「ダメよ! クルト坊ちゃんが敵うような相手じゃ――!」
「本当は自分で向き合わなくてはいけない問題だったんだ。それなのに僕は――」

 リィンに戦い挑もうとするクルトを必死に止めるレイフォン。
 しかし、クルトは譲らない。これは自分の役目だと主張する。
 そんな二人のやり取りを寸劇でも見せられているかのように、リィンは微妙な顔で眺めていた。

(なんだ。この茶番……)

 本人たちは真剣なのかもしれないが、リィンからすれば本当にどうでも良い話だった。
 レイフォンの挑発に乗ったのは、別にクルトの事情を重んじたからではない。
 オーレリアとの戦いに向け、調整を兼ねてヴァンダールの剣を学んでおきたいと思ったからだ。
 リィンが目指す猟兵らしい強さとは、戦場で生き残るために必要な技術を向上させることだ。
 そのために剣術を体験したいと思っただけで、それ以上の価値をヴァンダールに見出した訳ではなかった。

「もう、面倒臭いから二人で掛かってきたらどうだ?」

 心の底から面倒臭そうに、そう口にするリィン。
 それを挑発と受け取ったのか? レイフォンは双眸に静かな怒りを滾らせる。
 一方でクルトも心境は穏やかではなかった。
 ヴァンダールの剣を侮辱されたと感じたからだ。

「……さっきの言葉を撤回させて欲しい。このまま引き下がってはヴァンダールの名折れだ。力を貸してくれないか?」
「ええ、勿論よ。私たちを侮ったこと、後悔させてやりましょう!」

 武器を構えながら口調を強めるクルトを見て、先程まで心が折れ掛けていたのが嘘のようにレイフォンも気力を漲らせる。
 そんな二人の様子を一瞥しながら、もう好きにしてくれと言った様子でリィンは溜め息を溢す。そして、ふとクルトが手にしている二本の剣で視線が止まる。
 ヴァンダール流の使い手と聞いていたので、てっきりレイフォンと同じ大剣を使うものと思っていたからだ。

「双剣か。ヴァンダール流の使い手と聞いていたが、珍しいな」
「……剛剣術の方が有名ですからね。ですが、これもれっきとしたヴァンダールの剣です。それを、いまから証明して見せます」

 隙の無い佇まい。そして内から溢れる気迫を感じ取り、リィンは思っていた以上にやるようだとクルトの評価を改める。
 少なくともレイフォンと同等か、それ以上の実力を有していると考えて良いだろう。

(さすがに少し分が悪いか)

 恐らくクルトはスピードを活かした戦い方を得意とするはずだ。
 このまま不慣れな大剣で挑むのは、少しばかり分が悪いとリィンは判断する。

「なら、俺も少しだけ本気≠ナ相手をしてやる」

 そう言って大剣を地面に突き刺すと、リィンは腰に下げた二本のブレードライフルを抜く。
 構造上少しばかり大きく見えるが、刃渡りはクルトの剣とそう変わりない。
 だが、リィンの噂は聞いていても、話に聞くのと実際に目にするのとでは違うのだろう。
 自分と同じ双剣を構えるリィンを見て、クルトは微かに困惑を見せる。

「……双剣?」
「ああ、俺も――」

 これが一番得意なんだ、と言ってリィンはニヤリと笑うのだった。


  ◆


「……なんて強さだ」
「二人掛かりでも手も足も出ないなんて……」

 結果から言えば、リィンの勝利に終わった。
 二人掛かりとは言っても、所詮は皆伝に至っていない中伝止まりの使い手だ。
 年齢を考えればそれでも十分なのだろうが、相手は新たな猟兵王と噂されるリィンだ。
 ヴァンダールの剣士とはいえ、実戦を知らない相手に後れを取るほど、最強の猟兵は易しくはなかった。

「お前等が弱いだけだ」

 容赦のないリィンの言葉が、クルトとレイフォンの胸にグサリと突き刺さる。
 だが、決して間違ったことを言っている訳では無い。
 実際、この戦いでリィンは愛用の武器を使いはしたが〈鬼の力〉すら発動していない。
 異能抜きで敵わなかったと言うことは、クルトとレイフォンは二人掛かりでもリィンに地力で劣っていると言うことだ。
 少なくともギルドで期待のエースと呼ばれている遊撃士の二人≠ヘ、リィンに〈鬼の力〉を使わせるところまで追い込んで見せた。
 いまのクルトとレイフォンは、その二人に劣ると言うことだ。リィンが弱い≠ニ評するのも無理はなかった。

