金髪の男――高幡志緒は戸惑いのなかにいた。
ミツキから会って欲しい人物がいるとは聞いていたが、それがまさかリィンたちだとは思ってもいなかったからだ。
「リィン……アンタが、そうなのか?」
直接の面識がある訳ではない。だが、シオはリィンのことを知っていた。
同じ孤児院出身の親友から、リィンのことは良く聞かされていたからだ。
「どこかで会ったことがあったか?」
「いや、会うのは初めてだ。だが、アンタのことは親友から聞いていた。化け物みたいに強い奴がいるってな……」
親友から聞いていたというシオの話に、ピクリと反応を見せるリィン。
「お前等、絶対に手をだすんじゃねえぞ。死にたくなかったらな」
シオの鬼気迫る言葉に〈BLAZE〉のメンバーに緊張が走る。
シオは〈BLAZE〉の幹部の一人で、リーダーと互角の実力を持つチーム最強の男として知られていた。
シオの強さに憧れてチームに入った者も少なくない。だからこそ、戸惑いと驚きを隠せないのだろう。
手をだせば殺される。
目の前の三人が、シオがそれほど警戒する相手だとは思っていなかったからだ。
ミツキとシズナに絡んだ二人組の男などは、自分たちの行為を振り返って顔を青ざめていた。
だが、特にリィンは気にした様子は無く気になったことを尋ねる。
「ダチね。それじゃあ、このチームのマークを考えたのは――」
「ああ、カズマだ。アンタたちの強さに憧れてたらしく、あやかりたいと言ってな」
カズマと聞いて、一人の少年の顔がリィンの頭を過る。
あれから、こっちの世界では十年が経過していることを考えれば、いまは高校生――いや、大学生くらいに成長していても不思議ではない。〈BLAZE〉のマークを見た時から思っていたが、やっぱりそういうことかとリィンは納得する。
だが、
「で? どう落とし前をつけるつもりなんだ?」
それなら尚更のこと、見過ごすことは出来なかった。
暁の旅団を真似るのであれば、その覚悟と責任も背負うと言うことだ。
ただのチンピラであれば放って置いても構わないが、そうでないのならケジメをつけさせる必要があるとリィンは考えていた。
猟兵にとって団の看板と言うのは、それだけ重いものだからだ。
「は? なんのことだ?」
だが、理解していない反応を見せるシオを、リィンは訝しむ。
シオのことはよく知らないが、少なくともカズマについてはリィンも相応に理解していた。
生意気な少年ではあったが、弱い者いじめをするようなタイプには見えなかった。
少なくとも強引に女に迫ったり、チンピラの真似事をするとは思えない。
だとすれば、下の人間が勝手にやったこととも考えられるが、それならそれで部下の管理が出来ていないと言うことになる。
どことなく違和感を覚えていると、
「それは、私から説明します」
ミツキが会話に割って入るのだった。
◆
「すまなかった!」
土下座する勢いで九十度に腰を曲げ、リィンに頭を下げるシオの姿があった。
ミツキから事情を聞いたからだ。
「お前等も頭を下げろ!」
「す、すみませんでした!」
シオに叱責され、慌てて頭を下げる男たち。ミツキとシズナに強引に迫ろうとしていた男たちだ。
この状況では言い訳のしようがないと、シオは冷や汗を滲ませる。
リィンのことはカズマから話を聞いていると言うのもあるが、なによりシオ自身もリィンたちの実力については理解していた。
何度も言うようだが、シオとリィンは面識がない。だが、十年前の大災厄に彼も居合わせており、シャーリィに助けてもらったことを覚えていた。
怪異については覚えていないのだが、なにかから助けてもらったという曖昧な記憶だけは残っていたのだ。
だからこそ、勝ち目のある相手ではないと分かるのだろう。
実際こうして対峙しているだけでも、冷汗が背中に滲むの感じる。
まるで猛獣の檻の中にいるみたいだと、そんな力の差をリィンから感じ取っていた。
「言い訳はしないんだな」
「……責任はすべて俺にある」
潔い良いと言ってしまえばそれまでだが、尚のこと分からなかった。
シオの知らないところで、チームの末端の人間がヤンチャをしただけと言えば、確かにそれまでなのだろう。
だが、しかし――
「リーダーはお前じゃないんだろう? カズマはどうした?」
ずっと感じていた違和感をリィンは尋ねる。
リィンはミツキに〈BLAZE〉のリーダーに会わせろと言ったのだ。
だが、話を聞く限り、シオがリーダーと言う訳ではなさそうだ。
