「これで大体、片付いたわね」

 服の袖で額の汗を拭うような素振りを見せ、ふうと一息吐くリオン。

「ありがとう。あとは一人でやれるから大丈夫よ」

 感謝を口にするハルナ。
 まだ整理できていないダンボールは残っているが、リビングにあった荷物はすべて二階のハルナの部屋まで運び入れられていた。

「二人とも、お疲れ」

 そう言って、スポーツドリンクの入ったペットボトルを二人に手渡すレイカ。
 よく冷えていることから、冷蔵庫に入っていたものを持ってきたのだろう。

「本当にここに住んでるのね」

 勝手知ったる我が家と言ったレイカの行動から、本当にここに住んでいるんだとリオンは納得した表情を見せる。
 別に疑っていた訳ではないのだが、まだ現実味が薄かったのだろう。

「なに言ってるのよ。アンタも、ここに住むのよ?」

 レイカの言うように、リオンもここに引っ越してくることが決まっていた。
 だからこそ、いまひとつ現実味がないと言うか、目まぐるしく変化する環境に気持ちが追いついていなかった。
 ここ一ヶ月ほどの体験が、自分の中の常識や価値観を変えるほどに濃すぎたことも原因の一つにあった。
 むしろレイカも巻き込まれているはずなのに、どうして普通にしていられるのかとリオンからすれば不思議なくらいだった。
 ハルナがいるので、そのことを口にしたりはしないが……。これ以上、他の誰かを巻き込みたくないと思っているからだ。
 だからこそ、事務所の決定とはいえ、一緒に暮らすことにも抵抗があったのだ。
 また、自分の問題に巻き込んでしまうのではないかと言った不安があるからだろう。
 しかし、

「丁度良い機会だから聞かせてくれない?」
「え?」

 そんなリオンの変化に気付かないハルナではなかった。

「ああ……やっぱり、ハルナには隠しごと出来ないか」 
「ちょっと、レイカ!?」

 慌てるリオン。ハルナたちを巻き込みたくない。そう思って、黙っていたのだ。
 なのに、隠しごとがあるのを認めるレイカの発言に、慌てるのも無理はなかった。
 だが、しかし――

「大丈夫よ。リィンの許可は得てあるし、どのみち話すつもりだったから」
「……どう言うこと?」

 レイカが素直に認めたのは理由があってのことだった。
 
「そもそも、私たちがここ(・・)に集められた理由や杜宮学園に転校することになった事情を考えると、黙っている方が危険でしょ?」
「そ……それは……」
「アンタの気持ちは分かるけど、もうハルナも、ワカバも、アキラも――みんな、とっくに一蓮托生なのよ」

 これが、レイカが認めた理由だった。
 元々、ハルナたちには話すつもりでいたのだ。その許可もリィンから貰っていた。
 むしろ、自分から説明するからと黙っていて欲しいと、お願いしたくらいだったのだ。
 他人に任せるのではなく自分で説明することが、これまで一緒にやってきた仲間に対する礼儀だと考えているからだ。

「今日の夜、ワカバとアキラも一緒の時に話をするから、それまで待っててくれる?」
「いいわよ。元々そのつもりだったしね」
「はあ……泊まっていかないって提案してきたから、変だと思ってたのよね」
「レイカがタイミングを伺っていたことは察していたしね。機会を作れば、話してくれるんじゃないかと思って。だから、あなたも賛同してくれたのでしょ?」
「ほんと……ハルナには敵わないわ」

 レイカとハルナの話を聞いて、目をパチクリとするリオン。
 最初からハルナにはお見通しで、レイカもそれを察して機会を窺っていた。
 自分だけが空回りしていたことに、ようやく気付いたのだろう。
 顔を真っ赤にして涙目になるリオン。そして、

「で? いつから気付いてたの?」
「二ヶ月ほど前からかな? リオンの様子が少しおかしかったでしょ。そのあと入院して、退院後もどこか上の空だったから……」
「ほぼ、最初からバレてたって訳ね……。まあ、リオンに隠しごとは無理よね」

 それが、トドメとなるのであった。


  ◆


「リオン先輩、どうかしたんですか?」

 リビングの隅っこで三角座りをするリオンを心配して、声を掛けるワカバ。
 自分たちが買い物に行っている間に、なにがあったのかとアキラも首を傾げる。

「放って置いて良いわよ。それよりも――」 

 何食わぬ顔で買い物袋をキッチンに置き、手慣れた様子で料理の準備を始めるリィンをじーっと見詰めるレイカ。
 そして、我が家のようにソファーで寛ぎながら、テレビを鑑賞するシズナに視線を向ける。
 玄関へと続く出入り口には、申し訳なさそうに佇むミツキとアスカの姿もあった。

