「ふーん。思ったよりも、やるね。あのシオって子」
コウとシオ。二人の戦いを感心した様子で見守るシズナ。
どことなく獲物を品定めするような目をしているのは、気の所為ではないだろう。
実力的にはまだまだ未熟と言わざるを得ないが、才能の片鱗を感じさせるものがあるからだ。
だが――
「ああ、感の鋭さと身体能力はなかなかのものだ。しかし、未熟だな」
一見すると互角に見えるが、必死に攻めているシオと比べてコウは最低限の動きで相手の攻撃をかわしていた。
(鋭い一撃だが視える。リィンと比べれば――)
シオの攻撃は力強く、速い。プロの格闘家と比べても遜色のない動きをしている。
特に武術を習っている訳ではなく、これだけの動きが出来るのなら、まさに天性の才能と言えるだろう。
だが、リィンほどではないと、コウは冷静に攻撃を見極めていた。
「な――」
シオの大振りな一撃を紙一重でかわし、その力を利用して投げ飛ばす。
目を瞠るシオ。これを狙っていたのかと焦りつつも、咄嗟の判断で床を蹴る。
力に逆らうことなく敢えて流れに身を任せることで、地面に叩き付けられる前に身体を半回転させ、転倒を防いだのだ。
そして、そのまま駒のように腕の力だけで身体を回転させ、コウの頭目掛けて蹴りを放つ。
だが、それも――コウは屈み、間合いを一気に詰めることで回避して見せる。
シオの首を掴み、そのまま地面に押し倒す。そして――
「そこまで!」
ソウスケの声が道場に響くと共に、コウの放った手刀がシオの眼前で止まるのだった。
◆
「負けた……のか?」
「ああ、実戦なら死んでたな」
コウはソウルデヴァイスを使っていない。
最後の一撃、あれが武器によるものなら確実にシオは死んでいた。
手刀でも止めなければ、失明は免れなかっただろう。
「戦闘センスは悪くない。だが、それだけだ。技術が伴っていない」
持ち前の戦闘センスだけで、ここまで動けるのならたいしたものではあるが、それだけ勝てるほど戦いは甘くない。
いまのシオが戦場にでても無駄死にするだけだ。
だから、リィンは厳しい現実を突きつける。
「そんな調子で実戦にでても、命を落とすだけだ。いや、それどころか仲間の命も危険に晒しかねない」
戦場に未熟者は必要ない。
それは、幼い頃にリィンが養父から突きつけられた言葉でもあった。
半端な実力で戦場に立てば、自分だけでなく味方も危険に晒すことになる。
それは、猟兵であれば誰もが知っていることだ。
だから、リィンはシオをコウと戦わせた。
「お山の大将で調子に乗っていたのかもしれないが、お前は弱い。半人前に勝てない程度にな」
シオに現実を教えるために――
子供の喧嘩程度であれば何も言わないが、彼が首を突っ込もうとしている世界は生き死にが掛かった裏の世界だからだ。
覚悟や決意だけでは、どうしようもない壁があると言うことを教えておきたかったのだろう。
「これが、お前が首を突っ込もうとしている世界だ」
言外に、だから何もするなとリィンは釘を刺す。
シオが同行するのは自由だ。だが、半端な実力で戦いに参加されたら、仲間を危険に晒すことになりかねない。
せめて、ソウルデヴァイスが使えれば話は別だが、そう都合良く覚醒するものでもない。
適格者がそんなにポンポンと量産できるのであれば、ネメシスも人手不足に陥っていないだろう。
だから、リィンはシオに戦わせるつもりはなかった。
「なにもせず黙って見ていろと言うのか?」
「そうだ。いまのお前では、足手纏いにしかならない」
リィンの言葉に顔を伏せ、悔しさに唇を噛むシオ。
彼も理解はしているのだろう。
リィンの言うように実力が足りていないと言うことを――
だが、それでも――
「なら、鍛えてくれ! こいつのように……いや、カズマのように俺も!」
コウと戦って、カズマの強さの秘密に気付いたのだろう。
だが、実際のところは多少手解きをした程度で、リィンも本気で戦い方を教えた訳ではなかった。
才能があっても努力をしなければ、強くなることは出来ない。
コウにしても十年もの間、一日も欠かすことなく武術の鍛練に励んできた下地があったからこそ、短期間でここまで強くなることが出来たのだ。決してソウルデヴァイスの力だけではない。
シオは戦闘センスはある。だが、基礎がまったく出来ていない。
格闘技をかじっている節が見られるが、それも素人に毛が生えた程度の話だ。大方、見よう見まねと言ったところなのだろう。
それでは、真面目に幼い頃から武術に取り組んできた人間に敵うはずもなかった。
(シャーリィくらいセンスがあれば、話は別なんだろうがな)
それでも難しいだろうと、リィンは考える。
