最初に飛び出したのはレイフォンだった。
 クルトとそう変わらない体格で軽々と大きな剣を振りかざし、リィンとの間合いを一気に詰める。
 そして先制の一撃とばかりに、リィンの頭上目掛けて大剣を叩き付けるように振り下ろすレイフォン。
 しかし、

「――ッ!?」

 レイフォンの攻撃はリィンの姿を捉えることなく宙を切る。
 視界から一瞬にして姿を消したリィンを、気配を頼りに追い掛けるレイフォン。
 一歩後ろに下がると同時に弧を描くような斬撃を放つ。

「そこ!」

 だが、またしてもレイフォンの一撃は宙を切る。
 険しい表情を浮かべながらも、すぐに思考を切り替え、追撃へ移るレイフォン。
 力強くも洗練された動き。間断なく斬撃を放ってくるレイフォンの動きを見切っているかのように、リィンは最小限の動きで回避する。

「たいした膂力だ。勘も悪くない」

 冷静に動きを見極めるリィンとは異なり、まったく攻撃が当たらないことに徐々に焦りを募らせていくレイフォン。

(おかしい!? なんで――)

 まるで動きが読まれているようだとレイフォンは感じる。
 ならば、とレイフォンは踏み込みから螺旋を描くように大剣を振り抜く。
 しかし、

「その技は既に′ゥ切っている」
「――え?」

 まだ完成には至っていないが、ヴァンダールの秘技の一つだ。
 中伝のレインフォンが放てる最高の一撃だった。
 それが、まさか紙一重で回避されるとは思っていなかったのか?
 レイフォンに一瞬の隙が生まれる。
 その隙に割り込むように片手≠ナ大剣を振り下ろすリィン。

「ぐ――ッ!?」

 頭上に迫る一撃に咄嗟に身体が反応して、辛うじてレイフォンは剣で受け止めることに成功するが、転がるように後ろへ弾き飛ばされてしまう。
 どうにか受け身を取るも、信じられないと言った視線をリィンに向けるレイフォン。

「いまのはアルゼイドの……どうして?」

 それも当然だった。いま、リィンが放った剣技。
 それはヴァンダールと双璧を為す、アルゼイド流剣術の型の一つだったからだ。
 猟兵のリィンがどうしてアルゼイドの剣術を使えるのか?
 しかも、最初からわかっていたかのようにヴァンダールの秘技に対応できたのか?
 驚きと困惑を表情に滲ませるレイフォンに、

「悪いが、もう少し付き合ってもらうぞ。ヴァンダールの剣を学ぶ、丁度良い機会なんでな」

 リィンは余裕の笑みで、そう言い放つのだった。


  ◆


(上手く行ったみたいだな)

 リィンが模倣したのは、ヴィクターの剣だった。
 とはいえ、本物には遠く及ばない。ただ型を上手く真似ただけの紛い物に過ぎなかった。
 レイフォンには通じたが、達人クラスの使い手には通用しないだろうとリィンは冷静に分析する。

 並行世界でリィンが目覚めた〈王者の法〉の可能性の一つ。それがオーバーロード〈閃影(シャドウ)〉だ。
 しかし、これは模倣をした相手が自分と同じ、並行世界のリィンだったから成功したような技だ。
 相手のことを深く知り、精神的な波長を合わせなければ、本来は技を真似ることなど出来ない。
 だが、完全に技を模倣することは無理でも動きを真似る程度のことは可能なのではないかと、リィンは以前から考えていた。

 ブレードライフルの点検や修理に留まらず、導力地雷の作製や車の修理など専門的な知識が必要なこともリィンは一通りこなす。
 更には、魔術の解体。アーティファクトに刻まれている複雑な陣もリィンは一目で分析し、解体することが出来る。
 こんな真似が出来るのは分析≠フ力に長けているからだと、リィンは自分の長所を朧気ながら理解していた。

 戦いの中でも、この力に助けられたことが何度もある。
 アリアンロードの動きに対応できたのは、ただ身体能力で勝っていたと言うだけの話ではない。
 彼女の技を分析して完全ではないにせよ動きを予測できたからこそ、経験や技量で劣っていながらも互角の戦いが出来たのだ。

 勿論、ただの猿真似では限界がある。しかし達人の動きを知り、型の意味を理解することは意味があるはずだ。
 以前ヴィクターにも言われたことだが、リィンはちゃんとした剣術を学んだことがない。
 そのため、予測の出来ない動きを取ることがあるが、逆に言えば型が洗練されていない。無駄も多く、隙が大きいと言うことだ。
 だからこそ、リィンはレイフォンの挑戦を受けたのだ。
 いまよりも更に強く≠ネるために、ヴァンダールの剣を学ぶ良いチャンスだと考え――

(これまで異能に頼り切った戦い方をしてきたからな)

 地味なようだが、地力を向上させることが成長の近道だ。
 しかし、ヴィクターの言うように剣術を学ぶにしても、身体に染みついた戦い方を今更変えるのは抵抗がある。
 実際、いまから剣術を学んだからと言って、ヴィクターの域に達するのは難しいだろう。
 なら、これまでどおり自分は猟兵らしく強くなればいい。
 より効率的に強くなるために、戦いの中で自分に必要なことだけを吸収し、最適化していく。
 それが自分に一番合った訓練法だと、リィンは考えるのだった。


  ◆


「いまのはアルゼイド流の技……」

 リィンが放った技を見て、オリエは驚きを隠せない様子で目を瞠った。
 いまも激しい攻防が続いているが、リィンの動きは紛れもなくアルゼイドの型そのものだった。
 いや、それどころか動きの一つ一つが、

