「ぜ、全滅だと!?」
信じられないと言った表情で、怒声を上げる軍服の男。
歳は六十手前。口元に黒い髭を生やし、経験豊富なベテランの軍人を思わせる引き締まった身体と風格を持つ男だ。
名を日下といい、国防軍に所属する将官の一人で現幕僚長のカザマ陸将とは同期に当たる人物だ。
ただ、カザマとは意見の食い違いから衝突することが多く、今回のことでも真っ向から対立していた。そう、リィンの件だ。
カザマは異界に対して現状では国防軍だけでの対処は難しいと考え、ゾディアックやネメシスと言った組織との連携を強調してきたのだが、クサカは納得していなかった。
国防を担うのは軍の責務であり外部の組織に依存するのは健全ではないと、更なる軍備の強化とゾディアックなどの組織に対して、もっと厳しい態度で接するべきだと主張してきたのだ。
そんななかで現れたのが、リィンとシズナだ。
単独で十年前の災厄を引き起こした元凶、神話級グリムグリードを討伐できるほどの実力を持つと言うだけでも脅威なのに、クサカに危機感を抱かせたのは〈機動殻〉をも凌駕する機動兵器を個人で所有しているという情報にあった。
大きな傭兵団であれば、〈機動殻〉を所有していてもおかしくはない。
しかし、国内への兵器の持ち込みは禁止されているし、傭兵が軍の〈機動殻〉を凌ぐ未知の兵器を所有しているなど断じて認められることではなかった。
それに、十年前の災厄でも同様の機体が目撃されていたという情報がある。
なら、その機体を回収して研究することが出来れば、軍だけで異界に対処することも可能と言うことだ。
だからこそリィンを捕らえ、機動兵器を回収することを提言していたのだが、カザマと考えが真っ向から対立し、強硬に及んだと言う訳だった。
リィンのもとに、軍の精鋭たる特殊部隊を差し向けたのだ。
完全武装した総勢百名を超す部隊で、幾らリィンとシズナが凄腕の傭兵だろうと確実に捕らえられるはずだと考えていた。
抵抗された場合は兵器さえ回収できれば、殺しても構わないとさえ命令していたのだ。
なのに――
「死者はでていないと報告が上がっています。ですが、全員が捕虜となっているようで……北都から軍に問い合わせがきているようです」
不審者を百名ほどお預かりしているのですが、どうしましょうか?
と言った内容の問い合わせが、北都から国防軍に来ているのだと兵士は報告する。
国防軍の兵士だと認めてしまえば、自分たちが襲撃を企てたことを認めるようなものだ。
だからと言って、無視も出来ない。
不審者として警察に引き渡されるような事態になれば、非常に厄介なことになる。
北都は政財界に顔の利く企業だ。政治家のなかには、北都からの支援を受けている者も少なくない。
軍縮を訴える政治家たちに口実を与えることになるし、マスコミもここぞとばかりに軍の不祥事を報じてくるだろう。
そうなれば、詰みだ。
「どうして、このようなことに……そこまでなのか? たかが傭兵がそれほどの力を持つと言うのか?」
誰一人殺さず全員を捕らえたと言うことは、手加減をされたと言うことだ。
軍の精鋭部隊がたった二人に手加減をされて、なにも出来なかった。
そんなことが認められるはずがないし、認めたくなかった。
「な、なんだ! お前たちは――」
ドカドカと足音を響かせ、武装した兵士たちが部屋に駆け込んでくる。
兵士たちの身に付けている腕章を見て、目を瞠るクサカ。
「クサカ陸将。統合本部より出頭命令がでておりますので、ご同行をお願いします」
その腕章は『Military Police』――通称〈警務隊〉のものだった。
◆
クサカがMPに拘束されたと部下からの報告を受け、どこか疲れた表情で椅子にもたれかかり、天井を見上げるカザマ。
こうなるように仕向けたのは自分とはいえ、出来ることなら思い留まって欲しかったのだろう。
やり方を間違えはしたが、クサカの行動が利己的なものではなく国や軍のためを思っての行動だと分かっているからだ。
「心中お察しします」
そんなカザマの心中を察し、言葉を掛ける眼鏡を掛けた軍服の男。
対異界の専門特殊部隊、対零号特戦部隊所属の特務三佐、佐伯吾郎だ。
カザマが目をかけている人物で東亰冥災を経験し、生還した人物でもあった。
「報告を聞かせてくれるかね? キミの目から見て、彼等はどうだった?」
気を取り直し、カザマは机に肘を突きながらゴロウに尋ねる。
ゴロウ率いる対零号特戦部隊には、決して手をださないようにと厳命して監視を命じていた。
事のあらましを報告させるためだ。そして、リィンとシズナの脅威度を測るためでもあった。
