リィンたちと共に教室へ戻ったリオンは、レイカに宥められて少し落ち着きを取り戻していた。
 事情を聞いたリィンは、やれやれと肩をすくめる。

「それは、お前が悪いな」
「時坂くん……さすがにデリカシーに欠けると思いますよ」

 リィンだけでなくミツキにまで嗜められ、コウは「なんでだ……」と納得いかない様子で肩を落とした。
 祖父の家での合宿はあくまで修行の一環であり、やましいことなど何一つない。
 事実を述べただけなのだが、女性陣の反応は冷ややかだった。
 一方で、ソラはどこか緊張した面持ちで縮こまっていた。
 その視線は、恐る恐るミツキに向けられている。

「どうかしましたか?」

 ミツキが優雅に微笑みかけると、ソラはビクリと背筋を伸ばした。

「い、いえ! ちょっと緊張しただけで……あの……ここって、生徒会室じゃありませんよね? なんの集まりなんですか?」

 北都グループの令嬢であり生徒会長でもあるミツキは、一年生のソラにとって雲の上の存在だ。
 そんな彼女が、なぜこんなところにいるのか。
 しかも、リィンや〈SPiKA〉のレイカまで。
 ソラが疑問に思うのも無理はなかった。

「……? 時坂くんから何も聞いていないのですか?」
「あ、はい。ゆっくりと昼食を取れるところがあるって連れてこられただけで……」

 ミツキの視線がコウに向く。コウはバツが悪そうに頭をかいた。

「教室だと、ソラやリオンは目立つからな。落ち着いて食事が出来ないと思って、ここに連れてきたんだが……ダメだったか?」
「ダメということは、ありませんが……」

 ミツキが言葉を濁す横で、リィンが深々と溜め息を吐いた。

「どうして、そういう気遣いができるのに、あっち方面はダメなんだ?」
「あっち?」
「はあ……わからないならいい」

 リィンが深い溜め息を吐く。
 気遣いができるのに、肝心なところで致命的に鈍感なコウの性質は、ある意味で才能と言えるのかもしれない。
 そこへ、レイカがリオンの背中を押して前に出る。

「もう、いいのか?」
「ええ、落ち着いたわ。少し冷静になれば、勘違いだってことくらい分かるしね。リィンと違って、そっちの彼にそんな甲斐性はなさそうだし」

 何故か話題が自分に飛び火して、微妙な顔になるリィン。
 しかし、何も言い返さないあたり、そのあたりの自覚はあるのだろう。
 レイカは肩をすくめると、鋭い眼差しでコウを睨みつけた。

「でも……もっとリオンの気持ちも考えてあげなさいよ。今度、リオンを泣かせるようなことしたら許さないから」
「う……」

 レイカの迫力に気圧され、コウがたじろぐ。
 リオンがおずおずと前に出て、深々と頭を下げた。

「ごめんね、咄嗟に手がでちゃって……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。祖父さんにしごかれているからな。このくらい、なんてことないさ」

 コウは赤くなった鼻を擦りながら苦笑する。

「そっか、よかった……」
「えっと……俺の方こそ悪かったな。なんか、気が利かなくて……」

 お互いに頭を下げあう二人を見て、室内に安堵の空気が流れる。
 そんな様子を見計らって、ミツキが改めてソラに向き直った。
 彼女の疑問に答えるためだ。

「先程の話ですが、ここは〈X.R.C〉の部室です」
「えっくすあーるしー?」
「はい。〈Xanadu Research Club〉の略で、有り体に言えば未確認事象を探求する部活動ですね」

 ミツキの説明に、ソラはきょとんと目を丸くする。

「未確認事象というと、UFOとかですか?」
「はい。最近、杜宮で奇妙な事件が多発しているのをご存知ですか? 以前から、そう言ったオカルトに興味がありまして、時坂くんたちに付き合ってもらって調査をしているんです」

 堂々と、そして流暢に空々しい嘘をつくミツキ。
 コウとリオンは内心で冷や汗をかきながらも、表情には出さないように努める。
 リィンとレイカはというと、呆れた様子で溜め息を漏らしていた。
 しかし、純粋なソラは疑うことなくその言葉を信じたようだ。

