「そんなんじゃ、俺は倒せねえぞ! 小僧どもッ!」

 キャプテン・リードの振った剣が風を巻き起こし、その衝撃だけでアドルとフィーを押し返す。

「クリスタル・エッジ!」

 追撃をさせまいと、水のアーツを唱えるラクシャ。
 氷の刃が地面を這うようにキャプテン・リードに迫るが、それさえも腕の一振りで粉砕する。
 余りに非常識。型に嵌まらない常軌を逸した強さに驚き、息を呑むラクシャ。
 フィーがシャーリィと同格の相手だと口にした時は半信半疑だったが、こうして実際に戦ってみるとよく分かる。
 たった一撃。その一撃すら遠く届かないと錯覚するほどに、キャプテン・リードとの実力差は隔絶していた。

 キャプテン・リードは、嘗てゲーテ海を荒らし回ったとされるグリーク地方では名の知られた海賊だ。
 残虐非道という話が当時の政府によるでっち上げだとしても、彼が奴隷貿易を生業とする商船を襲い、海軍を手玉に取った凄腕の海賊である事実は変わらない。元は奴隷だった彼が、荒くれ者たちから一種の信仰とも取れる絶対的な信頼を勝ち得たのは、その男気溢れる性格や人を惹きつけて止まないカリスマだけが理由ではなかった。
 皆がキャプテン・リードに従った最大の理由。それは彼が誰よりも強かった≠ゥらだ。
 生まれ持ちの才能もあったのだろう。だが、それ以上にこの世の地獄とも言える劣悪な環境が彼を強くした。

 奴隷の子として生を受けた彼に、最初から自由などなかった。
 生きるために家族を見殺しにし、奴隷の仲間を手に掛けたこともある。
 同じ人間からゴミのように扱われ、最後は道具のように使い捨てられるクソッタレな人生だった。
 だが、それでも彼は生き続けた。

 左手を失い、全身に大きな傷を負いながらも、彼は不条理な世界≠憎み続けることで生≠ノしがみついたのだ。
 結局は復讐を遂げられず、奴隷解放の目的を果たすことも出来ないままセイレン島で最期を迎えることになるが、死しても尚、その身に刻まれた憎悪を忘れることはなかった。
 海軍によって理不尽に殺された多海島の人々。罪を着せられ、処刑台に送られた仲間たち。
 彼にとって自分が貶められたことよりも、大切な人たちの命を、思いを踏みにじられたことが何より許せなかったからだ。

 ――殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる!

 極限まで膨らんだ憎悪は、キャプテン・リードの精神を狂わせ、魂を変容させた。
 クイナの心を繋ぐ力≠ナ自我を取り戻すまでの百年、ずっと彼は悪霊となり彷徨い続けていたのだ。
 いまも憎悪はある。殺してやりたいほどにグリークの海軍を憎んでいる。
 だが、何よりも許せなかったのは、自分自身だった。

 ――俺は何をしている?

 憎悪に取り憑かれ、目的どころか仲間のことすら忘れていた自分自身が、キャプテン・リードは許せなかった。
 そんな彼にとってクイナは盟約≠結んだ契約者≠ナあると同時に、仲間との約束を思い出させてくれた恩人でもあった。
 だから、こんな役目を引き受けたのだ。

「こんなもんか。テメエらの力は?」

 確かにアドルたちは強い。
 この年齢でここまでの使い手は、そうはいないだろうとキャプテン・リードもアドルたちの実力を認めていた。
 しかし、それだけだ。年齢の割に腕は経つが、飛び抜けて化け物≠フように強いと言う訳でもない。
 普通なら、それで十分なのだろう。実際にアドルたちは守護者を倒し、ここまでオベリスクを解放してきている。
 だが、

「やめだ。帰れ」
「何を言って! わたくしたちはまだ――」
「負けてないってか? その程度の腕で、何を、誰を助ける°Cだ?」

 ここでクイナを説得したところで、いまのアドルたちでは〈ラクリモサ〉を止めることも〈緋色の予知〉を回避することも叶わない。
 想いだけでは何も変えられない。どれだけ喚いたところで、力の無い正義などクソにも劣る。
 正義感を振りかざして中途半端に行動を起こすことが、どれほどの不幸を呼ぶか、キャプテン・リードは身をもって知っていた。
 それでも――

「ほう……」

 まだ諦めずに立ち上がるアドルたちを見て、キャプテン・リードは面白そうに笑う。
 無駄で愚かな行いだというのは、本人たちが一番よくわかっているはずだ。
 なのに闘志が衰えるどころか、逆境に立たされるほどに力を増していく。
 ただ、現実が見えていないだけか、それとも――

(俺や、俺みたいなのを慕って集まった連中みたいに大バカってことか)

 どういうつもりでアドルたちが戦っているのか?
 当時の自分たちとアドルたちの姿を重ね、キャプテン・リードは苦笑する。
 クイナの口から本心を聞くまで、立ち止まる訳にはいかない。
 理屈じゃない。自分たちを納得させるのに、必要な戦いと言うことだ。
 なら、尚更――

