それは、まさに一陣の風だった。

「なんてスピードだ!?」
「くそっ! 人間の動きじゃないぞ!」

 瞬きをした一瞬の間に仲間の兵士が為す術もなく倒れていく光景に悲鳴の声が上がる。
 目視では捉えられないほどの人間離れした動きで戦場を駆け抜け、帝国兵の命を一切の躊躇なく無慈悲にも刈り取っていく死神の名はフィー・クラウゼル。
 嘗て西ゼムリア大陸で最強と謳われた猟兵団に拾われ、リィンと兄妹のように育てられた『妖精』の二つ名で知られる高ランクの猟兵だ。
 自分を拾い育ててくれた団長に恩返しをするために、猟兵に必要なスキルや腕を磨き、十二歳で戦場デビュー。
 その後はクラウゼルの名に恥じない活躍を見せ、僅か二年で二つ名で呼ばれるほどの実力者へと至った戦場の申し子。
 それから三年。リィンの陰に隠れて余り目立つことはないが、いまやフィーの実力は最高ランクの猟兵にも引けを取らないまでに成長していた。
 単純な戦闘力で言えば、嘗て〈西風〉の隊長を務めていたゼノやレオニダスを凌ぐほどと言って良い。
 常にリィンと共に最前線で戦い続けてきた経験も大きいのだろうが〈進化の護人〉となったことで不老の肉体と驚異的な回復能力を手に入れ、人間の限界を超えた鍛練を繰り返すことでフィーは自らの肉体を造り変えてきた。
 リィンの隣に並び立つため、これだけは誰にも負けないという自分だけの武器を手にするために――
 その結果がこれだ。

「シャドウ――ブリゲイド」

 帝国兵の視界からフィーの姿が消える。
 シャドウブリゲイドはフィーが得意とする技の中でも、特にスピードに特化した技だ。
 高速で動くことで自分が何人もいるかのように敵に錯覚させ、全方位から攻撃を加えることで死角をつく攻撃。
 しかし本来なら見えるはずの分身の姿はなく、帝国兵の視界から完全にフィーの姿は消えていた。

「え……?」

 ヒュッと風を切るような音がしたかと思うと、一瞬にして百を超す帝国兵の身体が切り刻まれる。
 全身から血を噴き出し、倒れる仲間の姿を目の当たりにして恐慌状態に陥る帝国兵たち。
 無理もない。見えないと言うことは、攻撃を察知することが出来ないと言うことだ。
 反撃するどころか、回避すらままならない。
 どこから攻撃が来るのか? 
 自分も全身を切り刻まれ、戦場(ここ)で死ぬのか?
 目に見えない恐怖が兵士たちの判断を鈍らせる。

「慌てるな! 隊列が崩れれば敵の思う壺――」

 このままでは総崩れだと判断した指揮官が戦線を立て直そうと声を上げた、その時だった。

「ひぃっ!」

 指揮官の首が胴から離れ、噴水のように噴きだした血液が戦場に赤い雨を降らせる。
 間近で指揮官の首が飛ぶところを見た兵士が悲鳴を上げ、

「こんな化け物が相手だなんて聞いてないぞ!?」
「い、嫌だ! 死にたくない!」
「逃げろ!」

 その恐怖が伝染するかのように他の兵士にも伝わっていくのであった。


  ◆


「えげつないことするな……」
「そう? でも、これで時間を稼げるでしょ?」

 蜂の巣をつついたように逃げ惑う兵士の姿を観察しながら、呆れた口調でフィーに声をかけるヴァルカン。
 あれだけの恐怖を植え付けられれば、なさけなく逃げ惑うのも無理はない。
 この戦争から無事に生きて帰れたとしても、一生トラウマを抱えて生きることになるだろう。
 とはいえ、フィーのやり方が間違っているとも言えなかった。

「まあ、所詮は即席の軍隊ってところか」

 数は圧倒的に帝国軍の方が上だが、その大半は近隣の街や村で徴兵された者たちだ。
 覚悟もなければ、士気も低い。帝国への愛国心や皇家に対する忠誠心も、それほど高いとは思えない。
 特にジュライを始め、北部は帝国の領土拡張政策で近年になって併呑された街や村が多い。
 全滅させずとも少し恐怖を煽ってやれば、瓦解することは目に見えていた。
 問題は――

