激しい戦闘音が鳴り響く。炎が大地を焼き、銃弾が飛び交う。まさに、そこは戦場と化していた。
リィンの姿をした怪異に銃口を向け、霊力を纏わせた無数の銃弾を放つシャーリィ。
本人は意識をしてやっているのではないだろうが、武器に闘気を纏わせて戦うことは二つ名持ちの一流の猟兵であれば誰もがやっていることだ。
騎神との繋がりが〈赤い顎〉にもソウルデバイスと同じ――霊具としての効果を付与しているのだろう。
それに今のシャーリィは自身の闘気に騎神とのパスを通じて流れ込んだ霊力を混じり合わせることで、爆発的に身体能力を強化している状態にある。
パワーやスピードと言った身体能力だけであれば、〈赤の戦鬼〉の異名を持つ父親に匹敵するほどの力を得ていた。
とはいえ、まだ力に振り回されている様子で上手く照準が定まらず、あっさりと回避され、怪異の接近を許してしまう。
それでも慌てることなく懐に飛び込まれる前に武器の形態を切り替え、迎え撃つシャーリィ。
怪異の振り下ろした黒い斬撃を〈赤い顎〉の刃で受け止め、弾き返す。
飛び散る火花。チェーンソーが甲高い音を響かせ、追い討ちとばかりに怪異へ迫る。
しかし、
(――もう一本!?)
いつの間にか握られていた二本目のブレードライフルを使い、シャーリィの追撃に攻撃を合わせる怪異。
ブレードライフルは通常の剣やライフルと異なり複雑な機構を持つため、かなりの重量がある。
そんな扱いが難しい武器を両手に携え、リィンの姿をした怪異は見事に使いこなしていた。
やはり、姿だけでなくリィンの動きを完全に模倣していると、シャーリィは怪異の力を分析する。
「髪が白く……まさか!」
様子の変わった怪異を見て、シャーリィは〈鬼の力〉を使ったのだと確信する。
いや、正確にはこれも模倣しただけで、鬼の力そのものとは違うのだろう。
それでも飛躍的にパワーとスピードが増したことは確かだ。
先程まではシャーリィの方が身体能力で勝っていたが、立場は逆転する。
パワーは互角。しかし、スピードでは怪異の方がシャーリィを上回っていた。
だが、
「なるほどね」
まるで後ろに目が付いているかのような動きで、シャーリィは視界から消えた怪異の斬撃を振り返らずに〈赤い顎〉を薙ぎ払うことで防ぐ。
確かに動きはよくリィンを真似ている。身体能力も〈鬼の力〉を解放したリィンに劣っていないだろう。
それでも――
「どれだけ上手く真似ても、やっぱり偽物か」
リィンには遠く及ばないと、シャーリィは残念そうに肩を落とす。
リィンが強いのは〈鬼の力〉が――異能があるからではない。
シャーリィが出会った頃のリィンは、特別な力など持たない〈西風の旅団〉に所属すると言うだけの新人の団員に過ぎなかった。
猟兵王の息子と言うだけで、猟兵としての才能や実力はフィーの方が圧倒的に上だったろう。
無名のリィンに期待する者など当時はなく、シャーリィもリィンにそれほど興味を持っていなかったのだ。
しかし戦場で二人は出会い、まだ無名だったリィンにシャーリィは敗れた。
追い詰められて恐怖で逃げ惑う人間は大勢いるが、絶望的な状況の中で笑みを浮かべられる人間は稀だ。
どれだけ厳しい状況に立たされても諦めず、可能性を掴み取る強い意志。それがリィンの持つ本当の強さだとシャーリィは感じていた。
目の前の怪異からは、そうした意志≠フ強さを感じない。その点では、やはり本能のままに暴れる他の怪異と変わりないのだろうと思う。
「偽物は所詮、偽物ってことか。ちょっとは愉しめそうだと思ったのにな」
「……何を言っている?」
シャーリィの言葉の意味を理解できず、訝しげな表情を浮かべる怪異。
そんな怪異の反応に、もう完全に興味を失ったと言った様子でシャーリィは溜め息を吐く。
そして――
「もう、いいよ」
全身に闘気を纏い、シャーリィは〈赤い顎〉を大きく振りかぶる。
