機械仕掛けの刃を回転させチェーンソーに炎を纏わせると、リィンの姿をした怪異との距離を一足で詰めるシャーリィ。
 そして、地面を滑らせるように愛用の武器――〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉を豪快に振り上げる。
 振り上げられた刃から迸る炎が地面を焼き、衝撃波が亀裂を走らせる。
 そんなシャーリィの一撃を半歩ほど横に身体をずらすだけで、危なげなく回避する怪異。
 そして、どこからともなく抜き放った黒いブレードライフルを横薙ぎに振う。

「よっと」

 しかし、シャーリィはニヤリと口元を歪めると――
 振り上げた武器の勢いに逆らうことなく身体を預け、宙に飛び上がることで怪異の放った一撃を回避する。
 最初から攻撃を避けられることも、その後の反撃も読んでいたのだろう。
 怪異の頭上を取ると勢いのまま身体を回転させ、渾身の一撃を叩き付けるシャーリィ。
 赤い顎(テスタ・ロッサ)の先端が地面に激突すると同時に爆風が巻き上がる。
 仮にグリムグリードであっても、この一撃を受ければ無傷とは行かないはずだ。
 しかし、

「やっぱり、そう簡単にはいかないか」

 爆発の衝撃に弾き飛ばされながらも、まったくダメージを受けていない様子の怪異の姿を見て、シャーリィは愉しげに笑う。
 相手はエルダーグリードだけでなく無数のグリムグリードを束ねる怪異の王≠ニも呼ぶべき相手だ。
 少なく見積もっても、高位の幻獣に匹敵する力を持つことは間違いない。
 なら、この程度で倒せるはずもないと最初から分かっていたのだろう。
 とはいえ――

「どういうカラクリか分からないけど、しっかりと動きまで模倣しているみたいだね」

 何度も殺し合った相手だからこそ、シャーリィには分かる。
 目の前の怪異がリィンの姿だけでなく太刀筋までも、完全に模倣していると言うことが――
 ふと頭に過ったのは、以前エマが煌魔城で見せた影≠フ存在だ。
 対象者の精神に干渉することで、その者が持つ記憶から魔力で構成された幻影を構築する魔女の秘術。
 生み出される影は通常、本物には遠く及ばない劣化コピーに過ぎないらしいが、エマは限りなく本人に近い幻影を召喚することが出来る。
 教団に拉致され、実験体にされた経験から人並み外れた高い感応力をエマだからこそ可能なことだ。
 結社の使徒にして〈蒼き深淵〉の異名を持つヴィータでさえ、それほどの影を生み出すことは不可能だろう。
 仮に目の前の怪異がエマと同じような能力を持っているのだとすれば、リィンの模倣をすることも不可能な話じゃないとシャーリィは考える。
 しかし、

(だとしたら、このリィンはシャーリィの記憶から作られた存在ってことだよね?)

 強いことは強いが、いまのリィンと比較すると物足りない。
 恐らく目の前のリィンは、帝都で戦った頃のリィンなのだろうとシャーリィは推察する。
 とはいえ、シャーリィはその頃のリィンにも敗北している。
 鬼の力を解放したリィンの動きについていけず、翻弄されて敗れたためだ。
 でも――

「あの時は負けちゃったけど、いまなら良い線をいくと思うんだよね」

 成長しているのはリィンだけではない。
 シャーリィもあの時と比較すれば、数段強くなっている自信があった。
 奥の手を使われると勝ち目はないだろうが、いまなら良い勝負が出来る予感がある。
 本当なら〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉が万全な時に試してみたかったが――

「丁度良い機会だし、ちょっと本気をだそうかなッ!」

 こんな機会は滅多にないと笑みを浮かべ、シャーリィは闘気を解放する。
 ――ウォークライ。猟兵の奥の手とも言える技。黒いオーラが、シャーリィの全身を包み込む。
 更には練り上げられた闘気に、焔を帯びた霊力が混じっていく様子が見て取れた。
 レイラと戦った時よりも強く、洗練された霊気。
 闘気に微かに混じった焔は、緋の騎神が持つ霊力が起動者に影響を与えているのだろう。
 自覚はないのだろうが、理論上はリィンの〈鬼の力〉に近い。
 だが、その分――

