「作戦は順調にいっているみたいね。とはいえ――」

 カレイジャス二番艦〈アウロラ〉のブリッジから冷静に戦況を見定めるアリサの姿があった。
 帝国軍の損耗は一割に満たないが、それでも大きく出端を挫いたことは間違いない。
 数の不利は覆せていないとはいえ、戦況は完全に膠着状態へと陥っていた。

「余り長くは保ちそうにないわね」

 この状況が長く続くと考えるほど、アリサは楽天家ではなかった。
 帝国軍には余裕があるのに対して、ノーザンブリア側は既に全戦力を投入している。
 これ以上の援軍も見込めない状況で、余り長い時間は戦線の維持は難しいだろう。
 それに――

(いざとなれば籠城するという選択肢もあるけど……それもたいした時間稼ぎにはならないでしょうね)

 街にはノルンの結界が張られているとはいえ、相手もその程度のことは理解しているはずだ。
 そもそもノーザンブリアに張られている結界は、クロスベルのものと比べると大きく耐久力が劣る。
 理由はアーティファクトの存在だ。クロスベルの結界には〈鐘〉のカタチをしたアーティファクトを核とした多重結界が用いられていた。
 独立宣言の時に使用されたものを、ベルとノルンが独自に改良したものだ。
 それでも結界の強度を超える力を加えれば、破壊することは不可能ではない。
 恐らくノーザンブリアの結界程度であれば、魔煌機兵や戦車でも破壊が可能だとアリサは見立てていた。
 だからこそ――

「見えてきたわね」

 一刻も早く〝本命〟を抑える必要があると、アリサは肉眼でも見える位置まで近付いた〝要塞〟を観察する。
 幻想機動要塞、トゥアハ=デ=ダナーン。
 全体の三分の二を巨大な外郭に覆われた小さな島ほどある巨大な空中要塞。
 無数の目のようなものもついていて、生き物のようにも見える趣味の悪い外観にアリサの口からは溜め息が漏れる。

「アレを拠点の一つとして再利用するとか、リィンが言いださないことを祈るしかないわね……」

 黒の工房の研究所の確保に失敗した以上、幻想機動要塞は出来るだけ無傷で確保したいという気持ちは理解できる。
 しかし、そうなるとリィンのことだ。折角、手に入れたのだからと団での運用を本気で考えかねない。
 だが、あの見た目だ。アリサとしては、あんなものを再利用するのは遠慮したいというのが本音だった。
 必要なデータを取り終えたら、さっさと処分してしまいたいとさえ思う。

「まさに〝魔王の城〟ってイメージがピッタリですもんね」

 フランの言葉に嫌な予感を覚え、なんとも言えない複雑な表情を浮かべるアリサ。
 普段は〈カレイジャス〉のオペレーターを任されているフランだが、今回の作戦に志願して現在は〈アウロラ〉のオペレーターを務めていた。
 エリィだけでなく姉のノエルが突入部隊のメンバーに志願したことも、フランが作戦への参加を決めた理由の一つにあるのだろう。
 実のところティオも今回の作戦に参加しており、ロイドとランディ。それにワジを除く元特務支援課のメンバーが揃っていた。
 彼女たちが参加を決めた理由は察しが付く。間違いなく、キーアが原因だ。

「魔王の城とか、リィンに似合いすぎてて笑えないわよ……」

 アリサのツッコミとも取れる返事に、クスクスとクルーたちの笑い声が響く、
 ここが戦場だと言うのも忘れ、和やかな雰囲気がブリッジに漂い始めた、その時だった。

「――前方に敵影確認。帝国軍のガルガンチュア級が二隻。軍用飛空艇が多数。それにこれは……」

 レーダーに敵影の反応を捉え、即座に意識を切り替えるフラン。
 幻想機動要塞は帝国軍にとっても〝切り札〟と言えるものだ。
 守りが厳重であることは最初から分かっていた。
 それでも備えは十分にしてあるし、この船の機動力なら突破は可能だとアリサたちは考えていたのだろう。
 しかし、

「結社の神機です! 飛行タイプの二機が高速で迫ってきます!」

 結社の神機――TYPE-βと思しき機体が機動要塞から飛び出し、飛行形態で〈アウロラ〉に迫っていた。
 しかも同タイプの機体が二機。αやγの姿はないようだが、それでも十分な脅威と言っていい。