「だが、まあ……そこそこ根性はあるみたいだな」

 実力的には見るべきところはない。
 しかし、敵わないとわかっていながら最後まで諦めずに立ち向かってきた勇気は悪くないとリィンは評価する。
 時と場合を考えなければ、勇気は自分だけでなく仲間を危険に晒す蛮勇ともなりかねない。
 だが、強者に挑む覚悟のない者は一生負け犬のままだ。決して高みには至れない。
 少なくとも二人は可能性≠示した。そう、リィンは考えていた。

「少しは壁を越えたんじゃないか?」
「え……」
「あ……」

 リィンにそう言われて、クルトとレイフォンは自分たちの変化に気付く。
 広げた手の平を見下ろすクルト。戦う前はあれほど震えていた身体が、いまは嘘のように落ち着いていた。
 悔しいという気持ちはあるが、胸の中に燻っていた蟠りも今は感じない。
 それどころか、力を出し切った所為か? いつになく晴れやかな気分だった。

 レイフォンもそうだ。
 圧倒的な力の差に絶望し、一時は心が折れ掛けていたと言うのに、いまは一皮剥けたような爽快な気分だった。
 強くなったという実感はない。しかし、リィンの言うように壁を越えたという感覚は自分の中に確かにあった。

「まさか、最初からそのつもりで……?」

 こうなることを予想して自分の挑戦を受けたのだろうかと、レイフォンは何かを悟った様子で尊敬の眼差しをリィンに向ける。

「俺は俺の都合を優先しただけだ。それは、お前たちが自分の手で掴み取った結果だ」

 言葉どおりの意味でリィンは口にしたのだが、レイフォンは感動に心を震わせる。
 幼い頃から直向きに剣術を学んできた真っ直ぐな性格が、リィンの言葉を良い方に受け取ったのだろう。
 良くも悪くも剣術バカ。その純粋なところはクルトも同じだった。

(僕は自分のことばかりを考えていたと言うのに、この人は……)

 敵わない、と心の底からクルトは負けを認める。
 でも、いまなら納得できる。ずっと不思議に感じていたのだ。
 どうして猟兵≠ネんかとアルフィン殿下は契約を結んだのかと――

 いまでこそ猟兵に対するイメージは変わってきているが、基本的には猟兵に依頼するような者は後ろめたいことがある者が多い。ギルドでは依頼を受けてくれない非合法な仕事が、猟兵に回ってくることが多いからだ。
 各国の政治や戦争への介入をギルドは禁じている。そのことからも、アルフィンがギルドを頼れなかったのは理解できる。
 しかし、味方の少ない状況だったとはいえ、あの〈帝国の至宝〉とまで呼ばれる心優しいアルフィンが猟兵と契約を結んだという話がクルトには想像が出来なかったのだ。
 でも、いまは目が曇っていたのは自分の方で、アルフィンの見る目が正しかったとクルトは思う。

「すみませんでした。あなたを侮ったこと、深くお詫びします」

 そう言って腰を曲げ、リィンに向かって深々と頭を下げるクルト。
 猟兵などと侮っていた過去の自分が間違っていたと、クルトは反省していた。
 しかし、猟兵の評価が低いのは今に始まったことではない。
 そんなクルトの態度の変化にリィンは戸惑いを見せながらも、気にするなと言葉を返すのだった。


  ◆


「クルトとレイフォンのこと、ありがとうございました」

 態度を一変させたクルトとレイフォンの相手に疲れ果て、ようやく二人から解放されたかと思えば――
 今度はオリエに頭を下げられ、リィンはうんざりとした顔を見せる。

「言って置くが、俺は別に……」
「はい、理解しています。オリヴァルト宰相から、リィンさんのお話は伺っていますから」

 せめてオリエの誤解だけでも解こうとするリィンだったが、まさかの名前をオリエの口から耳にしてリィンは不安を覚える。

「……具体的にどんな話を聞いているか、教えてもらっても?」
「誤解を受けやすい性格をしているが、皇女殿下が頼りにするだけあって信頼の置ける人物だと聞いています」

 随分と持ち上げた評価だが、オリヴァルトにしては珍しくまともな内容にリィンは訝しむ。
 そして、

「あとは『少しツンデレ≠セけどね』と。ツンデレというのが何かよく分からなかったのですが……」

 オリエの口からでた追加の一言で、やはりオリヴァルトはオリヴァルトだとリィンは実感する。

「宰相になっても相変わらずみたいだな。ミュラーの苦労が窺えるようだ」

 リィンの口からでたオリヴァルトの辛辣な評価に、苦笑するオリエ。
 普通なら不敬だと注意するところだが、ミュラーの愚痴で聞き慣れているのだろう。
 特にリィンの言葉を不快に感じている様子はなかった。

「今日は本当にありがとうございました」

 最後にもう一度礼を言ってオリエが立ち去ろうとしたところで、リィンはふと思い出したかのように尋ねる。

「一つ、いいか?」
「はい? なんでしょう?」
「ミュラーから聞いて気になってたんだが、マテウス・ヴァンダールはいつ帰ってくる? いや、違うな。いつからいないんだ?」