「大バカ野郎だってことは、よく分かった。だがな」

 手は抜けねえぞ、と笑みを浮かべながらキャプテン・リードは闘気を爆発させるのだった。


  ◆


「まだ、こんな力を隠していたなんて……」

 キャプテン・リードの放つ闘気に気圧され、後ずさるラクシャ。
 強いことは理解していたつもりでも、キャプテン・リードの強さは想像を遥かに超えていた。
 いまならシャーリィと互角と言ったフィーの言葉がよく理解できる。
 武を極めるのではなく、リィンと同じように戦いの中で理≠フ域へと達した最強の海賊。
 それが彼、キャプテン・リードだった。

「気を抜くと」

 ――死ぬぞ。
 そう口にした直後、キャプテン・リードの姿はラクシャの目前にあった。
 一瞬で間合いを詰められたことに驚きながらも、二度も同じ手は食わないとラクシャは風の障壁を展開する。
 しかし、

「そんな――」

 弾き返すつもりで展開した障壁は紙を切り裂くかのように容易く破られ、ラクシャは地面を転がされる。
 咄嗟に身を翻して致命傷は避けたようだが、ラクシャの肩からは血が流れ落ちていた。
 そんなラクシャを見て、

「うああああああッ!」

 雄叫びと共に、全身から黒い闘気を放出させるフィー。
 ウォーク・ライ。体内を巡る闘気を爆発させることで、一時的に身体能力を倍加させる猟兵の戦技だ。

「――ッ!?」

 目で捉えきれないほどの速度で肉薄するフィーに目を瞠り、すんでのところで剣を合わせ、直撃を回避するキャプテン・リード。
 スピードでは圧倒的にフィーの方が上。動きが完全に見えているわけじゃない。
 それでもキャプテン・リードは経験と直感だけで、フィーの連撃を捌く。

「シャドウ・ブリゲイド!」

 しかし、光の軌跡を描きながら無数の連撃を放つフィーに、初めてキャプテン・リードは防御の姿勢に回る。
 短時間であればシャーリィとも互角に戦うことが出来るだけの力が、いまのフィーにはあった。
 それでも攻撃を掠らせるのが精一杯で、決定打とはならない。
 先読みをするかのように直撃を免れない攻撃だけを、キャプテン・リードは的確に剣で捌き続ける。

(これでも届かない)

 悔しさを表情に滲ませるフィー。だが、わかっていたことだ。
 一つ壁を越えたところで、リィンやシャーリィのいる域にまで及ばないことは理解していた。
 それでも引くわけにはいかない。クイナのためとか、いまはアドルたちの仲間だからとか、そういうのだけじゃない。
 ただ――負けたくない。そんな意志を込めて、フィーは限界に挑む。
 もっと速く、もっと鋭く。反撃の隙を与えないように連撃を叩き込むフィー。
 しかし、

「あ……」

 それも限界が訪れる。
 全身に纏っていた闘気が消失し、身体の力が抜けていく。
 ウォーク・ライは強力な反面、スタミナの消耗が激しい欠点がある。
 見た目は平気そうに見えても、度重なる連戦でフィーの体力は限界に近付いていた。
 そこに加えて、肉体への負担が大きい戦技を連続で発動したのだ。身体が保つはずもない。

(回避しきれない)

 カウンターで合わせるように剣を振うキャプテン・リードの姿がフィーの目に映る。
 直撃を免れないと判断したフィーは衝撃に備え、ブレードライフルを交差させる。
 防御の構えを取るフィーに迫る一撃。その時だった。

「リコッタも忘れてもらっては困るのだ!」
「ぬッ!?」

 高速で回転しながら飛来する物体。リコッタが放り投げたウィップ・メイスが隙を突く。
 どうにか剣で受け止めるも衝撃を殺しきれず、大きく後方に弾き飛ばされるキャプテン・リード。
 鉤爪を地面に引っ掛け、転がるのを回避するキャプテン・リードだったが、

「――な!?」

 まさか、と言った顔で目を瞠りながらキャプテン・リードは足を取られ、体勢を崩す。
 地面が――凍っていたのだ。そう、それは最初にラクシャが放ったアーツの痕跡だった。
 直撃させるのが目的ではなく、この状況に誘導するために布石を打っていたのだ。

(確かに僕たちは弱い)

 腕が立つとは言っても、普通の人間だ。
 リィンやシャーリィと比べれば、力で劣っていることはアドルも自覚していた。

 想いだけでは、どうにもならないことがあると言うことも――
 力が伴わなければ、助けられない人がいると言うことも――

 そんなことは、とっくにわかっていた。
 多くの出会いと別れを、アドルも経験している。
 自分の力の無さを嘆いたことは一度や二度ではない。
 しかし、届かないと理解していても、諦める訳にはいかなかった。
 諦めてしまえば、そこで希望は潰えてしまう。
 例え、望まない結果に終わるとしても、