「むしろ、ここからが〝本番〟でしょ?」

 逃げ惑う兵士たちの後ろに控えている〝本命〟に視線をやりながら、フィーは闘志を滾らせる。
 帝国が誇る二十の師団。そこに席を置く〝正規の軍人〟が相手では、こうはいかないと理解しているからだ。
 練度の高さにも目を瞠るものがあるが、何より正規軍の兵士は士気が高く、統率力が高い。
 それにヴィクターやマテウスほどではないにしても、帝国には武術に秀でた実力者が少なくないのだ。
 なかでも帝国の二大剣術、ヴァンダールやアルゼイドの剣を修めた者たちは厄介だ。
 中伝以上の実力者であれば、ヴァルカンとて複数を同時に相手取るのは厳しい。
 帝国正規軍にはそうした実力者たちが数多く在籍していることを考えれば、油断できないのは間違いなかった。
 それに――

「連中も本腰を入れてきたみたいだな」

 魔煌機兵の後方に帝国軍の戦車〈アハツェン〉の姿を確認して、ヴァルカンは険しい表情を見せる。
 これまで全力をださずに様子を窺っていたのは、ノーザンブリアの戦力を見定める狙いがあったのだろう。
 逆に言えば、この戦争のために徴兵した兵士たちは、最初から捨て駒にするつもりだったと言うことだ。
 帝国軍にしては慎重で悪辣な手を使うとヴァルカンは思うが、同時に無理もないかと考える。
 先の戦いで十万もの兵を失っているのだ。迂闊に仕掛ければ、今度は自分たちが犠牲者となるかもしれない。
 確実な勝利を得るために大国の矜持を捨て、慎重になるのも頷ける話であった。
 しかし、

「それで俺たちの戦力を見切ったつもりなら甘い。奥の手を隠しているのは〝お互い様〟だ」

 戦力分析を終え、勝てると踏んだから本隊を投入してきたのだろうが、その考えは甘いとヴァルカンは断じる。
 ヴァルカンが〈ARCUS〉を操作すると光学迷彩を解き、一隻の船が頭上に現れる。
 アウロラと同じ〝紅い装甲〟を纏った飛行船。それは〝カレイジャス〟だった。
 クロスベルに残っているはずの船が突然現れたことで、帝国兵たちに動揺が走る。
 しかし彼等の驚きは、それだけで終わらなかった。
 様々な種類の――ヘクトルやケストレルを含む八機の機甲兵がカレイジャスから放たれたのだ。
 更に、それだけで終わりではなかった。

「こっちも間に合ったみたいだな」

 海沿いを走る一台の装甲列車。それはデアフリンガー号だった。
 走行中の車両のコンテナが開かれると、そこからも六機の機甲兵が現れ、戦場の空へ飛び立つ。
 これには進軍を指示した帝国軍の将官たちも目を瞠る。
 ラインフォルトとZCFが共同で開発中の飛行ブースター。
 本来、帝国軍にしか実験配備されていないはずの代物を増援として現れた敵の機甲兵が装備していれば驚くのは当然であった。

「どういうことだ! ラインフォルトの会長に回線を繋げ!」
「そ、それが既に滞在先のホテルはもぬけの殻で、所在を確認できないとのことです!」

 ラインフォルトの会長が行方を眩ませたと聞き、やはりと言った表情でコンソールに拳を叩き付ける将官。
 一つや二つならまだしも、あれだけの数の機甲兵と飛行ブースターを用意するにはラインフォルトと直接取引をしなければ不可能だと考えたからだ。
 恐らくは帝国軍だけでなく〈暁の旅団〉――いや、クロスベルとも秘密裏に取り引きを行っていたのだろう。
 それならば、あれだけの数の機甲兵を〈暁の旅団〉が揃えられた理由にも納得が行く。
 企業なら利益を追求するのは当然だ。しかし、

「帝国を裏切るつもりか……あの〝女狐〟め!」

 帝国がノーザンブリアとの戦争の準備を進めていたことはイリーナも理解していたはずだ。
 なのに敵と味方双方に武器を売りつけるなど、国家への背信行為と取られてもおかしくない。
 軍人としての立場から、彼等が苛立ちを口にするのは無理もなかった。
 とはいえ、あくまで商談の相手は〝クロスベル〟だとイリーナであれば反論することだろう。

 確かに共和国のように帝国と敵対関係にある相手と商売をするのは問題があるかもしれないが、クロスベルは昨年の夏に〝経済特区〟としての自治を認められ、正式に帝国へ併呑されている。
 しかも、クロスベルの総統はあのアルフィン皇女だ。
 本来であれば、味方に数えられる相手。
 むしろクロスベルへ不当な要求を突きつけ、敵に回したのは帝国政府の落ち度とも言える。

