「本当に全力でやっていいの? あとでリィンに怒られたりしないよね?」
『構いませんわ。これはクロスベルのため≠ノなることですもの。むしろ、ここで活躍すれば、何かしらのご褒美≠ェ貰えるかもしれませんわね』
「ご褒美!? そういうことなら、久し振りに本気≠だしちゃおっかな」

 ベルとの念話で『ご褒美』の言葉に釣られて、やる気を漲らせるイオ。
 そう、既にお分かりかと思うが、この黄金の角を持つ赤い龍の正体はイオだ。
 古代エタニア人が用いたとされる変異術を用い、自らの姿を黄金の角を持つ赤竜へと変化させていた。
 幻術との大きな違いは姿を変えるだけでなく、エタニア人のなかに眠る古代種の力を呼び起こすことで姿だけでなく能力さえも完全に再現することが可能な点にある。
 なかでも竜種に変化できる術者は当時でも数えるほどしかおらず、歴代の巫女のなかでもイオの術者としての才能は群を抜いていた。
 こればかりはダーナでさえも真似の出来ないことだ。
 謂わば、この姿はイオが精霊の力を十全に発揮するために必要な姿とも言える。
 そして――

「悪いけど、この姿の時は手加減が出来ないんだよね」

 天衣無縫――それが、この赤き竜に与えられたもう一つの名前であった。
 完全無欠。一種の災害とも呼べる強大な力。
 イオ自身でさえ、この姿の時は完全に力をコントールすることが難しい。
 ましてや現在のイオはリィンの眷属となったことで、全盛期以上の霊力をその身に備えていた。
 実際、竜化した姿は生前と比較しても倍以上。古竜レグナートを凌ぐほどだ。

「すぅ――」

 イオが大きく息を吸い込むと、膨大な量のマナが口元に集束していく。
 金色に輝く双眸が捉えるのは三体の神機。
 二本の黄金の角が光を纏った、その直後――

「――ッ!」

 大気が震えるほどの咆吼と共に、竜の顎からリィンの集束砲にも似たブレスが放たれるのであった。


  ◆


「それでは、こちらの要望は聞き入れてもらえないと?」
「ああ、オリヴァルトとノーザンブリアの連中を、そっちに引き渡すつもりはない。こちら≠ナ預からせてもらう」

 一国の代表を相手に少しも怯む様子なく、堂々と余裕すら感じさせる表情でレミフェリア政府の提案を拒否するリィン。
 レミフェリア大公、アルバート・フォン・バルトロメウスの口から伝えられたレミフェリア政府の要請とは、リィンたちが保護しているエレボニア帝国宰相オリヴァルト・ライゼ・アルノールと、ノーザンブリアの議員たちの身柄を引き渡して欲しいというものだった。
 レミフェリア政府としてはオリヴァルトの身柄を確保することで、今回の件の責任を帝国政府に追及するつもりでいるのだろう。
 実際、レミフェリアの公都アーデントが受けた被害は小さくない。
 この街のシンボルとも言うべき大公の館が爆破されたのだ。しかも街にも被害が及び、死傷者もでている。
 彼等が帝国に対して怒りを覚え、責任を求めるのは当然の流れだろう。
 しかし、

「そもそもオリヴァルトを引き渡したところで、どうするつもりだ? レミフェリアに帝国と交渉するほどの力があるとは思えないけどな」
「それは……」

 いまの帝国がレミフェリアとの交渉にまともに応じるとは思えない。
 いや、むしろ自国の宰相を拘束し不当な要求をしていると事を荒立て、ノーザンブリアの次はレミフェリアに矛先を向けるだけだろう。
 実際、レミフェリアを襲ったのは人形兵器で、帝国との繋がりを示す証拠は何一つない。それにオリヴァルトも襲われ、命を落としかけているのだ。当然、帝国政府はその点も追及し、反論してくるだろう。
 リィンの言うようにレミフェリアに帝国と対等に交渉する力がない以上、オリヴァルトを捕らえるような真似をすれば、かえって自国を危険に晒すことになりかねない。そのことはアルバート大公も理解はしているのだろう。

「では我々になら、どうかね?」

 肩を落とすアルバート大公に代わって手をあげたのは、カルバート共和国の大統領サミュエル・ロックスミスだった。
 確かに共和国であれば、帝国と対等なテーブルにつくことは可能かもしれない。
 その結果、レミフェリアは共和国に貸しを作ることになるだろうが、自分たちだけで帝国と交渉するよりは譲歩を引き出せる可能性は高いと見て良いだろう。
 だが、リィンはそんなロックスミスの考えを見越した上で、首を横に振る。