(間違いない。あの動きは〈光の剣匠〉の……)

 オリエには、ヴィクターと重なって見える。
 確かに本物には及ばないかもしれない。しかし、それがどれだけ異常≠ネことか、はっきりとオリエには理解できた。
 仮にヴィクターの動きを真似ろと言われて、リィンと同じことが出来るかと問われれば、オリエは首を横に振る。
 リィン自身は気付いていないのかもしれないが、達人の動きとはそう簡単に模倣できるものではないからだ。

「……動きが変わった?」

 リィンの動きの変化に気付くオリエ。そして、再び驚かされることになる。
 アルゼイドの剣に続きリィンが放ったのは、先程レイフォンが放ったヴァンダールの技だったからだ。
 技を受け止めたレイフォン自身も驚きを隠せない様子で、慌ててリィンとの距離を取る。

「いまのは私の……どうして!?」
「言っただろ? お前からヴァンダールの剣を学ばせてもらうと」

 リィンの一言で、この僅かな時間で技を盗まれたのだとレイフォンは悟る。
 信じられなかった。いや、信じたくないと心が叫んでいた。
 幼少期から、すべての時間を剣術に費やしてきた。
 それを一瞬で真似られるなど、剣士として受け入れ難いことだったからだ。

(覚悟を決めてもらう……そう、そういうことだったのね)

 リィンはレイフォンの心を折るつもりなのだと、オリエは理解する。
 既にレイフォンの体力は限界に近付いていた。
 この上、精神的に追い詰められれば、最悪レイフォンは二度と剣を握れなくなる。

「待て!」

 そう考えたオリエが止めに入ろうとした、その時だった。
 道場の扉を開け放ち、リィンとレイフォンの戦いに割って入る声。
 それは――

「これ以上やると言うのなら、僕が相手だ!」

 クルト・ヴァンダールだった。


  ◆


 時間を遡ること数分前――

「はあ……」

 道場前の石段に腰掛け、夜風に当たりながら溜め息を吐くクルトの姿があった。
 自分のしでかしたことを思い出し、悲観に暮れていたのだ。
 客人に取る態度ではなかった。
 しかも個人的な事情≠ナ一方的に隔意を抱くなど許されることではない。
 母が怒るのも無理はない、とクルトは自分の行動を反省していた。

「僕は何をしてるんだろうな」

 こんなつもりではなかった。
 しかし、リィンを前にしたら頭の中が真っ白になって、冷静な考えを抱けなくなったのだ。
 自分でも未熟と言うほかなかった。正直、兄や父に合わせる顔がないというのがクルトの本音だ。

「しかし、あれがリィン・クラウゼルか……」

 一目見て、強いと感じた。
 兄や父と同じ、強者特有の空気を身に纏っていたからだ。
 底を推し量れるほどの実力が自分にないことを悔やむほどの強者だった。
 だからこそ、

 ――ああ、これなら仕方がない。

 と、本能的に負けを悟ったのだ。
 でも、それは自分に対する言い訳に過ぎないと、本当のところクルトは気付いていた。
 だから余計に何も言えず、あの場から立ち去ることしか出来なかったのだ。
 ヴァンダールの者として情けない。兄ならどうしただろうと、そんな考えが頭を過ぎった、その時だった。

「――これは剣戟の音?」

 道場の方から聞こえてくる音にクルトは気付き、ハッと我に返る。
 こんな時間に一体誰が、と疑問を抱き、こっそりと扉の隙間から中の様子を覗くクルト。
 そして、

(レイフォン。それにあれは……)

 リィンとレイフォンが道場の中央で剣を交えている姿を目にする。
 レイフォンは決して弱くない。この道場に通う門下生のなかでも上位の実力者。クルトと同格の実力者だ。
 そんなレイフォンが軽くあしらわれている姿を見て、クルトは驚きつつも複雑な感情を抱く。
 リィンに勝てないと理解していても、心の何処かでは負けを認めたくないという気持ちがあったからだ。

(でも、どうして……)

 レイフォンも相手の実力が見抜けないほど愚かではない。どうやっても敵わないとわかっているはずだ。
 なのに何度も床を転がされ、土に塗れながら諦めずに立ち向かって行くレイフォンの姿に、クルトは目が離せなくなっていた。
 自然と扉に掛ける手に力がこもる。そして、

「いまのは私の……どうして!?」
「言っただろ? お前からヴァンダールの剣を学ばせてもらうと」

 そんな二人の声が道場の中から聞こえてきた。
 クルトもはっきりとリィンが放った技を見ていた。あれは間違いなくヴァンダールの技だった。
 レイフォンが道場の鍛練を終え、日が暮れてからも毎日のように夜遅くまで練習をしていた技。
 クルトもそんなレイフォンの頑張りを陰ながら見守っていたのだ。
 それをリィンは一度の攻防で、ただ見ただけで再現して見せたのだとクルトは理解する。

(こんなのは……)

 圧倒的なまでの力の差を目の当たりにして、レイフォンの心が折れ掛けているのをクルトは察した。
 ただ敗れるのではなく、こんな負け方すれば剣士として心を折られても仕方がない。
 自分が同じ立場なら、きっと――

(まだ、続ける気なのか?)

 リィンが構えを解いていないと気付き、クルトは身を乗り出す。
 これ以上続ければ、レイフォンの心が完全に折れてしまう。
 それどころか、二度と剣を握れなくなるかもしれない。
 そう考えた瞬間、クルトは後先を考えずに身体を動かしていた。
 勢いに任せて、開け放つ扉。そして――

「待て!」

 戦いを止めるべくクルトは叫ぶのだった。



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