「うーん、思ったより疲れるね。これ……」

 体力の消耗が激しく、いまの自分では長くは保ちそうにないとシャーリィは冷静に分析する。
 後に、この経験から騎神の部位展開≠笏\力だけを引き出す戦闘法を編み出すことになるのだが、

「取り敢えず、いろいろと試してみよっか」

 現状ではそんな器用な真似が出来るはずもなく、シャーリィは目の前の敵に意識を集中するのだった。


  ◆


「何よ、これ……」

 顔を青ざめ、絶望の声を漏らすレイラ。
 彼女が無意識に半歩後ろに下がり、声を震わせるのも無理はない。
 ようやく迷宮の最奥へ繋がるゲートを見つけたかと思えば、その小島には無数の怪異が待ち構えていたからだ。
 しかも、ざっと数えただけでも千はいるだろうか?
 まさに絶体絶命のピンチと言ったところだ。
 ここを突破するのは難しいと考えたところで、ふとレイラの脳裏に一つの疑問が過る。

「シャーリィはこの先にいるのよね? どうやって、ここを突破したの?」

 当然の疑問だった。
 幾らシャーリィが強いと言っても、これだけの数の怪異を一人で相手できるとは思えない。
 それに島を見渡してみても、どう言う訳か戦闘の痕跡が見られないのだ。

「戦ってないんだろ」
「それって、どういうこと?」
「たぶんこいつらは、俺たちの足止め≠セ」

 戦いを避けたのではなく、そもそもシャーリィが通った時には敵はいなかったのだろうと、リィンはレイラの疑問に答える。
 それなら自分たちよりも先に、シャーリィが迷宮の最奥に辿り着けたことも説明が付くからだ。
 実際、ここに来るまでリィンとレイラはそれなりに戦闘を重ねているが、道中でも戦闘の痕跡は見つけられなかった。
 そのことからもシャーリィは一度も戦闘をすることなく、迷宮の主がいる最奥の間に到達したと推察できる。

「それって、まさか……」
「ああ、どう言うつもりか知らないが、敢えてシャーリィを誘ったんだろ」

 リィンたちの行く手を阻みながらも、シャーリィだけを通したと言うことは何かしらの思惑があっての行動だと察せられる。
 それだけに、思っていた以上に強敵かも知れないと警戒度を引き上げるリィン。
 これまでリィンたちの戦った怪異は怪物染みた力を持ってはいても、策を巡らせるようなことはなかった。
 力で劣る人間たちも知恵や技術を駆使することで、どうにか怪異と戦えていたのだ。
 しかし、その怪異が策を巡らせるほどの知恵を持っているとなると、これほど厄介なことはない。

「想像以上にヤバイ状況ってことね……」

 そのことにレイラも気付いたのだろう。肩を落としながら、深々と溜め息を吐く。
 ただでさえグリムグリード以上の力を持つ怪異と言うだけで脅威なのに、人間のように知性を持つとなると隙を突くことが難しい。
 人類にとって、これほど最悪な敵はいないだろう。

「でも、いまはそんなことを気にしている場合じゃないか……」

 シャーリィのことも心配だが、それよりも今は自分たちの方だとレイラは意識を切り替える。
 千を超える怪異の群れ。そのなかには多数のグリムグリードと思しき存在の姿も確認できる。
 ここを切り抜けなければ迷宮の奥には進めないばかりか、命を落とすかもしれない。
 しかし、そんなことになったら東亰は――この国は終わりだ。
 異界より溢れ出た怪異によって、力を持たない人たちは命を落とすことになるだろう。
 そのなかにはレイラの愛する家族も――ナオフミやアスカも含まれているかもしれない。
 そんな未来を許容できるはずがなかった。

(ナオフミ……あなたを信じるわ)

 エクセリオンハーツに向かって、心の中でそう語りかけるレイラ。
 ソウルデバイスとは〈適格者〉の心そのもの。代えなど利かない固有の能力だが、武器であることに違いはない。
 適切な調整を施してやらなければ、十全に力を発揮することは難しい。
 なかでもエクセリオンハーツは、ネメシスの研究者であるナオフミが自ら調整を施した特別なソウルデバイスだ。
 レイラの能力を最大限――いや、限界以上に引き出すために心血を注いだ最高傑作と言っていい。
 それ故、このソウルデバイスにはナオフミの心≠熄hっていると、レイラは信じていた。
 二人で共に築き上げた絆。それが、このエクセリオンハーツだ。なら、その力を信じないという選択肢はない。