フェイントなど一切まじえない正面からのシャーリィの攻撃に驚きながらも、怪異は迎え撃とうとブレードライフルを構えを取る。
しかし――
「――ッ!?」
赤い顎に触れると、粉々に砕け散るブレードライフル。
そして、
「バイバイ」
そのままシャーリィの斬撃が、怪異の首を刎ねるのだった。
◆
「……あなたたちって仲間なのよね?」
そう、呆れた口調でレイラが尋ねるのも無理はない。
「目を覚ましていたのか?」
「……目覚めた瞬間に、知り合いの首が刎ねられるシーンを目にするとは思ってもいなかったけどね」
目覚めると同時に、リィンの首が宙を舞うシーンを見せられたのだ。
目の前に本物がいる以上、シャーリィに首を刎ねられたのは偽物だと分かる。
それでも知り合いの首が飛ぶシーンを見せられて、気分が良いものではなかった。
「あ、リィン」
「あ……じゃねえよ。レイラがドン引きしてるだろ」
「なんの話?」
心底分かっていない様子で首を傾げるシャーリィを見て、リィンは何を言っても無駄と諦める。
仮に本物が相手であったとしても、シャーリィが手を抜くことはないと分かっているからだ。
戦場で敵としてまみえれば、相手が血を分けた肉親であったとしても迷ったりしない。
むしろ、嬉々として殺し合うのがオルランド≠ニいう一族だ。
知り合いと同じ顔をしているからと言って、躊躇するような性格をしていなかった。
「ところで、リィン」
「ん?」
「人妻に手をだすのは、さすがにまずいんじゃない?」
と、冗談めいたことを話すシャーリィ。
そこでようやく自分がお姫様抱っこされていることに気づき、レイラは慌ててリィンから離れる。
そして、どこか恥じらいながら鋭い視線をリィンに向けるレイラ。
「……誤解だからな? 俺にそんな趣味はない」
レイラが何を勘違いしているか察し、リィンは誤解を解こうとする。
いつものこととはいえ、女難の相でも出ているんじゃないかと溜め息を漏らすリィン。
「いろいろと言いたいことはあるが、こっちを片付けるのが先か」
「ふーん……あれでも殺せないんだ」
いつの間にか首を刎ねたはずの死体は消え、赤い靄を纏った人影が広間の中央には立っていた。
緋色の空を背景に浮かび上がる黒い人影。
恐らくは、あれが本体≠ネのだろうとリィンとシャーリィは当たりを付ける。
「それで、どうするんだ? 最後までやるなら、俺は手をださないが……」
「いいの?」
「獲物は早い者勝ちだろ?」
さすがに自分のことをよく分かっていると、リィンの答えに満足げな笑みを浮かべるシャーリィ。
リィンの言うように、いつもなら獲物を譲ったりはしない。
しかし――
「でも、今回はもういいや。慣れないことをしたから、お腹も減ったしね」
「お前な……」
予想に反して、シャーリィは獲物をリィンに譲る。
これ以上やっても、自分では目の前の怪異を殺せないと判断したのだろう。
それに体力を大きく消耗しているのも本当の話だった。
霊力を用いた身体強化は、それだけ肉体への反動が大きいのだろう。
シャーリィの考えを見抜き、仕方ないと言った表情で怪異の前に立つと、二本のブレードライフルを構えるリィン。
「なら、レイラを守ってやってくれ。死なれても困るしな」
「了解」
「ちょっと、私は別に――」
「強がっても、身体は正直みたいだけど?」
守ってもらわなくても大丈夫だと口に仕掛けたところでシャーリィに痛いところを突かれ、言葉に詰まるレイラ。
実際、立っているのもやっとなくらい身体は限界に達していた。
肉体そのものに刻まれる〈結社〉の魔導術式。
刻印に霊力を溜めておくことで、いざと言う時に限界を超えた力を使える反面、肉体への反動が大きい執行者の奥の手とも言える技だ。
普通は少しずつ溜めた霊力を切り崩して使うものを一気に放出したのだ。命を落としていても不思議ではなかった。
そうならなかったのは、自身のソウルデバイス――エクセリオンハーツのお陰だとレイラは思う。
