「ラクシャさんって貴族だったんですね。道理で気品があると言うか……」

 VIP専用フロアの貴賓室で、互いの身の上話で盛り上がる女性たちの姿があった。
 ラクシャとユウナ、レイフォンの三人だ。女三人寄れば姦しいと言うが、男には割って入りにくい空気が部屋には漂っている。
 ちなみに廊下には同じタイプの貴賓室が並んでいて、その一室にアッシュとマヤは軟禁≠ウれていた。
 リィンから頭を冷やして少し考えてみろと言われ、反省中と言う訳だ。

「とはいえ、領民に見放された領主の娘ですが……。そんな父の後を継いだ兄も領地経営に失敗し、領地も没収されてしまいましたから……」

 貴族と言っても頭に元≠ェ付くと溜め息交じりに答えるラクシャに、少し気まずい表情を浮かべるユウナ。
 そんな彼女にニコリと微笑みながら、ラクシャは一言付け加える。

「ご心配なく。貴族だった頃よりも、いまの生活の方が充実しているくらいですから」

 領地経営を蔑ろにする領主など領民に見放されて当然の話で、どれほど考古学者として有能であろうと領主としては失格と言わざるを得ない。むしろ領民のためを思えば、これで良かったのだとラクシャは考えていた。
 後に分かったことだが執事のフランツの話によると、領地を失ってしまったものの幾ばくかの金を手元に残すことが出来たそうで、そのお金でラクシャの母と兄は親戚を頼って田舎の町へと引っ越し、小さな雑貨店を営みながら細々と生活をしているとの話だった。その話を聞いて、ずっと胸の奥につかえていた心残りの一つが解消されたのだ。
 以前リィンに復讐をするつもりがあるのなら手を貸してやると話を持ち掛けられたが、そのつもりはないと今ならはっきりと言える。王国や陰謀を企てた貴族に思うところがない訳ではないが、先にも言ったように領民のためを思えばこれで良かったのだと本気で考えているからだった。
 あと一つだけ気掛かりなことがあるとすれば、やはりそれは父親のことだろう。領地の件は今更どうにもならないが、いま何処で何をしているのかを確認してビンタの一つも浴びせないことには気が収まらない。出来ることなら母や兄のところへ連れて行って、土下座をさせたいところだとラクシャは考えていた。

「それよりも、ユウナさんのことを聞かせて頂けますか?」
「私のことですか? 貴族とかじゃなくて、普通の家庭ですよ? 特に話すようなことなんて……」
「そんなことはありません。見聞きすることすべてが、わたくしにとっては新鮮で、価値のあることなので」

 貴族のお嬢様だからかな、と微妙な勘違いをしながら「そういうことなら」と自分のことを話し始めるユウナ。
 この世界に来たばかりで、まだまだ知らないことがラクシャにはたくさんある。政治や経済。そう言った専門的な話以外にも、文化や風習の違いから来る常識の差違も大きい。外国からきた世間知らずのお嬢様と言った認識で今は誤魔化せているが、いつまでも通用する話ではない。大きなミスをやらかす前に、こちらの一般常識や基本的な価値観くらいは共有して置く必要があるとラクシャは感じていた。

「弟と妹さんがいらっしゃるのですね」
「はい。ケンとナナって言うんですけど――」

 そう言う意味で、ユウナの話は凄く参考になる。
 ノルンやシャーリィの話は世間一般からズレているという程度の認識は、ラクシャも持っているからだ。

「そう言えば、ラクシャさんはレイピアの達人だって聞きましたけど、レイフォンさんもヴァンダール流の剣士なんですよね?」

 一通り自分たちのことを話し終えたところで、ユウナがレイフォンに話を振る。
 突然、話を振られたレイフォンは愛剣の手入れをしながら、ユウナの質問に答える。

「はい。とは言っても、ラクシャさんと比べると……まだ中伝止まりですし」
「中伝? えっと……それって、具体的にはどのくらいの腕なんですか?」
「帝都の道場で、師範代を除くと上から五番目くらい?」
「結構、凄いんじゃ……」

 師範代には及ばないと言っても、人口の多い帝都の道場で上から五本の指に入る腕と言うのは十分に誇れることだ。実際、普段の姿からは想像も付かないが、レイフォンの実力はクルトを凌ぐ。大剣と双剣という違いはあるが、十本試合をすればクルトから八本は取れるだけの実力をレイフォンは持ち合わせていた。
 実のところ、いまのレイフォンの実力はリィンとの特訓の成果もあって、師範代のオリエを除けば道場で彼女に勝てるものはいないほどに腕を上げている。実戦経験が足りていないだけで、技術的には皆伝へと至れるだけのポテンシャルを既に有しているのだ。
 アーツ抜きの純粋な剣術の勝負であれば、ラクシャとも互角以上の戦いが出来る実力を備えていた。
 そんなレイフォンの話を聞き、このなかで自分が一番実力的に劣っていると悟って、ユウナは肩を落とす。
 ティオの後を追ってきたはいいが、いまのままでは役に立つどころか、足手纏いにしかならないと言うことは本人も理解しているからだ。