異界に対抗するためにも協調すべきだとは考えているが、だからと言って警戒を怠ることは出来ない。
信用は出来ても、信頼できるかは別の話だからだ。
互いのことを、ほとんど知らないのだから警戒するのは当然だった。
だからこそ、クサカの気持ちが分からなくはないのだろう。
「……敵対するべきではないと感じました。正直、総力を挙げても勝てるとは言えません」
ゴロウの報告に目を瞠るも、カザマは取り乱すことなく「そうか」と一言呟く。
国を滅ぼすほどの存在に例えられる神話級グリムグリードを倒せるような存在だ。
ある程度は予想していたのだろう。
「やはり、セイジュウロウは正しかったようだな」
なら、軍としての方針は一つしかない。
彼等とは敵対せず、可能な限りの協力体制を築く。
だが、そのためには一つだけ問題があった。
「刻印騎士の動向は掴めたかね?」
「残念ながら……」
対零号特戦部隊の設立にあたって、聖霊教会の協力を仰いでいた。
異界に対しての知識や経験が不足しており、それを補うためにも識者の助けが必要だったからだ。
実のところ、ゾディアックのなかにも国防軍の協力者がいた。
御厨グループがその協力者で、怪異に対抗するための霊子兵装の開発に協力してもらっていたのだ。
だが、トモアキの暴走はカザマにとって予期せぬ出来事だった。
聖霊教会の刻印騎士が密かにトモアキと通じ、クサカにも情報を流していたことに気付いた時にはすべてが遅かった。
リオンの誘拐事件以降、刻印騎士との連絡が取れなくなってしまったからだ。
「警戒を強めてくれ。いま、彼等との関係を悪化させる訳にはいかない」
カザマの言葉に頷き、敬礼をして部屋を後にするゴロウ。
誰もいなくなった執務室でカザマは小さく息を吐き、
「何事もなければ良いのだが……」
嫌な予感を拭いきれず、不安を口にするのだった。
◆
「おはよう――って、これなによ!?」
翌朝、リィンの事務所に顔をだすなり、レイカは驚きの声を上げる。
「レイカ? なにして――え?」
その後に続くようにリオンが入ってきて、ハルカ、ワカバ、アキラと続く。
仕事へ向かう前に、リィンとシズナに挨拶をしておこうと思って全員で顔をだしたのだろう。
だが、床に並べられた無数の銃を見て、五人は固まる。
「あ、おはよう。早いね? これから仕事」
「ええ、今日は昼から雑誌の撮影があって……って、そうじゃなくて!」
これ、とシズナに説明を求めるように並べられた銃を指さすレイカ。
偽物とは思えないし、まるでこれから戦争でもするかのような量の武器を前にすれば、驚くのも当然だった。
「ああ、これ? 昨晩、襲撃してきた連中から奪った戦利品だよ」
「え? 戦利品? 襲撃? 昨晩? どこに?」
「だから、ここに国防軍の襲撃があってね」
「嘘でしょ……」
どこから突っ込めばいいのか、困惑するレイカ。それは他の四人も同じだった。
そんなことが夜にあったなど、まったく気付かなかったからだ。
戦利品の数から考えても、大規模な襲撃であったことが窺える。
それを、まったく気付かせずに制圧するなんて――
「もう、なにがあっても驚かない自信があるわ……」
リィンとシズナが凄いことは分かっていたつもりでも、まだ甘かったのだと実感させられる。
「でも、大丈夫なの? 襲撃があったって……」
また襲ってくるんじゃと心配するレイカたちの疑問に答えたのは、事務所の奥から姿を見せたリィンだった。
「北都に交渉を任せたから、今頃は国防軍と話がついているはずだ。そのために殺さず無力化した訳だしな」
兵士を皆殺しにすれば、国防軍も後には引けなくなる。
だから、リィンは敢えて殺さずに無力化すると言った手間を取ったのだ。
国防軍に力を示しつつ交渉の材料とするため、すべてカザマとセイジュウロウの思惑通りだと察した上で――
北都と国防軍に貸しを作れると考えれば、リィンとしても悪い話ではなかったのだろう。
「だから心配は要らな――どうしたんだ?」
レイカの様子がおかしいことに気付き、首を傾げながら尋ねるリィン。
リオンたちも目のやり場に困った様子で、顔を真っ赤にして視線を逸らしていた。
無理もない。いまのリィンはシャワー室からでてきたばかりで、まだ髪も渇いておらず半裸だったからだ。
「な、ななななな……なんで裸なのよ!? 服! 服くらい着なさいよ!」
「うん? ズボンなら履いてるぞ?」
「シャツを着ろって言ってるのよ!」
朝からレイカの悲鳴に似た声が事務所に響くのであった。
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