィーを見て安堵するも、心配を隠せない様子で声を掛ける。

「大丈夫なのですか?」
「少し良いのを貰っちゃったけどね。ダメージは最小限に留めたから大丈夫。でも……ラクシャは絶対に前へでないで」
「……どういうことですか?」
「たぶん、シャーリィに匹敵する実力者。接近戦じゃ分が悪い」

 フィーの言葉に息を呑むラクシャ。
 軽くあしらわれたことは確かだが、まさかそれほどの相手とは思っていなかったためだ。
 古代種の群れすらものともしないシャーリィの非常識な強さは、ラクシャも間近で目にしている。
 その彼女に匹敵するほどの強さというのは、ラクシャからすると俄には信じがたい話だった。
 いや、信じたくないと言った方が正しいだろう。
 しかしフィーが言うのであれば、冗談と一蹴することは出来ない。
 だとすれば――

(まさか、指揮個体?)

 アンデットの群れを指揮する個体がいる、とイオが言っていたことをラクシャは思い出す。
 全身が骨と言う訳でも、身体が透けていると言う訳でもなく――
 どこからどう見ても普通の人間にしか見えないが、ただの人間がこんな場所にいるはずもない。
 少なくとも襲い掛かってきたと言うことは、敵であることは間違いなかった。
 だとすれば、考えられる答えは一つしかない。

「あなたの名前を聞かせてくれないか?」

 皆の疑問を代弁するかのように、男に名前を尋ねるアドル。
 そんなアドルの問いに、男はポリポリと頭を掻くと、少し気怠そうな表情で答える。

「俺の名はキャプテン・リード。海軍に利用された挙げ句、野垂れ死んだクソッタレな海賊さ」


  ◆


「その名前は確か……」
「なんだ? 俺のことを知ってるのか?」

 セイレン島に流れ着いてから一ヶ月半余り、アドルは探索の傍らグリーク地方にまつわる伝承などを調査していた。
 そのなかにセイレン島と並び、実際にあった話として伝えられている海賊の物語があることを思い出す。
 島を焼き払い、女子供すら容赦なく殺す残虐な手口から、いまも人々に恐れられ続けている大罪人。
 それが、キャプテン・リード。嘗て、ゲーテ海を荒らし回った海賊の名前だった。

 だが、アドルは違和感を覚える。

 歴史に名を残すほどの極悪人には、とても目の前の男は見えなかったからだ。
 剣を交えれば、なんとなくではあるが人となりは知れる。
 少なくとも人殺しを愉しむような男の剣ではなかった。
 どちらかと言えば――

(彼と少し似ているような気がする)

 アドルの目には、リィンとキャプテン・リードの姿が重なる。
 キルゴールのように犯罪を正当化し、自分に酔って殺しを愉しむ犯罪者≠ニは違う。
 悪党には違いないが、自らが定めたルールを曲げるようなことは決してしない。
 自身の行いを悪≠ニ自覚しながらも流儀を大切にし、矜持を重んじる一本筋の通った人物に思えたからだ。
 それに――

「俺のことを知っていて、そんな顔をする奴がまだいるとはな。怖くないのか?」
「クイナが関係しているのなら、根っからの悪人とは思えないからね」

 クイナは見た目に惑わされずに、相手の本質を見抜く目に長けている。
 そんな彼女が、話に聞くような極悪人に心を許すとは思えなかった。
 だからリィンに似た何かを、キャプテン・リードから感じ取ったのではないかとアドルは考えたのだ。

「ククッ、そうきたか。確かに嬢ちゃんの名前をだされると、否定する訳にはいかねえな」

 そんなアドルの話を聞いて、クツクツと笑うキャプテン・リード。
 正解に遠いが、この場での答えとしては十分だった。
 クイナの名前をだされては、認めない訳にはいかない。
 彼自身、クイナには恩を感じているからだ。

「俺がどうして嬢ちゃんに力を貸す気になったか話してやろう」

 キャプテン・リードは最初から海賊だった訳じゃ無い。彼は奴隷の生まれだった。
 そんな彼が同じ奴隷貿易の被害者と共に奴隷解放≠掲げ、旗揚げしたのが海賊船〈エレフセリア号〉の成り立ちだ。
 世間で言われている悪逆非道な行いのすべては、そんな彼等のことを快く思わない当時の政府が自分たちの罪を着せるために作ったでっち上げだった。
 実際には、キャプテン・リードとその仲間を捕らえるために、彼等を支持する人々が暮らす島々をグリーク海軍が焼き払ったのだ。

「そんな……まさか……」
「信じられないってか? まあ、それが普通の反応だろうよ。だが、これが真実≠セ」

 グリークの海軍と言えば、グリークの栄光と言われるほど伝統と秩序のある組織だ。
 ラクシャが信じられないと耳を疑うのも無理はない。
 しかし、キャプテン・リードは話を続ける。