「こうなったらやむを得ぬ……幾ら飛行ブースターを装備していようと相手は旧式の機甲兵だ」

 数の上でも勝っているのに最新の魔煌機兵が負けるはずがないと、将官たちは部隊に攻撃の命令を下すのであった。


  ◆


 しかし帝国軍の予想も虚しく、数の上で勝っているはずの魔煌機兵は旧式の機甲兵に劣勢を強いられていた。
 操縦者の腕も理由の一つにあるのだろうが、ただの機甲兵ではなかったからだ。
 見た目は従来の機甲兵と同じに見えるが、中身は別物と言っていい。
 魔煌機兵に匹敵するパワーと機動力。何より厄介なのは、その防御性能にあった。
 機甲兵には物理攻撃を軽減するリアクティブアーマーと呼ばれる技術が用いられている。
 戦車の一撃にすら耐える代物だが、吸収できる衝撃には限界がある。
 本来であれば戦車の集中砲火や、魔煌機兵の攻撃にそう何度も耐えられるはずがないのだ。
 しかし〈暁の旅団〉の機甲兵はダメージを負っていない訳ではないようだが、戦車の大砲すらものともしない驚異的な耐久力を誇っていた。
 何らかの方法でリアクティブアーマーの性能を飛躍的に高めているのだと推察できるが――

「フフッ、連中……随分と驚いてるみたいだね」
「ん……私も驚いてる。〝ユグドラシル〟にこんな使い方があったなんて」

 慌てふためく帝国兵の様子を見て笑みを浮かべるスカーレットに、自分も驚いたと言った反応を見せるフィー。
 暁の旅団の機甲兵を強化している仕組み。それはアリサの開発した〈ユグドラシル〉に秘密があった。
 機甲兵も基本的には導力工学の産物だ。オーブメントで動いていることに違いはない。
 そのため、機甲兵を巨大な一つのオーブメントと見立て、そのシステムに〈ユグドラシル〉を連動させたのだ。
 結果、運動性能は従来の1.5倍に向上し、リアクティブアーマーの耐久力も倍以上になったが欠点もあった。

「でもエネルギーの消耗が激しくて、全力での戦闘は三十分が限界。消耗を抑えながら戦っても一時間保つかどうかと言ったところね」

 その上、戦闘後はオーバーホールが必要だとスカーレットは説明する。
 機体に想定以上の負荷がかかるため、関節部などの損耗が激しいからだ。
 とはいえ、どのみち戦線を維持できるのは一時間が限界だろうとスカーレットは見ていた。
 それに――

「なるほどね。実戦データを取るのも目的の一つってところ?」
「さすがに察しが良いわね。騎神と回収した神機のデータを基にして、ユグドラシルを用いた新型機の開発を検討しているらしいわ」

 スカーレットの話を聞き、納得した様子を見せるフィー。
 立案者は恐らくベルだと思うが、暁の旅団が帝国に敗れるなんて想定は一切していないのだろう。
 とはいえ、フィーも作戦が失敗するとは微塵も考えていなかった。
 どんな障害が待ち受けていようと、アリサたちなら絶対に成功させると信じているからだ。

「おい、何をくっちゃべってやがる! 俺たちも出撃するぞ!」
「はいはい、フィーも強いのは分かってるけど、余り無茶しちゃダメよ」
「ん、そっちも気を付けて」

 ヘクトルに搭乗したヴァルカンに急かされ、自身も愛機のケストレルに乗りこむスカーレット。
 二人が出撃するのを見送ると、フィーは次の狙いを見定めるように戦場を見渡す。
 そして――

「……見つけた」

 視線の先に爆風と巨大な土煙が上がるのを確認して、再び戦場へと向かうのだった。




 後書きと言う名の補足。

 ユグドラシルと機甲兵との連動は、後にティルファングへと継承されていくシステムの一端を担っています。
 創の軌跡では起動者と騎神のリンクを機甲兵で再現するシステムが実験されていましたが、パテル=マテルの後継機であるアルター・エゴの開発データや神機も回収している今なら、より完成度の高いものを開発できるのではないかと考えた結果です。
 異世界の技術やベルも関わっている時点で、原作とは別物になりそうな予感もしますけどね……。



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