 リィンの問いに目を瞠るオリエ。
 まさか、そんな風にヴァンダールの内情に切り込んでくるとは思ってもいなかったのだろう。
 だが、リィンはオリエの反応で、自分の勘が当たっていたことを確信する。

「その反応……やはりタイミングから見て、オーレリアが解任されたことと無関係ではなさそうだな」
「そこまで、お気付きでしたか……」

 ミュゼについたとは言っても、バラッド候にとってもオーレリアは必要な存在だったはずだ。
 オーレリアはただ強いだけではなく、将としての資質も兼ね備えた人物だ。
 オーレリアが指揮を執っていたからこそ、あそこまで貴族連合は正規軍と戦えたのだ。
 なのにオーレリアを切り捨てれば、領邦軍の兵士たちに与える影響も少なくない。
 これからノーザンブリアと戦争をしようという時に、オーレリアを解任するのは愚行と言ってよかった。
 なら、どうしてバラッド候はそんな無謀な行動にでたのか? 考えられる答えは一つしかない。
 オーレリアに代わる――いや、対抗できるほどの将を手駒に加えたと考えるのが自然だった。

「でも、どうしてだ? 雷神の異名を取るほどの人物が、なんでバラッド候に味方する?」

 セドリックやオリヴァルトに味方をするのなら理解できるが、相手はあのバラッド候だ。
 リィンが耳にしている噂だけでも碌なものはない。典型的な帝国貴族。俗物という印象しかなかった。
 ましてや、ノーザンブリアへの侵攻を企てている張本人だ。
 まだ直接会ったことはないが、マテウスがどのような人物かはオリエやクルトの人柄を見れば分かる。
 それに、あのミュラーの父親だ。少なくとも報奨や名誉に目が眩み、バラッド候の計画に手を貸す愚か者とは思えなかった。

「……私にも、あの人が何を考えているのかわかりません。ミュラーさんも父親の変貌に驚いている様子でした」

 暗い表情を浮かべ、そう話すオリエを見て、少なくとも嘘は吐いていないとリィンは判断する。
 それならマテウスのことを尋ねた時、曖昧に言葉を濁したミュラーの反応にも納得が行くと考えたからだ。

「変貌したって、具体的にどう変わったんだ?」
「……別人のようでした。第一機甲師団の剣術指南から帰ってきて、それからずっと様子がおかしくて……」
「第一機甲師団?」
「……何か心当たりがあるのですか?」

 リィンの様子がおかしいことに気付き、質問を返すオリエ。
 マテウスの変貌には、オリエも心を痛めていたのだ。
 何か手掛かりがあるのであれば、そう一縷の望みをかけてリィンに尋ねる。

「マテウスのことは分からない。だが、第一機甲師団の演習場を借りて、オーレリアと手合わせをすることになっててな」

 偶然かもしれないが、すべて繋がっているような予感をリィンは覚える。
 最初は本当に貴族を黙らさせるために、ミュラーが監視役を引き受けたのだと思っていたが、

(こっちが本命≠ニ言う訳か)

 オリヴァルトの狙いに気付き、リィンはどうしたものかと考える。

「お願いします。あの人を元に戻す方法があるのなら、なんでもします。力を貸して頂けませんか?」

 リィンなら、もしかして――
 いや、他に縋れるものはない。これが最初で最後のチャンスだとオリエは感じたのだろう。
 深々と頭を下げるオリエを見て、リィンは溜め息を漏らす。

「最初から俺を試す≠ツもりだったな?」
「……申し訳ありません」

 レイフォンの件は偶然だろうが、クルトの件はどこかおかしいとリィンは思っていたのだ。
 クルトがリィンにどう言う感情を抱いているかは、ミュラーやオリエならわかっていたはずだ。
 なのに滞在先にヴァンダールの道場を提供し、クルトと引き合わせるような真似を態々した。
 ということは、最初からクルトを利用してリィンが信用できる人物かどうかを試すつもりだったと言うことなのだろう。

(まあ、それだけ追い詰められていたと言うことか)

 オリエがクルトに向けている愛情は本物だ。
 それでもこんな手を打ったと言うことは、それほどに打つ手を失っているのだとリィンは察する。
 マテウスを助ける義理はない。それどころか、いまのマテウスはバラッド候の協力者と言うことだ。
 敵に施す情けは無い。しかし、悲痛な面持ちで返事を待つオリエを見て、リィンは逡巡する。
 そして、

「確約は出来ない。最悪、マテウスを殺すことになるかもしれない。それでも――」

 猟兵(オレ)に助けを求めるのか、と尋ねるのだった。



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