「コウ先輩、そういうのに興味があったんですね。知りませんでした」
「あ、ああ……まあな」
「やはり、ご実家が神社だからでしょうか?」

 すまん、ソラ。
 内心で謝罪しながら、コウは話を合わせる。
 まさか、異界がどうだの本当のことを話すわけにもいかないからだ。
 すると、ソラは少し考える素振りを見せてから、意を決したようにミツキを見つめた。

「あの……相談に乗って頂けませんか? 怪奇現象とか、そういうのとは少し違うのかもしれませんが」
「相談、ですか?」
「はい……なんだか、最近ちょっとおかしなことが身の回りで起きてて……」

 ソラの表情が曇る。
 彼女の話によると、最近、妙な視線を感じることが多いのだという。
 部活動や登下校だけでなく、大会の試合中にも同じ視線を感じたらしい。

「顧問の先生に相談は?」
「しました。ストーカーの可能性もあるからと顧問の先生にも注意を促されて、空手部のみんなも心配してくれて、いろいろと手を尽くしたんですが、犯人らしき姿は見当たらなくて……」

 大会もあったので、あまり大きな問題にはしたくなくて、部内で話を留めるようにお願いしていたらしい。
 それでも心配した部員たちが、ストーカーがいないか調べてみてくれたそうなのだが、犯人は結局見つからなかったそうだ。

「いまも、その視線は感じるのですか?」
「はい……時々ですが……」

 ソラの話に、ミツキは顎に手を当てて考え込む。確かに、少し奇妙な話だと感じたからだ。
 本来であれば、警察に相談すべき話なのかもしれないが、実害がでているわけではない。
 犯人の姿も特定できていないのであれば、勘違いで済まされる可能性が高いだろう。
 実際、ソラ自身も確信はないようだった。

「ただの気の所為かもしれませんが、チアキ先輩のことも……」
「そういえば、相沢の様子がおかしいみたいな話をしていたな」

 コウが口を挟むと、ソラは力なく頷いた。

「あ、はい。なんだか、大会の前くらいから人が変わったみたいになってしまって……以前は気さくに話しかけてくれて、よく相談にも乗ってくれたんですが……最近は避けられているというか、敵意のようなものを向けられることも……」

 相沢千秋。ソラと同じ空手部に所属する先輩であり、コウにとっても中学からの腐れ縁のような友人だ。
 そんな彼女が、ソラに対して露骨な敵意を向けているという。
 チアキのことをよく知るだけに、俄には信じがたい話だったのだろう。
 難しい表情で唸るように、コウはソラの話に耳を傾ける。

「大会が近いからじゃないかって、最初は思ってたんですけど……大会が終わっても変わらなくて……私、何か気に障るようなことでもしたのかなって……」

 ソラは膝の上で拳を握りしめ、俯いてしまう。
 先輩との仲が拗れてしまったことへの不安と、正体不明の視線への恐怖。
 それらが混ざり合い、彼女の心を蝕んでいるようだった。
 リィンとミツキは顔を見合わせ、僅かに視線を交わす。
 ソラの気の所為というだけの可能性もある。だが、もしそうでないのだとすれば――
 ミツキが口を開きかけた、その時。

「なあ、その話……俺に任せてくれないか?」

 真剣な眼差しで、コウはミツキとリィンを見ながら言った。
 彼にとって相沢は友人であり、ソラは大切な後輩だ。
 放っておくわけにはいかないという彼らしいお節介と正義感が、その言葉に宿っていた。

「え……でも、コウ先輩に迷惑をかけるわけには……」
「迷惑なんかじゃないさ。相沢なら俺も知ってるし、話くらいなら聞けると思う。それに、可愛い後輩が困ってるのを見過ごすわけにはいかないだろ?」
「コウ先輩……」

 ソラの瞳が潤む。
 リィンは、そんな二人のやり取りを見て、溜め息を漏らした。
 お人好しで、困っている人を放っておけない性分。それが、時坂洸という男だ。
 こうなったら、何を言っても無駄だろうと察したのだ。

「いいだろう。ただし、分かっているな?」

 この件に怪異(グリード)が関わっているとすれば――コウだけでは危険が伴う。
 リィンの言葉の意図を察したコウは真剣な表情、重く頷くのだった。



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