シオに才能がないと言っている訳ではなく、シャーリィは猟兵になるべくして生まれてきた闘いの申し子だからだ。
突然変異と言ってもいい。
リィンですら才能の一言で評価するなら、シャーリィに遠く及ばないほどだった。
「ねえ、リィン。気が乗らないなら、私に任せてもらっていい?」
突然なにを言いだすのかと、シズナを訝しむリィン。
シオに才能がないとは言わないが、いまから鍛えても足手纏いにしかならないことはシズナも理解しているはずだ。
一年――いや、半年あれば、少しはマシになるかもしれない。
だが、いますぐ力が必要な状況で、悠長なことを言っていられる時間はなかった。
「足手纏いになると分かっていて、こっちの世界に関わろうとするのなら死ぬ覚悟はあるってことだよね?」
「……ああ、そのくらいの覚悟は出来ている」
「なら、強くなれる可能性がない訳じゃないかな?」
シズナがなにを考えているのかを察して、リィンは呆れた様子で溜め息を漏らす。
確かに強くなる方法はある。いまから武術を学んだところで時間は足りないが、経験を積むことは出来るからだ。
持ち前の戦闘センスと勘の鋭さがあれば、短期間で強くなれる可能性がない訳ではなかった。
だが、そのためには死を覚悟する必要がある。
死ぬかも? ではなく、本気で命を落とす覚悟をだ。
「ミツキ。エイジが下調べを終えるのに、どのくらい掛かると思う?」
「一週間……いえ、早ければ五日と言ったところでしょうか?」
エイジには〈ケイオス〉についてと〈HEAT〉と呼ばれる薬の流通経路について調べさせていた。
北都も情報網を駆使して〈鷹羽組〉に協力していることから、突き止めるのに時間はそう掛からないだろう。
叩くなら一気に片を付ける必要があると考えてのことだ。
「五日だけ待ってやる。だが、なにも変わらないようなら置いていく。仲間のことは俺たちに任せて、お前は二度と関わるな」
その上で、リィンは厳しい条件をシオに突きつけるのだった。
◆
「なんか、納得が行かないんだが……」
ぐだーっとテーブルに突っ伏し、不満を漏らすコウ。
レンガ小路の一角にあるカフェ〈壱七珈琲店〉に全員で来ていた。
リィンが急に呼び出した詫びにご馳走してやると言って、コウを連れてきたのだ。
と言っても、シオはシズナに連れて行かれ、ミツキも用事があるからと先に帰ってしまったので連れて来られたのはコウと、
「ここの店、前を通る度に気になってて一度来てみたかったんです」
「私は何度か来たことがあるけどね。ここはコーヒーも美味しいけど、料理とデザートも絶品なのよ」
偶然、居合わせたソラとトワの三人だけだった。
空手の大会が近いこともあって、ソウスケに稽古をつけてもらう約束を取り付けていたらしい。
実際には、日に日に力をつけていくコウに対抗心を燃やしたからなのだが、そんなソラの気持ちをコウが知る由も無かった。
「災難だったわね。でも、腕試しになったんじゃない?」
エプロン姿のアスカに声を掛けられ、目を丸くするコウ。
テキパキと注文の料理と飲み物をテーブルに並べていく。
「なにやってんだ?」
「見て分かるでしょ? 店の手伝いよ。下宿させてもらってるから、時々こうして手伝ってるのよ」
アスカの話に納得しつつも、複雑な顔をするコウ。
エプロン姿のアスカが普段の印象と懸け離れていて、違和感があるのだろう。
「あなたが、郁島さんね」
「え、はい。えっと……柊先輩、ですよね?」
「私のこと知ってるの?」
「は、はい。有名人ですから! 帰国子女で、美人で頭がよくて優しい先輩がいるって」
「あら? ありがとう。時坂くん、良い後輩を持ったわね」
「御世辞に決まってるだろ……って、痛ぇ! なにすんだ!?」
「口は災いの元って知らないの?」
そっと顔を背けるコウに、アスカは「まったく……」と呆れた様子で溜め息を吐く。
「……仲が良いんですね」
アスカとコウのやり取りを、ジト目で見詰めるソラ。
微妙に不機嫌そうに見えるのは、気の所為ではないだろう。
「安心して。私と時坂くんは、ただのクラスメイトだから」
「え……」
「時坂くんには、可愛い彼女がいるしね」
「ちょ――」
爆弾を落として立ち去るアスカを引き留めようとするコウだったが、「コウ先輩!」とソラに詰め寄られる。
青春だねえ……とケーキを堪能しながら、そんなコウとソラのやり取りを見守るトワ。
そして、
「なにやってんだか……」
厨房でフライパンを振りながら、リィンは溜め息を漏らすのだった。
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