「はあ……どうして、リィンたちがいるのよ?」
「レイカ先輩。実は――」

 不良に絡まれていたところをリィンに助けもらったことを、アキラは説明する。
 それで、ワカバが夕飯に誘ったのだと――

「一応、リオン先輩にメールしたんですけど……」

 まだ立ち直っていないリオンを見て、すべてを察するレイカ。
 タイミングが悪かったとしか言いようがなかった。
 とはいえ、

「また、助けて貰っちゃったみたいね」
「気にするな。たいしたことはしていないしな。それより、手が空いてるならジャガイモの皮を剥いてくれ」
「あ、手伝います。というか、なんでリィンさんが夕飯の準備はじめてるんですか!?」

 リオンを慰めている間に料理の準備を始めているリィンに驚き、抗議するワカバ。
 これでは、助けて貰った御礼にならないと思ったのだろう。
 しかし、

「手分けしてやった方が早いだろう? もう外も暗くなってきているしな」
「そ、それは……確かに……」

 上手くリィンに言いくるめられ、結局一緒に料理をすることになるのだった。


  ◆


「もう、お腹一杯でなにも入らないわ」

 満悦と言った様子でお腹を擦り、ソファーに寝そべるリオン。
 さっきまで膝を抱えて落ち込んでいた人物と、同一人物とは思えない姿にレイカが呆れていると、

「ご馳走様でした。私たちは、そろそろお暇しますね」

 ミツキとアスカが席を立ち、そのあとに続くようにリィンとシズナも帰り支度を始める。
 時計の針は、夜の十時を回っていた。
 解散の頃合いだと言えるが、なにか用事があるかのように忙しないリィンたちを、レイカは訝しむ。
 リィンはともかくシズナなら、リオンのようにゴロゴロとしていても不思議ではないからだ。

「もう、帰るの?」
「一応、アイドル(・・・・)の部屋だしな。余り長居しない方が良いだろう」

 もっともらしい理由だが、なにか裏があるとレイカは察する。
 そういうことを気にするのであれば、マンションに押し掛けた時点で追い返しているはずだからだ。
 結局、他のメンバーと一緒に暮らすことになった訳だが、引っ越すまでの二週間。
 レイカはリィンのマンションで世話になっていたのだ。

「安心しろ。しばらく事務所で寝泊まりするつもりだしな。それに――」

 大事な話があるんだろう?
 と、レイカの耳元で囁き、ポンッと肩を叩いて立ち去るリィン。
 そんなリィンの背中を見送りながら、レイカの口から溜め息が溢れる。
 すべて、お見通しだったのだと察したからだ。

「かっこつけちゃって……」

 子供扱いされているみたいで少し不満はあるが、嫌な気はしなかった。
 頼られることはあっても誰かを頼ったりすることがほとんどなかったレイカにとって、リィンは特別な存在だった。
 ましてや男に甘える自分の姿を、これまでは想像もできなかったのだ。
 なのに、不思議とリィンには本心を……弱さをさらけだすことが出来た。
 いま思えば、リオンについて相談したあの時からリィンに惹かれていたのだろうと考えていると、

「リィンさんって、格好いいですよね」

 アキラの口から思いもしなかった言葉がでて、レイカは目を瞠る。
 不良から助けて貰ったと言う話は聞いている。
 しかし、まさかアキラの口から、そんな言葉がでると思っていなかったからだ。

「アキラ? まさか、あなた……」
「え?」

 リィンのことを好きになったんじゃ、と口に仕掛けたレイカを見て、アキラは自分の失言に気付いて顔を真っ赤にする。
 レイカの言葉に反応して咄嗟に口からでただけで、自覚がなかったのだろう。

「ち、違いますよ! 確かに助けて貰って、ちょっと格好いいと思いましたけど……そういうのじゃ、なくて――」

 だから慌てる。そんな風に意識などしていなかったからだ。
 指摘されて慌てふためくアキラを見て、呆れた様子で溜め息を漏らすレイカ。
 アキラに呆れたと言うよりは、リィンに対しての呆れの方が大きかった。
 リィンに好意を寄せるのが自分だけでないことに気付かないほど、レイカは鈍感ではないからだ。
 シズナは勿論のこと、アスカも怪しいと思っていた。
 ミツキは正直わからないが、少なくとも意識はしているはずだと言うのがレイカの見立てだった。
 そこに加えて、アキラだ。
 不可抗力ではあるのだろうが、次々に毒牙に掛けていくリィンに呆れるのも無理はないだろう。

「リィンさんの話ですか? 私は好きですよ」
「「え?」」

 ワカバの唐突な告白に驚き、固まるレイカとアキラ。
 まさか、一番奥手だと思っていたワカバが、そんなことを口にするとは思っていなかったのだろう。

「こんな人が、お兄ちゃんだったらって……」

 そう言って恥ずかしそうに俯くワカバを見て、ああそういう……と納得する二人。
 それが、憧れか恋愛感情かは分からないが、ワカバらしいと思ったからだ。

「まったく、なにをやっているのだか……」

 そんなレイカたちのやり取りに苦笑し、優しげな笑みで見守るハルカ。
 あたたかくも平和な時間が過ぎて行く。その裏で――

「来たみたいだな。予想通りか」
「しっかりと、おもてなししてあげないとね」

 ひっそりと魔の手が迫っていることに、少女たちが気付くことはなかった。



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