十年前に会った悪ガキ。カズマが〈BLAZE〉のリーダーと言うことで間違いないだろう。
だが、姿が見えないのが気になっていた。
顔を伏せたまま、なにも答えないカズマを見て、リィンはミツキに視線をやる。
「その……実は分からないんです」
「わからない?」
「はい。竜崎くんとは連絡が付かなくて……それで、高幡くんにそのことも尋ねようと思ったのですが……」
だが、ミツキも知らないと首を横に振る。
ミツキも最初は真っ先に、リーダーのカズマにコンタクトを取ろうとしたのだ。
しかし、カズマと連絡を取ることが出来ず、それで仕方なくシオにコンタクトを取ったと言う流れだった。
だが、リィンは違和感を覚える。
「北都の情報網を使っても分からなかったのか?」
ミツキが調査しなかったとは思えない。その上で分からないと言っていることに違和感を持ったのだ。
この街は北都にとって、自分たちの庭とも言える場所だ。
ここで起きていることであれば、北都に分からないことはほとんどないと言っていい。
なのに調査をして、なにも分からないと言うのは普通に考えればおかしい。
もし、そんなことが起きているのだとすれば――
「異界絡みか」
ミツキの表情が曇る。彼女も、そんな予感がしていたのだろう。
だからこそ、自ら案内役を買ってでたのだと、リィンは察する。
「異界? アンタたち、なにか知ってるのか?」
「ふむ……その様子だと、裏の事情は知らないみたいだな」
どうしたものかと考えるリィン。だが、情報は得ておきたかった。
もし、本当に異界絡みの話なら放って置くことも出来ないからだ。
だから――
「場所を移すぞ。お前だけ付いてこい」
そう言って席を立ち、シオを誘うのだった。
◆
蓬莱町の一角にある高級クラブに、リィンとシズナ。それにミツキとシオの姿があった。
他に客の姿はないが、ここが鷹羽組が経営する店だとシオも知っているのだろう。
どことなく緊張した様子が見て取れる。そんななか黒服に案内されて一人の男がやってくる。
左眼に傷がある熊のように大きなガタイをした男。鷹羽組の若頭、梧桐英二だ。
「悪いな。まだ開店前だって言うのに貸し切りにしてもらって」
「そいつは別に構わねえが……」
シオに一瞥して、やれやれとエイジは溜め息を吐く。
「また面倒事か?」
「そう言うな。お前も無関係じゃないだろう?」
「……なんのことだ?」
「悪ガキの集まりとはいえ、自分たちのシマで好き勝手やってる連中がいて黙ってちゃ面目が立たないよな?」
そう言われると、エイジもなにも言い返せなかった。
リィンが自分に声をかけた理由が察せられるからだ。
「なにが聞きたい?」
「全部だ。知っていることは全部、話せ。どこまで把握している?」
少しの間、睨み合う二人だったが、根負けしたのはエイジの方だった。
リィンと揉めてまで、隠し立てするほどの話でもないと思ったからだ。
「おい、小僧。お前さんが仲間を庇う気持ちは分かるが、覚悟を決めろ」
「アンタ……」
「なにも知らないと思ったか? あの妙な薬を流してるのは、お前のところにいたアキヒロって奴だろう? カズマが行方を眩ませた件と関係があるのは、誰にでも察せられる」
シオが仲間を庇って口を噤んでいることにも当然、エイジは気付いていた。
だが、それでは問題の解決にならない。この件にリィンが首を突っ込んでくるとは思っていなかったが、丁度良い機会だと思ったのだろう。
だから知っていることを全部話せと、シオに迫る。
「俺の口から説明してやってもいいが、そうすると余計に立場が悪くなるぞ?」
エイジが〈BLAZE〉の件にこれまで干渉してこなかったのは、カズマのことがあったからだ。
幼い頃から知っているからこそ、それとなく気に掛けていた。だから様子を見守っていたのだ。
だが、もう放置できる段階ではなくなってきていた。
リィンが言うように、既にガキの遊びでは済まない話になってきているからだ。
「安心しろ。こいつらは信用できる。まあ、ちょっとやり過ぎるところはあるが……」
安心しろと言いながら不安が頭を過ることを口にするエイジに、シオは苦笑を漏らす。
これが、エイジなりの気遣いだと分からないシオではないからだ。
カズマがずっと話していた人物。このタイミングでリィンが現れたことには意味があるのかもしれないと考え――
「わかった。実は……」
重々しい口調で、シオは事情を説明し始めるのだった。
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