「でも、ユウナさんもそこそこ腕が立ちそうな感じですけど。それって、クロスベル警察で使われている特殊警棒ですよね?」
「あ、はい。まあ、警察学校でも格闘訓練だけは成績が良くて、これの扱いに関しては一番でしたけど」

 ガンブレイカー。クロスベル警察で開発された特殊警棒だ。
 憧れの人と同じタイプの武器で、使いこなせるように毎日必死に鍛練を続けてきたのだ。
 この武器の扱いに関しては自信がある。ユウナの一番の自慢と言ってもよかった。

「でも、よくガンブレイカーのことを知ってましたね?」
「オリヴァルト殿下の護衛で、クロスベルへ行ったことがあるので」
「ああ、それって通商会議の時のことですよね。もしかして、ロイドさんとも面識が?」

 自分と同じような武器を使っている警察官と言うことで、真っ先にロイドの顔が頭に過ぎるユウナ。
 そうしてリィンの与り知らないところで、三人の乙女たちは親交を深めるのであった。


  ◆


 ホテルのスウィートルームと見紛うばかりの豪華な部屋のソファーに腰掛け、ぼーっとした表情で天井を見上げるマヤの姿があった。
 ここはノイエ・ブランの最上階にある貴賓室だ。アッシュも同じ部屋に押し込められていた。
 マヤから距離を取って、窓から見える街の景色を眺めている。
 リィンから言われたことや、アジトに残してきた仲間たちのことを考えているのだろう。

「はあ……」

 もう何度目か分からない溜め息が溢れる。リィンがアッシュに言ったことは、そのままマヤの胸にも突き刺さっていた。
 アッシュたちだけに当て嵌まる話ではない。家を飛び出して、こんなところにいる自分も同じだと思い知らされたからだ。
 暁の旅団に入ろうと思ったのも、軍人だった父親への反抗心が少なからず自分の中にあったからだとマヤは考える。
 そんなところも、リィンには見透かされていたように思えてならなかった。

「やっぱり、本物は全然違いましたね」

 噂との違いにガッカリしたのではない。その逆だ。大人の余裕というか、懐の深さを感じずにはいられなかった。
 リィンと比べれば、自分たちの子供っぽさが嫌になる。社会に反抗して大人に頼らないで生きていくと強がっていながら、その大人たちの厚意に甘えていることにすら気付いていなかったのだから滑稽な話だ。いや、本当は分かっていたはずなのに目を背けていただけだ。そんな自分が嫌になる。

「ちッ……」

 マヤの話を聞き、苛立ちを隠そうともせずに舌打ちをするアッシュ。
 しかし、別にアッシュもリィンのことを認めていない訳ではなかった。

「アイツが凄えのは理解してるさ。俺たちが粋がっているだけのガキ≠セってこともな。だが……」

 本当のことを指摘されて怒るのは、自分でも子供っぽいと自覚はしている。
 リィンがどういうつもりで、こんな猿芝居を打ったのか?
 それが分からないアッシュではなかった。
 しかし理解はしていても、納得できるかは別の問題だ。

「お袋からアイツ等のことを頼まれたってのによ……他人に後のことは任せて、このままってのは格好悪ぃだろ……」

 悔しそうに拳を握り締めながら、溜め込んでいたものをアッシュは吐露する。
 そんなアッシュの告白を聞き、複雑な感情を表情に滲ませるマヤ。
 こんな風に他人に弱味を見せるアッシュを、これまでに一度も見たことがなかったからだ。
 いや、マヤだけではないだろう。恐らくファフニールの誰も、こんな彼の姿を見たことがないに違いない。

「悪い。いま聞いたことは忘れてくれ。今度なんか穴埋めすっから……」
「バカですね。あなたは――」
「はあ?」

 愚痴を聞かせたことを謝罪したつもりが、何故かバカ呼ばわりされて苛立ちを見せるアッシュ。
 しかし、そんなアッシュの反抗的な態度にも、まったく気圧されることなくマヤは言葉を続ける。

「どうして相談をしない。大人に頼らない? と言われたことを、もう忘れたのですか?」
「いや、だってよ……アイツは俺たちが邪魔で遠ざけようと……」
「普段、偉そうなことを言っている割には意外と度胸がないんですね。認めさせてやるくらいのことは言えないのですか?」

 そんな風に言われては、何も言い返せずに黙るしかないアッシュ。
 ファフニールを作ったはいいが自分たちの手に負えない事態に直面して、少し弱気になっていたことはアッシュも自覚していた。