「その顔、何か手があるのか?」
「ええ……とっておきのが一つね。でもそれをすると、しばらく満足に戦えなくなるわ」

 そういうことか、とリィンはレイラの言いたいことを察する。
 恐らくレイラがやろうとしていることは、一回限りの捨て身の技なのだと――
 だが、そうしなければ、この危機を脱することは出来ないと考えたのだろう。
 いや、グリムグリードを一瞬で消滅させたリィンの力を使えば、難なく切り抜けられるかもしれない。
 しかし――

「本当ならあなたに任せたいところだけど、そう何度も使える力じゃないんでしょ?」
「……気付いてたのか」
「あれだけの力、リスクなしに使えるとは思えないもの。それに上手く隠しているみたいだけど、体内の霊力の流れがおかしい。万全じゃないのでしょ?」

 リィンの不調にレイラは気付いていた。
 普通の人間であれば立っているのも難しいほどの霊力の乱れを、リィンの身体から感じ取っていたからだ。
 レイラからすれば、正直こんな状態で怪異と戦えていることが不思議でならないくらいだった。
 我慢強いとか、そういうレベルの話ではない。本当に人間かと疑うレベルの重体だと内心呆れているくらいだ。

「降参だ。だが、本当にやれるのか?」
「すべて倒すのは難しいけど、道は切り拓くわ」

 そうまで言われては仕方がない、とリィンは白旗を揚げる。
 ただのお荷物ではないと、執行者としての意地もあるのだろう。
 しかし実際の話、この場を切り抜けようと力を使った場合、この先は厳しい戦いになるとリィンは予想していた。
 レイラの言うように相当の無茶を身体に強いていたからだ。

「死ぬなよ。お前には英雄≠ノなってもらわないと、俺たちも困るしな」
「その話……了承はしたけど納得した訳じゃないのよね。なら――」

 嘘ではなく本当にすればいいだけよ、とレイラは啖呵を切る。
 そして、その言葉を裏付けるようにレイラの身体から、嘗て無いほどの巨大な霊力が溢れ出すのだった。


  ◆


 レイラの顔から腕にかけて浮かび上がる白い紋様。
 瞳は黄金に染まり、身体からは湯気のように漏れ出た霊力が立ち上る。
 そして――

「第一、第二、第三拘束術式解放」

 リィンですら目を瞠り、思わず気圧されそうになるほどの重圧。
 そんな強大な霊力が、いまレイラの身体には漲っていた。
 恐らくは聖獣にすら迫るほどの力が――

(そうか、こいつが……)

 シャーリィとレイラを戦わせた理由かと、リィンはナオフミの企みを察する。
 これほどの霊力。幾らソウルデバイスがあるとはいえ、並の人間に扱いきれる力ではない。
 だからこそ、エクセリオンハーツを限界まで強化し、調整する必要があったのだろう。
 術者の――レイラの負担を減らすため、力に押し潰されず制御できるようにと。

「終焉の魔剣――」

 そう口にした直後、レイラの背に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
 いまの状態で戦ってもグリムグリード程度であれば、相手にすらならないはずだ。
 しかし、これだけの力だ。恐らくは、力の反動に身体が耐えられないのだろう。
 だからこそ、最初から全力で決着をつけるつもりのだと、レイラの考えをリィンは察する。

「コールド=アポクリファ!」

 レイラが剣を振り下ろすと背にした魔法陣より、リィンの集束砲にも似た極光が放たれる。
 その光に触れた瞬間、怪異たちは蒸発するかのように一瞬にしてマナへと還っていくのだった。


   ◆


「こいつは凄いな」

 あれだけいた怪異は、そのほとんどがレイラの放った一撃によって消滅していた。
 単純な破壊力なら自身の集束砲以上かもしれないと、リィンはレイラの力を認める。
 大見得を切るだけのことはあると思ったからだ。

「あとのことは任せたわよ……」

 意識を手放し、フラリと仰向けに倒れそうになるレイラの背中を支え、受け止めるリィン。
 そのまま両腕でレイラを抱え上げると大地を蹴り、僅かに残った怪異の群れの中へと飛び込んでいく。
 そして――

「ああ、ここからは俺の仕事≠セ」

 シャーリィの待つ迷宮の最奥を目指して、レイラの切り拓いた道を駆け抜けるのだった。



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