「リィンの話だと、結社とは不可侵条約を結んでるって話だったけど……」

 黒の工房が元は〈十三工房〉の一角を担っていたと考えれば、神機を複製できたとしても不思議ではない。
 そう考えると、結社が地精に味方をしているとは限らないのだが――
 普通の組織であればありえないことだが、結社は組織の人間――特に執行者に対して行動の自由を認めている。
 だとすれば、互いの為すことに干渉しないと約束したとしても、組織の人間が勝手に行動するという可能性はありえると言うことだ。
 回収した神機の残骸を解析したからこそ分かることだが、簡単に複製が可能なものだとアリサは考えていなかった。
 だが仮に神機の開発に携わった者が、地精に協力しているのだとしたら?

(可能性として一番怪しいのは、あの〝博士〟よね)

 アリサの脳裏に白衣を着た老人の姿が浮かぶ。
 F・ノバルティス。通称、博士の名で呼ばれている結社の幹部の一人だ。
 生死不明との話だが、噂に聞く限りでは簡単に死ぬような人物とは思えない。
 実際、原因を作ったリィンもノバルティスが死んだとは考えていないようだった。
 となれば、恐らくは生きているのだろうというのがアリサの考えだ。
 そのことからも行方を眩ませているノバルティスが怪しいと考えるのが自然だ。
 仮にノバルティスが地精に手を貸しているのだとすれば、その理由は――

(リィンへの復讐? いえ、話に聞く限りでは復讐とか、そんな一時の感情で動く人物じゃないわね)

 恐らくは知的好奇心。自身の研究のためだろうとアリサは結論付ける。
 ある意味で、ベルと同類のニオイを感じ取ったからだ。
 リィンが手綱を握っていなければ、ベルも厄介な敵となっていた可能性は高い。
 実際リィンがいなければ、結社からの誘いを受けていたと公言しているくらいだ。
 そんな幼馴染みの言動に振り回され、エリィが頭を悩ませていることをアリサは知っていた。

「いずれにせよ、敵として立ち塞がるならやるべきことは変わらないわ。三人とも聞こえてるわね」
『はい! 任せてください!』
『やってやるよ。少しは出来るところを見せとかねえと、前回は見せ場がなかったからな』
『なんで俺まで……と言いたいところだが、ここまできたらやるしかないか……』

 アリサの呼び掛けに通信で応じる男女。
 ユウナ・クロフォード、アッシュ・カーバイド、クロウ・アームブラストの三人だ。
 ユウナは桜色の装甲のドラッケンに、アッシュは黒いヘクトルに搭乗していた。
 どちらもクルトのシュピーゲルと同様、特別な改造が施された機体だ。
 そして、クロウはと言うと――

「オルディーネ、いけるな?」
『万全とは言えないが、短時間の戦闘であれば問題ない』

 人間と見紛う流暢な言葉で、クロウの問いに答えるオルディーネ。
 現在、巨イナル一からの力の供給が止まっているため、アルグレオンとエル=プラドーは休眠状態に入っていた。
 そんななかオルディーネが動けるのは、クロウは死人ではなく生きた人間だと言う点に理由があった。
 オルディーネとて残存する霊力に余裕がある訳ではないが、仮に霊力が尽きたとしても回復するまでの間、眠りに付くだけの話だ。
 しかしアリアンロードやバレスタイン大佐は過去に命を落としており、彼等は騎神によって魂と存在を繋ぎ止められている。
 故に騎神の霊力が尽きれば起動者である二人の魂は解放され、この世から消えることになる。
 そのため、オルディーネと比べて緊急時に使える力に限りがあると言う訳だ。
 逆に言えば、無理をすればアルグレオンやエル=プラドーも戦えなくはないと言うことなのだが……。
 それに――

(シャーリィはこっちの〝切り札〟だ。〈黒〉との戦いに〈緋〉の力は温存しておく必要があるしな)