「その後、俺たちは多島海で暮らす人々に、これ以上の迷惑を掛けられないと海軍に出頭することを決めた」

 そんな囚われの身となったキャプテン・リードに、海軍の大佐と名乗る男が一つの取り引きを持ち掛けてきたのだ。
 仲間の命と引き替えに、セイレン島の調査をしろと――

「そこからは、お察しの通りだ。お前さんたちもあったんだろ? 触手の化け物に――」

 キャプテン・リード他、セイレン島の調査を命じられた囚人を乗せた船は、島の近海で触手の化け物に襲われる。
 どうにか化け物を振り切り、島に辿り着いたはいいものの更に厄介な問題がキャプテン・リードを待ち受けていた。
 島に到着するなり、裏切りにあったのだ。

 集められた船員のほとんどは一癖も二癖もある犯罪者ばかりだ。身勝手で残忍な性格をしている者も少なくなかった。
 仮に真っ当な性格をしていても、人間追い詰められれば何をするか分かったものじゃない。
 半狂乱となり、島から逃げ出すために船を奪おうとする者。生きるために食糧を仲間から略奪する者。
 そうした仲間の裏切りは、当たり前のように予想できていたことだった。
 なかにはキャプテン・リードを慕い、協力してくれる仲間もいた。
 だが、そんな彼も熱病を患い、衰弱していく身体に鞭を打ちながら島の調査は続いたのだ。
 帰りを待っている仲間を助けるために――
 僅かでも可能性が残されているなら、諦める訳にはいかなかったからだ。
 しかし、

「情けねえ話だが、病魔には勝てなかった。だからだろうな。未練の余り魂が自我を失ったまま現世を彷徨っていたところを、嬢ちゃんに助けられたってわけだ」

 魂だけの存在となり、自我を失い彷徨っていたキャプテン・リードは、クイナの心を繋ぐ力で正気を取り戻すことが出来た。
 だから、その借りを返すためにクイナの計画に協力することを決めたのだ。
 嘗て、同じ旗印の下に集まった仲間たち≠ニ共に――

「それに話を聞けば、グリークの海軍とも一戦交えるかもしれないって言うじゃねえか」

 そんな面白そうな話に乗らないわけにはいかないだろ?
 と、キャプテン・リードは快活な声で話す。
 いや、彼だけではない。
 周りを見渡せば、イオによって吹き飛ばされたはずの骸骨たちが再び起き上がり、カタカタと笑うように音を立てていた。

「安心しな。こいつらに手はださせねえよ。その代わり――」
『黙って見てろと言いたいんでしょ?』

 空の上から隙を窺っていたイオに、釘を刺すかのように話を持ち掛けるキャプテン・リード。
 相性の問題もあるが、このなかで一番厄介なのはイオだとキャプテン・リードは警戒していた。
 最初の一撃。どういうつもりかは知らないが、イオが手を抜いてブレスを放ったことに気付いていたからだ。
 本気でブレスを放っていたのなら、骸骨たちは跡形もなく消滅していたはずだ。
 周りへの被害を考えなければ自分を含め、この場にいる敵すべてを消滅させることすら容易いだろうと、イオの力をキャプテン・リードは見抜いていた。
 しかし、それでは困る。クイナから託された役目を果たせないからだ。

『まあ、いいよ。クイナから事情は聞いたし、アタシも疲れることはしたくないしね』

 勝手に話を進められ、どういうことかと竜化したイオを睨み付けるラクシャ。
 しかし地上に降りてくる様子はなく、イオは素知らぬ顔でラクシャの視線を受け流す。

「ですが、倒せないのでは……」
「心配は要らないよ」
「アドル?」

 アンデットに有効な一撃を入れられないからイオに頼ったのだ。なのに、自信に満ちた表情で前へでるアドルをラクシャは訝しむ。
 だが、アドルも何の勝算もなくて、こんなことを言っている訳ではなかった。
 キャプテン・リードがイオに取り引きを持ち掛けた理由。
 あっさりとイオが引き下がった理由。そして他のアンデットたちをけしかけない理由。
 クイナがどうしてこんな舞台を用意したのか、すべてを察してのことだった。

「あなたを倒せば、最後のオベリスクは解放される。そういうことで、いいんですよね?」
「そういうこった。まあ、守護者代理って感じだけどな。ついでに言うと、一撃入れたらお前さんたちの勝ちでいい」

 破格の条件だろ? と、キャプテン・リードはニヤリと笑う。
 確かにアドルたちに有利な条件だった。

「話が見えませんが……とにかく、やるべきことはわかりました」
「ん……さっきのようにはいかない」
「いざっ、尋常に勝負!」

 ラクシャ、フィー、リコッタの三人はアドルと並び立ち、各々の武器を構える。
 簡単にいかないことは先程の攻防でわかっているが、それでも一撃を入れるだけなら勝算はある。

「――来い! お前等の力と覚悟を俺に見せてみろ!」

 アドルたちを挑発するかのように叫ぶキャプテン・リード。
 その声を合図に、飛び出すアドルたち。
 そうして最後のオベリスクを巡る戦いが幕を開けるのだった。



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