「帝国と本気でやり合う気があるなら止めないが、勝算はあるのか?」
「ふむ……我々でも結果は同じだと?」
「あいつらの目的は戦争を起こすことだ。共和国がレミフェリアと結託して、オリヴァルトを罠に嵌めたと返されるのがオチだろうな」

 リィンの言っていることにも一理あると考えたのか?
 顎に手をやり、考える素振りを見せるロックスミス。
 確かに今の帝国政府であれば、そのような暴挙にでてもおかしくはないと考えたのだろう。
 とはいえ、

「それはキミたちも同じなのではないかね?」

 同じことは〈暁の旅団〉にも言えることだ。
 そして〈暁の旅団〉とクロスベルの関係は帝国だけでなく各国が知るところだ。
 リィンがオリヴァルトを保護すれば、帝国はクロスベルに矛先を向けるだろう。
 クロスベルを巻き込むつもりがあるのかと聞いているのだと、リィンはロックスミスの考えを察する。

「今更ですね。閣下も既にご存じなのでは?」
「その反応……やはり、キミたちも既に知っていたか」

 リィンより先にロックスミスの質問に答えたのはエリィだった。
 帝国軍がクロスベルへ向けて侵攻を開始したという情報を、ロックスミスも既に掴んでいたのだろう。
 知っていて、あのような質問をしたと言うことだ。
 相変わらず食えない狸親父だと、リィンは呆れながらも感心する。

「あの……お二人は何の話をされているのでしょうか?」
「帝国がクロスベルへの侵攻を開始した件だ。そこの狸がどうやって知ったかは分からないが、じきにお前のところにも情報が入ってくるはずだ」
「……え」

 リィンの口から返ってきた言葉に、まさかと言った表情を浮かべるクローゼ。
 その反応から見ても帝国軍がクロスベルへ向けて侵攻を開始したことを、彼女は本当に知らなかったのだろう。
 とはいえ、あれからまだ一時間ほどしか時間が経っていないことを考えると、それが当然と言える。
 導力通信が普及しはじめているとはいえ、まだまだ長距離通信には課題が多い。一般的に導力通信の届く距離は、百セルジュが限界と言われている。それ以上の距離を通信で繋ぐためには、間に中継器の役目を果たすアンテナを設置する必要がある。そして、ここレミフェリアとクロスベルを繋ぐ中継器はまだ設置が完了していないことを考えれば、いまの段階でクロスベルの現状を知る術は本来ないはずなのだ。
 リィンたちが一早く情報を掴むことが出来たのは、アリサの開発した〈ユグドラシル〉の存在が大きい。
 むしろ、その点で考えると共和国の情報収集能力の高さと伝達の速さに驚くところだろう。
 恐らくは実際にクロスベルへの侵攻が開始されるよりも前に、共和国は一早く帝国軍の動きを予測していたのだろう。
 中継器の役割を果たす飛行船か何かを、クロスベルとレミフェリアの間に配備していた可能性も高いとリィンは見ていた。

「それが事実だとして、どうしてそんなに落ち着いていられるのですか?」

 クローゼの口から、そんな疑問が漏れる。当然と言えば当然の疑問だ。
 そのような状況だと言うのに、リィンは勿論のことエリィも焦った様子はない。
 まるで、帝国軍が攻めてくることを最初から分かっていたかのような反応だ。
 いや――

「もしかして、予想していたのですか?」

 分かっていたかのようなではなく、こうなることを予想していたのではないかとクローゼは考える。
 だとすれば、リィンとエリィが落ち着いているのも頷ける。
 何かしらの手を既に打っているのだと察せられるからだ。

「このタイミングで仕掛けてくるとは、さすがに思っていませんでしたけど……リィンは分かっていたみたいね」
「ただの直感だけどな」

 仲間外れにされていたことを責めるように話すエリィに、リィンは肩をすくめる。
 とはいえ、帝国が攻めて来るという確信があった訳でない。
 ノーザンブリアへの侵攻は予想していたが、クロスベルに関しては半々と言った予想だったのだ。
 いま思えば、アルフィンを帝都に留め置いたのは、あの時点でクロスベルへの侵攻を計画していたからかもしれないとリィンは考える。
 オリヴァルトも薄々とではあるが、アルベリヒの目論見に気付いていたのだろう。

「少なくともクロスベルに関しては心配しなくていい」
「騎神がなくとも帝国に勝てる秘策があると?」
「ああ、騎神だけが切り札≠ニ言う訳でもないしな。余り〈暁の旅団(オレたち)〉を舐めない方がいい」

 そう言ってニヤリと笑うリィンを見て、嘘は言っていないと悟るロックスミス。
 そして、それは共和国(じぶんたち)≠ノ向けた警告でもあるのだと察する。
 漁夫の利を狙うつもりなら容赦はしないと釘を刺しているのだと――
 実際そうした思惑がなかった訳ではない。
 クロスベルを完全に取り込むことは難しくとも、帝国の影響を削ぐことが出来れば共和国にも利はある。
 場合によってはクロスベルに味方をすることで、リィンたちに恩を売る計画も考えていたのだ。