 現状、黒の騎神と互角に戦えるのはリィンを除けばシャーリィしかいないとクロウは考えていた。
 巨イナル一からの力の供給が断たれているのはイシュメルガも同じはずだが、休眠状態に入っている可能性は低いと考える。
 と言うのもイシュメルガが眠りについたのであれば、その影響は眷属である地精――アルベリヒにも及んでいるはずだからだ。
 しかし幻想機動要塞が姿を現し、ノーザンブリアへの侵攻も止まることはなかった。
 戦争の裏でアルベリヒが暗躍しているのであれば、イシュメルガも眠りについていないと考えるのが自然だ。
 となれば、

「……踏ん張りどころだな。やるぞ、オルディーネ」
『了解した』

 イシュメルガに対抗するためにも〝切り札〟は温存しておく必要がある。
 そのためにも、ここは自分が活路を切り開かなくては――とクロウは決意を顕わにするのだが、

『おい、俺たちがいることを忘れてねえだろうな?』
『そうですよ。そのために、厳しい特訓をクリアしてきたんですから』

 そんなクロウの覚悟を察してか?
 クロウとオルディーネの会話に、アッシュとユウナが通信で割って入る。

『それにティオ先輩が〝私のため〟に調整してくれたこの機体があれば、相手がなんであろうと絶対に負けませんから!』
『おい……妙なフラグを立てるんじゃねえ』

 威勢がいいのが良いが、無意識にフラグを立てるユウナにツッコミを入れるアッシュ。
 そんな緊張感の欠片もない二人のやり取りに程よく緊張がほぐれ、クロウの口から笑い声が漏れる。
 自分でも少し気負いすぎていたと気付き、二人に心の中で感謝するクロウ。
 そして――

「ああ、三人で切り抜けるぞ。無事に生きて帰ったらメシを奢ってやる」
『だから、フラグを立てるなって! ちッ――どうせなら一番高い店で奢らせてやる。美味い酒もあるだろうしな』
『ちょっと、アッシュ!? お酒はダメよ! でも、普段行けないような高級店は少し惹かれるかも……』

 遠慮のないアッシュとユウナの会話に「お前等少しは遠慮しろ!」と、クロウの叫び声が北の大地の空に響くのだった。


  ◆


「ユウナさん……」

 船の格納庫で、何とも言えない表情を浮かべるティオの姿があった。
 チャンネルを開いたまま通信をしていたため、ユウナとアッシュ。それにクロウの会話が船の中にまで響いていたからだ。

「そもそも私だけの手柄ではないのですが……」

 機甲兵の改修計画には、ティオだけでなくアリサやレンも関わっている。
 そして、ここにはいないがティータも計画に協力していた。
 謂わば非公式ながらZCF、ラインフォルト、エプスタイン財団が共同で行った改修計画と言う訳だ。
 そして――

「ふむ……良いデータが取れそうだ」

 こんな時でも端末に向かい、データ収集に余念のない目の前の老人の協力がなければ、この短期間ですべての機甲兵を改修することなど出来なかっただろうとティオは思う。
 G・シュミット博士。ルーレ工科大学の学長にして、エプスタイン博士の三高弟の一人だ。
 一緒に仕事をしたから分かることだが科学者としての経験の差を見せつけられて、三高弟の名は伊達ではないと実感させられたくらいだった。

「おい、そこでぼーっと突っ立っている暇があるのなら、こっちを手伝え」
「あ、はい」

 この口の悪さと遠慮の無さがなければ、心の底から尊敬できる人物だと思う。
 とはいえ、一流の科学者というのは基本的に癖の強い者が多い。
 逆に言えば、だからこそ凡人には思いつかないような発想が生まれるのだろう。
 手伝いとはいえ、そんな博士の研究についていけるティオも凡人とは言い難いのだが――

「博士。これはもしかして……」

 端末に表示されたデータを見て、何かに気付いた様子を見せるティオ。
 素人には理解できない数字と記号の羅列だが、それが何を意味するのか悟ったのだろう。

「機甲兵に何を組み込んだのですか!?」

 本来ならありえないデータを目にして、シュミット博士に詰め寄るティオ。
 端末に表示されていたのは、改修した機甲兵の状態を示すデータだった。
 そこに本来であれば、ありえないものが値として含まれていたのだ。