身体に返るはずの反動の一部を、エクセリオンハーツが肩代わりしてくれたのだと――
(ナオフミのお陰ね……)
ナオフミが不眠不休で調整をしてくれたお陰だと、レイラは感謝する。
そしてシャーリィとの一戦がなければ、ここで命を落としていただろうとも――
あの戦いで自身の限界を超えたことで、一皮剥けた実感があったからだ。
だから不思議とあれだけの数の怪異を前にしても、自分が死ぬと言ったイメージが湧かなかったのだろう。
「んじゃ、いこっか」
「でも、私には戦いを見届ける義務が――」
「何を言いたいかは分かるけど、ここにいたら死ぬよ?」
シャーリィのその言葉が冗談ではないとレイラは悟る。
リィンが本気で戦っているところはまだ見たことがないが、それでも大凡の予想は付く。
グリムグリードですら街を滅ぼすほどの力を持つのだ。
それ以上の力を持つ神話級グリムグリードとリィンが本気で戦えば、周囲も無事では済まないと――
「まあ、嫌と言っても無理矢理連れていくだけなんどね」
「ちょっ――ああ、もう! 分かったわよ!」
このままでは何をされるか分からないと危険を感じ、渋々と言った様子で応じるレイラ。
シャーリィのことだ。リィンに頼まれた以上、気絶させてでも連れて行こうとするのは目に見えていた。
だがその前に、レイラはやり残したことがあるとばかりにリィンの名を叫ぶ。
「その前に……リィン・クラウゼル!」
そして、背中からリィンの胸に手を回し抱きつくレイラ。
突然のレイラの行動に、リィンだけでなくシャーリィも目を丸くして固まる。
「お前、何を……」
「黙って」
有無を言わせない迫力で、リィンを黙らせるレイラ。
そして――
「これは……」
「体内の乱れた霊力を、残った私の霊力を注ぎ込むことで調整したわ。一時凌ぎにしか過ぎないけどね」
役目を終えると、そう小さく呟きながらレイラはリィンから距離を取る。
残った霊力を分け与えることで、リィンの体調を整えようとしたのだろう。
もっとも、それでも万全な状態には程遠いとレイラは見ていた。
あくまで一時凌ぎに過ぎないと説明する。
「私にここまでさせたんだから絶対に勝ちなさいよ」
そう言って、シャーリィの手を引くレイラ。
今度はシャーリィの方が気になる様子を見せながらも、レイラに手を引かれながらゲートへと向かう。
そんななか――
「あと、ナオフミにこのことを言ったら殺すから」
去り際にレイラから釘を刺され、リィンは苦笑を漏らすのだった。
◆
「……本当にリィンと何もなかったの?」
「ある訳ないでしょ。私には愛する旦那と娘がいるんだから」
ゲートを抜けたところで、訝しげな表情で確認を取ってくるシャーリィに、はっきりとレイラは否定の言葉を返す。
何一つ嘘は言っていない。ナオフミを愛しているのは本当のことだし、アスカを悲しませるつもりはなかった。
第一、リィンの方にもそんな気はないだろうとレイラは思う。
自分が女として見られていないことは、リィンの態度を見れば察せられる。
「シャーリィは彼のことが好きなの?」
「うん。リィンの子供を産みたいと思うくらいにはね」
「……ストレートね」
その割にリィンの姿をした怪異の首をあっさりと刎ねていたみたいだが、そこにはツッコミを控えるレイラ。
恋愛に関しても、真っ直ぐな方がシャーリィらしいと思ったのだろう。
「まあ、いっか」
「何が良いのか分からないけど、納得してもらえたなら良かったわ」
微妙に不穏な気配を感じながらも、さっさと話を切り上げるレイラ。
これ以上、説得を試みたところで、面倒臭い方向に話が発展しそうな予感がしたからだ。
しかし、シャーリィの誤解を解かなかったことを十年後≠ノ後悔することになろうとは、さすがのレイラも知る由はなかった。
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