「クロスベルに関しては……と言うことは、やはりノーザンブリアへも?」

 ふと頭に過った疑問をクローゼが口にする。
 クロスベルへ向けて帝国軍が侵攻を開始したということは、既にノーザンブリアも――と考えたのだろう。

「ああ、既に帝国軍の部隊は渓谷を越えて、ノーザンブリアの目前にまで迫っているそうだ」
「そんな……」

 どのみち帝国が応じるとは思えないが、いまから停戦を呼び掛けたところで間に合わないと悟ったのだろう。
 リベールがレミフェリアと教会の要請に応じ、この通商会議に参加したのは戦争を止めたかったからだ。
 しかし、もはやその願いは叶わないことが確定してしまった。
 ノーザンブリアを占領したからと言って、それで帝国が止まるとは思えない。
 クロスベルにも向けた矛先を、恐らく次はここレミフェリアや共和国にも向けてくるだろう。
 当然そうなればリベールとて無関係ではいられない。
 帝国は王国に対しても自分たちの側につくか、共和国に味方をして敵となるかの選択を迫るはずだ。
 最悪の事態を想像し、暗い表情を浮かべるクローゼにリィンは――

「心配しなくても想像しているようなことにはならんさ。ノーザンブリアを帝国に譲るつもりはないからな」
「……え?」

 そう言って、ニヤリと笑う。
 確かにリィンであれば、帝国軍の侵攻を食い止められるかもしれない。
 しかしレミフェリアからノーザンブリアまでは、カレイジャスを使っても半日はかかる距離がある。
 ノーザンブリアの戦力では、防衛に徹したとしても半日も保たないだろう。
 いまから向かったところで間に合うはずもない。クローゼがそう考えるのは当然だった。
 しかし、

「結社に出来ることが、どうして俺たちに出来ないと思う?」
「まさか……」

 クローゼの頭に、これまでに何度も目にした力が浮かぶ。
 結社の行動が予測しづらく彼等が神出鬼没と言われる所以が、その移動手段にあった。
 ――転位。遠く離れた場所を一瞬で行き来することが可能な技術。
 アーティファクトでも用いなければ、現在の科学力では到底再現不可能な技術だ。
 しかし、

「そう言えば、以前にも……」

 過去にカレイジャスがリベールからクロスベルに一瞬で移動した時のことをクローゼは思い出す。
 実際に目にした訳ではないが、あとからその話をエステルたちから聞かされたのだ。
 精霊の道――リィンたちがそう呼ぶ技術であれば、ノーザンブリアへも転位が可能かもしれない。
 そう考え、期待に満ちた目を向けてくるクローゼに、何を考えいるかを察してリィンはやれやれと溜め息を漏らす。

「何を考えているかは察しが付くが、お前を連れて行くつもりはないからな?」
「……どうしてもダメですか?」
「当然だ。そもそも、いつもの護衛はどうした? こういう時に姫さんの暴走を止めるのが、あの准佐の仕事だろうに……」
「ユリアさんなら今回は留守番をしてもらっています」
「留守番?」

 どういうことだと首を傾げるリィン。
 准佐と言うのは、クローゼの護衛兼養育係を女王から任されている女性士官のことだ。
 名はユリア・シュバルツ。女王直属の王室親衛隊を率いる隊長でもある。
 剣聖カシウス・ブライトの弟子としても知られ、その実力はリィンも認めるほどだ。

「あと准佐ではなく、いまは少佐ですから」

 クロスベルでの異変の後、少佐に昇進したのだと話すクローゼ。
 しかしリィンが聞きたいのは、そういうことではなかった。
 女王からクローゼの護衛を任されている彼女が、理由もなくクローゼの傍を離れるとは考え難い。
 本当にユリアがリベールに残っているのだとすれば、そこには何かしらの理由があるはずだ。

「私の同行を許してくれるのであれば、リィンさんの疑問に答えて差し上げることも出来ますよ」
「……そう、きたか。随分と強かになったじゃないか」
「レクター先輩のことで学びましたから。それに――」

 チラリとエリィの方を見て、クスリと笑うクローゼ。
 そんなクローゼの挑戦的な笑みに対抗心を燃やすかのように、エリィはリィンの腕を掴み、胸元へ引き寄せる。
 場に冷たい空気が満ち、バチバチと火花を散らせる二人。
 間に立たされたリィンは観念するかのように溜め息を漏らし、

(……アルフィンやエリゼ。それにミュゼを連れて来ないで正解だったな)

 この場にアルフィンたちがいないことを不幸中の幸いと喜ぶのであった。



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