「騎神なら分かります。でも、どうして機甲兵に〝霊力〟が――」

 霊力は騎神を動かすのに必要なエネルギーではあるが、具体的にどういうものなのかというのは科学的に解明されていない。
 万物に宿る生命エネルギーという見方が濃厚だが、実際にそれを計測したり利用する方法は確立されていないためだ。
 しかし、どうやって計測しているのかは分からないが、端末に表示されたデータには各機体の霊力残量を表す値が示されていた。
 なんらかの方法で霊力を計測する装置を博士が開発し、機甲兵に取り付けたのだと察しは付く。
 それよりも問題は、どうして機甲兵から騎神のように〝霊力〟の値が検出されているのかと言う方が疑問だった。

「では逆に尋ねるが、機甲兵は何で動いている? この船は?」
「それは勿論、導力機関で……まさか」

 博士が何を言わんとしているのかを察して、ティオの表情に動揺が走る。

「ゼムリアストーンが生まれる過程からも、クォーツの元となっている七耀石はマナが結晶化したものだと推察できる。そして騎神も微量ながら自然からマナを吸収することで、活動に必要な霊力を補填していることまでは分かっている。だとすれば、我々が導力と呼んでいるものは何だと思う?」
「自然の力……星の生命エネルギーを私たちは知らずに利用していた?」
「そういうことだ。だとすれば、魔女たちが〝魔力〟と呼ぶ力も、霊力も、導力も、すべては根源を同じくする力だと考察できる」

 マナを取り込むことで魔力や霊力を補填できるなら、すべての力は呼び方が違うだけで元は同じものなのだと考察できる。
 そして、それを証明するのが目の前にあるデータなのだと、シュミット博士は説明する。
 それが騎神を間近で観察し、博士が導き出した回答なのだろう。
 いや、ただ騎神を観察していただけでは、この結論には至らなかった。

「これが解明できればアーティファクトを解析し、新たなアーティファクトを生み出すことも可能となるだろう。お前たちが〈ユグドラシル〉と呼ぶ道具のようにな」

 シュミット博士にヒントを与えたのは〈ユグドラシル〉の存在だった。
 クォーツとは異なる特殊な鉱石が用いられていることは分かったが、シュミット博士と言えど何の知識もなしに異世界の技術を解析することなど出来なかった。
 しかしオーブメントが動作すると言うことは、この世界のクォーツと共通する何かがあると言うことだ。
 そこからヒントを得て、辿り着いた答えというのが自分たちが七耀石と呼ぶ鉱石にもマナが含まれていると言うことだったのだ。
 マナとは謂わば星の生命エネルギー。本来は方向性を持たない無色の力なのだろうとシュミット博士は考察していた。
 それが自然界の影響を受けて火のセピスや水のセピスと言った具合に属性に分かれ、クォーツに加工されることで人々の生活に利用されていると言うことだ。

「では、もしかしたら騎神を再現することも……」
「それは無理だ。理論が分かったところで技術が確立された訳ではない。人類がその域に達するのは、まだ随分と先の話だ」

 アルグレオンとエル=プラドーが休眠状態に陥っているのは存在の維持だけなら自然界のマナを取り込むことで可能だが、戦闘には莫大な霊力を消費するからだと推察できる。
 解決する手段があるのなら、とっくに〈暁の旅団〉が――アリサやベルが解決策を提示しているはずだ。
 それが出来ないと言うことは騎神の構造を解析し、完全に再現できるほどの技術には至っていないのだろう。
 理論を幾ら立てようとも技術が追い付かなければ、現実には夢物語でしかない。
 しかし、

(或いは〝技術的特異点(シンギュラリティ)〟が起きれば、話は別かもしれんが……)

 技術的特異点。いま思えば、五十年前にも同様のことが起きていたのかもしれないとシュミット博士は考える。
 エプスタイン博士が提唱したオーブメントによって、この半世紀で人類は考えられないほどの文明の発展を遂げた。
 まさに革命と呼ぶに相応しい偉業だ。
 この先、五十年前と同じようなことが絶対に起きないという保証はない。
 実際シュミット博士の師であるエプスタイン博士は、未来に起きる技術的特異点の到来を予言していた。

(仮にシンギュラリティが起きるとして、その中心にいるのは〝やはり〟――)

 師の残した言葉を思い起こしながら、予言の日が近いことをシュミット博士は予感するのであった。



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