「まさか、ここまでやるとはな! 小僧ッ!」
「小僧じゃない!」

 これまでやってきたことが、すべて無駄だとは思わない。
 キャプテン・リードは確かに奴隷解放を為すことは出来なかった。
 仲間との約束を、目的を果たすことが出来ないまま最期を遂げたのかもしれない。
 でも、彼の想い≠セけは、きっと残された人たちに受け継がれたはずだ。
 いまグリーク地方に奴隷制度は存在しない。少なくともその事実が、歴史が真実を物語っている。
 だから、

「僕はアドル・クリスティン――冒険家だ!」

 この想い≠セけは誰にも否定させない。
 それが冒険家、アドル・クリスティンの意地だった。


  ◆


「まいった。まさか、ほんとに一撃を食らわされるとはな」

 そう言って大きな口を開けて笑うキャプテン・リードの胸元には、アドルにバッサリと斬られた傷痕が残っていた。
 血の代わりに光のようなものが漏れているのを見て、ラクシャは「大丈夫なのですか?」と心配になって尋ねる。

「ああ、このくらいの傷、どうってことない。ほれ」

 そう言ってキャプテン・リードが胸に手をかざすと、傷が塞がるだけでなく服まで修復される。
 まるで手品を見せられているかのような光景に、ラクシャはなんとも言えない顔になる。
 相手は伝説の海賊。周りを取り囲んでいた骸骨たちの姿は既にないが、その親玉とも言える存在だ。
 人間じゃないというのは理解しているつもりでも、理不尽なものを感じずにはいられなかった。

「そもそも、いまの俺は幽霊と言うよりは、竜の嬢ちゃんと同じような存在だしな」
『一緒にされるのは心外なんだけど……』

 竜の姿のまま溜め息を吐くイオ。
 だが、キャプテン・リードの言っていることは、間違いとも言えなかった。
 思念体のイオがこうして力を取り戻せたのは、リィンとの盟約があってこそだ。
 それはキャプテン・リードも同じで、クイナの眷属となることで新たな生を受け、彼の魂は現世に留まっていた。
 謂わば、いまの彼は実体を持たない幽霊と言うよりは、幻獣に近い存在だ。

「最後のオベリスクが解放されたみたいだね」
「どうしてこんなことを? いえ、そもそも何がどうなっているのですか?」

 戦いを終え、姿を見せたクイナにラクシャは説明を求める。
 アドルは何かに気付いていたようだが、さっぱり状況が呑み込めなかったためだ。

「オベリスクを解放するのに必要なのは、なんだと思う?」
「それは、オベリスクを守っている幻獣を倒せば……」

 自分で言って置いて、おかしいことにラクシャは気付く。キャプテン・リードは生きているからだ。
 いや、元が死人なので生きているというのは正しくないのかもしれないが、完全に倒せたとは言えない。
 なら、どうしてオベリスクが解放されたのか?
 その疑問にクイナは答える。
 オベリスクの解放に必要なもの。それは――

「強い想念の輝き。運命にすら抗い、否定する――想いそのものだよ」

 オベリスクに封印された種の想念。それに打ち勝つほどの強い想念の輝き。
 それこそが、オベリスクを解放するために必要な条件だとクイナは答える。

「だから、僕たちをここに誘き寄せた。オベリスクを解放させるために」

 ただ守護者を倒すだけでオベリスクが解放されるなら、別にアドルたちでなくともよかったはずだ。
 リィンやシャーリィと比べれば戦闘力で劣ると言っても、ベルならどうとでもする方法があったはずだ。
 でも、そうしなかった。いや出来なかったのは、彼女たちではオベリスクを解放するための条件が揃えられないからじゃないかとアドルは考えたのだ。

「……やっぱり気付いてたんだね」

 アドルなら真相に辿り着くであろうということは、クイナも予想していた。
 それでも、絶対にアドルはここまでやってくる。そんな確信があっての計画だった。
 ベルもそこまで先を読んで、アドルたちを計画に組み込んだのだろう。
 だが、例え利用されたとしても、アドルはそのことでクイナを責めるつもりはなかった。
 クイナを責めるために、ここまで来た訳じゃ無い。尋ねたいことは、ただ一つ。

「改めて聞かせてくれないか? クイナ、キミは――」

 もう一度、クイナの真意を尋ねようとアドルが言葉を口にした、その時だった。
 大地に亀裂が走り、大きく揺さぶるような振動がアドルたちを襲う。
 雷を見た時のように脅え、アドルの腰にしがみつくリコッタ。
 そして、大地の亀裂から隙間を覗き込み、ラクシャは目を瞠った。

「これは……」

 崩落する大地。そして、その亀裂から姿を見せたのは虹色の空間だった。
 その穴の底から地上を見上げる巨大な二つの瞳。
 古代種のようにも見えるが、それこそ――

「気付かれたみたい。まさか扉を開く前に、あっちから干渉してくるなんて……」

 クイナは語る。
 はじまりの大樹の中枢で世界を管理し、見守り続ける存在。
 大地神マイアが生み出した眷属にして、進化を司る守護聖獣。
 その名は――

「テオス・デ・エンドログラム」



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