「団長さんの言葉を借りるのなら、あなたはもっと仲間を信用して頼るべきです」

 マヤの言葉に、ぐうの音もでない様子で唸るアッシュ。
 リィンがアッシュたちを遠ざけようとしているように、仲間たちを危険から遠ざけようとしていたのは自分も同じだと本当は理解しているからだ。
 亡くなった母親の代わりに、アイツ等の面倒は俺が見ないといけないと勝手な使命感を抱いて、気負い過ぎていたのだろう。
 でなければ失敗すると分かっていて、リィンとの交渉に必要な金を集めさせたりはしない。
 どこか、こうなることをアッシュ自身も望んでいたと言うことだ。

「口にしなければ、伝わらないことがありますよ」

 少し悲しげな表情で、そうアッシュに助言するマヤ。
 しかしそれは――父親とちゃんと向き合うことが出来ずにいる自分に向けた言葉でもあった。


  ◆


「ファフニールは解散する」

 アッシュの口からでた言葉に、リィンは目を丸くする。
 相談があると言うので少しは腹を括ったかと思っていたのだが、まさか間をすっ飛ばして、そういう答えをだすとは思っていなかったからだ。

「お前の一存で、そんなことを決めて良いのか?」
「俺が作ったチームだ。誰にも文句を言わせねえよ。それに、いつまでもこのままでいられるとは思っていねえからな」

 観光客が減って店の収入が減っていると言うことは、アッシュたちへの依頼も減っていると言うことだ。
 何より今の状況で街の外へでて、薬草採取や魔獣の討伐と言った仕事をこなすのはリスクが大きすぎる。
 じわじわと自分たちの生活も苦しくなっている現状を理解しているからこそ、リィンに頼るという選択を彼等は取ったのだ。
 今回の件で、チームの存在意義は完全に失われたと言っていいとアッシュは考えていた。
 それに――

「大人に頼れって言ったのはアンタだろ? だから早速、頼らせてもらうぜ」
「言っておくが、お前等を団に入れるつもりはないぞ」
「そんなんじゃねえよ。ただ、紹介して欲しい奴がいるだけだ」

 微妙に嫌な予感を覚えながら「誰だ?」と尋ね返すリィン。

「サラ・バレスタイン。あの酔っ払い≠ニ連絡を付けて欲しい。知り合いなんだろ?」

 その予感が当たっていたことに、やっぱりかと溜め息を吐くリィン。
 そしてすぐに、アッシュが何を企んでいるかを察する。

「……猟兵の俺に、それを頼むか?」

 遊撃士を紹介してくれと頼まれたのは、さすがのリィンもこれが初めてだった。
 しかもアッシュの口振りから言って、サラと面識があるのは間違いない。
 どう言う関係かは分からないが、あれでサラも交友関係が広い。
 恐らくはギルドの仕事か何かで知り合ったのだろうと、リィンは察しを付ける。

「考えていることは察しが付くが、アイツにその手の根回しを期待するのは無理があるぞ」
「んなこと分かってるよ。とはいえ、他に遊撃士の知り合いもいねえしな……」

 ここに当人がいれば、確実に文句の一つも飛んできそうなことを平然と言い合う二人。

「一応、サラに連絡は付けてやる。ついでに、そっち方面に強そうな奴を紹介してやるよ」
「……随分とサービスが良いじゃねえか」
「頼れと言ったのは俺だしな。だが面倒を見てやるのは、そこまでだ」

 それで話を打ち切るリィンを見て、これ以上は無理だとアッシュも悟る。
 とはいえ、最初からすべてをリィンに丸投げするつもりはなかった。
 どうしようもないところは頼らざるを得ないにしても、本来であれば自分たちで解決すべき問題だと考えているからだ。
 そんなアッシュを見て、少しはマシになったかと小さく苦笑すると、隣に座るマヤへとリィンは視線を移す。

「俺から誘っておいてなんだが、本気でうちの団に入るつもりか?」
「はい。私を〈暁の旅団〉に入れてください」

 プロの軍人――熟練の狙撃手がするような動きを、この歳の少女が身に付けていることに最初は驚かされたのだ。
 思わずスカウトを試みる程度には、マヤの腕をリィンは高く買っていた。
 団に入りたいと言うのであれば拒む理由はないが、

「でも、その前に一つお願いがあります」

 訝しむようなリィンの視線を察してか、マヤは敢えて条件を付けるような真似をする。
 スカウトを受けた側が、何かしらの条件を付けるのは特に珍しい話ではない。
 基本的には給与や待遇といった面での交渉がほとんどだが、マヤの様子から他に何かあるのだろうと察してリィンは条件を尋ねる。
 そして、

「父に会って貰えませんか?」

 マヤからだされた想像の斜め上を行く条件に、リィンは「は?」と呆気に取られるのであった。



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